ポケットモンスター:オーバー・ザ・レジェンド 作:ガチャガチャクツワムシ
通路の向こう、薄暗い廊下でセナが待っていた。
「完敗でした……。次も、私の分まで頑張って下さいねぇ……!」
悔しさから両肩を小さく震わせながらも、セナは精一杯の笑顔を作ってエールを贈ってくれた。ヒビキはその想いの重さを受け止め、敢えていつも通りの不敵な笑顔で返す。
「応! ありがとな、全力で頑張るよ!」
差し出された手を力強く握りしめ、そのまま歩き出す。ヒビキの姿が角の向こうへ消え、完全に足音が聞こえなくなった瞬間、張り詰めていた糸が切れたようにセナはその場に泣き崩れた。
そんな彼女の背中に、そっと影が差す。
「頼むね、姉ちゃん」
「任せなさい。ちゃんと、お姉さんが慰めてあげるから」
物陰で見守っていたアオバへ短く視線で合図を送り、ヒビキは前を向いた。アオバは優しくセナの肩を抱き寄せに歩み寄っていく。
「……センチメンタルになっちゃ駄目なんだろうけど、今だけなら、な……」
かつての仲間を自らの手で落とした重みを噛み締めながらも、ヒビキはすぐに冷徹な勝負師の顔に戻り、次なる戦いへの手持ち選別を開始した。
迎えた準々決勝。完全に気持ちを切り替えたヒビキは、氷のように冷静だった。フシギバナを軸に据えた戦術が完璧に嵌まる。
「フシギバナ! 【エナジーボール】!」
「バナァッ!」
「スリッ!?」
緑の破壊エネルギーが直撃し、相手のスリーパーが崩れ落ちる。
「スリーパー、戦闘不能! フシギバナの勝ち!」
『フシギバナ! なんとこれで怒涛の三体抜きだぁー!!』
ベカンの絶叫が響く。スターミー、ドードリオ、スリーパーを瞬く間に葬り去ったヒビキの前に、対戦相手は絶望を堪えながら4体目を繰り出した。
「頼むぞ! ウィンディ!」
「ウォンッ!」
「試合開始!」
「ウィンディ! 【吠える】!」
「ウォォォンッ!」
ウィンディの威風堂々たる咆哮が響き渡り、フシギバナは強制的に光となって手元へ戻される。代わりにフィールドへと引きずり出されたのは、ライチュウのコッペだった。
『おおっと、ここでフシギバナが戻され、ライチュウが登場! 相性は互角ですが……シアンさん、これは相手のどういった意図でしょうか?』
『恐らく、フシギバナにこれ以上ペースを握らせないための苦肉の策でしょう。例え相性が五分でも、一度盤面をリセットして流れを変えたかったんだと思います』
シアンの冷静な解説をよそに、ヒビキは即座に超高速の指示を飛ばす。
「コッペ! 【神速】!」
「チュウッ!」
「こっちも【神速】だ!」
「ウィン!」
2匹の身体が同時にブレ、目にも留まらぬ速さで衝突を繰り返す。
『これは驚いた! かつてジストさんが解説していた通り、あのライチュウ、完全に【神速】を使いこなしています! 私の目にはもはや閃光が交差しているようにしか見えません!』
『どちらも実に見事な練度ですね。ただ直線的に突っ込むだけでなく、時折フェイントを織り交ぜながら死角を突こうとしています』
『流石、スピードバトルを得意とされている四天王シアンさん! 実に見事な分析です!』
電光石火の攻防が続く中、ヒビキが勝負を仕掛けた。
「コッペ! 【神速】の速度のまま──【ボルテッカー】!!」
「ライライライラァイッ!」
「ウィンディ! こちらも【神速】を乗せて【フレアドライブ】だ!」
「ウォォォンッ!」
金色に輝く超高圧の電撃と、すべてを焼き尽くす烈火の波動。最高速同士の大技が激しい火花を散らし、フィールド上で何度も激突する。凄まじい閃光と爆音の中、最後に競り勝って雄叫びをあげたのは──
「ライラァイ!」
まばゆい雷撃を全身から放ち続けたコッペだった。ウィンディはその場に崩れ落ちる。
ここからのコッペの勢いは、もはや誰にも止められなかった。残る2体をもその圧倒的なスピードと相棒技の連携で一網打尽にし、ヒビキはついに準決勝への進出を勝ち取ったのだった。
夜。宿舎の自室で、ヒビキはベルトに並ぶモンスターボールを静かに見つめていた。
「いよいよ、次はマサトシと戦うのか……」
シゲルを完封したあのガラルヒヒダルマを擁する強敵。相手も確実に、ここまで見せていない凶悪な切り札を隠し持っているはずだ。
「ここからは出し惜しみなしだ。お前ら、力を貸してくれよ」
ヒビキの手が、これまで温存してきた3つのボールへと伸びる。
「頼むぞ、ニドキング、リングマ! ──そして、ファイヤー!」
ヒビキの強い覚悟に応えるように、3つの重厚なモンスターボールは、カチリと微かに、しかし確かな闘志を宿して小刻みに揺れたのだった。