昔はよかったという言葉は幻に過ぎないが、だからと言って今がよいとは限らない。
エデンの存続、よりよい未来を選択する上で後悔なんてしている暇はない。
俺は今、目の前に座ってガチガチに緊張した面持ちの五人の若人と相対している。
場所は都市防衛軍の司令部にある客室。互いにソファに座って、テーブルを隔てて対面している状態だ。
目の前にいる彼こそ、俺が個人的にキーパーソンと呼んでいる重要人物のひとり。ノア・ティム君である。
正直に言えば、この世界においてキーパーソンと呼べるだけの人間なんて、山ほどいる。
このエデンのすべての人間が取る選択が、常に未来を揺るがしているのだ。故に、誰も彼もがキーパーソンと言える存在である。
しかし、その中で特に欠かせない人間となるとふたりに絞れる。
ノアとリオ。
彼らの存在は、今後のエデンに及ぼす影響が大きすぎる。
彼らの選択、彼らの生死が、エデンの崩壊に直結するのだ。
さながら『主人公』なんて言えるくらいには。
今後のエデンでは、内部と外部その両方から問題が発生することになる。百年前のエデン黎明期は誰も彼もが余裕がなく、ゼノンの一強時代だった。中央評議会も今ほど影響力を持つことがなく、市民も命の危機がない平和な生活ができるだけで十分といった具合に。
だが、徐々に余裕ができ始めると視野が広がり、問題点が浮き彫りになってくる。
限られた土地に五千万人の人々が住んでいる超密集地帯。資源も限りがあり、外界から収集して補おうというのは非現実的。フェイズに汚染された物質は、その特性を変異させ続けるためだ。
食料や資材といった資源はエデン内部で自給自足するしかない。
限られた資源をどの程度享受できるか、それが実質的な階級を示していると言えるだろう。
典型的なディストピア社会。
かつてのエデンは良くも悪くも誰もが平等な社会だった。しかし、時間が経つにつれて徐々に社会構造が固定化されて、今ではこの有様だ。
現状に不満を持ち始める人々が現れるのは当然だろう。反政府勢力や反企業連盟が台頭してくるのもある種健全と言える。
だからと言って、彼らがエデンを崩壊させる一因になるのであれば、俺は容赦なく彼らを排除する道を選択するだろう。
人類最後の希望であるエデンの創設メンバーの一人として、俺にはこの世界を存続させる責任がある。
さて、話が逸れたな。
今は目の前にいるノアとの話に集中する必要がある。
ノアは都市防衛軍に所属している期待の新人して、アダプターのひとり。
今後の対アビスにおける最重要人物になる。
Σ区域を担当している17番隊だったか。
若い女の子侍らせちゃってぇ。隅に置けないなー、全く。
まあ、多分近い時期に製造された個体がそのまま軍に配属されて、製造番号順に識別番号が割り振られたとかそんな感じか。
女性個体を重点的に製造していた時期があったし、多分その時の子たちだろう。
ノアが彼女たちの部隊を預かっているのは、扱いやすい子たちを重点的に割り振って新人教育用にしたとかかな。
それか、前任者が辞任したか。
比較的番号も若い方だろうから、彼女たちは多分ユニット兵としてはそれなりに経験を積んでいるのだろう。
ノアの配属にあたり、そこら辺を上層部が配慮したのだろうか。現場に出るアダプターとは貴重だからな。
「そんなに緊張する必要はないよ。今の私はゼノンのCEOとしてではなく、ただのルシアンとしてこの場にいるんだ。ちょっとした人脈作りのためにね」
俺は目の前に座っている五人に、できるだけ自然体でいるように言う。
しかし、彼らの体からはどうにも緊張が抜けない様子だ。肩に力が入りすぎている。表情も硬い。まあ、見ず知らずの人間が突然会いに来たら緊張するのは分かるけど。
というか、確実に怪しまれているだろうね。
だって防衛軍とは直接関係のない企業の代表が、態々ただの新人オペレーターに会いに来るなんてとんだ珍事だ。
都市防衛軍の司令も大層驚いていた。
この場をセッティングしてくれた彼には後で埋め合わせをした方が良いかもしれないな。
「……そんなにかしこまられるとこちらとしても困ってしまうんだけど」
「──おっ……恐れながら!」
声が裏返りながらもノアがようやく発言する。
「貴方様のような方が私たちにどういったご用なのでしょうか!」
「……そうだね。まずはその説明をする必要があるか」
さて、俺が今日この日に彼らに会いに来た理由だが。
どうしたものか。正直、既に用件は達している。
俺はただ、無理やりにでも防衛軍のノアという人物と面識を得たかっただけだ。それ以外に目的はない。
だから、もう既に目的は達していると言っていい。
かなり無理やりだが、こうする以外に彼らと出会うシナリオは当分先のことなのだ。そして、その頃に何もかも手遅れ。
出会えた時点で目的は達成している。あとはそれっぽい理由をでっちあげることくらいだけど。
どうしよ。
どういう言い訳しよう。
「率直に言うと、引き抜きかな」
『──!?!??!?』
「というのは冗談だよ」
愕然とした表情の彼らが視えたのが面白くて、つい口を滑らせてしまった。
この発言は企業のトップとしては控えるべきなんだけど、まあこれに関しては特に問題はない。
いつどこで俺の発言が引用されるか分からない世界なので、社会的立場に伴った言動をする必要があるわけだが。俺のアーツの関係上、そういったことに気を配る必要はない。何故なら、既に見ているから。
冗談であることをすぐに明言したため、彼らが抱く混乱は最小限になった。
驚きに固まって、目を丸くする彼らの反応は実に面白くてかわいいものだったが、ジジイが若者をあまりいじめるべきではないだろう。
これが彼らの緊張を和らげてくれることを祈って、俺はごまかすように笑う。
「……お、驚かさないでください」
「いやいやゴメンね。あんまり緊張しているようだったからつい」
ついね。つい。許してちょ。
すると、彼らの内のひとりがニヤリと口元を歪ませた。
「ふーん。お兄さんおもしれーじゃん!」
「に、23番!?」
ピンクゴールドのセミロング。豊かな表情と少し釣り目が特徴的で、身長は女性にしてはやや高め。態度は軽薄だが不快ではない絶妙なラインのコミュニケーションを図る
俗っぽい言い方をするとギャルっぽい属性を持った子だ。
なんかおもしれー男認定をされた。
「……君は?」
「あーし? あーしは識別番号Σ-AA-0023、外界運用兵器群。名前はニナ、よろしくねー」
「ニナね。よろしく」
まあ、知っているけど。
「あ、ちなみにオペレーターはやらねーからな! オペレーターはあーしらのオペレーターだから!」
「ははは。冗談だって」
「ほんとかー? お兄さん、本気の目してたよ」
まあ、欲しいと言えば欲しいけどね。シンプルに優秀な人材として。でもそうは言ってられないのです。
彼は防衛軍に所属させているからその真価を発揮するのだ。アダプターとして、オルタードたちと信頼関係を築き、都市防衛軍内部の団結力を引き上げる。
共に戦場に出るオペレーターというのは貴重だ。
アダプターとして、力を持ちユニット兵たちと真に同じ目線に立つことのできるノアは、今後のアビスを巡る騒動において欠かせない存在となる。
「まあ、欲しいか欲しくないかと言われたら、正直欲しいかな」
俺がそういうと、ニナだけでなく他の隊員たちも若干ノアを守るように身を乗り出した。
おお。もうここまで信頼関係を築いているのか。分かってたとはいえ、実際に見るとやはり流石だと思う。
「ブルーノから聞いたんだよ。都市防衛軍にアダプターが入ってきたってね」
「ぼ、防衛局長が!?」
「うん。アダプターっていうのは貴重なんだよ。都市防衛軍に入隊する人は少ない」
アダプターの需要は、主に都市内部で高い。要人警護や企業の私兵、治安維持部隊などでだ。
外界での運用は、ユニット兵に任せればいい。指揮を執る人間はアダプターである必要はない。
だからまあ、珍しいのだ。
「やったじゃないですかオペレーター! 防衛局長と言えば、中央評議会のメンバーですよ!」
茶髪をボブカットにしているスレンダーな女性。ニナとはまた違った方向で明るい彼女は25番、テレジアだ。
防衛局長から目を付けられているという事実に委縮しているノアに、テレジアが純粋な賞賛を送る。実際、ブルーノに目を付けられるのは栄誉なことであるだろう。
まあ、中央評議会という政府の役人である彼の名前が出て、露骨に表情を暗くした人もいるけれど。
「ブルーノから変わった奴が入ってきたと聞いてね。私も一目見てみたいと思ったんだ。……都市防衛軍に所属した歴代のアダプターたちとは私も面識があったからね」
かつて、オルタードが開発されていなかった時期。アビスからの脅威に対抗するのはアダプターたちの仕事だった。過酷な戦場で命を散らしていく同胞を何人も見送った。
かつて、戦場で親友を失い悲哀に暮れた一人のアダプターがいた。
アビスで活動できる者が少ない中、過酷な戦場で生きて行く理不尽、アダプターを気味悪がる一般市民たち。強者の犠牲の上に成り立つ『楽園』のおぞましさに怒りを覚えた彼が作り上げた
その背景を知る俺からすると、ノアのようなアダプターは色々と感じるところがある。
エデンの創設者のひとりであった彼は、オルタードを完成させたと同時に命を絶った。自分たちの身代わり人形として命を消費する行いに耐えられなかったのだと思う。
まあ、そんな彼を止められなかった俺にも責任はあるんだけども。
「『ヘクター』という名を聞いたことはあるかな?」
「……! も、もちろんです」
ノアが背筋を正す。
そして、隊員でありオルタードである彼女たちは複雑な表情を浮かべた。
「彼を知る人間として、都市防衛軍に所属するアダプターとは一度会うことにしているんだ」
これに関しては嘘偽りのない発言である。
名声も悪名も共に集めたエデンの創設メンバーのひとり。俺が未来視のアーツを保有していることを明かしていた数少ない人間にして、アダプター。
彼の遺産であるオルタードは今もエデンを守っている。
だが、それが正しいことだったのかは未だに分からない。そんな彼の遺産と交わるアダプターを見ると、個人的な感情が色々と押し寄せてくるのだ。
「彼は自分たちが犠牲になることをよしとしなかった。だから彼女たちのような存在を造り上げた。そんな中、彼が仲間としたアダプターである君は、それでも戦場に出ようとする」
ノアは神妙な面持ちでこちらを見つめる。
「歴史の生き証人として、少し忠告しよう。今後、君たちは様々な困難に見舞われるだろう。だが、挫けてはいけないよ。君たちはエデンの希望だからね」
俺がそう言うと、彼らは呆気にとられた表情を浮かべる。
……あれ。割といいこと言ったと思うんだけど……。
……狙いすぎたか。狙いすぎたな。
あー……。後悔してきたぁー。痛いこと言ってるジジイだと思われるぅー。あ、なんか考えれば考えるほど嫌になってきた。もう百歳超えてるのにカッコつけてる痛いジジイじゃんねこれじゃあ。
帰ろ。
帰って酒飲んで寝よ。
……あ、多分無理だ。
「じゃあ、私はこれで。期待の新人君と会えてよかったよ」
そう言って、俺はそそくさとこの場を後にした。
目的は完了したんだ。今後の未来的にも今回の無理やりな出会いは必須だったのだ。
うん。良しとしよう。
◇
「……おい」
司令部にある客室を出た俺は、自宅のあるエデン中央区に向かうために手配していた車を目指して歩いていた。
褐色スキンヘッドの大男に絡まれた。なんですか、カツアゲですか。
「くだらないことを考えている時の目だな」
「いやあ、あはは」
「あははではないわ! 自分の立場を弁えて行動しろと常々言っているだろう!」
目の前で俺に説教をかましているのはブルーノ。中央評議会防衛局局長。端的に言えばエデンにおける軍部のトップであり、中央評議会のメンバー。政府のトップである。
「貴様がいつも唐突に衝動的な行動に出ることがあるのは分かっているが……。貴様の行動ひとつがエデンを揺るがす可能性があることを忘れるなよ。あまつさえ、都市防衛軍の新人に会うためにわざわざ貴様のような重要人物が外縁部に来るな」
「えー。そう言うブルーノだってこっち来てんじゃんか」
「……私は防衛局長だぞ。下部組織に赴くことの何が悪いのだ」
「だったら私もアダプター」
「なんの言い訳にもなっとらんわ!」
額に浮き出た血管が、如何に彼が怒り心頭であるかを表している。面白い。
「……都市防衛軍のアダプターに貴様が複雑な念を抱いているのは理解している。だが、せめて私を通せ。貴様に独断で動かれては、防衛局とゼノンの繋がりを邪推されかねんだろう」
「もう遅いと思うけど」
「何故貴様が開き直っているのだ」
ブルーノの意見は尤もだけど、それだと俺のチャート的に良くないので。今回はごり押しでノアと会う必要があったんですね。半年後に起こる特異個体Ⅳとの邂逅前に会っておきたかったから。
「まあ、後で埋め合わせしてあげるから。というか、他の局長たちへの説明だってするし」
「当然だ」
中央評議会には七つの局がある。
資源局、防衛局、財務局、技術局、情報局、市民局。そして、それぞれの局を公平に監視する監査局。
評議会のメンバーは資源局から市民局までの六つの部門のトップがそれぞれ務めている。
監査局は、三権分立で言う裁判所的な感じか。
まあ、三権分立してないけどね。
「……それで、どうだった」
ブルーノが俺に対してノアの評価を尋ねてくる。
「うーん、将来有望だね。多分今後のエデンを左右することになると思うよ」
「それほどか」
「うん、それほど。ああでも、都市防衛軍からは外さない方が良いと思う。彼はあそこが天職だよ」
俺の未来視について、今のエデンで知っている人間は極限られている。そして、ブルーノはそれに当てはまらない。だから俺が未来を視ていることは分からないが、それでも俺の目利きを信用している。
ノアという人材がどういった人物だったのかを聞いてきているのが何よりの証だろう。
「……次からは勝手な行動をするなよ」
「ははは」
「他の企業共に足をすくわれても知らんぞ」
「そんなこと……ないよ?」
「自信がないぞ」
いやまあ、だってあり得ないわけでもないし……。
沢山の評価やお気に入り登録ありがとうございます。
嬉しいです。