ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴 作:らっこ
「いやぁ、結局逃げちまった」
……河川敷で寝転びながらそうつぶやく少年の名は『
あの後なんかもう面倒くさくなった彼は、そのまま得意技の高速移動でその場から逃げたのだ。身体に備わったエンジンをブーストさせて高速移動する得意技だ…………なぜ、彼にそんな力があるのか。
いきなりだが、彼、旭野日夜の正体は魔獣という化け物を倒すために生まれた『対魔強化人間』である。
……意図したものではないが、討魔士達が己の術を総動員させてかつて取り組んだ、一般人を魔力の操れる討魔士にするという計画——その、別ベクトルの実現例とも言えるかもしれない。
それを行ったのは彼の父、旭野朔間。
彼の父は名の通ったとある科学者だった……学会から追放された、マッドサイエンティストとして。
それもそうだ。彼は『人類の強化の為の実験』そんな謳い文句で、自身の息子を秘密裏に改造していたのだから。それこそが日夜が対魔強化人間である理由——彼は自覚のないままに、戦いの渦中に身を置くことを余儀なくされていたのだ。
……日夜が、自身の境遇に気が付くこともなく平穏に17歳まで過ごしていたのは、ある種幸運なことだ。
周りの人間誰もがそのことに触れようとせず、ただの一人の少年として扱ったから——だからこそ、彼自身も己を普通の人間と何も変わらないと、疑わずにいられたわけだ。
確かに妙に思う時もあった。日夜が母や、死んだと知らされた父の友人に父のことを聞くと、彼らは決まってこう答えた……『まっすぐな人だった』と。
それだけだ。それ以上でも、それ以下にも語らない。
良い人だったか、悪い人だったか。
優しかったか、厳しかったか。
笑う人だったか、怒る人だったか。
そういう話は、誰もしなかった。まるで示し合わせたように、全員が全員、その一言だけを返して口を閉じた。
子供の頃の日夜はその言葉の意味が分からなかった。
まっすぐとは何だ。まっすぐな人間とはいったいどんな人間で、何に対してまっすぐだったというのだ。正味、今の日夜もよく分かっていない。
「……親父ぃ。次はどうすりゃいい……このまま出てくる魔獣を倒し続けてればいいのか?」
誰にも届かない声を夜空に向けて吐き出し、腕に取り付けたブレスレット型のガジェットを眺める。
武骨で、安っぽくて、どこかちぐはぐな意匠のこのガジェットは——対魔強化人間としての日夜の力を制御し、増大させるためのデバイスであり、同時に父、朔間の忘れ形見でもある。
これなしでは、彼の体の中に眠る力は蓋を閉じてしまう。今やいつ魔獣と相まみえるか分からない日夜にとっては外せない理由がそこにあった。
これを手に入れたのは——日夜が、自分の父親の正体を知った日のことだ。
ある日。いつもと変わらない日常の中に、一通の郵便が届いた。差出人は旭野朔間――学会から追放された後、失踪していたはずの父の名前が、そこにはあった。
それは、父が日夜に残したサプライズプレゼントだった。
封を開ければ同封されていたのはガジェットと、一枚のカード。カードに記されたURLへアクセスすれば――そこには、ビデオメッセージが待っていた。
『17歳の日夜よ。おめでとう、このビデオメッセージが届いているということは、君は今平和に生きているのだろう……だが、申し訳ないがそれは今日までだ』
画面の中の朔間は、日夜の記憶の中の父より少しだけ老けて見えた。それでも声は穏やかで、まるで世間話でもするように――しかし確かに、取り返しのつかないことを語っていた。
曰く、今この世界には魔獣と呼ばれる脅威が水面下で迫っており、それは遠からず表沙汰になる規模へと膨れ上がる。曰く、その脅威に対抗するために、自分は特別な改造を施した人類を産み出した。曰く——それが、日夜だ、と。
なぜ他の誰でもなく息子を選んだのか。
そんなことをして心は痛まなかったのか。
父として、人間として、何か思うことはなかったのか。
そういった話は、一切語られなかった。まるで最初から問答など必要ないとでも言うように。
語られていたのは……同封されたガジェットの使い方だけだった。日夜は最初、笑った。笑うしかなかった、というのが正確かもしれない。
怒る気にもなれなかったし、悲しむには情報が多すぎた。だが、戯言と嘲笑うには画面の奥の父親の表情は真剣だった。
だからとりあえず嘲笑うのではなく純粋に笑って、ガジェットの説明書きをぼんやりと読んで、その夜はそのまま布団に潜り込んだ。
翌朝には——なぜか、装甲を纏って廃ビルの屋根の上に立っていた……まるで示し合わせたかのようにその日、日夜は化け物……いや、魔獣に襲われたのだ。そして使ったのだ……自身の、改造人間としての力を。
「……まっすぐな人、ねぇ」
河川敷の草を踏みながら、日夜はぼそりとつぶやいた。
まっすぐな人間とは、こういう人間のことを言うのだろうか。自分の信じた道を、他の何も顧みずに突き進んだ人間のことを……日夜はそんな疑問を押し殺して、再び青空を見上げるのだった。
――――――――――――――
水無月家の屋敷は、街外れの住宅地に静かに佇んでいた。
外観だけ見れば古風な日本家屋だ。だが一歩敷居を跨げば、廊下の要所には外敵を寄せ付けない結界符が貼られ、床下には討魔士の家系が代々受け継いできた封印石が埋められている。
水無月は討魔士としても要石の一つのような一家。その家の下には魑魅魍魎が封じられているのだ……古い封印、古い因縁、古い血。この家に生まれたということは、そういうことを全て背負って生きるということだ。
渡り廊下を歩き、たどり着くは自らの姉であり、水無月家当主の執務室の前。そこで水無月志保は小さく息を整え、呟く。
「……入ります」
返事を待たずに引き戸を開けた。普通ならば礼を入れろと怒られるのだが……水無月家の当主は変わり者だ。『想定外にこそ利が来る』として、どのような理不尽も想定外も受け入れ織り込み行動する。
故に、何をしている時に入られようと無問題……という訳の分からない理屈で、妹の志保や一部使いの者には勝手に自宅の敷居をまたぎ部屋に入るのを許可しているのだ。
部屋の中央、文机の前に端然と座っていたのは——
志保の姉であり、水無月家現当主。年齢は二十三歳。腰まで伸びた黒髪を緩く束ね、薄い唇をきつく引き結んだその顔は、他人が見れば近寄りがたいと感じるだろう。
実際に近寄りがたい。実妹の志保でさえそう思うのだから間違いない。
だが昴は志保が入るなり、筆を止めて静かにこちらを見た。その深紅の瞳には、責めるような色はなかった。
「志保。先の廃工場での件、耳に入りました」
「……私が油断したばかりに、すみません」
「そんな」
昴は小さく首を振う。
「貴方が無事で良かった。実妹が小鬼の慰み者になったなど……そうなっていたら、私は冷静さを保てる自信が微塵もありません。」
そう言って、思いやりを確かに感じさせながらも、絶対零度のような冷ややかさを手放さない笑顔を見せる昴。
志保は姉が嫌いではない。嫌いではないのだが、この森羅万象ごと冷やしてしまいそうな表情だけはどうしても慣れない。当人にそういう意図が一切ないのは知っている。知っているのに、背筋が勝手に伸びてしまう。
そんな志保の内心などどこ吹く風と、昴は静かに続けた。
「結界に閉じ込められた上での、小鬼との連続四十分の戦闘……オーガの姿もあったとは耳にしましたが」
文机の上で指が一度だけ、とん、と鳴る。
「本当に、一人で片付けたのですか?」
昴から見て、志保はそれほどの芸当ができる討魔士ではない……という評価を、昴は口にしないが志保自身が一番よく分かっていた。一人では、あの状況は突破できなかった。それは事実だ。
志保は少しバツが悪そうに頭をかいた。
「いや……その……実は、援軍に助けられまして」
「まあっ」
昴の眉がわずかに上がった。眉が数ミリ動く。
「どなたですか?どの家系のものでしょう。お礼に伺わなくてはなりませんね――志保?」
志保の語りの切れが悪い……自身と比べてもおしゃべりな性格の志保がだ。昴は妙なものを感じながらも、口を挟まずに待っていると、やがてポツポツと語る。
「……分かりません。名乗らず、どこかに去りました」
「……まあ」
「と言うか……その」
志保は言葉を探した……あれを援軍、討魔士と呼ぶことにすら本能が否定をしてくる。
「あれは、討魔士とかでもないような気がして」
「討魔士でも、ない………では西洋の魔術師の類いでしょうか。あるいは対魔の――」
「そういうのとも、なんか……違う感じで」
昴の筆が、完全に止まった。今度こそ、真剣に志保を見る。
志保の頭の中によぎるのは——あの全身装甲の男だ。赤と黒。バイザー。腰のホルスター。どこかで見たような、しかしどこで見たのかどうしても思い出せない意匠。
どう説明すればいい。
魔力がない。霊力でもない。なのに魔獣を殴り飛ばし、結界をぶち破る。全身装甲で動きが重いかと思えば目を疑うほどの速度が出る。腕のガジェットから謎のエネルギーが出たり、変な掛け声と共に全身が赤熱する。黒煙が出る。そしてなにより——
(どこかで見たような気がする……あのデザイン……)
子供の頃、日曜の朝に見ていた何かに似ている。その辺りの何かに似た雰囲気の……なんとかライダーとかなんたら戦隊とか、そんなのに似ていた。
「志保」
昴の声で我に返った。少し、いやあまりにも志保の常識から外れすぎて考え込んでしまったようだ。
「……貴方が珍しく言葉に詰まるということは、相当に『分類できない』相手だったということですね」
「……はい、そうなんです」
志保は観念したように、見たまま感じたままを全て語ることにした。魔力の不在。得体の知れないエネルギー。
規格外の身体能力。そして、あの子供向け特撮番組に出てきそうな鎧の意匠。全て聞き終えた昴は、しばらく黙って考えた。部屋に静寂が落ちる。
「……魔力に頼らない対魔の力……」
やがて、昴は静かに呟いた。
「噂程度には、聞いたことがあります。かつてそういった研究に取り組んでいた人間がいた、と」
「心当たりがあるんですか?」
「あくまで噂です。関係はないでしょう」
昴は再び文机へ目を落とした。
討魔士ですら不可能だった魔力や霊力に頼らない力……興味深い、が。同時にそれは大いなる脅威にもなりうる。なにせ、討魔士にとっては未知の領域なのだから。いくら、使い手がどのような人間なのだとしても………
「……しかし、放置はできない相手ね。次に遭遇したら、今度はきちんと素性を確認しなさい。」
「はい」
「逃がす前に、ね?」
「……はい」
念押しする昴……機動力、追跡、隠密は討魔士の十八番だ。そこを活かせ、とのお達しでもある。それと同時に昴はあることを志保に確認をとる。
「それと志保」
「なんですか?」
「お礼は、キチンと言えましたか?」
志保は一瞬、固まった……言えていない。というか怒鳴って終わったような気がする。そのまま面倒臭がられて逃げられたような気もしてきた。……志保は即座に立ち上がり声を上げる。
「……報告は以上です!」
「志保!」
「失礼します!」
引き戸を勢いよく閉めた廊下で、志保は盛大にため息をついた。月明かりが縁側に長く伸びている。渡り廊下を戻りながら、志保はあのバイザーの奥の目を思い出していた。
次は……ちゃんと、名前くらい聞けるだろうか。そして、なにより……次は痴女扱いされないだろうか?