ディストピア世界の悪徳企業CEO(自認)   作:ねうしとら

9 / 12
地下都市:リオ

 現在、エデンの地下で起こっている治安悪化の原因を調査する。

 

 それが、ゼノンのCEOルシアンから直々に依頼された内容。

 

 金髪を短く切りそろえ、額の真ん中で分けていた好青年といった印象の彼が大企業のトップであると同時に、この世界を成立させた人物だということに最初は驚いた。

 

 私はエデンに来てから日が浅い。

 

 エデンについての常識もまだ浅いし、交友関係だってカインとエナ、そして一度会った程度のボスと、少し顔見知りになったノマドの人たちくらいしかいない。

 

 記憶喪失になってしまったことによる不安はあまりない。

 

 だって、ほとんどの記憶を失っているから。私が誰だったのか、何をしていた人間だったのか、家族は、友人は、特技も趣味も分からない。

 

 そんな中、拾ってくれた彼らにはとても恩を感じている。

 

「……はぁ。せめて一件くらい地上での仕事を行ってからの方がよかったんじゃないか?」

 

 地上から地下へと向かうエレベーターの中で、カインが不満げに言う。

 この仕事は、私の初仕事になる。ゼノンCEO、ルシアンが直々に依頼してきた昨今の地下の治安悪化。それを調査する仕事だ。

 

 治安の悪化した都市を調査する。場合によっては、トラブルに巻き込まれることも十分に考えられる仕事になる。そんな依頼に、未だエデンのことをよく知らない私を採用するのは不安らしい。

 

 カインの優しさと誠実さが感じられるが、それでも今回の依頼は私から志願したのだ。

 

「私なら大丈夫。それに、エデンについて色々と知っておきたいから」

 

 カインは少し心配そうに私を見る。

 

「しかしな……。数件、地上での仕事を行って、勝手を覚えてからの方がいい」

「だいじょぶだいじょぶ。何かあっても私たちが付いてるから心配無用だよ!」

 

 カインの懸念に対して、エナが笑い飛ばすように言う。

 

「それに、リオだってアダプターだから! そんじょそこらのチンピラくらいだったらへっちゃらだよ!」

 

 カインとエナは、ノマドでもかなりの武闘派として知られるらしい。そのため、危険な仕事が入った場合によく駆り出される貴重な人材で、今回も地下行きということで抜擢されたのだそうだ。

 

 私は、ノマドで関係を持っている人がカインとエナくらいしかまともにいない上に、偶々ノマドを訪れたルシアンと会話する機会があった。

 

 そのため、私も一緒に行きたいと志願したのだ。

 

 ボスは、その日はいなかったけど。

 

「地下って、そんなに治安が悪いの?」

「地上と比べれば、経済格差が広がっているうえに犯罪率も高い。ただ、街を歩いていたら殴られる……というような荒れ方はしていないはずだ」

「まあ、スラムとか治安が悪い区域に入るとそれも通用しないけど……」

 

 なるほど。

 

 まあ、どれだけ話を聞いて想像した所で、実際に見てみるまでは印象というのは定まらないものだ。参考程度にしておくとしよう。

 

「治安の悪化がどの程度なのか、それによっては認識を改める必要は出てくるだろう」

「何か心配事でもあるの?」

「……この程度の調査に、五大企業のCEOが私たちを通す必要があるのかが疑問でな」

 

 カインとエナが会話している。

 

 ルシアンが私たちに対して依頼した内容は、何度も言っているが地下の治安悪化の要因を調査すること。確かに、企業のトップが態々出向いてまでする依頼ではないように感じる。

 

「うーん……。言われてみれば確かに。でも、あの立場にあるからこそ直接手を出せない事情だってあるんじゃない?」

「……それだと、余計きな臭いだろう」

 

 私には少し難しい話をしている。

 エデンのことをよく知らない私としては、政治に関するアレコレは想像できない。

 

 ひとまず、ちょっと違和感がある程度の認識でいいだろう。

 

 そんなことを考えつつ、私は聞きたいことを思い出した。

 

「ねえ、エデンってなんで地下にも都市が広がっているの?」

 

 当たり前のように地上と地下に居住地が設けられていると聞いていたが、そうなった歴史が気になった。分ける必要があったのか、という点だ。

 

「単純に言えば、人口過密を防ぐためだ。エデンができたばかりの頃は、如何に平和に生存できる領域を作り上げるか、という点のみを追求していたため、それ以外の要素は極力排除して作られたらしい。そうして、出来上がったエデンに人々が住む中、徐々に土地が足りないという問題が浮き彫りになった。そのため、地下を開発する必要が出てきたんだ」

 

 優先順位を明確にしたということなのだろう。

 

 緊急性の高い案件だっただろうし、その判断は間違っていなかったと思う。

 

 そうして、徐々に安定してきたエデンに人口過密という問題をどうするのかという余裕が生まれてきた中で、それを解決するために、居住区を地下に広げようという発想になったと。

 

「地上を広げるんじゃダメなの?」

「……難しいだろうな。現代でもリソースの兼ね合いやメリットの少なさからエデン自体を広げようという運動は起こっていない。人材が圧倒的に足りないのだろう」

 

 アビスで活動できるのは、アダプターとオルタード。襲い来るリーパーたちを相手しつつ、壁を建設するのは現実的ではない上に、人材も少ない。

 

 そのため、最も効率の良かった手段が地下を広げることだったようだ。

 

「エデンを作り上げる時に、土地の汚染も浄化せざるを得なかったからその点もコスパがよかったんだろうね」

 

 エナが言う。

 

 エデンを建設する上で、土地の汚染は浄化する必要があった。表層だけは浄化作業をしていたが、いずれ深層の汚染にも着手しなければならない課題を抱えていたため、地下の拡張は結局、やらざるを得なかったのだろう。

 

 そんなことを話していると、いつの間にか地下に到着した。

 私は乗っていた地下行きのエレベーターを降り、地下都市に足を踏み入れる。

 

 そして一番に感動したのは、地上と変わらぬ空の色だ。

 

 ()()()()()

 

 地下、などと言われているのだから、人工的な明かりで満たされた薄暗い都市なのかと思っていた。しかし、エレベーターを降りた先に広がっていたのは、どこまでも地上と変わらぬ広々とした都市だった。

 

「意外? 地下都市って言う割に地上と大差ないよね」

 

 呆気に取られていた私を見ながら、面白そうにエナが言う。

 

「これ全部、巨大なスクリーンに映し出された光景なんだよ。全部人工的な空なの」

「……これが、全部?」

「うん。いつ見ても、自然な空にしか見えないよね」

 

 この大空が、全て人間の手によって作られたものである。そんな事実を教えられ、私は再び呆気にとられた。

 どこからどう見ても、大自然の偉大さを感じられる空にしか見えない。太陽は輝き、どこまでも水色が広がり、ところどころに白が点在している。

 

 何も知らされていなかったら、ここが地下であるなど信じないほどに。

 

「人間は日光がなければ著しく健康を損なうからな。栄養不足、概日リズムの崩れ、睡眠障害。精神的な面ではうつ病の増加も招きかねない。地下を開発する上で最も重視していたのは、太陽の再現だと言われているほどだ」

 

 カインの解説が聞こえる。

 

「人工的とはいえ、この空は地上のものと大差ないんだ」

 

 私は感心しながら空を見上げた。この遥か上に、人々が住んでいる地上があるのだと思うとなんだか不思議な気分だ。

 この技術力と、人々を豊かに生活させようという工夫は、なるほど『楽園』の名に恥じぬ努力がされている。

 

 私が地下の空に見とれていると、不意に耳を劈くような悲鳴が聞こえた。続いて何回かの破裂音。

 

『──ッ!?』

 

 私たちは悲鳴が聞こえた方向に勢いよく振り向く。

 

 遠く、しかし肉眼で辛うじて把握できる距離で、狂乱状態の男性が手に持った拳銃を乱射している。

 一体何が。そう思った瞬間には、隣にいたエナとカインが動いていた。

 

 二人は通常の人間では考えられないほど素早い動きで、事件発生の現場へと向かう。

 

 慌てて私も追いかける。

 

 どうにも実感はないが、私も『適合者(アダプター)』と呼ばれる種類の人間であるらしい。そのため、身体能力は基本的に一般的な人々を遥かに凌駕する。

 

 全速力でカインとエナを追いかけ、追いついたころには既に男性は鎮圧されていた。

 

「……幸い、犠牲者はいない。計画的な犯行というより、衝動的なものだろう」

 

 散々、治安が悪いと聞かされていたが、地下に足を踏み入れてすぐにこんな事件に巻き込まれるとは思わなかった。確かに、カインたちが言うように地上に比べるとあまり秩序があるとは言えないのかもしれない。

 

「……治安が悪いって言ってたけど、ちょっと想像以上というか」

「…………」

 

 街中を歩いていたら襲われる、なんてことはないとカインは言っていたが地下に到着して早々これほどの事件が起こるとは思っていなかった。

 

 私は驚きに身を任せたまま口走る。すると、カインは黙った。その反応に、少し罪悪感を覚える。

 咄嗟のことだったから、つい言い方を間違えてしまった。皮肉にも捉えられかねない発言に、私は反省する。

 

 そう思っていると、次はエナが口を開いた。

 

「……いや、流石にここまで酷くないはずだよ。地下とはいえ、ここは中心街。治安維持隊だっているし、五大企業も進出してるし。治安で言えば、地上とそこまで大差ないはず……」

 

 続けてカインも口を開いた。

 

「ああ、少し違和感を覚える。……偶然、だといいが」

 

 どうやら、この事態は彼らからしても異常らしい。

 私は地下の普段の様子がどういうものなのかが分からないため、適切な判断を下せないが、もしこれが治安悪化によるものなのだとしたら、事態は思っている以上に深刻なのかもしれない。

 

「治安官に引き渡す。これだけ騒ぎになったのだから、そろそろ来てもおかしくないだろうが……」

 

 カインが男性を押さえながら言う。

 すると、どこからともなく私たちに話しかけてくる声が聞こえた。

 

「ん? おお、カインとエナじゃないか! 久しぶりだな!」

 

 髭を生やし、サングラスをかけている大柄な男性。

 第一印象としては、少し圧迫感のあるイメージを受ける。

 

 なんかこう、ジャラジャラとした小物とかを身に纏って、クラブとかで金を景気よく使ってそうな成金みたいな見た目だ。今はそんな小物とかは身に着けてないけど。

 

「……キャロルか、久しぶりだな」

「おお、久しぶり。そっちのお嬢さんは新顔か? 俺は見たことないが……」

「ああ、新しく私たちの仲間になったリオだ。よくしてやってくれ」

 

 カインが少し表情を緩めて対応する。エナも気軽に手を振って挨拶していた。

 どうやら、この人とふたりは知り合いらしい。キャロルと呼ばれた男性は、新顔である私についてカインに問い、ノマドに新しく入った人間だと知るや否や、掛けていたサングラスを少し下げて私を見た。

 

 少し品定めをされているような気がするが、まあ気にせずに挨拶する。

 

「初めまして、私はリオです」

「おう。俺はキャロルだ、敬語はナシで構わないぜ。ノマドには、色々と世話になってるからな」

 

 そう言って、キャロルはサングラスを外し、笑顔で右手を差し出してきた。私も同じく右手を差し出し、友好の証を交わす。

 

「キャロルはこの都市で自警団を務めている。地下について私たちよりも何倍も詳しいだろう」

「そう大層なものじゃないがな。まあ、多少は精通しているか」

 

 自警団となると、市民の中で治安を守ろうとしている人のことだろうか。この人は見かけによらず、正義感に溢れた人なのかもしれない。

 

「それで、キャロル。私たちはここに調査に来たんだが……。最近の情勢について色々と聞きたいことがある。構わないか?」

「なるほどな。いいぞ、こっちも丁度人手が欲しかったところだ。いつもの場所に案内するついでに、ここ最近の地下都市を少し教えよう」

「まずは、彼を治安官に引き渡してからね!」

 

 エナの妥当な指摘に、この場の空気が弛緩する。

 

 そうだろう。まずは、凶悪な犯罪を犯したこの男性を公的機関に拘束してもらう必要がある。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「と言っても、そんなに話すこともないんだが……」

 

 銃乱射事件の現行犯を治安官に引き渡した後、私たちはキャロルたち自警団の本拠地に招かれることになった。どうやら地下都市の自警団とノマドはそれなりに密接な関係なようで、初対面である私でもノマド所属というだけで歓迎されるらしい。

 

「近頃、淘汰主義者たちの活動が活発でな。テロ行為も頻発している現状にある」

 

 キャロルのその発言に、カインとエナは頭を抱えていた。私は、『淘汰主義者』というのがどういった人々なのか分からず少し困惑する。だが、ニュアンスからある程度察することができるような気がする。

 

「……淘汰主義者っていうのは?」

 

 私のその疑問に対して、カインが答えてくれる。

 

「『淘汰主義者』。変化した星の環境をあるがままに受け入れ、適応できる者だけが生き残るべきであるという思想のことだ。つまり、アダプター以外の人類を排除しようとする人々のことを言う」

「……理論だけを見れば、ある程度筋は通っているように思えるのが厄介だな。先ほどの男も、恐らく過激派の淘汰主義者だろう」

「……え、でも彼はアダプターじゃない気が」

 

 キャロルの言葉を聞いて、私は疑問が浮かぶ。

 

 彼は、アダプターではない。だというのに、フェイズに溢れた世界で生きるべきだと思っているのだろうか。それがもし実現しても、生き残れる確率は非常に低いというのに。

 

 そんな私の疑問に対してカインが推論を述べる。

 

「自分だけは違うと思い込んでいるのだろう。それか、何者かによって意図的に情報を伏せられ洗脳状態なのか……」

 

 このエデンの総人口は約五千万人。そして、公になっているアダプターの総数は、二千五百人。割合にして、凡そ0.005%になる。この数値を仮に人類がフェイズに適合できる確率として扱うなら……。

 

 厳しいと言わざるを得ない。

 

 計算式としてあまりに杜撰かもしれないが、アダプターになれる確率が低いことを視覚的にイメージするなら十分だろう。

 

「なんで、そんなことを考えるんだろう……」

「さあな。だが、奴らが活発に活動するようになってこちらも頭を抱えていたところだ。あまり対価は出せないが、協力してくれないか?」

「ああ。こちらも依頼が入っていてな、守秘義務もないので言ってしまうがゼノンのCEOから地下都市の治安悪化の原因を調査するように頼まれている」

「……ル、ルシアン自らが!? そ、そりゃあとんでもないことだな」

「だからとは言わんが、協力は惜しまないことを約束しよう」

「……ありがとう。助かる」

 

 私たちはキャロルという、地下都市の自警団の長を引き入れることに成功した。

 

 初めての仕事は、どうにも大変そうである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。