ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴   作:らっこ

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左、失礼。

 とある公園に、一つの走る影があった。

 薄手の市販のウェアで、迷いなく地を蹴る青年。息は乱れていない……フォームが綺麗で、長距離を走り慣れた人間の、無駄のない走り方だ。

 

 名は日金透真。討魔士の重鎮……日金家の次期当主であり、勿論彼もまた討魔士だ。

 

 日金家……それは討魔士の中でも屈指の実力者集団として知られている。常に高みを目指し、己の技を心技体ともに磨き上げることを信条とする一族だ。

 

 その姿勢は私生活にも及び、透真はこうして早朝から広い公園の外周を走ることを日課としていた。

 朝の公園は静かだった。遠くで鳥が鳴いている……ベンチに老人が一人、新聞を広げている。いつもの風景。この時間帯に走り込みをする人間など、普通はそういない。

 

 だから透真は、後ろから近づいてくる足音に気づいた時、僅かに意識を向けた……

 

「左失礼。」

 

 短い言葉と共に、一つの影が透真の左側をすり抜けた。

 黒髪の、自分より幾つか年下そうな少年だ。こちらと同じような市販のウェア。特別目を引く外見ではない。だが……すれ違いざまに感じたものがあった。

 

 よく鍛えられている。均整の取れた体つきで、走り方に無駄がない。それだけではなく……纏っている空気が、一般人のそれとは少し違う。研ぎ澄まされた、とまでは言わないが、何かを積み重ねてきた人間の気配だ。

 

 透真は自然と、その背中を目で追った。

 見覚えのある顔だった気がした。いや、正確には見覚えがあるのかどうかも分からない。ただ、どこかで耳にした特徴と……重なる。

 

(旭野……日夜。)

 

 その名前が、頭の中で浮かんだ。

 討魔士の間で、その名は最近じわりじわりと広まっている。謎の戦士イグナイト……魔力を持たず、純粋な科学の力で魔獣と戦う正体不明の戦士。

 その正体が旭野日夜という少年ではないかという噂が、じわじわと実を持ち始めていた。

 

 もっとも討魔士の間でも、今はそれより検討すべき案件が山積みだ。強力な魔獣の頻出、各地に張られる謎の結界……イグナイトの正体を追う余裕が薄れてきているのもまた、事実だった。

 透真もまさか、こんな朝の公園で出会うとは思っていなかったが。

 

 少年は既に数歩先を走っている。透真の存在など気にした様子もなく、淡々と前を向いたまま。

 

(ほぉ。)

 

 透真は少しだけペースを上げた。じわりじわりと、距離が縮まっていく。十メートル。七メートル。五メートル。

 透真のペースに気づいたのか、日夜の肩がほんの少しだけ動に、後ろを確認した。それだけだ。透真と目が合った一瞬、日夜は何も言わず、ただ……前を向いて、少しだけペースを上げた。

 

 

 透真の口元が、自然と緩んだ。

 道を空けなかった。競争心と言うヤツな、或いは追い越されることへの、本能的な反応だろう。

 意識してやっているのか、無意識なのかは分からない。どちらにせよ、こういう追いかけっこな反応は中々に彼にとって面白かった。透真はさらにペースを上げた。

 

「っ……!」

 

 日夜の息が、わずかに乱れた。それでも足は止まらない。むしろ、また上がる。

 

「……!!」

 

 二人の足音が、朝の公園に響いた。ベンチの老人が顔を上げて、不思議そうにこちらを見た。それどころではなかった。

 

 透真は純粋に楽しくなっていた。

 走り込みは毎朝の日課だ。だがこうして誰かとペースを競うことは、めったにない。日金家の修練は厳しいが……こういう、予期しない形の競い合いとは、また違う種類の熱がある。

 

 相手は何者か。本当にイグナイトなのか?本当に旭野日夜なのか?そんなのは瑣末事だと思えるほどに走るのが楽しくなってきた。

 

 公園の外周を一周。二周。

 日夜はまだ前を走っている。ペースは落ちていない。落ちていないが……透真には分かっている、だいぶきつくなってきているようだ、と。

 

 呼吸が少し浅くなった。腕の振りに僅かに力が入りすぎている。それでも止まらない。

 

(意地を張る奴だ。)

 

 透真は少しだけ笑いながら、さらにギアを入れた。

 一気に詰める。三メートル。二メートル。一メートル。並んだ。

 

 横目で見ると、日夜が透真を一瞥した。表情は平静を装っているが……目が、明らかに少し緩み笑みを浮かべていた。

 透真はそれに返すように笑みを零すと、二人は前を向いた。

 

 三周目に入ったところで、二人はほぼ完全に並走していた。どちらが速いということもなく、どちらが遅いということもなく。朝の公園の外周を、見ず知らずの二人がひたすら走っている。客観的に見れば、かなり異様な光景だった。

 

 四周目。

 透真の呼吸も、さすがに上がってきた。毎朝の走り込みとはいえ、これだけペースを上げれば話が別だ。それでも足は止めない。止める気もない。

 

 日夜も同じだった。呼吸は完全に乱れている。腕の振りも重くなってきた。それでも……止まらない。前を向いたまま、歯を食いしばって走り続けている。

 

(……ははっ、面白い……!)

 

 透真は心の中でそう思いながら、それでもペースを落とさなかった。

 

 五周目に入ったところで、日夜の足がわずかによろめいた。

 ほんの一瞬だ。すぐに立て直した。だがその一瞬で、二人の間に少し差が開いた。

 

 透真も……正直なところ、限界だった。足が重い。肺が熱い。これ以上ペースを上げるのは、さすがに無理だ。

 

 外周の先に、大きな木があった。木陰が、朝の日差しを遮って地面に影を作っている。透真は、そこへ向かって最後の力を絞った。木陰まで走って、そこで止まる。それだけだ。

 

 日夜も同じ方向へ向かっていた。示し合わせたわけでもない。ただ、二人とも同じ木陰を目指していた。

 

 そして、ほぼ同時に、木陰の下で足が止まった。

 二人とも、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。背中を木の幹に預けて、空を見上げる。しばらく、荒い息だけが続いた。

 

 朝の光が、葉の隙間から差し込んでいる。風がそっと吹いて、木の葉が揺れた。遠くで鳥がのんきに鳴いている。

 

「……はぁ、はぁ……」

「……はぁ……っ」

 

 どちらが先に喋るでもなく、ただ肩で息をしながら、二人は同じ木陰の下に並んで座っていた。やがて透真が、ゆっくりと口を開いた。

 

「……毎朝走るのか?」

 

 雑談のような、ただの確認のような、そういう問いかけだった。

 

「……偶に。」

 

 日夜は短く答えた。呼吸がまだ整っていない。それでも答えた。

 

(偶に、か……)

 

 透真は内心でそう思いながら、横目で日夜を見た。偶ににしては、走り方が綺麗すぎる。フォームの無駄のなさ、重心の使い方、ペースの刻み方……どれも、ただ体を動かしたい人間の走り方ではない。もっと手練れた人間の、体に染み込んだ動き方だ。

 

 称賛の一つでも言いたいところだったが……透真はあえて、そうしなかった。

 

「そうか。」

 

 それだけ言って、また空を見た。

 しばらくの沈黙が続いた。気まずいわけではない。ただ……二人とも、喋れるほど呼吸が戻っていなかった、というだけだ。

 

 日夜の方はなぜ走るのか、と聞かれれば上手く答えられないかもしれない。特別な目的があるわけでもない。

 ただ……走っている時、肌に風が当たる感覚が嫌いじゃなかった。余計なことを考えなくて済む。足だけ動かしていればいい。それだけだ。

 

 木の葉が、風に揺れた。

 日夜が横目で透真を見た。透真も、横目で日夜を見た。

 一拍の間があって、日夜が先に目を逸らした。それを見て、透真は少しだけ息をついた。呼吸が、ようやく落ち着いてきた。

 

「……折角だから、茶でもどうだ?」

 

 唐突な誘いだった。深い意味はない。ただ……なんとなく、このまま別れるのも惜しい気がした。

 

 日夜は少しの間、透真を見た。怪訝そうな、それでいて特段嫌がっているわけでもない、そういう目だ。

 

「……俺で良ければ。」

 

 短く、それだけ答えた。

 たったこれだけのやりとりだ。名前を交わしたわけでも、素性を明かしたわけでもない。

 

 ただ、見知らぬ者同士が朝の公園で無言のまま競い合って……息を切らして同じ木陰に座って、それで茶を飲みに行くことになっただけだ。

 

 だがそれで十分だった。こういう縁の結び方を、透真は嫌いじゃなかった。二人はほぼ同時に立ち上がった。

 

 どちらから誘うでもなく、自然に歩き出す。朝の公園は相変わらず静かで、鳥のさえずりが聞こえるだけだ。並んで歩く二人の間に、会話はなかった。だが……不思議と、悪くない間だった。

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