ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴   作:らっこ

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喫茶店は万能舞台である。

 

 その日、日夜は学校終わりのバイトだった。

 働く場所は『喫茶店:MASK』——知る人ぞ知る名店、というわけではないが、安くて美味いコーヒーを楽しめる良い店だ。日夜にとってもまかないが美味いし、客足もちょうどいい具合で気に入っている。

 

 内装は落ち着いた木目調のカウンターと、四つほどの二人用テーブル。窓際の席からは夕暮れの商店街が見え、BGMはマスターの気分次第でジャズだったりボサノバだったり、時々なぜか演歌だったりする(今日はテクノだった)……なのだが、今日はやけに暇だ。

 

 放課後の時間帯というのは本来そこそこ客の入る時間のはずなのに、今日に限ってはカウンターの丸椅子もテーブルも、全部空席だ。日夜はカウンターを拭く手を止め、奥に声をかけた。

 

「マスター、暇っすね」

「仕方がないよ」

 

 クールにそう言い返すマスター。

 このマスターという人物、日夜はいまだによく分からない。

 年齢不詳、出身不詳、なぜかカウンターの内側にいるだけで周囲の空気がすっと引き締まるような、只者ではない雰囲気をまとわせている人だ。

 

 一挙手一投足に思わず息を呑まされる。強いて言うなら……学校の先生の中に稀にいる、何かを背負って生きてきた感じのある大人、に近い。

 

 そのマスターが、いつものように広げていた新聞から静かに目を上げた。こういう時には、大抵新顔のお客さまが来たりする何かある。日夜がここでバイトを始めてから学んだことの一つだ。

 

 ……扉が開いて入ってきたのは、珍しい客だった。

 和服。黒髪を緩く結い上げ、所作の一つ一つが妙に様になっている。年齢は二十代前半といったところだろうか。いかにも大和撫子と呼ぶべき女性が、静かに店内を見渡してから一礼した。

 

「失礼致します」

「いらっしゃいませ、お好きなお席にどうぞ〜!」

 

 日夜の気の良い挨拶に軽くお辞儀を返し、女性は近くの二人用テーブルに腰を下ろした。メニューを広げるかと思いきや、ほとんど見るそぶりもなく、すっと手を挙げる。

 

 日夜はメモ帳を手に即座にそのテーブルへ向かった。

 

「いらっしゃいませ、ご注文お伺いします」

「あの、失礼ですが——杏仁豆腐は置いていませんか?」

 

 日夜は瞬間三秒ほど、真顔で固まった。

 

 この喫茶店、どこからどう見てもバリバリの洋風喫茶である。プリンやゼリーならともかく、杏仁豆腐が出てくるような中華屋に見えるとするならば——目が腐っているとしか言いようがない。

 

「いや、ちょっと……置いていませんね……」

「そうですか……最近、近所で有名な中華料理店の商品を持ち帰りもできると妹が言っていたので、もしやと思ったのですが」

「なおさら違いますね、うちのお店お持ち帰りもやってな——」

「あるよ」

 

 カウンターの奥から、静かで鋭い声が響いた……マスターだ。

 喜色を浮かべて顔を上げる女性客と、ギョッとしてカウンターを振り返る日夜。驚きはしているが、その驚きの本質はまるで別物だった。

 

「本当ですか!?」

「あのっマスター? 俺初耳なんですけど……」

「あると思えばある。ないと思えばない」

 

 マスターは静かにそう言った。それ以上の説明はない。したこともない。求めたことも……ない。

 

「……杏仁豆腐だね。お持ち帰り用も?」

「はい!一つはお持ち帰りで、もう一つはこちらで頂きます!」

「はい」

 

 それだけ言ってマスターは厨房へと消えた。日夜はしばらく厨房の入り口を見つめてから、深呼吸した。

 

 メニューは頭に全部叩き込んである……はずだった。

 だがこの店では、マスターの気分と客からの注文次第でメニューはいかようにも変化する。それがこの店のスタイルだ。気疲れはするが、その分まかないの種類も日によって変わるので文句は言わないが。

 

 妙に肩の力が抜けた日夜に、和装の女性客がふと声をかけてきた。

 

「そう落ち込まないで。誰にもミスはあります」

 

 氷のように静かな笑顔だった。心の底から労っているのは声音から伝わってくる。

 なのに、その表情はどこか——人を試しているような、値踏みしているような、冷たい透明さを持っていた。

 日夜は愛想笑いを返しながら、ふと思った。

 

(……この顔つき、どこかで)

 

 最近、似たような顔つきの少女を見た気がする。あの廃工場で、全力でブチ切れていた——あの、露出の多い格好の。

 

 似ている。顔のパーツではなく、纏っている雰囲気が。

 

 まあ、他人の空似だろう——日夜はそう結論づけて、カウンターへと戻った。目の前の女性が、水無月志保の姉、水無月昴であることに気がつく由もなく。

 

―――――――――――――――――

 

 

「ありがとうございました〜!」

 

 お礼の言葉を背に、お店から出てくる水無月昴。

 珍しく今日は外出して、お土産に杏仁豆腐も買えた。これほどまでに幸運な日もそうはない……そう思っていると、遠方から一羽の鴉が飛んできた。

 

 ただの鴉ではない。その身を魔力によって編み上げられた使い魔だ。昴が各所に放つ、索敵用の目である。

 

 その鴉が昴の腕に静かに降り立つと情報がなだれ込んできた。魔獣の居場所。規模。魔獣の種別。昴は一秒と経たずに状況を把握する。

 

「折角買えたのに……わかりました。これを家まで運んでおいてください」

 

 持ち帰り用の杏仁豆腐を鴉に預け——次の瞬間、昴の姿は霞のように消えた。

 通行人の誰も、それを疑問に思わない。認識阻害。討魔士が身に纏う、気配と存在感を周囲の認識から切り離す技術である。基礎的な技術でありながらこれを高い次元でこなすのは相当な手練である証しである。

 

 

 

 

 

 

     

 現場は、駅裏の古い立体駐車場だった。

 

 とうに廃業した施設で、今は廃墟同然になっている。魔獣が身を潜めるには格好の場所だ。昴は建物の外周を素早く一瞥して、内部の瘴気の濃度を測った。

 

 小規模……だが、密度が妙に高い。罠の類いではない。どうやら数よりも強大な1個体が潜んでいるようだ。

 本来、当主がわざわざ出張るような案件でもない。だが一番近くにいたのが昴だった。ならば、人々の平穏のために当主だろうと駆けつけるのは筋というものだ。

 

 討魔士としての装束……青を基調としたタイツスーツに軽鎧を重ねたような出で立ちにその手にクナイを握りしめ、昴は慎重に建物へと近づく。

 

「っ!」

 

 次の瞬間、内部から盛大な轟音が響いた。

 

「オラァッ!!!」

 

 昴の足が、一瞬止まった。

 魔力の気配ではない。霊力でも、術式の共鳴でもない。では何だ――あの音は。まるで何かの機械が限界まで出力を上げたような、熱を帯びた衝撃音。

 

 轟音と同時に、コンクリートの壁が内側から打ち抜かれた。一体の人型魔獣が壁ごと吹き飛ばされ、瓦礫と共に外へと転がり出る。その向こう、粉塵を割いて歩いてくるのは——全身を赤と黒の装甲に包んだ、一人の戦士だった。

 

 昴は直感した。これが志保の言っていた、あの妙な戦士だ、と。

 

 赤と黒の全身装甲。バイザーの付いたヘルメット。腰の複数のホルスター。志保の語彙では『なんか変な鎧』としか出てこなかったが……実物を前にすれば、確かに言葉に詰まる気持ちは分かった。

 

 討魔士としての長年の知識のどこを探しても、分類できる項目が見当たらない。

 地面に転がった魔獣が、胸を押さえながら立ち上がった。苦し紛れに昴へ視線を向け、吠える。

 

「くそっ! 討魔士まで来やがった! いったい何なんだテメェは!!」

 

 瓦礫の間から悠然と現れた戦士は、装甲の拳を軽く鳴らした。そして——魔獣の問いに、真正面から答えてやる。

 

イグナイト……それが俺の名前だッ!!」

『マキシングブースト!! GO!GO!』

 

 瞬間、体表が熱を帯びて赤熱化する。聞こえてくるのはマシンの駆動音——だがその音は、どこか悲鳴のようにも聞こえた。

 それと同時に、『イグナイト』と名乗った戦士の腕に紅蓮の炎がまとわりついていく。

 

 刹那。

 

 四メートルは離れていたはずの距離が、一気にゼロ距離に変わる。

 接近はほんの一瞬……いや、一瞬すら長く感じるほどの間に、イグナイトは魔獣の懐へと潜り込み、その腹に紅蓮の拳を叩き込んでいた。

 

 歴戦の討魔士である昴ですら、思わず目を見張った。

 

「グァァァァアァァ!!!!!!」

 

 強烈な紅蓮の炎をまとうアッパーで高く打ち上げられ、殴り飛ばされた魔獣は空中で断末魔を上げ、爆散した。

 

 昴がこれまで見てきた中で、最も豪快な撃破のされ方だった。粉塵が舞い、コンクリートの床にひびが走る。静寂が戻ってきた廃駐車場の中央で、イグナイトは大きく肩を落として息をついた。

 

「ふぅ、疲れた……っと」

 

 そしてそのまま、何気なく昴の方へ視線を向けて――

 

「うわぁっ!? びっくりしたぁ!? また痴女か!?」

「痴っ!? また!?」

 

 相変わらず、デリカシーというものを完全に投げ捨てている。なるほど――志保が同じような目に遭ったのなら、報告の際にあれほど言い淀むわけだ。

 

 昴は心の中で深く納得しながら、一度静かに咳払いをした。クナイを後手に構えたまま、一歩前へ出る。

 

「……コホン。貴方、一体何者ですか?」

「それはこっちのセリフなんだが……コスプレイヤーの方で?」

「違いますけれども」

 

 昴の目から見て、目の前の戦士は本当に討魔士の事を知らないように見えた。完全な部外者。ならば、あの力の出所を聞き出さねばならない、自身が志保に願ったように。

 

「貴方、その力を何処で得たのですか?」

「……えぇ……得たって言うか、元から持ってた、って言うべきかな」

 

 腕のブレスレットを眺めながら、イグナイトは短く呟いた。それ以上を語る気はないようだった――いや、語り方を知らない、という方が正確かもしれない。

 昴がさらに問いを重ねようとした、その瞬間。イグナイトはブレスレットのダイヤルを、躊躇なく操作した。

 

『フルブースト!』

「そんじゃ俺急ぐから!!」

「ちょっ——」

 

 事務的な一礼だけ残して、嵐のようにその場から去っていく。

 目で追うのすら、やっとだった。人間の走力とは思えない加速。あのパワー、あのスピード、あの謎の力の出所――何もかもが分からずじまいだ。

 

 昴はしばらく、イグナイトが消えた方向を静かに見つめていた。

 

(……また逃げられた)

 

 志保の報告が、妙にリアルに蘇る。

 次こそ逃がすな、と言い含めた手前、自分がこれでは示しがつかない。昴は小さく、誰にも届かない声で呟いた。

 

「……全く、わけが分からなくなります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、喫茶店:MASKでは………

 

「休憩あがりました〜」

「はい、お疲れ様。」

 

 休憩という名の自由時間の間に、魔獣とのケリをつけてきた日夜が戻りまたつつがない店の経営が始まるのであった。

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