ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴 作:らっこ
その日は何時ものように穏やかな日だった。
『マキシングブースト!! GO!GO!』
「ウオリャァッ!!!」
加速に加速を重ねた拳が、魔獣の胴体に叩き込まれる。轟音。衝撃。地面にひびが走る。赤熱した装甲がその一撃の重さを物語るように煌めき……次の瞬間、魔獣は断末魔すら上げる間もなく爆散した。
いつもの光景だ。
全身から黒煙を蒸らしながら、イグナイトはゆっくりと立ち上がる。節々が重いのに耐えながら周囲を一瞥する、人影はない。路地の奥、遠くのほうで車の音がするだけだ。
魔獣の残骸が路地の空気に溶けていく。じきに何も残らない。何事もなかったように、路地は元の静けさを取り戻すのだ。
日夜はブレスレットを眺めながら、ぼそりとつぶやいた。
「……最近、増えてきたな」
ここ最近、魔獣の出現頻度が上がっている気がする。気のせいならばそれでいい。だが……このブレスレットが熱を持ち、魔獣の出現を伝える回数が日に日に増している気がしてならない。
父の忘れ形見は、今日も黙ったまま何も教えてくれなかっ……
すると路地裏の上方から、軽い着地音が響いた。壁を蹴り、跳ね、滑らかに降りてくる影。
何時ぞやのお礼を言ってくれた討魔士、水無月志保だ。
白と紫の薄手の衣装。腰まで伸びた黒髪。深紅の瞳が、路地の残骸を一瞥してからイグナイトへと向いた。
「……相変わらず早いのね」
「アンタもな」
そっと肩を竦めるイグナイトに対して、志保は腰の刀に手をやりながらも……抜く気配はない。彼女としても、討魔士としても、剣を抜いて交わるのは本望ではないということだろう。それはイグナイトにも分かった。
二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。路地の奥で風が鳴る。魔獣の残骸が、空気に溶けるように消えていく。
「……今日は詮索は無しか?」
「聞きたいことは山だらけよ」
志保は静かに答えた……だがこの男に詮索が無意味なのはわかっている。
「それとも、聞けば答えてくれるの?」
「そういう訳じゃないけどな」
イグナイトは少し間を置いた。黒煙がまだ薄く燻っている腕のブレスレットを、何となく眺めながら。
「……それに、お互い詮索は無しにしたいんだけどな。俺としては」
「お互い、ね」
志保の声に、僅かに棘が混じった。
「貴方が何も話さないのに、お互いとは随分都合がいい言い方だと思うけれど」
それは正論だった。反論のしようがない。イグナイトはバイザーの奥で少しだけ目を伏せてから、口を開いた。
「お互い様だろ。俺があんたらについて聞いたとして、ちゃんと答えてくれるのか?」
「……」
「魔獣が敵なのは俺も同じだ。……お互いに好き勝手に戦う。それじゃ駄目なのか?」
淡々とした声だった。怒りでも悲しみでもない……本当にただの、事実確認のような口ぶりだ。
志保はそれを黙って聞いていた……何か言いたい気持ちはあるが、この男に詰め寄っても、壁を叩いているような感覚になるのは何度目だろう。
頑なというわけでもない。ただ、踏み込まれることに慣れていない。そういう男なのだ、これは。すると志保は静かに言葉を紡いだ。
「……貴方は以前、自分の力のルーツが知りたいって言ってたそうね」
イグナイトの動きが、僅かに止まる。
「前に会った金髪……やっぱりお前の仲間か?」
「えぇ。所属は違うけれどね」
そう言って志保は少し肩を落とした。
姉の昴にはもう少し慎重に、と言われている。分かっている。分かってはいるのだが……このままグズグズと遠巻きにしているのも、志保の性分には合わない。
目の前に話せる相手がいるのに、回りくどい手だけ打ち続けるのは……助けてもらった相手に対して、どうにも釈然としなかった。
「私達と――討魔士と組めば、貴方の力について何か分かるかもしれない。私達には知識も伝手もある。一人で抱えるより、絶対に早い。それなら――――」
「討魔士ね、それがお前達の名前か」
イグナイトはあっさりと遮った。
「だがそれはかもしれない、だろ。確証はないんだろう?あんたらだって、俺のことは何も分かってないんだから。お互いにお互いが隠し事にまみれてるんじゃ仲間になろうなんて言えるわけがない」
志保は言葉に詰まった。否定できない。事実その通りだ。
「……それに」
イグナイトは路地の壁に背を預けるようにして、少し声のトーンを落とした。
「実際、俺のことは既に嗅ぎ回っているんだろう?イグナイトじゃない……素顔の俺を」
志保の目が、わずかに揺れた。図星だった。返す言葉を探しているうちに、イグナイトは続ける。
「別に責めてるわけじゃない。あんたらの立場ならそうするのが当然だ……ただ、それでいいんじゃないのか、と思ってる」
バイザーがゆっくりと志保を向いた。
「腹の中をさらけ出さなくたって、魔獣が現れたら共に戦う。同じ敵に向かって、それぞれのやり方で。……それだけじゃ、足りないか?」
足りない、と志保は思った。討魔士として、水無月家として、人々の安定を守る者として、それだけでは足りない。素性も力の出所も分からない相手と肩を並べ続けることの危うさは、頭では十分に理解している。
だが。それでも志保はこの男に初めて出会った時あの廃工場で助けられている。そして、イグナイトも同時に助けているのだ。それは、目の前の得体のしれない戦士を敵だと思えない理由になりえるものだ。
「……貴方が信用できない、とは思っていないわ」
志保は静かに言った。
「ただ……私は貴方のことを、ちゃんと知った上で隣に立ちたい。それだけよ、仲間かどうかなんて話じゃなくて」
イグナイトは少しの間、黙っていた。
志保の言葉が、バイザーの内側でじわりと響く。知った上で、隣に立ちたい。
……そんなことを言われたのは、初めてかもしれなかった。お礼を言われた時と同じような、妙に処理しきれない感覚が胸の底をかすめる。
「それは――――」
その瞬間だった。
頭上の空気が、引き裂かれた。
音もなく、前触れもなく、まるで現実の膜を内側から無理やり破るように、空間に裂け目が走る。
そこから滲み出るように姿を現したのは……人型の輪郭を持ちながら、上にまるで装甲をまとったようで、両腕に不釣り合いなほど巨大な鉤爪を備えた魔獣だった。これまで見たことのないタイプだ。
獣のような咆哮が路地に炸裂し、着地の衝撃が地面にクレーターを穿つ。衝撃波が走り、路地の砂埃が一気に舞い上がった。
「っ!?さっき倒したばかりだぞ!?」
「復活……いや、違う。誰かが新しく……
一体誰が。何のために。そんな疑問が頭をよぎるより早く、魔獣が口を開いた。
「あ……あ゛ぁ゛?……討魔士……イグナイト゛……殺゛す!」
知性の知の字も感じられないほどのダミ声だった。
だが……名前を知っている。討魔士とイグナイト、両方の名を……ただ送り込まれた魔獣にしては、妙な話だ。
考える間もなく、巨大な鉤爪を広げた魔獣が一直線に突撃してきた。
「っ……!」
イグナイトは咄嗟に横へ跳ぶ。いつもならば軽々とかわせる距離だ。だが今日は、足のブースターの出力がわずかに遅れ、風圧がバイザーを掠める。
(……くっそ!身体が重い。さっきの戦闘の消耗が、まだ抜けてねぇな)
先ほどの戦闘でも全力でたたかったおかげで、身体に負荷がかかっているのがイグナイトにはわかった。貧弱になっているわけではないが、明らかに出力が落ちている。
「遅いッ!!」
志保が鋭く叫びながら、魔獣の側面へ回り込む。腰の刀が一閃した。魔獣の横腹に刃が入り、黒い体液が飛び散る。だが魔獣は怯まない。むしろ志保へと向き直り、鉤爪を横薙ぎに振るった。
「っ……!」
志保は後退しながら刀で受け流す。金属と爪がぶつかり合い、火花が散った。
「前より速さ鈍ってるんじゃないの!?」
「分かってる!」
分かってはいる。だがどうしようもない。イグナイトは奥歯を噛んで、ブースターを吹かせた。腕が、じりじりと熱い。
魔獣が今度はイグナイトへと向き直った。巨体が地を蹴る……その踏み込みの速さは、さっきの雑魚とは比べ物にならない。
「オォォォ゛ッ!!」
『ブーストイグニッシャー!!』
「オォラァッ!!!」
イグナイトはブーストイグニッシャーを召喚し、迫り来る鉤爪の軌道を弾いた。しかし衝撃が腕に重く返ってくる。普段なら流せる衝撃が、今は骨の芯まで響いた。
その一瞬の隙を、魔獣は見逃さなかった。重心が崩れたイグナイトの腹部へ、鉤爪の刺突が深々と叩き込まれる。
「がはぁっ!?」
さすがに堪えきれなかった。ブーストイグニッシャーを手放して大きくのけぞり、そのまま地面を転がる。装甲が路地のアスファルトを削り、火花が散った。
その様子を見た志保は一瞬目を見開き、次の瞬間には動いていた。
地面に突き刺さったブーストイグニッシャーを引き抜き、自身の刀を構える……二刀、だ。本来交わるはずのない得物を両手に携えながら、志保は魔獣へ真っ向から踏み込んだ。
「ッ!……はぁっ!!」
連撃。連撃。連撃。
刀が斬り、ブーストイグニッシャーが弾く。右から薙いで左から叩きつけ、相手に息をつく間を与えない怒涛の手数だ。
ブーストイグニッシャーは振るたびにまるで加速を求めるように引っ張られる感覚があったが、志保は腕の力でそれを御しながら、本来相容れないはずの二つの武器を巧みに操り続けた。
魔獣の鉤爪が志保の連撃を捌こうとするが、追いつかない。右を防げば左が入る。左を塞げば正面から叩き込まれる。
「ッ!!
その隙に、イグナイトが動いた。
倒れた状態から、全身のブースターを一斉起動する。爆発的な推進力が身体を跳ね上げ、地面を蹴る間もなく空中へ躍り出る。消耗しきった身体に鞭打って、残ったエネルギーを拳の一点へ叩き込んだ。
「オウルァッ!!!」
渾身の一撃が魔獣の顔面を捉えた。魔獣が大きくよろめき、後退する。だが……それだけだ。体勢を崩しながらも、すぐに四肢を踏ん張って持ち直した。
「タフね……どっちも」
「無駄にな……っ!!」
二人が息を整える間もなかった。
魔獣の鉤爪に、紫色の光が灯り始めた。じわりと、じわりと……爪の縁を伝うように光が広がっていく。
嫌な予感がした。討魔士の術式とも、イグナイトのエネルギーとも違う、禍々しい光だ。
魔獣は乱雑に、しかし確信を持った動作でその鉤爪を大きく振り上げた。次の瞬間、鉤爪の数だけ……地面すら断ち切る紫色の斬撃が、扇状に広がりながら二人へと殺到した。
「散れ!!」
志保が叫んだ。二人は反射的に左右へ跳ぶ。飛来する斬撃がアスファルトを、壁を、次々と両断していく。
路地の壁に深々と刻まれた切断面は驚くほど滑らかだった。まるでバターでも切ったように。
イグナイトは壁際に着地しながら、その切断面を一瞬だけ見つめ、直ぐに目の前の脅威へと体を向けるのだった。