崩え彦の跛行   作:瓜生褄久

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第四章 往きて、還る(1)

 

 

211X年 8月XX日 午後X時XX分

カミシアの村 奥殿 自室

タケウチ

 

「カカシだ!」

 

 屋敷の外に響く、自分と同年代と思われる男児の声。私はドアノブに横から顎を引っ掛け、しゃくる様にそれを回して扉を開いた。

 声が聴こえてくるのは廊下の突き当たり、大人の背丈程の高さに作られた小窓の外からだ。付近に家人の姿が無い事を確かめつつ窓の下に駆け寄り、そこに有る植木台を足場にして窓外を覗く。

 

「ねえ、あれ! カカシ!」

 

 先程とは違う子供の声。数人の子供たちと、何か別のものの影。それらがちらちらと動くのが微かに見えるが、その間に立つ生垣に妨げられて全貌は分からない。私は植木台から飛び降りて家の外へと急いだ。

 

「ガキども! 見せモンじゃねえ! 家の中にすっこんでろ!」

 

 騒ぐ子供たちに対する大人の怒鳴り声。喧騒は次第に止んでいき、私が家を出る頃には丁度子供たちが何人かの男に散らされて方々に駆けて行く所だった。

 私は辺りが完全に静まってからこっそりと、先程子供たちが集まっていた辺りへと向かった。目の端に一瞬背中だけを覗かせ、路地の角を折れて消える影。その影を追い掛け、私は走った。

 村外れにて、漸く追い付いた後ろ姿。輝く夏の陽射しの下にそれは居た。纏ったズタズタのフード付き外套からだらりと垂れた土色の左腕。引き摺ってボロ切れのようになりながらも出血すら無い左脚。左半身を牽引して力強く前へと歩む右脚。そして、握り締めた拳に力漲る鈍い鉄色の右腕。

 

「……あっ……!」

 

 私は無意識の内に、殆ど声にならない声で、その後ろ姿に呼び掛けていた。

 それはゆっくりとこちらを振り返る。深く被ったフードの奥。そこには虚無が、そして、全てが在った。

 暗い陰から覗く極彩色の模様の畝り。流動する表皮に刻まれた緻密な筋の数々に一瞬浮かんでは移ろう喜怒哀楽。そして、生きながらにして漂う、濃厚な死と穢れの気配。

 それは幼かった私が、最も畏れたものだ。

 

 

 

2134年 9月30日 午前9時31分

エル・ボスコの村 民宿はちのす 梅の間

タケウチ

 

 それは私が今も恐れ続けているものだ。だからこそ私は、この様な場所でこの様な事をしている。

 

 

 

 前日夜、遺体の捜索中断が決定された後、私とアンザン君の二人に対して、村から遺体の行方調査の依頼が申し込まれた。これはハンターオフィス経由の正式な手続きを踏んだものだ。

 そして更に、ハンターオフィスを通さない極めて私的な調査依頼がもう一つ。依頼主はハバキと親交の深い若衆たちの連名で、その仲介者として声を掛けてきたのは酒場のマスター──ナガルである。依頼内容は「ハバキ殺しの下手人探し」だ。とは云え、どうやら依頼主らには既に大まかな犯人の目星が付いているらしい。

 ハバキは村を愛していたが、その行動は彼独自の理念に基づいたものでしか無く、それ故に村の方針を司る自治会とは度々反目し合っていたと云う。また、非常に信心深い人物でもあり、カンナメに於いての神事の在り方についても思う所が有った様だ。

 即ち、バンショを中心とした自治会や、カンナメの意向に忠実な村内の一派がハバキの排除を企て、これを実行した、と云うのが若衆たちの見立てであった。

 村内に於ける一勢力としての若衆は、村の労働力の約半数を占める中核団体でもある。その為、もしもハバキ殺しに自治会が関与していると判明すれば、村の体制が転覆する事態とも成り得る。

 マスターはハバキや若衆に同情的で在りつつも、バンショら自治会にも繋がりが有る中立の立場だ。だからこそ依頼の仲介者として手を挙げ、真相がどうあれ、事態が軟着陸する事を望んでいるのだろう。そして、その為の下地作りを私たち二人に期待しているのだ。

 正直な所、村の人間関係のいざこざに興味は無いが、この依頼の調査と云う名目で、村内をより自由に動き回る事が出来るのは魅力的だった。

 一方でアンザン君は、この騒動の顛末そのものが気になっている様だ。そこに、彼の本来の目的と関連が有ると感じているのかも知れない。

 何れにせよ我々に不利益は無さそうだと合意して、私とアンザン君は、この二つの依頼を受諾した。

 

 

 

「さて、どっから手をつける?」

 

 民宿の一室を使ってマスターとの契約を済ませた私たちは、調査方針を話し合う為、借りている大部屋へと戻っていた。今、部屋に居るのは私とアンザン君だけだ。

 

「取り敢えずは状況を整理しましょう」

 

 私たちは斜めにずれて向かい合う形で、それぞれのベッドに腰掛けた。アンザン君のベッドが軋んでギュッと音が鳴る。

 

「先ずはハバキの遺体についてです。貴方も感じているかも知れませんが、私は、この件は昨日のハモン……ええと、ハーフトラック乗りのハンターの墓が荒らされていた事と無関係では無いと見ています。私の見立てでは、ハモンの遺体は何者かに依って持ち去られている……とすると、ハバキの遺体も同様である可能性が高い。最初の遺体発見から遺体喪失が確認されるまでの時間は、午後六時から六時半までの凡そ30分程度。事件の発生からは1時間程です。村の中に居た私たちですら知らせを受けるまで事件に気付かなかったくらいですから、あの時にハバキの遺体の在処を把握する者は限られます。現時点でそれを知っていると確定しているのは、ハバキを殺した張本人と、落下の目撃者くらいです」

 

「いや、もうひとりいるだろ。名前なんつったっけ……最初に遺体を見つけた奴だ。だが、ソイツは本当に遺体を見たのか? それと、遺体だとはいうが、ホントに死んでたのかあやしいもんだ」

 

「確かに、そうですね。川縁で遺体を見たとされるのは彼だけ……名はイブカイさんと云いましたか。彼が我々を欺いている可能性も在ります」

 

 そもそも、ハバキらしき人物が突き落とされるのを目撃したと云うウツキ翁──彼の証言を裏付けるものも無い。それこそイブカイしか見ていないハバキの遺体だけがその証拠なのだ。いや、ウツキの見たものとイブカイが見たものが同一なのかすら、まだ断定は出来ない。

 遺体は無い。下手人も分からない。例えば、この一件がウツキとイブカイが口裏を合わせての狂言だと云う可能性は無いだろうか。それが、村内の軋轢を助長させるのが目的だとしたらどうか。その場合、得をするのは誰だ? もし、ハバキが生きているとしたら、彼は今何処に居る?

 そして、事件の真相に関してもう一つ、或る可能性が残されている。それは私がハモンの件でも疑った可能性。それこそは、私が予てより追い求める事柄の、その導きとも成り得るものなのだ。

 だが、今は判断するに足る材料が少な過ぎる。先ずは確実な手掛かりから掴んでゆくしか無い。

 

「何れにしても、下手人を追う事が遺体を追う事にも繋がる筈です。ウツキ翁やイブカイさんへの疑念ついても、直接話を聞けばはっきりしてくるでしょう」

 

「まずは犯人探しか。目星は?」

 

「今の所下手人について判明しているのは、複数犯である事、事件の発生した午後5時半頃に集落内に居ると確認出来なかった人物である事、の二点です。尤も、それ以外の人物であっても共犯者としての可能性は捨て切れませんが」

 

「うーん……俺はそんなに難しい話じゃない気もするんだよな。なんか犯行が行き当たりばったりというか。人にも見られちまってるしな。アイツの……ハバキの余所者に対する態度がアレだろ? 案外、ケンカっぱやいハンターとやり合ったとかじゃねえのかな。ロメルダのとこのはやらかしたばっかりだし、昨日から姿の見えない三人組ってのもわりかしあやしいぞ」

 

「それは……そうかも知れませんね。その可能性も頭に入れて調査しましょう」

 

 概ね話が纏まったと見て私がベッドから腰を浮かせると、アンザン君もそれに追随する。

 

「んじゃ、さっそく目撃者に話を聞いてみるとするか」

 

「出来れば現場も見て置きたいですね」

 

 正直な所、こちらこそが本命だった。調査に託けてカンナメを存分に探索出来るかも知れない。そこには私の目的に近いもの、少なくとも大破壊を乗り越えた何かが在る筈だ。

 

 

 

2134年 9月30日 午前9時43分

エル・ボスコの村 民宿はちのす前

アンザン

 

 ハバキが崖から落ちる瞬間を目撃したというウツキ老人の住まいについては、すでにタケウチがマスターから聞いている。場所を教える際、タケウチのノートに事細かに手描きされた地図を見て、マスターは目を丸くして驚いていた。

 タケウチは調査目的のすべてを俺に明かしてはいないが、おそらくはカンナメかソシモリに存在すると思われる大破壊前の遺物かなにかを狙っているのだろう。目的とは関わりが無さそうな村内の地形や民家の配置にいたるまでを地図に記しているのは少し不思議に感じたが、これは仕事上のくせか、もともとそういうマメな性格なのかもしれない。

 俺たちが宿から出る時に、女将から手紙を一通手渡された。差出人はレンタルタンクとなっているが、これはたぶんエイコからの私信だろう。

 女将が言うには、昨日の夕方頃にエイコらしき人物が訪ねてきたらしいのだが、俺が不在と知って手紙を残したのだそうだ。俺たちが酒場に出かけたのは、事件発生時刻を少し回ったころ。エイコとはほぼ入れ違いだったのだろう。これははからずもエイコと女将が事件現場にいなかったことの証明にもなる。

 タケウチには先にウツキ宅に向かってもらい、俺はひとり、民宿の庭に残った。はやく手紙の内容を確認しておきたかったのだ。

 封筒を見る限り、他人に開封された様子はない。中身を破らないように封筒のはしを慎重にちぎり、中から手紙を取り出して開く。

 

 

   *   *   *

 

 

 2134年 9月29日

 レンタルタンク エル・ボスコ営業所

 

 ハンク・アンザン様

 

 レンタルタンクのご利用、誠に有難う御座います。

 昨日ご契約頂いた内容について確認事項が御座います。つきましては、明日9月30日の営業時間内に当店営業事務所までご来店頂きますようお願い申し上げます。

 

 営業担当 エイコ

 

 レンタルタンク エル・ボスコ営業所

 営業時間 午前9時〜午後5時 年中無休

 

 

   *   *   *

 

 

 ところどころ読めない漢字があったものの、手紙の内容はほぼ理解できた。特になんということはない文面だったが、これはエイコ側に準備が出来たという意味合いを含んでいるに違いない。

 

「営業は5時までか。もう開店はしているが……」

 

 しかし今はタケウチを待たせている。手紙の件でそんなにあせる必要もないだろう。

 

「とりあえず、ジイさんとこに行ってみるか……」

 

 俺は手紙をジャケットのポケットにねじ込み、タケウチの後を追った。

 

 

   *

 

 

「しまったな……」

 

 参道を前にして、俺は立ち止まった。タケウチを先に行かせたはいいが、ウツキの家の場所を聞いているのはアイツだけなのだ。追いかけようにも、どこに行けばいいのか分からない。

 とりあえず参道に出てから周囲を見回していると、住宅地の一つに通じている支道をタケウチが歩いてくるのが見えた。

 

「どうした? ジイさんは?」

 

「留守ですね。隣の家の方にも聞いてみたのですが、分からないそうで」

 

「そしたら、ジイさんに話聞くのはパスだな。目撃場所にでも行ってみるか」

 

 ウツキのジイさんが事件を目撃したのはシャクジン──公会堂の敷地内にある社の近くだったはずだ。

 俺はシャクジンの社に向かおうとしたが、それをタケウチが引き止めた。

 

「手紙の件、大丈夫ですか? そちらを優先して貰って構いませんよ」

 

「……そうか? じゃあ、悪いがそうするかな」

 

 正直なところ、ふたりで聞き込みをしても仕方のない部分はある。ここは本来の仕事を先に片付けさせてもらうとしよう。

 

「じゃあ、今日はふたてだな。俺はまずレンタルタンクに用がある。近くまで寄るついでに、ドライブインとロメルダたちの所でも話を聞いてみよう」

 

「有難う御座います。助かります。私は公会堂や真木寮に行ってみようと思います」

 

「ひととおり終わったらまた宿で合流、かな」

 

「ですね」

 

 段取りが決まり、タケウチは参道を東に向かい、俺は西へ。

 出張先で思わぬ事件に巻き込まれることになってしまったが、頼られてあれこれと動くのは普段からよくあることだ。問題はない。それに、即席の相棒とこなす仕事が意外と調子いいのがなんだか気に入っていた。お互い、それぞれの欠けている部分を補い合うような、相性の良さがあるのだろう。そしてたぶん、俺たちには共通して失ったものもあるのだ。

 

 

   *

 

 

「ま、とりあえずは本業だ」

 

 やがて黄色いブロック塀で区切られた敷地に到着した俺は、迷いなく事務所のドアノブに手をかけた。

 

「いらっしゃいませー」

 

「いらっしゃいませー!」

 

 あいかわらず気の入っていない従業員たちの挨拶の中に混じった元気な声は、エイコが発したものだ。彼女は書類を手に小走りで駆け寄ってくる。

 

「ご足労頂きましてありがとうございます。契約書類については後程……先ずは貸し出し予定車輌の確認をお願いしても宜しいでしょうか」

 

「ああ、ちょっと見せてもらおうか」

 

「駐車場に準備が整っております。どうぞこちらへ……」

 

 エイコにうながされるまま、俺はふたたび外に出た。

 

 

 

「今なら話せます。ゆっくり歩きながらで」

 

 事務所から数歩離れたところでエイコが言う。車輌の確認うんぬんは、彼女が時間を作ってくれたということだ。ならば簡潔にいこう。

 

「先ごろ君が本部に送ってくれたクルマの貸出履歴表。確認したところ、たしかに日報との差異があったようだ。これだけでも十分に懲罰対象だが、やった理由は知りたい。余罪があるかどうかもな。俺はその調査に来た。追加の情報は?」

 

 言われて、エイコは大判の茶封筒を差し出す。

 

「今の内に渡しておきます。日報から消されていた履歴を顧客情報と照合して、合致したものをリスト化しました」

 

 俺は封筒から紙の一覧表を引っぱり出し、そこに載った名前のひとつに目をとめた。

 

 ──ヒエロ、26歳、ハンター

 

 それは頭のどこかで予想していた名だ。他にも二、三知った名前がリストに上がっている。俺は今後調査すべきことを思い浮かべた後、とりあえず紙を封筒に戻した。

 

「一昨日いらした時にも様子をご覧になったかと思いますが、店長のオリィからの指示によって、村の外部の人間に対する貸し渋りが常態化しています。どうやら、どこからかの圧力が掛かっているようなのです」

 

「圧力ね……村内からだとすれば、力を持っているのは自治会、若衆……あとはよく分からんが真木寮や神社もそうか? 調べるとすれば、店長にこのあたりとの癒着があるかどうかだな」

 

「村内でのレンタル利用自体でいえば若衆らが一番のお得意様ですが、店長が個人的に接触している可能性が高いのは自治会ですね。レンタルタンクがこの村に出店した際、今の世話役に随分と援助を受けたようです。でも、その自治会もカンナメの神社の言いなりという話で……そしてそれら自治会や神社に対して入れ知恵をしているのが真木寮の寮長、スノハラ博士です」

 

 ──スノハラ博士。そういえば酒場のマスターも、博士から余所者との接触を制限されたというような話をしていた。この辺りのネタを探ってみる価値はあるかもしれない。

 

「しかし店長のメガネさんもよくやるよ。本部の怖さを知らんわけじゃあるまいに」

 

「本部以上に自治会や神社が怖い、という事でしょうか」

 

「遠くの顔も知らない本部の幹部連中より、つい身近な村の人間の顔色をうかがいたくなるものなのかもしれんな」

 

 この一件に村全体がどこまで関わっているのか、それを見きわめなければならない。事と次第によっては最終手段を選ばねばならないこともありうる。その判断を下すのは俺だが、それをさせるのは本部の意志だ。まったく、クソったれなことではあるが。

 

「私は……この店は……村は、どうなるんでしょうか」

 

「相手の出方とやらかしの内容次第だな。だが、君の生命は可能な限り守るよ。告発者の安全確保も俺の仕事のうちだ」

 

 俺はエイコの横顔にそう答えた。彼女は口角を上げて微笑んだが、その瞳はかすかに潤んでいるように見える。

 

「研修終わって早々、こんな僻地に飛ばされちゃって、しかもそれが不正をやってる店長のショップだなんて……本当にツイてない」

 

「君の忠誠心を幹部は高く評価するだろう。今度は本部勤務にでもしてもらうんだな」

 

「忠誠心とかじゃないですけど……そうします」

 

 彼女は目を閉じ、はあーっと大きく息をはいた。そして、どこかすっきりとした表情でこちらに向きなおる。

 

「一応、クルマ、見ときます?」

 

「ああ、実際借りるつもりではあるからな」

 

「乗ってきたジープ、ホントに砂漠で壊れちゃってるんですか?」

 

「口実かと思ったろ? マジで困っててな」

 

「わざわざ私物のクルマを使うなんて……総務に言えば本部の社用車がよりどりみどりじゃないですか」

 

「借り物は苦手なんだ。それにせっかくの出張、すこしでも楽しみたかったのさ」

 

 俺は新たに借りる予定のクルマの前に立ち、皮肉な現状に深く息をついた。

 

 

 

2134年 9月30日 午前10時2分

エル・ボスコの村 公会堂敷地前の路上

タケウチ

 

 参道から続く坂道を登り切り、段丘の上に出る。足を公会堂の方に運びながら、ふと真木寮と呼ばれている四階建てに目を遣ると、ビルの入口に人が一人立つのが見えた。こちらに顔を向けているのは、白衣を着た、恐らくは男性。私が立ち止まり軽く会釈をすると、彼もそれを返してはくれたものの、そのまま建物の中へと消えてしまった。彼も職員の一人なのだろうか。

 真木寮にも何れ話を聞いて置きたい所だが、先ずは現場だ。

 私は頭を切り替えて公会堂の敷地に入り、そのまま真っ直ぐシャクジンの社へ向かった。確か、ウツキ翁が崖から落ちる人影を見たのは社の近くだった筈だ。その視点を確認して置く必要は有るだろう。

 社の後ろ側は少し行くと崖になっており、その際には石柱に錆びた金属の棒を渡した手摺が設置されている。私は手摺に近付いて、川の向こう側に広がる山並みを眺めた。

 基本的には山の表面を木が埋め尽くしているが、良く見ると中腹の所々が高台の様に張り出して、その下に岩肌を剥き出しにした崖を作っている。あれらの何れかが殺害の現場なのだろうか。

 やはりカンナメに在ると云うハバキの発見現場も見てみたい。そして可能なら殺害現場も一通り調べて置きたい。だが、流石にそれらを行うのに無許可と云う訳にはいかないだろう。

 それならばと、私は早速バンショを頼る為に公会堂を訪れる事にした。遺体探しを依頼した手前、調査に必要な許可は出してくれる筈だ。

 村の本部機能を司る公会堂は鉄筋コンクリート造りの立派な二階建てで、村の会合や行事に使われる他、世話役の住居も兼ねているらしい。その為、24時間村で困った事が有れば、村人たちはここに駆け込んで来ると云う訳だ。

 昨日バンショから聞いた話では、この公会堂は大破壊以前に建てられたものでは無く、比較的近年にボルデカミーノの町から機材や職人を借りて建設したものだと云う。初めは僻地の寒村と云った印象だったエル・ボスコだが、どうやらそれなりに豊富な資産を抱えている様だ。

 公会堂に近付くと、入口のガラス扉の向こう側に、人影が三つ見えた。一人はバンショ、後は初めて見る人物だったが、その内の一人は腰の曲がった老人だ。

 

 ──ウツキか。

 

 直感的にそう思った。その瞬間、或る違和感が頭の中にもたげた。何故、私は彼をウツキだと感じたのだろうか。

 思考に靄を抱えたままガラス扉の手前まで行くと、バンショも私に気付いたらしく、扉を開けて建物内へと迎え入れてくれた。

 

「おぉ、君か! 捜索依頼を引き受けてくれたようだな。ノウマスから聞いているぞ」

 

「ノウマス?」

 

「知らんか? ハンターオフィスの事務員だ」

 

 バンショは言いながら大きく一歩身を引いて、一緒に居る二人を私に紹介する様な手振りをして見せた。

 

「こちらは最初にハバキが崖から落ちたのを見たウツキ翁。こっちはイブカイ、私の仕事を補佐してもらっとる」

 

 やはり老人はウツキだった。そして、つい先程感じた違和感の正体も今分かった。この村は、老人が極端に少ないのだ。ここ三日間の滞在で出会った中で、精々初老と云えそうなのが、宿の女将アママチとハンターオフィスの男──ノウマスと云う名らしいが、彼くらいだ。他には老人と呼べそうな人間を村内で全く見掛けなかった。

 人が生きるには過酷な世界である。ましてや医療体制の整わない現代に於いては、確かに老人の生存は難しい。とは云え、推定する人口の割合から考えると、やはり些か少ない気はするのだ。勿論、住民の全てを把握している訳では無いので、結論付けるにはまだ早いのだが……

 隣に立つイブカイは、年齢四十半ばと見える朴訥とした男性である。確か遺体を直接確認したのは彼だけと云う話だ。

 

「初めまして。ハバキさんの遺体捜索を請け負ったタケウチと申します。事件当時の様子など聞ければと思い、探しておりました」

 

「ああ、いえ……こちらこそよろしくお願いします」

 

 イブカイは少し慌てた様に頭を下げる。

 

「ええ、宜しくお願い致します。ウツキさんも、何か昨日の出来事で思い出せる事が有れば、是非」

 

 挨拶を交わしながらウツキ翁に目を向けると、彼は私とイブカイの間に顔を突っ込む様にしながら分け入ってくる。

 

「あー、うんうん。俺がそこのな、お社ンとこで山拝んどったらよ。イナハチ神社の崖かな? 何人かが、わぁーっとやっとってよ。んで、わぁーっと落っこちたんでびっくりしてよ。急いで世話役のとこ行ったんよ」

 

「成る程……イナハチ神社とは?」

 

 私はバンショに向かって尋ねたが、彼が答えるより早くウツキが「来い来い」と言って外に向かいつつ、私の左腕を引っ張った。

 

「おっとっとと……」

 

 急に引かれた腕は不恰好に捩れながら長く伸び、それに驚いたウツキは「おわぁっ!」と叫び声を上げて掴んでいた手を離した。

 

「お前さん、左は義手だったのかい」

 

 バンショも目を丸くしながら言う。

 

「いや、お恥ずかしい。ハンターとしては文字通り半人前でして……」

 

「なんのなんの。オウミヤ様も両腕を持たない姿で権現なさる事があるというんで、村内では、かたわ者は神様の居処に通じる者とされとる。お前さんもうちの村じゃ半分神様みたいなもんだ」

 

 そう言って豪快に笑うバンショに、私もつい釣られて愛想笑いを浮かべてしまった。

 

 ──半分神様か。

 

 幸い義手には故障等も見当たらず、胴体に固定していたベルトが多少ずれただけだった。

 私の腕は生まれつき二の腕の中程から先が無く、今は左手代わりにこの義手を装着している。肩を使って振ったりは出来るが、物を掴むなどの機能は持たない為、基本的には飾りである。ただ、不具者は舐められ易い。この稼業に於いては、無用ないざこざや不利益を避ける為の御守りとしても役に立っていた。おまけに中々丈夫な造り故、いざとなれば盾にも鈍器にも成り得るのだ。

 

「済みませんウツキさん、何でしたか」

 

「ん、おお。来い来い」

 

 私とバンショの話を黙って聞いていたウツキは、自分の番が回ってきたとばかりにいそいそとガラス扉を開けて外に出て行った。

 私とバンショ、イブカイが後を追うと、ウツキは地面に屈み込み、何処からか拾った木の枝を筆代わりにして土肌に何かを描いていた。

 

「ここがシャクジンでよ。こっちからこう見とって、イナハチ神社がここ。ここ、この辺りから人がうわぁーっとな? で下は道で、その下は川だ。ここに落ちたんよきっと」

 

 私は古地図を取り出し、現在地に符号すると思しき場所を指差して、それを対岸に滑らせる。そこには「稲八酉天神社」の表記が有った。ウツキの言う「イナハチ神社」とは、これの事だろう。

 私は一緒になってウツキの図解を覗き込んでいたバンショの顔を見る。

 

「バンショさん、私はウツキ翁の言うイナハチ神社と、その崖下周辺を是非調べてみたいのです。遺体の行方に関わる手掛かりが残されているかも知れません。お願い出来ないでしょうか」

 

 バンショは少し難しい顔をしたが、その表情のまま首を縦に振り「聞いてみよう」とだけ言った。流石にすんなりとはいかない様だが、調査解禁となれば、私の本来の目的にも近付くだろう。

 

「有難う御座います。ついで、と云う訳では無いのですが、昨日話していた真木寮への紹介状、お願い出来ますでしょうか。あそこにも事件の所見を聞いて置きたいのです」

 

「あい分かった。それならばお安い御用だ。すぐ用意するから、余り遠くまで行かず、この近辺で待っててくれ。イブカイもちょっと先生と一緒に居てやってくれや」

 

 バンショはそう言って、一人建物の中に消えて行った。

 

「ウツキさん、折角ですから、実際の風景を見ながらの説明もして頂けますか? イブカイさんも私たちと一緒にお願いします」

 

「ん、あいよー」

 

 ウツキは軽く応えて立ち上がり、先にさっさとシャクジンの社に向かって歩いて行ってしまった。私はイブカイを促し、二人でその後を追った。

 

 

 

 ウツキは先程の私と同じ様に、社の裏手の手摺の所からカンナメの山を眺めていた。私はその横に並び、彼の横顔をちらと見る。

 

「おんなみいたてえせえかるうん……」

 

 彼は山に向かって手を合わせ、何事かを呟いていた。

 

「ウツキさん、それはオウミヤ様への唱え言葉か何かですか」

 

「ああ。意味は分からんけんども、これを口にしちゃオウミヤ様を想うんじゃ。事がええよう済むようにってな」

 

「成る程……」

 

 私はウツキと同じ様に山を見た。

 

「先程の説明からすると、イナハチ神社の崖はあちらですか? ここからだと一番右側に見える、あの直ぐ下、岩肌に小さい木が一本生えてる」

 

「そだ、そだ。あの奥に何人か見えてなあ。落っこちたんと合わせて四人はいたような気はすっけど」

 

「服装とかは分かりませんでしたか? 色とか」

 

「いんや、もう辺りも大分薄っ暗くてよぉ。ちょっと分かんねぇな」

 

「そうですか……」

 

 ハバキが複数の人間と一緒に居たのは確かな様だが、それ以上の事は分からない。やはり当該時刻に於ける各人の行動を確認して回るしか無いのかも知れない。

 

「取り敢えず、公会堂に戻りましょうか」

 

「いや、俺はもう帰ぇるわ。畑見てぇんだ」

 

 そう言ってウツキは一人、敷地の外に足を向けた。

 

「しっかし、早よ見つけてやらんとスクナビコさんが寄るで……先生さん、しっかりやっとくれやな」

 

「あ、ええ……」

 

 ウツキは私の顔も見返さず、そのまま坂の下へと去って行ってしまった。

 私はウツキが言い残した言葉が気になっていた。スクナビコさんが寄る。このスクナビコと云う語には、微かに覚えが有る。かつて書物で読んだ、この国の伝承の中に在る名だ。確か、小さな身の丈が特徴の神で在ったと記憶している。

 

「イブカイさん、スクナビコとはオウミヤ様と関係の有る神の名ですか?」

 

「神……?」

 

 イブカイは予想していなかった質問に面食らったらしく、少しの間、口を半開きにして固まり、それから、つと目を逸らした。

 

「あー……説明が難しいのですが、この辺りでは、遺体を長期間放置すると、悪いものが寄ってくると伝えられているんです。そんなこともあって、村の皆もハバキさんの遺体を早く見つけてあげたいと言ってるんですよ」

 

「ふむ……悪いもの……」

 

 言葉を選びながらのイブカイの話には納得する部分と、そうでない部分、そして或る気付きが有った。

 確かに濫りに遺体を放置する事は、疫病の蔓延や腐肉食を行うモンスターを呼び寄せる危険に繋がる。その為にこう云った負の要素に名前を付けて忌避する行為には一応理屈が通っている。だが、それに神の名を用いるとはどう云う了見だろうか。

 曖昧な記憶ではあるが、伝承に於けるスクナビコには、それ程悪い印象は無かった様に思う。イブカイはああ言っていたが、ウツキが「さん付け」していた事からも、やはりスクナビコもどちらかと言えば神聖なものなのではないだろうか。

 何れにせよ「遺体の放置がスクナビコを呼び寄せる」と云う因果が村人の共通認識として在る様だ。正にこれこそが、ハーフトラック乗りのハモンの墓が荒らされ、遺体が持ち去られた原因であるに違い無い。

 土に埋め、石を積んだだけではスクナビコは寄って来る。ならばどうすれば良いのか。

 その答えはカンナメに在る筈だ。村の墓の全てが集まると云うカンナメにて然るべき処置を行う事こそが、この村にとっての正しい埋葬法なのだ。

 死者に宿る小さき神。そして、その小さき神から死者を護る術──その正体、是非調べてみねばなるまい。

 だがスクナビコについては何れ他の人間に追求すれば良い。今はイブカイにしか聞けない話が有るのだ。

 

「ハバキさんの遺体はどうだったんですか」

 

「え?」

 

 彼は少し芝居掛かった様子で、目を見開きながら聞き返してきた。

 

「イブカイさんは遺体を直接ご覧になったそうですが、何か遺体に異変などは?」

 

「異変……ああ、いや、私はあまり、あの、慌てていたもので……」

 

 イブカイが言葉を濁した。これは踏み込むべきか。

 

「もしかすると、生前と変わっていた所が有ったんじゃないですか。例えば身体の表面……それと、傷口などに」

 

 私は或る可能性を念頭に置きながら、鎌を掛けた。イブカイの表情は見る見る変化し、その顔から察せられる驚愕は隠し様も無い。これは多分、当たりだ。

 

「先生……貴方は……」

 

 微かに震えるイブカイの背後から、書類を手に身体をゆさゆさと揺らしながらやって来るバンショの姿が見えた。

 

「貴重な証言、有難う御座いました。ハバキさんの遺体探し、是非お任せ下さい」

 

 震えたままのイブカイは、私の言葉に頷く事すら出来ずにいた。

 

 

   *

 

 

「御免下さーい」

 

 開け放たれたガラス扉の前に立ち、内部の暗がりに声を掛ける。

 真木寮は公会堂の敷地の向かいに建つ四階建のビルディングだ。恐らくは鉄筋コンクリート製で、外壁は赤茶色の煉瓦風タイルを貼り付けた、大破壊前の集合住宅などに良く見られる様式で仕上げられていた。

 酒場のマスターの話では、ここは学校や病院を兼ねた場所であるらしいが、通う学生や患者らしき者の姿は一切見当たらない。耳を澄ませても、聞こえてくるのは虫の音と微かな川のせせらぎのみ。屋内で講義を開いている気配なども全く感じられなかった。

 しかし先程、白衣の男性が玄関先に立っていたのは確かなのだ。彼は今どうしているのだろうか。

 

「御免下さーい」

 

 もう一度呼び掛けるが、やはり返事は無い。

 

「失礼しまーす……」

 

 私は免罪のまじないを唱えながら建物の中に一歩、二歩と足を踏み入れた。

 中は薄暗く、玄関から真っ直ぐ突き当たった所に在る窓が、外の光を映して闇に浮き出て見える。僅かな環境音さえ遮断された屋内は一層静かで、私の革ブーツがビニル床とぶつかる足音だけがゴツゴツと、やけにくっきりと響いて鼓膜を打った。

 突き当たりを左に折れると、その先にも廊下が続いており、右手側には幾つかの窓が設けられ、その対面、左手側には扉が並んでいる。が、そこにもやはり人の気配は無い。

 

 ──上、か。

 

 廊下の逆を向くと、直ぐ右側に上り階段が在る。私はそれを一段ずつ確かめる様に上った。階段は途中で踊り場を挟んで折り返して、二階へ。その途中、私が階段を踏む音に混じり、別の靴音が微かに聞こえてきた。上からだ。

 階段を上り切った先もまた廊下だったが、正面と右横のガラス窓からは十分な陽光が取り入れられており、一階とは打って変わって開放的で明るい空間となっていた。例の足音は更に上、三階に通じる階段の奥から聞こえてくる。私は階段の下に立ち、それを出迎えた。

 やがて踊り場に現れたサンダル履きの紺のスラックス。それは白衣を纏ってすらっと縦に伸び、その先の顎と口には薄い無精髭。縁の太い眼鏡。髪は癖強く八方に広がっている。年齢は四十を少し過ぎた位か。

 

「ああ、アナタはさっきの」

 

 相手もまた、値踏みする様にこちらを眺めて、階段を下り切らないまま声を掛けてくる。彼こそが先程遠目に見掛けた人物なのだ。

 

「バンショと一緒に居たね。紹介状があるのかな?」

 

「ええ、勝手に入ってしまって済みません。こちらです」

 

 そう言って私は懐から取り出した封筒を男に差し出した。階段を下り切った彼はそれを受け取ると、内容を確認する事無く白衣のポケットに仕舞い、窓辺に近付く。

 東向きの窓からは向かいの敷地を一望する事が出来、シャクジンの社の姿も良く見える。きっとこの場所か、上階の窓から私たちの様子を眺めていたのだろう。

 

「ご存知かも知れませんが……私は、ハバキさんの遺体について調査を請け負った、ハンターのタケウチと申します。本日は、事件当日の状況をお聞きしたく思い、参りました」

 

「当日の状況ね……私もずっとここに張り付いて外を眺めてる訳じゃないからね」

 

 男はそうは言いつつも、視線を彷徨わせながら記憶の中を探っている様子だ。

 

「昨日は、奥の部屋で帰り支度をしている所に世話役が飛び込んできて、それで事件を知ったんだ。その後遺体が見つかったっていうんで何人かで川まで行ったよ。で、何も無いと。私は、イブカイが混乱して何かを見違えたんじゃないかって思ったけどね」

 

「ここは教育の場や医療所も兼ねていると聞きます。村の知識人が集まっている筈です。その様な方々から見て、この事件の顛末は一体どう云った見解になるのか興味が有ります」

 

「ふぅむ……」

 

 男は顎を指先で撫でて、じょりじょりと音を立てた。

 

「アナタが大破壊前の遺物調査を仕事にしているのは聞いてるよ。残念ながらウチのボスから余りベラベラ喋るなって釘を刺されていてね。期待には応えられないかも知れないなあ」

 

 男は一旦言葉を切り、私の目を見詰めてくる。

 

「まあ、紹介状を貰った手前、無下には出来ないからね。少しなら話を聞くよ」

 

 やはり中々に守りが堅い。しかし、今の彼の口振りからすると、ここには私が欲する情報が存在している様にも取れる。何れにしても、調べる価値は有るだろう。一先ず今日の所は、この男から今許される限りの話を聞いて置きたい。

 

「貴方のボス……とはスノハラさんと仰る方ですか? 昨日、酒場のマスターからその様な名を聞きましたが」

 

「あの人も口が軽いね。そうだよ。スノハラ博士。まあ、こっちには余り顔を出さないんだけどね」

 

「こっち、と仰いましたが、普段はどちらにいらっしゃるのですか?」

「あ、いや……マズったかな。まあいいや。スノハラ博士は、普段はカンナメの施設に居るんだ。真木寮ってのは元々その施設の名称で、ここは村人たちの為の出先機関って訳。んで、便宜上カンナメのほうは本寮って呼ばれてる。まあ、私も含めて一般の職員は本寮には中々近付けないんだ。ハンターさんには諦めて貰うしかないね」

 

 施設。恐らくは大破壊より古いか、その前後の。それが村の聖域とされる場所に在ると云う事の意味を、私は必死に考えた。だが男は言葉を連ねて、私が思索に耽るのを許さない。

 

「まあ、今日も博士はこっちには居ないし、どちらにせよ込み入った話は出来ないよ。私は簡単な事しか分からない下っ端教員だからね。あ、私グミザワっていいます。よろしく」

 

「宜しくお願い致します」

 

 今更の挨拶を返しながら、つい苦笑が漏れた。彼も村にとっては重要な立場に在る一人だろうに、全く随分と良い加減な人物であったものだ。

 私は深く考えるのを一旦止めて、グミザワとの会話に意識を集中させた。彼も酒場のマスターに負けず劣らず調子の良い人物の様だ。会話が弾めば、有用な情報も溢れ出てきてくれるかも知れない。

 

「そう云えば学生さんを見掛けませんね。ここには村の子供たちが通っているのでは?」

 

「子供だけじゃなく大人も講義を聞いてるよ。今通ってるのは二十人くらいかな。でも殺人鬼が彷徨いてるかも知れないだろ? 事件解決までは休講さ。だもんで私もちょっと暇でね。何なら話し相手になって貰えて助かったよ」

 

「それは何よりでした」

 

 私が笑いながら窓の外に目を遣ると、そこには丁度、シャクジンの社が在った。

 

「カンナメの神様……オウミヤ様と云うんですか。皆さんから随分愛されているんですね。ああやって玩具やお花も実に沢山」

 

「うん、私たちが愛するからこそ、オウミヤ様もそれに応えて下さる。私たちがこの土地でこうして暮らしていけるのも、オウミヤ様の恵みがあってこそさ。その起源は古く、大破壊の遥か昔からこの地で信じられているのだと聞いているよ」

 

 彼のやや軽薄な印象からは想像も付かない程、オウミヤ様に対する真摯な言葉が転び出てくる。それだけこの神が村と密接な関係であり、その信仰が人々の中に根付いているのだろう。

 シャクジンを通してオウミヤ様を見るグミザワの目は優しく細められ、口調も何処か穏やかだ。

 

「かつての大破壊の折、絶望の淵にあった村人たちの前にオウミヤ様は顕現され、失われた家族や友人らの姿をとって人々の心を慰めたと謂うよ。敬い、願えば、それ以上の恵みを確かに与えて下さる存在なんだ」

 

 グミザワがひとしきり喋り終えたのを確認し、私は彼から視線を外して思索に入った。それは今程の話に感じた違和感についてである。

 前世紀の中頃に起きた地球規模の災害と、直後の人工知能ノアの叛乱、及びそれに対する人類の抵抗活動。長期に渡る騒乱である大破壊を歴史の一点に絞り込むのは難しいが、現代から凡そ一〇〇年程前の出来事と見て大きな間違いは無いだろう。

 そこで、大破壊時のものと謂れるオウミヤ様の逸話だ。世代を跨ぐとは云え、たかだか一世紀前の出来事が伝説の如く語られるのには若干の違和感が在る。

 考えられるのは、オウミヤ様が原形となった神格の元々持っていた物語を引き継いだか、或いは、これに似た近代の出来事が神話として脚色されたかだ。例えば、新しい神の信仰を根付かせる為の演出として。

 もしそうであるならば、それを行ったであろう者は分かる。オウミヤ様を奉る神社と、それと共に在る真木寮だ。現在実際的に村を支配するこれらが、統治を円滑にする道具として信仰を利用したならば──いや、利用したのは果たして信仰だけだろうか──

 

「グミザワさん、スノハラ博士に宜しくお伝え下さい。またお話を聞きに参りますと」

 

 私は一礼し、その場を辞した。頭の中では渦巻く混沌が幾つかの色を帯び、俄かに形を成そうとしていた。

 

 

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