ポケットモンスター:オーバー・ザ・レジェンド 作:ガチャガチャクツワムシ
「おいおい……これは何の騒ぎだ?」
緊迫した空気が完全に抜けた裏庭に、さらに2つの足音が近づいてきた。聞き覚えのある声に振り返ると、そこには兄のジストと、姉のアオバが並んで歩いてきていた。
「あれ? 兄貴に姉ちゃん……どうしたの? 2人揃って」
ヒビキが目を丸くすると、アオバが肩をすくめて苦笑いする。
「母さんに大事な話があるからって、兄さんと一緒に実家に呼ばれたのよ。それよりも、この子たちが全員表に出てるなんて、一体何があったの?」
アオバの言う通り、普段は姿を隠しているジストとアオバの伝説のポケモンたちが未だに周囲を囲んでいる。ヒビキが事の顛末をかいつまんで説明すると、ジストは納得したように腕を組み、顎をさすった。
「なるほどな……。確か、ソルが経営している育て屋の近くには、大昔にトルネロスを祀った、あるいは封印した祠があるって聞いたことがある。長い間、人々に忘れられて風化していたところを、幼いヒビキが手入れし始めたんだろう。トルネロスにとっては初めて人間から優しくされた経験だったから、深く恩義を感じたに違いないな。元々トルネロスや、対になるボルトロスは激しい悪戯者として恐れられている神だからこそ、一度受けた純粋な恩は忘れないんだろう」
ジストが四天王らしい深い見識で持論を話すと、サトシの目がこれ以上ないほど輝き出した。目の前の伝説たちとジストの圧倒的なオーラに、もう我慢ができないといった様子で身を乗り出す。
「そんなことより兄ちゃんたち! どうやってそのサンダーやフリーザーを捕まえたんだよ! 教えてくれよ!」
サトシの興奮気味な質問に、ジストはニカッと不敵に笑った。
「俺か? 昔、若気の至りでやんちゃしていた頃に、サンダーに真っ向から喧嘩を吹っ掛けたんだよ。力ずくでねじ伏せて認めさせたのさ」
「私は、雪山で怪我をしていたフリーザーを、悪質なポケモンハンターから守って手当てをしていたら、いつの間にか懐かれてね」
アオバも優しく微笑みながら、かつての旅の思い出を語る。
次元の違う「伝説ゲットの理由」にサトシたちが圧倒されていると、ジストが思い出したようにヒビキたち同期の5人を見渡した。
「そういえば、俺達はリーグ開催までの間、まだしばらくマサラタウンに滞在する予定だ。お前たちの特訓、暇な時はいつでも相手をしてやるぞ」
「ホントに!? よっしゃ──っ!! これでポケモンリーグも楽勝だぜ!」
サトシが飛び跳ねて喜ぶと、シゲルがフンと鼻を鳴らしながらも、その瞳に静かな闘志を燃やす。
「サ~トシ君は相変わらずお気楽だね。まぁ、現役の四天王とのバトルなんて早々できるものじゃない。僕の本気がどこまで通じるか、リーグ前にたっぷり試させてもらうよ」
サトシとシゲルが早くも燃え上がるなか、ヒビキは首を傾げてアオバを見た。
「ところで、母さんの大切な話って何なんだろう?」
「アンタも聞いてないのね。わざわざジョウトにいる兄さんや、旅に出ている私を同時に呼び出すなんて、よっぽど大事な話なんでしょうけど……」
「まぁ、家に戻れば分かることだ」
ジストがそう締めくくると、2人はリーグを控えたヒビキ、サトシ、シゲル、リン、セナの5人をみっちり揉んでやるため、それぞれの伝説のポケモンたちに軽い指示を出して、さっそく手厚い(容赦のない)模擬戦を執り行った。四天王とその手持ちたちの圧倒的な実力を肌で知った5人は、ボロボロになりながらも、これまでにない確かな手応えと経験値を得るのだった。
夕方、凄まじい密度の特訓を終えたヒビキ、ジスト、アオバの3兄弟は、連れ立って懐かしい我が家への帰路に着いた。
ガラリと玄関のドアを開け、リビングに入ると、父のフユキと母のツバキが並んで待っていた。イエッサンたちがお茶を運んでくるなか、ジストが上着を脱ぎながら単刀直入に切り出す。
「でお袋、わざわざ俺たちを集めて『大事な話』って一体何なんだ?」
3兄弟の視線が集まるなか、ツバキは嬉しさを隠しきれないといった様子で、両手を頬に当てて微笑んだ。
「実はね……皆に、新しい家族ができるのよ」
「…………」
「…………」
「…………」
リビングが一瞬で静まり返った。あまりの衝撃発言に、3人は完全に硬直したまま、数秒間ものあいだ無言で行き来する視線を見合わせていた。そして、最初に沈黙を破ったのはジストだった。
「いや、マジかよ!? 俺、今年で25だぞ! 新しく生まれてくる子と、ほとんど親子並みの年の差があるぞ!?」
「お、俺も何も聞いてないよ!?」
ヒビキも椅子から転げ落ちそうになりながら叫ぶ。そんな男2人を他所に、長女のアオバだけはいち早く正気に戻り、満面の笑みで両親に駆け寄った。
「おめでとう、母さん、父さん! 女の子? それとも男の子?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問と長男・次男の困惑ぶりに、フユキは頭を掻いて苦笑いしつつ答えた。
「それがね、お医者さんに見てもらったら、男女の双子のようだよ。予定日は、あと半年ほど先だそうだ」
「いや……本当にマジかよ……」
ヒビキは頭を抱え、ジストも言葉を失って呆然としている。まさかリーグを前にして、自分たちに年の離れた双子の弟と妹ができるなど、夢にも思っていなかった。
驚愕に震える息子たちの様子をどこ吹く風で見つめながら、ツバキはふふっと笑い、ターゲットを長男へと定めた。
「それよりもジスト……新しい家族が増えるのはおめでたいことだけど、アナタはいい加減、恋人の一人でも紹介してくれないかしら? ヒビキやアオバから聞いたわよ? ガラルのルリナちゃんや、タマムシのエリカちゃんっていう、あんなに可愛い子たちをヤキモキさせているそうじゃない?」
突然の飛び火に、ジストはあからさまに嫌そうな顔をして視線を逸らした。
「いや……今は四天王としての仕事を優先させたいんだよ。バトル以外のことに割く時間は無い」
「そうは言うけどねえ。女の子をあまり待たせるのは可哀想よ? 突然変異のバトルの才能だけじゃなくて、そういうところも少しはシャキッとしなさいな」
「母さんの言う通りだよ、兄さん。2人とも本当に素敵な人なんだから、少しは男らしいところを見せたらどう?」
アオバからも追撃を食らい、さしものジョウト四天王もタジタジになってお茶をあおる。ヒビキはその光景をニヤニヤと眺めながら、(さっき俺がバラしたってことは、絶対に黙っておこう……)と心に誓うのだった。
外にはマサラタウンの穏やかな夜空が広がり、家の中では、新しく増える命への喜びと、長男の不器用な恋路を巡る賑やかな笑い声が絶え間なく響く。リーグという大きな試練を前に、ヒビキたちの家族の団欒は、より一層深く、温かく深まっていくのであった。