バッドルーザー球磨川 イフナッシングイズバッドノンフィクション 作:忘旗かんばせ
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高き処に水留まれず。
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かつてには誰に憚ることもなく開放されていた箱庭学園の屋上も、今となっては『危険』の一言によって当たり前に閉鎖されるようになった。無論のこと、これもまた放課後交流委員会のもたらした『成果』の一つであるわけだが——生徒の安全を担保する施策の一つな訳だが、ともかくとして。
待ち合わせ場所は屋上だった。
高所。阻むものものなく、爽快に風が吹き荒んでいる。今頃にはもう間も無くの六限目の終わりを待って。生徒たちが放課後の気配を前にソワソワとむず痒く背筋を揺らす頃だろう。放課後が楽しみ、という感覚をいまいち理解できない球磨川禊にしてみたって、しかし授業中と放課後を比べてどちらの方が気楽か、と言われれば流石に後者だ。最も、マイナス十三組に生徒として通っていた時にはまともに授業なんて受けたこともなかったので、やはり肌感覚として理解できているわけではないけれど——それでも。
もう間も無くには日が暮れる——学校の時間が、終わる。その感覚に何も感じないほど神経が麻痺しているというわけではなく。
隣にいる宇治蓮華御初と共に夕日に魅入る中——ぎい、と。
背後、屋上の扉が——開く音がして。
「『やあ、待っていたよ』」
散々、待ち構えられる側だった球磨川禊が今日初めて——待ち構える側として。
その少女を歓迎した。
「『まさか——きみが放課後交流委員会の発起人だったとはね』」
その少女を——
「『
「どうも——先ほどぶりですね、球磨川卒業生」
ぺこり、と小さく頭を下げて、彼女は球磨川禊と真っ向から向き合った。
禊は肩を竦める。
「『考えてみれば——ヒントは全くないってわけじゃあなかったんだよね。きみが僕への使者として選ばれた時——きみは全校生徒の過半数の投票を獲得していた。普通に考えて、ただの一年生にそれだけの票数が集まるなんてあり得ない。それだけの信任があるわけがない、以前に、
「買い被りすぎですよ、作り上げた……なんてのは。あくまでも私は、最初に声を上げたってだけです」
「『それがどれだけ難しいことかっていうのは、きみ自身わかってるんじゃないのかい? 某アメリカ大統領に曰く社会の仕組みは『ナプキンを取れるもの』が決めている。誰かが初めにナプキンを取らなきゃ、誰も彼も動けないのさ』」
「漫画がお好きですか」
「『ああ、大好きだ。だってそこには——』」
「現実にはない希望があるから?」
「『いいや。いずれ現実になる希望があるから』」
言い合って、笑い合う。二人は友人同士のように——敵同士のように。
「『勘違いしたのは、だからきみが反逆者だったからだ。裏放課後委員会への、反逆者だったからだ。それを見て、僕はきみをレジスタンスだと思った。放課後交流委員会に抗する側の人間なのだと思った。だが——必ずしもそうではないことを、僕は忘れてしまっていた』」
禊は言う。
「『放課後交流委員会の表裏は、
放課後交流委員会。表向きにも裏向きにもその名前が使われて、そしてそれらが相互に相互の支配を支えているからこそ勘違いしがちではあるが、
むしろ——この二つの組織は反目しあっている。
表の放課後交流委員会からすれば、裏放課後交流委員会など看過できないいじめの温床で——裏放課後交流委員会からすれば、表の放課後交流委員会は目の上のたんこぶだ。
そもそも裏放課後交流委員会は——表の放課後交流委員会の支配から息抜きをするために作られた憩いの場なのだから。
だから、裏放課後交流委員会は表の放課後交流委員会と連携をとることなどあり得ないし、表の放課後交流委員会からすれば、裏放課後交流委員会など
ちょうど——木之下かばねがそうしたように。
「『しかし——解せないことが一つある。きみが表の放課後交流委員会側の人間で——裏放課後交流委員会の敵であるとして、
なぜ——表の放課後交流委員会に報告してしまわなかったのか?
それが——つまり唯一の疑問だった。
「『教えてくれないかな——かばねちゃん』」
なんて呼ばれて——彼女は。
「かまいません」
と軽く頷く。
「ですが、そうですね。その謎を明かすには、少し長い話が必要になるかもしれません。それこそ——そう、私がなぜ、放課後交流委員会を立ち上げたのか。そんな組織を欲したのか。
腰掛ける椅子もありませんが、少しばかりのお付き合いを。彼女の言葉に、禊は頷く。
「私が放課後交流委員会という組織を夢想した原因は——一言で言えば、球磨川卒業生。あなたです」
その言葉に、禊はわずかに眉を揺らした。
「『僕?』」
「ええ、あなた。……時期が合わない、って思いましたよね」
木之下かばね。一年一組。つまり今年からの新入生で、昨年の卒業生である球磨川禊とはすれ違っている。
けれど——
「球磨川卒業生」
それはある例外を除いての話であって。
「『
突然の質問に——球磨川禊は虚を突かれる。
「『かばねちゃん……きみは、まさか——』」
「彼らは、あなたと戦うことを心待ちにしていました」
勘付いた禊の言葉を遮って、彼女は言う。
「でも——やっぱり球磨川卒業生にとっては、彼らはモブキャラのままだったんですね」
強いとか弱いとか、そんなことを語れないくらい。
「勝ったとしてもそれを誇れないくらい——どうでもいい相手でしかなかったんだ」
彼らでさえそうならば。
私なんかは、きっと。
恥じるように微笑んで、彼女は言う。
「ええそうですよ、球磨川卒業生。あなたがたった今ようやく気付いたように——まるで覚えていなかったように。私は——昨年行われた生徒会主導の体験入学の候補者。その一人にして——あなたによって心をへし折られた
その言葉に——球磨川禊は何も言えない。
ただ、過去の言葉だけが蘇る。
自分の言い放った言葉だけが蘇る。
モブキャラのみなさん、こんにちは。
個性なきみなさん、こんにちは。
その他大勢のみなさん、こんにちは。
もう出番のないみなさん、こんにちは。
木之下かばねは、球磨川禊のその言葉に心を折られて——むざむざと退場した、どうしようもない
「酷い言葉ですよね、モブキャラ、なんて。誰しも自分の人生という物語の主役なのだ、なんて言葉がありますが、あなたが言ったのはその逆。お前の人生に物語なんて
あなたはつまり——そう言った。
「酷すぎる言葉でくらくらします。人権侵害、コンプラ違反。ハラスメント。咎める言葉は山とある。けれど——それがどれだけ酷い言葉だったとしても、
たとえばですけど——
「球磨川卒業生。あなた、
翻って——
「自分が主役であるという自覚がなかった。どこかで、自分は脇役なんじゃないかって、端役なんじゃないかって、誰かの物語の添え物として終わってしまうんじゃないかって、そんな不安を抱えていた。あなたの言うとおり、まさしく私たちは個性なきその他大勢だったんですよ」
主役にはなれない。
それほどの能力もそれほどの度胸もそれほどの物語もない。
普通に生まれて普通に育って普通に生きてきた。
そんなだから——憧れた。
彼女は言う。
「私たちにとって、あなたたちは眩しかった。箱庭学園第九十九代生徒会。学外にまで聞こえ及ぶ煌びやかな伝説。輝くばかりの天才、黒神めだかをトップとし、その隣には暗黒星のような反天才、球磨川禊がいて、そして中学時代から伝説を残し続ける忠臣、
重み——それが一番大事なのだ、と彼女は言った。
「高みにいるなら登ればいい、低みにいるなら降りればいい。でもあなたたちは高いわけでも低いわけでもなかった。そんなものはあなたたちにとってはただの足場で、どこにいるかより何者であるかがあなたたちにとっては重要だった。人生何回目? ってくらい重たい物語を背負って、たかだか十いくつの、私たちと大して変わらないはずの年齢の少年少女が、花のように棘のように、触れ得ざるほど華やかに、気高く強くただひたすら凛と立っていた。私たちには——まるで真似できないくらい」
それを見て、心はすでに折れていたのだ、と彼女は言う。
「私たちはああはなれない。そう思って、でもそれでも、もしかしたらって、そんな彼女たちに見初めてもらえて、ここから
私たちは——現実に墜落した。
彼女は語る。
「たとえばそこで——闇落ちの一つでもできればよかった。特別に嫉妬して、狂って、発狂して——あなたのようにではなくても、それでもあなたに付き従った仲間たちの、その末端の末端の背でも追えれば——マイナスに、過負荷に、なれれば、それはそれできっと良かったんだと思います。でも、私たちはそうもなれなかった。そうなるには悲劇が足りなかった。心を折られたくらいでは、挫折したくらいでは、ただの普通で、大した物語じゃないから。私は親から飲まされたガソリンの味も知らないし、変態教師の靴の味も知らない。同級生から食わされた靴の味も、飢えを凌ぐために食べた新聞紙の味も知らない。その程度の人間だから——絶望したってその程度で終わってしまう」
私たちは——特別じゃない。
普通で。
通常で。
ほどほどで。
そこそこで。
主役になれず。
脇役にすらなれず。
端役がせいぜいの——モブキャラでしかない。
それを痛感したから——だから。
だから木之下かばねは放課後交流委員会を作った。
「私たちはモブキャラだ。でも——
私たちは——私たちのために生きている。
「メインキャラが当たり前のように優遇される世界を否定したかった。モブキャラが当たり前のように消費される世界を無くしたかった。エリートだとか負け組だとか、主役だとか脇役だとか、端役だとか、そんなの関係ないって学園が作りたかった。一人が過剰に活躍を独占するような馬鹿げた仕組みを無くしたかった。特権を持った特別な奴らが特別な物語を普通の人間そっちのけで紡ぐような学園を否定したかった。だから放課後交流委員会を作って、
彼女は語る。
「だって——おかしいじゃないですか。武装を許可されている風紀委員ってなんですか? 学園内で武力抗争があるってどういうことですか? 人体実験のための研究所があるって何事ですか? 挙句——それらを生徒が解決してるって意味わからなくないですか」
そんなの、生徒の仕事じゃない。
警察の仕事だ。
「ここは日本で、日本国憲法が有効で、刑法と民法が支配する法治国家の一角なんです。なのに——あなたたち、なんなんですか。この学校、なんなんですか。意味がわからない。めちゃくちゃにも程がある。はちゃめちゃにも限度がある。こんな場所じゃ、こんな世界じゃ——」
特別じゃないやつは、生きていけない。
「そんなの、不公平でしょ」
だから——変えた。
学園を——その仕組みを。
『普通の子供』が使える権力を上方修正した。親という、教師という、大人の存在に気軽に頼って、彼らと協力して問題を容易く解決できるように。
『学園で起こる問題』を下方修正した。外れ値の理事長を追放して、天才向けの学校を普通にして、起こる問題そのものを『普通のやつ』でもなんとかできるくらい小さくした。
そうやって——学園を『より良く』した。
特別な奴らだけが暴れ回る学校じゃなくて。
特別な奴らだけが活躍できる学校じゃなくて。
普通の奴らがほどほどに通えて。
普通の奴らがほどほどに活躍できる。
そんな学校に、箱庭学園を改竄して——
「でもみんな……それじゃあ不満だって言うんですよ」
——『裏』放課後交流委員会。それは誰の意図によってではなく——生徒全体の意思として、自然発生的に作られたサイトだった。
「最初に見つけたときはショックだった。辛かった。みんな、今の学校より——昔の方が楽しかったなんて、そんなことを言っていて。ショックだったけど——それでも」
それでもそれはただの負け惜しみだった。
「老人が昔は良かったって語るようなものだろうと思った。
ところが——だんだんと、加速度的に、裏放課後交流委員会はおかしくなり始めた。
「発言が過激になって、権力が生まれ始めて、執行官なんて役目が生まれて——裏放課後交流委員会は加速度的に巨大化した。巨大化しすぎて——おいそれと破壊すれば。表の学園ごと砕けるほどに」
みんな——裏放課後交流委員会に依存し始めた。
「なんとかしたかったんです。裏放課後交流委員会を破壊したいってわけじゃない。とにかく……学園を良くしたくて、健全にしたくて、みんなが——
木之下かばねにはできなかった。
解決の道が見えなかった。
解消の方法が見えなかった。
解体の論法が見えなかった。
「そんな時に、あなたが現れた。球磨川禊……かつて心を打ち砕かれた、
どれだけ頑張っても。
努力しても。
特別じゃないから——失敗してしまう。
それが——自分の限界なんだろうか。
彼女は言って——
「『まったく——かばねちゃん、きみはダメなやつだぜ』」
球磨川禊は。
そんな風に彼女をこき下ろした。
「……わかってますよ、そんなことは」
「『いいや、わかっていない。きみは全然わかっていない。まるで一つもわかっていない。だから——きみは失敗するんだ』」
失敗を——しているんだ。
痛烈に。
球磨川禊は木之下かばねを痛罵する。
「『いいかいかばねちゃん。きみはダメなやつだ。きみは無知なやつだ。きみは蒙昧なやつだ。失敗するのも当然だ。行き詰まるのも当然だ。解決の糸口が見つからないのも当然だ。それは、きみがどうしようもなく
球磨川禊は。
そう言って彼女の逃げ道を——塞いだ。
「……じゃあ、何がダメだって言うんですか」
「『決まっているだろう。そりゃあもちろん——頼る相手だよ』」
木之下かばね。きみは——
「『頼る相手を間違えたから失敗しているんだ』」
学園を良くしたい。
裏放課後交流委員会をなんとかしたい。
普通のやつが——普通に楽しめる学園を作りたい。
そんな願いを持っていて——なぜ。
「『なぜきみは、球磨川禊になんて頼っているんだい?』」
球磨川禊なんかに。
こんな
球磨川禊は問いかける。
「しょうもないって……良く言いますね、私をモブキャラなんて言い捨てたあなたが」
「『そうだね。だから、
球磨川禊は言う。
「間違った言葉って、何ですか? 今更、あなたはモブキャラ呼ばわりを撤回するとでも——」
「『するよ』」
球磨川禊は頷いた。
一も二もなく、歴然と。
「『僕はその言葉を撤回する。きみは。
どうも。
それは悪いことではないらしいからね——と。
球磨川禊はそう言った。
それに対して——けれど言われた側が、納得なんてできるはずもなくて。
「そんなの、今更、虫のいい——」
「『責任逃れだ、って? むしろ逆だよ。僕は責任を取るために言っているんだ』」
過去の僕の適当に吐いた暴言で——歪まされてしまったきみの認知を。
正すために、言っているんだ。
「『考えてもみろよ。この世界のどこに、きみみたいなモブキャラがいるって言うんだい?』」
球磨川禊は言う。
「『たった一人、この箱庭学園に立ち向かって、多くの生徒を、多くの保護者を巻き込んで、放課後交流委員会なんてものを立ち上げて、誰もが主役から蹴り落とされない学園を作り上げて、そんな偉業を成し遂げておいてモブキャラを気取ろうなんて——それこそ虫のいい話だ』」
球磨川禊は言った。
「『すごいじゃん、かばねちゃん』」
ひどく純粋に——一人の卒業生として。
後輩を褒めるように、そのままに。
「——馬鹿にしてるんですか」
けれどその言葉に——木之下かばねは激昂する。
「ふざけないでくださいよ、球磨川卒業生。そんなご機嫌取りの褒め言葉なんて、私はいらない。何より、あなたの言ってることは間違っている。誰もが主役から蹴り落とされない学園なんて、私は結局作れなかった。裏放課後交流委員会なんてものが出来上がってしまって、学園はそれに囚われて、腐ってしまった。私がやったことなんて、一つとして誰も幸せにしなかった————!」
魂から搾り出すようなその慟哭に——けれど禊は。
「『そんなこと、まだわからないだろう』」
ただ一言、返す。
「『だってまだ——新体制が始まって半年も経ってないんだぜ』」
改革は。
まだ始まったばかりだろうと。
球磨川禊は、そう返した。
「『学園の体制なんて大きなものを変えようとするんだ。
禊の言葉に。
木之下かばねは、呆気に取られる。
「や、やり直す……って、でも、そんなのどうやって——」
「『決まってる』」
そんなものは——
「『
そのために、きみは放課後交流委員会を作ったんじゃないのかい?
球磨川禊はそう問うた。
「いや、そんな……だって、無理ですよ。裏放課後交流委員会が表沙汰になったら、みんな困ってしまうんだから——」
「『本当にそうかな?』」
禊はわざとらしく首を傾げる。
「『それ——誰かに聞いてみた?』」
本当に。
本当に『
「『つまりね、きみが間違ってるのはそこなんだよ。なんでその悩みを、球磨川禊なんていう『みんな』の一員
『みんな』で相談できる場を——使ってみせろよ。
球磨川禊は言う。
「でも、そんなことをしたら……保護者は怒り狂うでしょうし、処分だって——」
「『だからさ。
自明のことを語るように、球磨川禊は軽く言う。
「『放課後交流委員会の締め付けが強すぎて、みんなが解放の場を求めてしまったこと。それが期せずして良くない権力を持ってしまったこと。報告すると致命的な破綻が起きそうなこと。それを全部正直に話して、
大人だって——意外と融通は効くんだぜ。
「『僕がそうであるみたいにね』」
なんて、それはサンプルケースとしては外れ値すぎる一例だったけれど。
「でも、そんなの……やっぱりそれこそ、無理ですよ。『みんな』がそれを、望んでいるかなんてわからないのに——」
「『そうだね。じゃあ——聞いてみればいい』」
禊は言って——木之下かばねの背後へと問う。
「『
言われ。
木之下かばねは反射的に振り向いて——そこには。
屋上へつながるドアの影に隠れるように——人影があった。
「いいんじゃねーの?」
そんな風に言うのは、オールバックにした金髪の、長身の少年——鴨池多々狼だった。球磨川禊に刺された螺子は、今や跡形もなく消え去っていて——そして、いるのは彼だけではなく。
「わたくしも別に、裏放課後交流委員会の空気は、好きではありませんしね」
立ち並ぶ一人——しめ縄のように太い三つ編みのおさげを二本、肩から垂らす少女、羽衣唯無が言う。
「強すぎる締め付けに対する反発でしかなかったんだ。締め付けが緩むなら、すなわちなくなったっていいだろうさ」
立ち並ぶ一人——後ろ髪を緩く束ねた妖しい笑顔の少年、曽於消希が言う。
「表の放課後交流委員会が酷い沙汰を下すようであれば——それはそれで、また歯向かえばいい話だ」
立ち並ぶ一人——侍のように長髪を括った長身の少女、荒生田くるみが言う。
「『
球磨川禊に瞬殺されたはずの四人が、そこには立っていて——
それだけでなく。
「全部打ち明けて、『みんなで』相談するってのは、いいと思うぜ」
さらに一人。
そこにいたのは——背の高い、短髪の少女。
球磨川禊に心をへし折られたはずの——勧修寺奨だった。
「あんたの考えは……あたしは好きだ。だからこそ、問題は、活躍の機会は『みんな』で分かち合おうぜ。それでこそ——誰もがほどほどに主役になれる学校って奴だろうよ」
みんなでほどほど悩んで、ほどほど失敗してほどほど成功して——ほどほど前に進んでいこうぜ。
勧修寺奨は、そう言った。
そして——
「そのためなら、俺は、俺たちは協力を惜しまない」
もう一人。
最後に、勧修寺奨の影から現れたのは——
「人吉、善吉——!」
「おう! 今や名乗れる肩書もない、二年一組の一生徒、人吉善吉だ!」
似合わぬ白い制服に、眼鏡を掛けて。
第百代生徒会会長、人吉善吉が、そこに立っていた。
「たとえ生徒会の座を降りたとしても——俺は、人吉善吉は、いついかなる時も誰の相談も受け付ける」
凛と。
輝くばかりの笑顔で、人吉善吉は笑って見せた。
「木之下かばね——お前の言葉、胸に響いたぜ。誰もが主役の座から蹴り落とされない学園作り——上等だ! 初めは俺も、この歳になって親に頼るのはどうなんだ? なんて思っちまったけれど——そういう事情なら話は別だ。頼れる相手には頼りまくって——いい学校を、『みんな』で作っていこう」
どうか俺にも——協力させてくれ。
そう言って——彼は木之下かばねに手を差し伸べる。
「で、でも、私はあなたの敵で——」
「関係ねぇよ」
良く言うだろ?
人吉善吉は、人好きのする笑顔で言った。
「昨日の敵は今日の友、ってな!」
それとも——
「敵じゃ、『みんな』の一人には数えてもらえないか?」
その言葉に——木之下かばねは首を振る。
「いいえ——いいえ。敵でも、反目してても、立場がちがっても——誰でも。私は、『みんな』と一緒にこの学校を良くしたいです」
その言葉と共に——彼女は、差し出された手を握り返す。
ガッチリと、握手が交わされて——
「でも、だけど、やっぱり、たった六人の賛同者じゃ——」
「『心細い、だろう? だから——アンケートを取った』」
球磨川禊は。
胸ポケットから、スマートフォンを取り出した。
「『事後承諾で悪いけれど——
可決、八十六パーセント。
「『満場一致とまでは言えないけれど——この数字なら、やっても悪くないんじゃないかい?』」
もちろん——残り十四パーセントの反対票と、その不安も尊重した上でならね。
球磨川禊は言って——そうこうする間に、
「木之下!」「木之下ー!」「かばねちゃん!」「木之下さん!」「かばね!」「かばねさん——」
そう、もう授業は終わって——放課後の時間だ。
放課後の——交流の時間だ。
無数の生徒が、相次いで相次いで屋上へと飛び出してきて——
「俺も——お前に協力したい」「俺も」「私も!」「某も!」「僕も!」「私も!」
口々に、かばねへの賛同を示す。
「え、え——」
「『無論、全員が全員ってわけじゃない。そこは履き違えちゃいけないぜ。でも——こんな風に、居ても立っても居られず駆けつける生徒がいるくらいには——きみの言葉は、支持されたのさ』」
箱庭学園の——生徒たちに。
彼女と同じように。
主役を夢見てけれど心折れた、誰かたちに。
より良い学園を目指す、誰かたちに。
「み、みんな——」
感極まり。
その眦から雫を溢す木之下かばねを見て、一つ頷き——禊は一人、くるりとその場から背を向ける。
「『それじゃあ、僕の役目もここまでみたいだね』」
「球磨川……行っちまうのか?」
その背に善吉が声をかけるけれど、禊は「『当たり前でしょ』」とすげなく言う。
「『ここから先は——『今』の箱庭学園の生徒たちの役割だ。それを奪っちゃ——それこそ文句が出るだろうさ。老害と呼ばれたくはないからね。せいぜい——』」
風のように、消え去るのみさ。
言い残して。
球磨川禊は——姿を消した。
もう一人——
終始無言を貫いた、ちっぽけな反逆者と共に。
2
「『で——とりあえずオチをつけてみたわけだけれど——評価はどうだい?』」
校舎裏。かつて出会ったその場所で、球磨川禊は話していた。
学園に舞い戻って最初に出会った少女、宇治蓮華御初と。
あるいは——
「『
名を呼ばれて。
彼女は——肩をすくめる。
「まったく——いつから気付いていたんだい、球磨川くん」
「『最初から。と言うとやや語弊があるけれど——まあ割と、出会ってすぐから疑ってたね』」
言われて、宇治蓮華御初は——そう名乗っていた安心院なじみは、「私もヤキが回ったものだ」と眉間を揉んだ。
「『ま、違和感は色々あったんだけどさ……一番は、きみが知らなすぎたことかな』」
「知らなすぎた?」
「『そう。宇治蓮華御初は——
球磨川禊の顔を知らなかったことが問題なのではない。
彼女は——球磨川禊の
「戦績?」
「『そう。言っただろう? きみ——僕の人生を、『
「言ったけど……
安心院なじみは首を傾げる。それこそが——語るに落ちているとも気付かずに。
『——こんな素敵な美少女が、万年負け続きのきみの人生に勝利の花を添えてやろうっていうのに、それを無視するって言うのかい?』
これはかつて宇治蓮華御初が球磨川禊に言い放った言葉であり——けれどどうにも、不自然な言葉だった。
「不自然? どこが?」
「『そりゃもちろん——『万年負け続き』ってとこさ』」
なにせ——
「『
球磨川禊。
かつて彼は——とある賭けに勝利した。
その勝利が示されたのは、奇しくも球磨川禊が箱庭学園を去り行く寸前。桜舞い散る卒業式でのことであって——
「『その話、
なにせ、球磨川禊。彼は黒神めだかとの賭けの内容を、卒業以前ことあるごとに吹聴していて——球磨川禊が色んな意味で有名な生徒だったこともあり、彼がその賭けに勝てるかどうかは全校生徒の注目の的だった。
そして、卒業式の日。
彼が賭けに勝ったことは全校生徒の前で証明されて、それゆえに。
もう彼がただの負け犬ではないことは、学園の誰もが知るところなのだった。
「『二勝目ですね』——新一年生のかばねちゃんですら、それは知ってることだった。それくらい、僕がすでに勝利を、一度とは言え経験していることは有名な話だった。なのに、宇治蓮華御初はそれを知らなかった。それは大きな違和感で、
なにせ——その賭けをしたのも、その賭けに勝ったのも。
全ては——安心院なじみが死んだ後のことだったから。
「なるほどね。そりゃあ——うっかりしてたぜ」
彼女は言って、やれやれとばかりに額に手を当てた。
「そうかい。きみは——勝てたんだね、めだかちゃんに」
「ああ。僕は勝ったよ、安心院さん」
きみが信じてくれたように。
括弧をつけずに、球磨川禊はそう答えた。
「『それで、負けることだけが得意技じゃなくなって久しい僕なわけだけれど——今回のオチの評価はどうだい? 僕は——デートの権利を勝ち取れそうかな?』」
冗談めかしての問いかけに、安心院なじみは笑う。
「そうだねぇ。僕は、箱庭学園がつまらない環境になるのが嫌だった。特別な奴らが普通に縛られて、排斥されて、めだかちゃんまで追い出されちゃって、せっかく復活したっていうのに、そんなつまらない箱庭学園に通うのはゴメンだった。だからきみを呼んだんだけれど——」
放課後交流委員会を。
完膚なきまでに破壊してくれることを期待してきみを呼んだんだけれど——
「まさか逆に、放課後交流委員会の存在を確固たるものとして——学園を盛り上げてしまうなんてね」
まったく、予想外もいいところで——
「
そんな風に笑いかけられて——球磨川禊も、同じように笑った。
言祝ぐように、華やかに。
「エスコートしてくれる? 王子様」
「そりゃあもちろん、お姫様」
括弧をつけずに、それでも精一杯背伸びをして。球磨川禊は安心院なじみの手を取った。それはきっと、また一つの新たな物語の始まりで。
「『ああ、一つ言い忘れてたや』」
思い出したように、禊は言う。
「おかえり——安心院さん」
「ああ、ただいま、球磨川くん」
言い合って——笑顔を向け合って。
そうして二人は、並んで歩く。
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これにて終幕……ではなく、もう一話、ございます。どうか明日の更新をお楽しみに。
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