ポケットモンスター:オーバー・ザ・レジェンド 作:ガチャガチャクツワムシ
「──といっても、僕も2日か3日したら一旦帰るけどね」
そうあっけらかんと言うグレイに、ヒビキは少し肩を落とした。
「なんだ。リーグが終わるまでずっとマサラタウンにいるんだと思ったよ」
ヒビキが言うと、グレイとジストは顔を見合わせて苦笑いしながら肩をすくめた。
「そんなに休めないさ。ジストももうすぐジョウトへ戻るだろう?」
グレイの言葉に、ジストも腕を組んで頷く。
「そりゃな。実家に急な用事があるからと無理を言って休んだ身だからな。まぁ、セキエイリーグが開催したら、見に行くがな」
そんな話をしていた時だった。ふと気がつくと、いつの間にか一同の傍らに、地を這うような重厚な気配を纏ったエンテイが静かに佇んでいた。
「あっ、エンテイ! 前に別の場所で見かけた奴よりも、なんだか凄く強そうだ!」
サトシが目を輝かせ、タケシもその圧倒的な風格に息を呑む。
「ああ、以前見た個体に引けを取らない、凄まじい経験を積んできた気配がするな……」
そんな2人の様子を見ながら、ヒビキは長年の疑問を口にした。
「そういえばさ、兄貴。そのエンテイとはどこで出会ったんだ? サンダーやランドロスの捕獲エピソードは教えてくれたけど、エンテイのことだけは頑なに教えてくれなかったよね?」
その質問を聞いた瞬間、ジストはあからさまに嫌そうな顔をして視線を逸らした。すかさずアオバもそこへ追撃を仕掛ける。
「私も聞いたことが無いわね。オーキド博士も『ジストからはかなり大雑把な事しか聞いてない』と言っていたわよ」
ジストの様子を見かねて、グレイが静かに言葉を添えた。
「まあ、エンテイに関しては、僕達と当時の当事者しか知らないからな……」
グレイまでもが言葉を濁して答えようとしない様子を見て、サトシ、シゲル、リン、セナ、さらにタケシとカスミの面々は「これは何かワケアリのようだね」と顔を見合わせ、ヒソヒソとコソコソ話を始めた。
「俺達がいるから話しづらいのか?」
「でも、実の弟妹にも教えてないってことは、そうとう大事じゃない?」
カスミが怪しむようにジストを見つめると、ジストは大きくため息をついて頭を掻いた。
「うーん……親父やお袋には言うなよ? 妊娠中だから負担をかけたくねぇんだよ」
「えっ!? 何!? 子供出来たのかよ!」
サトシが驚愕の声をあげると、ヒビキが少し照れくさそうに頷いた。
「そうなんだよ」
「……へ~……子供出来たんだ……」
「……私達がこんなにお慕いしているのに、他の方とお子さんをお作りになられたのですね……?」
ピキィィィン、と。
真夏のマサラタウンに、一瞬にして周囲の空気を凍てつかせるような、文字通りの『絶対零度』の声色が2つ響き渡った。
ジストが戦慄しながら声のした方を振り返ると、そこにはいつの間にか裏庭に立ち、すべてを凍てつかせるような笑顔を浮かべたルリナとエリカの姿があった。
「何でいる!? そして何でそこだけ聞いているんだよ!?」
ジストが悲鳴のような叫び声をあげる。しかしその瞬間、ヒビキやサトシ、グレイを含めた周囲の面々は、命の危険を察知してすでに遥か後方へと退避していた。全員が「うわ、これは巻き込まれたらマズい!」と大慌てで距離を取る。ジスト以外の面々が全員綺麗に離れてしまったため、誤解が解けて事態が収拾するまでにはかなりの時間がかかった。
数時間後、完全にやつれ果てたジストは、ようやく落ち着きを取り戻した一同の前で、疲れた声を絞り出した。
「マジで……疲れた。……まぁ教えてやるよ。エンテイとの出会いは10年前になる」
ジストは遠い目をして、過去を振り返るように話し始めた。
「当時、マスタード師範から『ガラルの地面のジムリーダーを代理でやってみないか』って話がきていて、どうしようかなと悩んでいたんだ。その自分探しの最中に、オーレ地方を旅していた」
「オーレ地方って……あなた、その頃ってかなり治安が悪い時期だったじゃない」
ルリナが驚いていると、ジストは自嘲気味にニカッと笑った。
「当時、その年代特有なのか知らんがスゲーイライラして暴れたくて仕方なくてな。オーレ地方では、チンピラ共を相手にストリートファイトやポケモンバトルをして暴れてたんだよ」
グレイが腕を組み、冷静にその言葉を引き継ぐ。
「ジストはその地方を掌握していた『シャドー』や『スナッチ団』って組織の連中ともドンパチやってたんだ」
「その組織、一体何をしてたの……?」
カスミが身を乗り出して尋ねると、ジストの目が鋭く光った。
「奴らはな、ダークポケモンというポケモンを配っていたんだ」
「ダークポケモン……。デルビルとかヘルガーのことですか?」
グレイの補足にリンが小首を傾げてそう尋ねると、グレイは静かに首を振って答えた。
「分類のことではなく、人為的な改造を施され、心の扉を閉ざされて感情を失わせたポケモンのことなんだ」
「そんな残酷なことをしている組織があったんですかぁ!?」
セナが悲痛な声をあげると、ジストが当時の状況を思い返すように言葉を継ぐ。
「ああ。当時はかなり特殊な方法でないと元に戻せなかった。ただ、当時その組織と敵対していたトレーナーがいてな。彼は人のポケモンを捕獲できる『スナッチマシン』という特殊な装置を所持していたんだ。そして彼のパートナーだった少女が、ダークポケモンを見極める特殊な目を持っていて、それで認識していたんだよ」
「ふんむ……それはわしもオーレ地方のクレイン博士から聞いたことがあるのぉ。二度とダークポケモンが産み出されないようにと、後に『リライブホール』という画期的な装置を開発したそうじゃ」
いつの間にか裏庭にやってきていたオーキド博士も、腕を組んで納得したように会話に加わった。
「で、このエンテイは、その当時のシャドーの上級幹部が従えていたダークポケモンだったんだ。残りのスイクン、ライコウも同じようにダークポケモンにされて、それぞれ上級幹部どもの手持ちにされていたのさ」
ジストが語る驚愕の事実に、サトシは「そうだったんだ……」と息を呑む。
「まぁ、その幹部に闇討ちを仕掛けられてさ。重傷負った俺はぶちギレて、ソイツを半殺しにしちゃったんだよな」
ジストが何でもないことのようにさらりと言うと、すかさずグレイがため息交じりに補足を入れた。
「あの時は、僕とシアン、ソルが本気になってジストを止めなかったら、本当に危険なところだったよ。相手の幹部は顔面が複雑骨折していた上に、全身の骨まで粉砕骨折していたからな……」
「えぇ……」
カスミが青ざめて一歩引き、タケシも苦笑いするしかない。
「かなりの重傷を負わされたからな」
「幹部だけじゃなく、その配下も含めて全員再起不能になるまでボコボコにしたもんだから、カナタが呼んで来た現地の警察もドン引きしていたよ」
グレイの冷静な暴露にジストは少し決まずそうに頭を掻いた。
「まぁ、そんなわけがあって俺は重傷だったから強制入院することになったんだよ。エンテイはその時のバトル中に例のトレーナーにスナッチしてもらい、心が元に戻った後、自ら俺の元にいてくれることを選んでくれたんだ」
「ちなみに、スイクンはそのトレーナーがライコウはシアンが仲間にしていたな」
話を一通り聞き終えたアオバが、ジストをじっと見つめる。
「じゃあ、相手を病院送りにしちゃって、おまけに自分も強制入院したから今までずっと私たちに黙っていたの?」
「いや……ダークポケモンなんて危険な存在の噂が広まったらロケット団とかに目を付けられる事になるしな。それに、ちょうどあの頃はヒビキが生まれるか生まれないかっていう時期で、アオバは6歳になるかならないかだったしな。お袋たちに余計な心配をかけたくなかったんだよ」
不器用ながらも、家族を想ってこれまで沈黙を貫いていた理由をぶっきらぼうに告げるジスト。
「……なんか、兄貴らしいなぁ」
その場にいる全員が、呆れ半分、感心半分といった様子で一斉に苦笑してしまった。
「これで話は終わりだ。……ところで、さっきから気になってたんだが、そもそも何でルリナやエリカがここにいるんだ?」
ジストがようやく本来の疑問を口にすると、二人は先ほどまでの冷徹なオーラを綺麗に消し去り、いつもの華やかな笑顔に戻った。
「カントーでちょっとした仕事があったのよ。そのついでに、ヒビキ君がリーグ参加を決めたって聞いたから、激励に来たの」
ルリナがウインクを交えて言うと、エリカも上品に袖口に手を当てて微笑む。
「私もです。ついでにご両親へもご挨拶を、と思いまして」
「……ホントに勘弁してくれ……」
ジストが深々とため息をついて項垂れる横で、二人はヒビキに向き直った。
「まぁ、セキエイリーグの当日にはちゃんと休みを取って応援に行くから。ヒビキ君、頑張りなさいね」
「素晴らしいバトルを期待して、応援させて頂きますね」
「うん! ありがとう、ルリナ姉さん、エリカさん!」
ヒビキは元気に拳を握りしめた。
そんな賑やかな騒動があった翌日。ジストは「じゃあな、リーグで待ってるぞ」と言い残して一足先に拠点であるジョウト地方へと戻っていった。そしてもう1日、ヒビキたちに様々なアドバイスを授けてくれたグレイも、「自分の限界を決めるなよ」と言い残し、ホウエン地方へと帰路に就いたのだった。