ディストピア世界の悪徳企業CEO(自認)   作:ねうしとら

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悪徳企業たる所以

 さて、今回でノアとの面識を得ることができた。一歩前進である。

 ということで次はリオとの面識を得たいのだが、まあこれは待っていれば自然と達成できるだろう。

 

 彼女が所属することになる組織『ノマド』は、政府に連なる組織でもなければ他の企業の影響が及んでいるわけでもない。完全に独立した慈善事業団体……まあ何でも屋みたいなことをしている人たちである。

 

 エデンにおける名声は高く、様々な人々を助け、信頼を積み重ねているため立場としては中立であり、下手にノマドに手を出すと色々な方面を敵に回すことになる。

 

 基本的に依頼を出すとそれに応じてくれるため、俺も何度か彼らの世話になったことがある。

 

 エデン最大の良心と言っても過言ではないかもしれない。

 

 アダプターも多数所属しており、戦力としてもかなり充実しているため中々侮ることのできない組織だ。

 そんなノマドに所属することになったアビスの住人『リオ』は、実のところエデンの住人ではない。

 

 彼女の正体はアビスを彷徨っていたリーパーのひとり。

 フェイズによって浸食された彼女は、フェイズに適合することができずに変異体と成り果ててアビスを彷徨うことになる。

 

 そして百年近い時間が経った今、どういうわけか彼女はフェイズに適合した。リーパーからアダプターとなった彼女は記憶を失い、そしてかつての人間の姿に戻ったのだ。

 

 何故彼女がリーパーからアダプターになれたのか、それは分からない。いくら未来を観測しようと、彼女が記憶を取り戻すことはあれど、なんで人間に戻ったのかは彼女自身も分からずじまいだった。

 

 この謎が明らかになるのは俺が死んだあとだったりするのかねぇ……。

 

 あ、ちなみに俺にもちゃんと寿命はある。いくらアダプターとはいえ既に百年以上生きているのだ。未来視は俺が死ぬまでの未来しか観測できないので、そこから逆算すると最大であと百八十年くらい。

 

 ……寿命伸びすぎだろ。

 

 この結末だと俺は大往生を迎えることになっている。

 この未来を目指して、今は頑張っています。

 

 バッドエンドルートも色々見えるよー。

 

 例えば、俺が闇堕ちしてエデンの存続だけを求め、人命を疎かにした末に全員から見限られた未来とか。かつて、俺と喧嘩別れしてしまったエデンの創設者と和解する機会を失い完全に決別し、エデン内部が二分してぐっちゃぐちゃになる未来とか。五大企業が利権だけを追い求めるようになった世界とか。ノアが死んでオルタードたちがエデンを見限るルート、リオの正体が露見してエデンがパニックに陥る未来に、未来を視すぎて現在を疎かにした擦り切れた俺の末路とか。中央評議会が内ゲバ起こして瓦解する、企業の搾取によって大切な人を喪った誰かが起こした復讐劇が連鎖的にエデンに終わりを齎すとか、その他諸々。

 

 俺が未来を視れることを公言した場合、俺を神聖視する人が爆増する未来とかもある。この場合、誰も彼もが思考を止める。未来が視えるルシアンがいるんだから全て彼に任せればいいというムードが民衆の中で巻き起こるわけだ。それによって政府も企業も四苦八苦することになるけど、まあ破滅自体はしない。ギスギスするけどね。

 

 しかし、良い未来だって見える。

 

 ノアが隊員たちにむっちゃくちゃアプローチされている所とか、リオがその素性を明らかにしてもノマドのみんなに受け入れられて涙を浮かべながら笑っている所とか。

 

 何も知らない純粋な幼子が、両親の手を引いて街を歩いている。

 インフルエンサーのイベントに多くの人々が集まって、一体となって楽しんでいる。

 思春期の男女が幸せそうに腕を組んで、話題のスイーツを食べている。

 コンビニの前でタバコを吸いながら笑っている現場仕事の男性たち。

 推し活に励む若い男女、熱心にソーシャルゲームをする人。

 貧困のただ中に在ろうと、それでも日々を精一杯生きている人。

 陽の光が届かない地下に住んでいながら、それでも互いに笑い合いながら家庭を築いている人々。

 

 俺には視えるのだ。

 

 この、何の変哲もないが幸福と言える日常の数々が。

 

 悪い未来も良い未来も、その全てが俺の瞳には映る。彼らの表情を曇らせることになると少しでも考えるだけで、俺は気分が悪くなる。

 彼らの笑顔を守ると決めているのだ。犠牲にしてしまった人々への贖罪とは言わない。だが、それでも大多数の人々が幸福に過ごせるのなら、この終わりかけた世界にも希望があるのだと思える。

 

 俺の選択が正しかったと少しでも思える。

 

 こんなハッピーエンド見せられちゃねぇ? そりゃあ頑張ろうと思えるわけですよ。

 

「随分と神妙な面持ちになっていますよ。社長」

「……あれ、見られてた?」

「はい。秘書ですから、何でもお見通しです」

「……それ、関係ないと思うんだけどなぁ」

 

 社長室でぼーっとしていた俺に、秘書のアデラが紅茶を差し出しながら話しかけてきた。

 

 だいぶ話が逸れた上に、なんか秘書に心配されてしまったな。

 

 俺は紅茶を飲みながら、その温かみに心を落ち着かせる。香りと温度が体を強引にでもリラックスさせてくれるから紅茶は好きだ。

 

「それで、何を考えていたのですか」

「……ノマドに新たに加わった女の子についてね」

「あら、若い女の子に現を抜かすとは感心しませんね」

 

 そういうんじゃないんだけどなぁ……。

 

 それに、リオは若いかと言われるとそこまで……。

 

 ゲフンゲフン。

 

 リオは、出自こそ特異だがそれ以外に特別なところはない。彼女の特徴は、エデンをフラットな目で見ることができるという点にあるだろう。人格が既に完成している中、この世界を知っていく。その過程で、様々な人々と触れ合い、偶にぶつかり合って成長していく。

 

 そんな等身大の彼女だからこそ、今後のエデンを良くしてくれるのだと思う。まあ、下手すると火種だけど。

 

「また、未来に想いを馳せていたのですか?」

「……おや、よくわかったね」

「そりゃあ分かります。何年一緒にいると思っているのですか」

 

 ざっと九十五年!

 

 エデンの創設時から一緒だし、共にアダプターだしね。

 

 彼女は直接的にエデンの創設者と言える立場ではないが、それでもエデンの設立に多大なる貢献をしてくれた人だ。今では俺の秘書業務をしてくれているが、以前は結構やんちゃしていた。

 

 力こぶを作りながら誇らしげな彼女を見て、俺は少し笑みを溢す。

 

 彼女には、俺のアーツを明かしている。というか、明かさざるを得なかったというか。

 かつての俺は人類存続のためとはいえあまりに合理的すぎていた。

 

 理由も言わず、ただ最適解を叩き出すだけの化け物と言えばいいのか。人の命を何とも思っていない怪物と捉えられていてもおかしくはないほどだったと、今では思う。

 

 そんな俺の様子に、流石に不信感を抱いた仲間たちが俺に対してせめて理由だけは話してくれと懇願してきた時、俺はようやく自分のアーツについて彼らに明かすことになった。

 

 あの時は、何故だか涙が止まらなかった。

 

 俺が一人で抱え込むべきだと思っていたことを誰かに伝えることができたという事実が、あの時の俺にはあまりに大きかったのだと思う。

 

 実際、当時の俺は強迫的すぎていたらしいし。

 

「未来はどうなのですか? 貴方が望む方向に向かっているのでしょうか」

 

 アデラは優しく問うてくる。

 

「まー、今のところ順調だよ。かなり危うい時期ではあるけど、この十年を乗り越えることができれば人類は劇的に安定することになる」

「聞けば聞くほど、中央評議会に席を用意するべきだったと思うんですが……」

 

 その方が楽だろうと、アデラは暗に言っている。

 

「うーん……。ぶっちゃけ、確かに俺が評議会に参加する選択肢もアリっちゃアリだったんだけど……。あんまり政治に手を出しすぎると、良くない未来も見えるし俺もあんまりやる気になれなくてねぇ」

「理由はなんとなく分かりますが、一応聞きましょう」

「なんでそんなに上からなのよ……」

 

 まあ、理由は単純。

 

 属人化を防ぐため。

 

 確かに俺は未来が視える、そしてそれを活用して望みの未来を引き寄せることも可能だ。だが、そこに再現性なんてものはない。これはゼノンの運営にも通じることなのだが、特定の個人しか持ちえない特性に頼った運営なんて、いつか崩壊するのだ。

 

 正直、だから俺はゼノンのCEOからも引きたいと思っているのだ。

 今のゼノンは形式上は俺がCEOを務めている。だが、企業運営の大部分は部下に任せきりである。

 

 重要な案件の意思決定は俺が関わる必要があるが、それでも世代交代を促進させているのは事実だ。だから、評議会にも俺は参加したくない。

 

 それに、政治にも手を出したら疲れるだろうし。

 

 もし過労死なんてしてしまったら俺は死んでも死にきれないんで。

 

 そんな旨をアデラに伝えた。すると、彼女はソファに座って紅茶を口に運び、徐に香りを楽しんだ後に頷く。

 

「まあ、そんなものでしょうね」

「おい」

 

 おい。オマエ秘書だろうが。何シレっと寛いでんじゃ全く。

 

 約百年の付き合いになる彼女の行動に目くじらを立てつつも、もうここまで来たら言うだけ無駄だと思い。しかし、こういったところを引き締まらないと組織として緩んでいくのではと考えつつ、でも誰も見てないし見られたところでだし。俺には未来視があるし……。でも未来視に頼ってばかりだといざという時に困るだろうし。

 

 ぐるぐるぐるぐる。

 

 考えすぎて頭痛くなってきた。

 

「ルシアン。ひとつ、私から忠告です。あなたはなんでも抱え込む癖があります。かつてもそうでしたし、今でもあまり変わっていません。昔からずっと口うるさく言っているのに全く直らないのはどうかと思いますが」

 

 あ、口うるさい自覚あったんだ。

 

「貴方のおかげで救われた命があることを意識してください」

「…………」

 

 俺そんな奴だと思われてんの?

 

 いや、自惚れるつもりはないけど自分を過小評価しているとも思わないけども。

 救った命は多数ある。見捨てた命も多数ある。英雄と称されるだけのことはしたが、それと同じくらい非道な手段も使った。

 

 例えば、常識はずれの時間外労働とか。賃金未払いとか、パワハラとか。ゼノン・コーポレーションって世間で言われているほどいい企業じゃないからね?

 

 多分、実態を知ると幻滅する人が多いと思う。

 

 仕事多いよ休み少ないよ給料安いよ! っていう状態だから。

 

 いや、エデンの一般的な企業に比べれば高い方だけども。でも適正な賃金を払えているかと言うとね……? 福利厚生を手厚くしようとは思っているんだけど、中々上手くいかないもんで。

 

 ここら辺、結構課題なんだよねぇ。

 

 俺としては定時で帰れるのがよい企業のお手本だと思ってるんだけど、誰もが定時で帰ってしまえば仕事が成り立たなくなることもあるわけで。でもさあ、従業員からしたらそんなの知ったこっちゃないもんね。

 

 休みがないのは事実なわけだし。

 

 ぶっちゃけ、ここらへんが理由で反旗を翻されてもおかしくないと思ってんだよね。なんか、そんな未来全く起こらないっぽいんだけども……。

 

 何? みんな我慢してんの?

 

 こう、沸々とフラストレーションを溜めてるとかやめてよ? そんなん誰も幸せにしないから。

 

 人類最後の生存圏を造り上げるぞって時期は、どれだけ労働環境が悪かろうとやりがい搾取ができたけど、比較的安定してきたこの時代にそのメンタルをいつまでも引きずっていたら崩壊待ったなしだろうし。

 

 だから労働環境変えたいなと思っている訳なんだけど。

 

 俺はなんもやってないしね今。

 

 形だけCEOですから。

 

 社長は現場を知らんのです、とか言われたら何も反論できない気がするし。

 

「……社長、分かってますか?」

 

 そんなことを考えていたら、アデラにジト目で睨まれた。

 

 はい! 分かっております!

 

「自己犠牲は感心しませんよ」

「別に自己犠牲なんてしてないけどねぇ……」

 

 そう見えるってことなのだろうか。気を付けようとは思うが、どう気を付けるべきか分からんね。

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