龍騎外伝 仮面ライダースティーガ&王蛇   作:巽★敬

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# 08

 

昼下がりの下校時間。

 

校門の向こうでは、部活動へ向かう生徒たちの賑やかな声が飛び交う。

友人同士で笑い合う者。寄り道の予定を話し合う者。

休日を目前に控えた解放感が、校舎を柔らかく包む。

 

そんな中、一人だけ。

曽川ルリは神妙な面持ちで校門を通り抜けていた。

 

肩に掛けた学生鞄。

陽に照らされた長い影。

その足取りは重く、そして迷いなく前を向いている。

 

――霧島美穂。

 

今日一日、授業中も休み時間も、その名が頭の中を巡っていた。

 

 奴を始末出来たら、またお前と会うのを考えてやってもいい

 

浅倉が自分へ突き付けた条件。

その言葉が、まるで呪いのようにルリの胸へ刻み込まれている。

 

「……」

 

ルリは無意識に鞄の持ち手を強く握り締める。

中にはスティーガのカードデッキ。

今やそれは彼女にとって、自分自身の存在理由と同義。

今すぐ戦場へ向かうと言う、覚悟の証である。

 

顔は解る。苗字からして、被害者の妹。

初公判で怒鳴ってたあの女性なのは見当がつく。

問題は彼女が普段、何時どこで何をしているのか解らない事だ。

 

(……とにかく探すしか……)

 

そう考えた、その時だった。

不意に肌を刺すような異様な空気が辺りに満ちた。

 

反射的に顔を上げたその先に、一人の男が佇んでいた。

 

「……神崎さん……」

 

思わずその名が漏れる。

ライダーバトルの主催者たる男が、相変わらず氷の様に冷たい目でルリに視線を向けている。

どこか、この世の存在とは思えない雰囲気を醸し出す神崎士郎。

 

これだけ異様な者が佇んでるにも関わらず、

周囲の生徒達は誰一人彼に見向きもせず素通りする。

まるで最初から、そこに誰も立ってないかのように。

 

士郎は感情の起伏が一切ない声で、静かに告げた。

 

『霧島美穂の居場所を教えてやる。戦え。浅倉のために……』

 

彼が何を思って情報を与えてくれたのか、真意は定かではない。

ライダーバトルの停滞を嫌い、今のルリが「最も熱意を持って戦いを進めてくれそうな人物」と判断したのかもしれない。

 

しかし彼が何を企んでるかなど、ルリにとってはどうでも良い事。

霧島美穂の居場所が分かる、それだけで十分だ。

 

「……はい」

 

ルリは昏い決意を胸に、カードデッキが入った学生鞄を、

指関節が白くなるほど強く握りしめた。

 

 

        ◆

 

そして、現在。

ルリは人気のない路地裏を足音も立てずに歩いていた。

その後ろを、先ほどカフェで出会った美穂が警戒を緩めぬまま着いていく。

 

二人の間に会話は一切ない。ただただ重苦しく張り詰めた空気が、

冷たい秋の風のように路地を吹き抜けていく。

 

やがて二人は、ビルの壁面の大きめの窓ガラスにたどり着く。

窓ガラスに映し出されたルリの瞳は、まるで獲物を狙う肉食獣のように恐ろしく鋭く、昏い闘志がぎらぎらと籠っていた。

 

「待ちなよ....」

 

彼女の背後で、美穂ようやくが口を開く。

その表情には戦いに臨む真剣さがあると同時に、どうしようもない困惑が混じっていた。

 

「貴女……以前、初公判に来てたSRO社長の娘でしょ? そんな貴女が、なんでライダーに?」

 

聞かずにはいられなかった。

自分と同じ、遺族を浅倉により狂わされた者。

にも拘らず、彼女のこの間の行動。あれはどう見ても浅倉を守るような素振りだった。

何かしら事情があるのか、そんな考えが真っ先に浮かぶ。

 

だが、ルリの返答はあまりにも冷淡だった。

 

「知ってどうするんですか? 人の事情なんて……ライダーである以上、私達は敵同士。それだけでしょう?」

 

まるで興味もない話題を切り捨てるような声。

顔をわずかに傾け、冷徹な視線だけを背後の美穂へと送る。

 

「それとも何です? 子供相手じゃ戦えない、とでも?」

「っ…………」

 

言葉に詰まり美穂。

図星だった。ライダー同士の戦いに年齢など関係ない。頭では理解してる。

だが目の前にいるのは明らかに中学生。

しかも浅倉に人生を狂わされた被害者でもある。

その事実が、美穂の心に僅かな躊躇いを生んでいた。

ルリはそんな感情を一顧だにしない。

 

返す言葉のない美穂を無視して、ルリは自らのカードデッキを静かに窓ガラスへと向けた。

さっさと準備をしろという、無言の催促。

その迷いのない挙動に、美穂もまた弱音を振り払うように覚悟を決める。

懐から白いカードデッキを取り出すと、同じように窓ガラスに向けて鋭く構えた。

二人の腰に光と共にVバックルが出現する。

 

「変身」

「変身!」

 

重なる二人の声。

小気味いい金属音を立てて、Vバックルにデッキを装填。

二人の身体にライダーの虚像が何重にも重なる。

 

美穂は仮面ライダーファムへ。

ルリの身体は仮面ライダースティーガへと姿を変える。

 

変身を終えた二人は、現実世界の光を背に受けながら、ミラーワールドへ突入していった。

 

 

           ◆

 

 

無人のミラーワールドの中、昼下がりの街中。

現実世界では人々の話し声や車の往来で騒がしいはずの道が、鏡の向こう側では恐ろしいほど静まり返っている。

左右を反転した看板。誰もいない横断歩道。

止まった様な時間の中で、二人のライダーだけが対峙していた。

 

白の装甲を纏うファム。

深紅の装甲を纏うスティーガ。

互いに武器を手にしたまま、一言も発さない。

ただ、相手の息遣いを読むように視線だけが激しくぶつかり合っていた。

 

「………」

「………」

 

静寂が引き伸ばされる。

秒が、まるで永遠のように重く流れた。

その沈黙を最初に断ち切ったのは、スティーガだった。

 

「はあっ……!」

 

短い気合いと共に地を蹴る。

ディスティングバイザーを振りかざし、一直線に距離を詰めた。

 

「やあっ!」

 

ファムもすかさず応じる。

細く鋭いレイピア型の武器、ブラウンバイザーを構え、真正面から迎え撃つ。

金属と金属がぶつかる、鋭い衝突音。

それを皮切りに、二人の剣が幾度となく激しく交錯し始めた。

スティーガが上段から叩きつければ、ファムが流して即座に突く。

ファムが連続で刺突を繰り出せば、スティーガがディスティングバイザーの蛇腹を利かせ絡め取るように弾き返す。

 

鍔迫り合い。火花。

また距離が開いて、また踏み込む。

どちらも一歩も引かない。

ミラーワールドの冷えた空気の中、二人分の荒い呼吸だけが、静寂に刻まれていく。

 

スティーガは鋭く踏み込んだ勢いを殺し、一気に間合いを取った。

そして、ディスティングバイザーの柄——その根元に刻まれたトリガーへ指をかける。

引き金が落ちた瞬間。

長い刀身が生き物のように節を分解し、瞬く間に鞭状へと変貌する。蛇腹の刃が唸りを上げ、空気を切り裂きながらファムへと殺到した。

 

「――!」

 

脳裏に閃く、スティーガとの初会敵。

浅倉を逃がすために不意打ちを仕掛けてきた彼女。

あの時はこの刃に弾き飛ばされたが、今度は喰らわない。

ファムは咄嗟に上体を大きく仰け反らせた。

耳元を、蛇腹の刃が薙ぐ。

ほんの僅かな差で、装甲をかすりもせず空を斬る。

だが、スティーガは止まらなかった。

 

「……っ!」

 

間髪入れず、第二撃。第三撃。

蛇腹の刃が縦横無尽にしなり、波打ち、予測の難しい軌道でファムへ迫り続ける。

ファムは後退しながら一瞬だけ片手をブラウンバイザーへ走らせ、素早くカードを装填した。

 

《 SWORD VENT 》

 

電子音と共に、白く輝く大型の武器が手元に出現する。

契約モンスター・ブランウイングの両翼を模した薙刀——ウイングスラッシャー。

ファムはその場で一度大きく薙刀を振り回した。

その両端に備わった鋭利な刃が、迫り来る蛇腹の一撃を鋭く弾き飛ばす。

さらに一撃。また一撃。

縦横に迫るディスティングバイザーの蛇腹を、ウイングスラッシャーが次々と受け流していく。

弾くたびに金属の火花が散り、無人の街中に乾いた衝突音が幾重にも響いた。

そして——弾きながら、ファムの足は前へ出ていた。

防ぐだけでは終わらせない。

弾いた勢いを殺さず、そのまま踏み込む。一歩。また一歩。

みるみる縮まる距離。

 

「っ——」

 

スティーガが反応した時には既に遅かった。

ウイングスラッシャーの柄がディスティングバイザーの蛇腹を巻き込むように押さえ、二人の間合いが一気に零になる。

鍔迫り合い。

白と深紅の装甲が、至近距離で激しく拮抗した。

 

「やっぱり……納得いかない」

 

鍔迫り合いの振動が腕に伝わる中、ファムが力を込めた声を絞り出した。

 

「何であの時、浅倉を守った? 貴女だって……アイツに家族を傷つけられた被害者でしょ!?」

 

純粋な疑問だった。

同じ痛みを持つはずの人間が、なぜ加害者の側に立つのか。

美穂には、どうしても理解できなかった。

その言葉が届いた瞬間、スティーガの押す力が一段と強くなった。

 

「被害者?」

 

低く、抑えた声。だがその底には、灼けるような何かが滲んでいた。

 

「貴女と……一緒にしないで!」

 

力任せにディスティングバイザーを振るう。

金属同士がぶつかり合う衝撃が走り、鍔迫り合いが強引に弾け飛んだ。

ファムが数歩よろめきながらも、ウイングスラッシャーを握り直して踏みとどまる。

その正面で、スティーガは感情を剥き出しにしたまま叫んだ。

 

「私は! 浅倉さんを守る為にライダーになった! 復讐がお望みの貴女とは違うんです!!」

「はあ!?」

 

ファムの声が、思わず裏返った。

余りにも。あまりにも理解の外にある答えだった。

その一瞬の硬直を、スティーガは見逃さなかった。

素早く召喚機へカードを入れ込む。

 

《 SHOOT VENT 》

 

電子音と共に、スティーガの右手にボウガン——ディスアローガンが出現。

引き金を絞る間もなく、矢が連続して放たれる。

 

「っ!」

 

ファムは咄嗟で前転で身を低くした。

頭上を矢が唸りを上げて通過する。

立ち上がると同時に横へ駆ける。降り注ぐ矢が、アスファルトと壁面に火花を散らしながら次々と突き刺さった。

 

「貴女、正気!?」

 

壁の陰へ滑り込んだファムが、乱れた呼吸の中で叫ぶ。

 

「アイツが何をして来たか解ってんの!?」

 

声が震えていた。

怒りなのか、それとも信じられない思いからなのか、自分でも判断がつかないほど。

 

「アイツのせいで……どれだけの人間が傷つけられたか……!」

 

浅倉威が奪ったもの。

遊び半分の暴力で踏み躙られた命。壊された日常。

自分の姉だけじゃない。

数え切れないほどの人間が、あの男の気まぐれな拳ひとつで人生を狂わされた。

その男を慕う意味が、美穂には欠片も理解できない。

 

「ええ……知ってますよ」

 

スティーガの声が、壁の向こうから返ってきた。

静かだった。

先ほどまでの剥き出しの感情とは打って変わって、どこか深く沈んだような声。

 

「でもね——!!」

 

次の瞬間、視界の端にスティーガが回り込んでいた。

ディスアローガンの銃口がこちらを向く。

矢が放たれる。

ファムは即座に壁の陰を捨て、反対方向へ全力で駆けた。

矢が背後の地面を連続して抉り、火花が荒々しく跳ね散る。

走りながら、スティーガの声が追いかけてきた。

 

「世の中には……そんな人から、救われた人もいるんですよ!」

 

壁の陰へ滑り込み、スティーガの矢をやり過ごしながら、ファムの手は素早くデッキからカードを引き抜く。

 

《 GUARD VENT 》

「……ふざけるな!」

 

吐き捨てるように言葉と共に、ファムは壁の陰を飛び出した。

ブランウイングの両翼と背を象った盾——ウイングシールドを両手で構え、スティーガの射線上に真正面から立ちはだかる。

瞬間、シールドの表面が白く輝いた。

大量の羽が弾けるように放たれ、まるで吹雪のように辺りへ乱舞する。

白い羽が視界を埋め尽くし、スティーガの照準を激しくかき乱す。

 

「くぅっ……!」

 

スティーガは構わずディスアローガンの引き金を絞り続けた。

矢が羽の乱舞を突き破り、ウイングシールドへ殺到する。

だが。

甲高い金属音が連続して響く。

矢の一本一本が、シールドの表面に弾かれ、火花を散らして地面へ落ちていく。

一発も、通らない。

スティーガが一歩、後退した。

その隙を逃さず、ファムが前へ出る。

シールドを盾に圧力をかけながら、感情を押さえきれない声が迸った。

 

「アイツは……私のお姉ちゃんを殺したんだ!」

 

声が、震えていた。

怒りと悲しみが混ざり合い、もはや分離できないほど絡み合った、生の叫び。

 

「優しかった。やりたい事だって、いっぱいあった。それを全部……全部アイツが奪ったんだ! 大した理由もなく、遊び感覚で……!!」

 

脳裏に、あの日の光景が焼き付いて離れない。

初公判の法廷。

被告人席に座る浅倉威は重い空気の中、場違いなほど弛緩した空気を纏っていた。

弁護士を通じて投げかけられた問い——何故、殺したのか。

浅倉は一切の逡巡なく、薄く笑いながら答えた。

 

  さぁな……なんとなく。あの日、たまたまイライラしてた。それ以外何がある?

 

罪悪感の欠片もない。

悔恨も、羞恥も、何一つ。

あるのは退屈を持て余すような、ヘラヘラとした表情だけ。

美穂はあの瞬間、怒りで視界が赤く染まった気がした。

姉の最期が、あんな言葉一つで片付けられた。

 

たまたまイライラしていた。

 

それだけの理由で、大切な人の命が消えた。

憎むには、十分過ぎた。

 

「おああああっ!」

 

美穂の怒りに呼応するように、さらに大量の羽が噴出され、スティーガの視界を完全に遮断する。

その隙を突き、ファムは爆発的なジャンプでスティーガの背後へと回り込んだ。

そしてレイピアによる鋭い連続突きをその背中に浴びせる。

一撃。二撃。三撃。

 

「くあッ……ああっ!」

 

短い悲鳴と共に、衝撃で火花を散らしながら地面へと激しく倒れ込むスティーガ。

膝と両手が、冷たいアスファルトへ叩きつけられる。

ファムはレイピアの切っ先を倒れた彼女に向けたまま、語気を強めて言い放った。

 

「あの男は人間じゃない! あんな奴を慕うなんて、どうかしてるよ!」

 

怒り。困惑。

そして理解できないという苦しみ。

それら全てが混ざり合った叫びだった。

暫し地面に倒れたままのスティーガ。

やがて彼女は自嘲気味に、静かに語りながらゆっくりと起き上がってきた。

 

「貴女は……家族を愛し……そして、愛されてたんですね……」

 

その言葉に、ファムは思わず眉をひそめた。

 

「羨ましい……」

 

小さな呟き。

それは皮肉ではなかった。

心の底から漏れ出た本音のように聞こえた。

 

「だから解らない…決して……」

 

完全に立ち上がったスティーガの手には、既に新たなカードが握られていた。彼女はそのカードを迷わずディスティングバイザーに読み込ませる。

 

《 ADVENT 》

「キシャアアアァァァァッ!!」

 

無機質な機械音声と同時に、後方からディスコーピオンが出現し、鋭いハサミを鳴らしてファムに襲い掛かる。

 

「っ——!?」

 

ファムが咄嗟に跳び退く。

巨大な鋏がアスファルトを抉り、爆発的な土煙が舞い上がる。

その煙の向こうで、スティーガは真っ直ぐ立つ。

彼女は巨躯の怪物の背後で、呪いのような言葉を吐き捨てた。

 

「ギシャアアアァァァァッ!!」

 

激しい地響きを立てながら、ディスコーピオンは幾度となく巨大なハサミを繰り出してくる。

ファムはその鋭い一撃を間一髪のステップで回避しながら、ブラウンバイザーへ新たなカードを素早く滑り込ませた。

 

《 ADVENT 》

「ピイイイィィィ――!」

 

高らかな鳴き声が空を裂いた。ファムの頭上。

曇ったミラーワールドの空を、大きな白い影が旋回する。

 

純白の翼を広げた白鳥型モンスター――ブランウイング。

その優美な姿は戦場に似つかわしくないほど神々しい。

しかし次の瞬間。

ブランウイングは翼を畳み、一気に急降下。

轟音と共にディスコーピオンへ体当たりを敢行する。

 

「キシャアアア!」

「ピイイイィィィ――!」

 

咆哮を上げる蠍の怪物。

互いの主を護るため、二体のミラーモンスターが激しい乱戦へと突入。

 

乱を縫うように、スティーガが動く。

左手のディスアローガンを狂ったように乱射しながら、ファムとの距離を強引に詰めていく。

容赦なく放たれる矢の雨をファムが身を躱して凌いだ瞬間、

スティーガはディスティングバイザーの刃を鋭く突き出した。

ファムは咄嗟にレイピアでその凶刃を受け止める。再び火花を散らす至近距離、視線が交錯する鍔迫り合いの状態で、スティーガの口から堰を切ったようにドス黒い感情が溢れ出した。

 

「私の親は、親になってはいけない人間だった!父は常に自分こそが正しいと信じて疑わない! 気に入らない物は全て力で拒否し、抑圧した! 時代遅れの支配欲ばかり振りかざして!」

「っ……!」

「母はそんな父を見かねて、私を置いて蒸発した! 周りは制裁を恐れた、事なかれ主義の大人ばかり! 同級生は皆、私の『社会的地位』にしか興味を示さない!」

 

ルリの叫びは、彼女がこれまで誰にも打ち明けられなかった、孤独な地獄の証明だった。

だが、美穂もまた、理不尽に全てを奪われた絶望を知る身である。

 

「……だから……だからって、あんな奴を慕うなんて!」

 

レイピアに全身の体重を乗せ、ファムはスティーガの刃を力任せに弾き飛ばした。

さらに間髪入れず、左手のウイングシールドをその胸元へ叩きつける。

鈍い衝撃音と共に、スティーガの身体が大きく仰け反った。

 

しかし、ルリの執念はその体勢の崩れすら攻撃へと転じさせる。

 

「貴女には絶対解らない……! 家族と言う『檻』から救われた、私の気持ちが!あの人への想いが!」

 

大きく仰け反りながらも、ルリはディスティングバイザーのトリガーを引き、再びその刃を鞭状へと変形させて解き放った。死神の鎌のようにしなる蛇腹の刃が、猛烈な速度でファムの懐へと肉薄する。

 

「最も——」

 

回避するファムへ向けて、スティーガの声が追いかける。

冷たく、しかしどこか諦めたような色が混じっていた。

 

「解ってほしいなんて、思いませんけど!」

 

その言葉は、ファムへの拒絶であると同時に――

これまで誰にも理解されなかった少女自身の、痛々しい自己防衛にも聞こえた。

 

「貴女を倒せば、浅倉さんは私を認めてくれる....あの人の為なら——私はこの命、投げ出しても構わない!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ファムの中で何かが弾けた。

 

「何を、そんな事をぉ!!」

 

許せる訳がない。あんな人の皮を被った悪魔の味方など。

感情を爆発させ、ファムが地を蹴って駆け出した。

 

 

 

一方その頃。

 

少し離れた場所に位置する、高層ビル屋上のヘリポート。

一人のライダーが静かに佇み、眼下で行われているファムとスティーガの激突を冷徹に見下ろしていた。

 

浅倉威こと、仮面ライダー王蛇だ。

 

自ら暴れまわる事を無上の愉しみとする彼が、

今回は珍しく「観戦」のみに勤しんでいた。

 

美穂の命を奪えば、また以前のように直接会ってやる。

ルリに対してそんな条件を提示した浅倉。

彼女はこれまで出会ってきた有象無象の人間の中でも、なかなか珍しい部類だった。

あまりに自分に忠実で、狂信的なまでに縋り付いてくるあの少女。

自分の為にどこまで戦えるのか。

それを純粋に見極めてみようという、彼なりの気まぐれな興味が湧いたのだ。

 

「っふ、はは……」

 

面戸の奥から、低く愉しげな笑い声が漏れる。

自分が原因で繰り広げられる、一人の女性と、一人の少女の真剣な殺し合い。

遠くからこの悪魔が見物してるとも知らず、二人のライダーは泥沼の戦いを繰り広げている。

 

王蛇はそれを、まるで他人事の退屈しのぎか、

あるいはスポーツ観戦でもするかのように、冷酷に高みの見物を決め込んだ。

 

 

 

 

ファムが感情を爆発させ突撃する隙を逃さず、

スティーガは新たなカードを素早くバイザーへと装填した。

 

《 SAND VENT 》

 

電子音声が響いた直後。

ブランウイングと激しく交戦していたディスコーピオンが、突如として動きを止める。

そして、まるで命令を待っていたかのように、滑らかに方向転換する。

巨大な蠍の身体が大きく仰け反った。

腹部と胴体に穿たれた八つの穴が開く。

 

次の瞬間、その不気味な排出口から凄まじい勢いで大量の砂が激流のように吹き出された。

 

「何!? うわああああっ!」

 

視界を完全に遮る突風と、容赦なく押し寄せる砂の波。

まともに呑み込まれたファムは、足元をすくわれて激しく転倒し、半身が重い砂の中に埋もれてしまう。

 

「はあああああああ!」

 

砂の向こうから、スティーガがディスティングバイザーを構えて突進してくる。

まずい。

ファムは即座に判断した。このまま正面からやり合える状況じゃない。

今は一旦引こう。

手がデッキへ伸び、ファイナルベントのカードを掴んだ。

一撃必殺の切り札だが、必殺技は術者の意思次第で手加減が効く。

今は殺すためじゃない。怯ませて、その隙に離脱する。それだけでいい。

カードをブラウンバイザーへ差し込んだが.....

 

——ガリ

 

嫌な音がした。

待てど暮らせど、お馴染みの荘厳な電子音声が鳴り響かない。

驚愕して手元を見ると、先ほど浴びた大量の砂がブラウンバイザーの内部メカに容赦なく入り込み、

カードを正常に認識していなかった。

 

「しまった、砂が……っ!」

 

焦りが全身を走る。

ブラウンバイザーを傾け、手で砂を払い落とそうとしたが、その一瞬が致命的だった。

スティーガが飛び掛かる。

 

「っ——!」

 

反応が間に合わない。

スティーガの足がファムの腹部へ、容赦なく叩き込まれた。

 

「ぐはっ……!!」

 

衝撃が内側まで貫く。

ファムの身体が仰向けに叩きつけられ、アスファルトへ激しく背中を打ち付けた。

スティーガはそのままファムの身体を踏みつけ、動きを封じる。

そして、ゆっくりとディスティングバイザーの剣先を持ち上げた。

切っ先がファムの仮面の鼻先へ、静かに向けられる。

 

「……さよなら」

 

一拍の沈黙。

 

「霧島さん」

 

感情を削ぎ落としたような、冷たく平坦な声だった。

怒りでも憎しみでもない。

ただ、決意だけがそこにある。

スティーガの腕が、ゆっくりと振り上げられた。

 

美穂は仮面の奥で、強く目を瞑った。

 

覚悟した。

 

終わりだと感じた。

 

だが――。

 

いつまで経っても衝撃が来ない。

 

切り裂かれる痛みも。

命を奪われる瞬間も。

何も訪れなかった。

 

「……?」

 

恐る恐る目を開く。

その視界に映った光景に、美穂は思わず息を呑む。

 

そこにはディスティングバイザーを振り下ろした姿勢のまま、

硬直しているスティーガの姿があった。

 

鋭い刃先は、あと数センチ。

本当にあと一歩という距離で止まっている。

 

その剣先が微かに震えていた。

 

いや。

 

震えているのは剣だけではない。

スティーガ自身の身体もまた、小刻みに揺れていた。

 

「……っ……」

 

仮面の奥から漏れる苦しげな息。

 

殺すつもりだった。

 

その覚悟でここまで来た。

 

頭では理解している。

 

浅倉のため。彼に認められるため。

自分は人を殺さなければならない。

何度もそう言い聞かせてきた。

だから決意も兼ねて、真正面から戦いを挑んだ。

 

それでも――。

 

最後の最後で、ルリの身体は、その一線を越えることを拒絶していた。

 

その致命的な躊躇を、ファムは見逃さない。

 

「っでやぁ!」

 

スティーガの腰を渾身の力を込めて蹴り飛ばす。

衝撃でルリがよろめく隙に、美穂は素早く立ち上がり、彼女から大きく距離を取った。

 

「っく……! 今度は、これで……!」

 

自分の未熟さと、心の弱さを必死で隠すように、

スティーガは焦燥に駆られながら新たなカードを取り出そうとデッキに手を伸ばす。

 

その時

乾いた銃声が、ミラーワールドの静寂を貫いた。

 

「うあぁ——っ!?」

 

一発の銃弾がスティーガの手の甲を直撃する。

激痛で弾かれるように手を引き、思わず患部を押さえた。

銃弾が飛んできた方角へ、反射的に顔が向く。

 

すぐ側の二階建てビルの屋上。

そこに、鈍く輝く深緑の重装甲を纏ったライダーが佇んでいた。

 

拳銃型召喚機――マグナバイザーをこちらへ向ける、その人物。

 

仮面ライダーゾルダ。

北岡秀一だ。

 

「悪いな。何時かのお返しだ」

 

低く落ち着いた声が響く。

それを聞いた瞬間ファムが苛立ちを隠さず怒鳴った。

 

「北岡! お前、また余計な事を!」

 

美穂からすれば、彼の姿は激しい嫌悪感と腹立たしさに胸が掻き毭(むし)られる思いだった。

しかし、そんなファムの刺々しい声を冷静にあしらいながら、

ゾルダは流れるような手つきでマグナバイザーにカードを装填した。

 

「ふん。じゃあ、一緒に吹き飛ぶか?」

《 SHOOT VENT 》

 

無機質な機械音声と共に、ゾルダの両肩へと巨大な二門の大砲『ギガキャノン』が出現。

その黒々とした砲口が、ファムとスティーガの間へ向けられる。

 

「――ソイツとな!」

 

短い掛け声と共に、ギガキャノンが猛烈な火を噴いた。

 

「!?」

「——っ!」

 

放たれる爆弾。

二人のライダーは咄嗟に反対方向へ跳び退いた。

ファムとスティーガの中間の地面へと容赦なく着弾する。

 

耳をつんざく爆音。揺れる大地。

着弾点には深いクレーターが穿たれ、黒煙が激しく立ち込める。

吹き飛ばされた瓦礫が雨のように降り注ぐ。

 

「ぐっ……!」

 

スティーガは息を荒くしながら這うようにして起き上がる。

だが安堵する暇はない。

爆煙が晴れる間もなく、次弾が来る。

 

「そんな……!」

 

再び飛び退く。

 

着弾。

爆発。

衝撃波。

炎。

破片。

 

休む間もなく砲撃が次々と襲いかかる。

その爆発の連続は、ブラウンウィングと交戦中だったディスコーピオンでさえも寄せ付けない。

 

「……やらなきゃ、私は、霧島美穂を……あの人のために……っ!!」

 

自分の行き場のない叫びを吐き出すスティーガ。

しかし彼女の感傷など一切顧みず、砲弾は次々と容赦なく飛んでくる。

 

その苛烈な攻撃はファムの方向には一切向いていなかった。

ゾルダは最初から、スティーガだけをピンポイントで狙っているのだ。

直撃こそ免れているものの、バズーカや戦車砲と同等、あるいはそれ以上の破壊力を持つギガキャノンの圧倒的な火力の前に、ルリの心は完全に恐怖で叩き潰された。

 

「く、くっそおおぉぉぉぉ――っ!!」

 

胸を引き裂くような悔しさと、死への恐怖を辛うじて天秤にかけ、

スティーガはそれ以上カードを引き抜くこともできず、

黒煙の中に紛れてその場から惨めに逃走するしかなかった。

 

 

 

 

すぐ側の高層ビル屋上では、

スティーガの惨めな逃走の一部始終を冷徹に見届けていた王蛇が、

つまらなそうにため息を吐き捨てていた。

 

「っは。やはりな……奴には無理だったか……」

 

期待外れの玩具に飽きたようにそれだけ言い残すと、

王蛇は一度も振り返ることなく、どこかへと歩き去っていった。

 

 

           ◆

 

 

周囲はすっかり日が暮れていた。

 

ゾルダの砲撃から逃げ延び、現実世界へと帰還したルリは、

街灯もない薄暗い森林の道を、力なく虚ろな足取りで歩いていた。

 

身体に大きな怪我こそ無いものの、制服はボロボロに汚れ、身も心も完全に限界を迎えていた。

 

やがて辿り着いたのは、ついこの間まで浅倉と共に過ごしていた別荘だった。

 

何かに吸い寄せられるように、無意識のうちにその扉の前に立つルリ。

ポケットから合鍵を取り出す。

明日には手放さなければならない、最後の鍵。

 

静かに、錠が外れる。

 

扉を開いた先は、暗く、冷たく、何もなかった。

 

売却の手続きに伴い、電気はすでに止められ、家具も、生活の痕跡も、全て撤去されていた。

 

ルリと浅倉がここで過ごした三週間の気配など、どこにも残っていない。

あるのはただ空虚な空間と、夜の静寂だけだった。

 

「…………」

 

ルリはその場でゆっくりと膝をついた。

力が抜けたのか、崩れ落ちたのか、自分でも判断がつかなかった。

 

「……はは」

 

乾いた笑いが、唇から零れた。

 

「居るわけ……ない……か……」

 

分かっていた。最初から。

昨日の時点で、浅倉はこの別荘を出るとルリに予告していた。

 

それでも、来ずにはいられなかった。

もしかしたら、何かの気まぐれで、まだあのソファーに寝そべってるのではないか。

そんな淡い幻想に縋りたかった。

ここに確かに浅倉が居たという残り香を、その実感を、少しでも肌で感じていたかった。

 

だが、実際に突きつけられたのは、主を失ったただの空っぽの箱。

 

静寂が深まるほど、押し寄せてくるのは土壇場で弱さを見せた己の未熟さ。

惨めな敗北感。

そして、二度とあの男の隣に立てないかもしれないという、

底知れない喪失感だけ。

 

今日の戦いが頭の中で繰り返される。

あと一歩のところで、剣を止めてしまった。

あの瞬間、自分は何を迷ったのか。

浅倉の為にやると決めたのに。この命を投げ出すと誓ったのに。

結局、何もできなかった。

 

 

「……ああ……ああああ……」

 

 

嗚咽が漏れた。

堰が切れたように、大粒の涙が頬を伝う。

 

 

「うああああぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 

無残な泣き声だけが、空っぽの別荘の中に響き、

そして誰にも届かず消えていった。

 

 

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