ハッピーエンドの傍らに   作:鮎貝式部書生

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 行灯のやわらかな光が、静かに畳の上へ落ちていた。

 

 ライブの相談がしたいと話を持ちかけたところ、「おまかせあれ~」という言葉とともにヤチヨによって連れてこられたのが、この空間だった。

 一瞬、景色が切り替わるような感覚があったあと、気がつけば、街の喧騒から切り離されたこの部屋に立っていたのだ。

 

 白木の丸柱に、清らかな御簾(みす)のような室内装飾。

 部屋を間仕切る(ふすま)には、貝殻をモチーフにした素銅色(すあかいろ)の引手がついていて、部屋の中ほどにはレトロな円形のちゃぶ台が据えられている。

 

 まるで、さまざまな時代をごちゃ混ぜにしたようなデザインの空間でありながら、簡素に整えられた和の空気が満ちていた。

 

 遠くにかすかな電子音のざわめきがある。だがここでは、それすらも淡くぼやけていた。

 

「どうかな~? こういうの」

 

 (ふすま)のそばに立つヤチヨが、軽やかに言う。

 

「……白木の丸柱も御簾も、久しぶりに見たな」

 

 敦嗣は室内を見渡しながらそう呟くと、ちゃぶ台に添えられている座布団に腰を下ろす。ヤチヨもいそいそと向かいに座った。

 

「落ち着くでしょ~?」

 

 いつの間に用意したのか、ちゃぶ台の上には寿司屋のような湯飲みに入れられたお茶が置かれている。

  

「それで、ライブの相談だったよね」

 

 静かな声で、ヤチヨが切り出した。

 

「ああ」

 

「まずは、場所かな? どうしたい?」

 

 敦嗣は、少しだけ間を置いた。

 頭の中に浮かぶいくつかの選択肢。あまり大きなステージはしっくりこない。

 

「ライブハウスみたいなところがいいかと思ってる」

 

 そう言うと、ヤチヨは海色のネイルに飾られた玉手(たまで)の指先を口もとに当てながら、わずかに首を傾げた。

 

「ん~……それだと、ちょっと合ってないかもね」

 

「合ってない?」

 

「4ttsuって、ゲリラライブでもそこそこ人集まるでしょ? 登録者とか普段の配信の同接とか考えると、キャパ足りないと思うよ」

 

 現実的な指摘だった。

 数字の話は、この静かな空間の中では少しだけ異質に響く。

 

「だから、もっと大きいステージで、いっそのこと、()()()()()()()()()()()()()イベントにした方が──」

 

「いや」

 

 短く言い切った。

 

「人を集めたい訳じゃないんだ、今回は」

 

 ヤチヨがぱちぱちと目を瞬かせる。

 

「だから、小さいところがいい」

 

 ──()の貴女にとって、ツクヨミ全体で目立つようなイベントはしばらく控えた方が都合が良いでしょうし。

 敦嗣はそう小声で付け加えた。

 

 聞こえたのか、聞こえなかったのか。ヤチヨの応えはない。

 しばしの沈黙。御簾の向こうで、外界のかすかな音が揺れた。

 

 

「ねえ」

 

 ヤチヨが、ふっと声を落とした。頬杖をつきながら、じっとこちらを見ている。

 少しだけ間を置いて、にやっと笑う。

 

「今日、なんか大人しいね?」

 

「どういう意味だ」

 

「いつもはその場の空気を見て面白そうならやる! みたいな顔してるでしょ~? でも今回は、うーん……って悩みながら決めてる感じ」

 

 くるくると指で空中に丸を描くような仕草をしながらくすっと笑う。

 

「らしくないな~って思って」

 

「……4ttsuとしては、そうかもな」

 

 そう言って小さく息を吐いた。

 

「いやいや、いつも考えてないって意味じゃないよ? たぶん」

 

「フォローが雑だな」

 

「えー? ちゃんとフォローしてるつもりなんだけどな~。……それで! その普通の箱ライブで何やるの?」

 

 身を乗り出して、目を細めて、興味そのままの声だった。

 

「いつも通りだよ」

 

「え~、つまんな~」

 

 形の良い唇をとがらせてそう返すヤチヨ。

 

「何かあるでしょ。こう……今回だけ特別! みたいなやつ!!」

 

 指をぱっと広げて見せる。

 

「サプライズ演出みたいなのやらないの? せっかくのライブなんだよ~?」

 

 敦嗣は、ほんの一瞬だけ間を置いた。

 

「……まあ」

 

 短く言ってから、

 

「少しだけな」

 

 と付け足す。

 

 ヤチヨの目が、すっと細くなる。

 

「おぉ~?」

 

「だが内緒だ」

 

「えー、ケチ」

 

 そう言いながらも、ヤチヨは楽しそうに笑う。

 

「そういうの、先に知ってちゃあつまんない! だろ?」

  

「じゃあ期待しとこ~っと♪」

 

 あくまで軽い調子。

 けれど、確かに楽しみだという感情をにじませた声だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 エアコンを効かせた防音室の中、敦嗣はPCの前に座っていた。

 机の上に置かれたPCの画面には、各種楽器の販売サイトが表示されている。

 

 “電気応用琵琶”。通称、エレキ琵琶と呼ばれる楽器を敦嗣は探していた。

 

(……まあ、こんなもんか)

 

 いくつかの製品の中から、一つを選んで購入ボタンを押す。

 価格は控えめ。 初心者向けと書かれたそれは、一点物の琵琶とは比べるまでもないほどに簡素な見た目だ。

 

 だが、オーディオインターフェイスなどの機材を介して、ツクヨミでのパフォーマンスに連動させる、そのための道具としてはこれで十分だった。

 

 

 

 

 翌日。

 段ボールを開封して、届いたばかりのそれをケースから取り出した。

 内部に組み込まれた電子部品のぶん、通常の琵琶よりやや重たい。

 記憶の中にあるかつて弾いていた琵琶とは明らかに違って、木の質感も装飾もどこか安っぽく頼りなかった。

 

 弦を張ってそっと触れてみる。

 びん、と乾いた音が鳴った。

 

(……音が軽いな)

 

 おもむろに(バチ)を持って構える。

 

 そして、感覚を取り戻すように、記憶にある曲を弾き始めた。

 流れ出す旋律、(うぐいす)のさえずりを模した、ゆったりと穏やかな調べ。

 

 指は迷わない。

 音も外さない。

 覚えている動きが、自然と形になる。

 それでも。

  

 弾き終えた後の静けさの中で、違和感だけが残った。

 

(少し、退屈だな)

 

 整っている。 調べ自体は美しいはずだ。

 だが、どこか足りない。

 

 千年を越えてなお残る風情は、確かにそこにある。

 それでも、今の自分の中にある音楽とずれている。

 

 撥を弦にもう一度触れさせる。

 今度は、少し強く。

 

 平安の調べではあり得ない、荒い音の粒を連ねたリズム。

 

(……これでいい)

 

 残すものと、変えるもの。

 その境界が見えた気がした。

 

 

 


 

 

 

 数日後。

 ライブハウスの利用申請、スタッフの確保、チケットの準備──もろもろの雑務を終えた敦嗣は、PCの前に腰を下ろしていた。

 

 画面には自身のSNSの投稿画面が開かれている。

 敦嗣はキーボードに指を置き、ほんの一瞬だけ動きを止めた。

 自身にとって大きな一歩を踏み出そうとしている。

 そう思うと、画面に映る白い入力欄が妙にまぶしく感じられた。

 胸の奥では小さな緊張と静かな高揚が混じり合っている。

 敦嗣は息を整えてから、短い告知文を打ち込んでいった。

 

 

 

 

『ゲリラではなく、ちゃんとした箱でのミニライブを開催することにしました。場所はツクヨミ内──』

 

 打ち終えたばかりの告知文に誤字脱字がないことを確認して投稿ボタンを押す。

 画面が切り替わるのを見届けると、敦嗣はゆっくり息を吐きながら椅子の背もたれに体を預けて、ぼんやりと天井を見上げた。 

 無機質な防音室の中で、キーボードを打つ音が消えた今、何かが静かに動き始めた気がした。

 

 

 

 

 




 
 敦嗣が弾いたのは、枕草子217段、弾くものは~で出てくる春鶯囀という琵琶の調べです。



 この小説本編とは全く関係ないですが、最近詠んだ歌を一つ。万葉集に倣って、上代日本語で詠んでいます。

《花ぐはし芦の泥土(うひぢ)の下に延(は)ふ根(ね)もころごろの思(も)ひや知らゆる》

 ※意訳。美しい芦がその根を泥の下でひそやかに延ばすように、心の底で深く深く抱えているこの思いが、あなたに知られることがあるだろうか。──いや、泥の中の芦の根が見えないように、知られることはないのだろう。

・花ぐはし─花ぐはしは桜や葦(芦)にかかる枕詞。……花ぐはし芦は言わずもがな。
・泥土(うひぢ)─泥。浮き泥(うきひぢ)の変化した言葉。不安定な状態を表す“浮き”と“泥(ひぢ)”が合わさった言葉。“憂ひ”と掛けて。
・ねもころごろ─“ねもころ”とも。現代の“ねんごろ”の元になった言葉。心の底からなどの意味。今回は“根”との掛詞であることを示すために“根もころごろ”と表記しました。


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