未来は順調に進んでいる。
ノマドに接触し、地下都市で起こっている治安悪化の原因を探らせリオの成長を促す。そして、地下で生活しているミリアンとの接点を作る。
それが、俺が望む未来となる。
彼女たちが地下でどのような選択をして、どのような経験をするのかは分からない。如何に未来視と言えど、全ての人間の私生活まで詳らかに分かるわけではないのだ。
「見た限り、結構順調そうね」
…………。
なんで彼女はここにいるんだろう。
「忙しくないの……?」
「愚問ね。あたしほどになると業務をすべて部下に押し付けて来れるの」
「すっごいパワハラ」
「いいのよ! どうせあたしがするべき業務なんてもうほとんど残ってないんだから!」
「この前は忙しいだのなんだの言ってたのに?」
「……時と場合によるわ」
「すっごい苦し紛れの言い訳」
俺の執務室を自室か何かかと勘違いしているステラを見る。五大企業のトップ同士が頻繁に会うのはいいのか悪いのか。
そう、先日に引き続きステラが俺の執務室に遊びに来ているのである。
しかし、意外なことにどうやら呼んだのはアデラらしい。
「そんなことはどうでもいいの! ……どうやら、順調に進んでいるようじゃない」
「随分強引な軌道修正だね。それで、なんでわかるの?」
「好きな相手の気分くらい表情見れば簡単に読み取れるわよ」
「あら嬉しい」
「……少しは照れたりしなさいよ」
「いやあ、だってネタバレ喰らってるから」
「……チッ。本当に厄介ねソレ」
ステラが盛大に舌打ちをする。
可愛げがないぞー。
「それで? あんたが気にかけてる子はどうなのよ。ニコラスのところで拾われた子でしょ? それに、あたしも少し関与してるし」
「今回の件を終えたら、彼女はいい感じに成長する予定だよ。それに、どうにもミリアンとのコネを得るっぽい」
「……ミリアン? そう、あいつ今は地下にいるのね。いい加減、こっちに戻ってくればいいのに」
「いやあ……。ミリアンの気持ちを考えると、難しいんじゃない? それに、いずれ戻ってくるよ」
「……あんた、どういう心境でそれ言ってるわけ? 怖いわよほんと」
ステラが眉間に皺を寄せて、信じられないものを見るような、憐れむような目でこちらを見る。
しかしね。ミリアンだってショックを受けたのだ。それは、俺たちなら分かっているはずだろう。彼女が立ち直るためにも、リオ達を地下に向かわせているという所もあるし。
俺も、ミリアンには負い目があるんだ。
ミリアンは、ヘクターのことが好きだったんだから。
◇
「十中八九、統率者が存在しているだろう」
「……それが妥当か」
自警団の本拠地。地下都市の中心街にある建物で、私たちは淘汰主義者たちについて意見を交わしていた。
話を聞いたカインが、淘汰主義者たちが活発になったのは統率者の存在が現れたためであると推測した。それに対して、キャロルも半ば分かっていたように頷く。
「……じゃあ、その統率者を捕まえれば解決ってこと?」
私は結論を推測する。
その統率者という人間を捕まえることができれば、地下の治安は良くなるだろう。
そんな単純な論理は、あまり歓迎されなかった。
「私たちに依頼されたのは治安悪化の原因を探ることだ、何も原因を排除する必要はない」
「それに、そういうことするのは治安官の仕事だからね。……まあ、協力はできるかもしれないけど」
言われてみれば確かにそうだ。
私たちは悪を打倒しに来たわけではない。背景を調査しに来たのだ。
「となると、探偵みたいなことをするのかな?」
「お、それ面白そう! 地道に調査して、クライアントの依頼を遂行する! 正しく探偵業務だね」
「そうだな。今の私たちがすべき仕事はそういう方向性だろう」
エナとカインが頷く。
なんか二人に肯定されてちょっと嬉しい。
「まあ、なんにせよ俺たちにとってはありがたい。君たちが淘汰主義者のリーダーを特定してくれれば、それだけ平和に近づくだろうからな」
キャロルがそう言う。私としては、そこらへんも含めて治安官の仕事なのではないかと思う。
しかし、そういえば私たちの依頼主が五大企業なんて呼ばれているエデンで最も影響力がある企業にして、エデン設立に最も貢献した企業のトップだと思えば、並々ならぬ裏の事情があるのではないかと考えることもできるか。
エデンを知りたいからと仕事に参加させてもらったが、思った以上に何かが蠢いてそうな気がする。
とはいえ、エデンを学ぶにはこれ以上ない機会だろう。
「そろそろいい時間だ。夕食はまだだろう? どこか食べに行くか、奢ってやるぞ」
キャロルが提案する。
その言葉を聞いたカインは、私とエナに視線を向けた。食事に行くかどうかを無言で聞いているのだろう。丁度お腹もすいてきた頃合いだし、私は断る理由もないので頷く。
エナも当然のように頷いていた。
「そうだな。……ではお言葉に甘えよう」
「最近できたいい店があるんだ。何より酒が置いてるのがいい。質はまあ……ノーコメントだ」
酒自体はどこでも流通しているようだ。しかし、どれほどの品質のものを飲めるかどうかは個人が持つ富に依存するのだという。
嗜好品であり生活に必須とは言えないため、値段も他の生活必需品に比べると高く設定されている。
しかし、手軽なストレス発散手段としては酒に勝るものもないのでどこだろうと人気が衰えることはないんだろうね。
そうして、私たちはキャロルに連れられて食事ができる場所へと向かった。
先ほどまで仮初とはいえ陽が昇っていたというのに、今ではスクリーンに映し出された太陽も沈んでいる。夜空が段々と顔を出しており、地上と全く遜色ない。
夜空は綺麗だし、月も輝きだしている。これがスクリーンだと未だに信じられないほどだ。
一日中太陽を映し出していたらそれはそれで問題だろうから、夜になるのは当然なのだろうけどなんか不思議な気分である。
「本物と偽物の違いってなんだろうね」
「……エナ」
「今見えている夜空は、本物ではない。だけど、何も知らない人が見たらそれは本物でしかない。なんか不思議じゃない?」
私は彼女にそう言われ、少し考えてみる。
確かに不思議だ。この夜空は地上の夜空と何にも違わない。スクリーンに映し出されているとはいえ、人々に齎す効果は本物と全く同じように作られている。
「……不思議だね。難しくてよく分からないけど」
「あはは。そうだね、私もよく分からない」
ただ、これを見て綺麗だと感じた私の想いは嘘じゃないだろうと思った。
ぼんやりと上を向きながら、暗くなった街を歩く。
街は段々とライトの明かりに照らされながら、昼間とはまた違った活気が溢れてきた。
「着いたぞ、ここだ」
キャロルに案内された先にあったのは、路地に佇む綺麗な居酒屋だった。オープンしたばかりであろう綺麗な外装に、期待がかかる。
そうして扉を開き、店内に足を踏み入れた瞬間、目に入ってきたのは酔いつぶれ床で寝っ転がる一人の女性の姿だった。
……なんだこれ。
「いらっしゃい! ……ああ、キャロルか! 丁度いい、すまんがこいつをどうにかしてくれないか」
「……またか」
「ああ、またなんだよ。客たちも面白がって写真撮りまくってんだが、ずっとこのままだと流石にな」
相当酔っぱらっているのか、身に着けている衣類ははだけ、顔は随分と赤らんでいる。意識はまだ辛うじてあるようで、起き上がろうとしても酩酊状態のため起き上がれない。そんな有様だった。
しかし残念なのは、かなりの美人であることだろうか。
こんなに酒に酔っていなければ、凛々しい姿が見れたのかもしれない。
「ういー。世界が回ってる~。わたしを中心に全部ぐるぐるだ~。わたしは太陽だったんだ~」
「わけわかんないこと言ってないで起きろミリアン。いい加減、その悪癖をどうにかしろ。迷惑被るのはこっちなんだぞ」
キャロルが床に寝転がった迷惑客の顔をぺしぺしと叩く。
どれだけお酒を飲めばあんなになるのだろうか。私はそんな疑問を浮かべながら、目の前の光景を眺めていた。カインとエナは苦笑し、キャロルに対して何か手伝えることはあるかと聞いている。
そんなふたりの言動に、私も何かしなければと手伝いを申し出た。
「すまんな。じゃあ、こいつを空いてる席に移動させるから足を持ってくれるだけで助かる」
「私がやろう」
そうして、キャロルとカインがミリアンと呼ばれていた酔っ払いを抱えてテーブル席へと移動した。
そのまま私たちも四人掛けのその席に座ることになる。
「いやあすまんな。これ、サービスしとくわ。注文があったら手元の端末から頼むよ」
酔っ払いの女性を座らせると、店主らしき人物がやってきて礼を言ってくる。
「な~に~? 寄ってたかってか弱い女の子を囲むなんて、まさかナンパ? あ、でも女の子もいるんだ。じゃあナンパじゃないね」
目の焦点が全く定まっていないにも関わらず、自分の現状は理解できているのかそんなことを言う女性。そんな彼女を見て、物凄く呆れた表情を浮かべているのはキャロルだ。
「……すまん。こんな君たちにとって見ず知らずの酔っ払いと同じ席にするつもりはなかったんだが……」
「いいよいいよ。これも何かの縁だし、こういう突発的なトラブルには慣れてるから」
「こいつはいろんな酒場を練り歩いては、昼夜問わず酒を浴びるように飲むことで有名でな。ずっと酔っぱらっているんだ。……どこからその資金が捻出されているのか知りたいくらいだな」
「へー。ちょっと面白い人なんだね」
「これを面白いで片付けられるとは。流石はノマド、と言ったところか」
「いやあ、私の性格だからノマド関係ないと思うよ」
エナが興味深そうに話を聞いている。
私はあんまりこういう状況に慣れているわけではないけど。
しかし、ノマドは色々な依頼を遂行する組織であるからどんなことがあっても動じない肝の強さはあるのだろう。
「ノマドォ~? なに、あなたたちニコラスのところの子たちなの~?」
「……ボスを知っているのか?」
「知ってるっていうか、知り合いっていうか……。まあ昔馴染みね」
カインの問いにそう答える女性。
そんな彼女の言葉に、私は少し浮かんできた仮説があった。
ミリアンという名前、そしてボスと知り合い。最近、エデンの歴史を学んだばかりだったのだが、同じ名前がアーカイブに記録されていたはずだ。それに、よく見ると顔も随分と似ている。
エデン創設メンバー、ミリアンと。
「……もしかして、始まりの十人の?」
なんとなく興味本位でそんな質問をしてみた。もし間違えていても無礼な質問にはならないだろうし、相手は酔っている。この会話もあまり覚えていないだろう。
そう思って問うてみたのだが、他の三人が驚いたような顔でこちらを見てきた。そして最初に否定してきたのはキャロルだった。
「いやいや、そんなことはないだろう。そんな偉人が地下で酒に溺れているなんてことあるか? 始まりの十人だぞ?」
キャロルが至って真剣な目でこちらを諭す。
どうやら、彼にとって始まりの十人というのはかなり大きな存在らしい。
カインとエナも、流石にそれはないだろうと言わんばかりの表情になっている。
なるほど。
エデンにおいて創設メンバーとはかなり丁重に扱われているようだ。変なことを言ったと謝罪をして、発言を撤回した方がいいかなと思っていると、目の前の女性が少しばかり懐かしむような顔つきになって言った。
「……そういえば、そんな肩書もあったわね」
そのセリフに最も衝撃を受けたのはキャロルだった。
「……さ、流石に冗談だよな? ミリアンって、名前が同じなだけだろ?」
「……さあどうかしら。でも、あんまりこの話はしたくないの。……ありがとう、わたしを介抱してくれて。迷惑かけちゃったでしょ? 酔いも醒めてきたから、わたしは帰らせてもらうわ。お礼として、代金は払っておくから」
そう言って、先ほどまでの酔いから一変、冷静で知的な雰囲気を醸し出したミリアンという名の女性は席を立ち、この店を去っていった。
陰が感じられる表情で、何かを後悔してそうな様子と共に。