バッドルーザー球磨川 イフナッシングイズバッドノンフィクション   作:忘旗かんばせ

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本日は東京ビッグサイトにて『超イシンノセカイ2026』が開催!
作者、忘旗かんばせも書き下ろし同人誌『零崎舞織の人間舞踏』をご用意してサークル参加しております。
イベントを記念しまして、今日は朝昼夜に三連続更新を行います。
このお話はその二つ目です。前後の二話と合わせてお楽しみくださいませ!


第六話『ガールズ・リターン』 1

 

 0

 

 光なくして深淵を覗くな。

 

 1

 

「『まさかこの僕がこんなことを言われる側じゃなく言う側に回るとはまるで思っていなかったけれどさ、それでもあえて、恥を忍んで言わせてもらうなら——最近の若者って弛んでるよね』」

「貫禄が出てきたね、老害としての」

 

 酷いツッコミを——あるいは妥当なツッコミを真横から受けながら、球磨川禊は廊下を歩く。休み時間は終わり、現在は六限目の授業中。生徒ではない禊はともかく、隣の少女はこんなに授業をサボり尽くしていていいのだろうかと不安になるけれど、まあそこはそれ、彼女自身の選択で、禊の口出しできる領域ではない。

 

 何より——彼女は今や、反逆者なのだ。この学園そのものとも言っていい権力機構、放課後交流委員会への。

 

 そう、彼女は——宇治蓮華御初は。

 

「『だってさ、酷いと思わないかい? 仮にもマイナス十三組の生徒ともあろうものがだよ? たかだか学園中の生徒に嫌われて、リンチされるかもしれないってだけで命乞いを始めるなんて。こりゃあ明確に堕落だぜ。堕落で失落で墜落だぜ。質が下がったにも程がある。そんな軟弱な生徒、僕の知ってるマイナス十三組には存在しなかったよ』」

「物理的に、だろう。去年まで、きみら(マイナス十三組)の殆どは学校にやってきてもいなかったんだから」

 

 保健室登校ですらもなく、画面を通してのリモート投稿がせいぜいだったんだから。

 彼女、蛸薬師八々子は一年生——今年からの新入生だぜ。宇治蓮華御初は言う。

 

()()()()()()、嫌なもんだろ。学園中から嫌われてリンチされるなんてのは」

「『()()()()()()()、ね。でも僕らは過負荷(マイナス)だぜ』」

過負荷(マイナス)が普通じゃいけないのかい?」

 

 宇治蓮華御初は首を傾げる。

 

「不条理を、理不尽を、嘘泣きを、言い訳を、いかがわしさを、インチキを、堕落を、混雑を、偽善を、偽悪を、不幸せを、不都合を、冤罪を、流れ弾を、見苦しさを、みっともなさを、風評を、密告を、嫉妬を、格差を、裏切りを、虐待を、二次被害を、愛しい恋人のように受け入れなければ過負荷(マイナス)じゃない、なんて、そんなのはもう時代遅れなんだよ。そんな阻害はただの排外主義で、排他主義なんだ。今時には、今の箱庭学園には、それこそ厳しいばかりの先輩なんて、ただの老害で害悪なんだ。その辺り、謹んでほしいね、卒業生」

「『そんな言葉が普通科のきみから出てくるなんて——本当に、時代が変わったんだね』」

 

 肩を竦めて、球磨川禊は言う。

 

「『まったく、弛みもするはずだ。堕落もするはずだ。失落もするはずだ。なにせ今は——きみみたいなごく普通の一年生が、過負荷(マイナス)を救うために僕に立ちはだかるような時代なんだからね』」

 

 思い出すのは、数分前。第四視聴覚室でのこと。

 蛸薬師八々子をその無様な負け惜しみによって追い詰めて——その心を取り返しのつきようもなくへし折る寸前、球磨川禊の前に肩で息をしながら現れたのは——何を隠そう、宇治蓮華御初だった。

 

「『あれ——御初ちゃん? 何をしに来たんだい、こんなところに』」

「そりゃあもちろん止めに来たのさ——卒業生による後輩いじめをね」

 

 閉じられかけた扉を強引に開いて、宇治蓮華御初は第四視聴覚室に光を差し込ませた。蛸薬師八々子の頬に残る、涙の跡が光を照り返す。

 

「『後輩いじめ? なんの話だい?』」

「とぼけるのは止せよ。見たぜ——裏放課後交流委員会への書き込みは」

 

 あれは——きみの仕業だろ? 言って、彼女は携帯の画面を球磨川禊に突きつける。そこに映し出されるのは大炎上が続くニューススレだった。

 

「『あれ、きみの端末は確か、裏放課後交流委員会から追放されてるんじゃなかったっけ?』」

「ああ、そうだよ。だからこそ——予備の端末の一つくらいは持ち込んでるさ」

 

 それによって彼女は裏放課後交流委員会を監視しており——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、他の生徒よりも早くこの第四視聴覚室に駆けつけることができていた。

 

「まったく、酷いことをするものだ。あんな書き込みをして、どうなるかなんてわかるだろう」

「『いいや、わからないね。僕にはまるでわからない。僕はただ、掲示板に事実を書き込んだだけだ。ありのままの現実を書き込んだだけだ。見たままの真実を書き込んだだけだ。彼女によってサーバーが破壊されたという、揺るぎようもない事実を告発しただけだ。それに対して他の誰がどんな反応をするかは——僕の預かり知るところじゃあない。結果として何が起こるのだととしても、それは()()()の選択で——僕は悪くない』」

 

 薄笑いと共に放たれた言葉に、けれど宇治蓮華御初はふんと鼻を鳴らす。

 

「そんなのはただの詭弁だよ。詭弁で詭道で詭謀だよ。きみのやったことは煽動だ。煽動で誘因で挑発だ。完膚なきまでにアジテーションで、言い逃れのしようもなく焚き付けだ。そこには明確に悪意があって、そこには明確に害意がある。煽動者は常に煽動した民衆に対して責任を負うべきなんだ。憎悪を、悪意を、害意を、散々に煽っておいて、自分ばかり知らんぷりなんて——無責任だぜ」

 

 宇治蓮華御初は言った。

 

「『だけどね、御初ちゃん。たとえ僕が煽動の意思をもって、憎悪を、悪意を、害意をもってその情報を掲示板に書き込んだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いかに否定しようとしても、彼女がサーバー破壊の下手人であることには変わりないんだ』」

「そんなの、それが事実じゃなくなればいいんだろ」

 

 腰に手を当てて、彼女は言った。

 

「『……きみはまだわからないかもしれないけれどね、起こった出来事をなかったことにしたり、覆したりすることは悪いことで——』」

()()()()()()()()()()()

 

 首を振って。

 彼女ははっきりと断言した。

 

「覆水盆に還らず、なんて言葉に代表されるように、一度起こってしまった変化は元には戻せない。けれどこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。溢れたミルクはコップの中には戻らないかもしれない。でも別に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。元には戻らなくても、元に戻そうとはできる。それが人間って生き物で、それがボクたちの人生だろう」

 

 一回間違ったら終わりなんて、それこそ本当に間違ってる。

 彼女はまっすぐに言った。

 

「元に戻せるなら——失敗を無かったことにできる手段があるなら、使えばいい。現実を受け入れろ、なんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだろう——球磨川禊。彼女は言って、射抜くような瞳で禊を見る。

 

「ボクが知っている球磨川禊は、いつだってままならない現実と戦ってきた人間だった。決して、現実を受け入れて満足するような人間じゃ無かった。そのはずだ。それともきみはまさか——受け入れるのかい? 負け続きの人生を——勝てないから仕方がないって?」

 

 その言葉が——だから殺し文句だった。

 

「……球磨川()()。因果の固定を、解除しました。だから——お願いします。全部——なかったことにしてください」

 

 言って。

 蛸薬師八々子は土下座をした。

 地べたに這いつくばって——頭を下げて。

 球磨川禊に懇願した。

 

「私からも——頼むよ」

 

 言って。

 宇治蓮華御初が膝をついた段階で——球磨川禊は降参した。

 

「『——サーバーの破壊を、虚構(なか)ったことにした』」

 

 当然——それを発端とする掲示板の書き込みも炎上も、すべて含めて。

 なかったことにして、球磨川禊は両腕を挙げた。

 

「『まったく——後輩に土下座なんかされちゃあ敵わないぜ。僕の負けだよ、まったくさ』」

 

 また勝てなかった——言って、彼は肩を竦める。

 

「どうですかね……結局は目的達成なわけですし、あなたはむしろ、また勝ってしまったんじゃないですか?」

 

 言いながら、木之下かばねは復元されたサーバーを操作し、情報を抜きだす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一つは校外ですが——もう一つは驚くべきことに、校内です。後のことは——よろしくお願いしますよ、球磨川卒業生」

 

 情報をメモして、それをぴ、と球磨川に投げ渡す。

 木之下かばねに出来るのは——そこまでだった。

 

「『あれ、ついてきてはくれないの?』」

「ええ。同じあなたを止めるのでも——私と彼女じゃ雲泥のようなので。どうも私では——あなたのブレーキ役としては足りないみたいです」

 

 正直——こんな胸糞悪い経験はもうごめんです。

 

「あとはお任せしますよ。これ以上一緒にいたら、あなたのことが嫌いになってしまいそうだ」

「『そりゃあ残念。僕はもうすでに、きみのことが好きになりそうだったのに』」

 

 その会話を最後に——球磨川禊と木之下かばねは別れ。

 そして代わりに——その隣には宇治蓮華御初が収まった。

 

 かくして——二人はもう一つの校内のサーバーを目指して移動中、というわけだった。

 

「『しかし——そうか。()()()()()()()()()()()()()()』」

 

 球磨川禊は呟く。『()()()()()()()()()()()()放課後交流委員会を支持したのに——』。蛸薬師八々子の言葉。()()()()()()()()()()()()()過負荷(マイナス)。それは逆説、過負荷(マイナス)というだけでは嫌われ者ではないという話で——

 

「『放課後交流委員会、か』」

 

 それが学園に成立した、ということは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 放課後交流委員会。その存在は生徒を縛り付ける鎖であり、荊であり——ゆえに。

 縛られた生徒たちは——団結する。

 些細な差異など気にせずに。

 気にも出来ずに、団結する。

 その結果が——時代の変化なのだとしたら。

 だとしたら、球磨川禊という卒業生が、それに対してするべきことは——一体なんなのか。

 

 なんて、考える中で——

 

「ついたよ」

 

 と。

 足を止めたのは宇治蓮華御初だった。

 

 いつのまにか——校舎からは外に出て。

 けれど敷地内ではあり——辿り着いたのは。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「『またしても——時計塔、か』」

 

 呟く。球磨川禊にとって——あるいは昨年の箱庭学園の生徒にとって、とまで言えば言い過ぎだが、少なくとも昨年の生徒会執行部関係者にとって、時計塔はきっと印象的な場所だった。

 

 フラスコ計画——箱庭学園前理事長、不知火(しらぬい)(はかま)肝入りの()()()()()()。その実験場として使われていた箱庭学園時計塔地下施設に、黒神めだか率いる生徒会執行部が殴り込みをかけたのは、きっと記憶に新しい出来事だった。その頃にはまだ、球磨川禊は生徒会副会長ではなく、そもそも箱庭学園生徒ですらもなくて——けれど彼と黒神めだかの再会も、その時計塔でなされたことだった。

 

 その後にはフラスコ計画の破棄に伴って研究施設として使われることはなくなり、レクリエーション施設として生まれ変わった箱庭学園時計塔であるけれど——

 

「『さて、今はどうなっているんだか』」

 

 かつてには球磨川禊の生徒会副会長時代、黒神めだかの後継者探しを名目に、ここに体験入学生を招いての大規模なレクリエーションが開かれたこともある。その時にはもちろん球磨川禊も参戦し、数々の醜態を後輩たちに晒して見せたものだが——まさかあの時のように、各委員会の会長たちが集って待ち受けているということもあるまいだろう。

 

 そういえば——今の時代、あの癖の強い委員長たちは何をやっているのだろう? 大人しく一線を退いて、放課後交流委員会の後塵を拝しているのだろうか? いやあるいは、そもそも卒業している委員長だっているか。しかしならば尚更、その背を見てきた新委員長は、今の状況を黙って眺めていられるものなのだろうか。

 

 疑問に思いつつも、禊は時計塔のドアを潜り抜けて——

 

「よう——待ちくたびれたぜ」

 

 声が響く。

 

 そこに待っていたのは——()()()()()()()()()()

 

 四人。一人でも三人でもなく——四人。

 四人の刺客が、ずらりと立ち並び。

 ただ一人球磨川禊を、待ち構えていた。

 

「ここであったが百年目、だ。会いたかったぜ、球磨川禊」

 

 立ち並ぶ一人——金色の髪をオールバックにした、長身の少年が言う。

 

「俺の名は鴨池(かもいけ)多々狼(たたろう)。箱庭学園は一年十組所属、『群集軍隊(チームピープル)』鴨池多々狼。久しぶりだな、球磨川禊」

 

 両手にエアガンを構え、彼はその銃口で球磨川禊に狙いを定め——積年の恨みを晴らすように。

 

「あなたと再び見えることができて、わたくし、大変光栄ですわ」

 

 立ち並ぶ一人——しめ縄のように太い三つ編みのおさげを二本、肩から垂らす少女が言う。

 

「『極才色剣備(ザ・ソード)羽衣(はごろも)唯無(ゆいむ)。一年十三組の生徒を務めさせて頂いております。この顔——見忘れたとは言わせませんわ」

 

 その手に一本の、十字の鍔を持つ剣を携え、彼女は球磨川禊にその鋒を突きつけて——積み重ねた憎しみを載せるように。

 

「くくく……ひと足先に卒業されてしまった時にはどうしようかと思ったが……わざわざ僕たちに殺されに戻ってきてくれるとはね」

 

 立ち並ぶ一人——後ろ髪を緩く束ねた妖しい笑顔の少年が言う。

 

「僕はすなわち、『閉じ込め系(クロスクローズド)曽於(そお)消希(しょうき)。一年九組所属、きみは知ってるはずさ、この僕を」

 

 その両手に巨大な知恵の輪を構えて——煮詰まり切った怒りを燃やすように。

 

「多くは語らん。ただ死ね」

 

 立ち並ぶ一人——侍のように長髪を括った長身の少女が言う。

 

「一年五組。『罪悪漢(ピカレスク)荒生田(あろうだ)くるみ。死せどもこの名を忘れるな」

 

 その両手に警棒を握って——焼け焦げた屈辱を晴らすように。

 

 四人に四人、名乗られて、名乗られて尽くして、けれど禊は。

 

「『えーっと……きみたち、誰だっけ?』」

 

 いまいち、ピンと来てはいなかった。

 

「忘れたなんては言わせねぇぞ——俺たちを、一年前の()()()()()()()()を」

 

 その言葉に、球磨川禊は眉を揺らす。

 

「『まさか、きみたちは——』」

「そうさ、俺たちは一年前の体験入学初日、お前の最低な一言で心を折られた一般人(モブキャラ)だ」

 

 彼らは言って——凶悪に笑う。

 

 かつて、球磨川禊が生徒会副委員長を務めていた時代に、黒神めだかの後継者探しを名目に、体験入学者が募られたことがあった。

 

 集まった候補者は六百三十二人にも登り——

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やっと思い出したかよ球磨川禊。俺たちはあんたの言葉を今日この日まで片時も忘れず生きてきたってのによ——」

 

 多々狼はばりばりと歯を食いしばりながら語る。

 かつての屈辱を——抱いた怒りを。

 

「くくく——モブキャラのみなさん、だって? 個性なきみなさん、だって? その他大勢のみなさん、だって? もう出番のないみなさん、だって? 冗談キツいぜ。俺たちはこうして——這い上がってきた! 球磨川禊! 今度こそ忘れさせはしないぜ。俺たち四人を——まずはお前というロートルを退場させ、しかして今後、堂々この漫画のメインキャラとなる『四人の光王(フラッシュモブズ)』の名を——!」

 

 叫びと共に、四人は一斉にその手の得物をもって球磨川禊に襲いかかって——

 

 

 

「『ごめん、忘れた』」

 

 

 

 その全身を——()()()()()()()

 

 頭という頭を、からだという体を、手足という手足を。螺子伏せられて、螺子伏せられて、螺子伏せられて——螺子止めされて。

 

 彼らは沈黙と停止を——余儀なくされる。

 

「『過去は振り返らない主義なんだ、この僕は』」

 

 だからきみたちも——(過去)なんかに囚われずに、前を向いて生きていくといい。

 

 なんて、適当な言葉をさも名言のように言い放ちながら——全身を螺子だらけにされた四人を置いて、禊は平然と先へ進む。

 

「……これ、いいのかな」

 

 引き連れられる宇治蓮華御初は呟く。今の、なんかこう、結構大事な因縁っぽかった気がするけど。

 

「『おーい、御初ちゃん! 早くしないと閉まっちゃうぜ!』」

 

 手招かれて仕方なく、御初は四人を見捨てて先へ進んだ。釈然としないものを抱えながらも、それでもそれを飲み下して。

 

 そして、二人は時計塔の最深部へと潜り込み——

 





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