綴物語   作:得手不得手

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かなたアンノウン

 

 戦場ヶ原の事件が一段落し、八九寺や神原の怪異を見届けた後の、束の間の平穏。

 そんな6月のどんよりとした空の下、彼女はやってきた。

 『一番星』なんていう、昼間には決して見えないはずの光を纏って。

 

──あるいはそれは僕にとって、あるいはこの街にとっての『凶星』だったのかもしれない。

 

「はじめまして。今日からこのクラスでお世話になります、天形奏多です。

 アストロノミ・プロモーションに所属して活動しているので、既にご存じの方がいらっしゃると嬉しいですが、ここでは一人の学生として皆さんと過ごせればと思っています。

 勉強でも行事でも、私に期待できることがあれば何でも仰ってください。──私はなんでもできますから。

 それでは一年間、よろしくお願いします」

 

天形奏多。

 その名前を初めて黒板で見た時、僕が抱いたのは、

 五線譜の上に無理やり詰め込まれた、不自然な音符の並びを見たような不協和音だった。

 

彼女は笑う。

 誰よりも多くの音を、誰よりも完璧な音程で。

 けれど、その指先に巻かれた白い布は、

 奏でるたびに指が、心が、バラバラに弾け飛ぶのを必死に防いでいるように見えたんだ。

 

六月六日。

 雨の降り始めた月曜日。

 僕の高校生活最後の夏は、

 その『虎の尾』の幻視と共に、幕を上げた。

 

 

 


 

 

 

 それは、六月六日のことだった。

 カレンダーの上では不吉な数字が並び、空の上では泣き出しそうな雲が居座り続けている、ひどく湿っぽい月曜日の放課後のことだ。

 

 僕は、湿気でベタつく教室の空気に耐えかねて、あるいは特に理由のない焦燥感に急かされるようにして、校舎の階段を降りていた。

 

「スルスル、パチンッ」

 

 静まり返った踊り場に、場違いなほど乾いた音が響いていた。

 布を巻いているはずなのに、まるでピアノの弦でも張り直しているかのような、硬質な、あるいは張り詰めた音だ。

 

「パチンッ」

 

 反響する音の正体を探るべく、踏み出した足で勇みよった先。

 そこにいたのは、その日の朝に転校してきたばかりの少女、天形(あまがた) 奏多(かなた)だった。

 

 

 

 彼女は階段に腰掛け、僕の視線に気づく風もなく、一心不乱に自分の指先へ白いテーピングを巻き付けていた。

 まるで、剥き出しの自分をどこかに繋ぎ止めておかなければ、そのまま霧に溶けて消えてしまうとでもいうような、切実な手つきで。

 

「……阿良々木くん、だっけ。そんなに珍しい?

 女の子が自分を『補強』している姿なんて」

 

 彼女は顔を上げないまま、僕の名前を呼んだ。

 その声は、朝の自己紹介でクラス中を魅了したあの完璧なアイドルの声とは、どこか音程が違って聞こえた。

 

「いや、珍しいっていうか。……天形さん、だよね。

 そんなに指をガチガチに固めて、これから何かの儀式でも始めるのかい?」

 

 人気もなく薄暗い階段の踊り場で彼女は手を止めることなく、硬く、堅く、頑なに補強を続けていた。

 

「いいえ。『自分という外装(ばけのかわ)』が剥がれないように、縫い止めているだけよ。

 手も足も出ない状況にならないように。

 あるいは、『猫の手』を借りる必要がないように」

 

 含みを持たせるような物言いに、彼女のアイドルとしての側面とは違う顔が覗けるように感じた。それが彼女の本性(中身)なのかも分からないし、推し量る道理も僕は持ち合わせていなかった。

 

「ねぇ、今、私のこと何だと思った?

 同じクラスの天形さん?

 テレビの中のアイドル?

 それとも、『正体不明の何か』?」

 

 次々と声音が変わっていく。まるでテレビのチャンネルを切り替えるように容易に、気軽に、そして不安定に乱れる安定した音色が、その状況の異質さを際立たせていた。

 

「……どれも正解で、どれも不正解に見えるよ。

 君はなんだか、『一事が万事』、どこを切っても違う顔が出てくる金太郎飴みたいだ」

 

 僕の言葉に彼女は数瞬驚いたように目を開き、テーピングを続ける手で口元を押さえてからからと笑う。その笑い声もまた、ころころと変わって聞こえた。

 

「……ふふ。金太郎飴なら、まだ可愛いわね。

 でも、気をつけて。

 『藪をつついて蛇を出す』っていうけれど。

 私のこのテーピングを剥がしたら、蛇どころか、もっと得体の知れないものが溢れ出すかもしれないわよ」

 

 言葉を綴り終わったように息をつき、彼女はようやく手を止めた。

 そして、巻き終えたばかりの指先を、僕の目の前に突き出してみせる。

そこには、僕の視力では読み取れないほど細かく、びっしりと何かの文字が書き込まれていた。

 

「これは、私の綴物語(つづりものがたり)

 一文字でも欠けたら、私は私でいられなくなる。

 ……さぁ、阿良々木くん。

 君は私のこの()()()を、見なかったことにしてくれるかしら?」

 

 彼女はそこで初めて僕を見て、にっこりと微笑んだ。

それは非のうちどころのない、眩しいほどの笑顔だった。

 

 けれど、僕はその時、なぜか別の言葉を思い出していた。

「犬は人につき、猫は家につく」――。

 委員長の中の委員長である羽川翼は家という居場所を守るために自分を削っている。檻のような家に自ら身を繋ぐ羽川とは対照的に、目の前の彼女は、誰かの視線という鎖に繋がれることでしか、自分の「形」を保てないのではないか。

 

 この時、僕はまだ何も知らなかった。

 彼女が自分に施していたのは、単なる精神的なお守りなどではなく、自分という空っぽな器を、無理やり人間に見せかけるための『外装(シェル)』だったということに。

 

 天形奏多。

 「天の形」という名前を持つ彼女が、その完璧な形を保つために、どれほど無惨に自分を綴じ合わせていたのか。

 雨の降り始めた六月の午後、僕たちの物語は、そんな不穏な「綴じ目」から始まったんだ。

 

 





天形 奏多(あまがた かなた)

【怪異名】???

【身長&体重】
162cm / 47kg

【年齢】
17歳

【誕生日】
7月7日

【スリーサイズ】
B82 / W56 / H83

【事務所名】
アストロノミ・プロモーション(アストロプロ、または天体プロ)
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