崩え彦の跛行   作:瓜生褄久

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第十章 八十八年の追憶(1)

 

 

2134年 10月3日 午前11時23分

ソシモリ 旧豆生田町細田地区

アンザン

 

 むせ返るような濃厚な空気と、遠くに流れる水の気配。手入れされていない木々の枝と葉が視界を満たし、そのスキマに見える倒木は取りのぞかれることもなくナナメにかたむいて、ほかの木に寄りかかっていた。

 未踏の森といった雰囲気だが、足元だけはしっかりとならされており、ところどころには砂利や鉄板で簡単な舗装さえされている。

 

「やはりエンシオは、あの水路を使ってソシモリに出入りしていた様ですね。商品の一部はここから調達していたのでしょう」

 

 タケウチは興味深そうに辺りを見渡しながら俺の一足先を歩いている。ソシモリに入って数分、どうやら追手の気配もない。そろそろ頃合いか。

 

「さて……」

 

 俺は空の見える適当な空き地に荷物を下ろし、羽織っていたフライトジャケットを脱いだ。

 

「どうしました?」

 

「いや、仕事の仕上げをね。だいぶねばったが、もうこれ以上の調査は無理だろう」

 

 レンタルタンクのエル・ボスコ支店における不正の調査。しかし、事件はいちショップの問題だけにとどまらず、その背後にある村ぐるみでの加担までもがあきらかとなった。これを看過することは、俺の立場上かなわない。

 決定的だったのはカンナメへの潜入によって知れた、モンスターの飼育とその利用だ。

 そして、宿で遭遇した、タンスにつめ込まれたバケモノ。あれも村の「産業」のひとつということなのだろう。俺はふと、家具工場に向かったときにすれ違った大型トラックの姿を思い出した。

 

「しかしまさか、連中もここまでド派手にやらかしてくれるとはな……今までチマチマと証拠を集めてたのが馬鹿らしくなっちまった。もうこれ以上は俺の手におえん」

 

 俺が体内に仕込まれた通信装置を起動すると、背中の人工皮膚下にしまわれていたアンテナが展開し、はるか上空の人工衛星に向かって音もなく信号が打ち上げられた。これはノロシだ。その意味合いはじつにシンプル──当該地域に対する武力制圧の要請。

 

「サイバネ化手術ですか」

 

「ああ、両腕両脚に胴体の大半が作りモノ。それと、この目もな」

 

 カンのはたらく歴戦のハンターは常人とは違う視界をもつとも聞くが、俺はハンターとしての才能も並ならば、つちかわれた技術もない。そのかわり、組織は経験いらずの狩人の眼をくれた。それが今回の案件においてもおおいに役立ってくれたというわけだ。

 

「先生には、もう隠すこともないだろうが……じつは先ごろ、不正を行っているレンタルタンクショップがあるとのリークを受けてね。で、俺はその調査にきたというわけなんだ。が、まあ、こんな大ごとになっちまうとはな」

 

「ああ……彼女はその件についての告発者でしたか」

 

 タケウチは納得したようにうなずく。

 エイコはもともと村の住人ではなく、外部から派遣されたスタッフだ。村の一員とはいえ、まだ村のコミュニティに完全に取りこまれてはいなかったのだろう。だからこそ、村の異状に気づき、それを本部に知らせたのだ。

 

「数日のうちに、自由レンタル連合の雇ったハンターどもが押しよせてくるはずだ。ほとぼりが冷めるまで、俺はここで待機するしかない。先生も命がおしいなら、なるべくじっとしてるんだな」

 

「成る程、アンザン君はレンタル連合の方だったんですね」

 

 タケウチはわざとらしく驚いた様子をみせるが、俺がどこかしらの組織の人間だというのは、前々から分かってはいたはずだ。こいつ、やはりどうにも食えない部分がある。

 

「まあね。だが、ハンターだってのも嘘じゃないんだ。立場は先生と似たようなもんだと思うが」

 

「いやあ、私の場合はホントにただの嘱託でして……ハンターオフィスに碌なコネも無いんですよ」

 

 カマをかけてみたが、簡単にはぐらかされてしまった。こいつにはまだなにか隠しごとがある。ひと仕事を終わらせた俺だが、最後にそれを暴いてみたいという気になっていた。

 

「しかし先程の話、ここにハンターらがやって来ると云う事ですが……」

 

「ああ、賞金をかけてハンターどもを動かすのさ。奴らは集落ひとつ潰すくらいは平気でやる。自由レンタル連合はナメられたらおしまいなんだ」

 

 一瞬、タケウチの表情がくもった。だが、その理由がなにかは分からない。

 

「それが君の言っていた最後の手段と云う訳ですか。しかし、身内のやる事に対してまるで他人事ですね」

 

「ひとごとさ。この身体について世話になっちゃいるが、一緒に仕事していて、そう気分のいい連中でもない。まあ、結局は片棒をかついじまってる俺に言えたことじゃあないが」

 

 見ると、タケウチはあごをこすりながら考えに没頭しはじめている。そしてゆっくりと辺りを歩き出す。

 

「悪いな。これで先生の探しものもオシャカになっちまうかもしれん」

 

 襲撃がおこなわれれば、当然掠奪も発生する。タケウチの探しているであろう「大破壊前のなにか」も、たとえ存在していたとしてハンターどものいいエジキだ。

 

「いや……そうかも知れませんが、そうでないかも知れません」

 

 俺の周りをうろうろと歩いていたタケウチはつと立ちどまり、俺の顔をじっと見つめてきた。

 

「ソシモリに入る事が出来たついでと云う訳では無いのですが、ここで探したいものが有ります。貴方の仕事はこれで終わりかも知れませんが、今少しだけ力を貸しては頂けませんか」

 

 

   *

 

 

 森を抜けた俺たちは、大湿地帯の中心である川の近くまでやってきていた。タケウチの古地図でいうところの要川、それのヒ川との合流の手前だ。辺りはアスファルト舗装のなごりがあちこちに見られる上、背の低い植物が茂っているためか、思ったより見通しはよかった。

 ここまで来たなら最後までと、俺はタケウチのもとめに応じたが、その条件として、調査の具体的な目的を明らかにすることを約束させた。

 ただの研究や金目当てなどではなく、こいつには明確に狙っているなにかがある。おそらく、最初に会ったときに砂漠で探していたのもそれだ。それにこの非常事態にあたっての落ちつきっぷり、あまりにも覚悟が決まりすぎている。

 要求を受け入れたタケウチが語るには、この村やナガスネ砂漠をふくむ一帯は、かつて長曾根市と呼ばれる土地だったという。そして、そこには大破壊前の世界を牛耳った巨大複合企業ヴラド・コングロマリットの極東支社、ヴラドイーストの研究施設が建設されたのだそうだ。さらには、かつて長曾根市で有力だった一族、豆生田家の本家がこの地域にあったらしい。これらの点から、タケウチはこの村にこそヴラドイーストの研究施設があるとふんでいるようだ。

 

「どんなお宝が眠っているかは開けてみてのお楽しみですがね。ひょっとすると、想像を絶するロストテクノロジーが遺されているかも知れません。他にも調査中に気になった事が諸々有るんですが、まあ、その答え合わせをしに行きましょうか」

 

 タケウチはそう言ってさっさと歩きだしてしまったが、どうも肝心なところをはぐらかされたままのようだ。ヴラドイーストの研究施設とは言うが、いったいなんの研究をしていたのだろうか。こいつは、それを知っていて求めているのではないか。

 本部からの招集でハンターどもがやってくるまでには、早くとも数日はかかる。それまでになんとか探りを入れてやろうと、俺はハラに決めていた。

 

 

 

 タケウチは持参の地図帳を取りだして、それとスノハラから貰った地図とをこまめに見くらべている。

 

「博士と私の古地図を照らし合わせると、今我々が居るのは凡そ、この辺り……」

 

 地図の一部分を指さしてそう言うが、俺には見てもさっぱり理解できない。

 

「で、こっからどこに行くんだ?」

 

「そうですね……今私たちが居るのが、細田と云う地区。向かっているのは、その東隣の、陣場と呼ばれたかつての村の中心部です。健在であれば、そこに在る村役場で必要な情報を得られる筈です」

 

 たしかに大破壊前の役場ともなれば、地域の情報は集まっているかもしれない。だが、こうも水と緑に沈んだ土地の中で、はたして無事に建物が残っているものだろうか。だがタケウチは俺の心配をよそに、テキパキと探索の段どりを決めていく。

 

「目的地は川の対岸。そして、向こう側に掛かる橋はこの地域に四箇所在ります。一番近いのはエル・ボスコ方面の寿橋ですが、ここから見るに、どうやら既に崩落している様ですね」

 

 俺も眼球がわりに仕込まれたカメラを望遠モードにしてタケウチの視線を追いかけてみる。すると、橋の残骸とおぼしきスクラップが川の両岸から内側に向かってV字型に折れまがって沈んでいるのが見えた。

 

「先ずは目的地にも近い岩瀬橋を目指して東へ行ってみましょう。川の南側はエンシオが或る程度探索済みな筈ですから、比較的安全に進めると思います」

 

 

   *

 

 

 川の南側のやや高くなった一帯には昔の街道が東西にはしっており、川からあふれた水もここまでは迫ってこない。見通しもよく、モンスターの急襲にも気づきやすいだろう。

 道の周辺には刈られて枯れた草があちこちに見てとれた。タケウチの言う通り、エンシオはこの道路をある程度整備してソシモリ内を移動していたらしい。時どき道脇に立つ建物には、どれも建材や設備が丁寧に取り外されたあとがある。おそらくは、エンシオがそうやって商品になりうる物品をここで収集していたのだ。

 

「百年ごしの火事場泥棒か……」

 

「ハンターがやってる事なんて全部そうじゃないですか。私たちがこれからやる事だって同じですから」

 

「まあ、それもそうだ」

 

 俺たちやエンシオがとがめられるとするなら、それは村の禁忌を犯したという点についてのみだろう。エンシオは結果的にバチを当てられた格好だが、さて俺たちはどうだろうか。

 街道を東へ向かう途中で左折してしばらく北へ進むと、ゆるい下り坂になっていた道路が、やがて草の茂る土の中に消えた。地図上ではまだまだ道が続くはずだったが、茂みのその少し先はもう川だ。

 川の水位が上がったのか、地面のほうが沈んだのかは分からないが、肝心の橋も水中に没してしまっているようだった。川の水面にうっすら見える二本線が、タケウチの言う岩瀬橋の一部なのだろう。

 舗装が生きているきわまで歩みを進め、そこで俺たちは立ちつくした。

 

「これは他の道を探す他無いですが……しかし、見て下さい。向こうに見える背の高い建物、位置的にあれが村役場──豆生田支所に違い有りません」

 

 タケウチの見る先には、灰色をしたコンクリートづくりの建物があった。たしかにガワは残っているが、川がこれだけ広がっているところを見ると、屋内に浸水してしまっている可能性は高い。そうであれば建物への侵入も容易ではないし、内部の状態も悲惨なことになっているだろう。

 しかしそれでも、目指す場所がはっきりしているというのは気分が楽だ。目的の曖昧なままにあちらこちらを調べてまわる聞き込み調査などよりも、よほど俺の性にあっている。

 

「よし、それじゃあとっととほかの経路を探そうや。ほかにも橋はあるんだろ?」

 

「ええ、しかし……」

 

 タケウチはあたりをきょろきょろと見まわして、何やらけわしい表情をしている。

 

「なんだ?」

 

「いえ、大湿地帯と云えば生命の坩堝、様々な水棲モンスターが集まる地と聞いていたのですが……」

 

「たしかに、ここに入ってからモンスターらしいモンスターは見てないな。羽虫はちとうるさいが」

 

 じつのところ、ここでの探索行ではモンスターとの激しい戦闘も覚悟していたのだが、実際にそういったことはまったくなく、木の幹や道ばたをはいずる殺人アメーバや、空高くを飛ぶ鉄砲鳥をいくらか見かけた程度だ。

 

「バイオニック系モンスターが静かなのは、自らを脅かす存在が無くリラックス状態にあるか、若しくは逆に、大きな脅威を感じて身を潜めているかです。ここは慎重に行きましょう」

 

 タケウチは腰のバッグからスプレー缶を取りだし、それを自分の身体に向かい噴射した。

 

「ちょっと失礼」

 

 そう言って俺の身体にも霧状の内容物を吹きかけてくる。この臭いは市販されているモンスターよけのスプレーだ。ほとんどのモンスターが嫌がる臭いを身体にまとわせ、かつ人間独特の体臭を消すことで、それを狙うタイプのモンスターからも身を隠せる。

 

「一旦街道に戻って更に東へ進みましょう。大回りになりますが、深代橋と云う橋が在ります。次はそこに賭けてみます」

 

 タケウチはどこかあわただしそうに来た道を戻っていく。まだまだ日は高いが、たしかにあまりのんびりとはしていられない。あと数時間もすれば辺りは真っ暗闇になってしまう。そうなった場合のリスクはカンナメの森の比ではないだろう。

 時おり虫の音が聞こえるばかりの静かな川辺に背を向けて、俺も先行するタケウチを追いかけた。

 

 

 

2134年 10月3日 午後0時51分

ソシモリ 旧豆生田町陣場地区

タケウチ

 

 舗装道路の割れ目のあちこちから雑草が生え散らかり、アスファルトは苔生して緑色に染まっている。

 村のかつての中心地、旧陣場地区の東部ともなると、流石のエンシオも探索の足を伸ばしていないらしい。そうなると、ここより先は大破壊以来の未踏査地域である可能性が高い。当然危険性も増すが、調査のやり甲斐は有る。

 

「こんな様子ならエンシオの所で刈払い機を見付けて置けば良かったですね」

 

 私は義手に仕込んであった短刀で草を払いながら言う。短刀の刃渡りは12センチ。トリカミの刀鍛冶に打って貰った業物だが、草刈りに向いているとは言い難い。

 

「まったくだ。せめてナタでもありゃよかったんだがな」

 

 アンザン君は素手で──と言っても強靭なメカニカルアームではあるが──草を掻き分け、引き抜き、時には手刀で切断して進路を拓いている。だが、やはり効率は良く無い。

 私はハッと思い立ち、古地図を開く。陣場地区に入り、交差点を二つ過ぎて、緩い左カーブ……地図上の凡その現在地を確認した後、その直ぐ近くに或る表記を見付けた。

 

「次の十字路で右折しましょう。少し寄り道します」

 

「おまかせするよ。だが、ここいらでちょっと休みたいな」

 

 アンザン君は少し疲れた顔で言う。半分機械とは云え、もう残り半分の生体部分は怪我もすれば疲労もするのだろう。安全が確認出来るならば、この先でそろそろ一息入れるべきか。

 

「今から行くのは道中の休憩にはうってつけだった場所ですよ。昔はね」

 

 私はそう言って、目の前の草を払った。

 

 

   *

 

 

「道の駅、ふる里パークセンターまみゅうだ、と読めますね」

 

 永い年月を風雨と日光に晒されて、すっかりと褪色した野立て看板の文字は、殆ど判読が出来ない状態だったが、地図で確認した名称を頭に入れて置けば、成る程その様にも読めた。

 

「道の駅ってのはなんなんだ?」

 

 アンザン君が看板を見上げたまま言う。

 

「土地土地の幹線道路の近くに設けられた、簡易宿泊の出来る商業施設、ドライブインの一形態と私は理解しています。大破壊時から手付かずならば、何か使える道具が見付かるのではないかと思いまして」

 

「なるほどね……」

 

 道の駅の敷地はアスファルトとコンクリートで固められていた様だが、その広い駐車場の大部分には土が堆積し、そこから生えた蔦が地面と言わず壁と言わずあちこちに伸び放題に伸びていた。

 敷地内には正面に半壊したマーケットらしき一階建てが在る他、その脇に小ぶりな別棟、奥にはコンクリート造りの野外ステージ、そして潰れて草に埋もれた小屋が何棟か見える。中々の荒れ様だが、正直想像していたよりかは幾らかましな状態だった。

 

「取り敢えず、正面の建物から見てみましょうか」

 

 行く手には、枯れ草と混じり合いながら層になって地面を走る蔓。足を取られぬ様慎重に歩みを進め、私たちは漸く建物の正面に立った。

 扉も失われて吹き晒しになっている屋内には、伽藍堂の中に空の什器が幾つか転がっているばかりで、役に立ちそうな物品はおろかゴミ屑の様なものすらも見当たらない。陳列されていたであろう品物は、大破壊発生直後に持ち去られでもしたのだろうか。

 正面から見て左側は崩壊して瓦礫の山となっているが、どうやら経年劣化でそうなった訳では無さそうだ。

 

「屋根壁が粉々に砕かれていますね。爆撃でも受けたのかな……」

 

「なんにしても、ここに見るべきものはないな。次に行こうや」

 

「いや、ちょっと待って下さい。事務所が残っていれば……」

 

 私は幾つか在るドアを開いて中を確認してみたが、それらの中も殆どがもぬけの殻だった。やはり、かなり昔に道具類が持ち去られている様だ。もしかすると、エンシオがかつてここまで足を伸ばした事があるのかも知れない。

 

「お待たせしました。他の建物も見てみましょうか」

 

 一旦外に出て、建物を回り込む様に左手側に向かうと、便所らしき入り口の有る別棟が見えてきた。ただの便所にしてはやや大袈裟な造りの小屋だ。

 

「入り口脇の壁に窓が有りますが……その中は便所とは繋がっていない様ですね」

 

 他の入り口を探して裏手に回ると、そこに閉ざされた鉄扉を見付けた。ノブを回しても扉は開かないが、然りとて鍵穴らしきものも見当たらない。

 扉の脇、壁面には長方形をした小さな銀色の蓋が在る。それを開いてみると、中からカードの読み取り機が現れ、赤く点灯したランプの下には薄っすらと「警戒中」の文字も見える。

 

「電子ロックですか。まだ電源が生きている様ですね。ダムの電気がここまで来ているとは思えない……太陽光発電でも無ければ、まさか電池式かな」

 

 文明期の終わり頃に開発された新型の原子力電池は、半減期が数千年にも及ぶ同位体を用いて半永久的な電力供給を可能にした、当時としても画期的な電力装置である。かなり高価な代物であったらしく、その利用はそれ程多くは無かった筈だ。

 カンナメの牧場で見たヴラド社製コンテナと云い、この道の駅と云い、前時代のこの村にはかなりの金や物資が集まっていたと見える。なればこそ、望みへの期待も高まると云うものだ。

 

「ちょっといいか? 電子ロックならまかせてくれ」

 

 アンザン君が前に進み出て、カードリーダーに手を翳す。すると「警戒中」の緑色のランプが消え、代わりに「解除中」の橙色のランプが点灯した。そして同時にカチリと音が鳴り、恐らくは鍵が開いた。

 

「ロックハッカーですか。流石にレンタル連合の用意した義体は高機能ですね」

 

 私は素直に感心して言ったが、アンザン君はそれを皮肉と捉えでもしたのか、やや苦い表情を見せた。

 先刻も口から零していた様に、どうやら彼は自らの所属する組織に対して複雑な感情を抱いているらしい。サイバネ化手術が自ら望んだもので無いのなら、成り行き上仕方無く──例えば延命治療の結果と云う様な理由が有ったのかも知れない。その様に想像する事は、私の彼に対する共感の一因ともなっていた。

 

「さ、開いたぜ」

 

 やや不機嫌そうに扉を開いて、アンザン君は先に建物内へと入って行く。開錠と同期していたのか、明かりが点灯した屋内は淡黄色の柔らかい光に満たされていた。足を踏み入れると、密閉された遺構内で嗅ぎ慣れた独特の尖った匂い──建材や塗料の匂いだろうか、それが鼻腔をくすぐった。

 内部は長細い一部屋で、そこの壁面に向かって机が二つ置かれ、空いた空間には敷地整備や清掃の為の様々な機材や道具が並べられていた。どうやらお目当ての鉈も有る様だ。

 壁面にはかつてここで行われたであろう催し事のポスターが掲示されている。

 

「第十三回、まみゅうだにぎわいフェスティバル、2046年、10月14日……」

 

 ポスターには、道の駅の在りし日の風景をバックに出演者と見られる個人や集団の写真が散りばめられ、鮮やかな色合いで纏められている。

 

「大破壊前の祭りか。ちょっと興味あるな」

 

「祭り、と云うのとは若干趣旨が異なる気もしますが……」

 

 とは言うものの、その具体的な説明は難しかった。だが少なくとも、昨晩ネノタキ神社で行われていたあの祭りとは本質的に異なるものだろう。

 見ると、デスクの上にも同様のデザインを印刷したチラシや、催しの要綱が書かれた資料などが広げられている。その中に、束になって纏められた神社のパンフレットを見付けた。記された名は、葦船神社。

 古地図を取り出し確認すると、どうやらこの陣場地区から見て北、カンナメの在る奥棚地区の東隣、要地区の神社であるらしい。パンフレットの内容は、簡単なアクセスマップと各種祈祷の案内が載った程度の実に簡素なものだ。

 

 ──地域でも珍しい水子祓いの神社です、か。

 

 私がパンフレットを図嚢に仕舞っていると、部屋の奥を物色していたアンザン君が声を上げた。

 

「おい、こりゃあ原子力電池を使った発電機じゃねえか? まだ生きてるなら、相当な値がつくシロモノだぞ……」

 

 アンザンはそう言いながらキャスター付きの発電機を引っ張り出してきた。

 原子力電池は有用な電力源ではあるが、その殆どが施設や機構のブラックボックスに内蔵される形で使用されており、他の用途への流用は難しい。だが、この発電機は運搬を前提として多用途に使われる事を想定した汎用型である様だ。エンシオ辺りが見たら泣いて飛び付くお宝である。

 

「このはり紙の漢字、なんて書いてあるんだ?」

 

「貸出備品、自衛軍長曾根基地……どう云う経緯か、軍から借りた装備の様ですね。返却10月15日までとあるので、この掲示の催しで使う予定だったのかも知れません」

 

 軍がこれ程の高価な装備を、しかもこの様な小さな催し事に貸し出すなど、現代人である私から見ても異様な事に映る。かつて地元の有力者であり、多方面に人物を輩出していたと謂われる豆生田家。彼らが軍にも強い影響力を持っていた証左と云えるだろう。

 

「コイツをうまくつなげば、エンシオのクルマも走るかもな」

 

 アンザン君はそう楽しげに語るが、いくら運搬用のキャスターが付いているとは云っても、これを足元の悪い道中で引っ張り続ける訳にもいかない。

 

「機会が有れば後々に回収したい所ですが、取り敢えずは置いていくしか有りませんね。さて、少し休憩していきましょう。道具も手に入った事ですし、ここからの道行きは多少楽になる筈ですから」

 

 

 

2134年 10月3日 午後2時11分

ソシモリ 旧豆生田町陣場地区 深代橋

タケウチ

 

 長大に伸びた蔓は橋桁の間に渡された鉄骨に纏わり付いて屋根壁を作り、その下のアスファルト舗装の上には張り付いた藻や苔の絨毯が敷かれている。増水した川の水面ぎりぎりに浮かぶ深代橋は、全面緑のトンネルと化していた。

 

「すべるなよ」

 

 自分で言う傍からアンザン君は苔に足を取られて体勢を崩している。橋の上は苔むしている上に川の飛沫で濡れており、実際かなり滑り易い。この様な場所でモンスターの襲撃を受けるのが予想し得る最悪の展開だが、やはりこの場所にも危険な生物の気配は感じられなかった。

 数値化された危険要素を感知出来ると云うアンザン君の内蔵センサーにも、特別な反応は見られないそうだ。

 

「うっ」

 

 漸く橋を渡り切った辺りで、先行していたアンザン君が呻いて立ち止まる。遅れてその隣に立った私は、突如眼前に出現した巨大な蛇の姿に言葉を失った。

 空に掛かる程の緑の巨体は鎌首をもたげ、私たちを威嚇する様に睨んだまま微動だにしない。その正体は、絡み付く木や葉に覆われた、折れ曲がった鉄塔だった。

 

「これは、凄いものですね。まるで竜だ」

 

「竜……大昔にこの星を支配したっていう巨大種族か」

 

 一瞬、御伽噺を真に受けてでもいるのかと思ったが、アンザン君が語るのは、十中八九、恐竜の事だろう。

 

「……まあ、間違いでは無いですが、成る程、あれも竜か」

 

「なにをひとりで納得してんだ。しかし、あれだな、ソシモリでデカい竜やら蛇やらっていえば村の連中が言ってたオロチだ。あれはまさかこの鉄くれを見間違えたんじゃないだろうな」

 

「確かにその可能性も在り得ますね。ただ、人伝ての目撃談ではオロチは多頭の大蛇だったと聞いていますが」

 

「昔、オロチが川に毒をまいて、犠牲者の吐いた血で川が赤く染まったことがあったってな。たしかマスターがそんな話をしてくれたよ」

 

「ああ……それについては私も同じ話を聞いてから二、三調べましてね。ここで要川と合流するヒ川の上流には、かつて銅鉱山が在ったと聞きました」

 

 昨日の葬式の折に、普段は行き会えない村の老人たちから少し話を聞く事が出来た。彼らは大破壊後の第二世代。同じ昔話を聞くのでも、若者たちからのそれとは濃度がまるで違う。

 

「川の変色やら毒やらは、恐らくその鉱山からの金属汚染の事でしょう。他の地域に於いてですが、鉱山から流入した汚染水で近隣住民らが被害を受けたと云う話を聞いた事が有ります」

 

 実際に起こった出来事を寓話として作り変えるのは、人類が遥か昔から行ってきた事だ。ただ、永い年月の中で、或いは破壊的な文化の断絶に因って、その本来の意味合いが忘れ去られてしまうと云う事もまた、ままある。

 

「私の以前暮らした土地にもこれと似た様な民話は残っていましたよ。大破壊の前からの言い伝えだと云うなら、それは先ず眉唾物と思っていい……ん?」

 

 何時からか黙り込んでいたアンザン君は、その姿勢を低く構え、顔に険しい皺を刻んでいた。

 

「……じゃあ、あのデカブツはいったいなんなのかね……」

 

 アンザン君の視線の先、茂みの向こうに見える川の水面から、音も無く、白く細長い物体が畝りながら斜めに生えてきているのが見えた。いや、細いと思ったのはその長さに比しての事で、実際には巨木の如き凄まじい威容だ。それがやがて二本、三本と生えてくる。

 川から突き出たその先端は、奇形の蛇と言って良い。退化しているのか眼球らしきものは見当たらず、裂けた口が有るばかりの丸い菱形の頭部だった。体表は水濡れ以上の異様な滑りを感じさせ、曇り空から控えめに照らす太陽光にぬらぬらとその身を輝かせている。

 

「あれは……アクアヒドラ……実物を見るのは初めてですが、以前にハンターオフィスのデータベースで参照した事が有ります。地域に依っては賞金が掛けられる事も有る程の脅威ですが、確か殆どは地下の清流にしか棲まないモンスターの筈です。どうやら、川の水質は割と良いみたいですね」

 

「なにをのん気な……」

 

「モンスター避けスプレーのお陰かな。どうもこちらには気付いていない様子です。それか、我々が取るに足らない存在と見なされているか……」

 

 よく見ると、写真資料で見た個体と比べて体色が大分濃い。白と云うより、やや黄色味掛かっている。これは地上での活動に適応した結果なのだろうか。

 

「多頭の蛇の様な姿ですが、実態はより原始的な水棲生物だと云う話です。何故この地に居るのかは不明ですが……他のモンスターたちはあれを避けて姿を見せないのかも知れませんね」

 

「なるほどね。オロチの正体見たりってワケだ」

 

「いえ……あれが何時からここに棲んでいるのかは分かりませんが、少なくともあれを目撃した村人にとっては、あれは違い無くオロチそのものなのでしょう。仮にその実体すら無かったとしても、信仰在る所に神は存在する。そして、神はやがて実体を伴ってくるものなんですよ」

 

「よく分からんが……信仰が先にあって、そこにあのデカブツが当てはめられたってことか?」

 

「仰る通りです。まあ、あのモンスターにとっては些か迷惑な話ですね」

 

 喋りながら、私は妙な高揚を感じていた。それから微かな同情と、悲憤。私は明らかに、視線の先に居るモンスターに共感しようとしていた。感情を持ち合わせているのかも分からない、あの、巨大な怪物に。

 そして、私は同時に、理解しかけてもいた。幼き頃よりこの身の奥、心の芯に抱いていた正体不明の怒りの、その答えを。

 

 

 

二一三四年 十月三日 午後二時四十五分

ソシモリ 旧豆生田町陣場地区

アンザン

 

 結局、アクアヒドラは俺たちに気づかないまま、川の中へもぐりこんで姿を消してしまった。センサーの反応もあのサイズのモンスターにしては弱かったので、もともと攻撃的な性質を持たない個体だったのかもしれない。

 場を離れた俺たちは深代橋から道を直進し、広い道にぶつかり左折。今度は西へと戻るかたちで進む。ところどころで道が引き裂かれるように舗装がとぎれていたが、通行できないというほどではなかった。川の北側は背の低い植物が多く、その点で移動には苦労せずに済んでいる。

 たまに見える道ぞいの家屋は朽ちはてているものの、川の南側のそれとは違い、ほとんど盗掘はされていないようだった。一件一件調べてまわりたいくらいだとタケウチはもらしていたが、さすがにそうする時間的な猶予はないだろう。

「今歩いているこの道、村の参道まで繋がっているみたいですよ」

 そう言われて、俺は道の奥を見つめた。ずうっとまっすぐのびる道は、はるか先で右にカーブして、緑の中に消えている。村を散策していた時に進みかけた道、あれをそのまま行ったところに今歩いている場所があったのかと、数日前を思いかえして感慨にふける。

「カンナメもそうだったが、神域なんていってもいざ中に入ってしまえばなんてことはない、道路でちゃんとつながった地続きの土地でしかないんだな」

「物理的に封がされてる訳でもないですからね。いや、村側の入り口には衝立くらいは作ってあるかも知れませんが」

 それでも行くことを禁じられればそれなりにしたがうのが人間なのだろう。ましてや、子供のときからそう教えこまれていればなおさらだ。

「コントロールなんて簡単なもんだな」

「まあ、エンシオとか私たちみたいな連中も居ますから。中々苦労したと思いますよ、バンショさんや……マミュウダさんとかも」

 マミュウダ──おそらくはこの一件の黒幕。レンタル連合はあいつを決して許しはしないだろう。真木寮本寮の所在やミュートどもとの関係など、不明な点はまだまだ残っているが、そんなことはおかまいなしに、連合に雇われたハンターたちは村を蹂躙するに違いない。

 だがタケウチはまだなにかを調べる気でいる。あきらめないのはいいことだ。だが、その意志はいったいどこからわいてくるのだろうか。

 そのタケウチは交差点に立ち止まり、サビついてかたむいた信号機を見上げている。

「この交差点が総合支所入口……ここを左折ですね。もうじき着く筈です」

 

   *

 

 昼ごろに川の対岸から見えていた建物は目の前にすると思った以上の大きさで、周辺に背の高いビルなどがないために、よりその存在感がきわだっていた。高く盛られた土台によって増水時の浸水などからも被害をまぬかれたと見え、遺構としての状態も上々だ。

「銘板が在ります……長曾根市役所豆生田総合支所……間違い無い、ここがかつての村役場の庁舎です」

「大破壊前のことはよくしらんが、建物がちと立派すぎんか? 村役場っていうと、せいぜいエル・ボスコの公会堂くらいのイメージだったんだが」

「確かに、地方自治体の出先機関としては当時としても破格の建物だと思います。かつてこの地で権勢を振るっていた豆生田一族の、正しく城だったのでしょう。これは中も期待が出来そうだ」

 俺たちは正面エントランスの前に立ち、扉にはられた強化ガラスごしに屋内をのぞき込んだ。当然中は暗闇に閉ざされているが、それほど荒れている様子はない。

 しかし肝心の扉は押しても引いてもびくとも動かなかった。周辺に鍵穴や端末なども見あたらないため、おそらくは遠隔で電子ロックされているのだろう。

「いざとなれば破壊を試みるとして、先ずは他の出入り口を探しましょうか」

 

 

 壁ぞいに歩いて庁舎の裏手に回りこむと、裏口らしきガラスドアを見つけた。これもやはり施錠されており開かない。だがこちらには、ドア近くに鍵の開閉用と見られるカードリーダーがあった。

「これは……電源が落ちてるな」

 外部から電気がきていないのは当然としても、これだけの施設ならば予備電源はあるはずだ。それが壊れているのか、あるいは通電に不具合が生じているだけなのか……

 だが、俺のこの手に仕込まれた開錠装置ならば、カードリーダーそのものが壊れてさえいなければ、なんとかできる可能性がある。

 俺はカードリーダーに手をかざし、それに直接「送電」した。同時に端末からセキュリティ構造の情報を読みとり、そしてそれに対応した適切なコードを作成して、送信する。もちろん、俺にこれらの専門知識はまったくない。すべては開錠装置がオートマチックにやってくれるのだ。

 モーターが回る音とともに鍵が外れた。カードリーダーは強制的な通電により壊れてしまったのか、完全に沈黙している。

「結局壊しちまったが、とりあえず中に入れるようにはなったな」

「いや、上出来です」

 タケウチの賞賛の声を背にしながら、俺はガラス戸を引き、内部に足をふみいれる。どうやらモンスターもここへは入りこんでいないらしく、センサーに危険反応はまったくない。

「さて、まずは電源探しかな。生きてくれていればいいが」

「そろそろ日が翳ってきます。灯りが点くと探索が捗るのですが」

 タケウチの言う通り、昼間でもうす暗い屋内の探索、とくに資料類を探すのはなかなか苦労がいる。俺の「目」には暗視装置もそなわってはいるが、探しものがなにか分からないでは役にたたない。

 また、もし電源の復旧によって端末類が利用可能になれば、電子化されている情報さえ手に入るかもしれないのだ。それに、これからソシモリ内で数日を過ごさなければならない以上、ぜひともこの役場を拠点化しておきたくはあった。空調なども生きてくれているなら、なおさらありがたい。

「建物内の地図を探しましょう。これだけの施設なら、正面入り口近辺に案内図が在ると思います。先程外から覗いた時に、それらしい物を見掛けました」

 廊下の奥のほうには、正面から差しこんで反射したわずかな光が見える。俺たちは、その光をたよりに正面玄関まで出た。

 はたして入り口近くの壁には、館内地図らしきものを刻印された金属製のプレートがはりつけてあった。さっそくタケウチがとびついて内容を確認する。

「やはり在りましたね……主電源室は地下一階、予備電源室は二階ですか……」

 

 

 オレたちはまず、主電源室に向かうための下り階段を探した。上階へは玄関付近の大階段から行けるようだが、地下へはエレベーター以外には非常階段を使うしかないらしい。

 地図で非常階段の位置をたしかめた俺たちは、廊下の壁にうめこまれた鉄扉をひらき、地下へと下りていく。

 そのさなか、俺の体の内側から音もなく警報が発せられた。このパターンは放射線量測定装置の反応だ。

「先生、この先はアウトだ。おそらく、原子力電池の破損かなにかだと思うが……フロアが汚染されている可能性が高い」

 タケウチはうなずき、すぐにきびすを返す。そして俺たちはそのまま非常階段を上がり、予備電源室のある二階まできた。

「このフロアの汚染はないようだな」

 二階の廊下に出た俺たちは、周囲の安全をたしかめると、あらかじめ地図で調べてあった予備電源室に直行した。

 ほかの部屋とくらべてしっかりしたつくりの鉄扉。だが施錠はされておらず、すんなりと侵入することができた。

 電源室の中は、当然ではあるが窓ひとつなく、開いた入り口からのそれ以外、まったく光の入らない空間だった。俺たちはそれぞれの手に持ったハンドライトで室内を照らす。

 現れたのは、人の身体がすっぽり入るほどのサイズの白い直方体。その表面、ワンポイントに描かれたマークは例のマル書いてちょん──ヴラド社の社章だ。

「これは……どうやら超伝導バッテリーの様ですね。態々主電源とは違う方式で予備電源を用意するなんて、やはりこの役場は金の注ぎ込み方が違う」

「動くのか?」

「スイッチが入っていないだけなら、恐らくは……」

 俺たちはふたたびハンドライトの光をはしらせ、装置のスイッチを探した。

「そこの、壁のハンドルがそうですかね」

「ん、これか」

 俺がハンドルをにぎって持ち上げると、がくんという音とともに部屋の中央に置かれたバッテリーが微発光し、続いて室内灯が部屋をまぶしく照らした。

「さて、ここからが忙しくなりますよ」

 

   *

 

 電源確保により、各フロアの電灯や自動ドア、エレベータなどの一部が復旧。俺たちは本格的な調査に先だち、一階から最上階である五階までの各階層の安全確認を実行した。

 結果、人やモンスターの侵入の形跡はないと判明。大破壊時の混乱のなごりか、デスクなどで作られた手製のバリケードが複数見られたが、実際に室内戦が行われた様子はなかった。

 複数の出入り口のある三階の食堂を今晩のキャンプ地とさだめた俺たちは、夜がふけるまでのあいだ、手分けをして庁舎内の探索をおこなうことにした。

 

 

二一三四年 十月三日 午後四時十二分

ソシモリ 豆生田総合支所 一階手続き窓口 

タケウチ

 

 恐らくは百年近く振りの起動だろう。自己診断画面を経て美しい風景画像を表示したディスプレイは、そこにアプリのアイコンマークを各種ずらりと並べて見せた。幸い、ログインの為のパスワード入力は必要無かった。

 電源すら入らない機器が殆どの中、七台目にして漸く引いた「当たり」のPCではあったが、残念ながらその中に目を引く情報は見付けられない。

 窓口業務に利用する住民台帳や、支所内でのデータ交換に使用していたと思われる共有フォルダは、本来ローカルネットワークでサーバと接続されていた様なのだが、それが機能していないのだ。サーバが破損しているか、ネットワークに問題が生じているのか……何れにせよ、各PCを一つ一つ調べて情報を探すしか無さそうだ。

 私は支所内の各課毎に振り分けられたフォルダの一覧を眺めた。

 優先的に調べるべきは……土木課、いや──都市計画課か。

 私は開いたPCの画面をそのままに、再び館内地図を探した。

 

 

二一三四年 十月三日 午後五時十九分

ソシモリ 豆生田総合支所 四階廊下

アンザン

 

 すでに日没といっていい。窓の外は暗く、西の稜線がいまだかすかに色づいている程度だ。

 手分けをして庁舎内を調査するとはなったものの、大破壊前の機材や文字にくわしくない俺に手伝えることは少ない。それらしきものを見つけてはタケウチに報告するなり、今後に役立ちそうな道具類を物色するなり……

 それ以外に俺にしかできないことがあるとすれば、この義体の機能を使った電子ロックの解除くらいだ。なので俺はタケウチの調査がなるたけスムーズにおこなえるよう、鍵のかかった場所を探しては、それを開けて回っていた。

 俺の今いる四階は、まさにそのようなセキュリティが厳重にほどこされた特別なフロアであるらしい。先の安全確認時に内部までは調べていなかったロックされた部屋を、はしからひとつひとつ開けていく。

 紙の資料が壁にしきつめられた部屋。コンピュータのサーバらしきものが床にならんだ部屋。セキュリティがかかっているにもかかわらずなにも置いていない部屋もあった。

 そして廊下の突き当たりの手前、ひときわつくりに高級感を感じる扉の前に立った俺は、さっそくそれの開錠にとりかかった。

 カードリーダーに手をかざし、端末をオートでハッキング──そのいつものやり方で無事にロックは外れたものの、ほかの扉にくらべて若干開錠に時間がかかったのが気になった。

 ──ほかのロックよりセキュリティレベルが高いのか? ならば部屋の中身にも期待ができそうだ。

 ドアノブに手をのばしたところで、廊下を歩いて近づくだれかの気配を感じ、うしろをふり返る。

「よう、先生。なにかいいものは見つかったか?」

「ええ、お陰様で。これから私が目指すべき場所も決まったようです」

「そりゃよかった。ところでこの部屋も、どうもアタリな雰囲気だぞ」

 俺のとなりまできたタケウチは、扉の上にかかげられたプレートを見上げて、眉を少し動かした。

「支所長室ですか」

「長の部屋だったか。なるほど、なにかがありそうなわけだ」

 俺はドアノブをひねり、手前に引いた。

 扉が開くと同時、自動で天井の電灯がつき室内をやわらかく照らした。ゆったりと広さを感じさせる執務室には、手前に応接セット、奥の窓際に木製の事務机が置かれていて、壁ぞいには大型の書棚が数本ならんでいる。イミテーションなのか、みずみずしさを保ったままの鉢植えなどもかざられて、部屋に言葉通り花をそえていた。

「残念ながらPCの類いは無い様ですね。でも、この本たちは面白そうだ」

 部屋の奥まで進んだタケウチは、書棚にならぶ背表紙に目をうばわれている。

 この庁舎内には資料室と思われる本だらけの部屋もあった。そんな場所にほうり込まれた日には、こいつは一生かかっても出てこられなくなってしまうだろう。

「それで、そっちはなにを見つけてきたんだ?」

「大破壊発生より前、二十年以内の、この地域周辺に於ける土地の売買や工事の記録。より具体的には、かつて豆生田神社が存在していた土地についての記録です。お、これは……豆生田村三百年史、ですか……」

 タケウチは書棚のガラス戸を引いて、中から本を一冊とり出すと、話しながらそれをぱらぱらとめくりだした。

「私も或る程度の予想はしていましたが、やはり豆生田神社は二〇三〇年頃に稲八酉天神社に合祀されていて、豆生田家の私有財産であったらしきその跡地はヴラドイーストに売却されています。二〇二〇年代には既にヴラドイーストの新研究所誘致が計画されていた様ですので、豆生田神社の移設と合祀はこの建設計画ありきだったのでしょう」

「てことは、先生の探してるヴラドの研究施設ってのは……」

「現在のネノタキ神社……正確には、その敷地の中の、恐らくは地下です。また、真木寮の本寮と呼ばれる場所もそこを指しているのでしょう。敷地内に社務所と見られる建物が在りましたが、あれが入り口かも知れません」

「まあ、なんとなくは予想通りというか……」

 昨晩、カンナメで調査しきれなかった場所といえば、ネノタキ神社敷地内の建物や本殿の奥くらいなのだ。それらに秘密が隠されていることくらいは簡単に想像ができる。

「そうですね。でもこれで裏取りが出来ました。空振り覚悟で調査するには危険が有り過ぎる場所ですから」

「行くのか? だが、しばらくしたらハンターどもが村にやってくる。その前になんとかする必要があるぞ」

 自由レンタル連合の本隊に先がけて露ばらいにさし向けられるのは、連合の息がかかっているとはいえ、民間人への攻撃や掠奪に容赦のない荒くれどもであるケースがほとんどを占める。これは、組織に敵対する者への懲罰だと示すために、あえてそういったヤカラが使われており、しかも戦果に応じたボーナスまで支払われるという趣味の悪さだ。

 村にとどまれば巻きぞえを食うのは必至であり、連合のエージェントである俺でさえ、ハンターどもの侵攻を止めるのは難しいだろう。

「どの道、ネノタキ神社への単独潜入はほぼ不可能でした。今は、外部の人間に対する警戒もより厳しいでしょうしね。だったらこれから起こる騒動、せいぜい利用させて頂きますよ」

 タケウチは手にしていた本を事務机に置くと、机の中をあらため始める。ぜんぶで五杯ある引きだしは、そのすべてが書類や筆記用具、印鑑といったものであふれ、まったく整理されていない。

「荒らされている……訳では無いか。どうやら随分とずぼらな人だったみたいですね」

 タケウチはそのごちゃごちゃの中から大ぶりな黒革の手帳をひっぱり出した。

「アドレス帳の様ですが……殆ど未使用ですね。おっと──」

 帳面をめくる中で、あいだにはさまれていたらしき数枚の紙きれが地面に落ちた。

 ひろい上げたそれらに目を通したタケウチは一瞬眉根をよせ、そのあと、うち一枚の裏がわを見てしばらく動きを止める。そして、今度は古地図をとり出してむさぼるように読み始めた。

「なんだったんだ、それ」

「名刺です。ヴラドイースト長曾根第一研究所主任研究員、真木大輔」

「……真木、だと?」

「ええ。多分、私や貴方が想像する通りの人物ですよ。ただ、この名刺に書かれた研究所の所在地は……在った、ここだ。現在のナガスネ砂漠の下──丁度私たちが最初に会った場所の近くですね。豆生田神社跡地に造られた研究所とは別のものでしょう」

 タケウチは地図帳のページを一枚めくり、また別の場所を探しはじめた。

「そしてもう一つ。ちょっと面白いものを見付けました。ハンターらの到着までにはまだ日にちが有りますよね? 村に戻る前に、少し寄り道をしていきましょう」

 そう言ってタケウチは手に持っていた名刺を机の上に置き、すっと俺のほうにすべらせた。名刺の裏面らしきそこには、手書きでなにかがメモしてある。

「長二所長、伊武博士とあります。そして、その住所と思しき番地と建物名はここからそう遠く無い場所……恐らく、この伊武博士こそが我々の最終目的地の、そのかつての主だった人物です」

 俺はタケウチの顔を見た。その口元には、ほんのわずかにだが、間違いなく微笑があった。

 

 

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