ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴   作:らっこ

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これが俗に言う公然の秘密状態

 水無月家の座敷に、静寂が満ちていた。

 向かい合って腰を下ろす昴と志保……二人の間の畳の上には、折れた愛刀が布に丁寧にくるまれ、まるで供養されるように置かれていた。

 

 刀身が根元から断ち切られている。継ぎ目もなく、綺麗に、だ。へし折れた、という表現が正確だろう。水無月家に代々伝わる業物が、こうして布の上に横たわっている光景は……昴にとっても、珍しいものだった。

 

「多少の無理をしたとは言え……まさか魔力を込めて打ち込んだ刀が、こうもへし折れるとは。」

 

 昴は静かに呟いた。勿論、責めているわけではない。ただ感慨深く思っただけだ……志保がずっと使い続けた愛刀なのだから。それに対して志保は短く答えた。

 

「それだけしなければ……倒せない敵でした。」

 

 視線は折れた刀へ向けたまま、表情は動かない。だが昴には分かった。この刀は志保にとって、単なる武具ではない。長年共に戦ってきた相棒のようなものだ。

 

 昴はしばらく黙って、折れた刀を見つめた。

 

「詳しく聞かせて。」

 

 促すと、志保は静かに語り始めた。

 魔獣の装甲の強度。打撃も斬撃も弾かれ、圧倒的な攻撃力に消耗戦へと持ち込まれた末の絶体絶命……そしてイグナイトが全力の一撃で入れた亀裂へ、折れる覚悟で刀を叩き込んだこと。

 

 昴は一言も遮らなかった。全て聞いてから、細い指を一度だけ畳の上で鳴らした。

 

「……その魔獣は、以前のものと明らかに質が違ったと?」

「ええ。これまで相対してきたどの魔獣とも……違いました。装甲の硬度も、紫の斬撃も。それに……」

 

 志保は少し間を置いた。

 

「名前を知っていたんです。イグナイトの名前も、討魔士という言葉も。送り込まれた魔獣が、標的の名前を把握していました。」

 

 昴の目が、わずかに細くなった。

 

「……作為的ね。」

「そう思います。」

 

 沈黙が落ちた。縁側の向こうで、風が庭木を揺らす音がする。使い魔の鴉が屋根の上で鳴いた。

 

 昴は視線を手元の文書へ落とした。今日、各地の討魔士から届いた報告書だ。ここ数日で立て続けに送られてきた、どれも穏やかではない内容のものばかりだ。

 

「志保。貴方の報告と合わせて、伝えておくことがあります。」

 

 昴は静かに続けた。

 

「ここ最近……各地で、似たような報告が相次いでいます。高精度の結界が突然張られ、その内部に通常より格段に強い魔獣が現れる。討魔士が単独で対処しようとして、手痛い消耗を強いられている事例が、今月だけで既に八件。」

「八件……!」

 

 志保が目を見開いた。

 

「ええ。しかも……結界は44分ほどで、中の魔獣も討魔士も含めて消えてしまう。」

「それは……鬼切家の臣下が消えた時と、同じ……!」

 

 真木紅羽……紅蓮の討魔士が消えた時も、同じような状況だったと言われている。確実な情報ではない。だが、無視できる条件でもなかった。

 昴は文書の一枚を静かに取り上げた。

 

「結界による孤立、強力な魔獣による消耗、そして捕縛……相手は明確な意図を持って動いています。場当たり的な脅威ではない。」

 

 志保は黙って聞いていた。昴は続ける。

 

「状況が変わっています。これまでは散発的な魔獣の出現への対処が主でした。しかし今は……明らかに、こちらを狙った動きがある。討魔士を孤立させ、消耗させ、各個撃破しようという意図が、その結界の配置からも読み取れる。」

 

 言葉が、座敷に重く落ちた。

 

「つまり……組織的に動いている何かがいる、ということですか。」

「可能性は高い。と同時に……」

 

 昴は折れた刀へ視線を向けた。

 

「今夜の魔獣を見るに、これまでとは規模が変わってきている。一人の討魔士が単独で対処できる水準を、超え始めています。」

 

 志保は唇をきつく引き結んだ。

 

 一人では無理だった。あの戦いがそれを証明している。イグナイトがいなければ、亀裂は入れられなかった。自分一人では届かなかった……それはまた逆も然り、だったのかもしれない。

 

「……お姉ちゃん。」

 

 志保は静かに口を開いた。

 

「イグナイトについて、一つ言っていいですか。」

「聞きます。」

「あの人は……少なくとも、今夜の戦いにおいては味方でした。詳しい力の出所も、素性も、まだ分からない。でも……魔獣は討魔士とイグナイト、両方の名前を知っていた。つまり向こうにとっては、私達もあの人も、同じ標的なんです。」

 

 志保は続けた。

 

「仲間にしろとは言いません。素性が割れていない相手を仲間とは呼べない。でも……今は、同じ敵を向いている。それだけは、確かです。」

 

 座敷に、また静寂が落ちた。

 

 昴はしばらく目を閉じていた。整理している。判断している。昴が黙っている時は、大抵そうだ。志保は口を挟まずに待った。

 やがて昴は、静かに目を開いた。

 

「……貴方の言う通りね。」

 

 志保が少し目を見張る。

 

「現状、イグナイトの正体を追い続けることに多くのリソースを割いている余裕はない。それよりも優先すべき事項が、増えすぎています。」

 

 昴としては頭が痛くなるばかりだ。結界の術者も特定できていない。魔獣の質と頻度は上がっている。討魔士の消耗が、各地で積み重なっている。全てが同時進行していた。

 

「正体を暴くことより、今は被害を抑えることが優先です。そしてイグナイトが確かに魔獣と戦っているなら……その力は、今の状況において無視できない戦力です。」

「では……」

「仲間とは呼べない。」

 

 昴は静かに、しかしはっきりと言った。

 

「素性が不明な相手を討魔士の陣営に引き入れることは、今の段階ではできない。それは変わらない。ただ……」

 

 一拍、間があった。

 

「今まで通り敵対もしない。次に遭遇した時、魔獣を共通の敵として戦うのであれば……それを妨げる理由もない。味方ではなく、同じ方向を向いているだけの存在として、共闘を許容する。それだけです。」

 

 志保は、小さく息をついた。

 

「……分かりました。」

「ただし。」

 

 昴の目が、志保を真っすぐに捉えた。

 

「観察は続けなさい。彼が……私達の睨んだ通り旭野日夜だとして、詳しい事情が分からない以上、いつ状況が変わるかも分からない。信頼と油断は、別物です。」

「……はい。」

 

 志保は真っすぐに頷いた。

 昴はもう一度、布にくるまれた折れた刀へ視線を落とした。

 

「この刀は……朧家の九郎氏に頼みましょう。ちょうど新しい刀をこさえたと言っていましたから。」

「九郎さんがですか!?」

 

 志保は少し目を瞬かせた。九郎の手によるものとなれば、品質は保証されている。

 

 それどころか、これまでより使いやすくなっている可能性すらある。まるで新しい得物を与えられる前の、あの期待感に近い何かが胸をかすめる。

 

 だがそれはそれとして……志保はそっと折れた刀を見た。長く共にあった相棒だ。折れてしまったのは悲しい。だが、折れるまで振るえた、ということでもある。

 

「……お姉ちゃん。」

 

 志保は、もう一度口を開いた。

 

「次に会ったら……ちゃんと、名前を聞いてみます。イグナイトじゃない、本当の名前を。彼自身の口から。」

 

 昴は少しだけ……本当に少しだけ、目を細めた。

 

「そうしなさい。」

 

 縁側の向こうで、鴉がまた鳴いた。夜の庭に、風が静かに吹いている。折れた刀は布の上で、変わらず横たわっていた。

 

――――――――――――――――

 

 

「やっほ!日夜君!」

「ども、夢見さん。」

 

 学校にて……頬に少しガーゼを貼り付けた日夜に対して、夢見が気軽げに話しかける。すると、若干右腕をかばう日夜を見て夢見は言う。

 

「そのガーゼどうしたの?喧嘩でもした?」

「そんな大層なもんじゃないです。」

 

 もちろん夢見には分かっている。志保からの報告は既に受けていた。イグナイトが拳で突破口を切り開いたという話も、右腕をかばっていたという話も。目の前の日夜が妙にぼろぼろなのも、全部合点がいく。

 

 とは言っても、今の夢見に彼をどうこうするつもりはない。下手に動いてイグナイトを敵に回すのは明らかなロスだ。

 

 言い方は悪いが、今は乗せられてやるのが一番だ……あくまでも正体不明の共闘相手として、敵対せず、深追いもせず。

 それよりも討魔士にはやるべきことが山積みなのだから。

 

「じゃあ転んだとか?随分と派手にやったねぇ。」

「まぁ……ちょっとやらかしまして。」

 

 日夜はぼそりとそれだけ言って、窓の外へ視線を流した。それ以上は語らない、という雰囲気だ。

 

「災難だったね。」

 

 夢見はあっさりとそう返した。根掘り葉掘り聞かない。日夜がわずかに拍子抜けしたような顔をしたのを、夢見はちゃんと見ていた。

 

 聞いてくると思っていたのだろう。詮索されると身構えていたのだろう。

 

 ……この男は相変わらず、人に慣れていない。イグナイトとして活動している時はあれほど大胆なのに……あの仮面には人を変える効果でもあるのだろうかと、夢見は内心で思った。

 それはそれとして。

 

「右腕、ちゃんと動く?」

「動きますよ、普通に。ちょっと痛い程度で。」

「ならいいけど……無理しないほうがいいよ。ぶり返すと面倒だから。」

「……はぁ。」

 

 素っ気ない返事だが、否定はしなかった。同じ戦う立場として、これがどういう類いの怪我なのかは夢見にも想像がつく。だからこそ、それ以上は言わなかった。

 

 夢見はそれを良しとして、自分の席へ鞄を下ろした。

 そのやりとりを、教室の数人がなんとなく目にしていた。

 チャイムが鳴り、担任が入ってくる。ざわめきが収まっていく中で、隣の席の生徒が隣の隣の生徒へ、ひそひそと囁いた。

 

「……ねぇ、雷蔵さんってあいつと仲良かったっけ。」

「知らん。つーか接点あったか?」

「ないと思うんだけど……なんか普通に話してたじゃん、今。」

「確かに……雷蔵さんって誰とでも話す感じだけど。」

「でもなんか、今日のはちょっと違くない?なんか普通に気安い感じだったよな。」

「まぁ……あいつも最近ちょくちょく話しかけられてる気がするし。」

「接点、いつの間にできたんだ?」

 

 ひそひそ声は担任の声にかき消されて、そのまま立ち消えた。

 当の日夜はそんな囁きに気づく様子もなく、机の上を静かに整理し始めていた。夢見も教科書を開いて、何事もなかったように授業の準備を始めている。

 ごく普通の朝だ。

 

 右腕が鈍く疼いたが、日夜は気にしないことにした。

 

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