バッドルーザー球磨川 イフナッシングイズバッドノンフィクション 作:忘旗かんばせ
0
愛しき鷹へは餌となれ。
1
「球磨川禊……って、去年の卒業生の?」
「『そうだけど……新入生であるきみにも知られてるなんて、僕は案外有名人だったりするのかな?』」
「まあ、ある意味有名だね。この学園が輩出した史上唯一の進路未決定者として」
「『そんな不名誉な部分で有名なの? 僕』」
「決め台詞は『また内定取れなかった』だっけ?」
「『また勝てなかった、ね』」
「似たようなものだろう」
「『大きく違うよ』」
なんて会話を挟みながらも、二人は校舎の影を移動しながら親睦を深め合っていた。
宇治蓮華御初と名乗ったその少女は、箱庭学園一年一組の生徒であると言う。
「あるいは生徒であった、と。今となってはそう過去形で言い表すべきなのかもしれないけれどね」
彼女はそう言って手のひらを上に向ける。空を支えようというポーズにしては、手の位置がいささか低すぎたが。
曰く——彼女は今。
「反逆者として、追われているんだ」
……いやいや、反逆者て。
それが球磨川禊の最初の感想だった。
「その顔、信じてないね? あーあ、残念だな。ボクの勇気を振り絞った告白を、度胸を張り詰めた告発を、きみに信じてもらえなかったばっかりに、ボクは今ここで一人儚く死んじゃうんだ」
「『なかなかいい性格をしているね、きみ』」
あるいは一組よりも、マイナス十三組がこそ相応しいのではないかと思うほど。
禊は言って、肩をすくめる。
しかし——反逆者。
反逆者、である。
普通に考えれば、学校という環境ではなかなか出てこないワードだろう。この箱庭学園が普通の学校であるかは別として。
反逆者。
そのワードが、この箱庭学園に迫る『危機』とやらのキーである可能性は、低くない。
「『えーっと、色々と聞きたいことはあるんだけれど。とりあえずまず、きみの言う反逆者っていうのは、
禊が問えば、彼女はことも無げに答える。
「そんなの、決まっているだろう——委員会だよ」
「『委員会?』」
さて、なんの委員会だろう。一番あり得そうなところで言えば、風紀委員会だろうか。箱庭学園前生徒会長にして現理事長である
「そうさ。ボクが逆らったのは——放課後交流委員会にだよ」
当たり前のように放たれたその言葉に、けれど禊は首を傾げる。深く深く、九十度に達するくらい。
放課後交流委員会——そんな委員会、あったっけ?
2
箱庭学園には七つの委員会があって、風紀委員会を筆頭にそれぞれが各分野において絶大な権力を持っているのだけれど、それはそれとして放課後交流委員会なんて委員会は、箱庭学園には存在しない。
ならばその委員会はどこに存在するのかといえば、それはもちろん宇治蓮華御初の頭の中——なんてわけもなく。
その答えは——インターネットである。
「いわゆる、匿名掲示板ってやつでね」
宇治蓮華御初は言う。ゆるく結ばれた黒い髪が、背後で尾のように揺れていた。
「学園裏サイト——と、一昔前ならそう呼ばれていたような存在だ」
彼女は言って、スマートフォンの画面を見せてくる。飾り気のない、無機質なサイト。トップページに輝く『ようこそ』の文字ばかりが唯一の華やかさの、言ってしまえばどこにでもありそうな匿名掲示板。それでも——そこが本拠地なのだ。つまり、放課後交流委員会の。
「『裏サイト……ね』」
裏サイト。近年の著しいインターネットの発達。
インターネットを介することを利用した匿名性。それを前提として育まれるコミュニティが、真っ当なコミュニケーションを産むわけもなく。匿名掲示板という文化は、そもそも治安が悪い。顔と名前を隠せる場では、人の悪意は増大する。誰だって好きなのだ。つまり一方的に他人を貶める、という行為は。
表立っては言えない、後ろ暗い本音——見知った誰かへの嫌悪や罵倒。そんなものの『吐き出し口』として、匿名掲示板は機能する。大手匿名掲示板でさえ『そんなもの』であるのは当然で——そしてだからこそ、『そんなもの』が『学校』という環境と密着してしまえばどうなるか? その悪辣さを知らない球磨川禊では、残念ながらない。
裏サイトがいじめの温床となり——滅んだ学校だって、一つや二つと言わず知っている。なんなら、それを扇動する側だったことさえあるのが、混沌より這い寄る
「『しかし——解せないな。他の学園でならともかく——この箱庭学園で裏サイトなんてものが流行るなんて』」
禊は独り言のように呟いた。
だって、そう。その手のサイトが力を持つのは、学園全体に不安や軋轢の『芽』があってこそだ。匿名掲示板は悪意を増幅する打ってつけのアンプであるけれど、それだって元の音がなければ成り立たない。どんな悪意も、その芽がなければ育たない。
そして——その芽に何より敏感なのが、きっとこの箱庭学園だ。球磨川禊——悪意を蔓延させることにかけては誰よりも上であると断言できる彼がこそ、唯一廃校による追放ではない『卒業』を成し得たこの箱庭学園。その中には先述した通り絶大な力を持つ七つの委員会があり、それらを束ねる生徒会を筆頭に——誰も彼も、学園内の問題に対しては目を光らせている。
それこそ匿名掲示板を中心としたいじめ行為なんて、起ころうものなら風紀委員がすっ飛んできて全てを更地に変えるだろう。そう、そもそも——裏サイトなんてものの存在を許していること自体、風紀委員の怠慢であるとすら言える。雲仙冥利め、あれだけ大口を叩いておきながらしごとができていないじゃないか。なんのための風紀委員、なんのための権力なんだ——思い始めた禊に、けれど宇治蓮華御初は首を振る。
「裏サイトと言えばいじめの温床……そう思うのも無理はないけれどさ、残念ながら放課後交流委員会は、
そういうタイプの裏サイト——じゃ、ない?
「『ふぅん、僕は匿名掲示板と言えば悪意と罵声と誹謗中傷ばかりが飛び交う住み心地のいいドブの底ってイメージだけど、この放課後交流委員会は違う、と? 仮にも学園裏サイトを名乗りながら? その名の通り本当にお上品な『交流』を提供しているとでもいうのかい?』」
「きみが普段どういうインターネットの使い方をしているかよくわかるコメントありがとう。そう、お察しの通り、残念ながら放課後交流委員会はとても健全なサイトなんだよ。健全すぎるほどに健全なサイトなんだよ。なにせこのサイトはむしろ、箱庭学園に満ちる悪意に立ち向かうために建てられたサイトなのだから」
その証拠に——彼女は言う。
「このサイトは、
「『……は?』」
いやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいや。
保護者公認。
保護者公認——だって?
この宇宙のどこに、保護者公認の学園裏サイトなんてものがあると言うのだ。
そんなもの——裏サイトとしての体をなさない。
むしろ、表サイトだ。
書き込んだことの全てが、保護者にも見られるなんて、風通しがいいにも程がある。
「そのものズバリ、風通しを良くするためのサイトなんだよ。これは。ほら、見えるかい、サイト運営者の欄。実質的な運営者は別だけど、表向きこのサイトは箱庭学園のPTAが運営しているんだよ」
サーバー代なんかも、そこから出てる。
なんて——驚異的な事実。
「『しかし——それならそれで、むしろ問題はないんじゃないのかい? 保護者公認の健全サイトだって言うなら、まさかそれが原因でいじめが起こるようなことが許されるはずもないだろう。保護者と子供が連帯して問題に立ち向かえるなら、むしろ心強いじゃないか』」
それこそ——かつてには球磨川禊が箱庭学園に侵略を仕掛けた際に、彼の敬愛する精神外科医にして、友人たる人吉善吉の母である人吉瞳が学園に乗り込んできたように。
過負荷には過保護——だったか。
学園という環境で親の——『大人』の持つ力は絶大なのだ。
「心強いから——ダメなんだよ」
ダメなんだ。
箱庭学園は——ダメになってしまった。
「案内してあげるよ——今の箱庭学園を」
彼女は言って、球磨川禊に手を差し伸べた。
3
箱庭学園在籍時には基本、水槽学園の学ランを着回していた球磨川禊だったけれど、その学ランからもいよいよ卒業した今の彼はシャツにパンツの私服姿で、とてもではないが学園関係者には見えない。
卒業生であることだし、いっそ教師のふりでもしてみるか、なんて思ったけれど、実年齢に対して童顔すぎる禊の顔では違和感があるし、何より生徒数に対していささか数が足りているとは言い難い箱庭学園の教師の顔は大体の生徒が覚えきってしまっているもので、知らない大人が教師面をして校内を歩いていたらすぐさま新任教師赴任の噂が立ってしまう。それならまだしも、年齢不相応でも生徒として振る舞った方がマシで——
「『いやあ、予備のジャージがあって助かったよ』」
「躊躇なく盗んだね。生徒のジャージを」
「『借りただけさ、借りただけ。何より、これは男子生徒のだぜ』」
「当たり前でしょ。むしろあったの? 女子生徒のジャージを借りて着用するという選択肢が、きみの脳内には?」
信じられないものを見た、とばかりに驚愕と嫌悪の混じった目で見つめてくる御初の視線を心地よく感じつつ、禊は廊下を歩く。
時間帯的には昼休み。もっとざわついていてもいいものだけれど——
「『なんか、みんな静かだね』」
お喋りがない……わけではない。
普通程度に、生徒たちは談笑している。騒ぐ、までは行かない。談笑。あくまでも、その言葉が相応しいくらいの音量で、和気藹々と——品行方正に、しゃべっている。大声をあげて叫ぶ生徒はいない。馬鹿みたいに大笑いする生徒もいない。普通。あくまでも、普通の光景、なんだけれど——
「『なんか……物足りないというか』」
箱庭学園の休み時間って、もっと騒がしくなかったっけ? 激しくて、騒がしくて、笑いが絶えなくて——もっと。
非凡だった、ような。
「『あ——』」
もう一つ、気が付いたらことがある。
廊下を走っている生徒が、全然いない。
もちろん、箱庭学園は無法地帯ってわけじゃあない。むしろその逆と言っても良い。風紀委員なんてほとんど警察もいいところで、その絶対権力と過剰武力を以って、校則違反者を徹底的に粛清していたのだから——逆に言えば。
粛清しなければ追いつかないくらい、校則違反者が大量にいたのが、箱庭学園という学校だったのだけれど——今は。
「『……みんな、大人しいね』」
かつての箱庭学園を知る球磨川禊からすれば、本当に驚くくらい。
見違えるくらい。
生徒たちは——大人しくなっていた。
廊下を走る生徒なんて一人もいない。「廊下は歩きましょう」なんて張り紙が絶対法則をもたらす呪符であるかのように、静々と——歩いている。駆け足の生徒すらも存在しない。ぶつからないように譲り合いながら、誰もが廊下を走らず歩いて通っている。上品に、規則正しく。
校則を守って、休み時間を楽しんでいる。
「『………………』」
いいこと——の、はずだ。ルールを守る、というのは。決して、悪いことではない。褒められるべきことではあっても、叱られるべきものではない。混沌よりも這い寄る
悪くない。
悪くない。
悪くない。
悪くなくて——気味が悪い。
異様。
その一言に尽きる。
ルールというのは、はっきり言えば究極、破る人間がいるから作られる。戒めのための鎖なのだ。全員が全員、ルールを守っているなら、それはもはやルールではない。
文化だ。
あるいは風習だ。
あるいは——因習、とか。
そんな言い方をされるものだ。
廊下を走るな。当たり前だ。走っていたら人にぶつかる。こける。怪我をする。危ない。走らずに済むなら、走らない方がいい。そんなことはみんなわかってる。わかっていて——走ってしまうものなのだ。人間というのは。
ルールを破るくらいの方が健全だ、なんてそんなことをいうつもりはない。ルールを破るのは不健全だ。ありていに言えば悪だ。悪だが——しかし悪であることはそんなに悪いことなのだろうか。
人間、完璧に生きることはできない。
正しく生き続けることは難しい。
人間は——正しさと相性が悪い。
無数のルールを永遠に守り続けるのは難しい。
少しくらい——ボロが出る。
出てしまう。
廊下は走ってしまうし、休み時間には大声を出して騒いでしまう。
それが人間というもので——みんなそういう経験をしてきたから、ちょっとくらいのルール違反には寛容になる。
ちょっとくらいの悪は許してやれる。
廊下を走れば危ない。わかっている。でも——廊下を走ったくらいで死にはしない。
人間、急ぐのには理由がある。授業に間に合わないのかもしれないしおしっこが漏れそうなのかもしれない。あるいは購買のパンを勝ち取るためかもしれないし、気になるあの子にもらったラブレターの返事をするためかもしれない。いろんな理由で人間は急ぐ。急いでしまう。ちょっとくらい廊下を走ることは、だからみんな見て見ぬふりをする。
騒ぐのだって同じこと。人間なんて、言ってしまえば所詮は猿で、感情が昂れば
そりゃあ近くで騒がれたらいい気分じゃないけれど——でもやっぱり、それで死ぬわけじゃない。あんまりにもうるさければ、うるさいよと一言言えば良い。その程度のこと。ごめんねで済む程度の、警察もいらないちょっとしたマナー。その程度のもので——こんなにも絶対的に、支配的に、緊縛的に蔓延るようなものじゃない。
風紀委員が出張るまでもなく、誰も違反を犯さないような。
正しくあり続けるような。
そんな光景は——異様だ。
異なっている様だ。
少なくとも——過去の箱庭学園からすれば。
「わかったかい、ボクの言っていることが」
腰に手を当てて、御初は言う。
「今——箱庭学園は急速に『正しく』なっている」
ルールを守って。
マナーをわきまえて。
品行方正に——正しく学園生活を。
送るように——強制されている。
それはもちろん、放課後交流委員会によって。
「校則違反者が出れば、すぐにサイトに書き込まれて
どうすれば違反者が出なくなるのか。
どうすれば子供が間違いを犯さなくなるのか。
どうすれば——子供が『善く』なるのか。
それを追い求めての再発防止策が、すぐさま保護者たちを中心として議論され——その皺寄せが子供達にやってくる。
端的に言えば——厳しくなる。
ルールが。
マナーが。
校則が。
厳しくなって——息苦しくなる。
そして、その原因となった生徒——違反者に、密かに恨みが向く。
「『そりゃあ……面白くないサイクルだね』」
典型的な支配のサイクルだ。抜け出そうとする人間が。袋叩きにされる。無論——システム全体が善意によって……
なんてったって——正しいのだ。
廊下を走るな。騒ぐな叫ぶな。それに対して『走らせろ』『騒がせろ』と叫ぶことは難しい。なんてったって——誰がどう見たって、それは間違っているのだから。間違っていて、悪いのだから。
再発防止のために校則が厳しくなるのだって、同じこと。正義の名の下に行われる『善行』に、まともな人間は太刀打ちできない。
だが一方で——事実として。
それで本当に良くなっているのなら。
誰もが廊下を走ろうともせず、騒ごうともせず、それで上手く学園が回っているのなら。
それも悪くないのではないか——と思う。
なにせ、少なくともそれは『正しい』。
間違っていなくて——悪くない。
気味が悪くても、社会には良い。
当人たちがどれほど息苦しく思っているとしても、守られるべきルールには、守られるだけの理由があるのだから。
「——本当に?」
問いかけるのは、だから宇治蓮華御初だった。
「本当にそれが——正しいと思うかい?」
ルールが、規律が、息もつけないほどがんじがらめに生徒を拘束して——挙句、相互監視に等しい『違反をするな』の圧力が校舎を支配するような。
そんな状況が本当に——『正しい』と心の底から言えるだろうか?
「『……そりゃあ僕だって、そんなことは間違っていると声高々に主張したくはあるけれどね』」
混沌より這い寄る
そう悪くもないのではないか……なんて思考が過ってもしまって——
「弱者を産まない、というのは確かにひとつかもしれない」
少なくとも今現在——表立ってのところ、箱庭学園にいじめはない。いじめなんてものは存在しない。存在したとしても——すぐさま消え去る。そういうシステムができている。落ちこぼれだって存在しない。学力の足りない子供にはそれに相応しいサポートがつく。教え方が改善される。運動だって同じで、ともすれば芸術でさえ。
「『芸術——でさえ?』」
良い悪いの比較がしづらい芸術という分野にさえ——そのメスを入れたのか。
何を以って落ちこぼれと判断するかもわからない世界に?
それは一体……
「どうも、ピンと来たみたいだね」
宇治蓮華御初は言う。
ピンと来た、と言うよりかは、ピンとくるためのとっかかりを得た、くらいのところだったのだけれど——禊の遅いひらめきを待つ義理があるわけもなく、御初は言葉を続けていく。
「この学園はつまりさ、強者を産むより弱者を産まないことを選んだんだ」
位置についてよーいどんではなく、おててを繋いでみんなでゴール。
御初は言う。
「お題目は、依怙贔屓の排除だった」
箱庭学園には特待制度がある。学力特待となる十組、特別普通科。スポーツ特待となる十一組、特別体育科。芸術特待となる十二組。特別芸術科。
そして、
「真っ先に目をつけられたのは十三組だった。出席義務すらない特別扱い中の特別扱い。
それに対し——学園は屈した。
屈さざるを得なかった。
通常の私立学園と違い保護者が主なスポンサーというわけでもない箱庭学園だ。保護者が大挙して押し寄せたとて。突っぱねる道もあった。だが——
『こんな学園には子供を通わせられない』
ニュースタイトルはそれだった。
保護者は——
こうなると——まずい。
最悪の場合、学園が取り潰されかねない。
なにせ——箱庭学園はあくまでも『学園』なのだ。
どれほど国家や大企業と癒着し、超法的機関のように振る舞っていても——それでも国家の下、都道府県知事の管轄となる、文部科学省下の組織であり——民意には勝てない。
だから箱庭学園はその要望に屈した。
屈さざるを得なかった。
そしてそこから——雪崩のように全てが崩れ始めた。
「特別特別科という
学園をより良くするための改革は続く。
「最後に行われたのが——
指を立てて。
宇治蓮華御初はそれを宣言する。
「箱庭学園理事長——黒神めだか。いや、今となってはもう、『
黒神めだか。
箱庭学園第九十八・九十九期生徒会長にして、箱庭学園史上最も多くの伝説を残した生徒。一度には堕ち行く月を砕くがために宇宙へ消え——されど伝説的な帰還とともに一足飛びで卒業、理事長就任へと至った規格外の大天才にして超異常。
球磨川禊にとっては終生のライバルにして、かつてには卒業の間際。最後の最後に至るまで——一度として勝つことのできなかった相手。その卒業間際の最後の最後にこそようやく、ただの一度だけ、球磨川禊は彼女から勝利をもぎ取ったのだけれど——だからといって数々の敗北がなくなるわけでもなく。
また——彼女の僅か一年の箱庭学園在籍期間における数々の伝説が消えてなくなるわけでもなく。
かつてに競ったライバルが——そんな風に弾劾されたという事実に、然しもの球磨川禊も動揺が隠せなかった。
「『でも……そんなの、上手くいかなかったんだろう?』」
そうなんだろう? と。
ほとんど縋るように——祈るように。
球磨川禊はそう問うけれど——宇治蓮華御初は、無情にも首を振った。
「むしろ——
絶句。
唖然。
あまりの驚愕に——だから球磨川禊は開いた口が塞がらなかった。
なぜだ?
黒神めだかといえば——史上最も多くの人望を集めた生徒会長でもある。ピンチには敵までもが応援に駆けつけるのが、黒神めだかという人物ではなかったのか。それがなぜ——満場一致の弾劾に?
「まず、保護者からの視点を話そうか。黒神めだかは、その在学中の記録から常軌を逸した問題児であったと目された」
黒神めだかの残した数々の伝説。それらは保護者に賞賛よりも恐怖を与えた。
「特に不味かったのが、伝説にもなった文化祭の綱引きだ」
全校生徒対たった一人で綱引きを行い、しかもそれに勝利した。
「まず、全校生徒対一人というマッチングがあり得ない。平等という概念の真逆を行っている。その上で——一人の側が勝利した。こんなもの、
そんなことを在学中からしていた黒神めだかが、いよいよ理事長という役職についてしまった。それも高校を正規に卒業してもいないのに、未成年の身で。
そんなもの——学園がめちゃくちゃになって当然だ。
「委員会に対する絶大な権力の付与や、特別特待生徒の異常なまでの特別扱い、それから健全的フラスコ計画なる依怙贔屓制度。エトセトラエトセトラ、類をあげればキリが無い
一方で——
「生徒には耳障りのいいスローガンが渡された。すなわち——
そのワードには、だから球磨川禊にも聞き覚えがあった。
黒神めだか。彼女が第九十八・九十九期箱庭学園生徒会長として数々の伝説を打ち立てた——その終焉。行われた生徒会選挙による
誰よりも彼女の隣に居続けた少年、
黒神めだかからの
彼女一人に全てを任せるのではなく。
自分たちで頑張っていこうというメッセージ。
それが産んだ——第百期生徒会長の座を賭けて行われた生徒会選挙における、人吉善吉の圧倒的大勝と黒神めだかの絶対的大敗。
その記憶は、卒業生たる球磨川禊にも新しく——きっと、
だから——響いた。
響いてしまった。
「『じゃあ——』」
ごくり、と。乾いた喉で唾を飲むのが、ひどく難しかったけれど。
それでも必死に乾く喉を潤して、球磨川禊は言葉を紡ぐ。
「『今の、箱庭学園には——』」
「そう」
震える声を引き継ぐように、宇治蓮華御初は宣言する。
「今の箱庭学園に——黒神めだかは、もう居ない」
感想、評価、推薦、お気に入り登録、ここすきなどなど、して頂けると励みになります!
よろしくお願いします!