「さて」
朝食を終え、身支度を整え宿泊施設を出た私たちは、前日──と言っても日付は跨いでいたので今日──の夜に一瞥した淘汰主義的な思想を持った男性。彼らを見つけ、詳細な話を聞くことが今の私たちの目的だ。
彼らが治安の悪化に直接的に関わっているかどうかは分からない。
極論を言ってしまえば、彼らが主張する理論にも一定の理はある。
というか、そういう主張が支持されているのであれば、その背景にどんな困りごとがあるのかどうかを特定し、それを根本から解決しなければならない。
そしてそれは、政治家の仕事になる。
私たちがルシアンから依頼されたのは、地下都市の治安悪化の原因を調査すること。
大企業のCEOがなぜ地下の治安などに関与するのかは分からないが、そのようなことを依頼してきた時点で、今の地下都市に発生している何らかの因子がゼノンにとって不利益を齎すことであることは自明だろう。
そしてそれは、企業が表立って介入したがらない出来事である可能性が高い。
つまりは政治がらみということになり、まあ十中八九私たちが探ろうとしている淘汰主義者たちに何かがあることになるわけだが。
「中々厄介かもしれないな」
ため息をひとつ吐いたカインに私は同意する。
「単独犯とはいえ、銃を乱射する事件を起こしたことで、政府が本格的に動く可能性もある」
「……どういうこと?」
治安維持部隊はちゃんと仕事をしているし、彼らは防衛局の人たちだろう。現状でも政府は動いていると思うが。
「防衛局の秘密警察や情報局の執行部が駆り出される可能性が上がった」
「……!!」
「普通に生活している分には縁のない話だが、中央評議会はエデンの存続を第一目標に行動している。もし、政府にとって不都合な因子が出現すれば、無慈悲に刈り取るだけの合理性はある」
至って冷静に話す彼の言葉に、私は驚愕した。
そんなことが起こりうるのか。……起こり得るんだろうね、エデンにやってきて不自由なく生活させてもらったし、なんかちゃんとした文明的な生活だってできている。人々も笑顔で生きている。
そんな華やかな側面ばかりが目に入ってきたけど、なるほどここはれっきとした終末世界。
「……アビスっていう脅威があるのに、内部から崩壊してたら目も当てられないからね~……」
分かってはいるが理想を追い求めたいと思っているのだろう。エナはどこか納得のいかないような、それでも割り切るべきだと考えているような二律背反の中にあるような表情だった。
「でもさ、ちょっと遅くない? 政府が秘密裏に処理するんだったらもっと早く行動に移した方がいいと思うんだけど……」
「まあ、そうだな。しかし彼らの存在を上手く使えばプロパガンダに応用できる。今まで……というか今もだが、世間では淘汰主義者たちは少数派だ。それに、主張自体も安定した生活を営めている市民にとっては到底受け入れられないもの。ヘイト役には適している」
えげつなぁ……。
淘汰主義者たちを上手く使って、市民たちを団結させようとしているという訳か。
こんな意味不明な主張をする人間にはならないようにしようという、啓発にもなっていると。そして、エデンの良さを改めて実感する。
政府が何か言ったわけではないのに、少数派の活動が多数派の団結を促す。
ちょっとグロテスクである。
「しかし、どうにも今の地下都市は政府の許容範囲を超えそうな予兆を見せている。……なにより、ルシアンが動いたというのが決定的だ」
まあ、確かに。
ルシアンの長所は盤面を見据え、適切な場所に適切な駒を配置する能力。つまり、為政者としての腕が格段に高い。彼が偉人として語られてきたのは全てがこの能力によるもの。
全ての指示が的確で、寸分の狂いもない圧倒的な合理性。一見ちぐはぐな一手も、必ず結果が出るという恐ろしいほどの先見の明。
恐らく彼の持つアーツによるものなのではと考察されていたりするが、真相は定かではない。
「でも、一度暴力に訴えた人がいるのなら一層プロパガンダに活用できそうだけど……」
「それは間違っていない。だが、一度暴力的な手段に訴えた人間が出たというのは、似たような思想を持っている他の人々を後押しするきっかけに発展しかねない」
空腹のときに少しだけ食べ物を食べたらもっと食欲が促進されるみたいなことだろうか。
「上手く活用しつつ、用済みになったし危険性も上がったから始末する。そういう手段を取るかもしれないってこと?」
カインの主張を解釈したエナが問う。
「そういうことだ」
エナの問いに、カインは深く頷いた。
「政府が極端な手段に頼る前に、私はこの件を解決したい。協力してくれるか?」
◇
「人類全体に延命治療をかけている。それが現状のエデンなのですよ」
とある建物の中で、二人の男性が話をしていた。
一人は壮年の男性であり、つい数時間前に演説を行っていた淘汰主義者と思しき男性。そして、そんな彼に諭すように語りかけているのはガタイの良い中年の男性だ。
「死にかけた老人、それも意識を保つことのできない人間の
エデンの現状を延命治療に例え、彼は語る。
「何も生み出さず、ただ資源を浪費するだけ。そんなことをするくらいならば、痛みを伴いながらも次に進むべきなのではないですか?」
騙し騙し生き永らえている人類の現状が、果たして正しい姿なのか。星という環境が変化した以上、人類だけそれから目を背けて生きて行くのは不自然なのではないか。
既にまともに思考することすらできない人間を、生きているからという理由だけで生命を維持させる。そんなことには反対だと、男性は言う。
だが、大仰な語り口調の男性に待ったをかけるのは演説をしていた壮年の男であった。
彼は疑念に満ちた瞳で目の前の男性を眺め、そして反論を口にする。
「しッ……しかし、そんなことをしてしまえば人類はいよいよ絶滅の危機に……!」
そう、壮年の男性は特段エデンを崩壊させようという意思はなかった。そのため、対面する男性の主張に反論する。誰もが英雄願望を持っているわけではない。極々限られた薄い確率を信じるほど、彼は愚かではなかった。
しかし、中年の男性はまたもや諭すように話す。
「……アザミさん、いいですか? 我々が貧困に喘ぎ、差別され、陽の光を浴びることなく生きるしかないのは、エデンという構造そのものが原因なのです。あなたの主張は地下と地上の貧富の差を埋め、格差のない社会を作り上げること。しかし、そんなことは不可能なのです」
「……な、なぜ」
「──そんなことに労力を費やせるほど、エデンは裕福ではないからです」
『そんなはずはない』と、アザミと呼ばれた男性は言い切りたかった。だが、それはできない。一理あると理解してしまったからだ。
「地下でさえ、
「そ、それは……。ですが、暴力的な手段に依らずとも──!」
「勘違いしないでいただきたいのですが、私は何も暴力によって現状を変えようとしているわけではありません」
今まで熱心に語っていた男が、急に冷静さを増した。
「これは
その言葉に、アザミは目を見開く。
「エデンを崩壊させ、新たな世界を齎すという主張を政府は必ず拒む。しかし、民衆が一丸となり革命を起こそうとすれば政府もその不満を解消するために代替案を出さざるを得ません」
「……つ、つまり、過激な思想で脅しつつ本来通したい要求を通しやすくする……と?」
「その通り!」
エデンを崩壊させよ、という主張を掲げつつ本当は格差の是正を求める。
「そう! 淘汰主義を掲げながらその実、真に求めるは格差の是正。そのために、我々は賛同者を増やす必要がある」
それならば、まだ許容できるのかもしれない。
「貴方にはそれができる。その才能があると見込んでスラムで燻っていた貴方に出資したのです。徐々に賛同者も増えてきています、極少数しかいなかった同志たちも順調に数を増やしている。数が増えれば、政府もそう簡単に無視できないでしょう」
流れを作ってしまえば、民衆は流れの強い方に自ずと身を任せる。
冷静な市民もいるだろうが、少しでも不満を持っているだろう地下都市の人間を扇動することくらいは造作もない。
数が増えてしまえば、秘密裏に処理することもまた難しくなる。
「そして、民衆の暴力を背景に政府と交渉する。無論、実際に暴力革命に出るわけではありません。やろうと思えばやる、そのような圧力を政府にかけること自体に効果があるのです」
「……な、なるほど」
「ですが、既に暴力的な手段に出てしまった過激派がいるようです。これでは政府から目を向けられてもおかしくはない」
中年の男性は指摘する。
既に、淘汰主義を掲げた小さなテロリズムは地下の中心街で行われてしまった。これによって、淘汰主義者の活動をよく思わない民衆が増える懸念や、それを助長しようとする我々の活動が政府の目に留まり、場合によっては秘密裏に殺される可能性もある。
「ここからは安易に暴力に訴える人々を冒険主義者とでも蔑み、我々は理性による淘汰を訴える方針が適切でしょう。そこらへんはアザミさん、貴方の采配にお任せします」
理性による淘汰、という一見意味不明な言葉が飛び交ったが、アザミには既にやりようも見え始めている。
無理にエデンを崩壊させる主張をするのは愚策中の愚策。ならば、現状のエデンの構造にある脆弱性を突き、誰でも自由にアビスに出られるようにすることを提案すればいい。
命と引き換えになるが、現状が変わるかもしれないという希望が見える分、失うものが何もない人間は賛同するかもしれない。
というより、そんなことしなくても現状のエデンが延命治療であることもまた事実であり、そこに不満を抱いている人間も一定数存在する。彼らを味方に付ければいい。
そうして、柔軟に理屈を捏ねてエデンに不満を持っている人々を集め数を増やし、政府が無視できない勢力にまで成長させれば本来訴えたかった格差の是正を妥協案として提案することだって可能になる。
市民局の代表になることができればなお良い。
悪目立ちすることはできる限り避け、政府にとって危険因子だと思われないようにしなければならないという制約こそあれ、まだなんとか立て直しはできる。
目の前の男は恩人だ。
スラム街で死んでいないというだけの生活を送ってきたアザミを拾い上げ、ここまで育ててくれた恩がある。
十数年前になるというのに、未だに彼の容貌がかつてと変わらないという不思議な部分はあるが、彼が現状のエデンを良い方向に変えたいと思っていることは事実だ。
そんなことを考えていると、事務所の扉が音を鳴らした。
「アザミさん、それに先生。お客人がお見えです」
「……客人?」
「ええ、何でも聞きたいことがあると」
誰だろうか。アポを取らないということは、我々の連絡先を知らない人物。となると、我々の思想に共感したため是非傘下に入れてほしいと頼む人か、それとも迷惑だからやめろとクレームを入れてくる人か。
それか、そのどれでもないか。
「突然押しかけてしまい申し訳ない。昨夜の演説を聞き、少し興味を持ったもので詳しい話を伺いたいと思ったのです」
入ってきたのは男性一名、女性二名の集団。
ただの人間ではないと一目見て分かるほどのオーラを漂わせている。
「……おや、これはこれは。『ノマド』の方々ではないですか」
彼らを見て、先生が意外そうに口を開いた。
『ノマド』。始まりの十人、ニコラスを祖として発足された組織。
広義では便利屋だが、その実ほとんどが慈善事業団体に片足を突っ込んでいる利益度外視で民の幸福のために活動する善人の集団。
なるほど。彼らならば、現状のエデンの問題点を理解してくれる余地はある。
少なくとも、政府の人間ではない。
「ご存じでしたか。私はカインと申します、以後お見知りおきを」
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