今宵、貴方を待ちながら   作:ここ三つ

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プロローグ
生成り少女


 

 午前9時50分に軍の付属病院の門をくぐった(てつ)久一(くいち)が病院受付で名前を出すと、軍管理の病棟へのタッチ認証キーとなっているカードを渡された。

 

 そのまま、受付嬢の病棟への案内を丁重に断り足を進める。軍基地の近くの大病院はどこも国立となっているが、このご時世だと大病院は軍の出資がなければ到底成り立たない。そのためか、病院には軍人のリハビリ医療などを委託しているので、軍が管理する病棟があることを軍人の久一は知っていた。非常時の延焼を抑えるためと、ビルディングの類いは崩壊時に多大な犠牲を出すために、太平洋戦争前のような平屋作りで横に伸びる病院の中を移動する。目的の扉の壁に取り付けられたタッチ式の認証パネルに受付で借りたカードを押しつけ、扉が開く。

 

 いくら軍から委託されているといっても、造りは他と変わらない。一直線に伸びる廊下は白く塗りつぶされた壁と天井がまっすぐに伸び、等間隔で横に引くタイプのドアが取り付けられている。唯一の違いはここにいるはずの患者たちの声や生活音がなく、それとナースステーションの類いがないこと、見舞客もいないことだ。有り体に言って、人がいない。しかし、だからこそ気づくことができた。

 

 入り口から4部屋ほどの先、廊下に置かれた長椅子に一人の男が座っている。

 

 若々しく白髪が一本もない黒髪をなでつけたオールバックに第一種軍装を纏った男だった。それまで手元の小冊子に視線を落としていたが、廊下の先から歩いてくる久一を見つけた途端、口元に微笑を浮かべる表情は、ある者には何を企んでいるのかもわからない不気味な笑みにも、もしくは、少年のようないたずらを思案する悪童のような表情とも解釈が分かれる。

 

 いささかの驚きと共に久一がその男の前に歩き、敬礼をしようとした手を、男は制して、時間ちょうどだね、と声をかけた。

 

「・・・・・・司令、いらしてたんですね」

 

「安藤くんと思ったかい? 残念、彼はお子さんが学校に上がるから奥さんの付き添いで休みとってるよ。だから僕が代役だ。ま、僕はいつも暇人だしねぇ」

 

 ケラケラと笑う男に、暇人と自らを称する基地司令官でいいのだろうか? と心の中で呆れつつも、久一は口角を無理矢理上げて男の笑いに合わせた。尤も、端から見たら不気味な不審者そのものだったが。

 

 目の前の男――久一の直属の上司のそのまた上司、つまりは久一の所属する日本統合海軍の一基地を任されている基地司令官であった。

 

 基地司令官――資源、金、人材、様々なモノが制約され、日本の命運を担う日本統合海軍においてのエリートと言われる人間である。倍率は20倍となる士官学校において優秀な成績を修め、現場での活躍で許される軍大学校を卒業、再び現場での好成績を残してはじめて基地司令の椅子が用意される。

 

 司令官は30代、人によっては20代と推測する若々しい見た目だが、実年齢は40を超えている。だが、40過ぎにして基地司令官というのは、この男がかなり優秀な部類、もしくは、その任された基地がよほどの問題を抱えているかのどちらかだろう。両方だ、と久一は結論づけた。

 

 

 

「さて、君を呼んだ本題に入ろうか」

 

 思考に没頭していた久一は司令官の声で我に返る。顔を向ければ、既に司令官は長椅子から立ち上がり、すでに廊下の先を歩いていた。

 

 慌てて、久一は司令官の後ろを歩調を合わせて歩く。

 

「久一くん、君がここ(基地)に来て6年と、少しかな?」

 

 と、司令官は一度立ち止まり、振り返って久一に視線をやった。本題に入る、と前置きしておいて、雑談に入ったことに久一は面を食らいながらも、はい、と頷く。その返答にそうか、と返しながら、司令官は今度は歩みを再開した。

 

その後ろを久一は苦もなくついていくが、内心、警告灯が激しく自らの身の危険を告げていた。司令官は歩みを一切緩めない、つまり、まだまだ目的地まで距離がある――機密の高い部屋に案内されることであった。現に、さきほどまでは入り口同様の認証キーの類はなかったが、今歩いてる廊下のどの部屋の横にも認証キー用のアタッチメント画面が取り付けられていた。なにより、久一の直属の上司である安藤ではなく、司令官自ら、というのが最大のポイントである。久一は前日のうちに上司にそんな用事があれば把握しておくが、そんな情報は一切ない。よほど性急を要したのか、もしくは、軍事機密に絡んでいるために隠していたか、だが、前者はさきほどの説明からは、普通に開示される理由であるため、どちらでもなかった。

 

 つまり、いままでの状況証拠から推測すれば、軍事機密のレベルが高いため、司令官自らが赴く必要性があり、そして、陸戦隊に全滅しかけない危険なミッションを告げるのに苦もなく告知する司令官が言葉を濁す何かをこれから命じられるのである。無論、軍人である久一には拒否権は、ない。 

 

「君、恋人はいるかい?」

 

 再び思案に没して背に冷や汗をかいていた久一は司令官の声で質問に呆けてしまう。

 

 司令官と久一は廊下の先、ある一室の前で止まっていた。この先には何もなく、ここがこの病棟の最奥、終着場所だと気づいた。

 

「・・・・・・おりません」

 

 内心に湧き上がる敗北感に似た劣等意識を抑えながら、声を絞り出した。

 

「ふむ、だったら、好都合だ」

 

 何が好都合なのか理由を問いただす前に、壁に設置されたパネルに司令官は胸ポケットのホルダーケースに収まっていたカードを押しつけ、錠が上がる音と共に自動で扉が開いた。

 二人の鼻孔を消毒液の匂いが刺激する。

 

 まさか、身寄りもない、愛する伴侶も存在しない自分でなにか人体実験を行うというのか、一瞬、逃走の二文字と共に怖気が首をもたげたものの、すぐにもうどうしようもないな、と久一を諦観が心を満たした。どうせ、あのとき死ぬべきはずだったんだ、それに自分は遅かれ早かれの身、司令が俺は不要と判じたならそれもしょうがないか――そんな諦観を抱きながら、一足先に病室に入った司令官に続き、覚悟と共に唾を飲み込んで久一も入室する。

 

 はたして待っているのは手術台か、はたまた新型の《奴ら》との闘技場(コロッセオ)か、そんな覚悟をもって入室した部屋には、一台のベットがあった。否、一台のベットしかなかった。

 

 

 

 

 10畳ほどの部屋で、天井と壁はカーキ色に塗られ、どこか温かみを感じさせた。しかし、家具の類いは一切なく、一台の電動ベットとその横に床頭台が置かれているだけで、それが裏返って貧寒の念を抱かせる。

 

 実験のための手術室でも、《奴ら》との闘技場でもなかった、どこからどう見ても、いささか簡素ではあるが、病院の病室であった。しかし、この事実に、久一は戸惑った。

 

「どうしたの?」

 

 司令官は久一を心配そうに見やったが、久一の心に湧き上がるのは強烈な羞恥心だった。

 

 病院に病室があるのは当たり前だし、仮に久一の思った事で呼ばれたとしても軍付属とはいえ、病院でやる意義も意味もない。この羞恥心を霧散させるように早足で司令官のそばに久一は足を進めた。

 

 司令官に悟られていないか不安になり、久一は横目で司令官を伺うが、司令官は立ったまま、ベットに視線を落としていた。そこで久一もベットを見下ろし、気がついた。

 

 電動ベットの寝具には膨らみがあった。さらに耳を澄ませば、すぅすぅと規則正しい息づかいが聞こえる。

 

ベットには、女がいた。

 

 まぶたは閉ざされているが穏やかな寝息を立てている。日に焼けていない白い肌は不健康であったが、凜とした顔立ちのため淑女然としていて、その不健康さが気にならない美しさがあった。年の頃は十代中頃か、後半にさしかかっているだろう。ちょうど、少女から女性に名称が変わる年頃であった。黒髪を短く肩口で切りそろえているが、左側を一房伸ばして、左耳を覆い隠している。戦前に流行った女優かタレントがこんな髪型をしていたな、と久一は思い出した。

 

「――伊13型潜水艦」

 

 思わず、少女に見とれていた久一は、司令官の発した言葉に理解が追いつかなかった。

 

「彼女の名前だよ、いや、彼女に融合している艦艇の名前だ」

 

 司令官は頭をかきながら、そう付け加えた。

 

「先の特別作戦において、《ドロップ》したのが彼女だ」

 

 そういえば第一艦隊の整備を、整備課での補助業務の際に、誰かがドロップした、と騒がしかったことを久一に思い出させた。そのうち否が応でも会えるだろうと思い、あまりに気にしていなかったが、既に一週間以上が経過するのに新顔は3人と聞いているのに2人にしか会っていないことも。

 

「久一くん、君は業務以外に興味を持たないのが悪い癖だよ、自分のことも含めて、ね」

 

 蛇足とばかり虚を突かれたためか、久一が困惑していると、司令官は付け加えるように、

 

「実はね、彼女、生成りなんだよ」

 

 

 

 

 生成り――絹が絹糸や織物に加工されることはなく、そのままの素材という意味と、能面の一種で般若の一つ前の状態を指す。

 

 しかし、現在ではもう一つ意味があった。

 

 それは、形成途中で問題が発生し、想定通りの性能を満たしていないモノである。 不良品との意味合いが強いが、(ヤツら)から(彼女たち)に転化する際の不具合も指している。要は、規定の力を発揮できない何か欠陥があるとのことだ。

 

 そこで、今一度視線を少女に戻した久一は、寝具の膨らみが不自然であることに気がついた。

 

 司令官と久一はベットの左側に立っているため、胴体の膨らみはわかる。まだ発育途中の乳房や腹部の凹凸があるが、それに添えられているはずの右手は足の付け根のあたりまで伸びているのに、左手は胸のあたりで途切れている。下半身に目をやれば両足とも、途中で不自然に途切れていた。久一には、アンデルセンの人魚姫――泡になって人の姿を崩した人魚姫を彷彿とさせた。

 

「左手は肘の上部分、左足は膝下で、右足に至っては太ももの少し下で途切れてしまっている」

 

 司令官は少女にかけられた毛布を剥がしその下をあらわにする。

 少女は病院での入院患者が着る白のガウンのような病衣を着ていたため、両足はどこで途切れたのかまでの正確な部位は判別できなかったものの、両足の半分と左肘から先がないので事実だろう。

 

「それにプラスして、一回も意識が戻らなくてね」

 

 なんてことはないように司令官は続けたが、思わず久一は司令官の顔を見てしまう。

 

「・・・・・・まずいじゃないですか」

 

「まずいね」

 

 司令官は微笑を携えて断言するが、その微笑が、前に上司の安藤が酒の席で司令官が追い込まれたときの動作と語っていたのを久一は思い出した。

 

「司令、正直におっしゃってください、この子、このままだとどうなるんですか?」

 

 意を決して久一は司令官に問う。上司が言いづらいことを察するのも部下の役割だと軍に入って学んだが、しっかりと判別するときがある、今がそのときと判断した。

 

 司令官は少女を見つめたまま、変わらずに微笑を携えたままで、

 

「良くて現状維持でもって一ヶ月、それ以降は中央に送られて実験材料だね」

 

 なんてことはないというように語った。

 

 実験材料、その四文字は久一の中に重くのしかかる。戦前であれば非難もされ、糾弾もされていたが、このご時世では人を保たせる現状維持こそが最も難しい。なにしろ、人一人を生かす動力と資金で何人もの人間を養える。よほどの富裕層か、重要人物で国からその費用が賄われる場合でなければ植物状態の人間を養うこともできなかった。

 

「そうですか・・・・・・」

 

 久一は知らず、握りしめた手に力を込める。せっかく助かったのに、一度も目が覚めることなく実験送りとは、初めて会ったばかりであるが、少女が哀れだと思うし同情もする。しかし、だからといって、久一はこの少女を養うことはできない。現実問題として、久一の給金では不可能だ。

 

「ただし、もしも万が一君の協力があれば彼女が目を覚ます可能性があるとしたら、どうする?」

 

 司令官の声は久一の顔をあげさせた。

 

「しかも、君の協力と言っても君が彼女の代わりに植物状態になれ、とか、百年分の借金をしろ、は言わない。君の同意と書名があればすぐに終わる簡単なことだ」

 

 にやけながら、司令官はいう。まるでどこか楽しむ少年のような朗笑を浮かべていた。

 

「まぁ、最も君の同意があってこそだし、君が拒んでも僕は非難しない、それに、君の代わりに同意してくれる人間を連れてくるだけで―――「是非、お願いします」 

 

「・・・・・躊躇がないね」

 

 即決で飛びついた久一に逆に司令官がややあきれ顔で驚く。

 

「司令も、オレの性分を知ってるでしょう?」

 

 今度は久一が苦笑とも自嘲とも判別のつかない笑みを浮かべる番であった。

 

「言っておくけど、断ってもいいからね? それだけは覚えておいてくれ」

 

 微笑を張り付かせたまま、司令官は床頭台に置かれていた一枚の紙と箱を久一に差し出す。

 

「これに名前を書いてその箱に入っている装束品をつけれくれ、それで終わりだよ」

 

 はい、と返事をしながらも、久一は馬鹿に簡単すぎて怪訝そうな表情を作りそうになったが堪えて紙をのぞき込んだ。

 紙には氏名欄と住所欄が書かれているが、住所欄に方には既に鎮守府の住所が記載されており、この紙が鎮守府所属の職員用の用紙だとわかる。そもそもこれがなんなのか、久一の目が紙の上部に留まり、蛇ににらまれた蛙のごとく、体が硬直した。

 

「どうしたんだい? 久一くん、君の名前を書くだけだよ?」

 

 司令官がニコニコと、普段よりも笑窪を強めて話す。この顔をみせれば十人が全員、うさんくさいと称する笑みだった。

 

「司令、この紙に書いてある『ヒトミ』って誰です?」

 

 内心、そこじゃないだろう、と自らにツッコミを入れたかったが、人間は大きな問題があると小事から解決したくなる、との悲しき性を持っているため、久一はそれにあがなえなかった。

 

「ああ、彼女だよ、此処に寝ている彼女だ。伊号13型潜水艦だと味気ないし、13で1と3、ヒトミって読めるだろう? だから名付けた。最も目を覚ましたら本来の名前に訂正が必要だけどね。僕の奥さんが考えてくれたが、やはり女性は命名がうまいねぇ」

 

 洒落ているだろう、と言わんばかりに司令官は笑うが、久一は油の切れいたブリキ人形のように首をゆっくりと回して司令官を見る。そもそもの大前提として、この紙には彼女――伊13――『ヒトミ』の名前が記入してあったのかも疑問があった。

 

「この紙、氏名欄が二つあるんですけど」

 

「そりゃそうだよ、夫になる人と妻になる人の二つの氏名欄が必要だからね」

 

 久一は司令官に紙を突きつけ、上部、表題部分を指さす。

 

「ここに、結婚届って書いてあるのですが!?」

 

 普段の久一にしては珍しく声を荒らげ、ケッコンとかかれた文字を指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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