211X年 3月X日 午前4時2X分
カミシアの村 中通り
タケウチ
「ヒィィィヤッハァー!」
空気を細切れにする様な、けたたましいエンジン音と共に叫声が響き渡り、幾つもの鋭い光が未だ明けぬ早朝の闇を切り裂いていく。その光に当てられぬ様にと身を屈めながら、私は、眼前の光景を記憶に焼き付けんとしていた。
神話に語られる終わりの運び手たちが、停滞した「死」に時を刻むべく地に舞い降りた──脳裏に一瞬過ったその荘厳なイメージとは裏腹に、泥臭い殺戮と掠奪の現実が視界を満たし、私の既存の世界は、文字通り音を立てて破壊されていく。
「カカシどもをブッ殺せ!」
「コイツらはモンスターだ! 賞金は頭の数で割るぞ!」
終わりのライダーたちは縦横無尽にバイクを走らせ、まるで競う様にして、棒立ちのまま闇に佇む住民たちを刃で切り裂き、銃弾を撃ち込んで、火を放った。
抵抗する者は居ない。今更生に執着する者など、最早ここには殆ど残ってはいないのだ。
私は民家の土壁に身体を擦り付けながら、首だけを伸ばしてその惨劇を眺める。
と、不意に背後から何者かの大きな腕が胴に回され、抱き竦められたまま路地裏に引き摺り込まれてしまう。だが直ぐに地面にそっと下ろされ、同時に、聴き覚えの有る柔らかな声が私に囁いた。
「ここはもう駄目です。クルマを用意してあります。共にこちらへ……」
私は大きな腕に背を支えられながら、導かれるままに暗闇を走った。
*
村外れのガレージに格納されていた白塗りのバンに駆け付けた私たちは、スライドドアを開いて車内へと乗り込んだ。ドアを閉めると、殆ど窓も無い密閉された車室後部に室内灯のLED光が満たされ、今が真夜中である事を一瞬忘れさせる。運転席には既に何者かが座り、エンジンを暖機させていた。
「もう……誰も来ない。直ぐに出してくれ」
──誰も来ない。そう、結局私たちの他には誰も来なかった。生きて残ったのは私たち三人だけだったのだ。
運転手は無言のままギアを入れ、ガレージからクルマを発車させる。このタイミングで気付かれさえしなければ、追手が掛かる事も無いだろう。
──事実、この後私たちは無事に村から逃げおおせる事が出来た。そして遥か西の町に落ち延びる結果となるのだ。
「道中は私どもがお手伝い致します。ですが、それにも限りがございます。これから更に先は、ご自身の意志と力で道を歩んで行かねばなりません。人として……」
車室の片隅に置かれていたアタッシュケースが眼前で開け放たれ、ウレタンの土台に埋め込まれた物品の数々が露わになる。瓶入りの錠剤、スプレー缶、注射器とアンプル、小型のバッテリー、クランプ付きのケーブル、そして中央には、透明なビニールで包装された湿った粘土版の様にも見える鈍色の直方体。
──忌まわしき、救いの、銀の腕。
2134年 10月6日 午前10時19分
エル・ボスコの村 エンシオのヤード北
タケウチ
ドライブインが燃えている。火の勢いを見るに、燃料貯蔵庫への延焼は免れている様だが、それにせよ攻め方が余りにも雑過ぎる。やはり自由レンタル連合はこの村を拠点として再利用する積もりが無いと云う事か。
「出遅れちまったか?」
私の真後ろから、アンザン君が心配そうに声を上げる。
「いえ、本格的な侵攻はまだの様ですし、一方で村の防衛戦力の殆どが西へと集中しています。丁度良い頃合いです」
私は右手でハンドルを操りつつ、背中で返答する。
私たちを乗せて畑道を疾駆するバギー──エンシオ秘蔵の汎用軽機動車には、先日道の駅で発見したバッテリーを搭載してある。村人の目を盗みながらの危険な改修作業に協力してくれたのは、何とエイコだった。レンタル連合本部にてメカニックとしての技能教習を受けていた彼女の力が無ければ、とてもクルマを可動状態に持っていく事は出来なかっただろう。
本来ならば彼女に私を助ける義理は無い。これもアンザン君の人徳の為せる業だ。
そう云えば、ヤード内に放置していた筈のエンシオの遺体は姿を消していた。私たちがソシモリを探索している間に村人に依って回収されたか、或いは──
「えっ、えっ? お、おいっ!」
「アレっ! 例の連中!」
村の西方、ダム方面から迫るハンターの一団を注視していた村の若衆が、別方向から迫る私たちに漸く気付いたらしい。彼等のその手には銃火器が握られていたものの、爆音と共に肉薄するクルマの迫力に呑まれたのか棒立ちのままだ。
道端の彼等にクルマの鼻先を擦り付ける様にしながら参道を右に飛び出し、そのままカンナメ方面に一直線に加速する。我に返った連中が今更に単発で銃撃してくるが、最早容易に命中する距離では無い。
レンタル連合の呼び込んだハンターたちが村を攻撃するタイミングに合わせ、ネノタキ神社に侵入する──これが私たちの狙いだった。だが、ただ向かえば良いと云うものでも無い。真木寮本寮を調査するには宮司のマミュウダ或いはスノハラ博士の協力が要ると予想され、身柄の安全確保などを条件にして交渉を行う必要が有る。更には目の血走ったハンターどもが徘徊する村からの脱出も考えねばならないのだ。
バン! と音が弾け、まぐれ当たりの一発がクルマの右サイドミラーを吹き飛ばした。砕けた破片が私の頬を小さく傷付ける。
──今、私は何故こんなにも必死になっているのだろう。
私は、宿命めいて自分を縛めるもの、蝕んでいくものからずっと逃れたいと思い続け、それを行動の原動力として生きてきた。そうしてこの地にもやって来た。束縛から解放されて自由に生きたかったのだと、自分でそう思っていた。
だが、今はその目的の為に必要以上の危険を冒し、死地へと赴いている。秘密を暴く興奮と、戦いの熱狂の中で、恐らく、私は瞬間でも命を燃やしたかったのだ。私は自分の思う心の姿のままに──そうか、私は自由に死にたかったのか。
踏み込むアクセル。無人の参道を駆け抜け、橋を渡り、クルマはカンナメへと突入した。
*
「先生」
背後から訝しむ様なアンザン君の声。道の先、見覚えの有る後ろ姿が坂を登っている事に、私も遅れて気が付いた。
ひょこひょこと滑稽な仕草でゆっくりと山道を歩く人物。クルマはあっと云う間にそれを追い越し、後方に置き去りにする。
エンシオだった。私たちなど眼中にも入れず直向きに歩む彼は、還ろうとしているのだろう。カンナメに。「神」の御許に。
クルマが曲がり道から長い直線に躍り出た瞬間、アンザン君が矢庭に立ち上がる。
「安全運転でたのむ!」
進行方向の遥か先には、まだ豆粒の如く見える人影が、3つ。それらが低く構えている──そう認識した瞬間、アンザン君は何時の間にか抜き放った拳銃を連射していた。
重なる6発の銃声と、前方に咲く3つの小爆発。陣を張るクエビコたちがランチャーから発射した誘導弾を、見事拳銃にて狙撃して退けたのだ。
「神業ですね!」
「人間様の御業さ!」
アンザン君は言いながらバギーに据え付けられた音波砲を構え、前方に発射した。直結する原子力電池に依って増幅した大出力の指向性音波がクエビコらの脳に直接叩き込まれる。
常人であれば即死し兼ねない威力だが、彼らには頭を抱えて逃げ出すだけの余裕が有った。やはりクエビコの身体の強靭さは人を遥かに超えている。
私はハンドルを捌いて路上で身悶えているクエビコの一人を交わしながらその場を突破し、再び道を曲がる。そしてその先、ネノタキ神社の手前の道路の中央には、私たちを仁王立ちで待ち構える偉丈夫──マジマだ。
彼は武器を背に提げたまま、迫るクルマに対して微動だにしない。私は一瞬の逡巡の後、覚悟を決めた。
「轢きます」
マジマの身体に真っ直ぐ吸い込まれるクルマ。そして接触。予想以上の激しい衝撃に思わず目を瞑り、再びそれを開いた時、私は異様な光景に息を呑んだ。
クルマの硬いバンパーとボンネットは、まるで鉄柱にでも激突したかの様にひしゃげ、一方で車体にめり込んだマジマは涼しい顔のままでそこに立っている。明らかに人間の肉体の強度では無い。やはりマジマもクエビコなのか──?
私は更にアクセルを踏み込むが、凄まじい力で抑え込まれてクルマはびくりとも動かなかった。
「警告を無視し、命捨ててまで求めるか。大した強欲だな、ハンターども」
「バケモノ……」
呻く様なアンザン君の言葉に、マジマは微かな笑みを浮かべる。
「バケモノか。まあ、そうだな」
マジマの両手が乗せられた鼻の短いバギーのボンネットは、指先で掴まれた部分から歪み、変形し、引き裂かれる。万力の如きその腕には筋肉が盛り上がり、常人の数倍はあろうかと云う太さに達していた。
「番犬として飼われたからには、それなりの仕事をしなければな」
腕には更なる力が込められ、掴まれた車体の先端が僅かに浮く。クルマが自走不能と見て私は運転席を飛び出した。アンザン君も同じ判断を下したらしく、私とは逆側のドアを開け放って脱出した様だ。
転がりながらアスファルト舗装の上に着地した私はマジマを見た。クルマを持ち上げつつ立つ彼の下半身の衣服は裂け、ボロ切れになったその布の切れ間からは豊かな毛並みに覆われたネコ科動物の如き太い脚が、地面に根を張る様に踏ん張られている。
「ミュート!? ……いや、これはV-ジーンか……!」
ヴラド博士が伊武博士に宛てた私信の中にも記述の在ったV-ジーン計画。私も資料で知るのみだが、人間以外の生物遺伝子を組み込んだメタモーフなる特殊細胞を用いて人体を兵器化する、狂気めいた軍事研究であったと云う。真木寮には、これを実用化する技術が残っていたのか。若しくは──
「──大破壊の生き残りか」
マジマの変異は全身に達し、その頭部は魚類や両棲類にも似た奇怪な姿に変じていた。濡れた様な照りの有る胴の皮膚に、大きな背鰭。一方で両腕両脚は黒縞の入った黄褐色の体毛に覆われている。魚と虎、そしてヒトの特徴を併せ持つ異形の怪物。
「まさか……ブリトラ!」
マジマ──ブリトラは、持ち上げたクルマを地面に叩き付けて大破させると、気合いの咆哮を上げた。耳を劈く高音の中に混じる太い唸りが心臓を鷲掴みにする。私は直様腰から拳銃を抜くが、この程度の武器が果たして何処まで通用するか……
「なるほど、村のハンターオフィスに手配書を置いていないわけだな」
背後から現れたアンザン君はクルマに積んであったレーザーライフルを手にしていた。銃身に光る緑色の表示灯は、それが既に発射可能状態にある事を知らせている。
「先生、こうなったらハンターらしくいこうじゃないか……賞金首狩りだ」
2134年 10月6日 午前10時24分
カンナメ 参道 ネノタキ神社前
アンザン
ビッ!
放たれたレーザーがブリトラに命中するが、胴の前に交差した腕の体毛がそれをさえぎり、光が散らされる。そして奴はその体勢のままこちらに向かって突っ込んできた。速い。
俺と奴とのあいだに発煙筒が投げ込まれ、煙幕がたがいの姿を隠す。タケウチの援護だ。急接近する熱を感知し左に飛びのくと、煙の中から現れた奴が、そのスレスレを通過していった。
奴の背中を追撃するタケウチのマグナム弾。だがそれは背ビレの膜をいくらか傷つけるにとどまる。やはり火力が足りない。
ひしゃげて横転するクルマに向かったらしきタケウチをブリトラが追う動きをみせたため、俺はその横っ面にレーザーを浴びせる。左眼に照射された光線にダメージを受けたのか、さしもの奴も動きにブレーキをかけた。
そのスキにタケウチはクルマにとりつく。シャシーは大破していても、バッテリーと車載兵器はまだ生きているのかもしれないのだ。タケウチは音波砲の照準をブリトラにあわせた。
そして不可視の音のビームが巨体を襲う。一瞬苦しむ様子をみせたものの、ブリトラはそれをふりほどくようにひと声うなると、クルマに向かって突進した。
体当たりを食らったクルマはガードレールを越えて崖下へ落下。タケウチはすんでの所でクルマから離れたが、勢いにはね飛ばされてガードレールに身体を打ちつけた。
俺はこのスキにとブリトラの背を狙う。だが、奴は攻撃を予想していたのか、足元に落ちていたかつての自身の得物であるアサルトライフルを引っつかみ、ふり向きざまに投げてきた。
回避が間にあわない──とっさに手にしたレーザーライフルでそれをふせいだものの、激しい衝撃で銃身は折れまがり、発射不能の警告ランプが赤く点灯する。
ちらとタケウチのほうに目線をやると、あいつは拳銃を手になんとか身体を起こしたところだった。あの様子なら心配はないだろう。
俺は壊れたライフルを投げすて、ブリトラに向かって走る。そして、迎え討とうとする奴の構えの中に「穴」を見た。
間合いギリギリ、そのまま倒れ込む勢いで前傾し、地面にふれる直前で「脚」を解放する。人工筋肉と同期したスプリングの爆発的な加速。一瞬の間に奴との距離がつまる。狙うのは重心のわずかに浮いた奴の左脚。両腕で丸太のようなそれをがっちりと抱きしめながら、加速をゆるめずにそのまま全身をあずける。
「ぐおっ…!」
ブリトラは片脚を浮かせながらも持ちこたえるが、俺はいったん着地した後、今度は両脚で踏みきった。組んだまま宙に浮く、俺とブリトラ。
「行けッ!」
ブリトラの上に乗った俺は、崖下へと落下しながら路上のタケウチに向かって叫んだ。タケウチは俺の意図をくんだのか、こちらに一瞥だけ残して去った。
──これで、遠慮なくやれる。
数秒にわたる落下。ブリトラはその最中に身体をひねって着地態勢をとり、俺もまた奴から離れた。
崖下は数メートル幅の浅い川と、同じ程度の幅の川原。奴は水しぶきを上げながら川の中に、俺は川原のジャリをくだいて着地し、再び対峙した。
「殊勝だな。クルマも無しの丸腰で仲間の時間稼ぎか」
異形と化したブリトラの声はくぐもっていたが、声色にはマジマの特徴もわずかに残している。俺の背後からは、先に落下してスクラップと化したバギーがカラカラと金属音をたてていた。
「そんなもんじゃないさ。まあ、アンタとは思いきりやり合ってみたくてね。ところで、気になることがひとつあるんだ。アンタはもしかすると、大破壊の時の……」
「ああ。ただの一兵卒だったがな」
「そうかい。尊敬するよおじいちゃん」
俺は腰の後ろに付いたカバーを外し、体内に埋めこんであるリミッター解除スイッチを指先で押した。視界内に、解放された各機能のインジケーターが表示され、心拍や呼吸などの生体部分の挙動も戦闘用のそれに調整される。
「時間稼ぎじゃなく、俺は勝つつもりだ。それと、クルマならここにある」
頭部、腕部、脚部の一部が開放され、対戦車対モンスターエネルギー複合装甲──ETシールドの発振機が露出する。両腕には殺傷用スタンビームと液体炸薬式の打撃機構。背には極小のマイクロミサイル、そして肩に超小型の「戦車砲」が展開し、俺は視界に出現した専用の照準マーカーをブリトラにロックした。
「誰が呼んだか人間戦車! これがレンタル連合虎の子の戦闘用サイボーグ、ハンク・アンザンだ!」
2134年 10月6日 午前10時27分
カンナメ ネノタキ神社 本殿南の斜面
タケウチ
そう遠くない距離から爆発音が響いてくる。アンザン君とブリトラの戦闘が続いているのだ。
身体改造を施されたV-ジーン兵器の戦力は並みのモンスターを遥かに凌ぐと予想されるが、アンザン君が己の身を犠牲に私を逃したとは思えない。彼には勝算が有る筈だ。これは彼に初めて会い、ランドユーユーと戦った際に感じたものと同じ、根拠の薄い直感めいた確信だった。
だが何にしてもここからは独り。自分の力だけで活路を開かねばならない。
ネノタキ神社の保有する戦力の大半が出払っているとは云え、単身での正面突破は無謀である。私はホッパーブーツの機能を使い、正門を避けて強引に崖を登り、林の中を進んだ。
木々の切れ間から時折敷地内を覗いて見るも、マジマも含めた先程の四人以外のクエビコの姿は何処にも認められず、葬儀の際に大勢居たミュートたちも全く見掛けなかった。
マジマの正体がブリトラだったと云う事は、あのミュートたちこそが不穏分子のマジキリ一家なのだろう。マジマは元々流れ者で、先代のマミュウダと懇意だったと聞く。ミュートたちも、彼と同時に村に保護されたに違い無い。
しかし、村の危機であるこの時にも姿を現さないのはどう云う事か。彼等は何か別の役目でも持たされているのだろうか。
考えながら、本殿の在る山頂付近までやって来た。恐る恐る木の陰から顔を出して様子を窺ったが、やはりここにも人影は無い。覗き込んだ窪地の中も同様だ。無駄な争いが避けられるのは結構だが、肝心のマミュウダも居ないとなれば、全ての秘密を明かす事は出来ないだろう。
坂を下り、本殿の前に立つ。支所の庁舎で発見した旧豆生田神社の公図に拠ると、この神社の敷地は、本来ならばより東に広がっている筈。現在本殿が建てられているこの山は、大破壊前後に出来たものなのだ。詰まり、この「下」にも何かが──恐らくは、目的の場所が在る。私は正面の階段を上り、期待を込めて入り口の戸に手を掛けた。
「入れ」
戸を開ける前に、その内側、本殿の中から、そうはっきりと声が聞こえた。
2134年 10月6日 午前10時28分
カンナメ 要川河川敷
マジマ
戦いが好きだった。
競い合いには興味が無い。勝ち、負け、評価、自分にとってはそのどれもが無意味だ。俺は、肉どうしのぶつかり合いの中で火の粉の如く舞い迸る命の熱さそのものが好きだった。
歳の近い兄と、遊び感覚で殴り合いをしていたのが最初だったと思う。その後は親に頼み込んで空手を習わせて貰ったのを皮切りに、高校でボクシング、大学で日本拳法と、あれこれ齧った末に、偶然勧誘を受けた自衛軍に入隊した。
軍での日々は闘争心を満足させるものではなかったが、退屈もしなかった。訓練を通じて、武器や兵器、様々な戦いの形があることを知った。そして俺は、V-ジーン計画の被験体として選抜され、それを受け入れた。
大破壊とモンスターの出現により、得た力を存分に振るう機会を得られたのは幸運だったと言ってよいのだろうか。いずれにせよ、戦いの日々はそう長くは続かなかった。
自衛軍と統合軍の一部を再編成した防衛軍だったが、次第に敗色濃厚となり、一部戦力を隔離保存して後世に託す計画が立案された。志願兵の中から更に精兵が選抜され、俺もそうして、来たる反抗作戦の日に備えて永い眠りに就いた。
数十年後、冷凍睡眠装置のトラブルにより強制的に覚醒させられた俺は、人類がノアとの最終戦争に敗北した事、それでもまだ文明の火が完全に消えてはいない事、そして緩やかな地獄が未だに続いている事を知った。
人間たちから迫害されていたミュートの一団を助けた俺は、成り行きで彼らのリーダーとなり、生活する上での脅威となるモンスターや追手のハンターどもと戦った。
戦いは好きだ。だが、そこにはかつての、血を沸き立たせるような興奮は無かった。
俺は今楽しんでいる。生体兵器である俺と、恐らくは大破壊前の技術によってサイボーグ化したアンザンとかいう男。技術系統は違えど、共に、戦う為に人の身を捨てた存在だ。それ故にか、こいつとはいやに噛み合う。
雨の如く降り注ぐ小型ミサイル。派手な攻撃だが、一発の威力には乏しい。俺は左手で顔面を覆いながら、回避行動は取らずに相手に向かい直進する。腕や背中で火薬が爆ぜ、体毛や鱗が焼かれるも、浅いそれらの傷は超速で再生していく。問題は無い。
距離を詰め、やや溜めた右鉤突き。大振り気味だが、必中のタイミング。拳は奴の胸を捉えた筈だが、その手前に存在する目に見えぬ力場に衝撃が中和されてしまう。戦車の防御機構としても活用されるETシールドだ。だがそれも絶対無敵の盾という訳ではない。中和したエネルギー分はシールドのバッテリーが消耗し、やがては消え去るのだ。
右直突き、踏み込んでの右肘、更に身体を寄せて体当たり、そして至近からの後ろ回し尾撃。重さを意識した連撃でシールドを剥がしにかかる。
更なる追撃の右裏拳。しかしそれはアンザンの左の一撃によって打ち払われる。質量からの想定を遥かに超えた重打撃。腕部に仕込まれた機構──ロケットパンチの類いか。
外に払われた右手の右回転の円運動と同期させる形で、左フックを顔面に打ち下ろす。
だがその一発は瞬時に身を沈めたアンザンの頭上を通過。同時に、奴の拳が俺の下腹部に埋まっていた。ずしり、と重たい塊が突き刺さり、そのまま体内に衝撃が浸透するような感覚。呼吸が窮まり、手足が急速に萎える。バイオニックタイプのモンスターに「効かせる」為の打ち方という訳だ。
俺は咆哮し、竦むこの身を叱咤すべく、脳から全身へと強力に指令を送った。
──燃えろ!
膨らんだ血管に熱い血が流れ、手足には火が宿り、身体中のメタモーフ細胞も更に活性化する。
俺の吠え声に全く臆する事無きアンザンの、踏み込みと同時のアッパー。覚醒した俺は、トップスピードに到達する直前のそれに体重を乗せた頭突きを食らわせる。攻撃時の拳にはETシールドが適用されないのか、奴の右拳の指は見事に折れ曲がった。
「くッ!」
飛び退った奴は左手を伸ばし、内蔵された電撃銃を放ってくる。頭部に食らえば無傷とはいかないだろうが、盾とする腕の体毛がそれを弾いた。
次の瞬間、咄嗟に横に避けたのは勘だった。熱い何かが先程まで居た場所を貫く。それは、奴が肩に担ぐ小型の砲から発射された砲弾だった。砲撃は俺の二の腕を掠っただけだが、その部分は体毛ごと肉をごっそりと奪い去られていた。
──手強い。
危機的状況とは裏腹に、俺は心の中で笑みを浮かべた。
その時、複数の、人の絶叫にも似た声が山中から聴こえてきた。コントロールユニットを装着されて戦場に向かうラアどもの声だ。そしてその場所には、それを使役する同胞らも居る筈。どうやらこの辺りが潮時のようだ。
「時間切れらしい。心残りはあるがな」
下がりながら言う俺に、目の前の男は今にも噛み付かんばかりだ。その闘争心に、つい後ろ髪を引かれてしまう。この闘いの場にも、人で居続ける事にも。
「だが、さらばだ」
「逃がさんッ!」
2134年 10月6日 午前10時30分
カンナメ ネノタキ神社 本殿
タケウチ
ただでさえ人気の無い境内の中で、入り口の戸を閉めた本殿内は、より一層の静寂と冷気に満たされていた。
「貴様は、タケウチ、だったかな」
薄灯りの中、広間の中心に立つのは宮司マミュウダ。相変わらずの逞しい体躯、と言いたい所であるが、それどころか前に会った時に比べて明らかに質量が増している。彼らが云う所の「御徴」が更に強く顕在化しているのか。
彼は今が修羅場である事を把握しているらしく、左手には鞘に納まった太刀を提げていた。
「マミュウダさん、今日はまた……随分と着膨れしていますね」
場違いな冗談で牽制してみるが反応は全く無く、頭巾で覆われた顔からは表情すらも窺えない。
「これは、何が起こっているのだ……よもやスノハラが謀ったか?」
──ここでスノハラ博士の名が出てきた。
以前アカヌタから聞いた通り、先代マミュウダと懇意にしていた者は今の宮司からは遠ざけられている様だが、謀叛を疑われる程にまでその対立は深まっているのかも知れない。
「この騒動自体は自由レンタル連合からの制裁の様です。貴方にも思い当たる節は有るかと思いますが……」
「ふむ、貴様はその尖兵か。私を殺しに来たか」
「いえ、滅相も無い! 私はご存知の通りの研究者です。先日、神域にて勝手をした事は、この通りお詫び申し上げます。ですが今、貴重な大破壊前の研究施設が目の前で失われるのは大変に惜しい。可能であれば保護に協力したいのです」
返事は無い。下げた頭から上目遣いに送った視線の先、頭巾の隙間から僅かに覗いたマミュウダの瞳から読み取れたのは──殺意だ。
「白々しいな、盗っ人めが。よくも私の前に再び立てたものだ。貴様が見た村の秘密は返して貰うぞ。その頭をこじ開けてな」
マミュウダが右手を持ち上げてこちらに突き出す。それを見て頭に過ぎるのは、先日の異形化したハンター、ネオの姿──
慌てて距離を取ろうとするが、足が何かに絡まり、そのまま床に尻餅をついてしまった。咄嗟に顔を覆った左義手に二発の銃弾らしきものが命中し、激しい金属音が響き渡る。
木製の床と思っていた場所には細かな亀裂が走り、ロープの様な太い繊維状となったそれらがわらわらと浮き上がって身体に絡み付いてくる。その全てが、マミュウダの足元を中心として脈動していた。ここは既に異形と化したマミュウダの、懐の内なのだ。
「脚がすっかり萎えてしまっていてな……無作法失礼するよ」
マミュウダは本殿の中央に立ったまま、床に這わせた何本かの触手を伸ばして私の下半身を拘束しようとする。
マミュウダのこの奇態、ハバキやネオ、エンシオらの症状とも共通点は有るものの、それはあのニンゲンナッパーの姿にも似て、明らかにヒトの範疇を逸脱している。真木がこの村に齎したメタモーフ細胞──ブリトラと同源の技術か。
床に座った姿勢のまま拳銃を抜きマミュウダに発砲する。頭部と胸部にそれぞれ二発。不動の姿勢を取るマミュウダに、それらは容易に命中したが──
「取り繕うのは止めて堂々と私を殺す気になったのかな? 全く人間らしく、結構な事だ」
着弾の衝撃に身体を震わせたマミュウダだったが、致命傷どころか、効いた素振りすら見せない。
「貴方は随分と人間らしさが失われてしまった様子で……」
「そう見えるか? 光栄だな」
マミュウダは頭巾を捲り上げ、被っていた烏帽子ごとそれを脱ぎ捨てた。禿げ上がった頭頂部。青みがかった灰色の肌には細かい筋がびっしりと縦横に走り、所々がささくれて鋭い突起が顔面から生えている。全体が金属光沢を帯び、まるで鉄の面でも被っているかの様だ。その面の口元には、確かに笑みが浮かんでいた。私の投げ掛けた皮肉に、寧ろ満更でも無い様子だ。
「御徴の顕現したこの身体こそ、神の系譜に連なる聖なる証なのだ。神の血を受けた我々こそ、人を駆逐し、代わって世を統べるに相応しい」
興が乗ったのか攻撃の手が休まり、代わりにいやに饒舌になってきた。これを利用しない手は無い。私は口先だけで会話を続けながら、この窮地を脱する方法を頭に巡らせていた。
「大層な理想ですが、成果はこの小さな村一つですか」
「これは足掛かりよ。しかし、親父殿やスノハラが及び腰でなければ、今頃とうに周辺の村邑を取り込めていたであろうに……」
「変質したとは云え、貴方も人ではあったでしょうに。何故人間を害するのです」
マミュウダは黙った。何の気無しの質問だったが、彼はそれを呑み込んだ後、じっくりと肚の中で考え始めた様だ。
「何故だろうかな……うん、そうだな……どうも、我等は皆、薄っすら人間というものが嫌いなようなのだ。だから、余計に人を辞めたくなったのかも知れん」
何処か遠い日を仰ぐ様にしながらマミュウダは陶然と語り、そして私に顔を戻した。
「さて、そろそろ良い策が浮かんだ頃合いか。早速それを見せてくれ」
どうやら時間稼ぎの目論見は筒抜けだったらしい。明らかに舐められているが、それは則ち、勝機でもある。
「まあ、期待されると少々やり辛いのですが……」
私は図嚢に手を突っ込み、その中の瓶を掴む。発火装置付きの小型高性能火炎瓶だ。
──人の在り様は姿形では無い。それはアンザン君もその身で示してくれている。精神の変質も怖れる事は無い。生身の人間であっても容易く移ろうものだ。今の自分を確と認識し、間違いが無いと自覚出来れば、それで良い。
私は火炎瓶を図嚢から引き抜き着火させ、それを自らの足元に叩き付けた。炎が爆発的に燃え上がり、床を、触手を、私の肌を焼く。全身が引き攣る強烈な痛みが襲うと同時に、細胞の一つ一つが活性化するかの様な妙な高揚感と爽快感が有った。
身体に絡み付いていた触手は熱に縮れて離れ、その根本のマミュウダも痛みを感じているのか身を捩っている。
私は衣服に火を纏わせたまま立ち上がり、義手から短刀を抜いてマミュウダに向かって駆けた。
「……貴様ッ!」
マミュウダの右掌からの発砲。顔の前に立てた義手が盾となり、それを弾く。肉薄した私は短刀を手にした右手を突き出した。狙いは顔面、だが──
がきっと鈍い音がして、マミュウダの顔面を突いた刃の先端が欠ける。そして一閃。伸び切った私の右腕に、マミュウダの太刀が抜き様に振り下ろされた。だが、その太刀もまた、甲高い音と共に中程から折れ、切先が宙を舞う。
マミュウダに向かって差し出したままの私の右腕。皮膚が暗く変色しているのは火炎瓶の火に焼け爛れた為では無い。表皮が激しく蠕動し、芯に熱が籠る。五指を広げた手はばきばきと音を上げて、金属の様に硬質化しつつその質量を増していった。そしてマミュウダの顔前に咲いたのは、禍々しき鉄の大輪。
「御徴……! 貴様もクエビコだと……!」
掌から発せられた細い光の筋がマミュウダの額に点を打ち、直後、凄まじい破裂音と共に閃光が弾ける。
ちりちりと私の肌を刺激する電気の迸り。それが静まる頃、肥大化していた右腕は元の大きさに戻っていた。
マミュウダに外傷は認められなかったものの、彼は立った姿勢のままぐったりと項垂れている。私は痺れて力の入らない右腕をだらりと下げながら、それに一歩近付く。
「うっ、うああああッ!」
不意に覚醒したマミュウダは悲鳴を上げつつ折れた刀を振り回し始め、それに呼応するかの様に屋内に這わされた触手が縦横無尽に乱舞した。
私は頭を守りながら身を屈めるが、高速で次々に激突する触手に覆った腕を引き剥がされ、顔と言わず腹と言わず全身を強かに打たれて地面に倒れ伏した。
「……人間……化外のクエビコ……」
何十本もの触手を柱の如く直立させたマミュウダが、じゅるじゅると音を立てながらゆっくりと近付いて来る。私は息を整えると、感覚の戻りつつある右手の具合を確かめて、そっと拳を握った。
その時轟く一発の銃声。動きを止め、苦悶の表情を浮かべて胸を掻き毟るマミュウダ。銃声が、更にもう一発。
振り返ると、何時の間に開いていた入り口に、ライフルを構える人物が一人立っていた。禿頭に白い髭、眼鏡と白衣。それはスノハラ博士だった。
「神の代行者としての権力も神通力も、全てお前のものだ。残り僅かな神薬もくれてやろう」
スノハラ博士は自分の仕事は終えたとばかりに銃を下ろし、ただ、苦しむマミュウダを見詰める。
マミュウダも、その触手も、意思を失った様に床に崩れ落ちて痙攣している。そしてその身に走るひび割れから透明な体液を滲み出させていた。
私は再び右手の力を解放させながら、マミュウダにそっと歩み寄った。彼は憎悪に満ちた目を私の方に向けるが、その焦点は合わず、既に何も見えていない様にも思える。
「人間……悪魔のサルめが!」
──嗚呼、この姿を見てなお、貴方は私を人間だと言ってくれるのか。
私は不思議な感動を覚えながら、マミュウダに最期の一撃を下した。
*
火炎瓶の炎は本殿の内壁にまで燃え移りかけていたが、何処からか消火器を持ち出してきたグミザワら真木寮の教員たちに依って消し止められ、建物の全焼は免れた。
彼らはスノハラ博士の指示を受けて再び何処かへと散り去り、本殿の中には私と博士、そしてマミュウダの遺体だけが残った。
「オドシの──マミュウダの排除は私の悲願だった。先ずは礼を言わせてくれ」
「どう致しまして……と、言いたい所ではあるのですが。マミュウダは私を見て博士の差し金かと疑っていましたよ。そして結果的には確かにそうなった訳です。これの説明は是非お願いしたいですね」
「うむ。当然、君には全てを知る権利がある。そして、それを求めてここまでやって来たのだろう?」
スノハラ博士の瞳には、最初に会った際には感じられなかった親しみが滲む。私を自分の「側」の人間だと認識したのだろう。
「では早速。先程マミュウダに重傷を与えた銃撃は一体何ですか。奴には並の弾は通りませんでした。失礼ながら、貴方が扱える程度の銃であの外皮が抜けるとは思えません」
「奴の排除が悲願だったと言ったろう。あれの弾頭はクエビコの金属化した表皮を抜く為、専用に調整された徹甲弾……そしてその内部に仕込んであったのは、私たちが「神薬」と呼ぶ、クエビコ化を抑える物質だ。少量を投与することで、肉体のクエビコ化の進行そのものは抑制せずに、脳に作用して、ある程度の自我を保てるようになる。マミュウダが力を得ながらも、無差別に人を襲う怪物にならなかった理由だよ」
先程のマミュウダの姿は、最早モンスターと呼ぶに相応しいものだったが、それでも確かに意思の疎通は出来た。その精神がまともであったかどうかについては甚だ疑問ではあるが。
「多量に投与すれば、変異部分に一時的な麻痺が起こる。これは真木寮の創設者である真木博士が作ったものだが、私も含めてその後継者が精製に成功した試しは無い」
「でしたら、こんな体制は何時までも続けられるものでは無いですね」
「ああ、だからこそ私と先代宮司は、全てを終わりにすべきだと考えたのだ」
その時、ごつりという重い足音が、開いたままの入り口から響く。立っていたのはアンザン君だ。
「よう、俺もまぜてくれよ」
歩み寄ってくる彼の機械仕掛けの左腕は肘の辺りから千切れ、内部のメカニズムが剥き出しになっている。
「無事……では無い様ですが、一応は元気そうですね。良かった」
「だいぶ追いつめたんだが逃げられた。あの野郎、なにかの叫び声が聞こえたとたん、どこかに飛びだしていっちまってな。ついでにきっちり俺の腕をもいでいきやがった」
そう言うアンザン君は悔しさを顔に滲ませた。あれだけの怪物と単身渡り合って生還しただけでも大金星な筈だが、どうやら彼は本気で勝利する積もりだったらしい。
やがてアンザン君はスノハラ博士に向き直り、彼に厳しい視線を送った。
「あんた、マジマの野郎がブリトラだったってのは知ってたんだろう? 儀式やらなにやらにミュートを使っているくらいだものな」
「村の人間には周知の事だ。だが、彼を慕う者は多い。そういった者たちによって今まで匿われていたのだ」
確かに村の人間でマジマを悪く言う者は殆ど居なかった。人伝てのものを含めても、悪感情を持っていそうなのは直接因縁の在ったハバキくらいのものだ。
「マジマ……ブリトラはそもそも真木博士のかつての研究成果物なのだ。巡り巡ってこの村に流れてきたのは偶然だが、真木博士の残した研究施設が奴のメンテナンスの役に立った。世間から隔絶されたカンナメの地は、人間から迫害されるミュートたちの良い隠れ蓑にもなったしな。その見返りに村の護り手となるよう話をつけたのが先代の宮司だ」
どうやらマジマに対する村人の信頼は、先代宮司のお墨付きと云う事に由来していたらしい。当然マジマ本人に依る資質も有るだろうが、先代もまた人々の信頼を集める人物だったのだろう。
お尋ね者であるブリトラを世間から匿うとの方針は当代のマミュウダも継承していた様だが、それについて一点気になっていた事が在った。
「エンシオの所にはブリトラの手配書が在りましたが、何かご存知ですか? 貴方は彼と懇意にしていた様ですが」
「手配書? ……ふむ。大方、村にやって来たハンター共が持ち込んだ物だろう。恐らくマジマの排除を狙うハバキがエンシオを通じて連中を呼び込んだのだ。初めは、お前たちもその手合いかと踏んでいたのだがな……」
「そういえばエンシオは若衆どもに殺されちまったよ。さっき元気そうでもなく参道を歩いてるのを見かけたが」
「そうか……村の理から外れた彼ならばマミュウダの支配体制への楔になるかとも思っていたのだが、その欲の強さから敵を作り過ぎていたようだな。疑心暗鬼に陥った村人にとってはいい標的だったのだろう」
スノハラとエンシオの繋がりは、それ程緊密なものでは無かったらしい。私たちにそうしていた様に、監視をしながら時々力を貸して、マミュウダに対しての手駒としていたのだろう。
「ハバキは恐らくハンター共に殺され、そのハンター共はラアに食い殺された。皆、強欲が故の末路だ。マミュウダもな」
スノハラ博士は倒れたマミュウダの方を向きながら、何処か遠くを眺める様な目をしていた。
「貴方の欲は何です、スノハラ博士」
「私が欲しているのは終わりだよ。この村の、歪んだ習わしのな」
スノハラ博士は顔を上げ、私とアンザン君を交互に見る。
「この村に文字通り根を張った呪いを断ち切りたいのだ。その為にお前たちも利用させて貰った」
「構いませんよ。アンザン君は別として……私の目的も、その呪いですから」
私は振り返り、アンザン君の目を確かと見据えた。
「済みません、今まで少し嘘を吐いて……と言うよりか、全てを語っていませんでした。私もこの村と同種の呪いに掛かっているのです。そして、ずっとそれを解く方法を探していました」
「……その右腕か」
彼の「目」であれば、当然私の本当の姿──両腕義手の男の姿が最初から見えていた筈だ。それを敢えて口に出さず、私が語るのを待ってくれていた事には、少なからず感動を覚える。尤も、両腕両脚に加えて内臓機能や頭部までをも機械化している彼にしてみれば、取り立てて騒ぐ程の事でも無かったのかも知れないが。
「生まれつき両腕を持たなかった私は、荒野を生き延びる為にこれの力を借りました。ですがこれは徐々に私を蝕み、今では何処から何処までが自分の身体なのかも分かりません。今こうしている意識が本当に自分のものなのかすらも……」
自らが、未知の何者かに侵蝕される──その感覚は、かつて故郷の村に蔓延した緩やかな死と、その運び手たる「カカシ」の中に垣間見た虚無とに由来し、御飾りの神の座から降りた私を人として自立させてくれた筈の「銀の腕」が、何時しか私そのものを侵していると気付いた時、どうしようもない恐怖となって襲い掛かってきたのだ。
それからは我武者羅になって、この右腕の事を調べた。「腕」がカミシアの村に齎されるまでの経緯から、製造元の情報や仕組みについてまで。ハンターオフィスと関係を結び、そこから得られる情報をありったけ集めもした。そして、その探求の旅の途上で、或る場所に辿り着いたのだ。
「さて、余り悠長にしてはいられんぞ。野蛮なハンター共に台無しにされる前に、お前たちに伝えられるものは伝えておきたいからな。神の御座──奥座敷に案内しよう」
*
スノハラ博士に導かれるまま、私たちは本殿の中を進んだ。マミュウダと激闘を繰り広げた広間の最奥には両開きの引き戸が在り、その先には地下へと降りる為の階段と傾斜路が並んでいる。
「マミュウダは……いや、この村は呪いを絶やさぬ為、火に薪を焚べるようにそれを維持してきた。マミュウダは支配欲に取り憑かれたかに見えたが、果たしてそれすらも奴の意思だったのかどうか……」
スノハラ博士に依って階段近くの壁のスイッチが押されると、階段の壁面に並ぶ電灯が薄暗く光った。
「この呪い……かつて真木博士はこれにスクナビコという名を与えたが……これには意思がある。いや、本能に近いかも知れん。それが村人たちを動かすのだ。自らを維持させ、それを損なおうとする存在を排除する」
足を踏み外さぬ様にか、階段をゆっくりと降りながら、前を向いたままスノハラ博士は話し続けた。
「理屈は分からんが、スクナビコはある種の者たちには限定的にしか影響しない。それは既に別種の呪いを受けた者たち、ミュートやV-ジーンといった生物兵器の類いだ」
博士はふと歩みを止めてこちらを振り返り、私の右手を見る。
「君のそれも、そういったようなものなのだろうな」
そして、再び前を向いて階段を降りて行く。
「マミュウダの姿を見ただろう。スクナビコは力を与えてもくれる。疫病の巣である大湿地帯の間近で人々が暮らしてゆけるのは、少なからずこの呪いのお陰なのさ。確かな加護を与えてくれるものを、村人たちは崇める。スクナビコの作用に依らずとも、本心から村の、神社の、呪いの存続を願う。それを教育するのが真木寮であり、その仕組みを作り上げた者こそが真木という男だ」
やがて階段を降り切った先、目の前には暗闇が伸びている。スノハラ博士はここでも壁のスイッチを操作し、電灯で長い廊下を浮き上がらせた。
「信仰を利用した維持のシステム。だが、全てがまやかしという訳ではない。スクナビコと同様に、神も、オウミヤ様も確かに存在するものなのだ」
廊下を歩むスノハラ博士の後ろを歩きながら、私はこの旧長曾根市地域にやって来た頃の事を思い出していた。
「ヘヴンヒル、と云う町の名をご存知ですか?」
神妙な面持ちで隣を歩いていたアンザン君は、急に話し掛けられて少々面食らった様にこちらを振り向く。
「あ? ああ……話には聞いたことがある。ボルデカミーノのはるか東にあったっていう、モンスターの襲撃を受けて放棄された集落だな。レンタルタンクは旗色が悪いとみて早々に撤退したようだが、その後どうなったかはしらん」
「私は旅をする中で、この村と似た病の蔓延に因って滅んだ集落を幾つか見てきました──」
ハンターオフィスに集まる情報、酒場での噂話、遺構で得た知識、それらを元に病に関係すると予想された怪しい場所は徹底的に洗ってきた。そこにこの苦しみから逃れる術の手掛かりが在ると期待して。そして──
「その内の一つに、これの病理を解明しようとする研究の痕跡を見付けました。その場所こそが青木ヶ原ヘヴンヒルです」
荒れ果てた町の残骸の中に立つ、無人機によって建造されたと思われる要塞の如き研究施設。そしてその内部に見て取れた、研究者の孤独な生活の跡。そして、その孤独を僅かばかりでも癒やしていたであろう共同生活者の名残り。
「研究成果のデータそのものは既に破損していましたが、辛うじて生きていた記録に拠れば、この研究者は完成した治療薬とバックアップデータを友人に託して、西の地へと向かわせたのだと云います」
「そうか、そいつを追って先生も西に……」
私は自分のこれまでの道程を、そしてこの先更に続くかも分からぬ長い道往きを噛み締めながら、頷いた。
「信頼の置ける研究成果だと思います。貴方も見たハバキやネオ、そしてマミュウダの様な……ガラクタ人形の如く変貌した死骸があちらこちらに点在するその地域の中、研究所の椅子に凭れていた唯一つの遺体のみは、機械の一片にも侵されていなかった」
私の記憶には、機械と金属に塗れた地獄の只中に在って生物としての尊厳在る死を体現していた、彼の美しい姿が焼き付いている。だが、あれは生身である事自体が美しかったのではない。今ならば、あの時の感動の理由が正しく理解出来る。彼は自らの意志を通し、自由に死んだのだ。
もし、私が彼に倣うものが在るとするならば、それは探求し続ける事。自分の望む己で在り続ける事だ。
「かつて東方でヴラドイーストの遺構を探索した際、この研究に関わりが有りそうな幾つかの施設の存在を知りました。私は西に向かったと云う研究者の友人の足跡を追いながら、同時にそれら施設の所在地も探っていたのです」
「ひとりで砂漠をウロついてたのは、それが理由か」
「ええ。私は初めからここに来る積もりだったのです。正に、この場所を探していた」
先行していたスノハラ博士が大きな木製の開き戸の前に立ち止まり、こちらを振り返る。私は彼の隣に並び立ち、戸に掌を押し当てた。
「ヴラドイースト長曾根第2研究所。軍用ナノマシン……そしてこの病、マシン・ヘッド症候群の故郷の一つです」
扉の先は、床も壁も木の板で張られた大広間。高い天井からはランプが幾本か吊るされており、内部を薄っすら橙色に照らしている。本殿一階と似た造りだが、その中央には伝統家屋の一室が切り取られてそのまま置かれた様な、障子に囲まれた小部屋が配置されていた。
そして死体。死体、死体。夥しい人間の死体の数々。金属質に変異したクエビコと思われる人間の死体が、腕や脚、首や胴を切り離されて、ばらばらの状態で小部屋の周りに積み上げられている。そして、そのどれもが腐敗していなかった。
事情を知らない者が見れば、人形かガラクタが捨てられていると思うに違い無い。積まれた死体の下の方に在るものは既に身体の部位としての原形を留めてはおらず、細かい欠片、更には砂になって床に散っている。それはあたかも火の熾った炭が灰と化したかの様だった。
「村人の死体は解体され、スクナビコを育て増やす苗床となる。五体が離れてさえいれば勝手に動き出す事はないからな」
スノハラ博士は中央の小部屋に近付いて、障子に手を掛けた。
「これが村人が俗にオウミヤ様と呼ぶ……日留子命だ」
開かれた障子の中には六枚の畳が敷かれ、その中央には玩具に囲まれて一体の人形が横たわっている。人間の子供の体型を模した等身大の人形と見えるが、細部の造形は大雑把で、まるでマネキン人形の様。その両腕は付け根から失われ、両脇には暗い穴が覗いていた。
人形──もしかすると、これがヴラド博士の手紙に書かれていた「ドール」か。
部屋の前に立つ私と博士の間から頭を出したアンザン君が、きょろきょろと中に視線を走らせる。
「たしか、シャクジンだったっけか。公会堂のとなりにあった社の中と似てるな。オモチャだらけだ」
「あの場所は、ここを模して整備された施設だからな。この人形がまだ機能していた時代には、供物として喜ばれる玩具のリストすら作られていたようだ」
私は人形の側に転がっていたビニール製の玩具を拾い上げてみた。
──神様は猫と兎、それから恐竜がお好みか。
脳裏に甦るのは、伊武博士の住居内の様子。そして、夢の中に聴いた、子供の声だ。
「真木博士存命の時代から日留子命と呼ばれているこの人形。当然これそのものは神などではなく、ただの人形だ。ただ、恐ろしく出来の良い、な」
「実は先日、伊武博士の住居を訪ねて、そこで私も人形の存在を知りました。ヴラド博士から伊武博士に贈られたものだと……」
「バイアス・ヴラド……! 成る程な……それで色々と得心がいった。真木博士が伝える所に拠れば、この人形はコピードールと呼ばれる歩行ロボット、その実証実験用モデルだ。超高度な人工細胞が使われていて、それが人間以外に適合しないはずのナノマシンの、増殖における触媒となったのだろう。今では見る影もないが、かつては入力された情報を元に外見を変化させる機能があったそうだ。そのような技術を知らない者の目には、神秘的な存在に映ったかも知れんな」
ヴラド博士から伊武博士に贈られ、そして恐らくは彼女の子「美舟」の代わりとしてその記憶を構築されたであろう人形。大破壊を経て疲弊した人々の信仰を集め、そしてナノマシンを増殖させる為の道具として百年近くも利用され続け、今では動く事すらままならない、無垢な神。
私はブーツを脱ぎ捨てて座敷に上がり、人形をそっと抱き上げた。
人形の首が、ほんの微かに震え、口が薄く開く。
「……ォ……ァ……」
私は人形の口元に耳を近付けて、息を止めた。
「ォ……ヵ……ァ……」
「おかあ……お母さんに会いたいのか?」
その言葉に人形は反応を見せなかったが、私にはそうに違い無いと云う確信が有った。
機械が感情を持つなどと考えるのは、些か夢を見過ぎているだろうか。もしそう云ったものが在るとして、それを理解出来ると思うのは傲慢だろうか。
玩具と機材に囲まれていた、あの子供部屋。屑籠に捨てられていた、あの絵。私は、この人形の過ごした百年を想い、そして、この子の心を救ってやりたいと思った。
こんなものは感傷に過ぎず、不合理かつ無意味なものだとは分かっている。ただ、自分がまだこの様な考えに至れるのだと、己はまだ人間なのだと、私はそう思いたいのだ。
「タケウチ君」
人形を抱いたまま動かない私に、スノハラ博士が声を掛けてきた。振り返り見た彼の顔に浮かぶ感情は、憐れみか。
「私は真木の残した記録を全て見た。日留子命は呪いの中心ではあったが、あくまでも触媒に過ぎない。その根源は更に深い場所にある」
そう告げてスノハラ博士は私と人形から視線を外し、大部屋の入り口に向かって踵を返した。
「その子の母親に、会いに行こうか」