パァァァァァァンッ……!
眩い時空の光が弾け、次の瞬間、太古の絶対者たちは元の時代――極寒に包まれた『白氷宮(はくひょうきゅう)』の広間へと降り立っていた。
「……あーあ。帰ってきちゃったわ」
全盛期のラミリスが、スンッと鼻を鳴らしながら宙を舞う。
先ほどまで包まれていたテンペストの温かい空気と、賑やかな宴囃子、そして何より甘いお菓子の匂いは完全に消え去り、あるのは肌を刺すような絶対零度の冷気と、静寂だけだった。
「……ミザリー。レイン」
玉座にどっかりと腰を下ろしたギィ・クリムゾンが、低く静かな声で側近を呼んだ。
「は、はい。ギィ様。お怪我などは――」
「今すぐ、この世界にある一番美味い肉と、ドワーフの酒を探してこい。……いや、違うな。お前たち、あの『シュナ』とかいう鬼人族の小娘の調理手順、その目に焼き付けてきただろうな?」
「ッ! も、もちろんでございます、ギィ様!」
「あれから数千年後の未来で、私たちが『炭焼き職人』扱いされないよう、本日から白氷宮の厨房にて『すき焼き』および『から揚げ』の研究を開始いたします……っ!」
原初の緑と青が、かつてないほどの悲壮な決意を胸に厨房へと駆け出していった。
彼女たちにとって、未来で見たスライムの国の食文化は、自分たちのプライドを粉々に打ち砕くのに十分すぎたのだ。
「ふふっ。ミザリーたちも張り切っていますわね。私も、これからの数千年が楽しみになってきましたわ」
ヴェルザードが、優雅に扇子を広げながら微笑む。
その笑顔は、普段の氷のように冷たいだけのものとは違い、どこかウキウキとした「おもちゃ箱を開けるのを待つ子供」のような純粋な喜びに満ちていた。
「あの愚弟が、スライムの裏に隠れて震える日が来るなんて……。ああ、早く直接お仕置きして差し上げたいわ。それまでは、退屈せずに済みそうです」
(……ヴェルドラの奴、未来で間違いなくさらに悲惨な目に遭うな。南無)
ギィは内心で暴風竜の未来に合掌した。
そして、視線をもう一人の問題児へと向ける。
「おい、ラミリス。お前、さっきから何を大事そうに抱えてるんだ?」
「……ふふふ。ふははははっ! 見なさいギィ! 私のこの完璧な空間魔法を!」
ラミリスが両手を広げると、彼女の目の前に小さな魔法陣が浮かび上がり、そこから『イチゴのショートケーキ(ホール)』がポンッと現れた。
「テンペストを出る直前、空間隔離結界に包んで密輸に成功したのよ! これでしばらくは、未来の味を楽しめるわ!」
「お前なぁ……精霊女王の神聖な魔法を、ケーキの密輸に使う奴があるか」
呆れるギィをよそに、ラミリスはうっとりとした顔でショートケーキを眺めた。
「……私が、魔王に堕天する。しかも、あんなちんちくりんのポンコツになって、原初の悪魔たちにダンジョンを遊び場にされるなんて……本来なら、絶対に回避すべき最悪のバッドエンドよ」
ラミリスの表情が、一瞬だけ真剣な精霊女王のものに戻る。
しかし、次の瞬間にはだらしなく頬を緩ませた。
「でも! このケーキを毎日食べられて、あのスライムやトカゲと一緒に遊んで暮らせるなら……堕天するのも、まあ、悪くないわね! むしろ早く堕天したいわ!」
「お前はもう色々と終わってるな」
未来を知ってしまったことで、世界の理を護るはずの精霊女王は、自ら進んで堕落の道(シュガーロード)を突き進むことを決意してしまったらしい。
「……まあ、いいさ」
ギィは玉座の背もたれに深く体を預け、誰もいなくなった広間の天井を見上げた。
「ノワールが執事をやり、ブラン、ヴィオレ、ジョーヌが配下に下る。暴風竜が手懐けられ、ホブゴブリンが俺と同等の力を持つ。……そして、それら全てを束ねる、平和主義者のスライム、か」
思い出すのは、宴会の席で見せたリムルの気の抜けた笑顔だ。
底知れぬ力を持ちながら、決して驕らず、配下たちに慕われ、国を豊かにすることだけを楽しんでいる不思議な魔物。
「リムル=テンペスト。……数千年後、俺がお前という存在をこの世界に見つけた時、どんな顔をして会うべきか、今から考えておかないとな」
ギィの口元に、凶悪でありながらも、最高に楽しそうな笑みが浮かぶ。
ゴブ太という規格外のイレギュラーがもたらした「未来のネタバレ」。それは太古の絶対者たちにとって、永遠とも思える退屈な時間を彩る、最高の娯楽となった。
「待ち遠しいぜ。……ああ、くそっ。数千年なんて、長すぎる暇つぶしだ」
誰もいない極寒の白氷宮に、最古の魔王の嬉しそうな独り言が、いつまでも響いていた。
【ゴブ太の太古サバイバル・完】