ポケットモンスター:オーバー・ザ・レジェンド   作:ガチャガチャクツワムシ

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漆黒の霧

 元チャンピオンのクスノキに敗北した翌日。リンとセナの助言を受け、一晩中ノートに戦術を書き殴って対策を練り上げたヒビキは、並々ならぬ決意を胸に再びマナシロジムの門をくぐった。

 「クスノキさん! 昨日のおさらい、付き合って──」

 「待っておったぞ! ……と言いたいが、すまない。緊急事態が起こった」

 フィールドの奥から現れたクスノキは、昨日までの余裕ある笑みを完全に消し去り、見たこともないほど神妙な面持ちで頭を下げてきた。

 「え……緊急事態って、一体何があったんですか?」

 ヒビキが思わず気圧されて質問すると、ジムの奥からまた別の重々しい声が響いた。

 「実はな、……(・・)が現れたのじゃ」

 声のした方へヒビキたちが視線を向けると、そこには2人の老婆と、ヒビキの姉であるアオバと同じくらいの年齢に見える、どこか儚げな雰囲気を纏った少女が立っていた。

 「あれ? キクコさん!? それに……」

 四天王の一人であるキクコの姿にヒビキが驚くと、その隣にいたもう一人の老婆が、杖をコツンと鳴らして名乗った。

 「ワシの名はコウメ。カンザキジムのジムリーダーじゃ。で、こっちにいるのが孫娘のシオリじゃ」

「シオリです。よろしくお願いします……」

 紫色の長い髪をした少女──シオリが、静かに一礼する。

 「それで、さっき言ってた『奴』って何なんです?」

 リンが不安そうに首を傾げると、コウメは険しいシワをさらに深く刻み込んで語り出した。

 「このあたりにはな……『ブラックフォッグ』と呼ばれる、恐ろしく狂暴な巨大ゴーストポケモンが潜んでおるのじゃ」

「ソイツは十数年に一度目を覚まし、周囲の人間やポケモンを無差別に襲っては、その命(精神エネルギー)を喰らい尽くして奪い去っていく、生ける災厄のような存在さね」

 キクコが補足するように不敵に目を細める。ヒビキは冷や汗を流しながら、記憶の糸を手繰り寄せた。

「えっと……ジストの兄貴やシアン兄貴から、そんな危険な話は一度も聞いたことが無いんですが……」

 「当然じゃ、下手に広めて不必要な混乱を起こしたくはなかったからな。それに、奴が前回目覚めて暴れたのは、もう30年も前の話なんじゃよ。お主の兄貴たちが生まれるより前のことじゃ」

 クスノキがそう言うと、キクコが自らのモンスターボールを愛おしそうになぞった。

 「奴の強さは尋常じゃない。並のポケモンじゃあ、技を繰り出す前に精神を吸い尽くされて歯が立たないのさ。だから、30年前に直接奴と対峙したアタシらが、ケリをつけるためにここに集まったのさね」

 「なるほどォ……」

 セナが小さく身震いする。元チャンピオン、現四天王、そして老舗のジムリーダーが直々に前線に出るという事実だけで、そのブラックフォッグというポケモンの異常な危険性が伝わってきた。

 「そういうことじゃから、すまんが挑戦者のお主たちは危険じゃ。今すぐポケモンセンターに戻って、大人しく待機しておれ」

 クスノキの言葉に、ヒビキは真っ直ぐに頷いた。

「分かりました……。足手まといにはなりません」

 「シオリ、お主は万が一に備えて、街のポケモンセンターの防衛に回りなさい。あそこには傷ついたポケモンたちが大勢おる。奴の格好の標的じゃからな」

「分かりました、お婆様。……みなさん、行きましょう」

 コウメの指示に従い、ヒビキたちはシオリを伴って大急ぎで街のポケモンセンターへと引き返した。

 自動ドアをくぐり、ポケモンセンターのロビーへと滑り込むと、そこには驚くべき先客の姿があった。

 「あれ? サトシにタケシ!? なんでここにいるんだ?」

「カスミはどうしたんや? 一緒やないんか?」

 ロビーのベンチに座っていたサトシとタケシを見つけ、ヒビキとリンが声を上げる。サトシの肩に乗ったピカチュウが「ピカァ?」と耳をそばだてるなか、タケシが立ち上がって説明した。

 「ヒビキたち、ジム戦の帰りか? 実はな、俺がシオリ君とは古い知り合いでね。近くにいるなら、ポケモンセンターの警護を少し手伝って貰いたいって、さっき連絡があったんだよ」

 「そうそう! 街の近くにヤバいゴーストが出るんだろ? 俺とピカチュウが返り討ちにしてやるぜ!」

 サトシが拳を握って意気込むと、タケシが苦笑しながら言葉を続ける。

「ちなみにカスミは、コダックが急に体調不良になっちまってな。大事をとって、隣の町のポケモンセンターで看病しているから今回は別行動なんだ」

 「そうだったのか……。でも、サトシたちがいてくれるなら心強いよ」

 ヒビキが少しホッとしたように息を吐くと、それまで無口だったシオリが、静かに窓の外を見つめた。

 いつの間にか、マナシロタウンの空はまだ昼過ぎだというのに、妙にどんよりとした不気味な薄墨色の雲に覆われ始めていた。風が止み、不自然なほどの静寂が街を包み込んでいく。

 「……来るわ」

 シオリのその一言に、全員の背筋に冷たい戦慄が走った。

 三十年の眠りから覚めた、モンスターボールさえ噛み砕くという漆黒の魔獣「ブラックフォッグ」。傷ついたポケモンたちが集まるセンターを舞台に、ヒビキとサトシたちの、命を懸けた防衛戦の幕が上がろうとしていた。()

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