ディストピア世界の悪徳企業CEO(自認)   作:ねうしとら

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キーパーソン:ノア

 じわじわと、精神が削られていく。

 

 ここはアビス。人類が活動できなくなった場所。そして、人類の天敵が生息する空間。

 

「──ッ!? 23番、右から敵襲! 24番は23番の援護を! 他の人員は左右に散開してください!」

 

 アビスの脅威からエデンを守るため、都市の外に蔓延る変異体(リーパー)を狩る。

 

 それが、オペレーターたる僕の仕事だ。

 

「相手がどのようなアーツを駆使してくるか不明です! 各自慎重に対応するか、相手が対応しきれないほどの速攻を意識してください!」

 

 アビスで活動できるのは、アダプターのみだ。

 だが、アダプターは非常に貴重な人材である。エデンの総人口における0.005%ほどしか、アダプターは存在しない。そのため、浪費などできるはずがない。

 

 しかし、リーパーたちは日々増え続け、今もこのエデンに誘引されている。

 

 そんな外敵に対抗するために作られたのが、人工適合者。人の形をした兵器として、人類の盾として扱われる生きた機械。人権などなく、人類のために作られたクローンであり、脳を改造された改造人間。

 

 そんな人造兵器を運用し、都市外部からの脅威に対抗するのが都市防衛軍に配属された僕の任務である。

 

「いきなりですが、任務開始です! 各自命を大事に行動してください!」

 

 僕の指示によって、隊員たちは任務を遂行すべくリーパーへと向かう。

 

「りょーかい、オペレーター!」

「承知しました。作戦を開始します」

「戦闘開始ですね! 任せてください」

「分かった。全員殺せばいいんだね」

 

 血気盛んな彼女たちの様子に少しは安心していいのか、それとももう少し冷静になれと諫めるべきなのか悩みつつ、僕はアーツを起動する。

 

 雪崩のように、一気に流れ込んでくる無数の情報に酔いそうになるも僕は何とか踏みとどまった。僕の手に、彼女たち四人の命が乗っかっているのだ。指揮しているだけの僕がへばってどうする。

 

 どこに、どのような敵がいるのか。地形はどうなっているか。

 

 フェイズによって変異しているのは何も生物だけではない。僕は右耳に装着しているデバイスから流れる音声にも注意を向けつつ、戦場を俯瞰する。

 

『オペレーター、ノア。周辺のスキャンが完了しました。マップ情報を更新します』

「ありがとうございます。ロゴス」

 

 AIにより予測された周辺情報がデータとして僕の視界に現れる。

 

 フェイズによって変異したアビスでは、あらゆる物体の見た目と性質が同一とは限らず、しかもそれが時間経過によって変化する。そのため、アビスでは常にあらゆる物体に気を配る必要があった。しかし、それではリーパーとの戦闘に専念することができない。

 

 そこで開発されたのが、防衛局が開発した戦闘補助AI【LOGOS】。

 

 今、地形情報を更新してくれた高性能AIだ。

 

 ロゴスのおかげで、安全地帯と危険地帯の区別ができる。これで、リーパーへの対処だけを考えることができるのだ。ありがたい。

 

「25番、前に出すぎです。少し戦線を下げてください」

 

 少し興奮しすぎている25番を諫め、僕はアーツに意識を向ける。

 僕のアーツは五感の共有。Σ017番隊にいる隊員たちの五感を僕の五感と連動させ、彼女たちが感じている世界を僕も感じることができる。

 

「そのまま戦線を維持してください。冷静に対処すれば、問題なく倒せる相手です」

 

 彼女たちが見ている景色と、指揮官である僕が見ている景色。その二つを駆使して、戦場を掌握する。それが、僕の強みだ。

 

 隊員たちによる戦闘により、危機は徐々に去っていく。

 人工適合者だろうと、アダプターであることに変わりはない。それぞれ個別にアーツが使えるし、身体能力も一般的な人類とは比べ物にならないほどの出力を誇る。

 

『反応ロスト。戦闘終了です、お疲れさまでした』

 

 右耳に装着したイヤホンから音声が流れてきた。

 反応ロスト、任務完了の合図だ。

 

 隊員たちにも同様のアナウンスがあったのか、臨戦状態を解除して体の力を抜いている。

 

「皆さん、お疲れさまでした。速やかに帰還しましょう」

「はーい。いやー今日も疲れたね」

 

 底抜けに明るい性格の23番が笑顔を浮かべながら言う。人工適合者として、兵器として扱われている彼女たちもこうしてみるとただの人間だ。いや、それは当たり前のことなんだ。だって、脳を改造されている以外は普通の人間と同じなのだから。

 

「オペレーター、今日の私どうだった? 敵、ちゃんと殺せたよね」

「はい、立派でしたよ。これで、エデンの平和も保たれます」

「ふふん。当然」

 

 表情の変化は薄いが、それでも尚誇らしげに戦果をアピールするのは26番。

 部隊の中では一番小柄だが、戦闘意欲は誰よりも高い。

 

 そんな彼女の相手をしていると、先ほど会話した23番が不満そうな目でこちらを見てくる。

 

「オペレーターさぁ……。いつまであーしたちを識別番号で呼ぶつもり? そろそろ名前で呼んでほしいんだけど」

 

 Σ-AA-0023。

 

 彼女の識別番号。僕は、就任から三度この部隊で任務を行ってきた。就任当日に彼女たちの個人名も教えてもらった。だが、上官からの警告が頭を過る。

 

『あまり兵士たちに情を移すなよ。それで精神を追い詰められたやつを腐るほど見たからな。戦場に出ていないオペレーターでさえその始末だ。アダプターとして、共に戦場に出るつもりであるお前は、一体どこまで耐えられる』

 

 厳しい口調で彼は言った。

 

 オペレーターの仕事は、本来であればエデン内部の管制室から遠隔で部隊を指揮することだ。オペレーターは基本的にアビスでは活動できないのだから当然のことだが。

 

 そんな彼らと隊員たちでは、今の僕ほど距離が近くない。仕事上の関係程度に留まるくらいだった。それでも、アビスで死んでいくユニットたちに責任感を負うのだという。

 

 それでも僕は、アダプターとして都市の防衛をしたいと志願した。

 

 かつて、人類を救った彼のような人間になりたいと思って。

 

「無理をする必要はありませんよ、オペレーター。ニナも無理は言わないでください。オペレーターが困ってしまいます」

「えー。ルミナは名前で呼んでほしくないの?」

「……そういうことではありません。私だって、できれば名前で呼んでほしいですし」

 

 彼女たちと親睦を深められているのは良いことであると思う。しかし、彼女たちと関われば関わるほど僕はあの言葉が脳裏を過る。

 

 

『二束三文の命に執着するなど、非効率極まる。真に都市を守ろうとするならば、心を鉄にする覚悟を持て。くだらん情に流されるな』

 

 

 彼女たちをまるで物のように扱う上官の言い方に怒りを覚えたこともあった。それでも、一概に彼が間違っていると非難することもできなかった。

 

 現実は、甘くはないことを理解していたから。

 

 何が正しいのかは分からない。

 

 人の命をまるで使い捨てるようにする政府に憤りを抱けばいいのか、それともこんな世界を恨めばいいのか。僕は、彼のような英雄になれるのだろうか。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 エデンの外壁へと到着した僕たちは、まず浄化室へと足を運んだ。

 

 安定化していないフェイズを都市内部に持ち込むことは極めて重い罪に問われる。そのため、エデンへと戻るにはアビスとエデンを繋ぐフィルター層を通ってからでなければならない。

 

 厳重な管理下にあるフィルター層で、身の丈よりも遥かに大きな機械の中で何かをされるというのは不思議な気持ちだ。

 

 綺麗になったらしいけれど、自分ではよく分からない。

 

 ここまで徹底的に洗浄されていると、自分が汚い者であることを突きつけられるようで少し複雑な気分になる。

 しかし、危険な汚染物質を纏わせていることは事実だ。23番なんかは、明らかに不満そうに口を尖らせていたけれど。

 

「お疲れさん。いやあよくやるな、態々オペレーターが前線に出るたぁ。まあ、過去にもそういう例がなかったわけじゃねぇが……。リーパー共との戦いなんざユニット兵に任せればいいものをよ」

 

 管制室に戻った僕へ早々に声をかけてきたのは、先輩オペレーターのデニスさんであった。

 

「……僕もアダプターですから。それに、アーツの都合上物理的距離が近いほど効果が高まるので、現場に出た方が効率がいいんです」

「アーツねぇ……。俺ァ天下のアダプター様じゃねぇから分からねぇが、自然適合者なんて貴重な人材を上はよく現場に投入したな」

 

 僕のアーツである五感の共有は、物理的な距離が近くなければ効果を発揮しないのだ。五感を共有する対象が目視圏内にいることが条件。それ以外に条件はないため、初めて出会った人の五感を覗くことだってできる。

 

「……先輩は、ユニットたちとの距離感で意識していることはありますか」

「あー……。中々むずいことを聞くなぁ。俺の部隊じゃ、あからさまにオペレーターに不信感を抱いてるやつがいてな、識別コードはΣ-AA-113なんだが……。これが曲者でなぁ、俺の言うこと聞きゃしねぇから苦労してんだ。そういうお前らは、なんか仲良さそうじゃねぇか」

「ええ。みな、僕の指示をしっかり聞いてくれています。ありがたい限りですが……」

 

 僕は、その先の言葉を出すかどうか迷った。

 

 軍人として、弱音を吐きたくなかったというのもある。これは自分の問題だから、自分で解決しなければという考えもあった。しかし、先輩は鋭く察したらしい。

 

「あー……。あれか、情を移すなって?」

「……はい」

「むずいよなぁ。入れ込むなってのは分かる。実際、責任感じて辞めてく奴なんてのはごまんといる。だがよ、オペレーターは前線には出ないが部隊として同じ作戦を遂行する仲間なわけだ、そりゃあコミュニケーションは必須だわな」

 

 先輩は、品性こそないが悪い人ではない。

 

 いや、この都市防衛軍でこのメンタリティを保てているくらいなのだ。恐らく相当強い人なんだろう。親身になって僕の話を聞いてくれる彼は、心底共感しているようで複雑そうな表情を浮かべている。

 

「……あ。そうか、お前は前線に出てんのか。かァー! こりゃ厳しいな!」

 

 軽い口調とは裏腹に、心底同情している先輩の視線が僕には厭に応えた。

 

「ま、あんま深く考えすぎんなよ。この世界、まともな奴から死んでいくんだぜ」

 

 そう言って、彼はこの場から去った。

 

 心の底を打ち明けて、少し軽くなった胸中のまま僕は自室へと戻ろうとする。すると、ポケットに入れていた携帯端末が震えた。

 

 上官からの連絡だ。

 

 一体何事かと僕はすぐさま応答する。

 

『Σ-NA-0003。ノア・ティムで間違いはないな。至急、司令部へ来るように。隊員も連れてだ。以上、迅速な対応を要求する』

 

 要件を素早く告げた上官はすぐに通話を切った。

 合理的な性格の人であることは知っていたが、今の彼はいつもと違う。

 

 どこか焦っているような、何か緊張しているような声音であった。

 

 そんな上官の通話越しの様子に違和感を覚えるも僕は言われたとおりに司令部へと向かうしかない。

 司令部は防衛軍のトップが集う場所である。そのような要地に来るように言われていることもまた、僕の中の違和感を増幅させた。

 

 とりあえず、部隊の全員を集める必要があるな……。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「オペレーター。急にお呼び出しとは、どうしたのですか?」

 

 24番──ルミナが僕に問う。

 

「至急、司令部へと向かうように命令されました」

「司令部ぅー? なんだってそんなところに」

 

 23番──ニナが露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

 彼女は上層部のことをよく思っていないのだろう。ユニットである彼女たちからすると、自分たちを人としてではなく兵器として扱ってくる上層は、不信の塊であることは理解できしまう。

 

「分かりません。僕も上官から一方的に伝えられたものですから。しかし、どうにも急いだほうがいいようです」

「一方的なやり取り、非効率的。報告連絡相談の基本がなってない」

「ははは……」

 

 26番──セシリアによる毒舌が炸裂するが、正直彼女の発言は僕もうっすらと思っていたことなので曖昧な笑みでしか返せなかった。

 

「うーん。司令部に呼び出されるなんて珍しいというか、滅多にないことですよね? もしかして、オペレーターの昇進が確定したとか!?」

「そんなことで司令部に呼び出されることはないと思いますが……」

 

 25番──テレジアの楽観的な推測をルミナが窘めている。

 

 何故、司令部に呼び出されたのか。それが僕たちの中で目下最大の謎であった。先日、都市防衛軍のオペレーターに着任した新人である僕を上層部が呼び出す必要性を感じない。

 

 それに、誰がなんの用で呼んでいるのかも明らかではなかった。

 

 公開放送ではなく個別に連絡してきたのもまた違和感が募る。

 

 司令官や副司令官がただの新人に用事があるのか? もしかして、僕のアーツの件で何か有用性を見出されたか、危険性を見出されたとかか。

 

 そんなことを考えていると、あっという間に司令部へと到着した。

 

 受付で名前を告げると、すぐに案内された。

 どうやら客室に向かっているようで、客人がお見えであると伝えられる。

 

 ──客人?

 

 そうして、僕たちは案内された部屋の中へと入った。

 

 この瞬間、僕たちは驚愕で身を固めた。

 部屋の中にいたのは、間違いなく客人だ。

 

 防衛軍の人間ではない。それは確実に言える。

 

 何故なら、それだけ顔が知れている人だから。そして、より一層、あり得ない。彼が、僕なんかに会いに来る必要性を感じない。

 

 

 ──なぜ。どうして。何があってこんなところに。なんで僕たちに。何かの間違いではないのか。

 

 

 そんな疑念が頭を通過した。

 

「やあ、来たかな。君がノア・ティム君? そして彼女たちが君の部隊の子たちか」

 

 そこにいたのは、短い金髪を真ん中で分けた二十代にしか見えない青年だった。まるで、どこかの学生かと錯覚するほどには若々しい。

 しかし、それに反するように彼の眼光は鋭く、あらゆる事象を見渡しているような錯覚すら感じるほどの貫録が宿っている。そこにいるだけで圧倒的なオーラを放つエデンにおける中核的人物。

 

 彼の姿を認識した途端、僕たちは一言も声を発することができなくなっていた。

 

 当然だ。人工適合者だろうと、一般市民だろうと、スラムの出身者だろうと、富裕層だろうと、エデンにおいて彼を知らぬ人間などいない。

 

「あんまり固くならなくていいよ。私は少し、君と話をしたかっただけだから」

 

 にへらと笑いながら、彼は僕たちに楽にするよう伝える。

 

 できるわけがない。だって、僕はあなたに……。

 

 混乱で思考が停止している僕たちを他所に、彼は失念していたと言いたげな表情を浮かべた。

 

「……あ。自己紹介をしてなかった。いやあ、私の悪い癖だよね。誰に何を言ったのか分からなくなるんだからさ」

 

 何一つ気負う所のないような仕草で、まるで引っ越し先の隣の住人に挨拶をするくらい気軽に彼は自分の名を紹介し始めた。

 

 この世界の誰もが知っていて、誰もが尊敬する名を知らないわけがない。

 

 だけど、彼はまるで対等な人間に認められようとしているような態度を取る。僕みたいなただの市民相手でも。

 その飾らない姿が、この人がこの地位に至った最たる要因なのだろう。

 

「改めて、私はルシアン。ルシアン・ヘイルだ。以後、よろしくね」

 

 そこにいたのは、生ける伝説。

 エデンの大英雄、ルシアン・ヘイルその人だった。




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