「ゴブタぁぁぁっ! 私の愛情たっぷりな手料理を『危険物』扱いするとは、いくらあなたでも許しませんよ! 今日という今日は、その減らず口を三枚おろしにして差し上げます!」
「うひゃあっ! シオンさん、相変わらず短気っすね! でも今の俺にはその大振り、止まって見えるっすよ!」
テンペストの中央広場で、巨大な大太刀『剛力丸』を怒りに任せて振り回すシオンと、それを紙一重で、しかも鼻唄交じりに躱し続けるゴブ太の追いかけっこが始まった。
未来の数多の死線を乗り越え、魔素(オーラ)を枯渇させるほどの時空魔法を発動した直後だというのに、ゴブ太の動きには微塵の淀みもない。そのデタラメな回避能力に、過去から来たミザリーとレインが唖然としている。
そんな二人の騒ぎなど意に介さず、広場のあちこちで同時多発的に地獄のような光景が展開されていた。
『ま、待つのだ姉上! 我は今、聖なる書物(マンガ)の最新刊の展開について深く考察しており、決して遊んでいるわけでは――ぎゃああああっ!?』
「言い訳はよろしいですわ、ヴェルドラ。スライムの後ろに隠れるなど、竜種の誇りをどこへ置いてきたのかしら? さあ、百年ほど氷漬けにして、一から再教育して差し上げますわ」
リムルの背後に隠れようとした暴風竜ヴェルドラは、過去からやってきた実姉・ヴェルザードの容赦ない冷気によって、足元から瞬く間に美しい氷柱へと変えられていく。
「た、助けてくれリムルゥゥ……!」と伸ばされたヴェルドラの悲痛な手は、完全に凍りつく直前にリムルによってスッと避けられた。
「ごめんヴェルドラ。君のお姉さん、マジで目が笑ってないから俺にはどうしようもできない」
冷酷な見捨てをキメるリムル。だが、彼の胃の痛みはそれだけでは治まらない。
「さあ、ギィ・クリムゾン。遠慮はいりません。この『リムル様観察日記・第42巻(リムル様の素晴らしいスライムボディの弾力についての考察編)』からでも結構です。さあ、さあ!」
「……頼むから俺に近寄るな、ノワール。お前のそのうっとりとした顔を見ていると、俺の太古からの威厳が崩壊しそうなんだ」
ディアブロが押し付けてくる分厚い本を、ギィが本気で嫌そうな顔で押し返している。だが、厄介な原初は一人ではない。
「ねえねえ、過去のギィ。そんなに眉間にシワ寄せてたら老けちゃうわよ? 私たちのリムル様の国に文句があるなら、ちょっと遊んであげようか?」
「そうね。過去のギィなら、私の核撃魔法の実験台にちょうどいいかもしれないわ!」
「クフフ……ギィ、あなたもリムル様の軍門に下るというのなら、歓迎してあげなくもないわよ?」
カレラ(黄)、ウルティマ(紫)、テストロッサ(白)の悪魔三人娘が、キャッキャと笑いながらギィを取り囲む。
一柱だけでも世界を傾かせる原初の悪魔たちが、スライムの配下として完全に馴染み、あろうことか自分をからかっている。その事実に、最強の魔王ギィ・クリムゾンは重い頭痛を覚えて額を押さえた。
「……スライム。お前、本当にどんな手管(てくだ)を使ったら、この最悪のバカ共を全員手懐けられるんだ?」
「俺が聞きたいよ! 気がついたらこうなってたんだよ! 頼むからテンペストのど真ん中で戦争を始めないでくれ!」
リムルが半泣きで叫ぶ中、もう一つの戦端(?)が静かに開かれていた。
「ちょっと! なんなのよこの魔素の薄さは! 息が詰まりそうじゃない! 本当にここが未来の世界なの!?」
過去から来た全盛期のラミリス(大人)が、太古に比べてあまりにも薄くなった魔素濃度に文句を言いながら宙に浮いていた。すると、現在のラミリス(妖精サイズ)が、ショートケーキの乗った皿を掲げながら飛んできた。
「未来の空気にはすぐ慣れるわよ! それより、あんたもこれ食べる? シュナ特製のケーキよ!」
「……なんなのよ、この甘くてフワフワした食べ物は」
全盛期のラミリスは訝しげにフォークを受け取り、恐る恐る口に運んだ。
「……ッ!? な、なにこれ、美味しい……! 口の中でとろけるわ! 私の時代にはこんな神の食べ物なかったわよ!」
「でしょでしょー! アタシはこれがあるから、毎日ダンジョンのお仕事(ニート)を頑張れてるのよ!」
「……はっ! い、いけない! 私はこの未来で、こんなちんちくりんのポンコツ魔王になる未来を否定しに来たのよ! ケーキなんかに買収されるもんですか!」
「えー? じゃあ、この残りの『限定版プリン』はアタシとヴェルドラで食べちゃおうっと」
「……ぷりん? ま、待ちなさい! 調査よ! 未来の調査のために、私がそれを食べてあげるわ!」
威厳ある精霊女王は、開始数分で完全に未来のテンペストの『甘味』に敗北し、堕落への道を猛スピードで転がり始めていた。
「もうめちゃくちゃだ……」
リムルが深く溜息をついたその時。
シオンの猛攻を躱しきったゴブタが、スッとリムルの横に降り立った。
「いやー、賑やかでいいっすね、リムル様! やっぱりテンペストはこうじゃなきゃ落ち着かないっす!」
「……お前が言うな、お前が」
リムルはジト目でゴブ太を睨んだが、その顔はどこか安堵していた。
消滅したかと思われたお調子者の部下が、とんでもないお土産(太古の絶対者たち)を引き連れてとはいえ、無事に帰ってきたのだから。
「まあいい。……ベニマル! ゲルド! シュナを呼んでくれ!」
リムルの声に、広場の空気が少しだけ引き締まる。
「これより、過去からのお客様(とんでもないVIPたち)を歓迎する大宴会を開く! シュナたちにありったけのご馳走を用意させてくれ! シオン、お前は絶対厨房に入るなよ!」
「なっ!? リムル様、なぜですか! 私の料理で過去の魔王様たちをおもてなし――」
「させたら国際問題(時空問題)になるから駄目だ!!」
リムルの鶴の一声で、テンペストは迎撃態勢から一転して「大宴会」の準備へと移行した。
「やったっす! やっぱりテンペストの宴会が一番っすね! ギィさん、ヴェルザードさん! うちのご飯は最高なんで、たっぷり食べていってほしいっす!」
ゴブ太が満面の笑みで振り返ると、頭痛を堪えるギィと、氷漬けのヴェルドラを満足げに眺めるヴェルザードがいた。
「……フッ。まあいい。お前を未来へ帰すという約束は果たしたからな。この異常な国がどんなものか、たっぷりと見学させてもらおうじゃないか」
「ええ。弟の再教育の合間に、楽しませていただきますわ」
太古の時代からやってきた最強の魔王たちと、未来の最強(?)のホブゴブリン。
時空を超えたゴブ太のサバイバルは終わり、テンペストにはかつてないほどカオスで、そして恐ろしく賑やかな「日常」が戻ってきたのだった。