アダプターとはどのような存在か。
フェイズに適合し、生物として進化を遂げた極々少数の勝者。環境に打ち勝った強き者。人間であれば寿命が延び、身体能力・機能が爆発的に上昇し、汚染された環境でも難なく生存できるタフネスすらも獲得した新人類と言える存在。
そんな彼らは、個々人で異なる特殊な超能力を持っている。それが『アーツ』だ。
エデンの大英雄、ゼノン・コーポレーションの代表、ルシアン・ヘイル。
彼のアーツは、単純にして絶対の力。あらゆる可能性を観測し、望みの結果を手繰り寄せる。
即ち、未来を視る能力。
約百年前に発生した大災害、史上最も残酷な『終わりの日』以降、この星の環境は劇的に変化した。
フェイズによって既存の物質は意味を失い、これまでの科学が通用しなくなり、人類は破滅を余儀なくされた。
適合者であれば生きていける。
だが、そんな存在はごく少数。ほとんどの人類は緩やかに汚染されていくこの星を前に死を享受する以外に選択肢はなく、世界中の科学者たちがどうにかフェイズの性質を解明しようとしても、それ以前にフェイズによって精密機器すら変異させられ、実験どころではなくなるという八方塞がりの状態となった。
そんな状態を打破しようと立ち上がったのが、ルシアンである。
彼の指導により、この世界はギリギリで破滅を回避することに成功した。
未来を視る能力を最大限に活用した結果、フェイズと同調し、フェイズの影響を受けない構造体の開発に成功したゼノン・コーポレーションは、瞬く間に勢力を拡大させ、この人類最後の生存圏『エデン』の設立に多大なる貢献をした偉人として広く知られる存在となる。
人類はごく少数のアダプターを除いて絶滅する以外に道はないと思われていた状況の中、たった一人の男が獲得した未来視の能力によって、大多数の人類を犠牲に何とか最後の生存圏を確立するに至ったのだ。
未来視については公にしていないけど、現状、エデンではこんな感じで評価されているのが俺だ。ただの凡人なんだけどね俺は。どうしてこうなった……。
俺は単に、突然未来を視ることができるようになったというだけの一般市民でしかなかった。
変化を余儀なくされた災害に、未来を視ることのできる力。突如として流れ込んできた無数の分岐点に、それが至る結末。
あらゆる可能性の行く先を無理やりにでも知ってしまった俺は、あまりの情報量と人類の絶望的なまでの未来に吐き気を催し、一時期は何もできなくなるほどの無気力感に襲われたほどだ。
人々の死、滅亡する国家。絶望に喘ぎ、死を恐れて泣き叫ぶ人。そんな光景が見えてきたら精神病むってものよ。ほんと。
未来視に目覚めたのは、それほど早くない。
同時多発的に世界中で起こった自然災害により各国は復興作業に襲われ、被災者の一人でしかなかった俺もどれだけ明日の日差しを拝めるか、ただそれだけを考える無力な一般人だった。
連日ニュースで世界の被害状況を見ては、この世の終わりだと思ったこともしばしば。
そして、フェイズが流出した。
未知の物質を観測したというニュースが流れた頃にはすべてが遅かった。
既存の物質に干渉しその在り方を根底から覆すそれは、世界中のインフラを破壊し、人々を怪物へと変化させ、今ここに立っている地面すら信用できないものへと変えていく。
人類が石器時代へと回帰した瞬間であった。
そしてその頃、俺は未来視の能力へと目覚めた。
フェイズが地上へと流出し、人々が死んでいく中、アダプターとしての素質があったのか俺は生き残った。
そこから俺は何とかより良い未来を選択し、人類が何とか文明を保つことができる最善の結果を目指して奔走し、今に至る。
俺は『エデン』を作り上げた英雄にして、この世界で最も影響力を持った『ゼノン・コーポレーション』の代表にまで上り詰めるに至った。……なんて、言われている。
人類絶滅の危機を脱したのはいい。俺の寿命もなんか知らんがアダプターとなったことで百年を優に超えてもまだ若々しさを保っているというのも……まあいい。オマケ程度に俺が前世の記憶を持っているというのも……まあ、いい。
だが、問題は俺が企業のトップに召し上げられていることだ! 俺は何もしていない! ただひたすら未来を視てカンニングして、人材集めと答え合わせの末に死にそうになりながらエデンを作ったが、それだけ! 俺自身にフェイズをどうこうできるような科学知識があったわけでも、人々をまとめ上げるカリスマがあったわけでもない! ただ、時間に限りがあった当時の人々からしたら常に最適解を叩き出せるというのが貴重だったってだけで……。
別に、俺が直接的に貢献したことなんて少ない。
フェイズを安定化させてエネルギー源として活用できるようになったのは、科学者たちの力だし。エデンを作る際の資源や建設を担ったのは、現場の人材や建築士と科学者たちの連携だし。
未来が見えることを公にすると未来的にやばかったので信頼できる限られた人間にしか明かしていなかったので、俺がやったことと言えば全体の動きの監修作業。
未来的にこういうことをした方が都合がいいなーみたいなことを、それとなく伝えて終わり。
したらなんかあれよあれよと俺は神輿として祀り上げられており、気が付いたら企業のトップである。……胃が痛い。
エデンにおける政治家になれと滅茶苦茶言われたりしたが、丁重に断った。
確かに、やろうと思えばゼノンという企業がエデンを支配することも可能だろう。だけど、そんなことしたら俺が過労で死ぬ。全責任を負うことになるし、未来的にもなってもならなくてもさほど変わらない。
あとは外部からの批判もあった。
一つの企業が力を持ちすぎている現状、政府にまで直接的に干渉できるようになったら不健全だと。全く以てその通りである。そのため、現在のエデンにおける政府、中央評議会に俺の議席はない。
実際それでいい。
まあ、評議会も評議会で魑魅魍魎が跋扈するところらしいけど。補助AIによる合理的な政策提案と、評議会の人間がそれを可決するか否かを議論する。その両立によって成り立っているのが今のエデンだ。
未来が見えるっていいことばかりじゃない。
俺が殺される世界線とか普通に観測できるもん。怖いよねそれ。暗殺に怯える独裁者の気持ちが分かった気がするよ。
ディストピア世界で幅を利かせてる企業のトップとか、レジスタンスに殺されてもおかしくないし、何なら政治闘争とかに巻き込まれて死ぬ未来もあり得る。そもそもエデンが崩壊して人類滅亡ルートとかもある。
俺が破滅するフラグはそこかしこに立ちまくっているのだ。
許して!
俺はもうこの企業のトップからは退く! 一市民として余生を満喫したい!
……できない! 何故か俺がこの会社から退いたら民衆からのゼノンの支持率が落ちて、その隙に中央評議会の連中が内ゲバ始めるのと反企業連盟が表立って反乱起こして、それに便乗した人権派も反乱起こして治安が悪化する未来が見える!
ただでさえ階級社会なのに!
ゼノンはフェイズを純粋なエネルギーに変換する技術を持った企業だ。だから、エネルギーインフラのほとんどを握っている。フェイズは安定化させることができれば電気やガスといったエネルギーの代替として扱える。
ゼノン・コーポレーションはエデンにおける技術基盤を握っているので、そう簡単に降りることはできません。
エデンには五大企業と呼ばれる大企業が存在しており、それらがこのエデンにおける事業の六、七割を占めている状態なわけだが、ゼノンの立ち位置は複雑だ。
ゼノン・コーポレーションは現在では主にフェイズを安定化させ、エネルギーとして転用する技術を用いたエネルギー分野を主力として扱っている。
しかし、エデンが完成した当初はゼノン以外の企業なんて軒並み力を失っていた。最早ゼノンがエデンを支配していると言っても過言ではないほど。
だがそんな状態では大問題だ。
何かしらの要因でゼノンが倒れたら、エデン諸共共倒れとなる。世界恐慌とか比じゃないレベルで終わりを迎えるだろう。
そんなことになったらとてもじゃないけどやばい。未来視によって可能性自体は見えていた俺は、なんとかエデンにおける経済多様性を確保しようと必死に色々な企業に出資した。
はい、君はこの分野で強いんでしょ? お金出すから頑張って!
様々な企業にそんなことをしていたら、まあ、望み通り企業がちゃんと力を付け始めて万々歳。
うん! ほとんどすべての企業にゼノンの息がかかってますね!
形式上はちゃんと企業間の力関係が均衡するようにできているのに、実質的にはゼノンの影響が拭えきれていない。
ぶっちゃけ仕方のない部分はあるんだ。でもさあ、実質的に企業群を支配している会社って、このディストピアな世界だと無茶苦茶悪役じゃない?
嫌なんだよね、そういう立ち位置。
なんか本当に殺されそうで怖い。
ディストピア社会ですべての企業の親玉的存在とか、確実に黒幕というかラスボスだもんね。だから俺はさっさと任せるところは任せて一人余生を過ごしたいと思っているんだけどなぁ……。
これがそうもいかないのよ。
未来っていうのは思った以上にデリケートでね。
滅亡シナリオは無数にあるし、俺が破滅するシナリオも見えている。か細い糸を何とか繋いでここまで来た。
必要な犠牲には目を瞑って来たし、色々なところで恨みを買っているだろう。都市防衛軍の人工適合者なんてその最たるものだ。
俺がこのエデンにおいて体制側なことに反論はない。善人であろうとはしたが、実際に善人だったかというと難しい。この百年、後悔しなかったことはない。
命に優劣を付けた。
確実に、俺は悪と呼ばれる人間なのだろう。
百万人殺せば英雄である。俺は英雄と持て囃されているが、実際のところ虐殺者と変わりはない。
だが、ここまで来たのだ。
ここから先、この都市の命運を決める人物が二人現れる。
ひとりは、ノマドに拾われるアビスの住人『リオ』。
もうひとりは、都市防衛軍の新人。期待の指揮官『ノア』。
このふたりを如何に味方にするかが、今後のチャートの鍵となる。
下手をすると、このふたりに殺される未来もある。
……はぁ。
ムズいなこの世界。
当たり前だけど。