崩え彦の跛行   作:瓜生褄久

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第六章 往きて、還る(3)

 

 

2134年 9月30日 午後2時39分

エル・ボスコの村 エンシオの店敷地前

アンザン

 

「プロの手練手管ね……先生もなかなか言うもんだね」

 

「あの場はあれくらいの大見得を切らないと収まりませんでしたから。ま、今日の所は普通に話を聞いて置きましょうか」

 

「村の人間関係には興味なさそうにしてたわりには、けっこう頭を突っ込むんだな」

 

「ちょっと気になる事が有りましてね。俄然やる気が出てきましたよ」

 

 とぼけた男だ。だが、時どき見せる表情のかげりからは、闇とでも言うべきか、この男が抱えるなにか重たいものの存在を感じる。それが彼の探しものに、そしてこの調査にも関わるものだというのは、俺の中で確信に近いものとなっていた。

 こいつの過去に興味はある。だが、詮索するのはためらわれた。行きずりの人間が立ち入っていい領分ではないと理解したからだ。今は、一緒に仕事がこなせればそれでいい。それに、この案件を追うならば、その「なにか」はやがて明らかになっていくだろう。

 

 

 

 家具工場から参道を渡って南の山すそ、ほかの民家や施設からはだいぶ離れた場所にエンシオのヤードはあった。山を背にしたそこそこの広さの土地が亜鉛メッキの鋼板に囲われ、のどかな田舎の風景からそこだけがずいぶんと浮いて見える。

 参道から南にのびるクルマ一輌分ほどの幅の舗装道路はそのままヤードの東側に設けられたゲートの奥へと続き、それがさらにヤード内部でいくつかに分岐しているようだ。

 ゲートの脇にはあかりの消えたネオンサインでなにやら文字がかかげてある。字面は「欢迎光临」

 

「漢字らしいが、読めんな」

 

「私も読みは分かりませんが、歓迎を意味する言葉だった筈です。街の商店などでも偶に見掛けますよ」

 

 そう言われてあらためて見ると、どことなく見覚えがあったような気もしてくる。

 

「歓迎か。どうも、そういう雰囲気でもなさそうだがな……」

 

 俺は、正体の分からないガラクタがあちこちにつみ上げられ、広さのわりに人気をまったく感じないヤードに、どこか拒絶されているような印象を受けていた。

 エンシオは村の出身ではない。もともとは村に時おり立ち寄るトレーダーのひとりだったそうだが、そのうちにこの一角に居着いて、今では村の住民たちや、村をおとずれるほかのトレーダーやハンターを相手に商売をしているようだ。

 仕入れのために長期でヤードを留守にすることも多いそうだが、自治会からの達しもあってか、ここに盗みに入るような者は村内にはいないと聞く。むしろ近隣の住民などはゴロツキまがいのハンターらが侵入しないようにと、目を光らせているくらいだという。

 ボルデカミーノなどのよその町や村がおもな商品仕入れ先とのことだが、実はひそかにソシモリに出入りし、そこで発見した遺物を売っているというウワサもある。

 ただ、出かけ先がどんな場所であれ、留守の場合はゲートが閉じているそうなので、彼は今もヤード内のどこかにはいるのだろう。

 その敷地内に足をふみいれた俺たちがまず目にしたのは、コンクリートづくりの丸いため池だった。それの規模は小さく、外部から水が流れ込めばすぐにでも満タンになってしまいそうなシロモノだ。

 ふちの側面には金属製の丸いフタがついていて、そこが開いて水が入るつくりと思われるが、フタは錆びて固まっているようにも見える。どうやら今では利用されていないものらしい。

 万が一オーバーフローした分の水はフタの反対側のふちにある排水溝から逃げて、山側の建屋に向かって流れる仕組みのようだ。本来うめられていたであろう太いコンクリートの管が、ところどころで地面から顔をのぞかせながら建屋へとつたっていた。

 ため池の底へは、後づけらしきハシゴとポンプ用と思われる太いホースがのびている。エンシオはため池に流れこんだ雨水をなにかの用水として利用しているのだろう。

 

「この溜池とあちらの建屋は大破壊前からの施設の様ですね。他のバラックやプレハブ住宅は比較的近年建てられたものでしょう」

 

 そう言いながらタケウチは、ため池のつくりを興味深そうにながめては勝手にあれこれとさわってなにかをたしかめている。

 

「建屋が気になります。行ってみましょう」

 

「おい、目的忘れてないか? ……ったく、しょうがないな」

 

 先走るタケウチの背を追おうと建屋に顔を向けると、ふと目のはしに入った足元の金属プレートに、見覚えのあるマークが刻印されているのに気がついた。

 

「お、ここにも、マル書いてちょん、か……」

 

 

 

 遅れて建屋の近くまでやって来ると、タケウチはすでにコンクリート壁に取りつけられた鉄扉のドアノブに取りかかっていた。

 

「お、開きそうですね」

 

「おいおい、しかられるぞ」

 

 その時、建屋の右隣りにあるバラックから男がヌッと顔を出し、そのままこちらにツカツカとせまってくる。

 

「入るな! ……客か?」

 

 少しカンにさわる高い声。亜麻色のクーフィーヤを頭にかぶり、くちヒゲをたくわえた、いかにもトレーダー然とした中年の男。彼こそがエンシオなのだろう。

 

「うちの連れが勝手にすまないな。アンタがエンシオさんか」

 

「だから誰なんだ、お前らは。見たこと無い顔だが……ハンターか?」

 

 近づく俺にふりむいたその顔は、あやしむ気持ちを隠そうともせずにゆがんでいる。

 

「ああ、ハンターだ。ハバキの件で来た」

 

「ハバキだと?」

 

 エンシオは俺とタケウチとを交互に見やった後、無言で手まねきをしながら出てきたバラックに戻っていく。

 

「こっち来いってか」

 

 俺はタケウチに目くばせをしてから、少しだけ表情を引き締めた。

 

 

   *

 

 

 バラックの中は窓も無いうえにあかりもつけられておらず、直接太陽に照らされた入り口まわり以外はうす暗く沈んでいた。壁面にはゆがんだスチール棚がならび、そこへ工具やら正体不明の機械類やらが雑につっ込まれている。そしてその空間の一番奥には、ジャッキアップされて整備中と思われる、一輌のクルマの姿があった。

 

「汎用軽機動車ですか! いいですね!」

 

 意外にもタケウチがこれに食いつき、こちらをにらむエンシオのわきを通りすぎてクルマに近寄っていく。

 

「自衛軍が統合軍に編入される前から運用していた車輌ですよ。民生用のをスクラップで見掛けた事は有ったんですが、やっぱり軍用は造りが堅くて良いなあ」

 

「買っちまえ買っちまえ。ハンターがいつまでもクルマなしじゃあカッコがつかないだろ」

 

「おいおい勝手なことを言うな! これはウチのとっておきなんだ。簡単には売らんぞ!」

 

 俺のあおりにエンシオはひどくあわてた。話に聞く分、彼にはなんとなくやり手なイメージをいだいていたのだが、思いのほかコントロールしやすい性格なのかもしれない。

 

「ハバキの事で来たんだろう。奴がどうかしたのか」

 

 奴がどうかしたのか、か──どうもこの男は、ハバキがどうなったのかを知らないようだ。エンシオはもともと、村の連中との交流が限定的だったと聞く。昨夜の騒動でもお呼びがかからなかったのだろう。それとも、ただとぼけているだけなのか。

 俺はエンシオに、昨夜起きた出来事のあらましと、自分たちがそれについての調査を依頼された身であることを伝えた。彼は沈黙してはいたが、時どき視線をあちこちに動かして、どこか落ち着かない様子だ。理由は分からないが、あきらかに動揺している。これは問いつめがいがありそうだ。

 

「アンタの所によく出入りするようになってからハバキがおかしくなったって話も出てる。それにアンタ、近ごろ奴に武器を売っていたそうじゃないか。使いみちはなんだったんだ?」

 

 俺の質問に対してエンシオはだまりこくり、じっとりとした目つきで見返してくるだけだ。

 

「おい! 聞いてるんだ!」

 

 怒声をあびたエンシオは少し嫌そうに顔を引きつらせ、それから手指で輪っかを作ってそれを俺に差し出した。コイツはなんと、金を要求しているのだ。

 

「この野郎……」

 

「取引が俺の生業だ。そして情報もまた商品。支払うもの支払ってくれるなら、お前らともトレードしてやるよ」

 

 なんとか不敵な顔をつくってみせたエンシオに対し、俺はやや芝居じみたため息をひとつついてやる。

 

「大した商魂だが、今はもう、そういう状況でもないんだ。じつを言うと、アンタを吊るしたがってる連中がいる。どうやらハバキの死に一役買ってると思われてるみたいだな」

 

「馬鹿な! 俺は奴が死んだのを今聞いたくらいなんだぞ!」

 

「アンタがいうなら、そうなのかもな。だが、向こうさんはそれを信じないだろう」

 

「ハバキを慕っていた者たちは下手人探しに躍起になっています。ある種の集団ヒステリー状態に陥って、喪失感を血で満たそうとしているのです。このままでは丁度良い生贄が現れるまで止まらないでしょうね……」

 

 だまって会話を聞いていると思われたタケウチが突然、芝居がかったおおげさな調子で追い討ちをかけてきた。コイツも意外といい性格をしている。

 

「俺たちはアンタがハバキを殺したなんて思っちゃいねえよ。でも本当のところ、遠い原因てやつはあるんだろ? アンタ自身はそれをわかってるはずだ」

 

「今のハバキの支持者たちにとっては、それだけでも貴方を殺すには充分な理由ですね」

 

「だが、俺たちはアンタの命に興味はない。そのホントのところってのがわかれば満足なのさ。だから、詳しい話さえ聞かせてもらえりゃ村の連中に口をきいてやってもいい。これは取引だ。アンタが好きなヤツだろう?」

 

 光のないエンシオの目が、さらに死ぬ。俺たち二人からたたみかけられ、エンシオはもはや反論の糸口を探すことすらあきらめたようだ。どうやら取引は無事に成立したらしい。

 

 

   *

 

 

「なあ……くれぐれも頼んだぜ」

 

 別れぎわ、エンシオは哀願するような目でうったえてきた。

 

「まあ、まかせな。だが戸締りはきちんとしとけよ。みんな気が立ってるんだ」

 

「あ、ああ……」

 

 追いつめられて情報をはき出しきったエンシオは、はじめて目にした時とくらべて、どことなくしぼんで小さく見える。

 

「い、入り用があればまた寄ってくんな。アンタらには安くしとくからよっ」

 

 こびを売るエンシオに俺は片手で返事をし、タケウチとともにその場を立ち去った。

 

 

 

「置いてある品物をもう少し見て回りたくはありましたね」

 

「先生の好きそうな物がならんでたもんな。だがアカヌタがしびれをきらしてもマズイ。とりあえずはヤカラどもに報告だ」

 

 エンシオへの聞き込みでは一定の成果が得られた。

 まず、ハバキがエンシオから武器を購入していたという件。これは事実であり、ハバキが購入した火器類はエンシオの貸し倉庫内に現在でも保管してあるとのことだ。

 ただ、一部の装備品は持ち出したままになっているらしい。その目的については不明だが、マジマへの不満をエンシオにも語っていたらしく、マジマの暗殺や若衆を巻き込んだクーデターを画策していた可能性もあるという。

 これに関連して興味深いのが、酒場で会ったハンター三人組の動きだ。三日前、村に到着してからドライブインに寄った連中──名はそれぞれ、ビサド、チュエン、ネオというらしいが──やつらは、その後エンシオのヤードをおとずれ、敷地内の簡易宿泊所を利用したというのだ。その翌日、つまり俺たちが到着した日の夜には、承知のとおり「スナックがぁる」に寝ぐらを移している。

 重要なのはさらにその翌日、つまりハバキが殺害された日の昼間に、ハンターたちとハバキがヤードで接触していたという事実だ。エンシオが気づいた時には四人の姿はなかったそうだが、連れ立ってどこかへと向かった可能性は高い。

 ちなみにエンシオはソシモリへの侵入については否定していた。実際のところはどうかわからないが、さすがにこの村に身をおく者として、禁忌を犯しているとはそう堂々と告白できないのだろう。タケウチはいやにしつこく問いただしていたが、とうとう口を割ることはなかった。

 以上がエンシオとの「取引」で得た情報だ。奴が保身にはしって口をつぐんでいる部分もあるだろうが、ソシモリの件以外ではほぼ嘘を言っていないと感じる。

 ハバキのクーデター疑惑やマジマへの言動については慎重に取り扱うべきだが、ビサドら三人組の件は報告しておいたほうがいいだろう。今回の事件に関して、ロメルダたちキャラバンのメンバーにも村人たちの疑惑の目が向いている。それをある程度ふりはらう材料にもなるはずだ。仮にビサドたちがシロだったらお気の毒さまな話だが、タケウチも奴らこそが下手人ではないかとあやしんでいたらしく、この情報を流すことには前向きだった。

 

「報告が済んだら酒だな。今日はモジョバターでカミカゼラムだ」

 

「私はトカゲソを肴に十倍醸造・無重力といきますかね。今日は早い所呑んで、早めに寝ましょう」

 

 いずれはビサドらの身柄の確保あるいは生死の確認も必要になるだろうが、今のところはこれ以上動いても見返りが少ないだろう。ハバキの遺体探しについても、ビサドらのゆくえ探しについても、タケウチが申請中であるというカンナメの調査許可がおりるのを待つほかないのだ。

 

 

 

210X年 9月XX日 午後X時XX分

カミシアの村 廃神社

タケウチ

 

 木々の間から差し込む強い夕陽に因って黒と橙の二色に塗り分けられた世界。

 ブロック塀に囲まれた敷地の隅、追い詰められた白蛇の前に私は立っている。右手に握るのは小枝を打ち払って誂えた木の棒。それを高く掲げ、振り下ろす。

 

 ──右手だと?

 

 強かに打たれた白蛇は、草叢の上をのたうち回る。鱗が幾箇所も剥がれた痛々しい姿の蛇は、更に口からも血を吐く。

 白蛇は攻撃から逃れようとブロック塀に生えた塩ビパイプの中に逃げ込んだが、私はそこに木の棒を突っ込み、執拗に蛇を痛め付けた。

 

 ──何故、ここまでするのか。

 

 我が事ながら、そう疑問に思った。

 

「きにいらないんだ」

 

 私は棒でパイプの中を何度も突きながら、そう言った。

 

 ──気に入らない。何を?

 

 そして私が、私に振り返った。

 

 

 

2134年 10月1日 午前9時27分

エル・ボスコの村 公会堂 談話室

タケウチ

 

 カンナメ調査の許可が下りたとの知らせを持って公会堂事務員のイブカイが宿を訪れたのは今朝の8時半頃。朝食後に本日の調査予定について話し合っていた私とアンザン君は、急いで仕度を済ませてバンショの待つ公会堂へと向かった。

 バンショからはカンナメを調査するに当たっての諸注意を事細かに指導されたが、要約するならば、同行する案内役の指示に従え、との一言に尽きる。その案内役とは10時にカンナメの入口にて落ち合う約束になっているらしい。そろそろ向かうべき頃合いだ。

 公会堂内の談話室から出た所で、先頭を歩いていたバンショに駆け寄る者が有った。

 

「ラアが見つかりました! 今、クエビコらが追い立てて……」

 

 現れた人物──初めて目に掛かる青年は、バンショの後ろに付いて歩いていた私たちに気付き、話し途中だった口を噤む。

 バンショの強張った顔が一瞬こちらに視線を送り、また前に向き直った。

 

「あ……来客中失礼しました」

 

 青年は目を伏せながら小さい声でそう言うと、我々の横を通り過ぎ、廊下の奥へと走り去った。

 

「今のも雑用を手伝ってくれている一人でな。いや、失礼した」

 

「彼、随分と慌てていた様ですね」

 

「ラアとか言ってたな。なんなんだ?」

 

 アンザン君は私が聞くか聞くまいかと迷った事を憚らずに質問した。クエビコの名が出ているからにはカンナメ絡みの繊細な事案であるのは間違い無い。だからこそ青年は私たちに聞かれまいと配慮したのだろうし、私も追求するのはバンショの反応次第でと思っていたのだ。だが、既に口火が切られてしまったならば仕方が無い。

 

「クエビコ……とは、カンナメの神職の呼び名ですね。カンナメ内で何か問題が?」

 

 バンショは「むう」と唸った切り黙りこくって、暫く間を置いてから観念した様に口を開いた。

 

「ラアはこの辺りに棲息するモンスターの名だ。先程カンナメで見つかったようだが、詳しい事は分からん。調査への影響についてもどうなるか私には判断出来ん事だ。ひとまず集合場所まで行って、そこで指示を仰ごう」

 

「俺もながいことハンターやってるが、聞いたこともないモンスターだな。さっき、見つかった、だなんてもともと探してたような言いかただったが、そこはどうなんだ?」

 

 ずけずけと質問を重ねるアンザン君に対し、バンショは無視を決め込んだらしい。彼はもう振り返る事も無く、私たちの先を足早に歩き続けた。

 

 

   *

 

 

 私たち三人は無言のまま並んで歩き、やがて村の居住区と禁足地とを繋ぐ橋に差し掛かった。一昨日アンザン君はこの先にまで足を伸ばした様だが、私は初めてここを渡る。

 

 ──これが要川か。

 

 橋の下を流れるのは古地図にも記載されている要川だ。要山周辺の山々を水源として、やがてはヒ川へと合流する川である。

 欄干に沿って歩きながら、ふと下を覗いてみると、橋全体が水門の様な仕組みになっているのに気が付いた。

 

「これは水門ですか。今でも使われているんでしょうか?」

 

「昔は流れを分ける為に使っていたという話だな。今では機械が壊れて開きっぱなしさ。まあ、水が減ってしまって、流量調整をする必要も無いがな」

 

 黙っていたバンショが久し振りに口を開いた。村についての説明となるとやや饒舌になるのは、その立場故だろうか。

 改めて下を覗くと、水門近くの水路の壁面に金属製の大きな丸蓋が見える。昨日エンシオのヤードで見た溜池の蓋と似た造りだ。もしかすると、かつてはここからあの溜池まで通じる暗渠が活用されていたのかも知れない。

 

「さて、そろそろだ」

 

 橋を渡り切り、カンナメへと向かう為の曲がり道が見えてきた。道を少し入った辺りには人影が一つ確認出来る。

 人影に向かい一礼するバンショに倣い、私も軽く頭を下げる。相手はそれを受けて頷いた様にも見えた。

 

「マジマさんだ。急ごう。待たせるな」

 

「あの人がマジマ……」

 

 近付くに従ってその姿がはっきりとしてくる。身の丈は大柄なアンザン君の更に拳一つ分は余計に在るだろうか。がっちりとした身体に神職らしく袴を穿き、膝下には脚絆を巻いてブーツ履きの足元をすっきりとさせている。年齢は凡そ四十前後。顔付きは精悍そのもので、しっかりとした顎と短く刈った黒髪に力強さが滲み出ていた。

 バンショは一足先にマジマに駆け寄り、何事かを語り掛けている。話しているのは、先程の「ラア」の件だろうか。段々とその会話の様子が聞こえてくる。

 

「……に……は必要ない。後はこちらと、お客人が判断する。世話役は村に戻って貰って構わない」

 

「は……」

 

 マジマの言葉を受け、バンショは素直に身を引き、今度は私に耳打ちをしてくる。

 

「くれぐれも粗相の無いようにな」

 

 そう言い残して、彼は橋を渡って村に戻って行った。

 

「聞いているだろうが、ここには化け物が出る。特段心配は要らんが、不安なら去れ」

 

 マジマは私たちにそう告げると、その意思を確認する様に目を見据えてきた。そして「付いて来い」とだけ言い残して、ゆったりとした足取りで木々の茂るカンナメの奥へと歩き始める。

 私たちは、彼との間を少しだけ空けつつ、その背を追った。

 

 

   *

 

 

 行く道には微かな、何処かで嗅いだ覚えのある香りが薄っすらと漂っていた。香りを辿る様に視線を走らせると、前を歩くマジマの左手に小さな筒が提がっているのが見える。

 

「香炉ですかね。さっきからの香りの元はあれかな」

 

 横を見ると、アンザン君が鼻をすんすんと鳴らしている。

 

「これは……モンスターよけのスプレー剤とおんなじ匂いじゃねえか?」

 

 私も彼に倣って再び香りを嗅ぐ。言われてみると、アンザン君の言った通りの様な気がしてくる。

 

「市販のスプレーと似た成分を持つ薬草を焚いている。臭うか?」

 

 マジマが前を向いたまま言った。

 

「あ……いえいえ。これは、例の化け物対策ですか」

 

「気休めだがな。まあ、出たら返り討ちにでもしてやれ。ハンターらしくな」

 

 余りに普通の調子で言うので困惑したが、恐らく半分は冗談なのだろう。だが、半分は真実でもある。いざとなれば我々だけでモンスターとの白兵戦を覚悟せねばならないのだ。

 私の得物は対小型モンスター用に最低限の攻撃力を担保するマグナム拳銃一挺のみ。アンザン君も腰に拳銃を提げているが、実弾銃か光線銃かなど、その種類までは聞いていない。

 

「少し軽装でしたかね」

 

「いやあ、バズーカ砲かついでくるわけにもいかないだろ。ここは案内人さんに守ってもらおうや」

 

 マジマの背にはスリングで吊られたアサルトライフルが鈍く輝き、その先端にはグレネードランチャーをも取り付けられている。並みのモンスターならば物ともしないだろう。

 

「構わんが、そう思うなら俺から離れない事だ。あちこち見て回りたいだろうが、先ずは本殿に行き、そこでマミュウダ様にお前たちを見定めて戴く」

 

 てっきり調査の許可が下りたかと思っていたが、どうやら最後の面通しが残っていたらしい。

 

「そちらのカタワがタケウチだな。もう一人は……」

 

「アンザンだ」

 

「ふむ、そういう名だったか。中々勘の利く男のようだな。頼り甲斐がありそうだ」

 

「頼りがいだと?」

 

「調査に寄って貰ったついでで悪いが、俺からも一つ頼み事があってな。だが、マミュウダ様への拝謁が先だ。その後で詳しく話そう」

 

 そう言った切りマジマは口を閉じ、再び黙々と、木々に覆われ岩壁と崖とに挟まれた舗装道路を歩いて行く。それを追いながら、私は並んで歩くアンザン君の様子を横目にちらと見た。そこに有ったのは、何かを警戒する様な眼差し。彼から鋭く放たれた視線は、マジマの後ろ姿に向かって注がれていた。

 

 

   *

 

 

 山の斜面沿いの道を歩いて数分。右手側の岩壁が急に開け、高台へと続く曲がりくねった緩やかな坂が現れた。道路との境界には門扉のレールらしきものだけがその痕跡を残しており、かつてはその門を管理していたであろう守衛詰所らしきコンクリート製の小屋が道脇に一棟立っている。

 坂を登り切った先はかなり広い平地になっているらしく、この一帯だけが樹木に陽射しを遮られる事無く明るく光を湛えていた。もし、この場所を上空から見たならば、木々に覆われた山の中腹にぽっかりと穴が空いた様に見える事だろう。

 

「山の奥にこんな場所が在ったなんて。下からでは意外と分からないものですね」

 

 現在地を古地図に照らし合わせると、予想の通り、ここはかつての豆生田神社に当たる場所の様だ。しかしその事実が、今覚えた違和感を増幅させていた。大破壊以前から存在する神社にしては、敷地の造りがそれらしく無いのだ。私も専門の知識が有る訳でも無い為、具体的に何がとまでは言えないが、確かに何処かがおかしい。

 前を行くマジマは、詰所内の人影と一言二言を交わして、そのまま坂を登って行く。続く私が歩きながら詰所の中を見遣ると、暗がりの中に立つ、白い頭巾で顔を覆った人物が目に入った。それは私の視線を避ける為か、少し顔を伏せる様にしながらすっと身を引いて奥の暗がりに隠れた。

 

 ──あれがクエビコ、カンナメ入りした村の老人か。

 

 一瞬だけ目に映ったその姿を頭の中で反芻させながら坂を登り切ると、アスファルト舗装された広く平坦な敷地に出た。あちこちに薄っすら残る白線の跡からは、ここがかつては駐車場であった事が窺える。敷地はここよりもう一段高い場所にも広がっているらしく、そこに登る為の階段とクルマ用の傾斜路が幾つか見えた。

 私とアンザン君が辺りを見回している間に、マジマは敷地入り口から真っ直ぐ正面の階段をさっさと登って行ってしまう。追い掛けて階段を登り、直ぐ目に入ったのは敷地の右手側、山裾に構えられた一基の朱い鳥居。その構えの奥には、階段が木々の間を縫いながら山頂に向かって延びている。あれがネノタキ神社の本殿に繋がる道なのかも知れない。

 その鳥居と向かい合うのは、角張った造りをした薄灰色の平屋の建物。神社の敷地内に立つからには社務所の一つかと思われるが、それにしては意匠が近代的過ぎる様にも感じられる。大破壊前にはこう云った様式が好まれた時期も在ったのだろうか。

 敷地内を奥へと進むに連れて、この場所に対する違和感は更に増していった。場の広大さに比べて建物の規模は小ぢんまりしており、配置も何処か奇妙だ。敷地の更に奥の山際には倉庫の様な建物も見えるが、こちらは逆に矢鱈と立派で、小さな社務所と鳥居の先に在るであろう神社の本殿の為のものとしては、些か大袈裟に見えた。

 思えば下の駐車場の広さも異常だ。大破壊以前に地価の低かった辺境の施設の遺構が広大な駐車場を擁している事自体は然程珍しくも無いが、この様な山中を平地に造成してまで大きく広げるものだろうか。

 豆生田神社は、元より大勢の人間が集まる特殊な宗教施設であったのかも知れない。若しくは、この様相となったのが古地図の出版後──即ち大破壊の直前の時期だった可能性も在る。

 疑問は尽きないが、私とアンザン君は、無言のまま歩むマジマの後ろ姿に、ただ着いて行く事しか出来ない。辺りは静まり返り、微かな鳥の声や虫の音以外には、私たちの足音だけがアスファルトに硬い音を立てている。

 カンナメには幾人ものクエビコが居る筈なのだが、敷地内に人の気配はまるで感じられない。皆、見えない場所でそれぞれの仕事に従事しているか、将又珍しい来訪者たちを何処からかじっと観察しているのか──

 やがて鳥居を潜る。その造りは、コンクリートの土台に突き立った二本の重量鉄骨の間に木材が渡してあると云うもので、全体が鮮やかな朱色に塗られ、比較的近年に建造または補修が為されたものと見受けられた。正面の額には「子ノ滝神社」の文字。正しくここがネノタキ神社の入り口なのだ。

 隙間をモルタルで埋めた石の階段を、一歩一歩上りながら周囲を見渡してみる。石段の両側の斜面には、木々が生い茂っているが、それらはカンナメの道中に見たものよりも、やや細く真っ直ぐに立っている様に感じられる。ここだけ植生が違う──いや、ただ単に他より木が若いのかも知れない。

 私はつい先程潜った鳥居を振り返り、見た。伝統的な大破壊前の神社の様式とは異なる造りの鳥居。神社の敷地にそぐわない外観の建物。生まれてから月日の浅い森。私は昨日真木寮で交わしたグミザワとの会話を思い出していた。新しい神への信仰──そしてその利用。

 

「あの、マジマさん」

 

 足を早め、先往く彼の背中に問い掛けるも、返事は無い。

 

「このネノタキ神社が創建されたのは、そう古い時代では無い様ですね」

 

「何故そう思う?」

 

 私の言葉に若干の興味が湧いたのか、だが、振り返りもしないままにマジマが聞き返してくる。

 

「私の生まれ故郷やその後を過ごした場所は、何れも大破壊前の神社や仏閣が多く残る土地でした。仕事柄、宗教施設の遺構を調査する事も多い。どうもここは私の知る伝統的な神社の造りとは一風変わって見えるのです。何と言いますか……神社を良く知る者、しかし専門家でない者が見様見真似で作った様な……」

 

 そこまで言って、自分が神職に対して酷く失礼な言葉を吐いていると気付いたが、ここまで来たならば最後まで言い切ってしまう他無い。

 

「また、ここは古地図には豆生田神社と記載されている場所です。元々宮司と関係の深い神社なのでしょうが、ネノタキ神社に名が改まったのは少なくともここ百年以内であるのは間違い無い。恐らく、その前後に大掛かりな土地の再整備が有ったと思われます。また、このカンナメの地には真木寮の本寮と呼ばれる施設も在ると聞きました。私の予想が正しければ、その施設の建設とこの土地の再整備は、凡その時期を同じくしている──則ち、真木寮と神社の由緒には何かしらの接点が有るのではないかと……」

 

 無言のまま私の仮説を聞いていたマジマが、不意に「くっ」と微かな笑いを漏らし、立ち止まってこちらに向き直った。

 

「成る程、勉強熱心で結構。だが残念な事に俺は、元々は余所者でな。ここの由来やら何やらには詳しくないのだ。まあ、それはそれとして、お前らにとって興味のある場所だというのは理解出来なくもないがな」

 

 そう言ってから顔を前に戻して、また階段を登り出す。

 

「ただ、余り色気を出さん事だ。俺も余計な仕事はしたくない」

 

 マジマのその言葉に脅してやろうと云う様な意地の悪さは全く感じられなかった。ただ我々と彼の関係に於ける当たり前の因果を確認したまでの事なのだ。

 この調査を突き詰めたならば、その先、彼は必ず障害として立ち塞がる。いや、彼ばかりでは無い。この村の住人の全てを敵とする可能性すら在るのだ。その様な状況を前にしては、覚悟や決意だけで無く、適切な手段も必要となる。それを今の内から練り上げて置かねばならない。

 石段は百段程を上った所で真左に折れ、更に数十段続く。最上段の左右には石柱が門の如く立ち、そこが聖域の入り口である事を示していた。

 やがて階段を上り切り、石柱の間に立つ。そこから見える光景、本殿の姿もまた異様だった。山頂は摺鉢状に窪んでおり、その中央に立つ社殿が屋根の上半分だけを覗かせている。窪みの周りに生えた木が窪み全体を覆っている為、まだ昼前だと云うのに辺りは暗く、特に社殿周りには殆ど直射日光が届いていなかった。

 社殿に続く道はやや急な下り坂となっているものの、しっかりとアスファルト舗装されており、転倒の心配は無さそうだ。摺鉢の底の際には建物をぐるりと囲む形で円周状の側溝が設けてある。摺鉢に溜まった雨水などはその側溝に流れ込んで、配管を伝って排水されるのかも知れない。

 本殿の造りそのものは一般的な社の体裁を踏襲しており、一見してシャクジンのそれをより巨大にした様な形状だ。

 私たち三人は、五段在るコンクリート製の階段から濡れ縁へと上がり、分厚そうな磨りガラスが嵌め込まれた格子の開き戸の前に立った。

 そこで再び、違和感が私を襲う。いや、先程まで感じていたのとは別種の、また違った違和感。この雰囲気、この空気。やはりおかしい。この場所にはまるで「違和感が無い」のだ。

 

 キン、コーン!

 

 マジマが開き戸の脇に取り付けられた呼び鈴のボタンを押すと、小気味の良い金属音が静かな山頂の摺鉢の中に反響した。

 暫くの間を置いて、正面の戸の片側がゆっくりと僅かにだけ開く。何者かが戸を開けた様だが、その人物は表に出ては来ず、奥へと引っ込んでしまったらしい。自分で入って来い、と云う意味だろうか。マジマに目配せをすると、彼は顎と目で私たちに先を促す。

 私は指示通りに戸を潜ろうとするが、アンザン君は何やらぼうっとした様子で上を見上げたまま突っ立っている。

 

「どうしました?」

 

「ん、いや別に。入ろうか」

 

 

 

 私とアンザン君が社の中に入った後、最後に入って来たマジマは、その戸を内側から閉めた。

 内部に広がるのは、ただ殺風景で薄暗い空間。黒ずんだ木肌が剥き出しの床、壁、天井。祭壇や神像を期待したがそれらも無く、簡素な神棚が最奥の壁に飾られているのみだ。

 正面、その部屋の中央に立つのは烏帽子を被り頭巾で顔を覆った人物。袴の上に黒い狩衣を纏い、手に笏を持って、足には足袋を履いている。元々上背の有る人物の様だが、天井に向かって伸びる烏帽子と、膨らんだ狩衣に因って、かなりの大柄に見える。私たちの背後に立つマジマと比べても大した貫禄と威圧感だ。これが宮司、マミュウダか。

 

「ハバキについて調べているハンターだな」

 

 少し鼻に掛かった、だがゆっくりと落ち着いた平坦な声。それが若干の冷たさを帯びていると感じるのは気の所為だろうか。

 

「タケウチと申します。こちらはアンザン。自治会からの要請を受けて、ハバキさんの遺体捜索を行っています」

 

「委細承知している。ハバキの生死がどうあれ、放置は好ましくない。マジマの監視付きであれば調査を許そう」

 

 ──随分と上から見る様な物言いだ。世話役のバンショが比較的気さくであった分、余計に尊大な印象を受ける。他の誰でも無く、彼こそが正しく村の統治者であり、彼自身もまたそれを自覚しているのだろう。

 

「有難う御座います。本日は宜しくお願い致します」

 

「ふむ……」

 

 折角マミュウダに会えるのであればと幾つか質問を用意してはいたのだが、どうもそれを尋ねられる様な雰囲気では無さそうだ。機嫌を損ねて調査をふいにしても詰まらない。どうやら継続して同行するらしきマジマから情報を引き出す方がまだ無難だろう。

 

「では早速調査に掛かりたいと思います」

 

 一礼をして場を辞そうとすると、マミュウダが一歩進み出る。

 

「まあ待て。最近はこの辺りも物騒だ。お前たちの滞在中の無事を祈禱して進ぜよう」

 

 彼はそう言うや笏を胸の前に掲げ、祈り言葉を呟き始める。私は目を閉じ、それに甘んじた。

 

「おんなみいたてえせえかるうん、おんのうみやてえせえかるうん……」

 

 

   *

 

 

 私とアンザン君、そしてマジマは、マミュウダの居る本殿を後にし、再び林道と神社敷地の境界まで戻って来ていた。

 

「さて、どっから調べる?」

 

 アンザン君の言葉を受け、私は北へと上っていく林道の先を眺めた。道は遥か先で木々の陰の中に消えている。

 

「マジマさん、真木寮の本寮が在るのはこの道の先ですか?」

 

「それに関してはノーコメントだ。手癖の悪いハンター共に荒らされては敵わんからな」

 

 マジマが意外にも戯けた調子で釘を刺してくる。彼は堅い立場ではあるが、先程の石段を上りながらの遣り取りを思い返しても、見掛けに拠らず融通の利く人物ではあるのかも知れない。

 

「では別の事をお聞きします。古地図に拠れば、ここを上がって行った先には神社や寺が三つ程在る様ですが、それらは現存しているのでしょうか?」

 

「……他は知らんが阿弥陀堂はある。だが中には金目の物は何も無いぞ。ガワだけが残って今は俺の寝床だ」

 

「阿弥陀堂と云う名はちゃんと伝わっているんですね」

 

「酉上阿弥陀堂というのだろう? まあ入り口にそう書いてあるからな」

 

 阿弥陀如来は、中世に於いて酉神権現とも呼ばれた鳥上山の神の本地仏であるとされていた。かつて、鳥上山の神を祀る酉上神社の分社の多くにはこの阿弥陀如来を祀った阿弥陀堂が併設されたが、或る時期に起きた仏教の排斥運動を境にして、その数を大きく減らしたのだと謂う。

 カンナメこと要山の酉上阿弥陀堂は独立した寺院の様だが、その名前から分かる通り鳥上山との関係は深いのだろう。だが、どうやら今では宗教施設としての役割を終え、ただの建物として残っているに過ぎないらしい。

 この村の宗教、恐らくは大破壊前後に生まれた新興のそれは、鳥上信仰の影響を多分に受けつつも、元となった神格や教義などは殆ど原型を留めていない。それは意図的なものなのか、それとも時の流れの中で風化したものなのか、その判別はまだ付かないままだ。

 

「寺に用事でもあるのか? お前らの仕事は遺体探しだろう」

 

「ああ、済みません。どうも仕事柄、大破壊前の文化や建物に目が無いもので。ましてやここは限られた人間にしか立ち入りが許され無い聖域ですからね。折角の機会、滅多にお目に掛かれ無い遺物を是非目に焼き付けて置きたいと……」

 

「ハバキの遺体はこんな所までは来んだろう。立ち入りを許しはしたが、調査の範疇から逸脱はするなよ」

 

「ええ、気を付けます。それでは事件現場とされるイナハチ神社まで、ご案内をお願いします」

 

 今ではイナハチ神社と呼ばれている稲八酉天神社もまた、鳥上信仰と関わりの有る神社だ。事件調査のついでに境内を色々と見て回りたい所ではある。

 

「ふん……ここからはお前らが先に行け。俺は後ろから監視させて貰う」

 

「承知しました。では、アンザン君、行きましょう」

 

 確かに彼が丁寧に案内をする義理も無い。私たちが頼んでここへ立ち入らせて貰っているのだ。だが、そうとなれば、止めが入るまで自由にやらせて頂くまでの事。

 確か、先程ここまで上がって来る途中に脇道が一本在った。恐らくはあれがイナハチ神社へと通ずる道だろう。

 歩み出して程無く、視界の端に何かが引っ掛かった。視線を戻すと、ガードレールを越えて谷を挟んだ更に奥、木々の間に建物らしきものが見える。青い屋根に白っぽい外壁、矢鱈と奥行きの長い平屋の建物だ。

 

「マジマさん、あれは何です?」

 

「……あれは、周辺の材木を集めて保管してある施設だ。家具の材料にする為のな」

 

 良く見ると、やや上流には川の西側に渡る為の橋らしきものも見えた。

 家具の材料、と云えば家具工場。若衆たちの出入りしている場所だ。その工場で使う材料がカンナメのこんな奥地に保管されているとは。カンナメは不可侵な場所と云う印象を持っていたが、やはり例外は有るのだろうか。

 

「……現場を見るんじゃなかったのか? 時間は無限ではないぞ」

 

「勿論、仰る通りです。さあ、行きましょう」

 

 折角、滅多に入る事の出来ない場所に立ち入れたのだ。その隅々までを見て回りたくはあったが、マジマの言う通り、時間は有限である。その中で、最大の成果を出さねばならない。

 

 

 

 辺りに目を配りながら坂道を下る、私とアンザン君。その背後を、マジマが数歩分の間隔を保ちながら無言のまま付いて来る。

 

「あの、マジマさん」

 

 歩みを止めぬまま背中越しに呼び掛けてみるが、相変わらず直ぐには返事が返ってこない。

 

「頼み事が有る、と仰ってましたね。宮司との顔合わせが終わったらば話すと」

 

 一拍間を置いて、マジマが口を開く。

 

「ああ、そうだったな。ふむ……ならば歩きながら聞け。今回の事件、殺された者がいるからには、必ずや手を下した者も存在する。そうなると当然犯人探しが始まる訳だが、ハバキ程問題の多い人間が被害者だとなると、その目星を付けられる人物の数も増えに増えてくる」

 

「それ、どうやらアンタも疑われてるみたいだぜ」

 

「俺が?」

 

「おうよ。アンタ、むかしハバキをやっつけちまったんだって? その因縁でなにかあったんじゃないかってな」

 

 振り返りながらのアンザン君の言葉に、マジマは思いの外驚いた様子だ。

 

「いや……うむ、そうだな。つまりはそういうことなのだ。村の人間たちが互いに疑い合い、不和が生じる。今まで表に出ていなかった人間関係の軋轢が顕在化しつつあるのだ。これを抑える為にも、お前たちには殺害犯を特定し、あわよくば確保して欲しい」

 

「それは、仕事の依頼と受け取っても?」

 

「ああ。成功報酬で三〇〇〇G。それ以外にも、村内で調査がし易いよう各所に便宜を図ってやろう」

 

 隣に視線を送るとアンザン君と一瞬だけ目が合った。彼は前に向き直り、首を縦に振る。

 

「承知しました。お引き受けしましょう。実の所、下手人の見当は既に幾らか付けて有ります。あ、私の見立てでは容疑者はマジマさんでは有りませんので、御安心を」

 

 

 

2134年 10月1日 午前11時14分

カンナメ イナハチ神社 境内

マジマ

 

 林の間の道を抜け、ハンター共の背中を追う。気が逸るのか急に歩みを速くしたタケウチは、相棒を置き去りにする勢いで一足先に境内へと消えていった。

 イナハチ神社にはクエビコのサカウバを常駐させているが、事前にハンターが調査に来る事は話してある。万が一出会したとてトラブルにはならないだろう。

 苔むした石の鳥居を潜り境内に入ると、てっきり事件現場の崖に向かっていると思われたタケウチが、拝殿の手前に建てられた由緒書きを読み込んでいるのが見えた。

 どうやら奴の興味は事件以上にこの神社そのものにあるらしい。このイナハチ神社も大破壊前の遺構の一つだとはいえ、普通のハンターが好む金目の物品がある訳でもない。あやつ、ハンターながら研究調査を専門にしているとは聞いていたが、成る程、中々に変わった人物のようだ。

 

「先生、それにゃあなんか面白いことでも書いてあるのか? 漢字ばかりでまるでわからねえ」

 

「面白いですよ。ここは元々、鳥上山の神として酉神権現とも呼ばれる須佐之男命や大物主大神を祀る酉上神社だったものが、一九〇七年に周辺数社を合祀して稲八酉天神社へと改称した様です。その時期にそう云った合祀が国策として行われたのは知識として持っていましたが、現存するものを訪れるのは初めてですね」

 

「トリカミ? トリカミっていったら先生の……」

 

「ええ、私の……出身地とも言えるのですが、特に青年期を過ごした土地の名がトリカミです。神社の名前としては、トリカミはそう珍しいものじゃありません。大破壊以前の世界には、この地方に在った長曾根酉上神社より勧請を受けた酉上社が、大小で数千は存在していたと伝えられています。私の居たトリカミにも酉上神社が残っており、地名の由来の一つとなっていました。ただ、土着の神と習合するなどして、その教義はかなり変化していた様ですが」

 

「うん、なるほど……?」

 

 タケウチは自分なりに噛み砕いて説明している積もりらしいが、それがアンザンには全く伝わっていないようだ。

 ──しかし酉上神社か。確か、かつて俺が暮らした街にもそこそこの規模のものがあった筈だ。もう遥か昔の記憶だが、気紛れに一度だけ参拝した覚えがある。

 それにしても、ここに住み着いて十余年、カンナメを守護する立場にいながら、この神社の由来を聞いたのは初めてだ。いや、もしかするとスノハラ辺りに講釈を垂れられた事くらいはあったのかも知れないが。

 

「稲八酉天の酉の字は酉上の酉、稲は稲荷、八は八幡、天は天神。何れもかつては各地の町村に一つずつは見掛けられた程の有名な神格です。それらが神社の数を整理する名目で一つに纏められた……」

 

 言いながらタケウチは段々と俯いていき、やがて黙りこくる。目を瞑り、口と顎を右掌で覆ってそれを左右に擦り始めた。

 

「ふむ……」

 

「どうした、先生」

 

「いや……あ、マジマさん、ちょっと境内を一巡りしてきますね」

 

 そう言ってタケウチは石碑やら社務所の外観やらを観察しながら拝殿の裏手へ回っていった。

 一人取り残された形のアンザンは、背後に立つ俺に気付くと、胡乱げな目をこちらに向けてくる。

 

「……そういえばアンタ、おととい……」

 

 言葉をそこで切り、目を逸らした。そして、タケウチの向かったほうに自分も歩いて行く。

 やはりこの男、勘も良いが目も良い。つい今し方俺を見つめてきた、あの目。輝きの強いその目の奥に、俺は更に別の光をも見つけていた。

 

 ──厄介な者を招き入れてしまったかも知れんな。

 

 そう思いつつも俺は、自分が心の中で微かな笑みを洩らしている事に気が付いていた。

 

 

 

 遅れてタケウチらを追うと、彼らは境内に幾つかある小振りな末社の内の一つを前に、やや興奮気味な様子で居た。タケウチは何かをぶつぶつと相棒に語りかけながら、社や近くの碑文などを熱心に調べている。

 

「……豆生田神社もここに移ったとすれば、あの土地は……」

 

 タケウチはまたも顎を手で擦るような仕草で考え込み、そのままふらふらと歩き出す。向かう先には、事件現場だとされている崖がある。アンザンもそれに気付いてか後を追いかけていった。

 俺は二人が立ち去った後の社に目を向ける。その側には、柱状の石碑が立ち、掠れた文字で「豆生田神社」と刻まれているのが辛うじて判別出来た。

 ──豆生田神社か。そういえばタケウチが先程言っていた。ネノタキ神社の元の名が豆生田神社だったのだとか。

 あの場所がどうやって生まれたのかなど大して興味も無かったが、それでもこの十年余り、利用出来るものは利用させて貰ってきた。多くの村の者たちも、マミュウダですらもそうだろう。だが、その成り立ちに目を向けて探求しようという者たちがいる。

 

 ──うかうかはしていられんぞ、マミュウダ。しかしハバキの件といい、この二人といい……まさかスノハラの差し金か?

 

 とはいえ、理由がどうあっても本質的には俺には関係のない事。もし、その時が来たならば、俺は俺の仕事を全うするまでだ。

 

 

 

 境内の一角には雑木林に続く小径があり、そのまま林を抜けると村を眺望出来る高台へと出られる。そこがハバキ殺しの事件現場なのだそうだ。

 徒に立ち入る事が禁じられたカンナメにあって、常駐のクエビコもいる神社の、このような目立たない場所──余所者が簡単に入っていけるものではない。やはり下手人は村の者、或いはハバキ自身が何かしらの思惑で以って余所者を中に引き入れたか……

 現場ではアンザンが腰を屈めて、タケウチは這いつくばるようにしながら、丹念に地面を調べている。

 

「あー、ここ、血が付いていますよ」

 

 腰の辺りにまで伸びた草を前にしたタケウチは、声を上げつつ腰の図嚢から何かの機材を取り出した。

 

「昔みたく血液からの鑑定なんてのが出来れば話は早いんですけどね。でもこう云う場所には大抵……」

 

 言いながらタケウチは、コンパクトに折り畳まれた機材を手早く伸張させ、その側面にあるスイッチを押した。円形ヘッドの付いた棒状の装置。あれはハンディタイプの金属探知機だろう。

 彼はそれを血痕の周辺に翳すが、これといった反応は無いようだった。ならばといった様子で、今度は探知機を手に身を低くして近くの茂みの中へと消えていく。

 

「……お、反応が……二つ」

 

 声が聞こえてから少しして、タケウチが茂みから這い出てきた。そして、待ち構えていたアンザンに、手に持っていた物を渡す。

 

「一つは、何でもない古びたコインでした。見た事の無い意匠ですが、多分昔の貨幣ですね。土と錆がこびり付いていますから、相当前からここに落ちていた物でしょう。で、拾ったもう一つは……」

 

「なんだ? それ……ベルト?」

 

 タケウチが差し出したのは、金属製の留め具が付いた、革のベルトらしきものだった。しかし途中で千切れてしまっているそれは、腰に巻くにしては華奢な造りだ。一見して服か鞄の装飾用のように思える。

 

「ぼろぼろですが、或る程度は手入れをされていますし、それほど埃も被っていない。ハバキか犯人の遺留品と見て良いでしょう」

 

「そんなもんで持ち主がわかるとも思えんが、念のため見覚えがないか聞いて回るか」

 

「後は、ベルト部分の破損した何かを身に付けている人物が居ないかどうかにも一応注意ですね」

 

 俺は黙って会話を聞いていたが、ふとタケウチの発言を思い出し、それについて尋ねた。

 

「そういえば、既に犯人には見当を付けていると言ったな。誰だ?」

 

 反射的に俺の目を見たタケウチだったが、直ぐにその視線を外す。

 

「余り下手な事を言って、もし違っていたら大問題ですから、もう少し証拠を集めてから報告したくはあったんですが……あの人たちなら……まあ、いいか」

 

 そう言って溜息をつくタケウチの目はどこか澱み、疲れを感じさせる。

 

「私が目を付けているのは、四日前にこの村にやって来た、ビサドと云うハンターを含めた三人組です」

 

「三人組……?」

 

 俺はそいつらについては知らない。だが、実の所、思い当たる節が全く無いこともなかった。それを見透かされたのか、タケウチの口調に僅かながら鋭さが増す。

 

「目的は不明ながら、ハバキが殺害された当日に彼と行動を共にしている事が確認されています。私の見立てでは、カンナメかソシモリに入ったと思うんですが……マジマさんはご存知無いですよね?」

 

「当たり前だ」

 

 こいつ、俺の反応から情報を引き出そうとしている。調査の手法なのだろうが、気に食わん。それにこいつの目。光を感じさせない濁った目が、俺は苦手だ。

 

「残念です……そうそう、実はハバキさんが殺害された日の、前の晩にも事件が有ったのですが、ご存知ですか?」

 

 三日前の晩──それに覚えはあった。このハンター、どうやら村内で起きた凡ゆる出来事に首を突っ込んで回っているらしい。こいつも大概厄介だ。

 

「事件か、聞かせろ」

 

「はい、実は今現在ドライブインに逗留しているキャラバンで内輪揉めが有りまして、死人が出てしまったんです。そこまでは良いのですが、問題はその後で。その遺体を近くの山裾に葬ったそうなのですが、どうやら当日の深夜に墓を掘り返して遺体を持ち去った者が居る様なのです」

 

「成る程な。お前の見解は?」

 

「遺体にスクナビコなるものが憑くと云う迷信を恐れた村人の誰かが、カンナメに在るとされる墓地に持ち込んだ、と私は見ています。マジマさんはご存知ですね」

 

 タケウチの暗い瞳に、鈍い光が宿る。思いの外鋭く切り込んできた。が、切られて痛むような場所でもない。

 

「その件についてはカタがついている。お前が心配するような事は無い」

 

「やはり遺体はカンナメの墓地に?」

 

「墓地か……ああ、そうだ。遺体はそこにある。この村に滞在するからには、この村の掟に従って貰う必要がある。適当な場所に勝手に墓など作られては困るという事だ」

 

 二日前の早朝、確かに余所者の遺体が一つカンナメに持ち込まれ、そして「墓地」に入れられた。持ち込んだのはハバキだった。私はまた無辜の旅人をハバキが襲ったのかと今の今まで思っていたが、どうやらこれに関しては濡れ衣であったらしい。単純に、偶々見つけた死体を神前に供したかったのだろう。

 

 ──墓地か。全くおぞましい事だ。

 

 ここで暮らしを始めて暫く経つが、あればかりはどうやっても馴染めない。この事に関してはスノハラや先代の気持ちも分かる。このような事は、本来ならばとうに終わらせるべきだったのだ。

 そして、外部の力が村の中に入り込み、かつてない混乱の渦中にある今こそが潮時なのかも知れん。そうならば、せめてあいつらだけでも──

 

 

   *

 

 

 イナハチ神社へと通じる枝道の入り口から少し集落寄りの地点。そこのガードレールを乗り越えて急斜面を下り降りた先の、木々の間を縫って流れる川の側に、俺たち三人は居た。

 自治会のイブカイの証言に拠れば、ここにハバキの遺体が倒れていたのだという。俺も昨日の朝、捜索が中断された後で一度ここを訪れているが、その時と特段変わった様子は無い。

 事件現場となった岩壁の上部は道路上に迫り出している為、ここが丁度崖の真下に当たる。地面付近の岩肌が少し削れ、土も捲れており、確かに何かが上から落下してきたような痕跡は確認出来た。

 

「マジマさん」

 

 タケウチの呼び掛けに目線だけをくれてやると、彼はどうやらそれを返事と受け取ったようだ。

 

「先程の墓の話の続きにもなりますが、マジマさんは、死体が自ら動く、と云う可能性についてどうお考えですか?」

 

「動く死体か。こんな世の中だ。ゾンビの類いなど珍しくもない」

 

「まあ、そうなんですよね」

 

「お前はハバキの死体が何処かに歩いて行ったとでも思うのか」

 

 タケウチは顔を伏せ、「んー」と呻りながら顔を掻いた。

 

「専門家では無いので経験則ですが、一般的なウィルス由来のゾンビ化にしては、死亡からの活動開始が早過ぎる気がするんです。生前感染して落下前にゾンビ化していた可能性も有りますが、イブカイさんが見た限りではそう云う風な様子は無かった様ですし。となると、別の理由で蘇生したか……或いは、そもそも死んではいなかったか」

 

「馬鹿な、この高さの落下で……」

 

 そう言いかけたが、確かに可能性はあるのだ。並みの村人たちならばいざ知らず、あのハバキであれば。

 

「ハバキさん、とっても丈夫だったのかも知れません。多分……このカンナメの人たちみたいに」

 

 まただ。こいつは既にある程度「村」について知っている。その上で敢えて得た情報を開示してみせ、俺の反応を確かめているのだ。

 

「あいつが生きているとして、若しくは死体が動き回っているとして、一体何処に行ったというのだ」

 

「この川、ヒ川に合流しているんですよね? つまり大湿地帯、ここで云うソシモリに向かったとも想像出来ますね」

 

「ソシモリ? 何の為に?」

 

「私は良く知りませんが、村にとってはここと並ぶ程の重要な場所なのでしょう? ハバキさんはかなり信心深い方だったと聞きましたし、彼の求める何かが在るのではないかと、そう思ったまでです」

 

 また鎌を掛けてきた。ソシモリは村の聖域の一つと謂れるが、俺に言わせれば、あそこはただのモンスターの巣だ。だが、こいつの目的が分からない以上は、些細な事でも情報を与えるべきではない。

 

「案外、単に川に流されただけだったりもするかも知れませんけどね。後は、モンスターが咥えて行ったりだとか。出るのでしょう、この辺りは」

 

 タケウチが、俺の手に提げられた香炉を見て言う。

 「牧場」の檻が開放されていたのは、ハバキが殺されていたとされる日の夜だ。確かにハバキとラアが接触している可能性もある。仮に遺体がこの世から消えて無くなっているのであれば、それはそれで都合が良い。

 

「ふむ……じきに香の効果も切れる頃合いだな。そろそろ山を下りて貰おうか」

 

「仕方が有りませんね。ですが、お陰様で色々と分かりました。有難う御座います。真木寮の本寮が見られなかったのが心残りですが……」

 

「お前たちに犯人探しをやって貰う手前もある。機会があればスノハラに話を付けておこう」

 

「そうして頂けると有り難いです」

 

「だが調子には乗らんことだ。越えてはならん線というものがある」

「承知しています」

 

 そう言うタケウチの表情は神妙であったが、肚の内では果たして何を思っているものか……

 

 ──一応、警戒はさせておくか。

 

 

 

2134年 10月1日 午後3時8分

エル・ボスコの村 ドライブイン駐車場

アンザン

 

 駐車場にならんだクルマのまわりには、あわただしくかけ回るトレーダーたちの姿があった。中にはすでにエンジンをアイドリングさせている者もいる。敷地のあちこちに張られていた天幕はすっかりたたまれ、今まさに貨物用コンテナの中に運び込まれているところだ。

 リーダーのロメルダはトレーラーの近くに立ち、クリップボードを片手に作業の進捗を確認していた。

 

「いよいよ出発か」

 

「ああ、すっかり長居したけどね。ハーフトラックの修理もあったが、殺しの犯人が分かるまではって村の連中に引き留められちまってたのが効いたよ。どうも、あんたたちが調べを進めてくれているお陰でアタシらへの疑いが晴れたみたいだね。ありがとうよ」

 

「こんな時間に出て大丈夫なのか? 明日の夜明けを待ったらどうだ」

 

「確かにリスクはあるけどね。少しでも仕事の遅れを取り戻さないと。なんにしてもここから暫くは村らしい村は無いから、走れるだけ走って野営さ」

 

 先日の仲間割れで死んだハンターの男──名前は忘れたが、やつの乗っていたハーフトラックは無事に修理が完了し、キャラバンの所有物となっていた。死んだ男については、村のハンターオフィスにモンスターとの戦闘で死亡したと報告してあるらしい。調べれば簡単にバレる嘘だが、こういうところがゆるいのが、この業界なのである。

 

 

 

 やがて出発準備が完了し、ハンターらの乗る戦車を先頭にして車列が動き出した。トレーラーの居住コンテナの窓際には見知った顔が見える。砂漠から村までの道すがら賞金首の情報をくれた、背の高いトレーダーのじいさんだ。

 俺とタケウチが手をふると、じいさんも手をふり返しながらクシャっとした笑みを浮かべる。するとその影からロメルダも姿を見せ、彼女も手をふってきた。俺たちはおたがいの姿が見えなくなるまでの数秒のあいだ、手をふり合い続けていた。

 

 

 

2134年 10月1日 午後11時57分

エル・ボスコの村 民宿はちのす 梅の間

タケウチ

 

「アンザン君……」

 

 暫く相槌が無いと思い声を掛けてみたが、案の定、彼は既に寝入ってしまっている様だった。耳を攲てると、微かに寝息が聞こえてくる。と同時に、窓の外からしとしとと濡れた音が部屋に入って来るのが分かった。

 ここ数日、今一つはっきりとしない天候が続いていたが、それがとうとう決壊した形だ。みるみる間に雨足は強まり、斜めに降る雨粒が窓を叩く。

 

 ──これは早くに止んで貰わねば調査が面倒になるな。

 

 雨は既に土砂降りと言って良かったが、アンザン君は目を覚ます気配も無い。日中の疲れで眠りも深いのだろうが、休むべき時にしっかりと休める神経の図太さは、是非とも見習いたい所ではある。

 私も目を瞑り、今日一日を振り返った。カンナメでの調査と、そこで新たに出会った住人たち。マジマ、名も知らぬクエビコ、そしてマミュウダ。ロメルダらトレーダーキャラバンの出発の見送り。カンナメで得た情報を基にした各所への聞き込み。

 結局、事件現場で拾得したベルトについて知る者は見付からなかった。ビサドら、或いはハバキの物だと決め打ちしてマスターやアカヌタ、エンシオを訪ねてみたが、その全てが空振りに終わっている。

 これで村内はほぼ調査し尽くしたと言って良いだろう。残すは本寮が在ると推察されるカンナメの奥地と、当初から目を付けていたソシモリの探索だ。これらはマジマからの依頼を受けた事で正式な立ち入り許可が出る可能性が有る。

 

 ──ソシモリ入りも話の流れの中で頼んで置けば良かったな……

 

 そんな事を思いつつ、私も俄かに微睡んできたのを自覚していた。

 雨は益々激しさを増し、屋根を打ったそれが樋に流れ込んだ後、滝と化して地面を抉る。別の場所では、雨水溜め用の瓶に水が注がれている。また他の所では、雨粒を受けて揺れる庭木の葉たちがさざめいている。

 耳に響くそれらの音は頭の中で映像として再構築され、外の情景を正確に伝達してきた。

 その景色の中、何かが居た。降り頻る雨に塗れ、ゆっくりと身を引き摺る様に、砂利道に蠢く者が。

 それは私が恐れていたもの。そして、私が渇望しているものの具象なのだ。やがて、その姿は形崩れて音へと還り、昏い眠りの深淵へと墜ちていった。

 

 

 ずずず、ずずずず。

 

 

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