綴物語   作:得手不得手

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かなたモンキー

 

 

 

「《(ぬえ)》、だね」

 

「鵺?それってあの猿とか蛇のキメラみたいなやつか?」

 

 僕はあの転校生、天形奏多に出会った翌日。学校へ行く前の僅かな時間を利用して、怪異の専門家たる忍野メメの見識を借りに、ひとりで廃校舎まで足を運んでいた。

 

「あくまで阿良々木くんから聞いた話と、僕自身が夜道で見かけた彼女の印象からの推察だけどね。誰も知らない怪異って言うなら、ほぼ間違いないさ」

 

 誰も知らない怪異。昨晩出会った天形はあの時──

 

 ──「()()()()()()()()()()()()()()()」と、確かにそう言っていた。

 

「誰も知らないってどういうことだ?鵺って結構有名じゃないか。僕でも知ってるくらいだぞ」

 

「いーや、どこから説明したもんかねえ。まぁ端的に言うと、鵺という怪異はいるけど、その怪異の名前は『(ぬえ)』じゃない、ってことだよ」

 

「鵺だけど鵺じゃない……?」

「そう。鵺の出てくる文献にはこう書かれている。その妖怪は()()()を持ち、()()()()を持ち、()()()()()()()を持ち──そして、()()()()()()()()()()()()()だ、とね」

 

 鵺の声で鳴く。

 そう伝承されるのであれば──つまり『鵺』というのは本来は単なる鳥の名前であって、怪異そのものの名前じゃないということを示している。

 なら、その怪異の本来の名前は……?

 

「それ以上の説明はない。つまるところ、その正体不明の妖怪は名前を持たない──名前を誰も知らない怪異ってことさ」

「そんな怪異もいるんだな…」

「かなり珍しい類だよ。存在があるのに名前がない怪異なんてのはね。逆のパターンは、まあ、ままあるけれど」

 

 そこまで聞いて納得する。天形が怪異について誰も知らないと言ったのは、あいつが自身の怪異を特定できなかったのではなく──特定した上で『わからない』からだ。

 頭の整理がついて落ち着いたところで、ふと気づく。先程、忍野は天形について()()()()と言っていなかったか。

 

「忍野。さっきお前、天形を見かけたって言っていたけれど、いつの話だ?」

「ん? ああ、昨日の夜中だったかな。女の子がひとりで出歩いていて不用心だったから、よく覚えているよ」

 

 廃墟となった古ぼけた学習塾の跡地で、忍野は気怠げに、いつものように火のついていないタバコを咥えながら語る。

 

「鵺っていうのは《継ぎ接ぎ(パッチワーク)》でできた怪異だ。それに取り憑かれた場合、どの特徴が表に出てくるかは個人によるとしか言えないね」

「特徴……鵺に取り憑かれた奴は、どうなるんだ?」

 

「そうだねえ。備え付けられている動物の特徴を発することもあれば、継ぎ接ぎの面がそのまま表に出ることもある。例えば──言動の不一致、人格の乖離、不安定な口調、とかだね」

 

 言動。人格。口調。

 どれも、僕が教室で見た天形と、河川敷で見た天形とで違和感を覚えた特徴にピタリと沿っている。

 完璧なアイドルとしての対応、単なる転校生としての振る舞い、悲痛な歌声、甘えた声音、冷たい視線。すべてがチグハグに乖離しているように、あの時の僕は感じていたのだ。

 

「ああ、それとね阿良々木くん。君はさっき鵺のことを『キメラ』と呼んだけれど、それは結構、いや、決定的に違うものだよ」

「そうなのか?どちらも動物の継ぎ接ぎっていうイメージだけど……」

「見た目はたしかに動物のパッチワークだけど、その本質が違う。キメラ──キマイラは神様で、鵺っていうのは怪異だ。力の在り方も、厄介さの性質も違う」

 

 たしかに、神と怪異の違いは「重し蟹」や「迷い牛」の件からもよく分かる。

『神様はどこにでもいて、どこにもいない』というのは忍野の言葉だ。神と関わるためには相応の形式が必要だけれど、怪異にはそれがない。

 どこからでも襲ってきて、誰もがそれに振り回されてしまう。

 

「ただ、神様って意味だと……まあ、当たらずとも遠からずって場合もあるか」

 

 忍野は傷んだ金髪の頭をガリガリと掻きむしり、嫌な可能性を検討するようにふう、と息を吐き出した。

 

()()ってあるだろう? 『木、火、土、金、水』の五行に陽を表す『()』と陰を表す『()』をそれぞれ掛け合わせた『(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)』の()()に、『子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥』の()()()を合わせた──()()()()()さ」

 

 十干の方の由来は知らなかったが、干支ぐらいなら僕も知っている。

 

「知ってるけど、それがどうしたんだ?」

「いやぁね。鵺っていう怪異は、この十二支を取り込んでいく怪異だっていう──まあ、実しやかに囁かれている風説があってね」

 

「十二支を? 確かに鵺は『猿』の頭、『虎』の手足、『蛇』の尻尾だけど……その他の動物の要素はないし、ましてや胴は狸だろ?」

「いやいやいや、阿良々木くん。実際にどうかは問題じゃないんだよ。そこに風説があるというだけで、それは怪異にとっては力になる。ましてや鵺なんていう名前を持たない怪異にとってはね。名前を持たない──つまりその形は不定形だ。成長の仕方次第で、どの形質が表に出るか分かったものじゃない」

 

 忍野は半ば確信めいた重みを乗せて、座ったまま項垂(うなだ)れる。憂鬱そうな空気を感じ取れるその態度は、忍野が評する鵺の厄介さを裏打ちしているようだった。

 たしか、十二支の昔話では、動物たちは神のもとへ集うように命じられた存在──つまり神そのものでなくとも、それに近づくことを許された高位の存在ということだ。

 忍野が察し、そして憂慮すべきとしたのはその点なのだろう。

 

「多分、その転校生ちゃんは既に怪異を取り込んで、十二支としての側面を強めている。──()()()()()()()、なんて言うなら尚更にね」

「え?」

 

──だから今日、美味しく頂いたわ。

 

「ちょっと待てよ! それって……あいつのただの冗談じゃないのか!?  いや、もし冗談じゃないとしても、それじゃあ八九寺はどうなるんだよ……!?」

 

 鼓動が早まる。たしかに辻褄は合うが、だからといって信じられるわけがない。

 あの夜の時点で、八九寺が既にこの街から消えていただなんて……。

 

「消えた、とするのは時期尚早かな。あくまで取り込んだ──この場合は()()()()()()、かな。まあとにかく、怪異としての形質は取られている可能性が高い。幽霊として残留しているか、彼女の中で魂がひっついているかは知らないけれど。まあ、転校生ちゃんをどうこうしたいなら、手段を選ばなきゃいけなくなったのは事実だよ」

 

 その言葉を聞いて安心、とはいかない。それは忍野が懸念していた事項がだんだんと現実味を帯びてきたという意味であり、天形の持つ鵺の力が強まっていることの暗示だ。

 あくまで仮説。だが、あいつの言葉は仮説というにはあまりに条件を満たしすぎている。

 

「注意しておきなよ、阿良々木くん。鵺がまだ十二支の力を強めるって腹づもりなら、次は多分──」

 

 僕が出会ってきた怪異。

 吸血鬼、蟹、蝸牛──そして、猿。

 もしも、干支のパーツを欲している怪異が、次に狙うとするならば。

 『丑(牛)』の次に、僕の身近にいる『申(猿)』の怪異といえば──!

 

()()()()()

 

 

 





天形奏多

【好きなもの】
金平糖(星の形をした糖分)、静寂、完璧なスケジュール、深夜のダンスレッスン。
 
【嫌いなもの】
綻び、妥協、曇り空、鏡、猫。
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