ハッピーエンドの傍らに   作:鮎貝式部書生

2 / 9
2

 

 

 

 現実よりも鮮やかなツクヨミの夜。ネオンの色が輪郭を持って、空をゆるく漂っている。

 

 軽く息を吐き、ギターを狩衣の肩にかけ直して歩きだす。人の流れが詰まりすぎず、抜けすぎない場所を探して。

 立ち止まっても邪魔にならず、かといって完全に賑わいから外れてもいない──そんなバランスの良い一角に足を止めた。

 その瞬間、視線がちらちらと集まり始めるのが分かる。

 

「あれ、もしかして……」

 

「え、4ttsu(アッツ)じゃね?」

 

「今日ここでやるの?」

 

 小さなざわめきが、さざ波のように広がっていく。まだ人はまばらだ。でも、じきに集まってくるだろう。

 

 ギターのネックを軽く持ち上げ、弦に触れる。一音、鳴らす。

 それだけで、周囲の空気が変わった。

 

「……こんばんは」

 

 声を少し落として言うと、すぐに明るい返事が飛んでくる。

 

「こんばんはー!」

 

「来たぁ……!」

 

 小さく笑いながら、軽くストロークを刻む。

 イントロは短く、無駄に引っ張らない。音が形になったところで歌を乗せた。

 

 通りすがりの人々が足を止め、遠巻きに見ていた者たちが少しずつ距離を詰めてくる。

 

 昼間の教室で何でもないように肩をすくめていた自分とは、明らかに別の自分がここにいる。

 でも、無理に切り替えているわけじゃない。ただ、音に身を委ねると、自然と熱が上がってくる。

 サビに差し掛かる少し前、声を前に出した瞬間、観客の何人かの表情がぱっと輝いた。

 

「うわ、好きこれ」

 

「声やば……近くてエグい」

 

 聞こえてくる反応に、口元が緩む。

 手を振ってくる観客に軽く顎で返すと、

 

「そこ、ちゃんと見えてるから」

 

「うわああ!」

 

「認知きたー!」

 

 一気にテンションが跳ね上がる。

 

「大げさだな」

 

 笑いながらリズムを少し跳ねさせ、体も自然と揺れる。

 足先でビートを取り始めると、観客の何人かもそれに合わせて体を動かし始めた。

 

「手、空いてるやつは適当に乗っとけ!」

 

 ぱらぱらと手拍子が入り、すぐに揃う。その音を受け取り、ストロークを少し強める。

 

(いいな、これ……)

 

 音が循環して、一方通行じゃない。ちゃんと返ってくる。

 演奏が終わると、ほんの一瞬の静寂のあと、拍手が一気に広がった。

 

「ありがと」

 

 軽く言って弦をつま弾きながら、

 

「まだ余裕あるし、もうちょいやるか」

 

「やったー!」

 

 人はさっきより確実に増えている。でも、まだ通りの流れを大きく妨げるほどではない。このくらいがちょうどいい。

 

「じゃあ、次はちょっと速いのいくか」

 

「待ってました!」

 

 ギターを強く鳴らし、体の芯の熱量を指先に乗せるように弾き始めた。

 

「途中で置いてかれても知らないからな」

 

 口角を上げて軽く煽ると、すぐに激しいストロークへ。音の粒が弾け、張りのある歌声が夜の空気を切り裂くように響く。

 気がつけば、街の一角が確かにライブ会場と化していた。

 

 最後のコードを叩き切った瞬間、余韻が長く空気に残った。

 

 一拍置いて、歓声が押し寄せる。通りの向こう側で背伸びして覗いている人までいる。

 

「4ttsuー! こっち見てー!!」

 

「あーはいはい、ちゃんと見えてるって。まったく、アイドルのライブじゃないんだぞ」

 

 適当に返しながら、肩の力を抜く。

 指先が少しだけ、じんわりと熱をもっている気がした。

 

 ギターの弦を軽く撫でる。

 もう一曲いけるか、どうするか。

 いや、通りのキャパシティ的にはそろそろ限界か? 

 そう思ったところで──

 

 何の前触れもなく、ぽんっと影が現れた。

 

 海洋生物をモチーフにした美しい和装。

 光をはらんでゆっくりと揺れる白く長い髪。

 蛍石か菫青石か、ともかく宝石のようにきらめく瞳。

 完璧な均衡をたたえた花の顔貌(かんばせ)は、まさしく美の極致というべきだろう。

 

「——またゲリラライブ~?」

 

 そよ風のように涼やかな声が、鼓膜を優しく揺らす。

 

4ttsu(アッツ)レベルのライバーだと、人が集まりすぎて通りが詰まるかもだから、ヤッチョには事前に教えてって前にも言ったよね?」

 

「うわ、ヤチヨ!!」

 

「え、コラボ!?」

 

 一気に周囲のテンションが跳ね上がる中、敦嗣は小さく息を吐いて肩をすくめた。

 

「観客も増えてきたし、そろそろ来るかなとは思ってたよ」

 

「でしょ~? もう気配で分かるんだよね。あ、この辺詰まるな~って」

 

 ヤチヨはくすっと笑いながら周囲を見渡し、視線だけで人の配置を自然と整えていく。

 さずがのカリスマというか、何というか。

 

「つまり、これ以上増えたらアウト!」

 

「まあ、その辺は加減してるつもりだけど」

 

「“つもり”ねえ?」

 

 少しだけ意地悪そうに笑われる。

 

「もしかして俺って信用なかったり?」

 

「あるよ~? あるけど、4ttsu(アッツ)の“つもり”って、波打ち際でタップダンスって感じだから!」

 

「ひどい言い草だ」

 

「事実でしょ♪」

 

 観客の方からも、

 

「もっと言ってやって!」

 

「確かに人えぐい!」

 

 とか好き勝手な声が飛ぶ。

 

 おいそこ、と指さすと、

 

「すいません!!」

 

「でも好き!!」

 

「おまえら調子いいなぁ!」

 

 笑いが広がる。

 

 ヤチヨもくすくす笑いながら、ギターにちらっと視線を落とした。

 

「それで? まだやるの?」

 

「どうしよっかな」

 

 軽く弦を鳴らす。

 さっきの余韻が、まだ残っている。

 周りの視線も、期待も、そのままこっちに向いたままだ。

 

 少しだけ首をかしげたヤチヨと目が合った。

 

「ヤッチョの見立てでは、あと一曲くらいならセーフかな~」

 

「よし、じゃあ一曲だけ」

 

「あ、やるんだ」

 

 そう言いつつも、ヤチヨは少し後ろに下がった。その動きに合わせて、空間がまたほんの少し整う。

 

「てなわけで、ラストいくわ」

 

 最後の曲は、少しだけ軽やかで跳ねるようなリズムにした。

 夜を弾ませるような音。サビでは声を遠慮なく前に出す。

 観客の手が上がり、体が揺れる。

 誰かの「最高!!」という叫びが、胸の奥に響いた。

 

 最後のコードを鳴らし、音がゆっくり消えていく。

 静寂。

 次の瞬間、さっきよりも大きな拍手と歓声が爆発した。

 

「……ありがと」

 

 息を吐きながら笑う。指先がじんわり熱を持っているようだ。

 

 ヤチヨがすっと前に出て、ぱちぱちと軽く拍手しながら言った。

 

「お見事~。……まあ、ちょっと多いけど、観客の量もこれならギリギリセーフかな」

 

「だろ?」

 

「もう一曲!!」

 

「アンコール!!」

 

 観客の声に手をひらひらと振る。

 

「今日はここまで。ほら、散った散った。道が詰まるから」

 

「えー!!」

 

「冷たーい!!」

 

「またやるから」

 

 そう言うと、少しだけ不満そうな声が落ち着いた。

 うんうん、そういうの大事だよね~、と小さくうなずいているヤチヨが横目に映る。

 

 周囲の人の流れが、祭りのあとのように熱を残しながらゆっくり動き始めた。

 ギターを軽く持ち直し、

 

「……じゃ、またどっかで」

 

「次も探すからな!!」

 

 軽く手を上げて応えながら、光の粒が流れる空に視線を預ける。

 ヤチヨが隣で、穏やかな声で呟いた。

 

「……好きだねえ、そういうの」

 

「ああ」

 

 少し間を置いて、敦嗣は小さく続けた。

 

「──貴女もお好きでしょう? こういうの」

 

 風に溶けるような小さな声だったけれど、ヤチヨはそれを聞き逃さなかったようで、わずかに目を細めた。

 

 

 





星降る海のライブシーンで心を鷲づかみされました。Let's go on a trip! の直後の横顔からして美しすぎるし、その後のたおやかな手の動きも良い。短いツインテールのちびヤチヨもかわいすぎる。ヤッチョ最推しです。

ストックがほぼ無いので、次話の投稿は数日後になるかも。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。