今宵、貴方を待ちながら 作:ここ三つ
その瞳の色は左右で異なっていた。左がバラのように赤く、右の瞳孔が海のような深い青の色であった。
綺麗だな、と何も考えが浮かばない頭がぼんやりとそんな感想を抱かせた。
昏睡状態だった人間が起きている――それはわかる。いや、ただ単に指輪をつけたことによって何らかの作用が働き、瞼付近の筋肉が痙攣作用で開かれただけか、とも考えたが、瞳孔は小さく狭まり、なによりも明確に久一を捉えていて、意識を取り戻しているのは確かであった。
どうすればいいのか、次に思いつく案は複数個が浮かぶ。司令官を大急ぎで呼んで、次に医師に知らせなければならない、否、そもそも、もしも彼女が肉体は人間であっても、意識が《アチラ側》のままであれば襲われるのは自分だと久一は今更ながらにそんな考えに行き着いた。では、どうするか考えるが、いい案など浮かばない。
浮かんでは消え、思いついては否定し、堂々巡りに陥って、少女と見つめ合うこと数十秒、ついに実行したことは、
「こ」
口角を上げ目を細めつつ口を開いた久一の様子に、少女が首をかしげる。
「こんにちは」
久一の口から出た言葉はありきたりな挨拶であった。
この状況で挨拶はないだろう、やら、だからオレは阿呆なんだ、と自虐で内心で罵るが、久一にできることなどなかった。
ちなみに、一応とはいえ笑みを浮かべたつもりだが、元来、久一は無表情な男であり、そんな人間が顔面の筋肉を無理矢理使えば歪んだ笑みになっていた。それが一層久一を罵らせたが、少女にとって知ったことではない。
少女の口からも何も語られず、気まずい沈黙が流れた。
もしかしてこのまま気絶しているのでは? そんな疑問を抱くほどに少女は動かない。
どうすればいいのか、誰か教えてくれと助けを求めても誰もいない状況は無情だった。
「――――」
故に、気がつくことができた。少女の口がわずかに開閉し、ゆっくりと言葉を紡いでいる様を。
「――――――だ――――――」
一言を発するのに大分時間がかかった。それでも、懸命に口を開く少女に久一は聞き逃さないと耳に神経を集中させる。
「――――――――れ?」
だれ、誰、貴方は誰なのか? 誰何の意味と知ったとき、当然だと、むしろ、挨拶ではなく、自己紹介をするべきだったと久一は思い知った。
「……ごめんなさい。オレは」
だが、久一が自己紹介を始める前に少女は再び瞼を閉じてしまう。
そのあと、規則正しく寝息を立てたが、先ほどとは違い、ゆっくりと深呼吸するような調子で、顔色も幾分良くなっていた。
しゃべるのに大分時間を要したことから、これが限界だったのだろう。
「はぁ~……」
久一の口から嘆息が漏れる。意識は取り戻した。これで彼女が実験送りになることはないだろうが、どうするべきなのか、どうしたらいいのかを考えると気が重かった。
なぜなら、先ほど司令官が言っていたように彼女の面倒は久一が見る必要があるだろう。他に割ける人員も、予算もないのだから。それを考えれば否応なく億劫になってくるが、今度は幾分か顔色がましになった彼女の寝顔が久一に少しばかりの慰めであった。