「んぐ、んぐ……ぷはーっ! やっぱりミザリーさんのお肉は最高っす! レインさん、お茶のおかわりもらえるっすか?」
「……はい。ただいま」
白氷宮の広間は、先ほどのラミリスの極大魔法の余波で壁や床がボロボロになっていたが、ゴブ太は全く気にすることなくテーブルに戻り、見事にステーキを完食していた。
最古の魔王の側近であるレインは、もはや一切の感情を無にして、淡々とゴブ太のカップに温かい紅茶を注いだ。
その向かい側では、すっかり大人しくなった全盛期のラミリスが腕を組み、未だに少し頬を膨らませて宙に浮いている。
「……フン。まあいいわ。未来の『けーき』とやらには少し興味があるし。それよりも、その『リムル』っていうスライムの話の続きを聞きなさいって、ギィが言うから残ってあげたんだからね!」
「あはは、ラミリス様って昔からツンデレだったんすね!」
「誰がツンデレよ!!」
再び噛みつきそうになるラミリスを、ギィが手で制した。
ギィは玉座に深く腰掛け、赤い瞳を興味深げに細めてゴブ太を見つめている。隣のヴェルザードも、優雅に紅茶を傾けながら耳を傾けていた。
「さて、ゴブ太。お前の主である『リムル』だが……魔物を束ねて国を創り、あのヴェルドラを大人しくさせ、お前をこれ程までの次元に鍛え上げた。一体どんな化け物なんだ? さぞかし凶悪なオーラを放っているんだろうな」
ギィの問いに、ゴブ太は食後のつま楊枝を使いながら首を傾げた。
「凶悪? 全然そんなことないっすよ。リムル様はすっごく優しくて、怒るとちょっと怖いっすけど、基本的には甘々っす。見た目も、スライムの時はぷにぷにで可愛いし、人型になっても美少女みたいに綺麗っすからね」
「ほう? 美少女のような見た目か」
「で、リムル様の配下にはどんな奴らがいるんだ? さぞかし強力なネームドモンスターが揃っているんだろう?」
ギィが話を本筋に戻す。ゴブ太は指折り数え始めた。
「そうっすねー。俺の師匠のハクロウの爺ちゃんに、軍事司令官のベニマルさんに……あ、さっきも言った第一秘書のシオンさんっすね。シオンさんは料理が完全に致死毒なんすけど、戦闘になるとめちゃくちゃデタラメに強いっす。……でも、忘備録(?)みたいな感じで言うなら、もう一人の秘書のディアブロさんが一番ヤバいっすね」
「……ディアブロ?」
聞き慣れない名前に、ギィが微かに眉をひそめる。
「はいっす。リムル様の第二秘書っていうか、執事みたいなことやってる悪魔っす。いっつもニコニコしてて礼儀正しいんすけど、リムル様のことになると狂気じみてて……リムル様の観察日記つけたり、リムル様のブロマイド配ったりしてるっす。怒らせるとめちゃくちゃ怖いんで、俺もなるべく近寄らないようにしてるんすよ」
「ほう。悪魔の執事ねぇ……」
ギィが顎を撫でる。その後ろで控えていたミザリーとレインも、「悪魔がスライムの執事」という奇妙な話に、微かに怪訝な表情を浮かべた。
「どんな悪魔だ? 上位魔将(アークデーモン)か? それとも悪魔公(デーモンロード)クラスか?」
「んー、よくわかんないっすけど。あ、でも昔は別の名前で呼ばれてたって言ってたっすね」
ゴブ太は、思い出すように天井を見上げた。
「たしか……**『原初の黒(ノワール)』**とかって、呼ばれてたらしいっすよ」
ガシャンッ!!!!
背後で、レインが手にしていた銀のティーポットを床に落とす盛大な音が響いた。普段は決して表情を崩さないミザリーでさえ、目を見開き、口をパクパクとさせている。
そして、最古の魔王であり、『原初の赤(ルージュ)』であるギィ・クリムゾンは——完全に表情を凍りつかせていた。
「……は?」
ギィの口から、間の抜けた声が漏れる。
「あ、どうかしたっすか?」
「……おい、ゴブ太。今、なんと言った? ノワールだと? あの、黒髪に赤いメッシュが入った、変態的で身勝手で、自分の興味がないことには一切動かない、あの『原初の黒』のことか!?」
ギィが思わず立ち上がり、玉座から身を乗り出した。その顔には、これまでに見せたことのないほどの驚愕が張り付いている。ヴェルザードでさえ、扇子を止めて目を丸くしてゴブ太を凝視していた。
「あ、そうっす! 髪に赤いメッシュ入ってるっす! 変態的で身勝手ってのもピッタリっすね! ギィさん、ディアブロさんのこと知ってたんすね!」
「知ってるも何も……ッ!!」
ギィは両手で顔を覆い、天を仰いだ。
「あいつが……あのノワールが、誰かに仕えるだと!? しかもスライムの執事!? 観察日記!? ブロマイド!? 狂ってる……あの狂人が、さらに狂ったとでも言うのか……!!」
太古の時代から悪魔の頂点に君臨し続ける原初の悪魔たち。その中でも一際異端であり、絶対に他者に従うことなどないとギィ自身が一番よく知っている『黒(ノワール)』が、未来ではスライムのオタク兼ストーカー執事になり下がっているという衝撃の事実に、最強の魔王はただただ頭を抱えるしかなかった。