ハッピーエンドの傍らに   作:鮎貝式部書生

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 ライブステージを借りてのライブとはいえ、現実での開催ではないため、その準備期間は想像よりも短いものだった。演出で使うエフェクトやステージを飾る大道具なども、そのほとんどを既存のデータを用いることにしたからだ。

 

 とはいえ、やるべきことは多岐に及ぶ。機材の最終チェック、音源の微調整、ステージでの通し確認など。ライブ当日までの数日間は、妙に早く過ぎていった。

 

 SNSに投稿した告知は、予想以上の速さで拡散されていた。

 

『マジで箱ライブ!?』

『絶対行く』

『チケット取れたやつ勝ち組だろこれ』

 

 ──et cetera.

 

 敦嗣はスマホの画面をざっと眺めた。

 みっちりと並ぶリプライの一つひとつが、画面の向こう側の熱量を伝えてくる。期待の声、喜びの声、そして「やっとちゃんとやるんだ」というような安心したような反応。

 

(……こんなに待ってくれていたのか)

 

 胸の奥に、静かな驚きと、わずかな重みが落ちてきた。ゲリラで適当にやっていた時とは明らかに違う。

 今回は「ちゃんとしたライブ」だと宣言したことで、期待の大きさが自分に向かって跳ね返ってくるのを実感した。

 

 「期待値高いな……、盛り上がりすぎだろ」

 

 片頬に、苦笑──というにはあまりにも喜びがにじみだした笑みを浮かべながら、敦嗣は小さく呟いた。

 画面をオフにして、スマホを机に置く。

 胸の奥の静かな鼓動がゆっくりと高まっていくのを感じた。

 

 

 


 

 

 

 ライブ当日。

 晴れの舞台ということもあって、今日の衣装はいつもの狩衣ではなく、冠直衣(かんむりのうし)とよばれる少し気張った姿だ。

 身にまとった黒橡(くろつるばみ)色の直衣は片袖を脱いで、下に着た(あこめ)の鮮やかな緋色を大胆に見せている。

 

 

 ヤチヨは来てくれているだろうか。見てくれるだろうか。

 いや、「じゃあ期待しとこ~っと」なんて軽い口調ではあるけれど、確かにそう言っていたのだから、どこかで見てくれているはずだ。

 

 ゲリラライブとはまるで違う、全身の肌がヒリつくような緊張感。

 

 ──ヤチヨも、ライブをする度にこんな感覚を味わっているのだろうか。

 きっと届けたい相手に届くのかという不安を抱きながらステージに立ったことだってあっただろう。

 どんな時でも電子の海の歌姫として数えきれない程のファンたちに夢を魅せる、そんなヤチヨの凄さをあらためて実感した。

 

 KASSENで目にするような篝火が、ドットの火の粉を散らしながらステージの両脇で揺れている。まるで夜の能舞台のようなステージに上り、中央まで歩み出た。

 観客の視線が一斉に集まるのを感じながら、ギターのネックを軽く持ち上げ、弦に触れて一音鳴らす。

 それだけで、空気が張り詰めるようにして会場が静かになった。

 

「……こんばんは」

 

 一瞬の間があいて、

 

「「こんばんはー!!」」

 

 爆ぜるようなレスポンスが返ってくる。

 その熱量を正面から受けながら、軽くストロークを刻んだ。

 立ち上がった音の余韻の中で、4ttsuは語りだした。

 

「チケット買って来てくれてるんだから、知ってるとは思うけど、あらためて名乗っとくか。──鬼出電入の流しのうたびと、4ttsu(アッツ)です!! ……名乗り口上なんて初めてやったな。おいおい、ペンライトだとかうちわだとか、いつも持って無いだろ。わざわざ用意したのか? ……まあいいや。いつもやらないMCまでやってるんだ、言いたいことも言えないような世の中だけど、せめて今日くらいは素直に声出して盛り上がってけ!!」

 

 言い終えた瞬間のわずかな間。

 その一拍を自分のものにするように4ttsuは弦を軽く撫でた。

 

 低く、乾いた音ギターの音。

 それが合図だった。

 

 跳ねるリズムが空気を裂くような立ち上がり、遅延なく歓声が爆ぜた。

 

「うおおおおお!!」

 

「きたぁ!!」

 

 最初の曲は速いテンポで始まった。

 考える暇を与えない跳ねるリズムが、空気を裂くように会場を支配する。声を乗せて真っ直ぐに歌を届ければ、篝火の揺らぎを突き抜け、声が会場の奥深くまで響き渡る感覚があった。

 視線も熱狂も、散らばっていたものがひとつの方向へ揃っていく。

 サビに入ると、前列でいくつもの光が一斉に上がり、サイリウムの波がゆっくりと後方まで広がっていった。

 無数の恒星が渦を巻く銀河の流れに身を浸したような幻想的な光景が、ステージから見下ろす視界を埋め尽くした。

 

 

 歌い終え、最後のコードを叩き切る。

 歓声がまだ揺れている中、肩で息をしながら言う。

 

「人生、大変な時も、悲しい時もあるだろ? そんな時に、笑いながら誤魔化して過ごすのが大人になるって事なんだと思う。──だとしても、感情剥き出しで無邪気な子ども心を、完全に喪うなんて事はないはずだ。……短い時間だけど、俺といる時は賢しらな大人の仮面なんか外して、この時間を楽しんでくれ! もっと声だせるよなぁ!!」

 

 ──そして、歓声が爆発した。

 篝火が激しく燃え上がり、宙に舞い散る電子の火の粉が客席の方へと流れていく。その光の粒が、暗い会場に幻想的な軌跡を描いていた。

 

 その中で、4ttsuはゆっくりと視線を巡らせた。

 前列、中央、後方。

 光の粒をまとったような長い白髪を探してしまう自分に、少しだけ自嘲的な笑みを浮かべた。

 

(……いや)

 

 小さく息を吐く。

 ツクヨミの管理者でもあり大人気ライバーでもあるヤチヨが、簡単に観客席に現れるはずがない。街中のゲリラライブに分身が現れるくらいならともかく、1ライバーのソロライブにおいそれと観客として現れるわけにもいかないだろう。

 

 それでも、どこかで聞いてくれているはずだ──そう信じて、ギターを軽く持ち直した。

 

 

 客席を埋める熱気が、ステージの上まで押し寄せてくる。振り上げられたサイリウム、歓声混じりの笑い声、息を切らしながらこちらを見上げる顔。  

 そのどれもが、今この瞬間を全力で楽しんでいた。

 

「いい顔してるな」

 

 ぽんと投げるように言った言葉を聞いて、一瞬、観客たちはきょとんとする。

 次の瞬間、

 

「えっ、俺ら!?」

 

「見てんの!?」

 

「そりゃ見てるだろ。チケット代、無駄にさせる気はない」

 

 軽く返しながら、音の余韻が長く伸びるように弦を弾く。

 

 

「さっきの話、ちょっと重かったか?」

 

「そんなことない!!」

 

「むしろ好き! 泣いた!」

 

「ほんとかよ」

 

 肩をすくめる。だが、口元がわずかに緩むのは抑えられなかった。

 ゆっくりとコードを鳴らす。さっきよりも柔らかい進行。音が、場に染みていく。観客の動きが変わる。跳ねていた体が、少しだけ落ち着く。

 耳を傾ける姿勢、呼吸が揃った。

 

 音に合わせて調っていく空気に、そのまま歌を乗せる。

 言葉を拾わせるように置いていく。

 

 前列の誰かが、そっと目を閉じた。

 中程の誰かが、胸元で手を組む。

 後ろで、揺れていた光が静かに留まる。

 

(……届いている)

 

 確証などない。それでも、そう確信した。

 最後のフレーズを少しだけ長く引く。音が消えてもすぐには拍手は起きなかった。

 

 一拍。

 二拍。

 それから、ゆっくりと波が広がるようにして、先ほどとは違う深い拍手が響いた。

 

「……そういうのも、できるんだ」

 

 誰かの声が、ぽつりと漏れた。

 4ttsuは小さく笑う。

 

「なんでもやるんだよ」

 

 指先を軽く鳴らす。

 空気が戻ってくる。

 熱気が再び立ち上がる。

 そのタイミングで、ストラップに手をかけた。

 

「──で、ここからは」

 

 わずかに間を置く。

 観客の視線が一気に集中する。

 

「ちょっとだけ、趣味の時間だ」

 

 電子データに走るノイズのようなエフェクトとともに、肩から下げていたギターが光子を散らしてその輪郭を柔らかく崩し始めた。

 観客の視線が一斉に、4ttsuの手元へと集中する。

 

「え……」

 

「初めて見るんだけど」

 

「なにそれ、何やるの!?」

 

 ざわめきが一瞬、波のように広がった。

 

 現代の楽器が、まるで時を遡るように遠い過去の響きを宿した姿へと変わっていく。ボディの曲線はたおやかに深みを増し、ネオンカラーの光が弦となって揺れる。

 

 それは、デジタルな現在から、遥か遠い過去の記憶を呼び覚ますような、静かで幻想的な変容だった。

 

 4ttsuの手元で、琵琶がその姿を完全に現した。

 伝統的な琵琶の優美な曲線を保ちながらも、胴の表面にはネオンカラーの電光が細い回路のように走っている。

 

 通常ならば螺鈿や象牙で華やかに装飾されるはずの部分に、淡く光る電子の紋様が浮かび上がり、ステージの灯りを鈍く、そして妖しく反射していた。

 

 和の風情と未来の光が融合した、異質でありながらもどこか調和の取れたその姿に、会場は一瞬、息を呑んだような静けさに包まれた。

 

 構える。

 (バチ)を指に馴染ませる。

 ほんの一瞬だけ、呼吸を整える。

 

(……いける)

 

 

 びぃん……と響かせたその一音で、空気がわずかに揺れた。

 

 戸惑い。

 興味。

 期待。

 

 観客が放つそれら全てを混ぜこむようにして、そのままリズムを叩き込む。

 

 胴の上部で左右一対の半月が煌めいた。

 

 誰かが息を呑む。

 続ける。

 撥を打ち付ける。

 荒い粒。

 削るような音。

 

 伝統的な和の旋律を崩して、伸ばして、歪ませて。そこに、歌を乗せた。一気に押し出すように、声を張って音を叩きつける。

 

(──これだ)

 

 胴を撥で(たた)けば、子馬の蹄が大地を蹴るような音が駆ける。

 撥を細かく動かして弦を擦れば、緑の木々を揺らす風のような音がざわめく。

 

 乾いた音が時に鋭く荒々しく、はたまたどこか懐かしい寂しさをはらんで会場に広がっていく。

 楽器の音と自身の声が一つに重なり、現代と過去が交錯するような、不思議な響きを生み出していた。

 

 観客のざわめきが、次第に収束していく。

 

「なにこれ……」

「やば……すご……」

 

 戸惑いは、すぐに知らない音に対する純粋な興奮と渦巻くような熱気へと変わった。

 

 リズムに合わせて、誰かが足を踏み鳴らす。床を打つ振動が、空間そのものを揺らすように伝播していく。

 

(……いいな)

 

 思わず、口角が上がる。

 ギターの時とは違う、もっと本能的なエネルギーと反応が返ってくる。

 それが、たまらなく心地よかった。

 

 撥を振り上げ、音を叩ききる。

 引き絞った弓を解き放ったかのような一音が会場の中心に落ちて、短い残響が広がった。

 

 一瞬の静寂のあと、質量があるのかと錯覚するほどの歓声が押し寄せる。

 見てるかヤチヨ。サプライズ演出、やり切ったぞ。

 荒く息を吐く。肩が上下する。

 指先が、じんじんと熱い。

 

「……みんなには初披露だな」

 

 それだけ言うと、さらに歓声が跳ね上がった。

 

「よかったからまたやって!!」

 

「意味わかんないけど好き!!!」

 

「それは褒めてんのか?」

 

 苦笑しながら客席をながめる。

 興奮した歓声はまだ止まらない。けれど、その熱狂の奥には、知らないものを見た驚きが確かに残っていた。

 呆然としたままステージを見つめている者。

 隣り合った誰かと早口で感想を言い合っている者。  

 胸の前でサイリウムを握りしめたまま、言葉を失っている者。

 

 その反応すら心地よくて、小さく息を漏らしたその時、視界の端で、ほんの一瞬だけ白い光が揺れた気がした。

 

 


 

 

 手にしていた琵琶が、その形をほどくようにギターへと戻っていく。  

 ネオンの残光が指先からこぼれ落ち、最後に軽く弦を鳴らした。

 

「ラストいくぞ」

 

「ええええええ!!」

 

「もう終わり!?」

 

「残念ながらアンコールも無しだ。時間だしな」

 

 ブーイング混じりの声に、肩をすくめる。

 

「その代わり、ちゃんと締めるから最後まで楽しんでいってほしい」

 

 さきほどまでの荒々しさとは違う、まっすぐな音でイントロを奏でた。

 サイリウムを持った観客の手が自然と上がる。青、白、紫──無数の光が揺れて、会場全体が夜景を反射する夜の海みたいに波打っていた。

 リズムに合わせて跳ねる熱気が、ステージと客席の境界を溶かしていく。

 篝火が揺れて電子の火の粉が舞う。  

 光の海が視界いっぱいに広がる。

 胸の奥で、高揚が燃えるこの瞬間だけは、過去も未来も関係なく、ただ音だけがそこにあった。

 そのまま、最後の曲を走り抜ける。

 

 

 

 




 
 平家物語に代表されるように、琵琶は過去や記憶を物語る楽器だとも思います。



 今回もこの小説本編とは関係ないものですが、詠んだ歌を一つ。ここぐらいしか載せる場所が無いので……

《綾衣(あやころも)あやに春雨濡らさくに染めてし色は移ろはめやも》

 ※意訳。
 綾織りの衣が、むやみに春雨で濡れるとしても、この衣に深く染め込まれた色が、変わることなどあるだろうか。──いや、決して褪せはしない。この身を染める想いも同じように。

 
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