ポケットモンスター:オーバー・ザ・レジェンド 作:ガチャガチャクツワムシ
ドードリオに連れられてヒビキがたどり着いた特別区画は、まさに息を呑むような混沌の渦中にあった。
「グルオオオッ!」
「ギュルルルァァッ!」
「ランドォォッ!」
「クオオオッ!」「キュアーッ!」
空気を引き裂くような咆哮が響き渡る。そこにいたのは、兄のジストや姉のアオバが、かつてヒビキと同じように旅先でその圧倒的な実力を示し、力と魂で従えた伝説のポケモンたち──サンダー、エンテイ、ランドロス、フリーザー、そしてスイクンであった。5体の伝説が、一堂に会して天の一点へと凄まじい威嚇を放っている。
「お前ら、一体どうしたんだ!?」
ヒビキがドードリオの背から叫ぶと、化身フォルムのランドロスが鋭い眼光のまま、太い腕で遥か上空の一点を指し示した。
「はぁ、はぁ……っ! 漸く追いついたぞ、ヒビキ! 大丈……って、うわあああ!? サンダー!? それにアオバ姉ちゃんのフリーザー!? 他の凄いポケモンたちも何なんだよこれ!?」
ケンタロスの群れに乗って遅れて駆けつけたサトシが、すっとんきょうな声をあげる。しかし、その場にいるオーキド博士以外の面々は、あまりの光景に言葉を失い、完全に釘付けになっていた。
「このポケモンたちはな、ジョウトやイッシュ地方で『神話』や『伝説』として広く知られておる固有のポケモンたちじゃ。同時に、ジストやアオバが正式に籍を置く手持ちでもある……」
オーキド博士が冷や汗を拭いながら解説する。
「アオバ君が以前、サトシの特訓のためにフリーザーを連れてきてくれたのは見たことがあったが……まさか、他にもこれほどの布陣を揃えていたとは……」
タケシが戦慄を交えて呟けば、シゲルもまた腕を激しく震わせながら伝説の群れを凝視した。
「ジョウト四天王としてのジストさんが、伝説のポケモンを従えているという噂は聞いたことがあったが……本当だったとはね。レベルが違いすぎる」
「……待って。あれは、何だ? ランドロスに似ているけど、色が全然違う……!」
ヒビキが上空を睨みつける。雲を割って姿を現したのは、確かにジストのランドロスに酷似した大柄な雲の精霊のような姿。しかし、その体色は禍々しくも美しい深緑色をしていた。ジストとアオバのポケモンたちは、この未知の来訪者を激しく警戒していたのだ。
「あれは……! 以前、学会の文献で読んだことがあるぞ。イッシュ地方に伝わる風の伝説──トルネロスじゃ!!」
博士がその正体を思い出し、声を張り上げた。
「トルネロス!? なんでそんなイッシュ地方の伝説のポケモンが、わざわざカントーのマサラタウンに現れるんだよ!?」
シゲルが叫び、緊迫した空気が最大瞬間風速を迎えたその時、ヒビキの腰のボールが激しく明滅し、まばゆい紅蓮の光となってファイヤーが飛び出した! 激しい炎の粉を撒き散らしながら、ファイヤーもまたヒビキを守るようにトルネロスへ向けて鋭い威嚇の声をあげる。
「ええっ!? ヒビキ、ファイヤーなんていつの間に捕まえてたのよ!?」
カスミがひっくり返りそうな声をあげ、サトシやシゲルも「ファ、ファイヤーだと!?」と目玉が飛び出さんばかりに驚愕する。
上空のトルネロスは、周囲の激しい威嚇を気にする素振りも見せず、じっとヒビキの姿を見つめていた。
そして、ゆっくりと、周囲のポケモンたちがいつでも攻撃へ転じられるよう身構えるなか、トルネロスはヒビキと同じ目線の高さまでフワリと降りてきた。
緊張で誰もが息を呑むなか、トルネロスは懐から、小さな包みのようなものをヒビキの目の前へとそっと押し付けた。
「これって……?」
「あれは、木の実……? それに、綺麗なハンカチみたいに見えますねぇ……」
セナが不思議そうに目を凝らす。その包みを見た瞬間、ヒビキの脳裏に、幼い頃のある懐かしい記憶が鮮明にフラッシュバックした。
「お前……もしかして、昔、ソル兄の育て屋に遊びに行った時、近くの森でよく俺が拝んでいた『祠』の主なのか……!?」
兄貴分の一人、ソルのいるイッシュ地方へ幼い頃に連れて行ってもらった記憶。寂れた祠を見つけ、無邪気にお供え物をしては、綺麗に掃除をしていたあの頃の思い出。
ヒビキがそう言うと、トルネロスはそれまでの厳格な表情を一変させ、まるで「よく覚えているな」と言いたげに嬉しそうにコクコクと頷いた。
そして、長年の目的をようやく果たしたと言わんばかりに満足げな声をあげると、一気に上空へと舞い戻り、風を切り裂いて瞬く間にどこかへと去っていった。
嵐のような気配が去り、静まり返る裏庭。サトシが呆然と頭を掻いた。
「な、何がどうなってんだ、一体?」
「ふむ……恐らくじゃが、幼い頃のヒビキがトルネロスの祠を大切に掃除したり、木の実を供えたりしてくれたことへの、伝説なりの『お礼』のつもりだったんじゃろうな。風の報せでヒビキがマサラへ帰ってきたことを知り、わざわざイッシュから届けに来たわけじゃ」
オーキド博士の納得のいく推測に、全員が脱力するように息を吐き出した。
「はぁ〜……何はともあれ、伝説総出の大バトルにならなくて本当に良かったですぅ〜」
セナがほっと胸を撫でおろし、リンも「ファイヤーの時と言い、ヒビキは相変わらず伝説ホイホイやな……」と呆れ交じりに笑う。ヒビキは手渡された包み──大切に保管されていた懐かしいデザインのハンカチと、他地方の珍しい木の実をぎゅっと握りしめ、去っていった風の空を優しく見つめ返すのだった。