ポケットモンスター:オーバー・ザ・レジェンド 作:ガチャガチャクツワムシ
ブラックフォッグとの死闘を終えた一同は、全員が傷だらけだったこともあり、大事をとってマナシロタウンの病院へ検査入院することとなった。
翌日、隣の町から駆けつけたカスミも合流し、病室には少しずつ賑やかさが戻っていた。そんななか、病室に訪れたコウメが静かに語り出した。
「このあたりはな、大昔にポケモンを神として祀っていた地域なのじゃ。周辺からはそのような痕跡を持つ遺跡が多数発見されておる」
元ジムリーダーであるタケシもその歴史に心当たりがあったようで、深く頷いた。
「確か、旧世紀のこの地方には、ポケモンを絶対的な神とした独自の宗教が存在していた……という記録を読んだことがあります」
実際に調査された遺跡の跡地には、無残に砕け散った巨大な石像が残されており、その容貌はどこかブラックフォッグの面影を強く残していたという。
それを聞いたサトシは、ぽつりと呟いた。
「……ブラックフォッグは、大昔に人間に捨てられちゃった神様だったのかもしれないな。だから、もう二度と人間に捕まりたくなくて、あんな風に自分の意地で【自爆】して消えちゃったのかな」
サトシの切ない仮説に、病室はしばし静かな寂しさに包まれた。
すると、その空気を変えるように、キクコが不敵な笑みを浮かべてヒビキの前に歩み出た。
「さてと、じゃあお主が一番聞きたいであろうことを伝えてやるさね。あのオコリザルの成れの果て──このポケモンの名はコノヨザル。パルデア地方で最近発見されたばかりのオコリザルの進化系さね。タイプはゴースト・格闘じゃ」
「ゴーストと格闘……そうなんだ……!」
ヒビキが驚きながら自身のコノヨザルのボールを見つめると、キクコはフンと鼻を鳴らした。
「詳しいことは、あのオーキドのジジイにでも聞いとくれ。まったく、あのジジイも学会さえなければ無理矢理にでも手伝わせるつもりだったってのに……肝心な時に全く役に立たないジジイだね!」
激しく吐き捨てるキクコの姿を見て、リンがヒビキの袖をグイグイと引っ張りながら、ごく小声で耳打ちした。
「なぁなぁヒビキ……何かキクコさん、オーキド博士とめっちゃ仲悪ないか?」
「ああ。若い頃は熱いライバル関係だったらしいんだけど、博士が研究業に専念するためにトレーナーを引退したから、それ以来関係が悪化したらしいぞ……」
ヒビキも声を潜めて答える。
「おい、そこ。何こそこそこ話してんだい!」
「うわっ!?」
キクコに見破られ、2人は同時に肩を跳ね上げた。キクコは鋭い眼光のまま、しかしどこか期待を込めた口調で言葉を残す。
「ヒビキ! アタシに教えを乞う気があるなら、いつでも連絡しな! 死ぬ気で鍛えてやるよ!」
そう言い残すと、四天王としての職務に戻るべく、風のようにリーグへと帰っていった。
その後、速やかに退院手続きを終えたヒビキたちは、再びマナシロジムのフィールドへと立っていた。青空の下、クスノキが昨日までとは打って変わった晴れやかな笑顔でボールを構える。
「さてとヒビキ、体調も万全じゃろう。随分と待たせてしまったが、約束の再戦を行おうじゃないか! ルールはシンプルに1対1。ワシは、ガルーラを出す!」
「望むところです! なら、俺はコノヨザルで行きます!」
お互いが相棒を宣言し、ボールを投じる。
「ガルッ!」
「コノッ!」
歴戦の風格を漂わせるガルーラと、怨念の炎を静かに燃やすコノヨザルが正面から睨み合い、再戦の火蓋が切って落とされた。
「先手必勝じゃ! ガルーラ、【シャドークロー】!」
「コノヨザル、【グロウパンチ】!」
漆黒の爪と、闘志を乗せて威力を増していく拳が正面から激突する! 凄まじい衝撃波が周囲の草をなぎ倒すが、互いの攻撃は完全に相殺され、両者一歩も引かない。
「ならば【威張る】!」
「ルーラァァッ!」
ガルーラの放った強烈な威嚇と煽りを受け、コノヨザルの脳内に一瞬の混乱が生じる。しかし、ヒビキの叫びがコノヨザルの魂を繋ぎ止めた。
「耐えろコノヨザル! そのまま【ドレインパンチ】だ!」
「コノオオッ!」
混乱で視界が歪むなか、コノヨザルは己の肉体の感覚だけを信じ、まるで意に介さずに強烈な拳をガルーラに叩き込んだ! 肉体を削りながらも、そのエネルギーを吸い取る一撃。
「ほぉ、混乱状態でありながら、攻撃のみに意識を研ぎ澄ませておるな。見事じゃ! 【シャドークロー】!」
ガルーラが至近距離から鋭い爪で引き剥がすように切りつける。その強烈なダメージの衝撃によって、コノヨザルの脳内の霧が晴れ、完全に【混乱】が治った。
「よし、混乱は解けたぞ! まだ行けるな、コノヨザル!」
ヒビキの問いかけに、コノヨザルはニィと笑って力強く親指を立てた。
その強い絆を前にして、クスノキは不敵な笑みを深くしていくと、懐から静かに一つの輝く石を取り出した。
「ならば、この真の暴威に立ち向かってみよ! ガルーラ、メガシンカ!!」
クスノキの手にあるキーストーンが眩い光を放ち、ガルーラの身体を包み込む。
「本来、メガガルーラとは、腹の子供がメガシンカして共に戦う姿。……じゃが、ワシのガルーラはすでに子が巣立ち、独り身じゃ。その代わりなのか、ワシらの絆に応えて現れるのは──」
眩い進化の光が弾け、姿を現したメガガルーラ。
その傍らには、なんとメガエネルギーの波動によって一時的に形成された、実体を持たない半透明の霊的な子ガルーラが、闘志を剥き出しにして並び立っていた。
「メガエネルギーによって形成された、幻影の子ガルーラが現れるのじゃ! さあ、ここからが真の勝負ぞ、ヒビキ!!」
かつてのチャンピオンが魅せる、常識を超えたメガシンカの威容。ヒビキとコノヨザルは、その圧倒的なプレッシャーを全身に浴びながらも、不敵にニヤリと笑みを浮かべた。
試合を観戦していたシオリやセナ、リンたちは、クスノキのメガガルーラが放つ異様な威圧感に息を呑んでいた。
「以前に別のメガガルーラを見たことがあったけど……こういう姿のメガシンカは、初めて見たわ」
シオリが驚きに目を見開くなか、祖母のコウメが静かに分析する。
「クスノキのメガガルーラも、子が巣立ちする前は普通のメガシンカじゃった。じゃが、かつて共に修羅場を潜り抜けた、あの戦い慣れた親子二頭の戦法が、やはり一番やりやすいのじゃろうな……」
セナは胸の前で両手をきつく握り締め、祈るようにバトルフィールドを見つめていた。しかし、当事者であるヒビキの心に、恐怖や気後れなどは微塵もなかった。
「すげぇな……こんなメガシンカもあるんだ。──だけど、これを乗り越えないと、ジストの兄貴たちには絶対に追いつけない! コノヨザル、さっきよりもフルスロットルで行くぞ!」
「コノオオオオッ!!」
ヒビキが戦意を滾らせて叫ぶと、同調するようにコノヨザルのボルテージも最高潮へと跳ね上がる。その姿を見たクスノキが、豪快に笑った。
「ガルーラ! 幻影とはいえ、久しぶりの我が子との対面じゃ! 母親の本当の力を見せつけてみせよ!」
「ルーラァッ!」
激突の合図とともに、試合が再開された。
「コノヨザル! 【ドレインパンチ】!」
「ガルーラ、【燕返し】!」
「「ガルッ!」」
再び凄まじい拳の風圧がぶつかり合う。しかし次の瞬間、半透明の子ガルーラが親ガルーラのアシストに回るように、親の肘を力一杯に蹴りつけた。その反動で推進力を増した【燕返し】が、コノヨザルのガードを強引にこじ開けて吹き飛ばす!
「子の力を利用して威力を上げたのかよ!? ──なら、お返しの【炎雷の拳】だ!」
かつてニドキングと共に完成させた【冷雷の拳】の応用、炎の中に電撃を内包させて殴り付けようとする。
「面白い技じゃ! 【雷パンチ】で受け止めよ!」
クスノキはその独創的な技を評価しながらも、的確な【雷パンチ】の指示でダメージを最小限に抑え込んできた。
その後も、フィールドが砕け散るほどの激しい殴り合いが続く。やがて両者ともに体力を著しく消耗し、肩で激しく息をしながら睨み合った。次の一撃が、間違いなく最後になる。
「これで最後だ! 【インファイト】!」
「こちらは、【燕返し】と【シャドークロー】じゃ!」
親と子が同時に、別々の角度から必殺の技を放つ。しかし、ヒビキの目はその軌道を完全に見切っていた。
「コノヨザル! 親は右から、子供はそのすぐ斜め上から攻撃が来る! その方向に体を沈ませて潜り込め!」
クスノキのガルーラが持つ攻撃の癖を読み切ったヒビキの指示通り、コノヨザルは完璧なタイミングで上体を滑り込ませた。すべての防御を捨て、勝利のためだけに拳を突き出す極限の【インファイト】!
ズガガガガガァァァン!!!
3体の全エネルギーが激突し、フィールド中央で凄まじい爆発が巻き起こる。濃煙が立ち込め、互いの姿が完全に隠れてしまった。
静寂のなか、リンやセナが固唾を呑んで見守る。
やがて──ゆっくりと煙が晴れていく。
そこにいたのは、子供の幻影が霧のように消え去り、その場に膝をついて仰向けに倒れ伏すガルーラの姿だった。ゆっくりとメガシンカの光が解けていく。
「……見事じゃ!」
クスノキがそう言って、静かにヒビキを称えるように微笑んだ。
その言葉を聞いた瞬間、ヒビキは全身の緊張が解け、自分が勝利したのだという事実がドッと脳内に押し寄せてきた。
「やった……やったぞ! コノヨザル!」
「コノオオオッ!!」
リベンジを達成できたことがよほど嬉しかったのか、それともヒビキの期待に応えられた安心感からか、コノヨザルは大きな目から大粒の涙をボロボロと流しながら、もの凄い勢いでヒビキに抱きついてきた。
「うおっと!? ……ハハ、重い重い! ありがとな、お前のおかげで勝てたよ」
ヒビキは涙で濡れるコノヨザルの背中を、何度も何度も力強く叩いてその勝利を分かち合うのだった。