現実よりも鮮やかなツクヨミの夜。ネオンの色が輪郭を持って、空をゆるく漂っている。
軽く息を吐き、ギターを狩衣の肩にかけ直して歩きだす。人の流れが詰まりすぎず、抜けすぎない場所を探して。
立ち止まっても邪魔にならず、かといって完全に賑わいから外れてもいない──そんなバランスの良い一角に足を止めた。
その瞬間、視線がちらちらと集まり始めるのが分かる。
「あれ、もしかして……」
「え、
「今日ここでやるの?」
小さなざわめきが、さざ波のように広がっていく。まだ人はまばらだ。でも、じきに集まってくるだろう。
ギターのネックを軽く持ち上げ、弦に触れる。一音、鳴らす。
それだけで、周囲の空気が変わった。
「……こんばんは」
声を少し落として言うと、すぐに明るい返事が飛んでくる。
「こんばんはー!」
「来たぁ……!」
小さく笑いながら、軽くストロークを刻む。
イントロは短く、無駄に引っ張らない。音が形になったところで歌を乗せた。
通りすがりの人々が足を止め、遠巻きに見ていた者たちが少しずつ距離を詰めてくる。
昼間の教室で何でもないように肩をすくめていた自分とは、明らかに別の自分がここにいる。
でも、無理に切り替えているわけじゃない。ただ、音に身を委ねると、自然と熱が上がってくる。
サビに差し掛かる少し前、声を前に出した瞬間、観客の何人かの表情がぱっと輝いた。
「うわ、好きこれ」
「声やば……近くてエグい」
聞こえてくる反応に、口元が緩む。
手を振ってくる観客に軽く顎で返すと、
「そこ、ちゃんと見えてるから」
「うわああ!」
「認知きたー!」
一気にテンションが跳ね上がる。
「大げさだな」
笑いながらリズムを少し跳ねさせ、体も自然と揺れる。
足先でビートを取り始めると、観客の何人かもそれに合わせて体を動かし始めた。
「手、空いてるやつは適当に乗っとけ!」
ぱらぱらと手拍子が入り、すぐに揃う。その音を受け取り、ストロークを少し強める。
(いいな、これ……)
音が循環して、一方通行じゃない。ちゃんと返ってくる。
演奏が終わると、ほんの一瞬の静寂のあと、拍手が一気に広がった。
「ありがと」
軽く言って弦をつま弾きながら、
「まだ余裕あるし、もうちょいやるか」
「やったー!」
人はさっきより確実に増えている。でも、まだ通りの流れを大きく妨げるほどではない。このくらいがちょうどいい。
「じゃあ、次はちょっと速いのいくか」
「待ってました!」
ギターを強く鳴らし、体の芯の熱量を指先に乗せるように弾き始めた。
「途中で置いてかれても知らないからな」
口角を上げて軽く煽ると、すぐに激しいストロークへ。音の粒が弾け、張りのある歌声が夜の空気を切り裂くように響く。
気がつけば、街の一角が確かにライブ会場と化していた。
最後のコードを叩き切った瞬間、余韻が長く空気に残った。
一拍置いて、歓声が押し寄せる。通りの向こう側で背伸びして覗いている人までいる。
「4ttsuー! こっち見てー!!」
「あーはいはい、ちゃんと見えてるって。まったく、アイドルのライブじゃないんだぞ」
適当に返しながら、肩の力を抜く。
指先が少しだけ、じんわりと熱をもっている気がした。
ギターの弦を軽く撫でる。
もう一曲いけるか、どうするか。
いや、通りのキャパシティ的にはそろそろ限界か?
そう思ったところで──
何の前触れもなく、ぽんっと影が現れた。
海洋生物をモチーフにした美しい和装。
光をはらんでゆっくりと揺れる白く長い髪。
蛍石か菫青石か、ともかく宝石のようにきらめく瞳。
完璧な均衡をたたえた花の
「——またゲリラライブ~?」
そよ風のように涼やかな声が、鼓膜を優しく揺らす。
「
「うわ、ヤチヨ!!」
「え、コラボ!?」
一気に周囲のテンションが跳ね上がる中、敦嗣は小さく息を吐いて肩をすくめた。
「観客も増えてきたし、そろそろ来るかなとは思ってたよ」
「でしょ~? もう気配で分かるんだよね。あ、この辺詰まるな~って」
ヤチヨはくすっと笑いながら周囲を見渡し、視線だけで人の配置を自然と整えていく。
さずがのカリスマというか、何というか。
「つまり、これ以上増えたらアウト!」
「まあ、その辺は加減してるつもりだけど」
「“つもり”ねえ?」
少しだけ意地悪そうに笑われる。
「もしかして俺って信用なかったり?」
「あるよ~? あるけど、
「ひどい言い草だ」
「事実でしょ♪」
観客の方からも、
「もっと言ってやって!」
「確かに人えぐい!」
とか好き勝手な声が飛ぶ。
おいそこ、と指さすと、
「すいません!!」
「でも好き!!」
「おまえら調子いいなぁ!」
笑いが広がる。
ヤチヨもくすくす笑いながら、ギターにちらっと視線を落とした。
「それで? まだやるの?」
「どうしよっかな」
軽く弦を鳴らす。
さっきの余韻が、まだ残っている。
周りの視線も、期待も、そのままこっちに向いたままだ。
少しだけ首をかしげたヤチヨと目が合った。
「ヤッチョの見立てでは、あと一曲くらいならセーフかな~」
「よし、じゃあ一曲だけ」
「あ、やるんだ」
そう言いつつも、ヤチヨは少し後ろに下がった。その動きに合わせて、空間がまたほんの少し整う。
「てなわけで、ラストいくわ」
最後の曲は、少しだけ軽やかで跳ねるようなリズムにした。
夜を弾ませるような音。サビでは声を遠慮なく前に出す。
観客の手が上がり、体が揺れる。
誰かの「最高!!」という叫びが、胸の奥に響いた。
最後のコードを鳴らし、音がゆっくり消えていく。
静寂。
次の瞬間、さっきよりも大きな拍手と歓声が爆発した。
「……ありがと」
息を吐きながら笑う。指先がじんわり熱を持っているようだ。
ヤチヨがすっと前に出て、ぱちぱちと軽く拍手しながら言った。
「お見事~。……まあ、ちょっと多いけど、観客の量もこれならギリギリセーフかな」
「だろ?」
「もう一曲!!」
「アンコール!!」
観客の声に手をひらひらと振る。
「今日はここまで。ほら、散った散った。道が詰まるから」
「えー!!」
「冷たーい!!」
「またやるから」
そう言うと、少しだけ不満そうな声が落ち着いた。
うんうん、そういうの大事だよね~、と小さくうなずいているヤチヨが横目に映る。
周囲の人の流れが、祭りのあとのように熱を残しながらゆっくり動き始めた。
ギターを軽く持ち直し、
「……じゃ、またどっかで」
「次も探すからな!!」
軽く手を上げて応えながら、光の粒が流れる空に視線を預ける。
ヤチヨが隣で、穏やかな声で呟いた。
「……好きだねえ、そういうの」
「ああ」
少し間を置いて、敦嗣は小さく続けた。
「──貴女もお好きでしょう? こういうの」
風に溶けるような小さな声だったけれど、ヤチヨはそれを聞き逃さなかったようで、わずかに目を細めた。
星降る海のライブシーンで心を鷲づかみされました。Let's go on a trip! の直後の横顔からして美しすぎるし、その後のたおやかな手の動きも良い。短いツインテールのちびヤチヨもかわいすぎる。ヤッチョ最推しです。
ストックがほぼ無いので、次話の投稿は数日後になるかも。