太古の絶対者たちが揃いも揃って頭を抱え、絶叫と混乱が渦巻く白氷宮。
「原初の悪魔が四柱……スライムの配下……」
未だに虚空を見つめてブツブツと呟くギィの横で、床を転げ回っていたラミリスが、ふと顔を上げた。
その目は完全に血走り、ヤケクソのような決意に満ちていた。
「……ねえ、ギィ」
「なんだ。俺は今、ノワールが『観察日記』とやらをつけている姿を想像して、強烈な悪寒と戦っているところだ」
「私、決めたわ。どうせ未来で堕天してちんちくりんのポンコツ魔王になる挙句、原初の悪魔たちの遊び場の管理人にされるなら……今のうちに、その『リムル』っていうスライムの顔を見て、一発殴ってやらないと気が済まないわ!」
全盛期の精霊女王による、まさかの「未来へのカチコミ」宣言である。
ギィはその言葉に、ハッと顔を上げた。
「……ほう? お前、未来に行きたいと言うのか?」
「そうよ! ゴブ太、あなたを未来に帰す方法を、私とギィで見つけてあげる! その代わり、私も一緒に未来に行って、私の運命を狂わせたかもしれない奴らに文句を言ってやるわ!」
「おお! 本当っすかラミリス様! ギィさんとラミリス様がいれば、時空魔法とかでパパッと帰れそうっすね!」
ゴブ太は呑気にガッツポーズをした。
「くはははっ! 悪くない。俺も、自分の目で確かめない限り、あのノワールが執事をやっているなど絶対に信じられん。もし事実なら……思い切り爆笑してやる」
ギィの赤い瞳に、久々に強烈な好奇心の光が宿る。
「あら、楽しそうですわね。でしたら、私も同行させていただきますわ。弟の情けない姿、ぜひこの目に焼き付けておきたいですから」
ヴェルザードも、優雅に扇子を広げて微笑んだ。
「えっ。ギィ様とヴェルザード様が未来へ……? では、護衛として私とレインも……」
「当然だ、ミザリー。お前たちも来い」
かくして、ゴブ太を未来へ帰還させるという名目で、太古の世界のパワーバランスの頂点に立つ者たちが、揃いも揃って未来のテンペストへ押しかけるという前代未聞の事態が決定した。
早速、一行は白氷宮の中庭へと移動した。
絶対零度の氷の床に、ギィが自らの血と魔力で精緻な巨大魔法陣を描き出していく。さらにその上に、全盛期のラミリスが七色の光を放つ精霊魔法の術式を重ねがけしていく。
太古の時代において、最強の魔王と精霊女王が協力して一つの魔法を構築するなど、世界がひっくり返ってもあり得ない歴史的瞬間である。
「本来、時間を跳躍するなんてのは神の領域だ。だが、お前という『未来からの強烈な異物』が、元の時代に引っ張られようとする反発力を道標にすれば、時空の穴(ゲート)は繋がる」
ギィが額の汗を拭いながら立ち上がった。
「ただし、問題があるわ」
空中に浮かぶラミリスが、腕を組んで深刻そうな顔をした。
「ゴブ太一人を帰すだけなら、この陣で十分よ。でも、私も一緒に未来へ乗り込んで、そのスライムに一発お見舞いしてやるとなると話は別。さらに……」
ラミリスの視線の先には、当然のように「お出かけ」の準備(といっても優雅に日傘を差しているだけだが)を終えたヴェルザードと、その後ろで控えるミザリー、レインの姿があった。
「竜種(ヴェルザード)と最強の魔王(ギィ)、全盛期の私に原初の悪魔二柱まで一緒に、数千年先の未来へ跳ぶとなると、必要な魔素(マ素)の量が天文学的数字になるわよ! 私とギィの魔力を全開で注ぎ込んでも、足りるかどうか……」
ラミリスの指摘はもっともだった。
時空の壁を破り、これほどの規格外の存在たちを未来へまとめて転送するなど、世界の理が崩壊しかねない大術だ。魔素が足りずに時空の狭間に放り出されれば、いくら彼らでも無事では済まない。
「足りないなら、俺が足すっすよ!」
深刻な顔をする絶対者たちの横で、ゴブ太が準備運動をするように肩をぐるぐると回しながら、いつもの軽いノリで前に出たのだった。