ディストピア世界の悪徳企業CEO(自認)   作:ねうしとら

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プロローグ

 二人の男女に見守られながら、一人の少女が目を覚ます。

 中肉中背で、外見に関して特筆すべき個性と言うものがない彼女だが、それでも顔はかなり整っており見るものが見ればモデルレベルだともてはやす程だろう。

 

 彼女が目を覚ますと、そこには心配そうに顔を覗いてくる女性に、興味深そうに観察する男性の姿があった。

 

 彼女は彼らのことを知らない。友人でもなければ、見覚えすらない。そもそも、現在の自分の状況すら満足に把握できていない状況なのだ。

 

「おや、起きたかい?」

 

 彼女の顔を覗いていた茶髪の男性が声をかける。

 見たところ、年はそれなりに取っていそうだ。壮年の男性のようで、知的な印象を受ける。

 

「言葉は分かるか? 君はアビスで気を失って倒れていたのだ。危険な状態だったため、一時的に我々の元で保護していたのだが……」

 

 ──アビス……?

 

 聞き馴染みのない単語に少女は首を傾げる。

 

「ああ、そうだったな。まずは名乗らなければ。私の名はカインだ。今は『ノマド』に属している」

 

 少女の反応を初対面の人間への不信、疑念だと受け取ったカインが配慮不足だったと謝罪するように自己紹介をした。それも確かに大切ではあるが、少女が首を傾げたのはそこではない。

 

 男性の自己紹介に、少女はまた知らない単語が増えたことに困惑した。『アビス』に続き、次は『ノマド』という、恐らく固有名詞。

 どうにも一般常識のように語られるそれは、彼女にとっては全く身に覚えのない単語だった。

 

 一から十まで何もかもが分からない状況にある彼女は、ただひたすらにこの場の流れに身を任せるしかない。

 

「ちょっとカイン。その子困ってるじゃん! 急にいろいろ言われても分かんないでしょ」

 

 おお、やっとこの場の説明をしてくれる人が来たのか。少女の中に少しの歓喜の感情が湧き出る。

 

 明るい黄色の髪をした女の子が目の前に出てくる。天真爛漫でもなく、落ち着いてもない、身の丈に合ったような雰囲気の少女が笑顔で声をかけてくる。

 

「こんにちは! 私はエナ。あなたの名前は?」

 

 そう聞かれて、少女は自身の名前を思い出せないことを理解する。自分が何者なのか、自分がどういった軌跡を辿ってきた人間なのか、それが一つも思い出せないのだ。

 

 それを認識し、少女は首を横に振った。

 

 すると、彼女のその反応に怪訝な顔をした二人も、一つの可能性に至り真剣な表情を浮かべる。

 

「もしかして、記憶喪失?」

 

 エナの問いに、少女は是と返す。

 

 その答えにエナは絶句し、カインは眉間にしわを寄せた。

 記憶喪失自体に何か特別な危険性のようなものがあるわけではない。だが、この年の少女が記憶を失っているという事実に良心を痛めているのだ。この二人は、それだけの善性を持ち合わせている。

 

「……アビスで倒れていたんだ。外傷がないのが奇跡だと思っていたが……。まさか記憶喪失とは」

「『フェイズ』の影響を受けちゃったのかな。てっきり『適合者(アダプター)』かと思ってたけど……」

「どうだろうな。だがもしそうなら、記憶喪失で済んで幸いだったと言えるだろう。アビスと言えど、あそこは外縁部付近、φ濃度の低い区域だからな。可能性としてはあり得るだろう」

 

 何やら専門的な話をしている。

 自分には全く分からない会話をしているが、何やら只事ではないらしいことは彼らの表情を見れば一目瞭然だった。

 

 少女は少しばかり不安に思いながらも、自分がどういった存在なのかが知りたかった。

 話を聞くに、どうやら自分は相当危険な場所で気を失って倒れていたようだ。

 

「フェイズ……?」

 

 知らない単語に少女は初めて口を開く。

 

 そんな彼女の疑問に、またしても彼らは驚いた顔をした。

 

「『フェイズ』を知らないの……?」

 

 エナが信じられないと言わんばかりの表情で問いかけてくる。しかし、少女にとって知らない物は知らない以上の意味を持たない。

 

「記憶喪失とはいえ、そこまでとは……」

「ねえカイン。この子、ちょっと放っておけないよ」

「そうだな……。丁度いい、私たちと共に来るか?」

 

 カインと名乗る男性は少女に提案する。彼女としては願ってもないことだ。自分でも、ここまでの記憶喪失状態では一人放り出されても生きて行けるかどうか不安だし、そもそも常識すら忘却の彼方のようだった。

 

 ここで親身になってくれそうな人物についていく方がよっぽど安全と言うものだ。

 

 そのため、少女は素直に首を縦に振った。今後の自分の境遇が、彼らに付いていくことでよりよくなれると信じて。

 

「そうか。なら、私たちに付いてくるといい」

「その間、分からないこととかいろいろ教えてあげるよ! ……あ、そういえば名前どうしよう」

 

 名前……。

 

 名前か。確かに、今の私は名前を思い出すことはできない。だとしても名無しのままではコミュニケーションに著しい困難が生じるだろう。ならば、今この場で名前を考えるのが建設的か。

 

 少女はそう考える。

 

「え、ここで名前を決めるの?」

 

 コクリ、と少女は頷く。

 

「はは。中々豪胆だな。仮初とはいえ、名を決めるんだ。焦る必要はないぞ」

 

 カインが朗らかな笑みを浮かべながら、少女を案じて言う。

 しかし、彼女の中では既に決まっていることだ。今この場で名前を決める。記憶を取り戻すまでの仮初の名であるのだし、あまり深く考える必要はないだろう。

 

 そうして、一つの名を導き出した。

 

「……リオ」

 

 彼女が自ら考えた仮の名前。

 

「今日から私の名前はリオ。よろしく」

「…………ぉぉ」

「……?」

「ああいや、ごめんね。ちょっと思ってた以上に凛々しい声だったから意外というか。ギャップってやつを感じちゃって」

 

 エナの反応に、リオは少々首を傾げる。

 自分ではそんなことは思わないので、他者からの率直な感想は中々実感が湧かない。されど嬉しいことには変わりない。

 

「ははは、そうだな。アビスで倒れて記憶喪失という、かなり困難な状況に直面している割には冷静だな。私も驚いた」

 

 エナとリオの会話を聞きながら、カインがそう言う。

 

 改めて二人の容姿を観察してみるが、どうにもカインとエナは親子なのではないかと思うほど年が離れているように見える。それなのにエナはカインに敬語を使っていない。

 

 その様子から察するに、仲の良い関係なのだろう。

 

「リオは、記憶喪失みたいだけど、どのくらい記憶を失ってるの? さっき『フェイズ』についても知らなかったみたいだけど……。『エデン』は分かるよね?」

「…………」

「えっ!? うそ、エデンも分からない?」

 

 エデン……。聞いたことはある。だが、それが何なのかが分からない。どうやら話の流れから察するに、相当重要、もしくは常識となっているものなのだろう。しかし、リオはエデンを知らない。言葉の意味から考えると『楽園』『パラダイス』なのだろうが、そんなものがさも常識のように語られていることが不思議だ。

 

「そうだなぁ……。どこから説明するべきか……」

 

 エナは迷っている。エデンについて知らない少女に、エデンとは何かを説明した所でその全容を遺憾なく説明できたとは言えない。それに、エデンについて知るためには前提となる歴史がある。

 

 思うに、リオの記憶喪失は重篤なものだ。

 

 自分の名を忘れることは一般的な記憶喪失と大して差はない。しかし、エデンの概念すら忘却するほどというのは、かなり稀なケースであると考えられる。

 

 エデンについて知らないのであれば、その成り立ちからしっかりと説明する必要があるだろう。恐らく、リオはそれもあまりよく分かっていないだろうから。

 

「うーん……。じゃあ、この世界について私が教えてあげる。何か知りたいことがあったら遠慮なく聞いてね」

 

 そうして、エナによる基本的なこの世界についての説明が始まった。

 

 

 時は遡ること約百年。人類は未知の自然災害に襲われた。

 

 世界各地で同時多発的に発生した異常な火山の活性化、巨大地震。観測史上類を見ないほどに未曽有の大災害が発生したことにより、世界各国は大パニックに陥ることとなる。

 そしてそれに追い打ちをかけるようにして現れたのが、未知の物質『フェイズ』。この一連の災害は、全てのこの『フェイズ』が地下深くから地上に流出するために連鎖的に起こった出来事であり、この大災害の本番はここからだったのだ。

 

『フェイズ』は非常に特殊な物質だった。物質でありながら状態が確定しないという特殊な性質を持っており、これが他の物質に干渉することで既存の物質の形を変化させてしまう。

 

 それにより、フェイズによって大気、海洋、土壌までもが大規模な汚染状態へと変貌。また、生物すらも例外ではなく、フェイズによって変異し、理性を失い人々を襲う怪物へと変貌することが明らかとなった。

 

 地上は段々と人類の居住環境に適さなくなり、この『終わりの日』と呼ばれる未曽有の大災害を境に、人類は絶滅の危機に追いやられる。

 

 そんな中、フェイズの影響を受けても変異しない。いや、変異はするが良い方向へと変化する人物が現れた。それが、『適合者(アダプター)』と呼ばれる特殊な能力を扱う者たちである。

 

 彼らはフェイズとの相互作用により既存の人類の枠組みを飛び出し、より強靭な肉体、そして長い寿命。特殊な異能を獲得するに至った。

 

 彼らはフェイズに汚染された土地だろうと生きることができる。

 

 観測史上最初に適合者(アダプター)となった『ルシアン・ヘイル』はその特性を存分に活かし、フェイズから人類を守る手段を模索した。その結果、多大なる犠牲を払いつつも人類は限定的ながらフェイズを無害化することに成功し、人類最後の生存圏『エデン』を作り上げるに至る。

 

「ルシアンは『ゼノン・コーポレーション』っていうエデンで最も巨大な企業のCEOでもあるの。彼自身がフェイズを無害化することに成功したわけじゃないんだけど、彼が居なかったら今のエデンはなかったと評されるほどの偉人だよ!」

 

 エナによるこの世界の常識を聞いてリオは思った。

 考えていたよりとんでもなく過酷な世界じゃん……。と。

 

「今から私たちが向かっているのは『ノマド』っていう私たちが所属している組織で、エデン内部でいろんな人を助けることを生業にしてるの」

 

 リオはエナとカインによって案内された先にある車に乗り込み、彼らの拠点であるノマドの本部へと向かっている。

 

「総人口約五千万人。地上と地下に人類の居住区を広げた世界でたった一つの人類圏。フェイズに汚染されないように透明なドームで覆われているここが、エデンだよ」

 

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