崩え彦の跛行   作:瓜生褄久

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 ()(かれ)に ()じり(ぬく)もる (とほ)(かみ)

  (いざ)()()に (ひと)(もと)めり




第一章 ハンター二人(1)

 

 

──四日前。

 

 

2134年 9月28日 午前8時11分

ナガスネ砂漠北部 旧市街地

タケウチ

 

 一歩、一歩と進む毎に、杖代わりにした小銃のストックが砂に減り込む。

 クルマを失ったのは痛かった。シャシーはありふれた民生用のバンだったが、長年乗り続けて愛着も有ったし、改造費用もそこそこ注ぎ込んでいた。この先も続く長い旅路を助けて貰う筈だったのだ。

 クルマ一輌と引き換えになったとしても目的の成果が得られでもすれば御の字だったが、生憎こちらも当てが外れた。大破壊以前の旧市街地だと云う情報を聞いてここまでやって来たものの、幾つかのビルディングの遺構が控えめに砂から頭を突き出しているだけで、内部まで探索出来そうな建物は一つとして残っていなかったのである。

 しかし、それより何よりも、先ずはこの危機的状況を脱せるかどうかが今の一大事だった。

 南の街道からはかなりの距離が有るが、幸い陽は翳っており、今の所、降り注ぐ日光と照り返しの両面焼きになる心配は無い。大破した車輌から持てるだけの飲食物や仕事道具を引き揚げてもいる。この地に棲息するモンスターらを相手にしても、多少の遭遇戦なら乗り切れるだろう──それが「奴」以外とであるならば。

 私の愛車を破壊した張本人は何とかクルマとの相打ちで撃退せしめたものの、未だこの砂漠に息づいているのだ。傷の修復の為に大人しくしてくれていれば良いが、手傷を負わせた私を血眼で探している可能性も有る。

 この砂漠では身を隠す場所も無い。街道に向かってただ歩き続けながら、奴に見付からぬ様にと祈る他無かった。

 

 ──祈る。何に対して祈ると云うのだろう。

 

 そう自問しながら貴重な水を呷ると、地平の彼方で動くものに気が付いた。思わず身構えたが、どうやら死の宣告では無いらしい。

 

 ──クルマだ。

 

 私は若干の警戒を残しつつも、右手を高く挙げた。

 

 

 

2134年 9月28日 午前8時11分

ナガスネ砂漠北部 旧市街地

アンザン

 

 砂漠地帯の東の玄関口、ボルデカミーノの町を出て、一時間ほどもクルマを走らせただろうか。俺は砂漠を南北に分断する東西街道を途中から北に外れて、ナガスネ旧市街地と呼ばれている地域までやってきていた。

 愛用のケネディジープ「フィエロ号」は、タイヤの空気圧を車内からコントロールできる機構を後づけ装備しており、目の細かい砂地でもしっかりと踏ん張りをきかせて軽快な走りを見せてくれている。

 

「……あれか?」

 

 遠くに動くなにかがある。「よく見た」ところ、どうやら歩く人影のようだ。

 

「クルマはどうした?」

 

 これはひとり言だ。時おり思ったことがそのまま口から出てしまうのは俺のくせだった。こんなザマでよくこの仕事が務まるものだと、自分でもそう思う。

 フィエロ号はあっという間に人影との距離をつめ、その輪郭をはっきりとさせる。向こうもこちらに気づいたのか、片手を挙げて合図を送ってきた。

 

 

 

 俺は、歩みを止めた人物のすぐそばまでクルマを寄せ、そいつをまじまじと見た。

 ぼろのコートに身を包んだ中肉中背の、おそらく男。武装は地面に突き立てられた小銃と、腰に提がる拳銃らしきもの。つばの広い帽子と砂よけゴーグルにより、その表情はうかがえない。だが、助けを欲しているであろうことは察せられた。それと──

 

「よう、乗ってくかい?」

 

 俺の言葉に男はうなずく。

 

「よし。荷物は後ろだ」

 

 男はフィエロ号後部の荷台にバックパックを下ろすと、そのまま右の助手席に乗り込んでくる。フィエロ号は側面に装甲板を張ってあるため、乗るにはそれをまたいで越えねばならないのだが、男は左手をコートのポケットに突っ込んだまま、右手だけを軸にして器用にとび越えてみせた。

 

 ──こいつの腕、義手か。

 

「俺はアンザンだ。あんたは?」

 

 ゴーグルを外しながら隣に座る男は、帽子の陰からようやくその素顔をのぞかせた。

 歳は俺よりいくつか上といったところで、およそ三十半ばくらい。髭もきちんと剃ってあり、ハンターにしては小ざっぱりとした顔つきだが、表情は暗く、どこか疲れて見える。まあ、砂漠をひとりでうろつく人間がロクな目にあっているとも思えないが。

 

「私はタケウチ……」

 

 その声色は柔らかく優しげだったが、やはり疲弊していた。

 

「済みませんが、直ぐにクルマを出して下さい。追われています」

 

 俺は返事の代わりにギアを入れ、アクセルを踏む。

 

「街道方面でいいんだな? 町まで戻るか?」

 

 言いながら俺はすでにそちらにハンドルを切っていた。砂に刻んだばかりのわだちをたどって、来た道を引き返すのだ。

 

 

 

 クルマが走り始めても、まだタケウチは落ち着かない様子で辺りを見回している。

 

「追われてるって話だが、いったい……」

 

「ランドユーユーです」

 

「……? なんだい、そりゃあ」

 

「賞金首モンスターですよ。ご存知有りませんか? 貴方も見た所ハンターの様ですが」

 

「俺は流しでハンターをやってるモンだ。この辺りは初めてでな」

 

「ボルデカミーノには寄ったんでしょう? 確か手配書も出回っていた筈ですよ」

 

 言われてみると、町のハンターオフィスでそういう名のお尋ね者が手配されているのを見たような気もしてくる。

 

「ああー……いたかもな。砂漠でなんちゃらってのが」

 

「聞いた話ではもっと西のエリアが棲息域だと云うので油断していました。貴重なクルマも失ってしまった……」

 

 そう言うタケウチの横顔からは悔しさがにじんでいた。だが、ふと思い出したようにその表情を和らげる。

 

「しかしお陰で命拾いしました。有難う」

 

 俺は礼を言うタケウチに視線を送ろうとして、その横のサイドミラーに目が釘づけになった。

 

「お礼はいいんだがよ。一応迷惑料はもらっておこうかな。生きて帰れれば」

 

「……あっ!」

 

 俺がミラーを凝視するのに気づいたタケウチがバッと後ろを振り返る。俺も一瞬顔を向け、肉眼であらためてそれを見た。

 フィエロ号をまっすぐ正面にとらえて追走してくるなにか。砂煙を上げながら迫るそれは、一見して柱か板かのように見える縦長の太い一本線だ。高さは、周囲のガレキとの比などから推測するに、人の背丈の倍以上はある。あれは、背ビレだ。どうやら件の追跡者のお出ましらしい。

 

「あいつがランドユーユーか? スナザメの変種ってところかね」

 

「その程度ならまだ可愛げが有るんですが」

 

 ランドユーユーは徐々に浮上し、渇いた「水面」からその凶悪な顔と物騒な鉄の筒を出現させた。

 

「鉄砲まで背負ってやがるのか! たしかにこりゃあマズいな」

 

 魚を思わせる姿のモンスターだが、おそらくは生体と機械のハイブリッド、もしくは完全なマシンだろう。奴のサイズから見て戦車砲に匹敵するであろう大砲を背ビレの左右に一門ずつ生やし、胴体にはミサイルポッドらしき箱をやはり左右に取りつけている。いずれもまともに食らえばジープなど一発でおしまいのシロモノだ。

 後方から爆音がとどろき、ほぼ同時に俺たちの右前方の砂が激しく舞い上がる。奴の放った砲弾が着弾したのだ。幸い、狙いはそれほど正確ではないらしい。

 俺はクルマをジグザグに走らせ、奴の大砲の照準をゆさぶった。どれほどの効果があるかは分からないが、敵の真っ正面にケツをさらし続けるよりかはマシだろう。ただ、これではどうしても移動速度が落ちてしまう。

 それともうひとつ心配なのは、奴に装備されていると思われるミサイルだ。それの速度と追尾性能しだいでは、今の調子でかわしきれないかもしれない。

 俺はハンドル下のスイッチボックスに目をやり、それのカバーを開いた。ボックスから出る配線は、床をつたって車体後部にのびている。

 

「さっきも一度襲われてるんだろう? どうやって助かったんだ?」

 

「前から向かって来たので、擦れ違い様に脇腹をズドン! です。反撃に驚いたのか逃げて行きました。使ったのは小型のロケットですが、どうやら奴の側面装甲はそこまで厚く無いらしい」

 

「手持ちの対戦車ロケットなら後ろに積んであるがな……」

 

 このクルマの車載火器は、運転席と助手席のあいだに生える大型ステーに取りつけられたリモート機銃一挺のみだ。あのサイズのモンスターを相手するにはどうにも頼りない。

 

「ちょっと失礼」

 

 タケウチはそう言って助手席の背もたれを乗りこえ、荷台に移っていった。

 

「お仕事道具借りますよ!」

 

「かまわんが、ロケットランチャーはここでは止めとけ! 手榴弾がある!」

 

 ランチャーは後方噴射の少ないタイプだが、さすがに動く車上でぶっぱなすのは無茶がある。それに、おたがいがこれほど動いていては当たるものも当たらないだろう。

 それ以外にはたしか、時限信管のDD手榴弾が1ダースほど積んであったはずだ。こちらは手榴弾にしては非常に爆発力が強く、走るクルマから投げ捨てるように使うのはむしろ理にかなっている。

 

「レバーを離して2秒待ってから投げろ!」

 

 俺は「目視」で敵との距離を測り、直撃を狙わせた。仕留められないにせよ、相手の背後で弾けさせても意味はない。

 タケウチが手榴弾を放り、数秒の間をおいて、クルマの後方でそれが爆ぜた。が、追撃は止まらない。着弾が手前過ぎたのだ。

 続くタケウチの第二投。彼も先ほどの一投からタイミングを読んだのか、今度はドンピシャだった。砂をかきわけ猛進するその鼻先を爆風が蹴り上げ、奴はたまらず急ブレーキをかけて砂煙を宙にまき散らしながらもんどりうった。

 

「「ぃよしっ!」」

 

 俺とタケウチの歓声がかさなる。だが安心してもいられない。このスキに奴を引き離すべく、俺はジグザグ走行を止めて一直線に加速した。

 やがてランドユーユーは追撃を再開したようだったが、その姿はすでにはるか後方だ。しかし、それとのあいだに、俺たちに接近する別のものがあった。

 

「来る……! あれは……」

 

 タケウチの声を聞いて状況を察した俺は即座にハンドル横のスイッチを押した。

 荷台の両脇に取り付けられた金属筒から垂直に発射される弾頭。それはすぐさま中空で弾け、辺りに金属片の花吹雪を舞わせた。ミサイルの自動追尾を欺瞞するチャフだ。

 アルミの花びらに誘惑された二発の小型ミサイルは、誰もいない砂漠に突っ込んで燃え上がった。

 ここまでは何とかうまくやり過ごせている。だが、手榴弾もチャフもまだ在庫があるとはいえ、このまま追いかけっこを続けていてはやがてジリ貧だ。かといって一か八か正面切って戦おうにも、勝ちスジはまったく見えない。

 空はいつの間にか晴れ、強烈な日光が肌をじりじりと痛めつけていた。

 ふと思い立ち、視界の端の時計を見る。8時34分。ボルデカミーノの町を出てから約一時間半。俺は時間をさかのぼって、町を出発した時の事を思い出していた。

 

「ちょっと、アテがある。もう少しだけ頑張ってみようや」

 

「当て? 何です?」

 

「味方が、いる……かもしれん」

 

「……了解です。こうなったら貴方にお任せしますよ」

 

 

   *

 

 

 手榴弾で牽制しつつ、チャフで対ミサイル防御。これを確実に実行しながら走行を続けるうち、とうとう念願の東西街道が視界に飛び込んできた。

 ハンドルを左に切って街道ぞいを東へ。俺たちの左後方には鉄のサメがしっかりと追いかけてきている。

 そのうち、はるか前方、街道上にゆらめく影が現れた。あれは、車列だ。

 

「……いた!」

 

「あれが味方!?」

 

 じょじょに姿をはっきりさせた車列は、俺の予想通り、ボルデカミーノの町を出発したトレーダーのキャラバンだった。大型の武装トレーラーを中心にして、他に中型トラックが2台、さらに雇われハンターの乗る戦車とハーフトラックが前後を固めている。

 

「アイツらにやらせるのさ!」

 

 正面から向かってくる俺たちのクルマに、キャラバンの連中も気づいたはずだ。恐らくクルマの後方から砂煙をまとって迫る化け物の姿にも。

 やがてキャラバンとすれ違う。一瞬目の合ったトレーラー牽引車の運転手の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。

 

「悪りぃな!」

 

 ランドユーユーはキャラバンには目もくれずに俺たちを追うが、奴の右側面は完全に無防備──それをキャラバンのクルマたちの砲がナナメにとらえる。

 

「すれ違いザマに脇腹をズドンだ!」

 

 トレーラーのコンテナ上面に取り付けられた大砲と、護衛戦車の主砲が同時に火を噴き、ランドユーユーの側面をしこたま打ちすえた。爆風とともに横転した鋼の巨体が砂上をのたうつ。

 

「よっしゃあ!」

 

 喜びもつかの間、振り返った俺の目に迫る飛翔体に全身の血の気が引く。奴が、撃たれる直前にミサイルを発射していたのだ。

 即座にチャフを撒き、同時に急ハンドルを切る。砂の深みにタイヤを取られてつんのめるフィエロ号。その至近距離にミサイルが着弾し、クルマは爆風に浮き上がる。そして俺たち二人は宙に投げ出された。

 

 

 

210X年 X月XX日 午後X時XX分

XXXXXX XXX

タケウチ

 

 木々の間から差し込む強い夕陽が、古い神社の境内を黒と橙に塗り分ける。自分は、少年と共に、そこに居た。そして、そこで蛇に出会った。

 白蛇だった、と思う。それは実際には薄闇の色に染まっていたが、この辺りに白蛇が居る、と云う前情報がそう認識させたのかも知れない。

 少年は小枝を打ち払って拵えた木の棒を手に、ブロック塀に囲まれた敷地の隅に白蛇を追い詰めた。そして、その棒を高く掲げ、振り下ろす。

 強かに打たれた白蛇は、草叢の上をのたうち回る。既に幾度も打たれたであろう長い身体はあちこちが凹み、剥がれた鱗からは出血していた。口からも血を吐いている様だ。

 私は友人でもある少年の行為を、ただ傍観していた。

 白蛇は攻撃から逃れようとブロック塀から生えた塩ビパイプの中に逃げ込んだが、友人はそこに木の棒を突っ込み、執拗に蛇を痛め付けた。

 

 ──何故、そこまでするのか。

 

 私は単純に、そう疑問に思った。

 

「きにいらないんだ」

 

 友人は棒でパイプの中を何度も突きながら、背中越しにそう言った。

 

 ──気に入らない。何を?

 

 

 

2134年 9月28日 午前8時45分

ナガスネ砂漠中部 東西街道沿い

タケウチ

 

 右腕が疼く。視界一杯に広がる地面、口の中の砂のざらつき、血の味、全身に走る鈍い痛み、それらが覚醒と同時に波となって押し寄せて来た。私は、どうやら気を失っていたらしい。

 

 ──気を失っていただって!?

 

 弾かれた様に身体を起こし、辺りを見回す。

 直ぐに目に入ったのは、蛇の如く鎌首をもたげて佇立するランドユーユーと、向かい合う隊商たちの車輌。そのどちらもが未だ健在、とすると、私が気絶していたのは僅か一瞬の事であったのか。

 アンザンを探すと、彼は横転したクルマに取り付いて何かを探している様子だった。取り敢えず無事ではあるらしい。

 相対する車列を暫し睨んでいたランドユーユーだったが、旗色が悪いと踏んだのか、やがてゆっくりとその身を翻す。

 即座に反応したのはアンザンだ。彼はクルマの下敷きになっていた対戦車ロケットランチャーを引っ張り出すと、ランドユーユーに向かって駆け出し、反転しようとするその頭部の下に滑り込んだ。そして躊躇いなく斜め上方に向かってロケットを発射し、見事、奴の下顎を撃ち抜く。

 反転を止めて大きく震えるランドユーユー。そこに再びキャラバンの一斉砲火が撃ち込まれ、奴の背が炎を噴き出して爆ぜた。

 破片を撒き散らしながら砂上に崩れ落ちる長大な体躯。そこには既に、意思や自我と云う様なものは全く感じられない。ランドユーユーはその機械生命としての活動を完全に停止させていた。

 

 

 

 私は身体の痛みに耐えながら、あたかも瓦礫の山の如く地面に横たわるランドユーユーに近付く。撃破時に奴の真下にいたアンザンの生存は絶望的にも思えたが、私には彼が安易に自殺攻撃を選ぶ人間だとはとても思えなかったのだ。

 根拠薄き確信を胸に、私は至る所に火が燻る残骸の地獄の中へと足を踏み入れた。

 灼けた装甲の破片を飛び越えた先に見付けたのは、崩れて砂地に突き刺さる鉄の柱の間に出来た、ほんの僅かな隙間。そこには、地べたにへたり込んで私に手を振るアンザンの姿が在った。

 

 

   *

 

 

 砂。青空。遥か遠くの山々。南に向いた嵌め殺し窓から見る景色の移ろいは酷くゆっくりで、気を吐いて車体を震わすエンジンの振動が無ければ、停車しているのではないかと錯覚する程だ。

 街道を西に向かうキャラバンのトレーラー。その背に載る居住コンテナには空調が完備され、厄介な砂混じりの風も見事に遮断されている。時折タイヤが踏むアスファルトの陥没に身体を揺さぶられる事以外は、全く快適と言って良かった。

 トレーダーキャラバンを率いる女傑、ロメルダが誇る武装トレーラーは、その後部に貨物コンテナ、前部に居住コンテナを積んだ移動拠点だ。居住コンテナの上部には多くの火器類が搭載されている他、シャッター付の窓とは別に銃眼も備えており、ちょっとした砦と言えなくも無い。

 居住コンテナからは連結路を通じて直接牽引車のキャビンに出入り可能な構造で、乗員たちは適度に交替しながら休憩を取っている様だ。そしてそんな彼らに混じって、私とアンザンは客人として車内にくつろいでいた。

 ロメルダは当初、鮫退治の出しに使われた事に憤慨して怒鳴り込んで来た程だが、撃破したモンスターに多額の賞金が掛けられていたと知るや、その目の色を変えた。そこから始まったのは賞金の分け前についての舌戦である。

 結局、ロメルダらが賞金の三分の二を受け取る事で話が付いた。破格ではあるが、これには彼女らが向かう次の目的地まで同乗させて貰う為の運賃も含まれている。

 私とアンザンの賞金の取り分は、二人で折半する事となった。私は辞退しようとしたが、獲物に対して最初に手を付けた人間には貰う権利が有ると言ってアンザンは譲らなかった。寧ろ迷惑料にしては十分だと自分の僅かな分け前を喜んでさえいる様子だ。

 そんな彼には気の毒な事ながら、先の戦闘で横転した愛車のフィエロ号は無残にも大破してしまっていた。更に、キャラバンの装備では長距離を牽引するのも難しく、その場に遺棄していく他無かった。

 幸いな事に、隊の次の目的地となる村にはレンタルタンク屋が営業しているらしい。そこで牽引車と機材を借りて愛車を取り戻す積もりなのだとアンザンは言う。

 その彼は今、私の向かいの座席で水筒の中身を呷り、美味そうに喉を鳴らしている。

 彼が先程披露した生還劇は、どうやら密かに起動させていた携帯バリアに依る演出であった様だ。

 携帯バリアは、大破壊以前の軍事施設などからそれなりの数が発見されている歩兵用の防御ツールで、ETシールドと呼ばれる不可視の障壁を周囲に発生させる事で、使用者を害する様々な攻撃から身を守ってくれる。

 具体的にどう云った理屈で働く物なのかは、正直な所分かっていない。しかし、スイッチを入れて、それが役に立つとなれば、我々はそれを使うのだ。縦えどんな副作用的な危険を有するとしても、今を助ける物なのは確かなのだから。

 それにしても彼──このアンザンと云う人物は中々に興味深い。先ず、ハンターにしては珍しい程に無欲で誠実。そして恵まれた体格と先程の手並み。かなりの実力者であるのは間違い無いのだが、何処か抜けている部分も有ってか、余りベテランと云う風にも感じられない。実際に、ハンターオフィスの格付け表にもその名を見た覚えは無かった。尤も、かく言う私もハンターとしては十分異端ではあるのだが。

 

「タケウチ……さんはクルマ、どうするんだい?」

 

 アンザンが口を手で拭いながら、思い出した様に訊いてきた。私の愛車──これには彼とは違い、名前までは付けていなかったが──もランドユーユーにやられて、未だに砂漠でひっくり返ったままになっている。

 

「私のクルマは破損が酷くて、修理は難しいでしょう。それに回収するには場所が遠過ぎますし、諦めようかと思っています。元々西へ向かう旅の途中でしたので、暫くはロメルダさんにご厄介になる積もりです。お陰様で賞金も少し頂ける様ですから、路銀には困らないでしょう」

 

「西へね……」

 

 アンザンはそれだけ言って黙った。私の事を深く詮索する気は無いのだろう。

 それは私も同じだ。正直、彼に尋ねたい事柄が無いではない。例えば、先程、何故砂漠に居たのか。あの辺りは用も無い者が偶々通り掛かる様な場所では無い筈である。

 だが、こんな世の中だ。行きずりの人間の事情など、知らぬに越した事は無い。生き別れも死に別れも、なるべく気が軽い方が良いのだ。

 会話が途切れた所に丁度良く、キャビンへの連結路に通じる扉が開いて、一瞬コンテナ内に強い風が吹き込む。乗員の交替だ。女が一人出て行き、男が一人入って来た。老齢で背は曲がっているが、中々の長身の人物。その彼の手には数枚の紙束が握られている。

 

「さっきはびっくりしたよぉ! でも稼がせてもらってありがとうなぁ」

 

 こちらに喋り掛けながら近寄る男が人好きする笑顔と共に差し出したのは、手配書の束だった。ハンターなら興味が有るだろうと、この地方で賞金の掛けられたお尋ね者の情報を持って来てくれたのだ。

 私が手配書を受け取って捲り始めると、向かいのアンザンと、長身の男がそれを覗き込んでくる。

 

「あぁ、コイツだぁ! コイツ! いやぁ、でっかかったなぁ!」

 

 ランドユーユー。賞金額32,000G。先程私たちを散々に追い掛け回した機械仕掛けの鮫だ。

 他地域で出没報告の上がっているモンスターの亜種との事で、この東西街道を利用するトレーダーに特別被害が多かった為に指名手配されていたらしい。撃破したのは成り行きだったが、結果的にトレーダーや町の人間たちは救われた事だろう。

 因みに撃破の証となるその巨大な背鰭は現在、車輌後部の貨物コンテナに積載されている。仮に証拠を持ち帰る事が出来なかった際にはハンターオフィスの調査が入り、賞金の支払いに数日を要する場合も有るのだ。

 紙束を捲り、次に出てきたのは、空中に浮かぶ黒い影を捉えた写真だった。

 

「影だけじゃなんなのか分かんねえな」

 

 そう文句を付けるアンザンに、長身の男は得意げににたつく。

 

「コイツぁ、西のほうで有名なナントカマンタレイだぁな。名前くらい聞いた事あっだろ?」

 

 B2マンタレイ。賞金額50,000G。巨大な爆撃機の如き飛行モンスターで、その脅威は天災規模と言って差し支え無いだろう。

 この地域にまで来た試しは無いらしいが、気まぐれな飛行モンスターの事、何時矛先が向けられるとも分からない。一応の注意喚起として、この辺りのハンターオフィスにも情報が回っている様だ。

 

「この砂漠でも、良く晴れた西の空に飛んでるのを見る時があるぞ」

 

 少し離れた所からそう口を挟むのは、寝台で横になっていたトレーダーの男だ。

 

「俺のダチは気がついたらコイツの影の下にいたらしくてな。随分肝を冷やしたって話だ」

 

 今まで興味無さそうにしていた他の乗員たちも、お尋ね者の話題になった途端に話に食い付いてくる。生活を脅かすモンスターについては、金目当てのハンターよりも寧ろ周辺住民やトレーダーらの方が切実に情報を欲しているのかも知れない。

 私が皆に急かされる様に紙を捲ると、次のお尋ね者が現れる。

 ブリトラ。賞金額35,000G。私はその名に微かに覚えが有った。

 

「ブリトラ……? 軍の遺構に残された資料で見た名ですね。旧統合陸軍が研究開発を進めていた兵器だとか」

 

「変な事に詳しいね。だがそりゃブリトラ違いだ。コイツはそんな大それたもんじゃない」

 

 やや掠れ気味で太い女の声。何時の間にやら、奥で帳簿を付けていた筈の隊長ロメルダまでもが賞金首談義に参加していた。

 

「全く名前のまんま通り、鰤と虎を前後でぶった斬って切り口どうしをくっつけたようなふざけた化け物さ」

 

 鰤も虎も現存していない生物ではあるが、成長に従って呼び名を変えたと謂れる鰤は出世の象徴として、虎は強き獣の代表として、それぞれが今なお人々に語り継がれる存在である。

 手配書に載った写真のブリトラは、正しく彼女の言う通り、鰤の頭と尾鰭を持つ直立する虎と云ったいでたちで、まるで冗談が形を成したかの如き有様だった。

 ブリトラに限らず、荒野を徘徊するモンスター共の造形は大なり小なり歪で奇怪だ。大破壊前の知識を或る程度持っている者なら、より強くそう感じる事だろう。

 これらを創り上げたデザイナーの正気を疑いたくなるが、正しく奴は狂っていたのだ。その創作活動の代表作とでも云えるものが、今私たちの乗る車輌が轍を刻む、この荒野そのもの。奴こそが大破壊を引き起こした張本人。人類の敵たる人工知能──ノアだ。

 奴自体は、もう随分前に何者かに依って破壊されたとの噂も有るが、その落とし子であるモンスターらは、変わらず人類の脅威で在り続けている。

 我々人類に与えられた選択肢は二つ。黙ってモンスター共の餌に甘んじるか、限られた武器と資源を使って奴らを駆逐するかだ。そして、そこで種として後者を選んだからこそ、臆病者たちがせめてやる気になるご褒美、即ち賞金がたんまりと用意されていると云う訳なのである。

 

「ブリトラの野郎の賞金は年々吊り上がってる。奴はマジキリ一家とかいうミュートの山賊団の主力モンスターでね。ヤツらの番犬代わりってわけだ」

 

 ミュートは大破壊前後に人間に依って生み出された人工生命だが、人の管理制御を外れた後は独自の共同体を形成して繁殖している。劣悪な環境で使役された種族としての怨嗟を募らせて、中には積極的に人間を襲う集団すらも在ると云う。

 

「ここ数年は噂を聞かないね。人知れずくたばっちまってるかもしれないが、ミュート絡みだからと執拗に狩りたがる連中は多いよ。ミュートの反乱で辛酸を舐めた人間も多いから、多分、そいつらが賞金を掛け続けてるんだろう。ま、相思相愛ってヤツさ」

 

「ブリトラなら最近どっかで動きがあったって聞いたぞ」

 

 先程寝台に居た男が、何時の間にか私の後ろに立っている。

 

「そうなのか? ハンターオフィスはお手上げ状態だと聞いてたが……」

 

「まあ、噂さ」

 

 男もそれ以上の情報は特に無いらしく、片手を振りながら再び寝台に戻って行った。私はそれを見送ってから束を捲る。最後の一枚だ。

 ニンゲンナッパー。賞金額14,000G。

 

「ああ、こいつも手配されてからだいぶ長いね。人攫い、なんて名でも呼ばれてる奴だ」

 

 写真や人相書が載るべき場所には何本もの鋭い牙や長い舌が手描きされているが、その姿の全容についての情報は無い。

 

「なんでも、生還者が見たのがそれだけだったって話さ」

 

 私も噂程度にしか聞いていないが、この地域で増加傾向にある行方不明者の原因がこのモンスターだとも云われている。

 被害は大した事が無い様だが、その所為か余りにも情報が少な過ぎる。ただ、今向かっている方面が目撃多発地域ではあるらしく、立ち寄る予定の村のハンターオフィスで幾らかの情報が聞けるかも知れない。

 手配書を一通り確認し終えた所で、私を囲んでいたトレーダーたちはぞろぞろと解散して持ち場に戻って行った。アンザンは私から手配書を受け取り、改めてそれに目を通し直している。

 

「ニンゲンナッパーか。賞金額から見ても手ごろそうだし、どうだい、みやげがわりに一緒に狙ってみるってのは?」

 

「いやあ……」

 

 私は本気とも冗談とも付かないアンザンの誘いに目を逸らし、頭を掻いた。

 ハンターを一応の生業としている私ではあるが、積極的に狩りを行う事は殆ど無く、その活動の中心は遺構調査と、それに伴う遺物の収集や発掘である。更に、今は特定の拠点を持たない旅の身。余計なトラブルは避けたい、と云うのが本音だった。

 

「橋だ。ヒ川を越えるぞ」

 

 誰かの上げた声に助けられ、私は窓の外を見る。トレーラーは丁度鉄橋に差し掛かり、南北に流れる川を跨ごうとする所だった。

 川の対岸は俄かに緑が濃くなり、それは遥か西の先にまで続いている。ここが砂漠の終わりなのだ。

 ヒ川。古地図に拠れば樋川と書く。ナガスネ砂漠の西端を南北に縦断し、砂漠の北側に大湿地帯を形成する長大な川である。

 かつては現在の砂漠の中央にも支流が在った様だが、流れが変化したのか現在では完全に干上がってしまっている。これがこの一帯の盆地が砂漠化した要因になっている、と云うのは私の推測だ。

 そのヒ川の流れを遡った遥か南方。連なる山々の中に一際高く聳える整った三角形に、私は目を奪われた。

 恐らくあれこそがヒ川の源流、鳥上山(とりかみやま)。今では殆ど名前すら知られていない山だが、私にとっては少なからず縁の在る山だった。

 私は身体を山に真っ直ぐ向け、右手で片手拝みをしつつ、そっと黙祷した。

 

 

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