ド直球な陵辱エロゲ世界で何も知らずニチアサやってる奴 作:らっこ
喫茶店MASK……その日の音楽はジャズ。
珍しく内装と合う曲調に、働く日夜の気分も少し躍る。マスターはいつものように本を読みふけっている。実に平穏な一日だ。
「マスター、いい天気っすね。夕陽が綺麗だ」
「夕陽……世界を血に染める、太陽の断末魔……」
「なんでそんな物騒な表現使ってんすか」
いつものように理由の分からないことを口にするマスター……だが、この程度の扱いはもうこなれたものだ。
基本、何を言い出すか分からないのがこのマスターである。そういう人だと割り切ってから、日夜の精神衛生は大幅に改善した。
日夜はいつものようにテーブルを拭き掃除する。ジャズが静かに流れ、夕陽が床に橙の模様を作っている。このまま閉店まで客が来なくてもいいな、などと不謹慎なことを考えていたその時だ。
カランカランと扉のベルが鳴り響く。お客が来た合図だ。
「あのぉ、二名でお願いしまーす!」
「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」
反射的に笑顔で答えてから——日夜は少し固まった。
入ってきたのは女子二人組だ。制服が違うから別の学校なのだろうが、気安い関係なのか仲よさげに連れ立って入ってくる。それは良いとして……日夜はその二つの顔に、見覚えがあった。
黒髪に深紅の瞳の少女と、金髪を揺らした少女。どちらも、最近会ったばかりだ。
「ここよ、ここ」
「へぇ、こんな所に喫茶店があるのね……」
衣装はまるで違うが間違いない……!!
(あのお礼を言ってくれた痴女と、一緒に戦って服溶けた痴女だ!!)
最悪な覚え方であるが、彼の記憶回路は彼女らについてそれ以上記録していなかった。せいぜい「自分以外にも魔獣と戦ってる人間がいるんだな」程度の認識である。夢見の方はなかなかに気まずいが……これでも日夜はポーカーフェイスは得意だ。
対して喫茶店MASKにやってきたお礼を言ってくれた痴女こと志保と、一緒に戦った痴女ことクラスメイトの雷蔵夢見。彼女らは今日は完全にオフである。
彼女らも人間だ。普通に学校に通うし、必要さえあれば休息の時間だって取る、二人は元々年が近かったこともあって気安い関係でもある友人というやつだ。
彼女らは、志保の姉である昴に教えてもらったこの喫茶店にやってきたのだ。
二人は日夜に案内された窓際の席に腰を下ろしながら、店内を見回している。今のところ、日夜に気付いている様子はない。そりゃそうだ。イグナイトの全身装甲と、エプロンをつけたバイト少年では、まず結びつくはずがない。
同じ学校でクラスメイトの夢見は、彼に見覚えがあるかのように一瞬顔をしかめた。しかしどのみち、ほとんど話したことのないクラスメイトにバイト先で話しかけるような失礼な真似はしない。
一方の志保はバイトの少年の声が、なんとなくあのイグナイトの声とかぶるような気がしていた。気のせいだと思いながらも、思わず夢見に問いかける。
「……なんか、あの店員さん。知ってる声な気がするんだけど……」
「気のせいだと思いますよ」
「そう?」
「そうです」
夢見はそう即答した。
志保は「そっかぁ」とつぶやいてメニューに視線を戻した。ちなみに年齢的には志保のほうが一つ上の学年である。
夢見はメニューを広げながら、何かを探すように視線を走らせていた。そしてすっと手を挙げた。
「あの店員さん。このお店ってベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノって置いてますか?」
「……それ確かス◯バで一番長いメニューですよね。もう頼めないって話の……いや、ないですよ」
するとすかさず志保も手を挙げて追い撃ちをかけてくる。
「それじゃあ牛丼は?」
「置いてないですね……普通にそれは置いてないっすね」
語気が若干荒くなったのは許してほしい。
この店に来る客はなぜ杏仁豆腐しかり、本来喫茶店に用意していないものばかり注文するのか。
そもそもこの人たちはメニューをちゃんと見ているのかと若干キレそうになるが、深呼吸してそっと落ち着く。接客業とはそういうものだ。
「あるよ」
カウンターの奥から、涼しい声が響いた。
「あるぅっ!?」
日夜の魂が少し抜けたような声が出てくる。
「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノと、牛丼ね。用意するよ」
マスターは一言一句淀みなくあの長いメニュー名を復唱してから、本を閉じて立ち上がり、涼しい顔で厨房へ消えた。
「やったー!!」
「え、本当に出てくるの!?」
お客の二人はうれしそうにキャッキャッとはしゃいでいる。
当の日夜は露骨にやつれた。
このお店、喫茶店ではなくサービスエリアか何かの間違いではないだろうか。それどころか今やメニューに「ない」という概念が存在しないのではないか。
むしろマスターが積極的に珍しい注文を引き寄せているのではないか……そんな疑惑が、じわじわと日夜の中で育ち始めていた。
厨房から漂ってくる出汁の匂いが、喫茶店の珈琲の香りをじわじわと侵食していく。
日夜はカウンターに肘をついて、ぼんやりと窓の外の夕陽を眺めた。
「……断末魔、か」
今日初めて、マスターの表現に心から同意できた気がした。この夕陽は断末魔だ……主に、日夜の心の中の………すると、もうお目にかかれない品を見たことでテンションが上がったのか、夢見が思わず日夜に問いかけた。
「そういえば店員さんは確か同じクラスよね?」
「っ!そうなの?」
「っ?……えぇ、まぁ。雷蔵さん、ですよね?」
「そぉ!私、雷蔵夢見!えっと……貴方名前が……」
その問いに、日夜はなんてことなく答えた。
「
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それと同時刻、本来であれば志保と夢見についていくはずだった昴は、水無月家の執務室で調べ物に明け暮れていた。
件のイグナイト……昴が勝手にその背景に存在を疑っている、とある学者についてだ……名前は、旭野朔間。
学会から追放されたマッドサイエンティスト。
人類の強化の研究をしていたとされる人物。しかし文机の上に広げた資料をどれだけ繰ってみても、確実な情報が出てこない。出てくるのは陰謀論じみた記事か、断片的な噂ばかりだ。
学術論文の記録には名前がある。しかしある時期を境に、ぷつりと消えている。学会追放の記録も、表向きの文書には「倫理上の問題」とだけ記されていて、具体的な内容は黒塗りだ。一部は討魔士が意図的に添削した物もあるが、それは魔獣や退魔に関するものが大部分であるし、ここまで大幅な添削は記録にない。
まるで、誰かが意図的に消したような痕跡だった。きっとそれほどまでに人に知られてはならない記録だったのだろう……同時に、再現性があるという可能性も否定できない。
昴は静かに息をついた。
(やはり、資料では限界があるわね……)
こういった場合、科学と退魔の力の融和に長けた武器職人の家系として知られる朧家に問いを立てるのが筋だろう……朧家当主の源十郎の息子も科学者と聞いているし、この旭野朔間とは同年代だ。何か知っているのかもしれない。
そう考えていたその時だ。
文机の端に置いていた通信用の護符が、ぽっと淡く光った……妹の志保からだ。
昴はすぐに符を手に取り、魔力を流して問いかける。
「志保、何かあったの?」
するとバレないように会話しているのか、囁くような妹の声が昴の耳を刺激する。
『ねぇ、例のイグナイトと関係ありそうな人が喫茶店にいる……』
「なんですって?」
思わず目が丸くなった。喫茶店というのがどこを指すかは、すぐに見当がついた。志保に教えたあの喫茶店……MASKのことだろう。まさかあんな場所に関係者が現れるとは。
昴は気持ちを落ち着けて、続きを促した。
「詳しく聞かせて」
『バイトの店員が一人いて……夢見ちゃん、雷蔵夢見嬢と同じ学校の子らしくて。名前は……旭野日夜、って言ってた』
旭野。
今日だけで何度繰り返し目にした苗字か。文机の上の資料にも、手元の書き付けにも旭野についての情報をまとめた文面が載っている。
以前、雷蔵夢見から同じ苗字を聞いたことがある。そして今、志保が見つけた人物もまた……旭野。偶然と呼ぶには、回数が多すぎる。
しかし、と昴は自分に言い聞かせた。これはあくまで旭野が本当にイグナイトと関係があった場合だ。何の関係のない場合も十分にあり得る。これは、勘働きに頼ったままごとのような推理だと言い聞かせる。
(焦ってはいけない。証拠がない段階での行動は、取り返しのつかない過ちになりうる)
「志保から見て、どうですか。怪しいところは」
『特には……声が少し似てると感じる程度で……』
やはり、まだ早い。
イグナイトと確信を持って動くには、決定的な証拠がない。声が似ているという印象は状況証拠にもなり得ないし、怪しい人物と同じ苗字というだけでは根拠として薄すぎる。
仮にその旭野日夜がまったく関係のない一般人だったとして…………そこへ討魔士が踏み込んで危害でも及べば、末代までの恥となる。人の世に紛れて戦い続けてきた討魔士の家系が、無関係の少年を追い詰めたとなれば取り返しがつかない。
「今は動かなくていいわ」
昴は静かに言った。
「ただし……できる範囲で観察を続けて。接触する必要はないから」
『……分かった。でもお姉ちゃん、私は違う学校だから……』
「夢見さんには私からもお願いしてみます。ちなみに、彼は今は何を?」
『夢見さんと学校の話を軽くしたあとで旭野日夜は仕事に戻りました』
「そう……それで、大丈夫」
護符の光が、ふっと弱まった。
昴は符を文机に戻し、視線を資料へ落とした。旭野朔間の名が載った古い論文の切り抜き。その中の一文に、昴の目が止まる。
そこには、旭野朔間のインタビュー記事の一セリフが載っていた。古い記事だが、確実に彼が残していった公的な言葉の一つだ。
『クラークは言った。十分に高度な科学技術は、魔法と区別できないと。ならば、私はその境目を更に曖昧にしよう。私の全てを使って』
昴はしばらく、その一文を見つめた。おおよそマトモな人間や科学者の言葉とは思えない一文……私の全てを使って……そして、旭野朔間は行方不明となった。
彼は、一体何がしたかったのだろうか?彼はいくら関係ないだろうと、証拠がないと頭に言い聞かせても……どうしても引っ掛かってしょうがない取っ掛かりが、頭の片隅に現れたのだった。