バッドルーザー球磨川 イフナッシングイズバッドノンフィクション 作:忘旗かんばせ
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疑うものは貶される。
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いささか今更の話にはなるのだけれど、箱庭学園の校舎というものは大変に広い。なにせ一学年につき十三クラスが存在するほどのマンモス校だ。一クラス三十人定員と考えても常時千二百六十人の生徒が在籍していることになる。去年からはここにマイナス十三組なる新設クラスが追加されたこともあって、生徒数はさらに増えており——いずれにせよ、それだけの生徒を収容するにあたって、校舎も相応に——相応
黒神財閥を始めとする多くの企業、および国からの出資に飽かせて必要以上に広大に巨大に作られた校舎内を、端から端まで馬鹿正直に歩き通そうと思えば尋常半時間を覚悟するほどで、だからこそ生徒たちもそれを見越して『近道』を探し、教室移動をスムーズに行うのが常なわけだけれど——ともかくとして。
いずれにせよ——箱庭学園内では移動には時間がかかるのが常であり。
「その上、他の生徒や教師に見つからないように移動しようと思えば、多少の時間はかかるものです。無論、こんなことは釈迦に説法でしょうがね」
「『理屈なんてどうでもいいよ。それより、早く僕を出口に案内してくれないかな。待ちきれそうにないんだよ——この後に控えている、きみとのデートがね』」
なんて言葉を交わしながら、二人は廊下を歩いている。球磨川禊と木之下かばねは、他の生徒に見つからないように——
『放課後交流委員会の本拠地へ案内するので、話を合わせてついてきてください』
つい先刻、食堂にて。
そう書かれた小さなメモ帳を見せられて、球磨川禊は反射的に頷いた。半分くらいは、脱ぎたてのパンツの魔力にやられてだったけれど。
それでも球磨川禊は先導する彼女——放課後交流委員会からの使者であるはずの少女、木之下かばねに従った。
『会話は委員会に聞かれている』
脱ぎたてのパンツのクロッチに書かれていた文字は、多分一つの賭けで、そしてSOSだった。
木之下かばね——彼女は、反逆者だ。球磨川禊がこの学園で最初に出会った少女、宇治蓮華御初と同じく——放課後交流委員会に対しての。それはこれまでの動きによって証明されている。彼女は表向き、放課後交流委員会の指示通り、その役目を——球磨川禊の籠絡と排除を果たしているかのように見せかけながら、実際には球磨川禊を導いている——放課後交流委員会の本拠地へと。無論、彼女がそうと見せかけて球磨川を何らかの罠に嵌めようとしている可能性もないではないが、そこは疑っても仕方がない可能性であるし、何よりそれならそれで好都合だ。いずれにせよ——程度の違いはあれど、放課後交流委員会の中枢に近づくことには変わりないのだから。
そういうわけで、球磨川禊は大人しく木之下かばねに着いていっていた。今の時間は授業中。廊下を出歩いている生徒は一人としておらず、教師もほとんどいない。しかしだからと言って全く警戒に歩きまわっていいというわけではない。教室の窓から目撃される可能性はあるし、見回りの教師と鉢合う可能性はある。それを避けながらの隠密行動をとって——二人は学園の奥深くへ潜り込んでいった。
『裏放課後交流委員会には三つのサーバーが存在しています』
広く知られている話ではない——と彼女はメモを通して禊に伝える。
裏放課後交流委員会。掲示板を通した合議制を取るこの組織にも、やはりというべきかしかりというべきか、中心となる存在はある。音頭を取るとは言わずとも、要となるとは言わずとも、それでも——中枢と言える存在はある。本体と言える存在はある。そう、それが掲示板という形をとっている以上——そのサイトが存在するためには、
まるで現実とは別位相にあるかのように感じられてしまうインターネットの世界だけれど、そこは確かに現実で、物理法則の支配する三次元空間の一端だ。インターネットがインターネットとして存在するためには、その母体となる通信網が、そして何よりサービスを提供するためのサーバーが必要で、それは確かにこの世に物理的に存在している。——そしてもちろん、それを管理する人間も。
確かにこの世界に、存在している。
『それらのサーバーを管理する三人の『管理人』それが事実上の、裏放課後交流委員会の
独りでに、メンテナンスもなしに動き続けるようなコンピュータというものは今のところこの地球には存在していない。箱庭学園の膨大な生徒たち——千人以上の膨大なアクセスがあるサイトだからこそ、それを支えるサーバーには頻繁なメンテナンスが欠かせない。問題が起きれば即座に修正して、挙動を安定させ続ける必要がある。だからこそ、メンテナンスを行うサーバーの管理者こそが、裏放課後交流委員会の中枢たる——役員なのである。
かばねはメモを通じて禊に伝える。
『役員は合計、三人居ます』
三人。それが役員の数であって——同時に、管理されているサーバーの数でもあるのだろう。
『一人は『
つまり彼女と禊が直接喋ることのできない理由が、白壁巳蟻だった。
『そしてその性質上——
リーカー。その地獄耳を通し、学園の内情を把握するという役割がある以上——彼女はどうしたって学園を拠点とせざるを得ない。究極、遅延を気にしなければ地球上のどこにあったとしても大差ないサーバーだが——それを管理する人間はと言えばそうはいかない。管理者が学園にいるならば——サーバーもまた学園にないと管理ができないのだ。
『私は幸運にも、それを見つけ出すことに成功しました』
だからこそそこへ——案内する。
球磨川禊を、移送する。
『ちなみに残る二人ですが、一人は、『
手足の如くにプログラムを操る辣腕の機械師——それこそが『
白壁巳蟻のサーバーを抑えた場合には、そこから逆探知を行なって、所在を突き止める必要がある、と彼女は言葉なく紙面にて言った。
『そして最後が——『ノイズ』』
ノイズ——と。
ただ一言だけが、そのメモには書き込まれていた。
『詳細不明。所在不明。正体不明。所属も、年齢も、性別も、学生であるのかすらも分かりません。役割は『アドバイザー』とのことですが、実際、何をしているのかすらも不明です』
前二人に比べて、どうにも情報が少なすぎた。不明、不明、不明の目白押し。役割も……アドバイザー。あまり重要な存在とは思えないが——
『しかしおそらく——この三人の中でもっとも危険なのがこの『ノイズ』です』
彼女は言う。
『かつてには学園にも、裏放課後交流委員会に抗するいくつかのレジスタンスグループがあったものですが——その全てがこのノイズによって消滅させられています。あるいはおそらく——元生徒会長の人吉善吉さえも』
その文字に、禊は密かに肩を揺らす。人吉善吉。かつてには曲がりなりにも黒神めだかを越えて見せた彼でさえ——敵わなかった相手。
ノイズ——一体何者だ。
考える中——
唐突に、止まれのハンドサイン。
木之下かばねは廊下の途中、一枚のドアを指差した。そこは——
(——第四視聴覚室?)
思わず首を傾げる。
去年には箱庭学園に生徒として在籍していた球磨川禊をして、聞き覚えのない教室だった。そもそも、何で視聴覚室が第四まであるんだ。いくらマンモス校と言ったって、四クラスも同時に視聴覚室を使うことってないだろ。あるとしたら見直すべきは部屋の不足よりスケジュールの方だ。
あるいは——そのような、使い道のなさそうな部屋だからこそ、ふさわしいのかもしれない。
つまり裏放課後交流委員会という、隠れ潜まなければいけない組織の本拠地としては。
『ここに——『
そしておそらくは、本人も。
サーバーを守るために待ち構えていることだろうと知らされて、球磨川禊は頷く。
予想以上に早くの、幹部との対面だ。
逃す手はない好機。
思い、球磨川禊はその扉に手をかけて——
「——待ってたぜ、裏切り者ちゃんたちよう」
開け放たれたドアの向こうは——青い光が満たしていた。
青い、青い、青い。部屋の中に堆く積まれた、無数のディスプレイ。床に這う大量のケーブルと、それが繋がるコンピュータの塔。
それは明らかな、何かしらのシステムの中枢であることを示す光景であって——けれど。
積まれたコンピュータの塔はひしゃげ砕けて煙を吐き——ディスプレイは、その全てがブルースクリーン。
青く、青く、青く。
致命的な破損を、警告していて。
裏放課後交流委員会のサーバー。その三分の一はすでに——破壊された後だった。
そして——その破壊され尽くしたシステムの残骸たちが作る、スクラップの山の上に。
一人の少女が——座している。
背は低い。百五十センチ程度だろう。痩せ型。手足は背丈からすればやや長く、必然胴が短い。切れ長の瞳に、鋭い鼻。全体的に攻撃的な相貌に——髪は編み込み。太い四つ編みが頭の両脇を沿うように編まれていて、あたかも羊の角のようだった。
彼女は廃棄物の山を玉座もさながらに君臨し——二人の侵入者を、睥睨している。
「……誰ですか、あなた」
問うたのは、だから木之下かばねだった。
「誰ですか? おいおい、人に名前を聞くときはまず自分からって言葉を知らねーちゃんかよ。——とか言って、あたしちゃんはお前の名前なんて知ってるちゃんなんだけど」
んはは、と笑って少女は言う。
「木之下かばね……生徒人気も高い『使える』人間だって話だったけど……んはは、『使える』ってのは間違いちゃんだったみたいだなぁ」
煽るように言って、彼女は足を組んだ。スカートの下はスパッツで、禊にとっては残念だった。
「あんたらが追い求めてたであろう『
「『最後の仕事?』」
疑問符を浮かべる禊に、彼女は答える。
「そりゃもちろん、裏切り者の発見だよ」
そこのお間抜けな裏切り者ちゃんのな——と彼女は嘲笑うように言った。
「普通科だからなのかなぁ、どうも、スキルホルダーってやつを舐めすぎだぜ。会話が聞かれてるってのを見抜いたまでは良かったが——そんなら会話以外だって聞かれてる可能性を考えなきゃ嘘だよなぁ」
白壁巳蟻。彼女は耳聡く聞きつけた。
「だから、あたしちゃんの出番ってわけだ。やばいのは、サーバーを破壊されることより奪われることだからな。所詮全体の三分の一、破壊されても多少ログが飛んだり、掲示板の動作が重くなる程度だが……奪われれば仮にも全体の三分の一、残ってる情報は多い。証拠にもなっちまう。そりゃあ——良くねぇちゃんだ。持ち出せれば一番いいが、人が一人二人協力したところで短時間に運べる量じゃない。そういうわけで——このあたしちゃんが後始末にやってきたってわけだ」
このあたし——
「裏放課後交流委員会
彼女は両腕を広げる。
「ご覧の通り、ここにはもう何もない。探るも壊すも、手遅れさ」
お前たちの物語は、ここで行き止まりだ。
蛸薬師八々子は言うが——
しかし。
「『どうも随分、みくびられたものだね。この程度で——コンピュータを破壊してデータを吹っ飛ばした程度で、この球磨川禊に対する
サーバーが破壊されている。
球磨川禊。混沌よりも這い寄る
破壊されたサーバーの、その破壊をなかったことにする程度、赤子の手を螺子伏せるより遥か容易いことだ——
「と、思うなら発動してみろよ。あんたの代名詞だっていう、『
言われて、禊は「『ならお言葉に甘えて』」とコンピュータの山に手をかざす。
が。
「『あ——れ?』」
現実は——変わらない。
壊れたコンピュータは壊れたまま。何一つ変わらず、そこにあり続ける。
「んはは——球磨川禊……元マイナス十三組のリーダーちゃんだ、って話だったか。『
だがしかし——
「考えてみればだが……あんたのその『
そんな舐めた人生送ってるやつには——お灸を据えたくなっちゃうのがあたしちゃんってやつなんだよな。
蛸薬師八々子は言う。
「球磨川禊——あんたのマイナス、『
改めて——自己紹介をしよう。彼女は言う。
「あたしちゃんの名前は蛸薬師八々子。『
笑う。頬を裂いて——ヘラヘラと。どこまでも醜悪に、
「あたしちゃんのスキル『
結果の固定。それこそが蛸薬師八々子の
「んはは——チートスキルに頼りっきりで生きてきたツケを払う時だぜ! さあ、この状況をどうする、球磨川禊——!」
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