XXXX年 XX月XX日 午前X時XX分
XXXXXX XX XX
XXXX
窓から見える墓地の敷地外には、こんもりと丸い盛り土が幾つも並んでいる。それは墓地の拡張が間に合わなかったが為に、仕方無く仮設された墓であると云う。盛り土は、数日前に見た時より更に二つばかりが増えていた。
やがて数人の男衆が道具を手に手に現れ、並んだ墓の、その隣の地面を掘り返し始める。
また人が亡くなったのか、それとも、これから増えるであろう遺体の数を見越しての事なのだろうか。
墓を掘るその動きは何処か緩慢で、作業は遅々として進まない。彼らも、もう既に疲れ果ててしまっているのかも知れない。
先日、墓地に並ぶ墓の一つが暴かれたとの話を伝え聞いた。人々は、その心までをも蝕まれている──そう感じる。
私は窓から離れ、廊下に振り返る。丁度その時、廊下の、その最奥の突き当たりの角を人影が曲がり、身体を引き摺る様にしながら消えて行くのが見えた。あの人は近頃、もう、ずっとああだ。体調が余り思わしくないのか、めっきり気配も薄くなり、人前に立つ事も無くなった。本来ならば葬儀を取り仕切り、村の皆の心を慰めてやらねばならない立場だと云うのに。
大玄関まで出た私は、入り口脇の窓から再び外の様子を窺った。見えるのは、高台から見下ろす村の全景だ。だが、そこに動くものは一つとして無かった。
所々に人が立つのが見えるが、直立したまま微動だにしない。もう「終わりかけて」いるのだ。彼らについては「始まった」人間が中心に面倒を見ると定められてはいるが、既存の家族を引き離す事は容易では無い。結局は皆、血縁で纏まり、やがて世話をし合う相手が居なくなった結果、ああやって放置される。
私は堪らず駆け出し、屋敷内から本殿へと通じる渡り廊下を目指した。この身に燻っているのは、怒りに似た、何かだ。
息を切らしながら、外へと出る為の戸の前に立つ。普段ならば施錠されている筈の戸は何故か半開きで、足裏で軽く押してやっただけで簡単に開いた。
本殿の中は障子越しの陽に満ちて暖かく、外の音も幾らか遮られて、穏やかな静けさに支配されていた。
脇の戸から入った私は、真っ直ぐ中央の祭壇に近付き、そこに鎮座する木製の神像を見上げた。それは太い柱に絡み付く蛇身の神を象っており、大きさは私の背丈と同程度。像の最上部、柱の天辺に頭を乗せた像の顔面は、この私を模して彫られたものだ。
私は神像を囲む柵に顎を引っ掛ける様にしながら、脚で床を蹴り上げ、そのまま前転して祭壇に踊り込む。像の前に立ち上がると、鏡でも覗いているかの様に、自分と同じ顔が丁度そこに在った。それを見た瞬間、頭に血が昇る。
私は大きく身体をのけ反らせた後、神像に思い切り頭突きを食らわせた。木で作られた私の顔は木目に従ってぱっかりと二つに割れ、頭部から零れたその面は、祭壇の下まで落ちて床を打ち、本殿の中に高く乾いた音を響かせた。
皮膚の裂けた己の額から血が溢れ、顔を伝うのを感じる。落ちた面を見ようと下を向くと、顎先から血の一雫が垂れ落ち、床に跳ねた。
XXXX年 X月XX日 午後X時X分
XXXXXXXX XX
XXXX
「おーい、こっちだこっち」
「おう」
「ま、ま、かけてくれ」
「……ん? おお、ビールか! ……いや待て、これ一体何年ものだ?」
「とりあえず飲めることは飲めた。気にすんな」
「何処に仕舞ってあったんだ、こんなもの」
「ここに着任した頃に倉庫で見つけてよ。何本かくすねて部屋に隠しといたんだ。んじゃ、乾杯」
「おい、懲罰ものだぞ」
「まあまあ、だがお陰でこうやって二人で呑めるんだ。それに今更俺らにバチを当てる奴もいないだろ」
「まあ、な……ふん、旨いな」
「だろう? 遠慮せずどんどんやってくれ」
「……残留部隊の運用計画については聞かされていない。どうする積もりなんだ?」
「そうさな……どうも上じゃ籠城の案も出ているらしいが、あんまり先に希望が無いってのもな。全滅覚悟で敵中突破して、相模原なり三宿なりへの合流に懸けたいね、俺は」
「三宿か……」
「生きてればお前の腐れ縁の元ボス……豆生田だっけか、に会えるかもな。よろしく言っといてやるよ」
「ふっ……まあ、頼む」
「しかしお前が保存体訓練を受けるとはな……あれ、志願制だったろ? お前は俺と同じ戦闘ジャンキーかと思ってたんだが」
「志願せよ、との御命令だ。戦う為のこの身体、命ぜられた場所で戦う他に、命の理由が無い。それが未来の戦場だというのなら、そこで身を燃やすまでの事だ」
「真面目だねどうも。ところで、部屋にまだ二本程隠してあるんだが、持ってきたら飲むか?」
「ああ、頂こう」
XXXX年 XX月XX日 午後X時XX分
XXXX XXXXXX
XXX
「なあなあ、こんな時間からウロついて大丈夫なのかよ」
男は世話話でもするような調子で喋りかけてきたが、その声は静まりかえった森の中でやたらと響いてしまう。
──全く、馬鹿が。
俺は心の中で毒づいたが、それを顔には出さない。
「ここでは厳密なスケジュールの中で人が動いてるんだ。俺の指示に従ってりゃ間違いねェ。それと、もう少し小さい声で頼むぜ」
俺は口を相手の耳に寄せて小声で囁くが、聞こえたのかそうでないのか、男とその仲間たちはこちらをチラリとも見ずに先へと進んでいってしまう。
「いい雰囲気だねぇ。お宝の匂いと……獲物の匂いだ」
連中の口元はゆるみ、あからさまに軽薄そうな印象を受けた。
──俺は焦り過ぎたのか? もっと慎重に人を選ぶべきだったのか。いや、同じような機会が今後もあるとは限らん。計画は既に動き出しているのだ。やり遂げるしかない。
「こんな場所に道具を隠してるとはねえ」
先ほどの忠告は聞いていなかったのか、俺が追いついてきたのに気づいた女が、辺りを見回して感想をもらす。
「準備と根回しには手間ヒマをかけたんだ。今日は頼むぜ」
「ああ、アタイらが上手く使ってやるよ。安心しときな」
──もうすぐ、もうすぐだ。今日こそ神域を穢すあの出来損ないどもを駆逐してやる。俺にだって御徴は出ているんだ。いつまでもあんな化け物にデカいツラをされて……
XXXX年 XX月XX日 午後X時XX分
XXXX XXXXXXXXXXXXXXX
XXXX
「あら、どうしたの、こんな暗い部屋で電気も点けないで」
「え」
「絵? 絵を描いてたの? 暗い場所で描くと目が悪くなっちゃうよ」
「みて」
「ん、これは美舟かな? こっちはだあれ?」
「おかあさん」
「まあ! お母さんのこと、こんなに大きく描いてくれたのー!」
「おかあさんおっきいもん」
「……ねえ、じゃあ、こっちのお顔はだあれ?」
「それはね──」
2134年 10月2日 午後1時22分
エル・ボスコの村 民宿はちのす前
アンザン
「なんだってんだ……」
葬式を終えて宿に戻り、玄関脇に置かれた竹製のベンチに腰かけた俺は、今朝がた見た夢のディテールを頭の中でなぞっていた。ふつう、夢など目の覚めきらないうちに思い返さなければあっというまに忘れてしまうものだが、今朝のそれは、昼をすぎた今になってもいやにくっきりと記憶にとどまり続けている。
内容も異様だった。夢とは自分の体験をこまぎれにしてデタラメにつなぎ変えたものだと思っていたが、今朝の夢は、あきらかに自分の知らない記憶の断片を元に作られたものだったのだ。言うなれば、誰か、他人の見る夢のような……
「御徴、だとかも言ってたな。クソッ!」
悪態に意味はない。ただ、なぜだか無性にイラついていた。それはいまいましい夢と、あの葬式を見たからだろうか。
今日の早朝、ハバキの遺体が見つかったとのしらせが村をかけめぐった。それを見つけたのはクエビコらだとウワサされており、発見場所は明らかにされなかったが、おそらくはカンナメだったのだろう。
昨日おとずれたばかりの場所、そしてあれだけ捜されて見つからなかった遺体があっさりと出てきたことに、俺はスッキリとしない気分でいた。
村のみなは、遺体さえ見つかれば細かいことは気にしないらしい。公会堂およびシャクジンにて大がかりな葬式を開き、そして今はそれぞれが自宅にこもって喪に服している。
俺は葬式で見たからっぽの棺を思い出した。ハバキの遺体はクエビコらによって保護されたあと、そのままカンナメに安置されているようだ。村内向けの葬式とは別に、ネノタキ神社で正式な葬儀がとり行われ、その後、しかるべき場所に葬られるのだという。村の「墓地」がカンナメにあるというのは昨日マジマも認めたところだ。ハバキの遺体も今頃はそこに……
「アンザン君」
知らずのうちにうつむいていた顔を上げると、すぐ目の前にタケウチが立っていた。
「ちょっと、歩きますか」
*
俺は、参道とは逆方向に砂利道を進むタケウチの後ろをついて歩いた。この辺りはちょうど、三日前に散歩で通った場所だ。
砂利道はすぐにとぎれ、タケウチは東に向かってやぶを突っ切っていく。俺もそれにならうが、昨晩の雨で露をのせたまま茂る葉は、脚が少しふれただけで、まとわりつくようにしながら服やら靴やらに水滴をしみ込ませてきた。
不快感に顔をしかめながら歩き続ける中で、見わたす風景にふと違和感をおぼえる。よく見ると、タケウチの進む先に、誰が茂みをかき分けて通ったあとが残っていた。それはずっと先、先日見たあの小川の辺りまで続いている。
「先生、さっきもここを通ったのか」
「ええ。私だけじゃないですがね」
小川は前に見たときよりも水量を増しており、にごった黄土色の流れが土を削りながら激しくしぶきを散らしていた。どうやら増水したぶんの川の水が水路を通じてやってきているようだ。
「もうちょっと先です」
タケウチは軽く助走をつけて小川を跳びこえ、俺をふり返った。
「今朝、貴方がまだ寝ている間に少し辺りを見て回ってたんです。そこで見付けたものが幾つか在りまして……所で、昨晩の物音には気付かれましたか?」
俺も同じように小川の上を跳んだ。着地時に濡れた雑草を踏み、少しすべって体勢をくずしそうになる。
「っとと……昨晩の物音か? ……いや」
言ってからあらためて思い返してみれば、昨夜の眠りの中で雨が屋根をたたく音が聞こえていたような気はするが、それすらもはっきりとした記憶ではない。
「そうですか」
タケウチはべつにがっかりした様子もなくふたたびスタスタと歩き出し、やがて俺たちは南の山すそから平地へとのびる林にさしかかった。
「この先ですね」
思ったよりも浅い林を抜けると、そのひらけた先に川岸が現れた。カンナメの奥地からくだり、水門橋を通過して流れる川だ。その岸のふちはなにか、かたい道具で削られたように荒れており、草は乱れて、めくれた土はだが露出している。
「これは、なにかの作業のあとか」
俺は岸の手前でしゃがみ、川をのぞき込んだ。岸から水面までは一メートルない程度。流れの先に目を向けると、そこは水の上に木々がからみあう暗い森になっていた。あれが大湿地帯の入り口のようだ。
「ここが出発点なんです」
「出発点?」
俺は岸から離れた場所に立つタケウチをふり返った。
「ええ、この川岸から林を抜け、小川も越えて茂みを通り、民宿前の砂利道へ。そして参道に入り、家具工場方面に向かった……その足取りの出発点です」
「川からの足どり──まさか、ハバキか」
「はい。あ、いや……恐らくですが」
タケウチはあごにあてていた手を頬にすべらせてそのまま額をかくようにした。どうもこいつは言いたい話が上手くまとまらないときにこういう仕草をする。
「どういうこった。やはり前に言っていたゾンビ化か? それとも生きていたか……」
「その辺りは何とも微妙な所でして」
「どうも答えをつかんでるっぽいじゃねえか。もったいぶらずに教えてくれ」
俺は立ち上がりタケウチに歩み寄るが、彼はすっと目をそらす。
「済みません。その点についてはもう少し裏を取ってから話したいのです。ですが何にせよ、彼がここから川を上がり、そしてカンナメで確保されたと云うのは先ず間違い無いと思います」
「いや、待ってくれ。さっき先生はハバキが家具工場のほうに行ったって言ってたよな。けど、遺体が回収されたのはカンナメなのか?」
「それなんです。ハバキと思しき存在が家具工場方面に向かった痕跡は確かに見付けました。それは確かにカンナメの入り口とは逆方向にはなるのですが……その点に関連して、二日前に家具工場に行った際に少し気になった事が在ります」
「気になったこと?」
「ええ。ただ、それをお話しする前に一つ、意思確認をして置きたいのです」
「確認? なんだ」
「私は今夜、カンナメの再調査を決行する予定です。勿論、許可無しで。荒事になる可能性も在りますし、場合に依っては村に居られなくなるかも知れない。アンザン君、その調査に同行出来ますか?」
2134年 10月2日 午後10時17分
エル・ボスコの村 家具工場正門前
タケウチ
「オーライだ」
背の高い草を掻き分けて、その間から頭を出したアンザン君は、それ一言だけを告げると再び工場の方向へと戻って行った。私も茂みから立ち上がり、彼の背中を追い掛ける。
ハバキが発見された事に因り、私たちが村内を調査する大義名分は失われてしまった。アカヌタやマジマなどからの依頼も受けてはいるが、こちらはやや非公式なものであり、場合に依っては取り下げられる可能性も在るだろう。
事実、アカヌタなどは遺体が発見された事に甚く安心したらしく、葬式で顔を合わせた際も、犯人探しの調査進捗については話題にも上らなかった。アカヌタらのマジマなどへの疑いが薄まれば、マジマからの依頼の意味も無くなる。そうなれば、ビサドのチームに依る犯行と云う事にでも話を纏めて、犯人不在のまま事件が決着する事も有り得るのだ。
村の仕来りでは、葬式の夜は村民全員が自宅に籠って喪に服す事と決まっているらしい。隠密に行動を起こすなら、今こそが最後の機会かも知れない。
実の所、私たちも宿から出ない様にと言い含められてはいたのだが、女将さんには黙って部屋を抜け出して来てしまった。上手い言い訳はまだ思い付いていない。だが、この機を逃す手は無いだろう。
「敷地内に人気は無いみたいだな」
工場の壁沿いを行くアンザン君に追い付くと、彼が周辺を警戒しながらそう言う。夜目が利く、との申し出を受けて先行を任せているが、成る程、良く見えている様だ。
周辺に灯りは全く無く、満月を明日に控えている筈の空も薄曇りで月の光にも殆ど恵まれない。忍び込むには打って付けの状況、とは云え、こうなると転倒や高所からの滑落の危険も出てくる。ここは彼に頼るのが妥当だろう。
本来ならば暗視装置でも使いたい所ではあるが、生憎所有していた機材は先日のランドユーユーとの戦闘で破壊されてしまっていた。日中、エンシオの店も訪ねてみたものの、そう都合良く目当ての品が見付かる訳も無い。ただ、代わりに役立ちそうな出物を幾つか仕入れる事は出来た。
私たちが家具工場の敷地にやって来たのは、ここからカンナメへと通じる道が在ると当て込んでの事である。先日聞き込みの為に来訪した際、工場の北側に見えた地図に無い道。カンナメでの調査を経て、あの道がネノタキ神社の向かい側に見えた材木置き場に繋がっているのではないかと思い至ったのだ。
喪中の深夜だとは云え、参道の正面入り口から行くのでは幾ら何でも目立ち過ぎる。クエビコらの監視の目を回避する意図も有ったし、何より、隠匿された知られざる道に秘密に通じる何ものかを感じ、それを暴きたい好奇心に駆られたと云う、ごく私的な理由も有った。
工場の北側に回り込むと、左手前方に目的の道が薄っすらと見えてくる。そのまま道の方に向かおうとする私の背中を軽く叩いたのはアンザン君だ。
「まっすぐ奥にも道があるぞ」
囁きを受けて目を凝らすが、私の目には暗闇だけが映る。闇に向かい二人で慎重に歩み行く内に朧げに浮かび上がってきたのは、白く塗られた鉄格子の門だった。敷地の東端に在る門の向こう側には、細い小径が木々に挟まれた闇の奥へと延びている。これもまた、古地図には記載の無い道である。
私は暗幕代わりにした外套の内側でペンライトを灯し、図嚢から取り出した手帖を開いた。これには村の地形や建物の位置を手描きで記してあり、古地図と照らし合わせる事で村の造りを重層的に把握出来る。そして、図から推測するに、この道の先に在るのは恐らく、真木寮だ。
「行ってみるか?」
「いえ……時間が惜しい。今は止めて置きましょう」
真木寮と家具工場に密接な繋がりが有ると云う可能性を、今は頭の片隅だけに置くと決め、私たちは改めて最初の目的である北の道を進んだ。
*
緩い坂が曲がりくねりながら徐々に山を上っていく。道はアスファルト舗装されており、クルマが充分に通過出来る程度の道幅も有った。所々に割れや陥没が見られる為、実際にクルマの通行が有るのだろう。道傍の草が短く刈られている事からも、現役で利用されている様子が窺える。
何度目かの曲がり道を越えた所で、道が二本に分かれた。一本は道なりに東へ平坦に延び、もう一本はやや急な坂を登る様に北に折れている。
現在地を把握する為に私が再び手帖を取り出そうとすると、それをアンザン君がそっと手で制した。そしてそのまま肩を押し下げられ、二人でその場に屈み込んで闇に目を凝らす。私は息を呑み、耳を澄ますが、虫や川の音以外は何も聴こえない。
やがて、漸く闇慣れてきた目に薄っすらと、坂を登り切った先に動く何物かが在るのが分かった。アンザン君は今、それをよりはっきりと目撃しているのだろう。坂の上の何かは、その内に奥へと消えてしまったが、彼はまだ厳しい目をそちらに向けたままだ。
「あれは子ども? ……いや」
小声で独り言ちたアンザン君は、私に起立を促しつつ、先行して東に向かう道を進んで行く。
道は数十メートル進んだ辺りで左に折れて北へ。先程の坂の上は丘になっているらしく、この道はそれを大きく迂回して走っている様だ。
気が付くと、川流れの音が随分と近くに聴こえる。どうやら直ぐ東に川が流れているらしい。
その川向こうを良く見ると、山の上の一部が薄っすら橙に色付き、ちら付いている。あれは恐らく火が焚かれているのだ。すると、カンナメで行われると云うハバキの葬儀は、正にその最中であるのかも知れない。
不意に、微かにやや不快な、饐えた臭いが鼻を擽る。前方に視線を戻してから、ふと左手の丘の上を見上げると、何か建物が立っているのが辛うじて分かった。これはもしかすると、ネノタキ神社前から遠目に見えた材木の集積所ではないか。臭いの原因は不明だが、漂ってくる元はあそこに違い無い。
その建物の脇を通り過ぎて少し進むと、今度は前方に、川を跨いでカンナメ側と繋がる橋が見えてきた。これは恐らく昨日見掛けたネノタキ神社北の橋だ。やはり家具工場からカンナメにまで道が繋がっていたらしい。
途中の材木置き場も少し気になったが、それよりも先ず、ネノタキ神社で行われている儀式だ。ハバキの遺体が本当に見付かったと云うならば、是非それをこの目で確かめたい。だが、入り口の詰所には守衛のクエビコが張っているだろう。
「ネノタキ神社、行ってみるか? さすがにリスクはあるが……」
「正面から堂々と、と云う訳にはいきませんよね。折角仕入れた道具、早速試してみますか」
私たちは橋を渡り、道路沿いの岩壁の前に立った。
日中、暗視装置をエンシオの店に探した際、調査に使えそうな物品を幾つか見繕って購入している。今私たちが履いている長靴もその一つだ。
人工筋肉と強化外骨格を搭載し、跳躍力を大幅に向上させる戦闘用補助装具。着装者がバッタの如く跳ねる姿から、ホッパーブーツと通称される、大破壊前の遺物である。これの機能を使えば、道無き急斜面でも難無く登る事が出来る。神社の敷地を囲む森や岩壁を突っ切って、監視の網に掛かる事無く侵入する事が可能なのだ。
私はブーツの機能を動作させるべく、踵の内側に設けられたスイッチを切り替えた。普段は歩行時に簡単な動作補助が働く程度の性能だが、抑制装置を解除する事で本来の機能を発揮出来る。
体勢を屈め、そこから一気に飛び上がると、持ち上がった足先は自分の背丈を遥かに越える高さにまで到達した。法面の下部を補強するコンクリートの縁に着地した私は、更にそこから踏み切り、剥き出しの岩肌を越えて、傾斜の緩くなった林の中へと突っ込んだ。
ブーツの機能で足の粘りも増しており、ちょっとした引っ掛かりさえあればぐいぐいと斜面を登って行ける。私たちはあっと云う間に林を抜け、やがて、駐車場を望む高台に到着した。その時──
何処からか歌が聴こえてくる。冷たい様な、暖かい様な風に乗って、幾人もの人物に依る囁き声の合唱が、山にぽっかりと空いた森の穴を満たしていた。初めて耳にする、だが何故か懐かしさをも感じさせる、奇しい歌だった。
駐車場には幾つもの篝火が焚かれて列を成し、それは階段を越えて鳥居の辺りまで続く赫い光の導線と化している。火に照らされ浮かび上がるのは、その線に沿って何かを掲げながら運ぶ者、駐車場の中央で何かを囲う様にしている者、それの外に更に大きな輪を作りながら唄い踊る者。数は凡そ二十数人と云った所だ。その内の半数は異様に背の低い、まるで子供の様な背格好の──
「ミュートかよ……なるほど、できそこない、か」
「何かご存知ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……なんと言ったらいいかな……」
アンザン君は本当に困った様子で、言葉を詰まらせている。
「まあ、何にせよ、あれはミュートで間違い無さそうですね。カンナメではクエビコだけで無く、彼らも従事していたんだ」
「村の連中はミュートどもがいることを匂わせもしなかったな」
「彼らの存在もまた、村の禁忌の一つなのかも知れません。しかし、あれは一体何をやっているんだ……」
駐車場の中央に集まる人だかり。その中心に居る白装束の二人はどうやらクエビコらしい。屈み込んで、地面に置かれた物体から何かを取り出し、それをミュートらしき人影に手渡している。そして、その何かを受け取ったミュートらは、篝火に導かれるまま鳥居を潜り、闇深い山中へと消えて往くのだ。
私は再び駐車場に目を戻し、クエビコらの動きを注視した。彼らの取り付く、地面に横たわるもの。あれは、人ではないか? そう、あれこそがハバキの成れの果てなのだと、私の中には謎めいた確信が芽生えていた。
そして不意に、私はあそこで行われている事の全貌を理解した。あれは、ハバキを解体しているのだ。手足を切り離し、内臓を取り分け、それを少しずつ本殿へと運んでいる。そうだ、私もああして──
「俺にはなんとか見えるが、どうやらあれは人をバラして運んでいるようだな。まさか……ハバキの葬式ってのが、これなのか?」
私の目には、その光景の詳細な部分は見えない。だが、今程アンザン君から伝え聞いた様子は、何故か事前に把握していた。ただの既視感とは違う、妙に生々しい記憶として。
私はこの場に居た事が有る? この儀式に参加した覚えが有る? ──馬鹿な。
「だけどよ、あれが人間の身体だとしたら……」
「何です?」
「いや、うまく言えんが、なんつうか、こう、やたらとケバ立ってるというか、ささくれてるっつうか」
「ささくれ……」
それについては見当が付いた。アカヌタらの語っていた「御徴」が、より強く発現しているのだろう。私は胸ポケットに仕舞ったままの金属片を布越しにそっと摘んでみた。
クエビコらの行為について、彼らが遺体をこうする理由に凡その察しは付く。スクナビコの憑依。ゾンビ化。原因はどうあれ、遺体が勝手に動き出す事を恐れているのだ。
この儀式全体の様式それそのものは、先程の既視感は別にして、大破壊以前の様々な文化や宗教を学んだ私にとっても初めて目にするものだった。今まで読んだ凡ゆる書物にも、遺跡で収集した動画データにも見付からなかった儀式。ただ、その所作の一つ一つは何処かで見た覚えの有る様なものばかりだ。
神道、仏教、そして私の生まれ暮らしたカミシアの村の信仰とも源流を同じくするであろう、この地方の土着信仰。恐らくこの儀式は、それらのグロテスクな融合の顕れなのだ。
これは長い時間をかけて自然に混じり合ったものではない。恐らくは何者かに依って恣意的にそれが為されたものだ。だが、その出来上がりは稚拙。まるで、バラバラになった幾つもの人形の破片を子供が無理矢理に繋いで作ったオブジェの様な、無邪気な奇怪さが在った。
「どうする? もっと近くに寄って見てみるか?」
アンザン君にそう提案されたが、これだけの人数が集まる中を侵入するのは流石に危険が過ぎる。
「いえ、寧ろ儀式の続いている今の内が、他の場所を調査する好機です。道に戻って北に進みましょう」
一歩後退って儀式から視線を外す際、地面に伏せたままのハバキの遺体が身を捩った様にも見えたが、私は何故かそれを改めて確認する気にはならなかった。
*
川沿いの道路を北に向かい、二キロメートル程も歩いただろうか。舗装やガードレールなどは良く整備されているものの、周辺には頭上を覆う木々以外は驚く程何も無く、道がただ只管に崖と岩壁の間を曲がりくねりながら走っていた。
途中、古地図上で猿田彦神社と二十四天神社の名が記されている場所にも寄ってみたが、それらの社は既に失われており、草の間に埋もれた基礎や石段などが辛うじてその面影を偲ばせるのみだった。百年の雨風に自然と朽ちたのか、或いは何らかの意図を以って破壊された跡なのか。
「もう少し行った先が阿弥陀堂です」
「マジマの奴が寝床にしてるって場所か。はち合わせるとマズいな」
「彼はカンナメの要職です。恐らくは儀式に参加しているとは思いますが……」
しかし先程はそれらしい姿を確認出来なかった。あれだけの偉丈夫、遠目からでも目立ちそうなものではあるのだが。マミュウダらしき人物も見当たらなかった事を考えると、二人とも本殿に詰めていたのかも知れない。
「見えた。あれか」
上り坂の終わりと共に道端が大きく広がり、平坦に開けた場所に出た。舗装道路から西側に外れた先、砂利の敷かれた広場の奥には、暗闇の中で微かに寺院の輪郭が確認出来る。その周辺に身を隠せる場所は無く、探索する為には堂々と身を晒して赴かねばならないようだ。
「どうする?」
「止めて置きましょう。優先して調査したい場所は他に在ります」
それは真木寮の本寮だ。私の期待するものが在るとすれば、そこを措いて他には無い。
私たちは念の為に寺院の付近を避けて、道の東側の森を突っ切る形でその場を抜け、更に北へと向かった。
*
私たちの探索行はあっさりと終点を迎えた。
「行き止まり? 地図ではどうなってんだ?」
「この道路は本来、峠を越えて遥か北の市街地まで続いている筈なんですが……」
道路は、目の前に立ち塞がる小山に呑み込まれる様にして消えていた。その山の上っ面には樹木が立派に生え揃い、どう見ても昨日今日の土砂崩れで塞がったと云う風では無い。これは相当な昔、恐らくは大破壊の頃辺りから、既にこうであったのだろう。
「上まで登ってみます。少し待っていて下さい」
周辺の草の生え方や路面の状況など、到底人の手が入っているとは感じられなかったが、私は、確認もせぬままに引き下がる程諦めの良い性格では無い。再びホッパーブーツの機能を解放し、単身小山を駆け上った。
やがて林を抜け、山頂付近の木の少ない岩場に立った私は、目を凝らして小山北面の闇を見詰める。
雲間から気紛れに顔を出した小望月が暗い大地に陰影を付け、高台からの眺望に立体感を齎す。見渡す限りの山と谷が広がる中、やはり、そこに道は無かった。
「お疲れさん」
麓で待機していたアンザン君の労いに手で返事をしつつも、私は頭の中で考えを素早く巡らせていた。
──真木寮の本寮、一体何処に在る? 要山……古い施設……建築物……
私たちは、未だカンナメの全てを見て回った訳では無い。行けそうな所は納得のゆくまで調べてみるべきか。
「アンザン君。先程の阿弥陀堂、やっぱり行ってみましょうか」
2134年 10月2日 午後11時40分
カンナメ 酉上阿弥陀堂
アンザン
堂は、壁といい屋根といい、木部がだいぶ朽ちてしまっていたが、ところどころが板金で補強され、なんとか建物としての形を保っていた。
明らかに後付けと思われる鉄扉を開いて内部に足を踏み入れると、板張りの床が俺の体重に負けてギシギシと悲鳴をあげる。
人の気配は無く、自慢のこの目にも動くものはまったく見当たらない。横に立つタケウチがハンドライトを取り出したのを見て、自分も遅れてそれにならった。
「念の為、窓は照らさない様にしましょう」
「分かってる」
中は個室のない広々としたひとつの空間になっており、その床のあちこちに布団やら寝袋やらが散らばって敷かれていた。
「住んでるのはマジマだけじゃなさそうだな」
「クエビコたちの宿舎なのでしょうか。それとも……」
「ミュートどもの巣か」
ふたりで手分けして中を探ってみる。布団類を避けて床を踏みながら見回るが、室内には最低限の生活用品が置かれているのみで、特別目を引くものはなさそうだった。
気がつくと、タケウチが建物の右奥のすみに立っている。その前には、几帳面に四角く折りたたまれた布団と、ローテーブルがあった。テーブルの上には本が何冊か立ててならべられていたが、ホコリがつもり、最近手に取られたような形跡はない。
「ふむ、宗教関係の本に、歴史学の概説書ですか」
タケウチはその背表紙のタイトルを、本に顔をこするほどに近づけて興味ぶかそうにながめている。
俺はなんとなく、これらの持ち主はマジマなのではないかと思った。このテーブルと布団の整頓されたたたずまいが、どことなく奴を連想させるのだ。
「引き出しがあるようだぞ」
テーブルの前面に手を差し込むためのスキマが見え、それをタケウチに指摘した。タケウチがそこに手をかけ、引いて開ける。
中にはペンが何本か。それとあれは──
「ドッグタグですね。表面の文字は……ちょっと良く見えませんが」
「貸してみてくれ」
俺はタケウチのとなりに座り、ドッグタグを受け取った。金属製のその表面はだいぶすり減ってしまっていたが、かろうじて「MAJIMA」という文字は読み取ることができた。
「マジマの私物だな。あいつ、やはりどこかの組織の出だったか」
「ただの風来坊では無かったと云う事ですね。しかし、何にしてもこの場所で得られるものはこれ以上無さそうです。次を当たりましょう」
俺はドッグタグを引き出しの中に戻して立ち上がり、タケウチとともに慎重に出入り口へと向かった。
もうじき日が変わる。夜がふけるとともに、俺たちの調査もより謎のふかみへと足を踏み入れつつある。
俺の頭の中には、そんな予感めいた奇妙な実感があった。