ディストピア世界の悪徳企業CEO(自認)   作:ねうしとら

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淘汰主義者

 足早に店を去る女性の後ろ姿を、私はぼんやりと眺めていた。

 

 彼女自身が名乗ったわけではないが、キャロルによると彼女の名はミリアンであるらしい。そして、顔や名前、ボスと知り合いであるという情報から私はなんとなくエデン創設メンバーと名高い始まりの十人に数えられるあのミリアンなのではないかと言ってみた。

 

 反応から察するに、どうやら本人らしい。

 

 そんな事実に、私も自分で聞いておいて驚いている。

 

 アーカイブに記録されているミリアンという偉人は、かつて混沌を極めていたエデン黎明期にて民衆をまとめ上げた女傑として知られている。フェイズの恐怖に屈さず、希望の見えない状況の中でその巧な演説と堂々とした立ち振る舞いによってエデンの信頼を勝ち取った人物であると。

 

 中央評議会が今の形になるきっかけを作り上げたのも彼女なのではないかと考察されていたりする。

 

 エデンを作り上げたのは、ゼノン・コーポレーション。延いてはルシアンやその右腕として名高いヘクターによる功績があまりに大きい。しかし彼らが行ったのは当時の人類が安全に暮らすことのできる環境を整えること。

 

 エデンという箱庭に秩序を齎したのは誰かという問いに対しては、ミリアンとオリヴィアであると今日までの歴史書の大半にはそう書かれている。

 

 ルシアンに関しては色々と偉業がありすぎるので、今更語るべくもないというのがどの記録媒体にも記されていて、あまりに色々なところで関わってくるので実際に何をやった人物なのかイメージが付きにくい。

 

 さて、そんな人物が地下都市の中心街でお酒に溺れているとなると、それはあまりに意外性が大きすぎる。

 

 キャロルなんて物凄い複雑な表情をしている。

 

「……ボスに確認取ってみる?」

 

 うちのボスだって始まりの十人。エデン創設メンバーなのだから、今あった彼女が本物のミリアンなのかどうかを問うことくらいはできるだろう。

 

 そう思って誰に聞くでもなくこの場の全員に言ってみたのだが、みんなあまり乗り気ではない。

 

「あー……。いや、態々こんなことでボスに連絡取る必要はないんじゃないかな?」

 

 エナが目を泳がせながらそんなことを言う。

 どうにも誰かを気遣っている様子だ。いやまあ、そんなこと見なくても分かるんだけど。

 

「…………」

 

 十中八九、というか確実にキャロルを案じている。

 

 私は意気消沈しているのか、それとも興奮状態なのか。どちらとも取れるようなよく分からない表情を浮かべているキャロルを横目に見た。

 

 そんな私に、エナが顔を近づけて囁き声で何かを伝えてくる。

 

「彼、始まりの十人を物凄く尊敬してるの。ほら、自警団なんか務めるくらいだしエデンには思い入れも強くて……」

「あー……」

 

 まあ、分からんでもない。

 

 ルシアンの名前を出した時も相当驚いていたし、思えばノマドという組織自体にも非常に肯定的だったように感じる。流石はノマド、なんてことも言っていたし……。いや、こじつけかな?

 

「エデンの人たちって、始まりの十人のことを尊敬してるの?」

「うーん……。昔はそれこそ神格化するくらいになりそうな時があったって聞くよ。でも、他ならぬ彼ら自身がそれを止めたの」

「えっ」

「当時は人類滅亡真っ只中の状況だったから、人々もみんな恐怖が強かったらしくて。そんな莫大な恐怖心が一気に信仰心にシフトするくらいには、始まりの十人って支持を得てたらしいよ」

「……つまり、盲目的になり過ぎられると困るってことだったのかな?」

「そう考察する人もいるね」

 

 なるほど。今はまあ、常識的な範疇に収まっているようだし、始まりの十人も信仰対象というよりは歴史上の偉人といった扱いの方が世間的にはマッチしているように見える。

 

 まあ、私はまだエデンを知れたわけではないけど。SNSとか、街の様子を見てる感じね。

 

 ただ、何かボタンの掛け違いがあったら、始まりの十人を大々的に信仰する宗教国が誕生していた可能性もあるのか。というか、未だ存命の人は多いようだし。

 

 やろうと思えば、いくらでも独裁国家を作れたように思える。

 

 しかし、それを良しとしなかったのが今の創設メンバーたちなのだろう。

 今ではゼノンのCEOやノマドの管理人、アイギスのCEOとして未だに世間で強い影響力を持つ地位にいる者もいるが、他のメンバーが何をしているのかは不明だった。

 

 まあ、今さっき出会ったところなんだけど。

 

「……言われてみれば、顔は瓜二つだったし名前も一緒だった。しかし、あれほど泥酔した状態では記録にあるあの凛々しい姿とは似ても似つかない……」

 

 あっ。キャロルがなんかぶつぶつと口を開き始めた。表情は無だ。ちょっとやばいかもね。

 私は手元の端末を高速で操作し、何でもいいのでお酒を注文した。

 

 すると、すぐに人数分のお酒がジョッキに注がれた状態でやってきた。提供が早い。あ、持ってきてくれた店員さんがアイコンタクトしてくれた。ちょっとやばめの雰囲気を察知してくれたのだろうか。

 

 まあ、同席の女性が帰ってるから、何らかの事情があるのだろうと察してくれているのかもしれない。

 

 お金は払ってくれているということだし、どれくらい前払いされているのかは知らないけどとりあえずご飯を食べよう! 

 

「とりあえず飲もう! ……私、お酒飲める年齢だっけ?」

 

 記憶喪失の影響で自分の年齢も曖昧なのだが、まあいいや。肉体的な発達からして多分二十代とかそこらへんだろうし。十代前半とかそういう可能性は多分低いので飲んだとしても影響は微々たるものだろう。

 

「そ、そうだね! 折角だから楽しんじゃおう!」

 

 私の言葉にエナも便乗してくれて、キャロルはジョッキを抱えてやけ酒をしていた。

 

 途中、今まで相手してきた酔っ払いが心から尊敬してきた人間であったことに対する心底複雑な感情を吐露され、反応に困る大愚痴大会が開かれたりもしたが、まあそれはご愛嬌。

 

 いやなんでいい年した大の男の愚痴を聞かねばならんのじゃ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 酔っぱらった美女の介抱の後は、酔っぱらったおっさんの介抱とは。酒は飲んでも吞まれるなとは言うけれど、あれほど愚痴を聞かされちゃうと酒に頼りたくなる気持ちも分かる。

 

 というか、私が酒を飲ませたんだけどね。

 

 カインがキャロルに肩を貸して歩いている。夜の街中は街灯が灯っていて暗い街中に点在する温かな明かりがなんとも心地よい。

 

 さて、そうこう歩いて自警団本部に戻ろうとしていた頃である。

 

 どうにも騒がしい場所があった。

 広場のど真ん中で数人の中年男性が何やら演説をしている。そして、その人たちを中心に少なくない人だかりができていた。

 

「市民の皆さん! 今のこの世は間違っています! この世界は誰もが平和に暮らせる社会を謳っておきながら、富める者と貧しい者の間に差は生まれるばかり! 地上と地下だけではなく、地下内部でも格差が広がっており、それは最早努力で覆すことなど困難なほどです!」

 

 政治活動か。

 

 こういった民主的な政治活動が果たして実を結ぶのか。それは難しいだろう。

 中央評議会のシステムとして、代表となる六名は評議会の下部組織、六つの局の長なのだ。

 

 資源局、防衛局、技術局、情報局、市民局、財務局。

 

 この組織でトップとなった人間が、晴れて中央評議会に席を設けられる。評議会の人員は全部で六名。そして、補助AIで構成されている。ここで我々のような市民が介入できる余地があるとするなら、市民局になる。

 

 市民局では、数年に一度代表を決める選挙が行われている。有資格者はエデンの市民であれば誰でもよい。そのため、一発逆転を狙い評議会にこぎつけるにはこの選挙で勝利して、市民局の代表としての立場を取るしかないのだ。

 

 他の局に入局して、コツコツキャリアを積み上げ、出世して局長になってというコースもあるにはあるが、まあ現実的ではない。そのため、実質的には市民局が市民代表として扱われることが多い。

 

「我々は不当な扱いを受けている! エデンという枠組みを作り上げ、かつて死ぬはずだった人類が辛うじて命を長らえさせ、延命治療を永遠と行い、富裕層ばかりうまい汁を啜っている! こんな世の中で本当に良いのでしょうか!?」

 

 貧困に対する不満なのだろう。

 格差を是正しようとする熱意は感じられるが、どうなのだろうか。

 

 エデン創設メンバーは全員がアダプターであると聞かされている。そんな彼らが人類のためにここまでしたのは、損得だけでは考えられないのではないだろうか。

 

「今でこそ『終わりの日』と語られる終末の災害は、実際は私たちにとって契機だったはずなのです。人類は多大な犠牲を出しましたが、アダプターという人類が進化した先が明らかになった! そう、この星の環境が変化したのです。だというのに、それを否定し自らの保身ばかりを考える者たちによって、かつての偉大な人々が作り上げたエデンは今や堕落してしまった! 今こそ変化を受け入れるのです! この星が変化を促しているというのに、未だ人類だけがそれを否定している。そんなのはおかしい!」

 

 キャロルを介抱していたカインが彼らの方を見ている。目を見開いて、凝視している。

 

「……淘汰主義者たちの影響力がこれほどまで広がっているとはな」

 

 なんの罪もないただの政治活動である。賛同者もそれなりにいるようだ。

 

「彼らが、統率者なのかな……?」

 

 私は率直に思った疑問を投げかける。

 

「……どうだろうな。犯罪を促すような言動は見れない上に、これは真っ当な政治活動にすぎない。しかし、彼らの活動が治安悪化にどのように影響しているかを調べるのも意義があるだろう。明日にでも話を聞いてみる価値はありそうだな」

 

 彼らの発言を聞いていると、どうにもそれが正しいことなのではないかと錯覚しそうになることがある。これが弁論術なのだろうか。

 主張自体が異常、などと言う気はない。確かに、この星の環境が変化したのであればそれに適応できる者だけが生き残るべきだという主張にも一定の正しさはあるのかもしれない。

 

 人類という種の進化の機会を意図的に奪っているという見方もできるだろう。

 

 しかし、折角平和に暮らせているというのにそれを壊そうとするのは如何なものかと私は思う。

 

 現実を知れば、彼らの主張が如何に愚かなことなのかが分かるようなものだろうに。アビスの現状、リーパーという存在、フェイズが汚染した物質がどうなっているのか。

 アダプターだからアビスで暮らせるのか。いいや、それは恐らく難しい。アビスでは安定した食料の確保が困難だからだ。私は勉強したので知っている。

 

 ルシアンやニコラスといった偉人たちが紡いできた歴史や思いはどうなる?

 

 カインが彼らを凝視していたけれど、彼の瞳に宿っていた感情が何であったのか。私でも少し推察できる。

 

 彼らの演説にも野次は飛んでいる。意味不明なことを言うなと指摘する人もいれば、そうだそうだと同調する人もいる。貧困にあえいでいればいるほど、現状を変えたいと思うだろう。そして、変われるのであれば、今より少しでも良くなるのであれば手段はどうだろうと知ったことではない。

 

 そう考えるほど、経済格差が広がっているのだろうか。

 

「……チッ」

「……カイン?」

「ああいや、何でもない。少し思う所があってな」

 

 少し怒りが見える表情だったが、私が話しかけるといつものカインに戻った。

 

 やはり、彼もあの主張には思う所があるらしい。

 

 私たちは酔いつぶれたキャロルを自警団本部に送り届けた後、あらかじめ予約していた宿泊施設へと足を運んだ。

 

 そして、今日という日を終えたのだった。




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