崩え彦の跛行   作:瓜生褄久

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第五章 往きて、還る(2)

 

 

2134年 9月30日 午後0時10分

エル・ボスコの村 民宿はちのす 玄関

アンザン

 

「あ、いらっ……お帰りなさい。今お一人? 何だかいつも二人で一緒にいるような感じがするものだから、一人だけだとつい新しいお客様? なんて思っちゃったりして、もう、ごめんなさいねえ、こんな商いしててお顔の覚えがウンと悪くて困っちゃう。歳かしらねぇ」

 

 玄関の戸を開けた直後に女将のたたみかけるようなしゃべくりを浴びる。その口ぶりからすると、タケウチはまだ戻ってきてはいないようだ。

 

「私ちょっとナガルの所に用事で出なきゃだから、ちょっとの間お留守頼めないかしら? お客様一人残して悪いんだけど、ホントにちょっとなんだから、ね。じゃあ行ってきますねぇ。よろしく〜」

 

 女将は一方的に役目を押し付けると、俺の返事も待たずにさっさと外に出ていってしまった。だが、どの道ここでタケウチを待たなければならなかったので問題はない。いや、むしろこれはチャンスだ。俺には女将がいない間にここで調べておくべきことがある。

 俺は案内カウンターの中に入り、カウンター下の棚に並べられた帳面に目をつける。五冊並んだその背表紙には番号がふられているのみだったが、試しに①と書かれたものを取り出してみると、表紙に「宿台帳」の文字があった。これだ。

 中には当然、宿泊客の名前が並んでいる。その先頭の日付は2115年とあり、今より二十年近く前のかなり古いものだ。

 次に⑤の台帳を手に取って開く。これは現行で使われている台帳らしく、チェックイン時に書いた俺とタケウチの名前もある。そして「ヒエロ」の名も。だが帳面を下ろしたのは最近のようで、記入がされているのは最初のページだけだった。

 ならばと④の台帳を開き、新しい日付からページをめくっていくと、そこにようやく目当ての名前たちを見つけた。

 

 ──ジェニー、31歳、メカニック

 ──ソルロウ、34歳、ソルジャー

 ──ソンミ、23歳、ナース

 ──アキコ、29歳、ソルジャー

 

 俺はエイコから渡されたリストを取り出し、その内容を宿帳と照らし合わせる。

 まちがいない。名前、年齢、職業の自称、そのすべてが宿帳とリストとで合致する人物が複数いる。そして、それらのうちの何人かは、俺がこの村に到着する前から名を聞いていた人物たちなのだ。

 エル・ボスコの調査に向かう前、俺はボルデカミーノのハンターオフィスで行方不明ハンターの捜索を請け負った。うわさでは「人攫い」ことニンゲンナッパーにやられたとも囁かれていたその行方不明者たちの名前が、レンタルタンクで書類の改竄を受けた利用客リスト、および村内の民宿の宿帳に記載されている。これの意味するところはなにか。

 じつはレンタル連合本部がわざわざ僻地のショップの不正調査に乗り出したのは、くだんの行方不明事件との関連性を怪しんだためである、というのは、本部を出る際に同僚から耳うちされたことだ。

 この案件は、ただの調査では済まない。だからこそ荒事向きの俺が派遣されたのだろうが、それを隠して仕事に向かわせる本部には怒りを通りこしてあきれてしまう。

 

「まったく、身内が敵みたいなもんだ……」

 

 思わず愚痴がこぼれたところに、玄関の引き戸が開いた。タケウチだった。

 

「おっと」

 

 タケウチは一瞬驚いたような顔をしたが、泥棒のマネごとをする俺をとがめる様子もない。しょせん俺たちは同じ穴のムジナなのだ。

 

「何か面白い物は有りましたか」

 

「それなりにね」

 

 俺はこの件についてみなまで語らぬつもりだったが、協働している手前なにも開示しないのも悪い気がして、本業に直接触れない範囲で事実を伝えておくことにした。

 宿帳に行方不明者の名前が記載されていたことと、それが複数であったこと。その行方不明の原因が村の近くに出没する賞金首モンスターだとのうわさがあること。

 

「ふむ」

 

 そう声をもらしたタケウチはしばし思案するそぶりを見せた後、不意につかつかとカウンターまでやってきて書類棚をのぞき込んだ。

 

「これですか、宿帳は」

 

 タケウチは①の帳面を棚から引き出し、ページをめくりはじめた。

 

「①から⑤まであって、⑤が最新の記録だ。行方不明者の名前が見つかったのは④と⑤で……どうした?」

 

 ページをめくるタケウチの手が止まっている。その目は、帳面の文字を見ていながらにして、意識がまるで別の場所に行ってしまっているかのようだった。

 

「これは……何と言ったら良いものか……」

 

 タケウチは宿帳をパタンと閉じて、こちらに向き直った。

 

「昼飯を食べに行きましょう。ついでに午前中にそれぞれが得た情報を纏めたい」

 

「了解だ。だが俺は留守番……は、まあいいか……」

 

 

 

2134年 9月30日 午後1時12分

エル・ボスコの村 参道

タケウチ

 

「料理の腕前はともかくとして、食い物はなるべく作りたてを食いたいもんだな」

 

 今し方、義務的に腹を満たしたアンザン君が歩きながらそうぼやく。

 トレーダーやハンターなどの来訪者向けに各種資材と武器、薬品や食糧等を販売するドライブインは、食堂が併設されてはいるものの特段調理設備等が有る訳でも無く、提供されるのは保存食が中心の味気無いものばかりだ。先日利用した際に食した物も先程の食事と似た様なメニューで、アンザン君はそれを平気な顔で平らげてはいたのだが、一旦温かい料理の旨さに慣れてしまえば、こうやって文句が出てくるものなのである。

 

「飽きたとはいえ、大人しくマスターに用意してもらってりゃあよ……」

 

「気分を変えたいと言ったのは君じゃないですか」

 

「さっき寄った時はアホウ手羽のパックがウマそうに見えたんだよなー」

 

 アンザン君には午前中にもドライブイン周辺で情報収集をして貰っている。ドライブインは村の玄関口。怪しげな人物の出入りが有れば、従業員たちの目に付く筈だ。

 しかし参道から繋がり西へと延びる街道方面も、私たちが来訪時に通って来たエル・ボスコ隧道にも、キャラバンの到着以降は全く人の出入りが無かったそうだ。勿論、24時間監視されている訳では無いが、ロメルダが夜間に立てた見張りも人の行き来を見掛けてはいないらしい。

 一つ気になった事と云えば、昨夜8時から9時頃に複数の銃声や爆発音が有ったと云う証言がトレーダーたちから聞かれた事だ。

 ドライブインからはかなり離れた場所からの音で、山に反響して正確な位置は分からなかったそうだが、カンナメ方面だったと語る者も居たらしい。ハバキの死亡推定時刻とはかなりズレが有る為、別件ではあるのだろうが、何かしらの事件性を感じる。更なる聞き込みをしてみるべきかも知れない。

 ドライブイン周りの人通りについて売店のスタッフに尋ねた所に拠ると、私たちより以前に村に到着していた例の三人組ハンターたちは、三日前の昼頃に別のトレーダーのクルマから降ろされる形で村に現れ、ドライブインで食事を摂ったと云う。その日の夕方や、翌日私たちが到着した後の日中にも、消耗品を買いにここへ姿を見せたそうだ。その後は、この辺りでは一切目撃されていない。従って、彼等は未だ村内に留まっていると云う事になるのだが、マスターからの目撃情報以降、その気配は全く感じられない。

 私個人の現時点での見立てでは、この三人組こそがハバキ殺し容疑の最右翼である。これまで各所で話を聞いてきた限り、あの時間帯に誰にも知られずに行動出来た複数人と云う条件に当て嵌まるのが彼等くらいなのだ。

 勿論、未だに全貌が掴めていないカンナメの神職らも候補に残ったままであるし、村人らの証言が虚偽である可能性も無くはない。しかし、今朝方アンザン君の言っていた突発的なトラブルと云う線が、やけに有力と感じるのである。

 村人たちが恐れている通り、私たち余所者こそが村に暴力を齎す最大の要因だ。それが村内でも特に急進的な思想を持つハバキと接触したならば──それは、村の住民間での陰謀や軋轢を想像するよりも、余程説得力を持つ様に思える。

 しかし、もしそうだとしても、村人の監視の目が在る中で、そう易々とカンナメに侵入出来るものだろうか。何者かに手引きされた可能性は無いか。例えば、被害者であるハバキ自身に依って。

 また、犯行を終えた彼らが今何処でどうしているのかも謎だ。身を隠すとすれば、そのままカンナメに留まるかソシモリに入り込むくらいしか無さそうではあるが、やはり村人に見付からずに実行するのは難しいだろう。

 或いは、侵入を試みたが果たせなかった。即ち、もう既にこの世には居ないとの可能性も考えられる。

 アンザン君からの報告では、カンナメ周辺で異常な何者かの気配を感じたと云う。その正体が人かモンスターなのかは不明だが、余所者にとって安全な場所で無いのは確かだろう。

 さて、事件時にハバキと共にイナハチ神社に居たのがあの三人組だとして、彼等が何を求めていたのかは知る由も無いが、あそこを含めたカンナメ一帯は私たちにとっても調査する価値が十分に有る場所だ。

 とりわけ興味を惹くのが、真木寮の本寮と呼ばれている大破壊以前のものと見られる施設。古地図で見た限りは、奥棚地域にそれらしき施設の記載は無い。これが意味するのは、地図の発行年より後、即ち大破壊の直前に建設されたものであるか、若しくは外部から隠蔽されるべき重要施設だと云う事である。そしてこれは私が兼ねてより探求していた個人的な調査対象の要件を満たすものなのだ。

 寄り道である筈の遺体探しと下手人探しを通じて、長い旅の本来の目的に近付いている実感が在った。凡ゆる事象が或る一点に集約されてゆく感覚。

 それが勘違いでないならば、先程民宿で見たものにもまた意味が有る筈だ。古い宿帳に記載されていた幾つかの名前。それらは、十数年前から十年程前にかけて行方を眩ませたと風聞していたハンターたちの名だ。

 勿論、偶然の一致である可能性も高い。寧ろ、ただそれだけを見たならば、同名の別人と理解する方が自然なくらいだろう。

 だが、アンザン君は直近の行方不明者と宿帳の名前に共通点を見出していた。彼は恐らく、私にも秘匿している情報を保持している。彼にはこの一致の異常性に確信が有るに違い無いのだ。ならば、私のこの気付きも偶然では無いだろう。

 

「近年、この村で何人ものハンターが消えた。そして少なくともここ十数年の間にもまた、同じくここで消えたハンターが複数存在する」

 

 この言葉を伝えた時のアンザン君の苦い表情は、ここ数日の付き合いの中で初めて見るものだった。いや、村に着いた最初の夜、酔い潰れて眠った彼が夢にうなされて見せた顔もそうだったか。あれが私に感じさせたのは、言うなれば葛藤。苦渋。或る種の諦念。

 彼はこの村に背景として蠢く、何か悍ましいモノを暴こうとしている。そして、その結果流されるであろう血や涙を恐れている。私にはそう感じられる。彼は、良い奴なのだ。

 私はどうか。自らの目的の為に、静かに暮らす人々の間に分け入り、その神聖な祈りの日々すら土足で踏み荒らそうとし、それでいて何一つ良心の呵責と云うものが無い。

 私は何時からこうであったのだろうか。私は何時からこうなってしまったのか。私の肉体を侵食するものが、精神までをも変質させてしまっているのではないか。私は知らずの内に、あの「恐ろしいもの」の様に成ってしまっているのではないか。私はもう、とうに私では無くなっているのではないか。

 それが今、私が恐れている事だ。

 今やっている事に果たして意味は有るのか。限られた時間を浪費しているだけではないか。変質は進行している。残された時間は僅かかも知れない。

 私は焦っていた。

 私は恐れている。

 私は……

 

 

 

「おい」

 

 何時の間にか殆ど立ち止まっていた私は、アンザン君に顔を覗き込まれていた。

 

「どうした。今、すごい顔になってたぞ」

 

「化け物みたいな顔でしたか」

 

 自嘲の薄笑いを浮かべる私に対し、彼はにこりともしない。

 

「なに言ってんだアンタは。どこかで脇道に入るんだろ? 俺は道を知らないんだ。しっかりしてくれ」

 

 カンナメ及びスノハラ博士を重要な調査対象と見定めた私たちだが、まだ手を出すのは時期尚早と結論付けた。カンナメについてはバンショに根回しをしてある。焦ってわざわざ危ない橋を渡らずとも、何れ正式に調査出来るならばそれに越した事は無い。

 無茶を仕出かせるのは精々が一度切り。今は、未だその機を窺う時だ。

 ドライブインを後にした私たちは、下手人探しの大元の依頼主である「若衆」を訪ねるべく「家具工場」に向かっていた。

 酒場のマスターから聞いた話では、村の住民たちの内、十代後半から三十代半ば辺りまでの働き盛りの男たちは「若衆」と呼ばれ、村の産業の中核を担っていると云う。林業、農業、製造業と職種は様々で、各業種の専任も居るには居るが、大多数は季節や作業内容に依って勤め先を変える流動的な労働力である様だ。

 その数は二十余名程。中心人物であったハバキを欠いた今では代表と呼べる人物も居ない状況ではあるが、その彼等が所謂溜まり場として屯しているのがその家具工場なのだそうだ。

 私が昨日村内を細かく見て回った際、真木寮から少し西の辺りに、それらしい建物を見掛けていた。古地図では「テック大野」との表記が有る地点だ。昔から何かしらの工場の在った敷地なのだろう。

 事件を追う場合、下手人は元より、被害者を調べる事で分かる事実も有る。私たちはそう合意して、その家具工場と思しき建物に向かっていたのだった。

 途中、工場方面の道から折れて来た大型トラックと擦れ違う。その荷台の箱には大きく「R」の文字を意匠化したマークが描かれていた。

 

「レンタルタンクのクルマですね」

 

「多分、この先の工場の連中だ。なんでも村一番のお得意様らしい」

 

「成る程……」

 

 そうすると、あの中には製造した家具類が積まれているのだろう。近隣の町に向けて出荷しているのかも知れない。あれも村の外貨獲得手段の一つと云う訳か。

 想像を巡らせつつ、私は暫し、トラックのその後ろ姿を見送った。

 

 

   *

 

 

「あれか? 見張りがいるな」

 

 民家の密集地を西に少し外れた辺りから北東方向に回り込んで行くと、道なりの緩い坂の上に、工場の屋根の一部と人影が一つ見えた。人影は私たちの姿を認めると奥へと消え、やがて影の数を三つに増やして戻って来た。

 こちらに近付く三人は二十歳代と見える精悍な男たちで、三者一様に捲った長袖から露わになった前腕は太く盛り上がり、顔といい腕といい、肌の露出している部分は健康的に日焼けしている。

 後から呼ばれたであろう二人は先程まで作業に従事していたのか、汗の吹き出す額を頻りに手拭いで押さえていた。

 

「アンタら一体……」

 

 初めは訝し気な表情の三人だったが、はたと何かに気付いた様子で、それからは段々と値踏みをする様な目付きへと変化していった。

 

「そうか、例のハンターか。確かに依頼は出してあるようだが、部外者に急に来られるのはちょっとね……」

 

 男の一人は不快な様子を隠そうともしない。その時、工場の戸が開き、中からもう一人の男が顔を出した。

 

「連れてきていいぞー!」

 

 その声を受けて、三人はそれぞれの顔を見合わせた後、こちらに向き直る。

 

「いいそうだ。こっちへ来てくれ」

 

 私はアンザン君を一瞥してから、さっさと工場へ戻って行く三人の後を着いて行った。

 

 

   *

 

 

 工場の中に足を踏み入れる。中は思いの外がらんとしており、小型の工作機械が幾つか並ぶ他は、作りかけの箪笥や、材木等の資材が各所に点在しているのみ。壁には等間隔に窓が設えてあり、外の風景の緑を鮮やかに映していた。その緑の向こうに、何かが透けて見える。薄灰色の、あれは──道路か。

 

「ん……どうした?」

 

 窓を眺める私にアンザン君が声を掛けてくる。

 

「いや、窓の外、建物の北側ですが、結構広めの道が繋がっていますね。古地図ではこの区画が行き止まりで、北に抜ける道は無い筈なんですが」

 

「おい! 勝手にウロチョロするな。こっちだ」

 

 男らに嗜められ、入口近くに呼び戻される。入口の戸から入って直ぐの所には、衝立で大まかに仕切られた二十畳程の空間が在り、中には椅子や机が雑然と並べられていた。保存食や酒瓶などの飲食物、将棋やサイコロと云った遊び道具も各所に見受けられる。ここが工場の休憩室兼溜まり場なのだろう。

 中では既に男が二人寛いでおり、入って来た私たちに視線だけを向ける。外で出会った三人も中に入り、それぞれ適当な椅子に腰掛けた。

 

「まあ、アンタらも座ってくれよ。せっかくのお客さんだ」

 

 中に居た男の一人が椅子を勧めてくる。それは粗末な休憩所には明らかに不似合いな高級感を醸し出す、座面に獣皮を張った猫脚の木製椅子だ。

 

「随分と立派な椅子ですね。これもこちらの工場で?」

 

「ああ、失敗作や試作品なんかは自分らで使ってんだ。もったいないからな」

 

 家具の製造と出荷は、この村の重要な産業の一つである様だ。現代に於いて整備された山林を身近に持ち、安定的な販路をも確保している集落は中々に珍しい。その上、高級インテリアは値段が在って無い様なもので、太い客さえ捕まえられれば莫大な利益を生む事も有り得るのだ。

 

「そちら、タケウチさんとアンザンさんだったかい。なんでここに来た?」

 

「貴方は?」

 

「俺はアカヌタってモンだ。アニキの代理でここを仕切らせてもらってる」

 

 アニキとはハバキの事だろう。しかしアカヌタ、聞いた覚えが有る名だ。あれは確か村での滞在の初日、酒場での会話の中だったか。

 

「アカヌタさん、二日前にハバキさんと御一緒でしたね。ハンターオフィスの近くで私とも会っていると思います」

 

 それはマスターの当て推量だったが、アカヌタの表情は驚きの色に染まる。どうやら予想は意外にも的を射ていたらしい。

 

「アンタとは遠目で言葉も交わしてなかったはずだが、もうそんな事まで調べ上げてんのか。こりゃあ依頼のほうも期待出来るなァ!」

 

 アカヌタは手を叩いてあからさまに喜んだ。随分と素直な人物だ。機嫌さえ損ねなければ上手く情報を引き出せるかも知れない。

 

「その依頼の件で来ました。一応、依頼主から直接お話を伺って置きたくて」

 

「そうかい。別に俺だけが依頼人ってワケじゃあないんだが……まあ、代表としてここにいる人間たちで話は聞いとくわ。で、何から話す?」

 

 場に居る男たちが聞く態勢になったのを確認してから、私は話を切り出す。

 

「幾つか有りますが……先ずは確認です。ハバキさんを殺した下手人を探すと云うのが私たちに任せられた仕事、で間違い無いですね?」

 

「おうとも。直接引っ張ってきてくれてもいいが、生きたままで頼むぞ。俺らでブッ殺してやる」

 

「承知しました。ですが、どうやら貴方たちは答えを既に持っているらしい。それについてを具体的にお聞かせ願いたい」

 

「答えだなんて、そりゃあアニキをやろうなんて考えそうなのは自治会の連中くらいだろう。言っちまえば、連中がアニキをやった証拠を掴んで欲しいってのが本当のとこなんだ」

 

 アカヌタは当たり前の事を聞かれて困惑していると云った風だ。どうも自治会の仕業だと確信し切っているらしい。

 

「それなんだがよ……俺はマジマがやったんじゃねえかと思うぜ」

 

 後ろから会話に参加してきたのは、最初に見掛けた見張りの男だ。

 

「マジマさんが自治会とツルんでるってのか?」

 

「いや、そうじゃなくて個人的によ。あの二人バチバチだったろ」

 

「そりゃそうかも知れんけど、やる理由があるのは、どっちかってえとハバキのほうじゃねえか?」

 

 男たちがあちらこちらから意見を投げ合い、俄かに話が錯綜してきた。どうやら若衆全体で意思統一が為されていた訳では無かったらしい。

 

「あの! 済みません、ちょっと話を整理させて頂いても宜しいですか?」

 

 私が声を張ると、がやがやとした場がどうにか静まった。全員の考えを端から聞いていたのでは埒が明かない。ここは質問対象をアカヌタに絞って情報を纏めた方が良さそうだ。

 

「幾つか聞かせて下さい。先ず、マジマさんとはどの様な方なのでしょうか」

 

「ん、まだ会ってなかったか? マジマさんはカンナメの番頭だ。強えぞ。アニキが若い頃に突っかかって一発でノされちまった事がある」

 

 そう云えばスノハラ博士以外のカンナメの人間について聞くのはこれが初めてだ。この際、深掘りをして置くべきかも知れない。

 

「ハバキさんとは因縁の有る方なんですね。その揉め事の原因は何だったのですか」

 

「マジマさんは元々流れ者でな。先代の宮司に拾われて村に居着いたんだ。とにかく腕っ節が凄くてよ。アっとの間にカンナメの番頭なんちゅう重要な立場についちまった。とはいえ、ただ強えってだけじゃ普通は任せられない仕事だ。どうも先代と特別な関係にあったんじゃないかって話もあってな。まあ、何にしてもこれが気に食わなかったのがアニキだ。当時は十代だったが、仕事にも祭りにも人一倍熱心でさ。まだガキだった俺らも、この人は昇る人だって思ったもんな。だからこそヨソ者に先を越されたような気分になっちまったんだろうな」

 

 そう語る彼の口振りが示す通り、ハバキが周囲から慕われていたのは確かな様だ。同時に、そのハバキと対立関係にあったらしきマジマに対しても或る程度の敬意が感じられる。それは彼が言う様なマジマの実力故か、その立場を根拠としたものなのかは分からない。

 

「そう云うご事情でしたか。そのマジマさんはカンナメの番頭をされているとの事ですが、カンナメには他に務められている方はいらっしゃるんですか?」

 

「アンタら、はちのすに泊まってるんだろ? おばちゃんやナガルのおっさんからはそういう話聞いてないのか?」

 

 横に座るアンザン君の顔を見ると、彼は無言で首を横に振った。

 

「ええ……自治会の方々も含めてそうなのですが、カンナメについては余所者に語りたがらない雰囲気が有りまして……それで困って若い皆さんにお声を掛けたと云う事情も有るのです」

 

 これは若干盛った話だったが、アカヌタの感情に訴えるには多少の効果が有った様だ。

 

「そうかい。まあ、そういう事ならある程度は話せるよ。なんせ、アンタらには早いとこ調べをつけて貰わにゃならないんだからな。ただ、おっさんらがビビるのも分からんでもないんだ。今の代のマミュウダになって相当締めつけが厳しくなったし、先代と懇意にしてた連中は特に肩身が狭くなってるみたいだからな」

 

「マミュウダ、と仰いましたか。それは神社の宮司の名ですか? 先代、そして今の代と云うのは……?」

 

「ああ、そこから説明しなけりゃか? 宮司の名は代々マミュウダで、名も立場も世襲なんだ。宮司は村の女を取っ替え引っ替えでよ。今のマミュウダは元々オドシって名前で、先代の長男なんだが、これが妾に産ませた子だったのさ。んで、ハラ違いの弟が嫡子で生まれてよ。これが跡を継ぐって話になって、兄貴のほうは大分捻くれて仕上がっちまったらしいんだ。結局その弟が死んじまったもんだからオドシがマミュウダを継いだんだが、おかげで色々と大変なんだよ。次の後継者もまだ生まれてねェし」

 

 込み入った事情は有る様だが、この話で重要なのは、宮司が代々継いでいるのが「マミュウダ」と云う名である事だ。これが古い村名である豆生田から由来するものでなく、或る特定の家柄を表すものだとするならば、今後のカンナメ調査の重要性が更に増す事になるだろう。

 

「所で、カンナメにはイナハチ神社なる名称の神社が在ると聞きましたが、マミュウダはそこの宮司と云う事で間違いは無いですか?」

 

「うーん、間違いではないけどな。イナハチ神社はオウミヤ様の色んな分身たちをまとめて祀ってる神社で、勿論マミュウダはそこの宮司でもある。だけどオウミヤ様の御神体は更に奥のネノタキ神社にあるんだ。うちの村で単に神社っつったらネノタキ神社のことなんだよ」

 

「ネノタキ神社……ちょっと待って下さいね」

 

 素早く古地図を取り出して、付箋を付けた当該ページを開く。地図に記載されている奥棚地区の神社仏閣は全部で五つ。地区内を唯一南北に走る市道沿いに南から、稲八酉天神社、豆生田神社、猿田彦神社、二十四天神社、酉上阿弥陀堂となっており、ネノタキ神社と読めるものは無い。念の為、周辺の地名や施設名も拾ってみたが、それらしきものは見当たらなかった。

 

「これを見て下さい」

 

「なんだこれ、地図か?」

 

「この辺りの昔の地図です。ここが私たちが今居る場所で、この線が参道」

 

「へェー……大まかな地理やら歴史やらなんかは真木寮で教わったけど、このへんのここまで細かい地図は初めて見たなあ……」

 

「イナハチ神社がここです。とすると、そのネノタキ神社は何処になりますか?」

 

「いやあ、俺も滅多な事じゃ行かねェからよ……だがまあ、ここを曲がってこう行くと……この辺りになるか?」

 

 そう言ってアカヌタの指が示したのは豆生田神社の文字だった。ネノタキ神社とはこの神社の事なのだろうか。土地の名を冠する神社。すると、宮司マミュウダの名は土地の名、若しくは神社の名から取っただけのものなのかも知れない。

 若干の落胆を感じながらも、私は質問を続けた。

 

「豆生田神社と云う名に聞き覚えは有りますか? または、ネノタキ神社が他の名前で呼ばれていたりだとか」

 

「俺が生まれた時からっつうか、爺さん連中が生まれる前からネノタキ神社だったんじゃねえか? マミュウダは宮司の名前だけど、マミュウダ神社ってのは聞いたことねェな。真木寮の先生方なら分かるかもしらんが」

 

 状況としては、かつての豆生田神社こそが当代に於けるネノタキ神社だと思えるが、確証は得られない。ただ、老人たちが生まれる前、つまり80年近く前には既にネノタキ神社と呼ばれていた様だ。そして、古地図にも載っていないとすると、その起源は恐らく大破壊の前後。このオウミヤ様信仰の始まりと時を同じくしていると想像出来る。

 そして今のアカヌタの話にはもう一つ気になる部分が有った。

 

「先程、爺さん連中と仰いましたね。今朝方ウツキさんと云うご老人と行き逢いましたが、村には他にも年配の方々がいらっしゃるんですか?」

 

 村に老人が少ない、と云うのは午前中にウツキ翁を見て気付いた事だ。ただの気の所為かも知れないが、細かな疑問は可能な限り潰して置きたかった。

 

「いるよ。70超えて村内に残ってるのはサユキって婆さんとリューヤって爺さん、後はウツキの爺さんだけかな。他は皆カンナメに上がってクエビコになってる」

 

「クエビコ?」

 

「おう、御徴(みしるし)が顔まで出るとよ、村にいられねえんでカンナメで宮司の手伝いをすんのよ」

 

「ちょっと待って下さい。御徴とは?」

 

「まあ見た目アザみたいなもんよ。んで、その宮司の手伝い、確か今は十人いないくらいか? ま、その宮司も含めてオウミヤ様のお世話をする係がクエビコってんだ。大抵は爺さん婆さんなんだが、若くしてなる奴もいる。アニキなんかはよ、その有望株だったんだぜ。それなのによぉ……」

 

 思い出した様に悲嘆に暮れるアカヌタを見るともなく見ながら、私は初日の夕方にハバキに会った時の事を振り返っていた。

 私に向かって凄むハバキ。逆立てた髪にライダースジャケット。そして首筋から覗く彫り物。いや、あれは本当に彫り物だったのだろうか──

 

「貴方たちにも御徴とやらが? 是非それを見せて頂けませんか。少しで構いません」

 

「いやいや、そいつぁあ無理だ。俺らはマミュウダの奴は怖くないが、オウミヤ様はさすがに怖え。しきたりでヨソ者に御徴は見せられねェんだ」

 

「そうですか……」

 

 残念だが、今は焦る時では無いだろう。寧ろ、折角上手く話を引き出せている所に無理強いをして、臍を曲げられてしまっては堪らない。

 

「村の人間には全員に御徴が出るものなんですか?」

 

「ああ、大体な。でも個人差が結構あるんだよ。一番凄えらしいのは宮司でよ。あれはやっぱり血筋なのかねえ。でもヨソの出の者だって長く村にいると出てくる場合があるんだ。で、逆に村から離れると薄まったりしてな。だから俺らは言ってんだ、これはオウミヤ様の恵みと俺らの信心の証だって」

 

 御徴。オウミヤ様の恵みの証。信心の証。村に留まる者に顕れるもの。それは余所者にも──やがては私たちにも?

 

「そういや、マジマさんには御徴が出てないらしいんだ。前に川で水垢離してるのを見たって奴がいてさ。あんな近くでオウミヤ様に仕えてるのにな。もしかするとアニキはそこも気に入らなかったのかもなあ」

 

 御徴が私の想像通りのものであるならば、それが顕れない事には理由が有る筈だ。ただの個人差と云うだけでない、他の明確な理由が。このマジマなる人物、注意して置くべきかも知れない。

 

「少し話を戻しますが、ハバキさんを殺害したらしき人物について、アカヌタさんは自治会の仕業だと仰ってましたね。自治会と云うと、世話役のバンショさんなら私も面識が有りますが……」

 

「バンショのおっさんもウルセえが、村の役の連中は揃ってアニキを煙たがってたんだ。おっさん連中は頭が固いし、動きもトロい。アニキも俺らも、それにイラついてさ。丁々発止、大分やり合ったもんだ。ただ……アニキはよ、ちょっとやり過ぎたのかもしんねェ……」

 

「やり過ぎた?」

 

 私の返しにアカヌタは頷きもしない。ただ黙って床の一点を見詰めている。質問を変えてみるべきか。

 

「先程別の方が仰っていた、マジマさんが下手人と云う説は無いものなのでしょうか」

 

「……普通ならありえねぇと思う。でも、正直なとこ言うと、最近のアニキは普通じゃなかった。前と比べて一人で動くことも増えて、武器なんかも集め出して……雰囲気がやべえっつうのかな、俺でもゾっとするような瞬間が何度もあった。流石に全部は語れねえが……アレをどうにかしようって、自治会なりマジマさんなりが動いたっていうなら無い話じゃねえ。でも何も殺さなくったってよ!」

 

 アカヌタはハバキを慕っているが故に下手人と信じる自治会を追求しようとしているが、彼の中にもハバキに対する幾許かの不信が在った。それらが葛藤しているのだ。

 

「ハバキさんの変化の切っ掛けについて、何か思い当たる事は有りませんか?」

 

「変化か……最近は御徴が前より強く出るようになったって言って喜んでたよ。これでマジマさんを見返してやるなんてことも言ってた。でもマミュウダなんかはもっと強い御徴が出ているし、他のクエビコたちだってそうだ。アレが原因だとは思えんが……」

 

「他に思い当たる事も無いと」

 

「ああ……」

 

「武器を集めていたそうですが、保管は彼のご自宅に?」

 

「武器……あ? ああそうか、あの野郎!」

 

 アカヌタは俄かに熱り立ち、今にも部屋を飛び出さんばかりの勢いだ。

 

「ちょ、ちょっとアカヌタさん! どうされましたか」

 

「アニキはエンシオの奴から武器を買ってた。アイツが変なことを吹き込んだに違いねぇんだ!」

 

「エンシオ? 古道具屋の?」

 

「ああ、知ってるのか? 皆アイツとは時々取引してたからよ。今まで大して気にしてなかったが、そういえばアニキはここ最近やけにアイツんとこに出入りしてたんだ。武器を仕入れてそのまま預けたりとかよ」

 

「エンシオって、宿の自販機とかスナックの看板とかを仕入れてた奴か」

 

 アンザン君もその名は覚えていたらしい。確か住民との交流がそれ程無い男と云う話だったが、どうやら村内に於ける闇屋の様な存在だった様だ。

 

「少なくともアイツは何か聞いてるハズだ。吊るし上げて吐かせてやる」

 

「でしたら! それは私たちに任せて貰えませんか?」

 

 据わった目のままゆっくりと部屋を出て行こうとするアカヌタを呼び止め、私はエンシオへの追求を買って出た。彼等のこの様子では、貴重な情報を持つ可能性の在るエンシオを私刑に掛けて殺してしまい兼ねない。

 

「アンタらが……?」

 

「ええ。下手人探しは私たちが請け負った仕事ですから。なんの、私も隣の彼もベテランのハンターです。プロの手練手管をお見せしますよ」

 

 

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