とある日曜日の昼下がり。
休日特有の穏やかな陽気が満ちる街並み。
その喧騒を全て吸い取ったかの如く静寂に包まれた、
鏡映しの世界。
スティーガとなったルリは、今日もモンスター狩りの為にミラーワールドの市街地を歩いていた。
今回は浅倉の為ではなく、契約モンスターである『ディスコーピオン』への餌やり目当てだ。
ミラーモンスターの生息数は獲物(人間)がほぼ居ない森林地帯より、街中の方が圧倒的に多い。
なので今回はリスク承知で街中へと足を運んでいる。
バイザーの奥で周囲の気配を鋭く探りながら、
スティーガは心の中で自分に言い聞かせるように、何度も強く念じていた。
(……もう決めたこと。あの人のために戦うって……今更、引き返せない……)
浅倉から直接語られた、あの悍ましい過去の真実。
肉親すら笑顔で焼き殺し、叩き潰す底無しの狂気に、
あの夜は確かに本能的な恐怖で身体が震えた。
だが自分で選んだ道を今更後悔などしたくはなかった。
脱獄犯を匿い、自らも鏡の世界の戦士となった。
その瞬間に曽川ルリという大人しい令嬢の日常はとっくに崩壊している。
後戻りをするための道なんて、とっくに消失している。
恩人であり、自分の全てである浅倉威に尽くし続ける。
それだけが、今の彼女が生きる理由であり、この力を手にした意味だった。
(あの人の……盾にならなきゃ!)
決意を新たにしたその時、スティーガの索敵能力が前方の路地裏に歪な影を捉えた。
そこにいたのは、全身がオレンジとも金ともつかない、鈍い輝きを放つ大柄のモンスターだった。
「見つけた!」
スティーガは迷わず地を蹴った。
以前のベガゼールやイガゼールのように、複数での奇襲の可能性も頭をよぎり、初めからディスコーピオンを呼び寄せることも一瞬は考えた。
しかし強力な契約モンスターを召喚すれば、その強大な気配を察知した「別のライダー」を呼び寄せる危険性がある。ここは森林ではなく街中なので尚更その可能性は高い。
悔しいが自分はまだ弱い。
今回の優先事項は餌やりだ。なので今は下手な交戦は控えたい。
とりあえず、まずは自分一人で迅速に対応するのが最も好ましいと考えた。
スピードに乗ったまま左手に握ったディスティングバイザーの鋭い刃を、
モンスターの肉体へと容赦なく振り下ろす。
ガキィィィン――!
しかし強烈な手応えと共に響いたのは、金属同士が激しく衝突するような甲高い弾音だった。
モンスターの身体はまるで何重もの装甲板を重ねたかのように異常に硬かった。
スティーガが渾身の力で放ったディスティングバイザーの一撃を受けても、その巨躯は微動だにせず傷一つついていない。
「嘘、弾かれた……!?」
バイザーの奥でルリが驚愕に目を見開いたその瞬間、モンスターの重厚な一撃がスティーガへと襲いかかる。
「ジェアアアア!」
渾身の一撃を容易く耐えきったモンスターは、怒号のような咆哮を上げながら、両手の巨大な鋏を凶暴に振りかざして反撃に転じた。
スティーガは咄嗟に後方へと小さくステップを踏み、鋭い刃の軌道から間一髪で身をかわす。
すぐさま体勢を立て直し、反撃のためにディスティングバイザーを構え直すスティーガ。戦局を打開すべく、新たなカードを引き抜こうと腰のデッキに手を伸ばした、
その時――。
完全に死角となっていた背後から、予期せぬ強烈な衝撃が彼女の背中を貫いた。
「がはぁ!?」
火花を散らしながら、前のめりに激しくよろめくスティーガ。
背後から奇襲を仕掛けてきたその乱入者は、右腕に装備された強固な鋏型の武器――『シザースピンチ』を容赦なく振るい、防戦一方となったスティーガを何度も斬りつけて怯ませる。
さらに追撃の連動。
先ほどのオレンジ色のモンスター『ボルキャンサー』が重戦車のような突進攻撃を仕掛け、
無防備なスティーガの身体をコンクリートの地面へと激しく叩き伏せた。
背中と胸を襲う激痛に顔を歪めながら、スティーガは地面に這いつくばったまま顔を上げる。
砂塵が舞う視界の先、彼女を見下ろすように立っていたのは、金色と漆黒の装甲を纏った蟹の戦士――
『仮面ライダーシザース』だった。
「な……ライダー……!? まさか、あのモンスターは、契約の……っ」
「それ!」
「うああ!」
痛みに耐えて起き上がろうとするスティーガに対し、シザースは冷酷に軽く助走をつけ容赦のない蹴りを脇腹に叩き込んだ。
「うぐっ……!」
ゴロゴロと地面を無様に転がった先には、ボルキャンサーが巨大な鋏をギチギチと鳴らしながら待ち構えている。
(……このままじゃ押し切られる……!)
王蛇以外の、初めて対ライダー戦。
もう躊躇している暇はない。今ここでの生存が最優先だ。
スティーガはすぐさまデッキから『ディスコーピオン』のアドベントカードを引き抜いた。
向こうがライダーとモンスターの連携で来るのなら、こちらも自身の契約モンスターを召喚して形勢を五分に戻すしかない。
しかしシザースのバイザーの奥から漏れ聞こえた、
粘りつくような中年男性の声が、嘲笑うかのように呟いた。
「おおっと、させないよ?」
それは同時に相棒への明確なサインでもあった。
主の指示に従うように、ボルキャンサーの無機質な口が不気味に開く。
そこから、粘着性の高い大量の泡が、巨大なシャボン玉となって勢いよく吹き出され、スティーガの視界を一瞬にして真っ白に覆い尽くした。
「!?」
突然の目潰しに反応が遅れたスティーガの隙を、シザースは見逃さなかった。
死角から踏み込んだシザースピンチの鋭い刃が、カードを掲げていたスティーガの右腕を正確に切り裂く。
金属の擦れる激しい音と共に、指先からアドベントカードが滑り落ちる。
カードを拾う暇も無く、ボルキャンサーの重い鋏がスティーガの胸部に叩き込まれた。
強烈な衝撃波を伴う追撃を喰らい、クリムゾンレッドの身体が再び地面へと激しく伏せる。
「なんだぁ? 初めて見る顔だと思ったら、随分ひ弱じゃないか?」
地面に伏せるスティーガを、シザースは心底見下したように嘲笑った。
スティーガは何とか泥を払って体を起こし、反撃せんとディスティングバイザーを構える。
だがその剣先は目に見えて 小刻みに震えていた。
(……動け、私の体……!)
目の前の敵はモンスターではない。本物の生きた人間。
その生きた人間が、明確な殺意を持って自分を始末しようと迫っている。
この間、ファムやゾルダと対峙した時の攻撃はあくまで浅倉を逃がす為の一撃離脱の不意打ちに過ぎなかった。だが今回は違う。
目の前の「人間」を本気で叩き潰し殺傷しなければ、自分が殺される。確実に。
頭では理解している。
だが、どうしても刃を握る掌が、恐怖と倫理の枷に縛られて拒絶を起こす。
そんなスティーガの致命的な迷いを見透かすかのように、シザースはボルキャンサーと共に容赦のない波状攻撃を加えた。鈍重に見える蟹の鋏が正確にスティーガの防御を打ち破り、激しい火花と共に彼女を再び冷たいコンクリートへと叩き伏せる。
「....うぅ.....」
「もしかして、君は子供かい? こんな子まで戦いに駆り出すなんて。まったく、神崎君は何を考えてるのかねぇ?」
バイザーの奥から響くその声には、子供を気遣うような優しさなど微塵もなかった。
どうせ大した覚悟も無く、浅はかな理由でライダーの力を手に入れたのだろうと決めつけ、世間知らずで愚かな子供を冷酷に蔑むだけである。
シザースに変身している男 ―― 根津忠太(ねず ちゅうた)
表向きは「クリーンな市政を!」と爽やかな笑顔で公約を掲げる著名な市議会議員だが、裏ではゴロツキを雇って政敵の脅迫や汚れ仕事を任せ、違法な手段で莫大な政治資金を貪り集める希代の悪徳政治家だった。
より強大な、法すらも生殺与奪の権も握れる程の権力を願い、
彼はこの血生臭いライダーバトルに参加しているのだ。
シザースはデッキからファイナルベントのカードを抜き取った。
「ま、これもバトルのルールだからね。大人しく消えときなよ? んで、あの世で後悔しろ」
左腕のシザースバイザーの挿入口にカードを滑り込ませる。
「バカで浅はかな自分をな? んはははは~!!」
シザースの非情な嘲笑が、無人の市街地に響き渡る。
カードを読み込ませようとした
その刹那――。
《 ADVENT 》
無人の市街地に別方向から電子音声が重なって響き渡った。
「な、何だ!?」
「キシャアアア!!」
「グオオオオ!」
「キュイイィィ!」
シザースが驚愕に身を硬くした瞬間、何処からともなくベノスネーカー、メタルゲラス、エビルダイバーの三体が躍り出た。
ベノスネーカーは巨体をうねらせ、その強靭な尻尾の一撃でボルキャンサーを派手に弾き飛ばした。
さらに間髪入れず、メタルゲラスとエビルダイバーが弾丸のような突進をシザースへと仕掛ける。
「ぐはあぁっ!?」
二大モンスターの猛攻を受け、金色の装甲を火花散らせながらよろめくシザース。
そこへ、仮面ライダー王蛇が、重戦車のような踏み込みから豪快なストレートを叩き込んだ。
鈍い金属音と共に、シザースの身体がコンクリートの地面を転がっていく。
ここ最近、警察の捜査網を避けて完全に姿を消していたはずの最悪の男の登場に、シザースは激しく動揺しながら這いつくばった。
「な!? あ、浅倉!? !?」
そんなシザースの狼狽を嘲笑うように、王蛇はベノサーベルを肩に担ぎ、首をゴキゴキと鳴らした。
バイザーの奥から、底意地の悪くも心底楽しげな声が漏れ出す。
「よう。暇だったんでな……遊びに来たぜ?」
《 STRIKE VENT 》
無機質な電子音声の響きと共に、王蛇の右腕に強力な一本角を持つメタルゲラスの頭部を模した打突武器『メタルホーン』が装備された。
「オラァッ!!」
「ぎああ!」
王蛇は獣のような咆哮を上げ、その巨大な角を容赦なくシザースへと突き立てた。
幾度となく振り下ろされる凶器。シザースの金の装甲を突き刺し、引き裂きく度に、
派手に飛び散る火花が地面を焦がしていく。
シザースは反撃の隙はおろか、防御の姿勢を維持することすら出来ず、
ただ無様に肉体を刻まれる防戦一方へと追い込まれていた。
「あ……浅倉……さん……」
地面に伏せたままのスティーガは、ただその圧倒的な暴虐の光景を、息を呑んで見つめることしかできなかった。
浅倉の攻撃には、一欠片の迷いも、躊躇いもない。
ただ純粋に、目の前の「人間」を破壊し、傷つける瞬間を心の底から楽しんでいる。
その姿に、あの雨の夜、自分の父親である文也を地下駐車場で滅多打ちにしていた時の光景が、鮮烈にオーバーラップした。
一歩間違えれば自分にも牙を剥くであろう、剥き出しの狂気。それを至近距離でもう一度見せつけられ、ルリの身体は内側から激しく震えあがった。
これが本物の戦い。これが自分が愛した怪物。
その身震いが、底知れない恐怖によるものなのか、それとも狂気に当てられた武者震いなのか、今のルリには上手く言葉にする事が出来なかった。
「ぐはぁっ!」
金色の装甲を無残に引き裂かれ、惨めにコンクリートへ這いつくばるシザース。
彼を見下ろす王蛇は冷酷な動作でデッキから特別な一枚を抜き放ち、バイザーへ挿入させた。
《 UNITE VENT 》
電子音声が響いた瞬間、ベノスネーカー、メタルゲラス、エビルダイバーの三体が悍ましい光を放ちながら狂い鳴いた。三つの巨大な影が一箇所へと集まり、肉と金属が融解し合うように歪に融合していく。
やがて光が収まった中心に降臨したのは、
この世の不条理を具現化したようなキメラモンスター『ジェノサイダー』
尻尾と首、そして中央の顔はベノスネーカー。
顔を除いた重厚な頭部、胴体と四肢はメタルゲラス。
そしてその背には、巨大な翼のようにヒレを展開させたエビルダイバー。
三体の怨念と飢餓が一つに溶け合った、まさに悪魔の合体獣だった。
「ひ、ひぃ……!」
ボディの隙間から煙を吹き上げ、立ち上がる事すらままならないシザース。
彼の背後には飢えに飢えたジェノサイダーが咆哮を上げ、
前方からはベノサーベルをぶら下げた王蛇が死神のように歩み寄る。
完璧な死の包囲網。
底知れない死の恐怖に完全に呑まれたシザースは、震える片手を前に突き出し、見苦しく声を裏返した。
「ま、待て! 待て待て!! あ、浅倉、ここは一つ、取引しないか!?
私の元に来れば、君をより安全な場所にかくまってやれるぞ! 資金だっていくらでも用意してやる!
君だってこのまま警察に追われるのは、しんどいだろ!?」
表の顔である「政治家」としての交渉術。
無論、こんなものはその場限りの見苦しい命乞いに過ぎない。
根津はこれまでも、こうやって誰かを騙し踏み台にし続けてきた男である。
今でも汚れ仕事を任せているゴロツキ達も、近い将来自分が国政選挙に出馬する事になれば、
証拠隠滅の為に容赦なく切り捨てるつもりでいた。
そんな男の、浅薄で見え透いた嘘に騙される浅倉ではない。
王蛇は根津の言葉を完全に無視し、
冷酷に必殺のカードをベノバイザーへ読み込ませた。
「ほう、楽しそうだな? そいつは……」
《 FINAL VENT 》
無慈悲な機械音声がコンクリートの街並みに鳴り響くと同時に、背後のジェノサイダーが咆哮を上げた。その重厚な腹部が左右に割れるように開き、不気味な光を放つ巨大な空洞が出現する。
穴の奥は、光すらも届かない虚無の闇。
それはさながら極小のブラックホールのように、周囲の瓦礫や空気を凄まじい勢いで吸い込み始めた。
「嫌だ……嫌だあああ! 俺は、こんなところで……っ!」
「はあああっ!!」
恐怖とダメージで立ち上がることすらできないシザースに向け、王蛇は狂おしい笑みを浮かべながら大きく助走をつけた。地面を爆発的な脚力で蹴り上げ、空中へ高く舞い上がる。
両足を揃え、体重のすべてを乗せた豪快なドロップキックがシザースの胸部に炸裂した。
「ああああああ嫌だああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
政治家としてのプライドも虚栄心も全て消し飛び、ただの一人の情けない人間として絶叫する根津。
その金の身体は、王蛇のキックの凄まじい推進力とジェノサイダーの引力によって、抗う術もなく闇の空洞へと押し込まれていく。
引きずり込まれるようにして、シザースの姿がジェノサイダーの腹部の中へと完全に消えた。
キメラモンスターと連携して繰り出される王蛇の必殺技『ドゥームズデイ』である。
ピシャリ、と音を立てて腹部を閉ざすジェノサイダー。
その喉の奥から、捕食を完了した満足げな、そして悍ましい地鳴りのような音が漏れる。
「っはっはっはっは.....」
久々のライダー狩り、そして極上の獲物を喰らわせた充実感。
王蛇は満足げに肩を揺らし笑うのだった。
戦いの一部始終を特等席で見せつけられたスティーガは、ただ地面に這いつくばったまま、過呼吸寸前の荒い息を整えるのに必死だった。
「死んだ……あの人、死ん……だ……本当に」
バイザーの奥で、ルリの瞳が激しく恐怖に揺れる。
たった今自分の命を奪おうとした男ではあった。それでも初めて間近で目撃した「人が人の命を奪う」という絶対的な一線の崩壊。その狂気の重圧に、ルリの心は激しく軋んだ。
その時。
「ギジャアアアアアッ!!」
背後から更に別の、肉が引きちぎられるような悲鳴が響き渡った。
振り返ると、主を失って逃げ惑おうとしていたボルキャンサーの体を、いつの間にか現れたディスコーピオンが巨大な両腕の鋏でガッチリと組み伏せていた。
そして禍々しい顎を開き、ボルキャンサーの頭部からムシャムシャと音を立てて獰猛に貪り喰らい始めたのだ。
呼んでもいないのに自らミラーワールドの深淵から這い出てくるとは、余程腹を空かせていたらしい。
結局モンスターの気配を気遣った自分の判断は何だったのか。
狂ったように同胞の肉を貪る契約モンスターの姿。
血と、暴力と、捕食。
あまりにも悍ましい光景の連鎖に、ただ唖然とするスティーガ。
そんな彼女の背中に、王蛇が気怠げに、しかし確信に満ちた声をかけた。
「なあ……」
王蛇は肩をすくめ、血の匂いに興奮する三体のモンスターを従えながら、昏く、愉悦に満ちた声で囁く。
「本当に楽しいよな? ライダーってのは……」
そう言い残すと、彼は満足そうに無人の街並みの奥へと立ち去っていった。
その背中には人を殺めた罪悪感など一欠片もない。
これがライダーバトルの残酷な現実。
そして――命のやり取りの最中に身体をすくませ、カードすら落とした自分の、あまりの無力さと甘さ。
「……っ!」
浅倉への愛を叫びながら、結局は綺麗な世界から抜け出せていない自分への、
激しい憤りと悔しさが込み上げる。
ルリは溢れそうになる涙を堪え、震える拳でコンクリートの地面を激しく殴りつけるのだった。
ボルキャンサーの泡攻撃の元ネタはゲーム『仮面ライダー クライマックスヒーローズ オーズ』より。