2134年 10月3日 午後8時21分
ソシモリ 豆生田総合支所 三階職員用食堂
タケウチ
「自販機の中身も残ってるみたいだぞ。しかし、小銭が足りん」
アンザン君は食堂の一角に並んだ自動販売機に目を付けて、あれこれと弄り回している。
現代の通貨はハンターオフィスと自由レンタル連合が協働して流通させているものだが、これらは大破壊前のそれと規格を合わせている為、遺構で発見された自販機等にそのまま使用出来る場合が有る。とは云え、機械そのものに興味が無ければ破壊して中身を取り出すまでなので、大多数の人間にとって、それ程意味の無い事ではあるが。
「それ、災害支援型の様ですよ。緊急時に中身の取り出しが出来る仕組みになっている筈です。端に付いている黄色いボックスを調べてみて下さい。排出用のハンドルが出てくると思います」
「自販機にも詳しいのか。やるね」
自動販売機の中には、災害等で飲料を必要とする人々を救済する機能が備わっているものが在る。役場などの公的な施設にそれが設置されているのは自然だが、使われずに中身が残されているのには違和感が有った。使用する間も無くこの場を放棄せざるを得なかったか、或いは、これらに頼らずとも飲料や食料を調達出来る余裕が有ったのだろうか。
「お、出てきた出てきた」
アンザン君は供給された瓶入りの飲料を数本手に取り、嬉しそうにしながら私の座る部屋の中央まで戻って来た。
「まあ、さっきまで電気の止まってた自販機だし、さすがに飲めんだろうがな」
そう言って彼が見せてきたのは、大破壊前に流通した栄養剤としては比較的ポピュラーな「ゲンキデルZ」だ。
「ああ、それなら体裁上は一応の使用期限が在りますが、常温保存のものでも実際はちゃんと飲めますよ。それ、私も味が割と好きなんですよね」
ゲンキデルZは各地の遺構内で度々発見されており、トレーダーを介して少数ながら流通してもいる。巷で「エナジードリンク」などと呼称されている即効性の粗製薬物と比べると回復力では劣るものの、内臓に負担を掛けぬ為の緻密な調整が施された、大破壊で失われた技術の粋とも云える一本だ。
「折角だから、このドリンクで乾杯といきますか」
一日の探索を終え、私たちはささやかな夕餉の時間を楽しんでいた。
私もアンザン君もそれぞれが、補給無しで数日間は生存可能な携帯糧食や水の浄化装置を携行している。その為、食うには困らなかったが、毎日三食がそれともなると、流石に多少の変化は欲しくなってくるものだ。
アンザン君もそう思ったのか、彼は羽織ったフライトジャケットの内ポケットから紙に包まれた焼き餅を取り出した。そして、それを見詰めて溜息を一つ吐く。
あれは今朝、アママチ──女将さんのお節介で余分に持たされた焼き餅だ。あの時は、その女将さんと殺し合う事になるなど、想像すらしていなかったのだろう。私は昨夜カンナメに侵入した時点で覚悟を決めていたが、彼はそうではなかったのかも知れない。
とは云え、村をハンターらに蹂躙させると云う酷薄な判断を下したのもまた彼だ。その思考と行動には矛盾が有る様に思えるが、彼の中では並立し得る事柄だったとも考えられる。その複雑さこそが彼を人間足らしめていると感じるし、多少の共感にも近い憧れの入り混じった奇妙な感情を、私は彼に対して抱くのだ。
「それにしても冷えた食事はやはり今一つですね。レンタル連合自慢の義体なら、調理機能くらいあっても良さそうじゃないですか?」
アンザン君は、私からの軽口に驚いた顔をした後、少しだけ口を歪めて笑った。
「調理機能なら一応ついてるよ。火であぶるくらいだが、そのへんをウロついてるアメーバを焼きアメーバにはできる。保存食に飽きたらいつでも言ってくれ」
少し気分を持ち直したのか、アンザン君は焼き餅に齧り付いた。そして黙ったままゆっくりと咀嚼し、それを呑み下してから、ちらと私に目を向けた。
「この身体のこと、聞くか?」
私は他人に無用な詮索はしない。余計な情も挟まない。だが、相手が話す気になっていると云うのならば別だ。興味が無いと言えば、嘘になる。
「ええ、是非」
「ま、もったいつけるような話でもないんだが……」
そう前置きをして、アンザン君は自分の半生を語り出した。
名も無い寒村に生まれた彼は、先細りになった故郷を捨ててハンターになった。そして、自由レンタル連合の後援の元、大規模な山賊掃討戦に参加し、そこで重傷を負ったのだと云う。
「気がついたらこの身体になっていた。組織の連中は、早くこの技術を人間に試したかったんだろう。たぶん、やとわれた連中はみな、最初から実験体として目をつけられていたんだ。俺と同様に重傷を負ってかつぎ込まれた奴も何人かいたはずだが、改造手術を受け、生き残ったのは俺だけだった。奴らは人の命を選別したんだ」
彼の目には怒りが浮かんでいたが、それはあくまで過去の残滓だ。燃え残りだ。今では火は鎮まり、事実と境遇を半ば受け入れている様にも見える。
「組織の連中は気にいらんが、力を得られたことには満足している。監視の目の下とはいえ、せいぜい与えられた権限の中で好き勝手やらせてもらうことにしたのさ。今ここでこうやって飯を食ってたり、とかな」
アンザン君は瓶の栓を開けると、態とらしくそれを飲み干して見せた。
私は話を聞いて、彼の胆力の源が分かった気がした。先ずは単純に己の戦力への自負。そして、一度は終えた借り物の命で生きていると云う気楽さだ。或る意味では、虚無を抱えているとも言えるだろう。だが、それを感じさせないのは、彼の生き方の巧さ故に違い無い。それは生来の才能であり、私には決して持ち得ないものだ。
「俺の話はこんなとこだ。で、先生は?」
当然、私にも話のお鉢が回ってくる。だが相手の素性を聞いてしまった手前、黙っている訳にもいかないだろう。
「トリカミ、だったか。たしか先生の生まれは」
「まあ、私が公に出身地としているのはそうです。ここから西の地方に在る町ですね。でも生まれそのものは実は違うんですよ」
そうして私は少年期の記憶を掘り起こした。この頃頻繁に夢にも見る、カミシアの村の記憶を。
「何十年も前の話です。ここから遥か北方に位置する湖畔の街イスラポルトを拠点に、水上貿易を行うウミイヌと云うトレーダーの一派が在りました。彼等はやがて、当時横行していた人間狩りに因って廃墟と化していた村に拠点を移し、そこにベースキャンプを兼ねた新しい村を拓いたのです。信心深かった彼等は、自分らの出自に纏わる古い教義や様式を研究し、その村を信仰の中心地としました。そしてその村は、口伝に残る古の聖地の名を戴いてカミシアと呼ばれる様になりました」
以上の村の成り立ちの一部には、村に暮らしていた当時は知り得なかった事実も有る。後年ハンターとして独り立ちして後、改めて情報を収集して村の歴史を知ったのだ。
「そこが先生の生まれた村か」
「ええ。ちなみにカミシアの村で崇められていた神の名はシャゴジと謂れていましてね。蛇の姿をとる神だとされています」
「シャゴジ……なんかどこかで聞いたような名だな」
「ほら、エル・ボスコの公会堂に小さい社が在ったじゃないですか。あれがシャクジン」
「ああ……! そうだ」
アンザン君が胡座をかいたその膝を拳で打つ。
「この土地の信仰の一部は、私のルーツとも近いものがあるのかも知れません。シャゴジはトレーダーの安全祈願で名高いタイシャーの戦神と由来を同じくするとされ、そのより古い形だとも謂れています。私の個人的な研究ではまた少し違った解釈になるんですがね」
「仕事柄、さすがによく調べてるな」
「いやあ、大破壊前の研究とは云え、この辺りの話は全く金に成らないもので、殆どが趣味みたいなものです。でも面白いですよ。こうやって調べているものは、即ち私自身の成り立ちでもある。私は私と云う存在を調べているんです」
「自分自身のなりたちね……俺は考えたこともないな。いつだって今があるだけだ」
「それが健全な気もしますけどね。そう云えば──」
私は最初にアンザン君と出会った時の事を俄かに思い出した。あの時は敢えて訊かなかった、或る疑問。
「あの日、何故砂漠に居たんです? 最初からこの村が目的地だったなら用は無かったでしょうに」
アンザン君は一瞬呆けた様な顔をしたが、やがて質問の意味を呑み込んで、少し笑った。
「ボルデカミーノで、貧弱な装備で砂漠に向かったハンターがいるって聞いたんでな。心配だったもんで、ここに来るついでにちょいと寄ってみたのさ。クルマをやられたのは痛かったが、まあ、賞金も貰えたし、行ってみて正解だったよ」
そう言って彼は手に残っていた焼き餅の一片を口の中に放り込んだ。
XXXX年 XX月XX日 午前XX時X分
XXXXX XX
XXXX
窓の外に緑が大分増えてきた。その隙間には、濃い青空にくっきりとした白い雲。
前方に向き直るや目に飛び込む赤信号。慌ててブレーキを踏んだが、前を横切る車の姿は全く無い。
私はほっと息をつき、バックミラーに目を配って後部座席の様子を窺う。
「もう少しで着くよ」
「ん……」
物心ついた頃からの「幼馴染み」であるトリケラトプスの特大ぬいぐるみに顔を埋めたままの薄い反応。大人しいのは大変結構だが、痺れを切らされると、ちょっとマズい。
「ねえ、新しいおうちに着いたらさあ……」
「……なあに?」
「ちょっとだけお片付けして〜……そしたら一緒にご飯作ろっか!」
「ごはん……きょうのごはんなあに?」
よし、話題に食いついた。そしたら、この後が殺し文句の使い所だ。
「何だと思う〜? 絶対に大好きなやつ」
「……ハンバーグ?」
「そう! 大好きなお母さんと作る大好きなチーズハンバーグ! さっきシンワマートの看板があったから、荷物置いたらハンバーグ用のお肉買いに行こ!」
「うん! ハンバーグ!」
切り札の効果はじゅうぶん。これで何とか新居の到着までは機嫌をキープ出来るはずだ。
やがて信号は赤から青へ。私は少しだけ軽やかな調子でシフトレバーを操作し、アクセルを踏んだ。
2134年 10月4日 午前7時3分
ソシモリ 豆生田総合支所 三階職員用食堂
タケウチ
意識は既に朝を覚えていたが、体温に馴染んだ寝袋の心地良さに、つい微睡みの中に留まろうとしてしまう。
窓の外から薄っすらと差し込む光を瞼の裏にぼんやりと感じていると、一瞬それが何かに遮られた。屋外の影。ここは3階だ。
鳥? いや──
私はかっと目を見開き、窓の外を見た。
そこに在ったのは乳白色をした巨大な目の無い蛇の横顔。薄雲越しの緩やかな朝日を受けた、アクアヒドラの頭の一つだった。それが緩慢な動きで上下左右に揺れながら窓の近くに居座っている。
「目が覚めたか」
近くで寝ていた筈のアンザン君は先に起きていたらしく、床に伏せてモンスターを注視している。
「どっか行っちまうまで、じっとしているしかないな。昨日は見逃してもらえたが……」
いざ戦闘になればやる他無いが、正直な所、小さなビルディング並みの巨体に致命傷を与えられる装備は持ち合わせていない。ましてやこのアクアヒドラには強力な再生能力が備わっているとも聞く。精々が驚かせて巣にでも撤退させるのが関の山だろう。
狙われぬに越した事は無い。私は無意味だろうとは思いつつも、息をそっと潜めた。
結局、庁舎の庭に居着いてしまったアクアヒドラがそこを去ったのは、出現から2時間程が経った頃だった。
電気が通い、モンスターや村人の襲撃の心配も少ない良い拠点だと思ったが、あの怪物の気分一つで容易に修羅場と化す様な場所では気も休まらない。私たちは簡単に身支度を済ませ、足早に庁舎を後にした。
*
アクアヒドラに見付からぬ様に周囲に気を配りつつ、先ずは北の通りを目指す。そして、庁舎内で発見した番地と古地図を頼りに、伊武博士の住まいを探すのだ。
一体その場所に何を求めているのか、自分でもはっきりとは分からない。ただ、膨れ上がった好奇心と、もう一つ、正体不明の何かが私を突き動かしていると感じた。私の中に在る、何かが。
程無くして、私たちは「総合支所入口」の交差点まで戻って来た。この辻を西に行けば村の入り口、スイジンの社が在る。
ここから村まで、直線距離では大して遠く離れてはいない。村人たちは、あの様な賞金首クラスのモンスターの近くで暮らす事に不安を感じないのだろうか。
もしかすると、村人たちはあのモンスターが無害だと認識しているのかも知れない。それは知識や経験が故か、それとも信仰がそうさせるのか。
尤も、危険を隣り合わせにしても「今」を生きられればそれなりに順応してしまうのが現代人と云うものなのだ。そう思いながら、私は自然と隣のアンザン君を見ていた。
「ん? なんだ」
「いやいや、何でも」
「で、ここは東でいいのか?」
「ええ、昨日渡った深代橋の近くまで一旦戻ります。そこから更に北上した先が目的の要地区です。長曾根市豆生田町要199番地の7。古地図には細かい番地は所々にしか記載が有りませんが、どうやら集合住宅の様ですし、近い番地まで行けば探し当てられるでしょう。物件名はエテルニダッド豆生田。その202号室。建物の表札でも残っていてくれれば有難いですね」
西から東へ。私たちは昨日来た道を真逆に進む。昨日も十分に周囲を観察しながら歩いた積もりだったが、やはり進行方向が違うと見えてくる景色も変わる。そんな中、廃墟に寄り添って立つ、或るポール看板が目に入った。
「シンワマート……」
私は、その看板に既視感を覚えていた。
「シンワ?」
「ええ、ヴラド社とシェアを二分したと謂れる神話公司……恐らくはその系列のスーパーマーケットでしょう」
神話公司はアジアを拠点として世界中に拡大した巨大複合企業であり、その名は様々な遺構や遺物の中に散見される。あの「ノア」の開発に於いてもヴラド社と手を組み、完成に一役買っていたと云う話だ。シンワマートの存在自体は初めて知ったが、神話公司が田舎町にこの様なスーパーマーケットを出店する事自体は、然程驚く事でも無い。
「済みません、少し珍しいものだったので気になっただけです。先を急ぎましょう」
胸の引っ掛かりを置き去りにする様に、私は看板を視界から振り切って再び歩き出した。
2134年 10月4日 午前9時30分
ソシモリ 旧陣場地区 旧要地区 境界
アンザン
深代橋から真っ直ぐのびた道との交差点を北に折れ、さらに数十メートル進んだ場所に、もうひとつ交差点がある。そのすぐ北側、坂を登っていく道路のわきに立派な石柱が、やや傾きながらも立っていた。その柱には、なにやら漢字が刻んであるのだが、当然俺には読めない。
「先生、よろしく」
「はい、はい」
一歩進み出て石柱をながめ始めたタケウチは、右手であごをさすりながら「むぅ」などとうなっている。
「おい、早く読んでくれ」
「ああ、済みません。いやね、この石柱にはネノタキ神社の名が彫って有るんですよ。これはどうした事かと……」
ネノタキ神社といえばカンナメの中心地、おそらくはタケウチの目指すヴラドイーストの研究所があるはずの場所だ。タケウチは神社の名称が大破壊前後に名づけられたと考えているようだったが、その由来は今まで不明だった。古地図にもそれらしい名は見あたらないらしい。
「古地図に拠れば、この道の先には葦船神社と云う名の神社が在るのみです。シャクジンの様に、このネノタキ神社が地図に記載されていないだけの可能性も在りますが、これだけ立派な碑が建てられる程の神社が地図に載らないなんて事は……」
タケウチは石柱全体を視界におさめるためにか一歩後ずさり、あらためて碑文を読み上げた。
「御鎮護三百年記念、子ノ滝神社、陸軍中将豆生田保憲、書……」
「マミュウダ? 村の司祭と同じ名前か」
「ええ。それに、この村のかつての呼び名でもあります。陸軍と彫られていますが、これは自衛軍では無く、200年近く前の旧軍の事でしょうね。マミュウダの一族は大破壊前の時代、それなりに長い期間、軍部に影響力を持っていた様です。大破壊当時の自衛軍や後継の防衛軍の記録の中にも、その名が有りました」
マミュウダは古くからこの地で力を持っていた一族なのだろう。そしてたぶん、それは今でもだ。
「しかしこの石碑ができた時点で300年の歴史か。気が遠くなるくらい昔の話だな」
「なんの、昨日発見した村の歴史書に拠れば、今に続く村の文化の原型は千数百年以上前にも遡る事が出来る様ですよ。更に、シャクジンなどを見ても、より原始的な信仰の名残りも確認出来ます」
言い終えて、タケウチは北にのびる山道に向きなおった。
「さて、この先の土地には過去から何が残されているのか。それを確かめてみましょうか」
*
「要山の西、今で云うカンナメを流れるのが要川、その反対側、山を挟むようにして東を流れるのがこの日彦川です」
川は道路と山とをへだてるように流れている。川べりはコンクリートで護岸されていた形跡があるが、あちこちがえぐられるように破壊され、何ヶ所かにかかっていたであろう橋も残骸が残っているだけだ。川に面した舗装道路も破損がひどく、草がのび放題にのびている。
人の手が今でも入っているかどうかという違いなのだろうが、それにしても山の反対側にあるカンナメの道まわりとくらべると、その荒れようはひどい。まるで嵐がカタマリとなって川をさかのぼっていったかのようなありさまだ。
「大破壊の時代には今以上の、正に災害の如き巨大モンスターが多数闊歩していたとも聞きます。これはそう云ったモンスターの破壊活動の痕跡かも知れません。ほら、あの壁面の砕け方。大きな爪で引き裂いた様にも見えませんか」
風景を見ての俺の感想を聞いたタケウチは、荒れはてた光景をそんなふうに分析する。
大破壊の時代──人類に対して蜂起したノアの軍勢と、それに抵抗する統合軍や各国軍の、たがいの消滅を目的とした想像を絶する戦いの日々──それを生きのび、人類という種を後世につないだ先人たち。
過去のことなどロクに考えもしてこなかった俺だが、当時の人々を襲った脅威の一端をまのあたりにし、それと対峙したであろうかつての兵士たちの姿を想うと、しらずのうちに胸が熱くなる。
「こんなとんでもないバケモノたちと先の見えない戦いを続けるくらいなら、腕や足の1本2本なくす程度、ぬるま湯につかるようなもんだな」
「自分の境遇と比べるものでもないと思いますが……まあ、先人に敬意を抱くのは良い事です」
俺たちが便利に使っている仕事道具も、クルマも、なんならロストテクノロジーの集合体であるこの身体そのものも、先人たちの知恵の結晶といえる。そして、今まで探索してきた遺構のひとつひとつ──そこにはたしかにかつての人々の生活があったのだ。
「つながってるのか……ずっと」
それはひとり言だったが、目のはしのタケウチはわずかにうなずいたようにも見えた。
2134年 10月4日 午前9時51分
ソシモリ 旧豆生田町要地区 子ノ滝前
タケウチ
川沿いを暫く進む中で激しい水音が段々と我々に近付き、やがて落差十数メートル程はあろうかと云う真っ直ぐな滝が眼前に姿を現した。
手前には道路からの続きの舗装が大きく広がっている。ひび割れから草が生え散らかり見る影も無いが、かつてはクルマの駐車スペースになっていた様だ。そしてその一角に一つ、大きく平たい長方形の石碑が在った。
「先生、よろしく」
アンザン君はすっかり私を翻訳機の様に扱う。しかし、経験から得た技能を頼られる事に悪い気分はしない。
碑には「子ノ滝 葦船神社縁起」と銘打たれている。目の前に滾り落ちるこの滝こそが、恐らくはネノタキ神社の名の由来である「子ノ滝」なのだろう。
* * *
子ノ滝 葦船神社縁起
寛永の飢饉の折に間引き或いは人身御供として子ノ滝に流された稚児らを弔い 長曾根酉上神社より勧請を受けた須佐之男命並びに日留子命をその御霊の拠り所として奉ったのが 葦船神社の前身である子ノ滝神社の始まりであります
昭和二〇年に葦船神社と名を改め 安産祈願 身体健全 学業成就と云った御利益の他 全国でも珍しい水子の祈祷を行う神社として人々の祈りを佑けております
葦船神社 この先八〇〇メートル
* * *
「で、なんて書いてあるんだ?」
「ん、いや……」
アンザン君に声を掛けられたが、頭の中の情報を纏めるのが追い付かず、返答に窮してしまった。瞼を閉じて、ゆっくり息を一つ吐いてから彼に向き直る。
「この滝の、更に上流に在る葦船神社の元々の名が子ノ滝神社だった様ですね。由来となったであろうこの滝から遠く離れた場所に、しかも大破壊の前後に、もう一つ新たにネノタキ神社が造られた理由は分かりませんが……」
「たしか豆生田神社だったか、あれと同じじゃないか? 神社の跡地がなにかに利用されたとか」
「この様な石碑が残されているからには、葦船神社が何処かに移設されたとは考え難いですね。いや、しかし──」
神社の移設と祭神の奉遷。須佐之男命と日留子命。オロチ退治の伝説を持つ酉上神社の神と、生まれ落ちて直ぐに流されたと謂れる子供の神──
「神様は子供なんだ。ずっとな」
──シャクジンの前でバンショが言っていたあの言葉。あれは、ネノタキ神社の祭神が葦船神社の祭神と同一である事を示しているのではないか。
「葦船神社、見てみたくなりましたね。伊武博士の住居からは少し離れますが、先にちょっと寄ってみましょう」
*
滝より先の道はかなりの急勾配になっていたものの、何とか無事に登り切る事が出来た。道中、坂の手前に広めの脇道を見掛けたが、あれが目的の集合住宅に通じる道なのだろう。
「さて、古地図とパンフレットに拠れば、この辺りに神社が在る筈なんですが……」
注意深く周囲を見渡してみる。これまでは辛うじて体裁を保っていた舗装道路は少し先で落石に埋まり、倒木や蔓で形作られた緑の壁が視界を塞いでいた。
「アンザン君、宜しく」
先程の意趣返しに冗談を飛ばすと、彼は「へいへい」と気の無い返事を返しながらも、素直に蔓の幕の向こう側を注視する。
高精度なカメラである彼の目は、明暗の調整や拡大、赤外線感知などの多彩な機能を備えているらしい。それは戦闘は元より、こう云った探索行に於いても非常に頼りになる。そして──
常人には見えないものを見る事が出来る彼は、私のこの身体についても既に理解しているに違い無い。
「見えたぞ……あれだな、たぶん。ネノタキ神社にもあったような石段……だが途中から先はなくなっちまってる」
道路を外れてアンザン君の言う方に草を刈り払いながら進むと、確かに神社のものらしき造りの石段が在る。その上は最早全てが森と化しているらしく、建物の痕跡は見当たらなかった。
石段や下流の石碑の存在から見ても、この場所が用地転用された様子は窺えない。単純に年月の経過で森に呑まれてしまったか、大規模な災害やモンスターの襲撃などに因って崩壊したか、と云った所だろう。仮に遺物が残っていたとしても土の下。ここを調査するには労力が掛かり過ぎる。
「残念ですが、ここは諦める他ありませんね。本来の目的地に向かいましょう」
緩くなった地面から足を引き抜きながら、私たちは舗装道路へと戻った。
*
「わりとキレイなもんだな」
鬱蒼とした小道を何とか突破した私たちを出迎えたのは、打って変わって緑に殆ど侵食されていない2階建ての集合住宅だった。建物手前の駐車場には土が溜まり、枯れ枝などが落ちてはいたが、舗装を突き破って生える樹木などは見当たらない。
「敷地内に雑草が生えない様な処理が施されていますね。堆積した土からも生えていないのは、このアスファルトの様に見える材質の機能かな……」
一歩一歩と、地面の感触を確かめながら歩みを進め、やがて建物の前に立つ。見た所、部屋数は八部屋。正面の共用玄関から建物内に入り、廊下と階段で各部屋に接続する造りの様だ。両開きの自動ドアは固く閉ざされているが、入り口脇の天井に取り付けられた監視カメラに点灯する赤いランプを見る限り、システムは生きているらしい。
「通常、風除室までは権限が無くとも入れるものですが、セキュリティにロックでも掛かっているのかな」
「セキュリティが生きてるのか。撃たれでもしたらかなわんな」
監視カメラにはカメラの同軸に筒状のパーツが取り付けられている。恐らく侵入者を排除する為の小口径銃かガス噴射機辺りだろう。こう云ったあからさまな戦力誇示で侵入者に対して威嚇するのは神話公司製警備システムに良く見られる特徴だ。ヴラドイーストの研究者の暮らす集合住宅に神話製のシステムが使われる──ヴラドと神話の提携が生活の末端にまで行き届いていたのか、それとも伊武博士が自社ブランドに頓着しない人間だったのだろうか。
監視カメラの真下には金属製のプレートが有る。どうやらこれが操作パネルの蓋らしい。
「アンザン君、宜しく」
「カメラがヤバい動きしてたらたのむぞ」
彼はそう言いながら蓋を開き、操作パネルのハッキングを試みる。監視カメラは今の所じっと構えているのみだが、私たちを不審者と判断した場合に、その銃口が火を噴く可能性は十分に在る。
やがてピッと云う短い電子音と共に、自動ドアが静かに開いた。監視カメラの反応は、無い。
「ヤツの気が変わらんうちに行こう」
アンザン君はそそくさと屋内に入り、私もそれに続いた。
風除室内の内扉も開錠し、廊下に出る。二重の扉で封じられていた屋内には、外部からの埃も黴も殆ど侵入しておらず、100年前の空気がそのままの鮮度でパックされているかの様だった。
「空調も効いたままですね。凄い技術だ」
「住む人間もとっくにいないってのに、警備システムともどもごくろうなこった」
メモに手書きされていた部屋番号は202。このタイプの集合住宅ならば部屋の玄関は2階だろう。正面、目の前にはエレベータも在ったが、私は敢えてその左隣に在る階段を上った。
途中で折れ曲がるその踊り場には、この棟の管理人が貼ったと思われる掲示物が数点見える。
* * *
共用スペースでの喫煙は禁止です
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清掃ボランティア募集 管理人まで
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2046年度版ゴミ出しルールについては下記QRコードから
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2046年。諸説有る大破壊発生年の、有力候補の一つだ。当然と云えば当然だが、やはりこの建物は大破壊発生直後から放棄されていたのだろう。
階段を上り切り、左右に分かれた廊下を右へ。そして少し進んで右手側に現れた最初の部屋が202号室だ。
「ここです」
ドアノブに手を掛け、回す。先程のハッキングの効果の延長か、施錠はされていない。私はゆっくりと扉を引いて開けた。
「お邪魔します」
中に誰かが居る筈も無い。だが、余りにもそのままの形で生活が封じ込められた室内を目の当たりにして、つい、そう言葉が漏れたのだった。
自動照明に依って明るく照らされた玄関。壁に据え付けられた、腰の高さ程の下駄箱に乗る花瓶には、造花が瑞々しいままに一輪挿しになっている。その奥に写真立てが一つ。女性と、男の子か女の子かは分からないが、子供が一人。博士の家族だろうか。
下駄箱の中には、確かに子供用と見られる小さな靴が何足か有る。それと、女物のパンプスとサンダル。
私はブーツを脱いで、兎のマスコットキャラクターが描かれた玄関マットを踏んだ。正面には真っ直ぐ廊下が伸び、突き当たりに開き戸、左右にはそれぞれ二つずつの引き戸が在る。当時の一般的な集合住宅の構造から想像するに、左右は恐らく便所や風呂場などだろう。
私とアンザン君は、その一つ一つを開けて確認する。果たしてその中は概ね想像の通り、便所と風呂の脱衣所、そして保存食の詰め込まれた納戸に、複数の段ボール箱と畳まれた布団が積まれた座敷となっていた。アンザン君は、食品に溢れる納戸の中を見て感嘆の声を漏らしている。
「保存の利く当時最新の非常食が充実していますね。災害などに対して用心深い人物だった様ですが、ここの食糧に手が付けられた形跡は無い……大破壊後には、ここに戻っていないのかも知れません」
大破壊当時、伊武博士はどうしていたのだろう。今で云う真木寮の前身がヴラドイーストの研究所であったのは、ほぼ間違い無い。だが「真木」とは、この村に建設されたものとは異なる、別の研究所の職員の名だ。伊武博士が村の研究所の長であったならば「伊武寮」とでも呼ばれるべきではないのか。だが、事実としてそうなってはいない。やはり、博士は大破壊発生当時に亡くなってしまったのだろうか。
突き当たりの戸を引いて開けると、そこは台所一体型の居間となっていた。左手側には流し台や冷蔵庫、右手側には絨毯の上に食卓と椅子が並び、右奥の壁には小振りな液晶ディスプレイが取り付けられている。
全体的に飾り気の少ない機能的に整った内装だったが、壁面には大きなコルクボードが一つ掛けられており、写真や、子供が描いたと見られる絵が雑然と飾られていた。
絵の中には、子供と、両親と思しき人物が二人。子供はその内の一人と手を繋ぎ、もう一人の大人は少し離れた位置に立っている。このどちらかが伊武博士なのだろう。
居間の更に奥には左右二つ並んだ引き戸が在る。その内の一つ、猫を象った可愛らしい表札が提げられている左側の引き戸に、私は手を掛けた。
「みふね……か」
背後でアンザン君が表札に書かれた文字を読み上げる。みふね──伊武博士の子の名前だろうか。
開け放った戸の中に感じたのは、先ず違和感、そして、郷愁を伴う既視感。
室内には人形や積み木、プラスチック製のブロックなどの玩具が並べられ、一見して子供部屋と云う風だったが、それらと同じ並びには見るからに高性能と分かるコンピュータや、そこから伸びるケーブル類、アダプタ等が置かれ、異様な空間を形成していた。
畳の上には幾つかの縫いぐるみが投げ出され、つい先程までそこで子供が遊んでいた様な、生々しい印象を受ける。いや、縫いぐるみのせいだけではない。ごく新しい記憶の中で、私はこの場所で子供が一人遊びをする姿を見ている。それは、一体何時の出来事だったか、などと考えるのすら馬鹿馬鹿しい、決して存在し得ない筈の記憶だった。ここ数日、度々感じるこの異常な既視感。その正体は一体何だ?
「おい、大丈夫か」
「え、ええ……」
若干の眩暈を感じ、目頭を押さえながらふらふらと部屋を出る。食卓の椅子に腰掛けて一息を吐くと、幾分か気が落ち着いてきた。
正体の分からないものに囚われている時間は無い。そこに確かに在るものを追求していく他に無いのだ。
「PCの中身も、可能なら確認して置きましょう」
私は気を取り直して椅子から立ち上がると、子供部屋に戻り、隅の机に置かれたPCの電源を入れた。
だが、当然の事ながら画面からパスワードを要求され、立ち上げは中断されてしまう。暫し思案した後、名刺に書かれていたメールアドレスなどを打ち込んではみたが、そう簡単にパスワードが開く筈も無い。
「中身が気にはなりますが……ここで粘っても仕方ありません。隣の部屋を調べてみましょう」
私たちは居間に出て、もう一つの引き戸の前に立った。戸の取手の上には簡易的な造りの鍵が付いており、一応施錠されている様だ。
不意にアンザン君が前に歩み出る。そして、その鍵穴周りの金属製の土台を指先で摘むと、一気に力を込めて、それを木製の戸から無理矢理に引き抜いてしまった。
「流石は万能錠前破り。物理キーもいけますか」
アンザン君は私のおだてに得意げな笑みを浮かべると、一歩下がって道を譲る仕草をして見せた。
場所を交替した私は、戸をそっと開いて、入り口脇の壁に有るスイッチを押す。灯りに照らされた室内には、2台の机にPCが一つ、後は書類と本が雑然と突っ込まれた書棚が有るくらい。書斎と呼ぶにはやや貧相だが、実際その様に使われていた部屋なのだろう。
「このPCもパスワードが必要……まあ、それはそうか」
机の上のPCの起動を試みたが、やはりパスワードが設定されており、侵入は不可能だった。後はせめて面白い書類でも見付かれば良いのだが──
そう思いながら周囲に目を遣ると、屑籠の中に丸まっている紙の球に気が付いた。それを拾い上げ、紙を広げてみる。
「なんだそれ。絵か?」
それは居間に飾られているものとよく似た構図の絵だった。一見、子供が描いた無邪気な絵の様だが、所々、細部に妙な写実性が混じり、歪な生々しさを放っている。絵の裏には「おかあさんへ」と、文字が書かれていた。
子供、恐らく「みふね」と云う子が母親の為に描いた絵だ。それが何故捨てられているのだろうか。
そう考えながら机の引き出し最上段を開くと、中から数枚のカードが現れた。カードに書かれた文言から、どうやら商店の会員証や、博士の通院していた病院の診察券などであるらしいと分かった。そこには博士のフルネームが手書きされている。
「
──これが彼女の名前……「おかあさん」か。
他の引き出しを開けていくと、その最下段から、クッキーの写真がプリントされた豪奢な意匠の缶が見付かった。蓋を開けて出てきたのは手書きの便箋。恐らく何者かが博士に宛てた手紙だろう。それが束になって缶の中一杯に詰まっていた。缶の底には空の封筒が一つ。宛先はここの住所、伊武錫子宛て。差し出し人は──
「どうした先生、楽しそうだな」
「あ、分かりますか。少し時間を下さい。この手紙たちをざっと読んじゃいますので」
──差し出し人は、バイアス・ヴラド。ヴラド・コングロマリットを統括するヴラド・コーポレーションの社長にして、自社研究施設の主席研究者。そして、巨大人工頭脳ノアの開発責任者である。
* * *
錫子へ
長曾根での暮らしは落ち着いただろうか。東京からのアクセスは良好とは言えないが、研究に打ち込むには最高の設備と環境を整えたつもりだ。新研究所には君からのアドバイスも十分に反映させてある。もし不足するものがあれば遠慮なく言って欲しい。研究においても、生活においてもだ。
私はと言えば、地球救済センターの運用開始に際して、各セクションのチェックの為に、しばらく日本に留まることになった。時間を見つけて君と美舟にも会いたいよ。
* * *
錫子へ
全く素晴らしい、と最初に書かせてもらいたい。どうやら私は君の研究成果にも恋をしてしまったようだ。ノアの調整に全力を注ぐ毎日だが、時々息抜き代わりに長2の研究データを再検証させてもらっている。もしかしたら、そちらの役にも立てるかも知れない。差し出がましいようだが、少しでも君の力になりたいのだ。
ひとまず、ハード面において有用と思われる資材をリスト化してみた。同梱したファイルを確認してみてくれ。
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錫子へ
既にヴラドイーストから通達されているはずだが、長1のV-ジーン研究スタッフを1名そちらに出向させた。やや気持ちが弱いが、才能があり、研究に対して真摯な人物だ。是非とも君の所で鍛えてやって欲しい。
メタモーフ細胞は本質的な部分で君の研究との共通点が多い。相互に情報を提供することで進捗にブーストをかけるのが狙いでもある。
研究の成就を祈っているよ。
* * *
愛する錫子へ
美舟の事は残念だった。葬儀にも出てやれず、申し訳なく思っている。
慰めになるかは分からないが、君の研究データを応用して私のチームが開発したドールの素体を贈る。実証実験の為に極めて広範な冗長性を持たせた、2基あるナノ・アダムの内の一つだ。これの最終試験を君にお願いしたい。私と君の保有する、あの子に関するありとあらゆるデータを掻き集め、ノアにシミュレートさせた上で再構築したメモリを素体にダウンロードさせるのだ。
上手くすれば、私たちは再び美舟に会える。永遠への、これが最初の一歩になるかも知れない。
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