バッドルーザー球磨川 イフナッシングイズバッドノンフィクション   作:忘旗かんばせ

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第四話『勝者なき戦い』 2

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「まったく——後輩をいじめるのも大概にして欲しいですね、球磨川卒業生」

 

 半狂乱になって暴れ出した勧修寺奨をなんとか宥めて落ち着かせて、泣きじゃくる彼女の頭を膝の上に乗せ、寝かしつけてようやく、その少女は球磨川禊の方を見た。

 

「『いじめる? 冗談はよしてくれよ。僕はたった今、その子から散々に一方的な暴行を受けて死にかけてたんだぜ。いじめられてたのは僕の方だ』」

 

 全ての傷を——撒き散らした血飛沫ごとなかったことにして、球磨川禊は少女に向かい合うようにして椅子に座っている。

 

 また勝てなかった——肩を竦めれば、少女の視線が鋭くなった。

 

「勝てなかった、ですか。まあそうですね。客観的に見て、あなたは女の子にボコボコにされてただけですからね。勝てなかったっちゃあ勝てなかったでしょう。といっても、視点一つのお話だと思いますけどね」

 

 ハーフアップの髪に、フレームレスのオーバルグラス。特徴のない、言ってしまえばどこにでもいそうな顔立ちの、中肉中背の少女。

 

 彼女はその眼鏡のレンズの下から、じっと球磨川禊を睨め付けて言う。

 

「精神という舞台においては、あなたは彼女を圧倒していた。しかもそれは……()()()()()()()()()()()()

 

 言って、少女は球磨川禊を嫌悪の目で見る。思わず好きになりそうで、禊は困ってしまったけれど。

 

 そんな内心を知りもせず——少女は話を続ける。

 

「奨二年生……彼女ははっきり言って、大した力がある生徒じゃあない……彼女がなぜ放課後交流委員会の執行官……言ってしまえば鉄砲玉のような役目をやってるかといえば、()()()()()()()()()()()()()だったんですよ。彼女は強いわけじゃなくて、ただ躊躇いがないだけ。タイプとしてはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少女は言う。責めるように。詰るように。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、負けていたのは多分、奨二年生の方でした。断言できます。肉体のスペックで言えば、あなたと奨は互角です。そして躊躇いのなさというステージで言えば——あなたは彼女より上だった。順当に考えれば、あなたはこの勝負に勝てるはずだった。勝つしか道がないはずだった。ところが——」

 

 あなたは負けた。

 

「あなたは負けて、勝った奨二年生は負けるより遥かに酷い目にあった。殴るのに躊躇いがない……なんて、彼女の数少ない『特別』は、今日この日あなたに螺子伏せられた。彼女はもう知ってしまった。人を傷付ける心地悪さを。人を傷め付ける苦しさを……。そういう意味で、これはやっぱりあなたの勝利なんですよ球磨川卒業生。あなたは勝負の舞台を肉体から精神に移し替えて、相手にとって最も屈辱となる敗北を押し付けたんだ。人を気軽に殴れるという彼女の長所を——真っ向から螺子伏せたんだ。あなたは勝ち負けってやつに随分煩い方だったみたいですけど……それでいうなら、おめでとうございます。()()()()()()、球磨川卒業生」

 

 涙の跡が頬にこびりついたまま、すうすうと寝息を立てる勧修寺奨を撫でながら、彼女は嫌味にも言い切った。

 

「『あ、そう? 嬉しいなあ。人から勝利を認めてもらえるなんて! もしかして、僕には勝ち癖ってやつが付いてきたのかな?』」

 

 球磨川禊は貼り付けたような笑みと共に球磨川禊はそう言った。まるで気にせず、当たり前のように。

 

「勝ち癖が付いたってより、負け癖が晴れたって感じだと思いますけどね……というより、本当は勝ちとか負けとか……()()()()()()()()って話をしたいんですけど……上手く通じないですね」

「『うん? 気にしなくていいよ。コミュ力のないやつの相手は慣れてるから』」

「鏡に向かって喋るのが趣味だったりするんですかね? まあ、どうでもいいですけどね……余計な話はここまでにしておきましょうか。あなたというキャラクターの方向性も、大体は見えてきましたし」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——

 

「ここらで自己紹介でもしておきましょうか。それこそ——一方的に知ってるってのはフェアじゃないですしね」

 

 もっとも、私なんかの名前を知っていようが知っていなかろうが、あなたにとってはそんなことはどちらでも同じでしょうが——

 

「私の名前は木之下(きのした)。木之下かばね。一年一組普通科の、しがない背景(モブキャラ)です」

「『木之下かばねちゃんか。可愛い名前だね。桜が咲きそうだ』」

「よく言われます。後者の方は、ですけどね。そして……私があなたの下に訪れた理由ですが——」

 

 寝入った奨の頭を撫でる手を止めて、かばねは言う。

 

「交渉です」

「『ふむ』」

 

 平和的だ。少なくともいきなり背後から殴りつけるよりはずっと。

 

「……無事に言えてよかったです。ぶっちゃけ……奨がこうなった時点で、私も正気を失ってあなたに殴りかかってしまうっていう可能性もありましたからね……メッセンジャーとしての仕事を果たせそうで安心していますよ」

「『なんだか勘違いされてる気もするけれど……僕はなにも暴力寄せのマイナスってわけじゃあないんだぜ』」

 

 殴ってきたのは奨ちゃんの過失で——僕は悪くない。

 言いながら、禊は続ける。

 

「『それで、メッセンジャーっていうのは……裏放課後交流委員会からの、と思っていいのかな』」

「ええ、おおむねは。あるいは全校生徒の代表として、でも構いませんが」

「『それはちょっと思い上がりなんじゃないの?』」

「どうでしょうね……『裏』で開催されたアンケートの結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを思い上がりと呼ぶのならばそうかもしれません」

 

 球磨川禊はちらりとスマートフォンの方を見る。実際にサイトを確認すれば、確かにニューススレの続きでアンケートが開催されていた。全校生徒の過半数を超える得票……驚くべきはその比率よりも投票総数だ。全校生徒の過半数。他の誰かに投票された票を考えればもっと多数。この短時間で、それほどの投票が?

 

 それほど——今の箱庭学園の生徒は熱中しているのか。裏放課後交流委員会に。

 

「『……まあ、とりあえずは裏放課後交流委員会からの、と思わせてもらおうか。それで? 交渉、って話だけれど——なにについての、かな?』」

 

 分かりきった問いだけれど、それでも問う。礼儀というより、様式美だ。

 

「こちらの要求はたった一つです。球磨川卒業生。お願いですから——なにも見なかったことにしてこの学園から出て行ってもらえませんか?」

 

 放課後交流委員会のことも、裏放課後交流委員会のことも。

 

 全てを見なかったことにして、帰ってはくれないか。

 

「『うん、要求は理解するよ。なぜ? だなんても聞かないさ。だから、聞くのは一つだけだ。そのお願いを聞いてあげたとして——僕はどんな得をするのかな?』」

「それを今から決めましょう、というお話ですよ」

 

 至極当たり前に、木之下かばねは言った。

 

「そうですね……こちらとしては、正直、疑問点が多いんですよ。学園が大規模な方針転換を行なって、それに対して、追放された黒神めだかがその腹心であった元生徒会副委員長を送り込んでくる……内実を知らなければありそうなストーリーですが、実際のところ、あなた方がそんなことをするか? と言えば大きな疑問があります」

 

 少なくとも——聞き及ぶ球磨川禊という人間のパーソナリティからすれば、考えづらい。

 木之下かばねは訳知り顔で言った。

 

「あなたと黒神めだかはライバルではあっても友達ではなかったし、同胞ではあっても仲間ではなかった。いくら箱庭学園が……彼女の意にそぐわぬ形になったからと言っても、だからと言ってあなたに連絡を取るなんてことを黒神めだかがするとは思えません。もちろん人吉善吉にしたって、他のどの生徒にしたって。聞く限りの話ではありますが、あなたは慕われるより恐れられる生徒でしたし、頼られる以上に忌避される存在だった。あなたを呼び込もうと考える生徒に心当たりがありませんし、当のあなたにしたって素直に呼び込まれるタチでもない。学園を元に戻すためなんてモチベーションで動く人ではないでしょう? あなたは。よく知らないモブキャラ目線の分析ですけど——それでも大きく外れてはいないはずだ。あなたは正義じゃ動かない。あなたは道徳じゃ動かない。あなたは義理じゃ動かない。だからこそ、問いたいわけですよ。逆に私たちこそが、その問いを投げかけたいわけですよ。あなたがこの学園の『問題』を解決できたとして——()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉に対し——球磨川禊はまっすぐに答える。

 

「確かに僕はこの学園の『問題』にはこれっぽっちも興味はない。この学園がどうなろうと知ったことじゃない。めだかちゃんが追放されたって言うのなら喜びこそすれ嘆きはしない。だから僕がこの学園に、箱庭学園に今一度舞い戻ってきたその理由はたった一つだ。今、箱庭学園で起きている問題を僕が解決できれば——」

 

 僕は好きな女の子とデートできるんだ。

 

 球磨川禊は言った。一点の曇りもない眼で、真っ直ぐに。

 

「…………なるほど、性欲ですか」

「『おいおい、僕のピュアな恋心を下世話な言い方で穢さないでくれよ』」

「ピュアな恋心……とは言いますけれどね。あなたがデートをしてもらえる相手ってのは誰なんです?」

「『安心院さんだよ。きみも名前くらいは知っているんじゃないかな?』」

「安心院……はいはい。去年に死んだって話ですけど……ふうん、ま、死んだ人間が生き返るくらいは、残念ながらある世の中ですからね」

 

 なるほど、そっちからの差金ですか。言いながら、かばねは頷く。

 

「で……それ、代わりって効かないんですか?」

「『……どういう意味だい?』」

「だからつまり、それはあなたにとって『好きな女の子と』のデートが大事なのか、好きな『女の子とのデート』が大事なのかって話ですよ」

 

 たとえば——

 

「私じゃダメですか?」

 

 木之下かばねは言った。

 

「顔やスタイルじゃあ、そりゃあ安心院なじみ先輩にはきっと逆立ちしたって勝てないでしょうね。それでも——女だ、って意味じゃあ同じです」

 

 それに——

 

「私なら、あなたにしてあげられるかもしれないですよ。安心院なじみがやってくれないようなことだって」

 

 強調するように腕で胸を寄せて、露骨な態度で。

 木之下かばねは——球磨川禊に色仕掛けを敢行した。

 

「『……甘いね、かばねちゃん。少し前までの僕なら、その色仕掛けにも屈していたかもしれない。でも残念ながら、今の僕を誘惑するにはそれじゃあまるで足りないな。安心院さんは、この事件が終わったら僕にパンツを見せてくれると約束してくれた。きみにできるかい? それに匹敵する、いやいや、匹敵するだけではまるで足りない。凌駕するような約束が』」

 

 そんなことは一言も言っていない。どこかからそんな声が聞こえてくるような気がするのを全力で無視しつつ、球磨川禊はそう言った。

 

「『僕を色仕掛けで堕としたいというのなら——最低でも脱ぎたてのパンツを笑顔で手渡しするところからがスタートだ』」

 

 最低最悪の言葉を吐きながら、己の変態性を全力で暴露する球磨川禊に対し——木之下かばねは「分かりました」と答えた。

 

 いや、ん?

 

 今、なんて?

 

 球磨川禊が混乱する中、かばねは膝の上から起こさないように勧修寺奨の頭を下ろし——机の上に膝立ちする。

 

「ちゃんと、見ててくださいね? 私が脱いだのが生パンだって、わかるように」

 

 言いながら。

 

 彼女は眼前の禊に見せつけるように、スカートの下に両手を突っ込む。

 

 そして——するりと。

 

 その手が下がれば——スカートの下から。

 

 紐が解かれたパンツが一枚。温もりを残して——抜き取られる。

 

「はい、どうぞ」

 

 眩しいほどの笑顔と共に。

 生暖かい布地が、球磨川禊の手のひらに乗せられて。

 

「『え————』」

 

 球磨川禊は、思わず固まる。

 

 それは女子の脱ぎたてパンツを手に握った興奮のあまり——ではもちろんなく。

 

 固まったのは、そのパンツを見たからだった。

 

 両脇を紐で留めるタイプの、セクシーな白いパンツ。広げられたそれは、ちょうどクロッチの部分が禊の手のひらに載るように渡されていて——そのクロッチ部分に。

 

 球磨川禊は釘付けになった。

 

 いやらしい意味ではない。そうであったなら、どんなによかっただろう? 球磨川禊がその布地に目を奪われたのは——だからそこに文字が書かれていたからだった。

 

 滲むマジックで、ほんの一行。

 

『会話は委員会に聞かれている』という文字列が。

 





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