ハッピーエンドの傍らに   作:鮎貝式部書生

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「いと大儀~☆」

 

 スポットライトに照らされて、ヤチヨが上空に浮かんでいる。

 人混みの隙間から見上げた先。 中天で笑うヤチヨは、先日、列車の中での静かな横顔とはまるで別人のようだった。

 

 くるくると変わる表情。大袈裟なくらいの身振り。誰かを楽しませようとする声。

 眩しいくらい軽やかで、誰より楽しそうな“月見ヤチヨ”がそこにいた。

 

「とーっても楽しいKASSENでした。そして、たった今! ヤチヨカップの優勝者が決まったよー!」

 

 ヤチヨは海中で揺らめくメテフィラのようにふわふわと光輪がただよう夜空で、ツクヨミ中のユーザーの注目を一身に受けながら声を響かせる。

 出逢いと別れを繰り返しながら、それでも彼女は今こうして人の輪の中心で笑っている。

 まるで、孤独なんて最初から存在しなかったかのように。

 

「ヤッチョとコラボる人を、発表ー!」

 

 彼女の眼前に、ぽん、と巻物が現れて、するすると広げられる。

 

「期間中に最もファンを獲得したのは~☆」

 

 七色のライトで照らされた巨大なスクリーンに、ヤチヨカップ参加ライバーたちの新規獲得ファン数を表す棒グラフが表示された。

 優勝者として、ほとんどのユーザーが予想していたであろうライバー、王者たるブラックオニキス。

 

「ヤチヨカップの優勝者は~~」

 

 それと隣り合うようにして、まるでタケノコのように勢いよく伸びていく棒グラフが一つ。

 

「かぐや・いろP! めでたしや~☆」

 

 圧倒的な音圧と熱狂を以て、今日一番の歓声が爆発する。

 斯くして、運命のもとに戴冠するべき姫君の名前が高らかに告げられた。

 

 


 

 

 一人、また一人と立ち去っていくユーザーの中、敦嗣は橋の欄干にゆったりと凭れていた。

 少し離れた場所には、かぐや、そして彩葉の姿。風に乗って、二人の何気ない会話が聞こえてくる。

 

「ふったりとも~!」 

 

 結果発表を終えたヤチヨが、空中から降りたつ勢いもそのままにかぐやと彩葉に飛び付いた。

 いつもより短いツインテールを軽やかに揺らす、幼げなちびヤチヨ姿だ。

 

「やるじゃねーか、マグレに頼る天才だな」

 

 かぐやの頭の上に着地したFUSHIが憎まれ口を叩く。かぐやはそんなFUSHIをふんづかまえると、まるで悪戯小僧のようにリフティングを始める。

 その様子を見ながら、敦嗣は小さく口元を緩めた。

 

「彩葉、かぐや、よく頑張った!」

 

「いやぁ、でも、全然だめだったあ。どうしたらヤチヨみたいに動けるの?」

 

「それはもう、日々の努力の玉藻の前というか~~、気まぐれアメンボロードというか~~」

 

「ヤチヨって、いっつもテキトーじゃない?」

 

「んっんー。ヤチヨはねえ~、優柔不断で悪いやつなのです~~」

 

 ヤチヨは二の足を踏むように視線をさまよわせながら、冗談めいた調子で言ったあと、

 

「天真爛漫な、今のかぐやだから強いんだなって、ヤチヨは思ったよ」

 

 今度は真っ直ぐにかぐやを見上げて、一節一節を噛み締めるようにそう続けた。

 

「なんにも言ってないなー」

 

 呆れたような声でぼやきながら、かぐやは肩に乗せたFUSHIを指先でつつく。

 

 風、一陣。

 ちらりとヤチヨがこちらへ視線を向けた気がした。

 

「さーて、ここからはクライマックスに向けてハードな展開が待っているかも。このお話を、最後まで見届けてね?」

 

 鳥居を背にしたヤチヨが、風に髪をなびかせながら言う。

 そして、

 

「運命の荒波に揉まれる覚悟はいいかー?」

 

 少し冗談めいた軽い口調でそう言いながら、かぐやと彩葉の肩を抱く。

 

「おー!」

 

 握り潰さんばかりの勢いでFUSHIを掴んだ手を振り上げるかぐや。ヤチヨの言葉をコラボライブに向けての激励と捉えたのだろう。いくぶんか小声ながらも、彩葉も軽く握った拳を無邪気に突き上げていた。

 

 


 

 

 喧騒の熱だけを残した広場を、夜風が静かに撫でていた。

 橋の欄干へ凭れたまま、敦嗣はぼんやりと空を見上げる。きらめく魚群がゆるやかに頭上を泳ぎ、その尾鰭が水面めいた光を橋へ散らす。

 

「なにしてるの?」

 

 不意に、隣から声がした。

 いつの間に来たのかヤチヨが欄干へ肘をついている。さっきまでのみんなの月見ヤチヨではない。ただ静かな夜色だけを纏った彼女だった。

 

「貴女こそ」

 

「ヤチヨは主催者なので~?」

 

 へらりと笑う。

 けれど、そのあと小さく息を吐いて、

 

「……なんてね。ちょっと休憩~」

 

 そう言って、ヤチヨは背伸びするみたいに両腕を上へ伸ばした。細く白く、しなやかな腕があらわになる。

 

 遠くでは、まだイベントの余韻みたいに歓声が小さく揺れている。橋の下を流れる光は、どこか天の川にも似ていた。

 

「ちょっと散歩しよ、散歩」 

 

 返事を待たず歩き出す。敦嗣は小さく息を吐いて、そのあとを追った。

 ヤチヨは手すりの上をなぞるように指を滑らせながら歩いていく。どこか機嫌よさそうで、けれど静かで。ライブ中みたいな賑やかさとは違う、素の呼吸だった。

 

「……今日、楽しかったか?」

 

 敦嗣がふと訊ねた。

 ヤチヨは少しだけ目を丸くして、それから笑う。

 

「なぁにそれ。保護者みたい」

 

「訊いただけだ」

 

「楽しかったよ~。めちゃくちゃね」

 

 そう言ってから、ヤチヨは夜空を見上げる。

 

「みんな笑ってたし、彩葉も頑張ってたし」

 

 流れていく光が、その瞳へ小さな星みたいに映っていた。

 

「……キミも、見てくれてたし」

 

 最後だけ、少し小さな声だった。

 敦嗣は何も返さない。ただ隣を歩く。

 言葉が途切れても、不思議と沈黙にならない距離で、昔もこんなふうに歩いた気がした。

 

「……そういえばさ」

 

 ヤチヨがぽつりと口を開く。

 

「キミがいなくなったあとも、まあ色々あったんだよ?」

 

「色々?」

 

「うん。例えば~……」

 

 指を折るみたいな仕草。

 

「キミがいなくなってから五十年くらい経った頃かなぁ」

 

「……何だ」

 

「清少納言に追い回された」

 

「──は?」

 

 敦嗣が思わず足を止める。

 ヤチヨは肩を揺らして笑った。

 

いとうつくし(メチャかわいい)、とか言いながら、かぐやのことめちゃくちゃ気に入っちゃってさぁ」

 

「いや待て」

 

「危うく随筆デビューするところだったのです」

 

「書かれてたまるか」

 

「でしょぉ? だから超がんばって止めたの。それだけはほんと勘弁してください~って」

 

 当時を思い出したのか、ヤチヨは頭を抱えるみたいな仕草をした。

 敦嗣は思わず吹き出す。

 

「……見たかった気もするが」

 

「小さきものは、みなうつくしに並べられるヤッチョの気持ち考えて!?」

 

「間違いじゃないだろ」

 

「そーいう問題じゃな~い!」

 

 けらけら笑う。まるで、昨日あった面白話みたいに。

 けれど敦嗣は、その言葉の奥に流れていた時間を思う。

 自分がいなくなったあとも、彼女は、そうして生き続けていた。

 

 

「あとね。鎌倉のはじめ頃だっけかな。定家*1と喧嘩した」

 

「……」

 

「キミの歌で」

 

 敦嗣が眉を上げる。

 ヤチヨはどこか懐かしそうに目を細めながら、静かに詠んだ。

 

「雲ゐにて~、雲ゐに見ゆる、かささぎの~、橋をわたると、夢に見しかな~*2

 

 その声が夜へ溶ける。

 敦嗣は少しだけ目を伏せた。忘れていたわけではない。ただ、遠い水底へ沈めた記憶みたいに、普段は触れない場所にあった歌だった。

 

「彼ねえ。これは高貴な女人への恋慕を詠んだ歌で~って、すっごい真面目に解説し始めてさ」

 

「……まあ、普通はそう読むだろ」

 

「でも違うじゃん、あれ」

 

 ヤチヨは即答した。

 

「キミ、あの歌を詠んだ時、自分の恋の話なんかしてなかったもん」

 

 橋の下を、どこかから流れてきた桜の花びらが過ぎていく。

 敦嗣は何も言わない。けれど、否定もしなかった。

 

「かささぎの橋ってさ。会えない織姫と彦星を繋ぐための橋なんだよね」

 

 ヤチヨは欄干へ頬杖をついたまま、遠い夜を眺めるみたいに続ける。

 

「だからキミ、せめて夢の中だけでも渡れたらって思って詠んだんでしょ?」

 

 かぐやと彩葉。

 隔てられたものたち。

 会えない誰かたち。

 あの夜、敦忠が見上げていた空には、確かにそういう願いがあった。

 

「なのに定家、“雲ゐ”を宮中になぞらえて~とか、恋の相手は宮中でも見上げるような高い地位で~とか、“かささぎの橋”は隔てられた恋の象徴として~とか、ずーっと語るんだもん」

 

「……定家卿、というか歌人ならそう読むって」

 

「だから途中で言っちゃった。解釈間違えてるよって」

 

「やめろ、解釈バトルするな」

 

「したよぉ? 他の歌でもめちゃくちゃした」

 

 ヤチヨは悪戯っぽく笑う。

 

「定家、めちゃくちゃ真剣なんだもん。では何故そう言い切れるのです、って」

 

「何て返した」

 

「最終的には、作者本人に聞いたんですかぁ? って言い返した。そんで、すんごい嫌な顔された」

 

「あのなぁ……」

 

「でも、事実だし~」

 

 くすくす笑う。その笑いが少し落ち着いてから、ヤチヨはふいに声を静めた。

 

「……でもね、ちょっと嬉しかったんだ。何百年とか経ってもさ。誰かがキミの歌を真面目に読んでるんだなあって。今だってそうだよ?」

 

 永い時間を生きるうち、数え切れないものが消えていったのだろう。見知った街も、人も。(よしみ)を結んだ誰かの名前さえも。

 けれど、時代を越えて残るものもあって。敦忠の歌もその一つだった。

 

「……そっか」

 

 敦嗣の呟きは、夜風へ静かに溶けていった。

 二人は並んだまま、橋の先へゆっくり歩いていく。足元では、水面みたいなネオンの光が絶えず揺れていた。

 ヤチヨは少しだけ笑う。

 

「つまり、まあ。悪いことばっかでもなかったんだよね」

 

 長い白髪が風にさらりと流れる。その声音は、どこか不思議なくらい穏やかだった。

 

「キミとも、また会えたし」

 

 その言葉のあと。

 敦嗣は少しだけ目を伏せる。

 八千年。気の遠くなるような時間の果てで。  彼女は、自分との再会を“良かったこと”の中へ入れたのだ。

 胸の奥が、静かに揺れた。

 

「……かぐや」

 

 気づけば、そう呼んでいた。

 ヤチヨの足が、ほんの少しだけ止まる。けれど振り返らない。ただ前を向いたまま、少しだけ肩を揺らして。

 

「……ん」

 

 小さく、それだけ返した。

 橋の下を星屑のような光が流れていく。遠い昔に見上げていた天の川が、二人の足元を流れているみたいだった。

 

 

 

 

 

 

*1
藤原定家。平安末期~鎌倉初期の公卿、歌人。新古今和歌集や百人一首の撰者。日本の代表的な和歌の宗匠。

*2
実際に藤原敦忠が詠んだ歌。『敦忠集』では「やむごとなき人に」という詞書が添えられている。また、『新勅撰集』ではこの歌に続けて《夢なれば見ゆるなるらんかささぎはこの世の人のこゆる橋かは》という詠み人知らずの返歌を載せている。






 超かぐや姫原作で描かれていない、権中納言敦忠(平安前期~中期)以降、淀殿(戦国~江戸初期)までの数百年間。ごっそり抜けている平安後期、鎌倉、南北朝、室町あたりのことを想像するのも楽しい。
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