ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴 作:らっこ
喫茶店MASKにて、先程まで競争していた二人の青年が静かに茶を嗜んでいた。流れる音楽は落ち着いたジャズ……身も心も休まるようだ。
バイト先にプライベートで行くなんて普通なら嫌だろうが……特に日夜にとってはむしろこういったプライベートな時間の方が落ち着く。
透真にとってもこの喫茶店はなかなかに心地よく思えた……店を決めたのは透真だが、まさか目の前の青年のバイト先だとは思いもよらなかっただろう。
「なかなか良い喫茶店だな。」
「だろ?」
透真の言葉にひとことそう返す日夜。
「お前もこの店のこと気に入ったみたいで何よりだよ。まあ俺が薦めたわけじゃないけどな。」
「ああ、たまたま前を通って気になっただけだ。……お前が働いてるとは知らなかったが。」
カップを傾けながら、透真はなんとなく店内を見渡す。落ち着いた照明、木目調のカウンター、そして流れるジャズ。競い合っていたときの張り詰めた空気とはまるで違う、穏やかな時間がそこにはあった。
「意外だな。」
「何がだよ。」
「お前がこういう店で働いてるってのが、だ。もっとこう……体動かす仕事のほうが似合いそうなのに。」
日夜は小さく笑って肩をすくめた。
「静かな場所も嫌いじゃないんだよ、俺は。……勝負のあとくらいはな。」
その言葉に透真もふっと表情を緩める。先程までの熱を帯びた空気が嘘のように、二人の間には穏やかな沈黙が流れた。カップの中の茶がゆっくりと冷めていくのと同じくらい、ゆったりとした時間だった。
「勝負……ね。旭野日夜、いったいどんな相手と戦ってるんだか。」
その一言に、日夜の手が一瞬だけ止まった。カップを持ち上げようとした指先が、僅かに強張る。表情には出さない……出さないように、努めた。だが長年の勘というやつだろうか、透真はその一瞬の硬直を見逃さなかった。
「……名前、教えましたっけ?」
「いや、まだ聞いてなかったな。俺が勝手に知ってるだけだ。」
あっさりとした返答だった。隠す様子も、悪びれる様子もない。むしろ、当然のことを言っているかのような口調だ。日夜はそれに少しばかり苛立ちを覚えたが、同時にどこか冷静な部分が「騒ぐな」と自分に言い聞かせていた。
しばらく沈黙が場を包んだ。ジャズの音色だけが、二人の間を漂う。日夜は湯呑みの中の茶をじっと見つめながら、頭の中で素早く計算を巡らせた。この男が何者で、どこまで知っていて、何を目的としているのか──不確定要素が多すぎる。だが、逃げるという選択肢は今更取れそうにない。カウンターの向こうにはマスターもいるし、ここは自分の職場だ。
やがて日夜は、小さくため息をついてつぶやいた。
「あんたも討魔士とか言う連中か。俺を捕まえに来たか?」
「ならもっと人けのない所に誘い出している。今日はただ単に競争相手とお茶がしたかっただけだ。」
あっさりと、それでいて嘘の色のない声だった。日夜は少しの間、透真の目を見た……探るように、確かめるように。だが、そこにあるのは敵意でも打算でもなく、ただ静かな興味だけだった。それがかえって不気味でもあり、同時にどこか安心できる要素でもあった。少なくとも、今すぐ何かを仕掛けてくる気配はない。
「……ずいぶんあっさり認めるんだな、こっちの正体。」
「隠す気がないなら、隠す方が失礼だろう。それに──」
透真はカップを置いて、まっすぐに日夜を見返した。その視線には気負いも威圧もなく、ただ純粋な興味だけが宿っているように見えた。
「お前が魔獣を倒しているという話は、討魔士の間じゃもう周知の事実だ。今更取り繕う必要もない。」
「……随分と余裕だな。」
「余裕、というより……興味だな、単純に。」
透真は少し笑って、窓の外へ視線をやった。夕暮れ前の柔らかな光が、通りをオレンジ色に染め始めている。街を行き交う人々の影が、ガラス越しに長く伸びていた。
「魔力もないのに魔獣を屠る力。どういう理屈でそれが可能なのか、正直気になって仕方ない。だが、今日はそれを聞きに来たわけじゃない。」
「じゃあ何しに来たんだよ。」
「言っただろう。競争相手と、茶が飲みたかっただけだ。」
あまりにも単純な答えに、日夜は毒気を抜かれたように小さく息を吐いた。警戒していた分だけ、拍子抜けした顔だった。何か裏があるのではないかと勘繰っていた自分が、少しばかり滑稽に思えてくる。
「……変な奴だな、あんた。」
「よく言われる。」
透真は涼しい顔でそう返すと、残っていた茶を飲み干した。カップを置く音が、静かな店内に小さく響く。それを合図にするように、彼は少しだけ声のトーンを落とした。
「一つだけ言っておく。」
「……何だよ。」
日夜は身構えた。ここまでの穏やかな空気とは違う、何か核心に触れる言葉が来る──そんな予感がした。案の定、透真は静かに、しかし確かな重みを持って言葉を紡いだ。
「お前を捕まえるつもりも、暴くつもりも今のところはない。ただ……もしお前が本当に一人でずっと戦ってきたんだとしたら──それは、いい加減限界が来る頃合いだと思うぞ。」
その言葉に、日夜の肩がわずかに強張った。図星を突かれたような、そんな一瞬だった。心臓のあたりに、鈍い痛みにも似た違和感が走る。誰にも見せたことのない部分を、初対面に近い相手にあっさりと言い当てられた……その事実が、思った以上に堪えた。
「……何が言いたいんだよ。」
声が、思ったより低く出た。それに構わず、透真は淡々と続ける。
「別に説教するつもりはない。ただ、一人で背負い続けるには重すぎる荷物ってのがあるだろう、って話だ。俺もそういう家の生まれだから、少しは分かるつもりだ。」
それだけ言うと、透真はそれ以上追及することなく、椅子から静かに立ち上がった。日夜は何か言い返そうとしたが、言葉がうまく出てこない。ただ、透真の背中をじっと見つめることしかできなかった。
「今日はごちそうさま。金は置いていこう。奢るさ。」
「……お前、ほんとに何しに来たんだよ。」
困惑気味にそう零す日夜に、透真は軽く手を上げて応えた。振り返ったその顔には、からかうような、それでいてどこか優しさを含んだ笑みが浮かんでいた。
「言っただろう、ただの茶飲み話だ。……また、いつかの朝の公園でな。」
カランカラン、とベルの音を残して、透真は店を出て行った。夕暮れの光の中に、彼の姿が溶けるように消えていく。残された日夜は、しばらくそのドアをぼんやりと見つめていた。
頭の中では、まだ透真の言葉が反響していた。「一人で背負い続けるには重すぎる荷物」……そんなことは、分かっていたつもりだった。
分かっていて、それでも他に選択肢がなかったから、ここまでやってきたのだ。それを今更、赤の他人に指摘されて動揺している自分に、日夜は少しだけ苛立ちを覚えた。
だが同時に──不思議と、悪い気分ではなかった。
誰かに気づかれた、というだけで、こんなにも胸の奥が軽くなるものなのか。日夜はそのことに、少しばかり戸惑っていた。
ジャズはまだ静かに流れている。冷めかけた茶の湯気が、ゆっくりと立ち昇っては消えていった。窓の外では、夕陽が最後の輝きを放ちながら、ゆっくりと沈もうとしていた。
「……マスター。」
「はいはい、ご注文は?」
さっきまで存在感一つ出さなかったくせにひと言呼び声をかけるとひょこっと顔を出してくるマスター。
この人は逆の話を盗み聞きし泣き……と言うか人の話を基本聞いていないからあんな秘密の話をしていても聞かれている心配がなくて気が楽だ。やはり、只者ではない気がする。
「……カツ丼ってある?」
珍しくやけ食いしたい気分になった日夜は、いつもは嫌がる喫茶店にあるまじきメニューを注文すると、マスターは軽く笑みを浮かべて答えた。
「あるよ。」
相変わらずの調子に日夜は若干安心しながら腹を鳴らすのだった。