2134年 10月3日 午前0時10分
カンナメ 材木置き場裏手
アンザン
カンナメ探索の道中、暗がりの中に小さな人影──おそらくはミュートを見かけた付近に、俺たちは戻ってきた。ここは、マジマの話によれば材木置き場なのだそうだが、それをまるきり信じてやる必要はないだろう。
建物の周囲にいたミュートらしき姿はすでにない。道からのぞいた限りでは、入り口は建物の西側か北側にありそうな構造だったが、俺たちはなるべく人目につかないよう、東の道路から林を突っ切って近づいてみることにした。
「先程も気になりましたが、やはり少し臭いますね」
「換気扇が回ってるな。そこからあかりが少しもれている」
細長い平屋の屋根の東端には70センチから80センチくらいはありそうな大きなファンが取りつけてあり、どうやらそれは今も動いているようだ。とすると、やはりこの臭いは建物の中から出ているものなのだろう。
「密閉型の畜舎などに使われる大型の換気扇ですね。材木置き場に必要とも思えませんが」
「あそこのスキマから内部が見えるかもしれん。俺がのぼってみるから、下で警戒していてくれ」
俺は屋根のやや低くなっている部分を目がけて、一気に跳びあがる。ブーツの緩衝機能により、俺の体重にしては着地も比較的静かなものだったが、それでもスレート屋根を打つ音が多少、辺りに響いた。
その瞬間、建物の内部が一瞬ざわついたように思えたが、その後すませた耳に聴こえてくるのは、ファンの回る音と周辺の環境音くらいのものだった。
あまり丈夫では無さそうな屋根材をうっかり踏み抜かないよう慎重に歩みを進めながら、少しずつ換気扇に近づいていく。同時に、ただよってくる臭いもより濃くなって鼻の中を突き刺した。その不快感に思わずえずきそうになる。この腐敗臭にも似た、すっぱい刺激。そして──
ぎゃ……ぎゃ……
気のせいではなかった。やはり、建物の内部になにかがいる。それの立てた音が──それの発する声が聴こえる。俺は換気扇にとりつくと、開いたシャッターのスキマから中をのぞきこんだ。
屋内は暗い。だが、低い位置で等間隔につるされた赤色灯が、床のあちこちをはいずり回るなにかのシルエットを浮かびあがらせた。無数の小さな影。俺の目にもしっかりと映る、しかしなにであるとも形容しがたいその姿たち。にわかに「センサー」が反応する。
「……っ……ぉ…………ゕ」
自分の鼓動が一瞬強く高鳴る錯覚。その姿と同様に具体的には判別できなかったが、ここにいるものたちから発せられたのは、間違いなく「言葉」だった。
俺は屋根を下り、今見た内部の様子をタケウチに伝えた。
「モンスターの類いでしょうか。それを飼育している……?」
「視認できる範囲にはクエビコもミュートもいなかった。入り口近辺はわからんが、気になるなら中を調べてみるか」
タケウチがうなずくのを確認し、入り口を探すべく俺は先行して建物の北側へと回った。
建物の北側壁面には、等間隔でならんだ排気口らしきものがあるほかは、窓も入り口もない。よく見ると、建物まわりの下草はきれいに刈りとられており、壁や屋根にふれないようにとの配慮か、近くの木も枝が打たれてよく手入れされていた。これらもミュートどもの仕事ぶりなのだろうか。
壁ぞいに進んでいくと、建物西の広場から、さらに北へとゆるい坂道がのびているのが見えてきた。あの道の先も、今までの情報にはない未知のエリアだ。この建物を調査したあとは、あちらも探索すべきだろう。
周辺を警戒しながらゆっくりと建物西側に回りこみ、閉じられた大きなシャッターの左脇にある、アルミ製の引き戸の前に立つ。そして、「耳」と「目」で内部の様子を確認する。
中に、人はいない。カラカラと音を鳴らして戸を開くと、内部から昼光色の光が飛び出してくる。俺たちはすばやく中に入り、戸を閉めた。
屋内はちょっとした倉庫のようなたたずまいで、クルマを二輌はとめられる程度の広さがあった。入って正面奥の低い階段を上がった先には、入り口のものと似たアルミの戸。右手側、閉じられたシャッターの内側には、トラック一輌分のプラットフォームと、奥側アルミ戸の右並びに両開きの鉄扉がある。少なくともそのいずれかは、先ほど換気扇のスキマから見た、あの空間に通じているのだろう。
右手奥、南の壁ぞいには大型の冷蔵庫とスチール棚がならべられ、工具やら洗浄機やらがよく整頓されて置かれている。その反対側、北側の壁ぎわには事務用デスクがふたつならび、その両脇のラックにはホコリやら濡れやらで汚れたファイルや封筒が詰めこまれていた。デスクの上にはケース入りの注射器や、色とりどりの無記名ラベルがはられたボトルなどが目につく。
そして壁の、ちょうどデスクのイスに腰かけた時の目線の高さくらいの位置には、手書き文字のはり紙が何枚か掲示してあった。
「なんとかスケジュール……AM、なんとかミート……」
漢字が多く、細かな部分までは理解できないが、書いてある内容はどうやら作業員への指示のようだ。
「給餌スケジュールですね。奥で飼われているモンスターに関するものでしょう。……午前、豚ミートか蛇ミートと各種ミート一種、午後、各種ミート一種。羊ミートは一日一回、部位を問わず一頭当たり2キロまで……20時間を超過したものは牧場に回して直ぐ給餌」
「牧場か、知らんな」
「この村にはまだまだ私たちの訪れていない場所が在る様ですね……続きです。24時間を超えたもの、24時間以内であっても目視で変異が認められるものは、直ちに焼却処分とする。絶対に与えない事……ですか」
変異、という部分に、儀式の中で横たわっていたハバキの遺体が思いおこされる。しかしそれよりも、その前から気になっていたことがあった。
「その羊ミートってのはなんだ? 羊ってのは、あの羊か? 絵本とかによくでてくる……」
「あ、ご存知でしたか。いや、実は私もそこは引っ掛かっていました。羊は大破壊以降でほぼ絶滅した生き物です。更に、既存の生物を素体にしたバイオモンスターは数多く存在しますが、羊を使ったそれはハンターオフィスでも未確認だった筈です」
「この地域にしか存在しない希少種ってワケか」
「そう……かも知れません」
タケウチの、少しふくみを持たせた言いかたが気になったが、あまりのんびりとおしゃべりをしてもいられない。またすぐミュートやクエビコがここに戻ってこないともかぎらないのだ。
「よし、さっさと奥のバケモンの姿をおがむとしよう」
「あ、ちょっと待って下さい」
階段を上りきり、アルミ戸に手をかけようとしたところで呼びとめられる。
「入り口の注意書きに、こう有ります。給餌の際は必ず防護服を着用する事」
たしかに、飼育されているとはいえモンスターのたぐいだ。油断をすれば事故がおきることもありうるだろう。とはいえ、その肝心の防護服も近くには見当たらない。
「ま、気をつけるとしよう」
俺はタケウチに手で合図をおくり、アルミ板の向こうがわの様子に注意をはらいながら、その戸をそっと開けた。
暗い。それは、電灯もなにもない殺風景な小部屋だった。入り口からの光と、はめごろしの天窓からさし込むほんのわずかな月あかりだけが、部屋の様子を教えてくれていた。
「内外から疫病を持ち込まない為の緩衝室でしょうか……ほら、奥にもう一つ扉が有りますよ」
ハンドライトをともすと光のすじの中にこまかなホコリがみだれ飛び、その照らす先、入り口から正面向かいには片開きの扉が見えた。この扉が、あの飼育室に通じているのだろう。
さすがにこちらはアルミではなく鉄の合金で作られているらしく、金属製のかんぬきでしっかりと外から閉じられている。その重厚な扉の奥で、たしかに連中がうごめいているのが俺には分かった。
「開けるぞ」
俺はレバーを持ちあげてかんぬきを外し、扉をゆっくりと外側に開いた。
遠くでうなるファンの音。扉のスキマから流れ込んでくる、あのすっぱい異臭。まとわりつくような熱気としめり気。暗闇の中にならんでさがる赤色灯。それをひとつひとつ囲むように床からのびる、目のこまかい格子状の鉄柵。その内側からざわざわと漏れ聞こえてくる、声にならない声たち。
「……ょ…………ぇ……ゕ」
俺のすぐうしろで、タケウチが息をのむ様子が伝わってくる。
「確かに、これは……人の……」
彼が言葉を発すると、声の主たちはそれに反応したのか、濡れたモップを引きずるような音を立てながら柵の中をあわただしく動き回った。
「ぉぉ、ぉぉぅ! ……ぉゃ……ぃぃゃ……!」
そして、先ほどよりもはっきりと言葉らしい、だが意味はまるでわからない音のつらなりをまくし立てるようにしゃべる。
一歩、二歩と柵に近づき、俺は、そいつらの姿を見た。人間のそれにも似た、だが人の顔面ほどもあろうかという特大サイズの口。そこにはそれだけがあった。それは、何百何千本もの繊維がよりあつまってうごめくタンブルウィードのような濃い緑のかたまりの中心にぽっかりと開いて、中に白い歯と長い舌をのぞかせている。
うごめく口たちはよく見ると個性があり、人のような平たい歯を持つものもあれば、肉食動物のような鋭い牙を生やした個体もいる。舌も平らなものから細長い形のものまで──
「おい、こいつらの姿に見おぼえないか?」
俺の言葉に、タケウチも一歩前へとふみ出し、柵の中をまじまじとながめ始めた。
「……人攫い」
そうだ。開いた口に生える牙と長い舌。ただそれのみが描かれた、人攫いこと賞金首ニンゲンナッパーの人相書によく似ている。もしかすると、あれは、これを描いたものなのではないか。
だが、このような小型モンスターが賞金をかけられるほどの脅威と見なされるとは考えにくい。それに、この数……
「これらは幼体。そして、人攫い──ニンゲンナッパーと呼ばれる賞金首は、単一の個体では無かった……そう云う解釈はどうですかね」
「こいつら全部が人攫いだと?」
思わずそう口に出したが、タケウチの推測は、まさに俺が考えていたものと同じだったのだ。
「いずれはその様に成長する、これらはその候補なのではないかと。それを村が、マミュウダらが飼育、管理していた……」
よく観察すると、モンスターどもの胴体──この表現が正しいかに自信はないが──その暗い繊維のうねりの中に、橙色のタグが見え隠れしているのがわかる。あれは「耳標」か。こいつらは家畜と同様に、個体識別番号をふられているのだ。
「……村が賞金首をでっちあげてたっていうのか?」
「思えば村のハンターオフィスでは人攫い退治を推してましたし、被害の規模に比べて近隣の町やトレーダーからの認知度も高かった。村がハンターオフィスを通じて積極的に情報を発信していた可能性は在ります。名前が売れれば、賞金目当てのハンターが集まる。ハンターが集まるなら商売目的のトレーダーも寄りつく。村が潤います」
「で、仮にニンゲンナッパーが退治されても、おかわりはいくらでもあるってことか。だが、せっかく命がけでモンスターを倒したハンターらはだまっていないだろう」
「黙ったんだと思います。村人らの手に依って」
瞬間、脳裏によみがえったのは、エイコから受けとったあのリスト。そして民宿の宿帳。行方不明のハンターたち。
「マジかよ。だがそんな不正、ハンターオフィスが見過ごすか? あの事務員のおっさん、しょぼくれてはいたが目ききはなかなかの……いや、まて、村のハンターオフィスも一枚かんでるってのか?」
タケウチはそれには返事をしなかったが、暗がりの中に浮かぶその両目は俺の問いかけにうなずいているように見えた。
「今の話は全て私の想像です。ですが、これまでに得た情報を矛盾無く繋げると、そのような筋書きが見えて……おっと!」
ふいにタケウチが飛びのくと、彼の立っていた床に液体がはじけてぐじゅぐじゅと泡だち、立ちのぼるすっぱい臭いが鼻を刺激した。モンスターが口から酸のようなものをはきかけてきたのだ。防護服が必要だというのは、おそらくこれが理由だろう。
「ぁっぃ、ぁっぃ」
一瞬背筋が凍る。連中がとうとうはっきりと人の言葉をしゃべり出したのだ。
「だまれ!」
こいつらはただ鳴いているだけなのだ、ケダモノが人をまねて音を出しているにすぎないのだと、そう自分に言い聞かせる。
「ぃぁ……ぃぃ……ぁぃっ……っゕぁぁぉゕぁぉぅぅ……ょ……ぁゃぃぃ……」
吐き気がした。このモンスターの醜悪さにだけではない。村ぐるみでおこなわれているいとなみの業の深さと、これから自分がやらねばならないことに対する気の重さにだ。
仕事は仕事。俺はもちろん、すべての可能性を考慮し、覚悟をもったうえで今この場に立っている。ならば、やるべきことを粛々と実行するほかに道はない。分かってはいたはずなのだが。
「少し長居しました。もう出ましょう」
あわてるように出口に向かうタケウチを目で追いながら、俺は遠ざかるその背中をじっと見つめた。
──まあ、探偵ごっこもなかなかおもしろかったよな。
2134年 10月3日 午前0時29分
カンナメ 材木置き場北
タケウチ
不明生物の飼育施設を後にし、アンザン君の発見した、ここから更に北へと延びる林道を進む。
路面は新旧の舗装が継ぎ接ぎになっており、転落対策用の防護柵も大破壊以前に作られた頑丈な金属製の物と、木製の簡素な造りの物が混在していた。古地図を見るに、この近辺を通る道路は確かに昔から存在していた様だが、その形状は現在とでは大分違って感じられる。恐らく、山が崩れるなどして道が寸断した後、生きている箇所同士を繋げて新たな道筋を作り直したのだろう。
道すがら、私は先程の飼育施設について考え続けていた。モンスターの飼育、などと言うとそれだけで狂気の沙汰の様にも思えるが、大破壊以前から継承されている畜産の現状と比べ、然程大きな差異が有る訳でも無い。今現在人に飼われている牛や豚なども、多かれ少なかれが遺伝子操作に依ってリデザインされており、その存在意義は違えども、本質的にモンスターたちと同類ではあるのだ。
異様なのは、その形態の小ささと不完全さにも関わらず、人体と酷似する部位と機能を備えている点。そして、飼料の給餌や投薬に関して、ある程度高度な技術と知識が注ぎ込まれているらしき点だ。
直接飼育に関わるのはミュートやクエビコたちなのだろうが、大破壊前の知識を保有する真木寮がその指導を行っている事は想像に難く無い。何せ、飼育場からそれ程遠く無い場所に在る家具工場と真木寮が、直接道で繋がっているくらいなのだから。
そして、ネノタキ神社の儀式の中でハバキの姿を見た時に感じた既視感。あの時と似た感覚を、飼育室に入った時に確かに覚えた。理由は分からないが、その事が、あのモンスターたちが儀式と無縁で無い、或いは同質のものであると感じさせたのだ。
あれが私の目的に繋がるものだとの確信は得ていない。だが徐々に、外濠を埋める様に、それに近付いてはいる。
「そういえば……」
前を歩くアンザン君が首を少しだけ回して話し掛けてくる。
「さっき、なにか言いたそうだったな」
「さっき? 何時です?」
「羊の話」
「ああ……」
飼育場にて制限付きで給餌されていたと見られる「羊」について、アンザン君は絶滅種である筈のそれが、この地域にのみ繁殖しているのではないかと理解していた。それが有り得ないとは言い切れない。だが、私の頭の中には別の回答が在った。そして、それは飼育室内に入って、より確信めいたものに変わっていた。
「昔読んだ本に、特別な羊料理なるものが出てきたんです」
「特別な羊?」
「人です」
「ああ……ね」
アンザン君は意外にも、この説をすんなりと受け入れた様だった。
「だまらされたハンターどもの末路ってワケか」
村の利益を損なう恐れの有る者たちは、村人らに依って処分され、そして飼料として「活用」されていた。つまりはそう云う事なのだろう。
「ですが、まだ良く分からない部分も有ります。私が古い宿帳に見付けた名前の中には、人攫いが指名手配される前からの行方不明者も居ました。勿論、偶然である可能性も無いとは言い切れませんが……必ずしも人攫いを倒した者だけが失踪の憂き目に遭う訳では無く、他の理由も有るのではないかと……」
他の失踪理由。他の活用法──そうだ、ハバキの遺体は解体された後で本殿に運ばれていた。つまり、村の「墓」はネノタキ神社の本殿内に在るのだろう。しかし、そこには入れられずモンスターの飼料となっている者も居る。その違いは何か。例えば、身内と余所者の違い、性別の違い、年齢の違い。また、変異の進んだ人肉の給餌は忌避されてもいた。変異したものは「墓」へ、そうでないものは飼料とされたのかも知れない。だが、一旦飼料用とされた人肉が時間経過で変異した場合には焼却が指示されていた。そこはどう線引きされているのだろうか。
「しかし気味の悪い化け物だったな。人間様の言葉をまねるなんざ、そんなモンスターは聞いたおぼえがない」
「いえ、他に例が無いではないんです。高度なマシンやサイバネティクスを取り入れたモンスター、後は擬態型のバイオニックモンスターなども人間の声や形態を模して獲物を誘うケースが稀に有ります」
そう言いつつ思い出すのは、飼育室で見た生き物たちの異様な姿だった。個体差も大きい上に流動的で不安定な外見。人肉をも与えられた、人間の特徴を持つ生物。では、肉食獣の如き牙を持っていた個体は、獣の肉を食べていたと云う事にはならないか。あれは、捕食対象の特徴を取り込む性質の不定形モンスターなのかも知れない。
*
やがて道は終点を迎え、私たちはその先、森の開けた山頂の草地に出た。薄雲を抜けて差す僅かな月明かりに照らされた草地は淡く光を湛え、そこに鎮座する六つの影を浮き上がらせている。草地に散らばって置かれたコンテナ状の物体。それらを囲う様にして、森との境界には単管パイプを組んだ柵が張り巡らされていた。
「柵にかこわれた草地……もしかすると、ここがさっきの紙に書いてあった牧場ってやつか」
そう聞くと、確かにそのようにも見える場所だ。私はアンザン君の言う紙──先程飼育場で見た掲示物の内容を思い出した。
「20時間を超過したものは牧場に回して直ぐ給餌……」
牧場、そして給餌。つまりここにも何かが居る、と云う事だ。
周囲に人の気配が無いのを確認し、私たちは柵に近付く。草地の中央へと延びる砂利道を門の様に塞ぐ単管パイプは、留められたナットを手で緩めるだけで容易に外れる仕組みになっており、私たちはパイプをそっと引き抜いて地面に置き、柵の内側へと侵入した。
踏み固められた道は真っ直ぐ正面へと走り、左右に三つずつ離されて置かれたコンテナに向かい、それぞれ枝道が伸びている。
私たちは六つ在る内の一つ、右手前のコンテナの前に立った。そのコンテナの前面のシャッターには、擦れてはいるものの紋章の様なものが大きく描かれている。
「ヴラド・コーポレーション……」
大破壊前、神話公司と世界を二分した巨大複合企業ヴラド・コングロマリット。その中核がヴラド・コーポレーションだ。工業、医療、農業など、有りと有らゆる分野でトップクラスの市場占有率を誇っていたヴラド社のロゴがコンテナに描かれている事、それ自体に驚きは無い。だが、この村に於いてこのロゴを見付けると云う事には、やや特別な意味合いが在った。
「これ……マル書いてちょんじゃねえか?」
アンザン君が突然、妙な事を言い出す。
「何です、それは」
「このマークだよ。村のあちこちにあったんだ。ソシモリの手前のほこらとか、エンシオのとこのため池とかさ。ネノタキ神社の本殿でも見たぞ」
「そう云う事は早く言って下さいよ……」
「いやあ、あれだけメモりながら村を見て回ってた先生ならとっくに気づいてるだろうと思ってさ。しっかりしてるようで案外ぬけてるね」
全く返す言葉も無い。だが、アンザン君の語った内容は、私の自説を裏付けるものだった。ならば尚更このコンテナの中身に興味が湧く。
持ち手の無いシャッターの右脇で緑色に光る小さなディスプレイには、内部の温度や湿度などが表示されている他「LOCK」の文字も見える。現代の技術では造る事が難しいであろう重厚な合金の一枚板を組み合わせたコンテナは、開閉や内部環境の調整が電子制御で行われているらしい。コンテナの動作には相応の動力が必要な筈だが、村に張り巡らされた電線もここまでは届いていない。地下を通っているのでなければ、恐らく原子力電池でも使っているのだろう。
ディスプレイ直下のカバーを開くと、各種スイッチ類の他、カードリーダーとテンキーが現れた。どうやら端末の操作にはIDカードやパスワードが必要の様だ。
ディスプレイの上の辺りには後付けと見られる白いプラスチック板が貼り付けてあり、そこには黒インクで番号が手書きされている。
* * *
R-6
2129-05-15
2601290403
* * *
真ん中の数字は日付だろう。凡そ5年前……このコンテナに「荷」が入れられた日だろうか。そして、その「荷」の正体。私の推測に沿って考えるならば、それは飼育場に居たあのモンスターの成体、即ち、人攫いとかニンゲンナッパーだとか呼ばれるものである筈だ。
他のコンテナも調べるべく草地を横切ろうとした時、地面が草ごと抉れている場所が在るのに気が付いた。
近寄って良く見ると、円形に禿げた草地のその際は露に濡れながらも若干焦げており、土の上には極小の金属片の様なものも見受けられる。
どうやらこれは何らかの爆発物が炸裂した痕だ。少なくとも数日の内には出来たと思われる痕。仮に私たちが村に来てからのものだとすると、思い当たる事は……有る。ハバキが死亡した日の夜にトレーダーたちが聴いたと云う爆発音と銃声だ。
実はあの後、女将さんやバンショを含む何人かの村人にこの音について尋ねてみたのだが、聴いたと云う者は全くおらず、私はそれをやや不審に感じてはいた。
バンショからは村のハンターが猟でもしていたのではないかと言われ、一時納得してしまってもいたが、そう云えばまだ裏を取ってはいない。少し考えてみればハバキ死亡の大騒動の中、そっちのけで猟をすると云うのもおかしな話であるし、また、ドライブインにてカンナメ方面から聴こえたとされる音を、その中間点である村内で誰も聴いていないと云うのは、やはり不自然である。
村人たちの一部は、実際にはその音を聴いていたのではないか。そして、それが何処で、何故に発せられたかを知っていたのではないか。そうであるならば、彼らは何者かの指示に依って、或いは自発的に口を噤んでいたと云う事になる。
女将さん、マスター、バンショ……村の皆々の顔を思い浮かべてみる。僅かな日数ではあるが、交流し、時には笑い合った人たちだ。その彼らが、俄かに、本質的には相入れる事の無い人々の様に思えてきてしまう。彼らにとって、村にとって、私たちはやはり異物なのだ、と。
──その彼らの精神的支柱であろう聖域を軽々侵して置きながら言えた事では無いか。
ふと湧いた感傷に近い心の揺らぎを、私自身が嗜めた。だが、この感傷こそが私が最も失いたくないもの、私を「人間」に留め置く掛け金ではないだろうか。
「おい」
小さな声で呼ばれ、意識は暗い夜の闇の中に引き戻される。私はアンザン君の待つ、草地右奥のコンテナへと急いだ。果たしてそこに在ったのは、空の中身を晒して大きく開口したシャッターだった。
懐中電灯で照らしたプラスチック板には、R-4と表記されている。とすると、一番上に書かれたこれは、恐らくコンテナの管理上の番号を表しているのだろう。二段目は保管日、三段目が個体識別番号ではないか。
「中身はどうした……」
やや不安そうなアンザン君が電灯で照らしたコンテナの縁、その非金属の部分に弾痕らしきものが確認出来る。この弾痕、先程の爆発痕、そして先日の銃声と爆発音……やはり、あの日、夜8時から9時にかけて、何かが起こっていたのだ。正に、この場所で……
「少し調べてみますか」
私は昨日と同様に金属探知機を懐から取り出し、それを展開させた。
「広域モードで見てみます」
この探知機は大破壊直前頃に開発された高性能モデルらしく、電磁誘導と磁気誘導を高度に組み合わせてある複合型だ。商標はその名も「グレート金属探知機」だとか。確かに一般に出回っている探知機と比べて高い探知性能と耐久性を持ち、過去の調査でも度々活躍して貰っている。
「コンテナに反応しちまわないか?」
アンザン君が心配する通り、確かにセンサーは金属製コンテナに引っ掛かるだろう。だがそれは織り込み済みだ。
探知機を広域モードで動作させると、小型ディスプレイのマップ上に、コンテナのものらしき強い反応が現れた。私はそれらの表示を指でタップし、反応の候補から除外する。やや重装備の故か思ったよりも強い反応が出ているアンザン君と私自身、それから周囲の単管パイプも同様に除外して再探知を掛けると、より微細な反応がマップに表示される。
最も近い反応は、先程の爆発痕の辺り。これは土の上に散った金属片だろう。その他は柵の外側、この草地の入り口に近い森の中に幾つか反応が在る。
「行ってみましょう」
反応に近付こうと柵まで来ると、先程は気付かなかった異状を見付けた。懐中電灯の光に浮かんだのは、柵のパイプを掴むような形で付いた血の手形だ。昨日の雨故かパイプの上面はほぼ形跡が無いが、下側にはこびり付いた血の塊が筋となって残っている。やはりここで戦闘が有ったのだ。そして、大量の血が付いた手で柵を握り締めた……
周辺の地面にも血痕を探したが、何も見付からない。だが、この手形は、この先に在る金属反応の場所に向かう際に付いたものだと推測出来た。
果たしてその森に入って直ぐの場所、地面から持ち上がった木の根の影に隠れるようにして、一丁の小銃は在った。
「レーザーライフルだな」
私の拾い上げた銃を、アンザン君が覗き込む。先程見付けた弾痕や、先日の銃声とは符合しないが、これも手形の主の持ち物と見て間違い無さそうだ。こちらにも銃把の溝に血糊がこびり付いている。
銃をアンザン君に手渡して地面を灯りで照らすと、辺りにも所々に凝固した血液らしきものが見受けられた。木々が屋根代わりになっているとは云え、あれだけの雨で流されないとは、相当な血の量だったに違い無い。
受け取ったライフルの調子を確かめているアンザン君を尻目に、私はもう一つ在った小さな金属反応を探した。
反応地点へと近付いて行き、茂みを掻き分けた私は、一瞬我が目を疑った。草木の合間の地面に、ブーツが片足分だけ、しっかり立てて置かれていたのだ。それは場にそぐわない実に奇妙な光景だった。一見して丈の短いショートブーツと見えたが、そのブーツの中は赤黒い何かで満たされ、その中心には僅かに白いものが有る。これは──ブーツごと切断された、人間の脚だ。
ブーツに顔を寄せて細部の確認をすると、或る気付きが在った。ブーツの甲の部分に取り付けられたストラップが、イナハチ神社のハバキ殺害現場で拾った小さなベルトと酷似していたのだ。直様図嚢からベルトを取り出して見比べると、これら二つは正しく同じ物だった。
詰まり、ハバキ殺しの下手人は、事件後にカンナメの奥地に侵入。流れは不明だが、開放された飼育モンスターと交戦し、死亡した──そう考えられる。
そして、その下手人とは、恐らくは行方を眩ませたままのハンター三人組、ビサドたちだ。遺品と思しき銃が、その証拠となり得るかも知れない。エンシオやマスターならば、それを見覚えている可能性は在る。聞き込みをしてみるべきだろう。
しかし、ビサドらが既に死んでいるとして、肝心の死体は何処に行ったのだろうか。この脚の様子から見て、モンスターに捕食されたのだろうか。若しくは、深手を負って死に、ハバキの様に「スクナビコ」に憑かれて何処かへと去ったか。或いは──
「ぁっぃ、ぁっぃ」
飼育室に蠢くあのモンスターの幼体らの悍ましい姿が、あの生々しい人間の如き囁き声が、脳裏に甦る。
──羊ミートか。
その時、何かゾッとする様な、冷たく重い気配が辺りを覆い、背筋に電流が走るが如き怖気に襲われた。
アンザン君が駆け寄って来る。
「先生、どうもここはヤバそうだ。戻ろう」
何が、とは言わない。彼も漠然と、身に迫る危険を感じたのだろう。
私たちは探知機や電灯を手早く片付けると、即座にその場を離れて、来た道を戻った。
*
まばらな月明かりの下、山中を曲がりくねって走る、継ぎ接ぎだらけの舗装道路。
飼育場までの一本道を駆け戻っていた私とアンザン君は、見えない壁に衝突するが如き勢いでその足を止めた。道の先、その真ん中に、いよいよ晴れた夜空から降り注ぐ十四日月の光に象られた、或る影を目にしたのだ。
人だ。髪の長い──女、だろうか。どうやら天を仰いで月を見詰めているらしきその横顔の人物は、暫しの間体勢を変えないままじっとしていたが、それが、ふとこちらに向き直る。
その両眼に宿るのは漆黒。顔面にぽっかり並んで空いた二つの深淵。そして女は半身を引き摺る様にしながらゆっくりと、実にゆっくりと近寄って来る。彼女は、右脚の脛から先が無かった。
「アイツ、見たことある……たしか、酒場にいた、あの三人組の……」
アンザン君の声は心做しか上擦って聞こえた。
酒場で見掛けた三人組。後ろで結えられていた黒髪は解けてしまっているが、言われてみれば確かに私にもそう見える。ビサドのチームの紅一点──ネオ、とエンシオは言っていたか。だがあの様子、私の想像通りだとすれば、最早会話が出来る状態ではない筈だ。
不意にネオ、らしき者が左手を持ち上げ、こちらに向かってそれを突き出す。
「危ない!」
私は右手の防護柵側に駆け出しながらアンザン君に注意を促すが、彼もまた危険を察知してか、左の岩壁側に飛び退いていた。左右に別れた私たちの間の空気が貫かれ、銃声が轟く。
私はそのまま防護柵を飛び越えて、その直ぐ外側の急斜面を滑り降りた。振り返って見上げた先、柵の側までやって来たネオのシルエットに左手首は無い。彼女は棒の様になった左手を再度突き出し、そこから火を放った。乾いた音と共に銃弾が飛来し、私の背後の木々の中で跳ね回る。私は身を低くしながら、林の中を道路沿いに駆けた。
やがて銃撃が止んだのを感じて振り返ると、ネオは私を追って斜面を下って来る所だった。つい先程まで歩くのがやっとの様子だった彼女だが、何時の間にやら機敏な動作で、だが、片足首が無いが為にぎこちない奇妙な動きで私を追って来る。
暫く走ると、道路に上がる為の階段が在った。段飛ばしでそれを駆け上がるが、コンクリート製に見えたその段を踏み切った時に、異様な感触が足先から伝わってくる。固いが、何処か弾力が有る様な、まるで巨大な生き物の背──
瞬間、階段が中央から上下に裂けた。私は段を蹴り飛ばして横に飛び退く。階段の表面や周囲の土は不気味に脈動を始め、口の様に広がった裂け目からは、正に「歯」の如き白い連なりが現れた。上下二列に並んだその間に、それ自身が生きているかの様な「舌」らしき器官が暗闇の中に踊る。
この姿──擬態型のモンスター、ネオの脚を切断しビサドらを殺害したもの、R-4コンテナの中身、飼育場のモンスターの成体、村人らが探していたラア、噂の人攫い──一目見て確信した。こいつこそが賞金首モンスター、ニンゲンナッパーだ。
即座にブーツの機能を使い道路に跳び上がるが、巨体は思いの外機敏に反応して迫って来る。私は図嚢のホルダーに直接差してある発煙筒を引き抜くと、その先端を舗装面に擦り付けた。それと同時に大量の煙が筒から吹き出し、ただでさえ暗い視界を漆黒に染め上げる。
私は筒を怪物に向かって投げつけ、煙幕から脱出した。視覚か嗅覚か、奴が何を頼りにしているかは分からないが、この煙はそのどちらをも阻害する筈だ──
そう僅かに気が緩んだ一瞬、暗闇の中から液体が迸り、辺りの路面を濡らした。反射的に左手で顔面を覆うと、その義手にも液体が掛かり、表面が焼ける音と共に異臭が鼻を刺す。その鋭い臭いは、飼育場で嗅いだものと良く似ていた。
奴が私を認識している様子は無く、どうやら当てずっぽうの攻撃だったらしい。今は獲物を見失って狂乱し、奇声を発しながら周辺の地面や岩壁に滅茶苦茶な体当たりを繰り返している。
「全く酷い有様だな」
背後からの声に、思わずびくりと肩が震える。私の横を悠然と通り過ぎて前に立ち、煙の中のニンゲンナッパーと対峙したのはマジマだった。
「彼奴を仕留める。手伝え」
直ぐにでもその場から退散してしまいたい所ではあったが、マジマのその端的な言葉には有無を言わせぬ力が在った。
ホルスターから拳銃を引き抜き戦闘に備えようとした時、私は崖上からチカチカと送られる電灯の合図に気が付いた。アンザン君だ。月に照らされたその姿が構えるのは、先程牧場で拾ったネオの銃だろう。
「マグナムと手榴弾で援護します。あと、高所には相棒のレーザーライフルが控えていますので」
「上出来だ」
マジマは背中に吊ったアサルトライフルを前に回して構えると、未だ晴れない煙幕の中に躊躇なく三点射を撃ち込んだ。
ぎゃっと微かな低い呻きが漏れた直後、煙を振り払って猛進する黒い影が路上の私たちに迫った。そして、夜の闇の中でも白く浮き上がる歯──いや牙と呼ぶべきか、それが上下からマジマを噛み裂かんとする。
瞬間、眼前に閃光が弾けた。反射的に両腕で顔を覆うと、爆風と共に左手の義手に金属片が叩き付けられ甲高い音が鳴る。破片の幾つかは服を切り裂き、肉を僅かに傷付けた。
見るとマジマは銃を前に構えて不動のまま。対するニンゲンナッパーは巨体を震わせて身悶えしている。どうやらマジマがアサルトライフルに装着されたランチャーから擲弾を発射したらしい。彼は私より近い位置で爆風をその身に受けた筈だが、まるで動じた様子も無かった。
一方のニンゲンナッパーは牙を幾本か喪失し、口の周りから出血もしている。マジマは恐らく開いた口腔内を狙ったのだろうが、素早く閉じられた口と牙にそれを阻止された形だ。
痛みに因ってか激しく暴れる怪物。その脇を擦り抜ける様にして、別の小さな影が場に躍り込んで来る。異形と化したネオだ。右手首から先は何時の間にか鉈状の刃物に変じており、彼女はそれを振り翳しながら、ペタペタと足音を立てて私の方に駆けて来た。
私は右手に持った拳銃のフレームの先端を左義手の前腕に設けられた凹みに載せてネオに狙いを付ける。が、暗い。元々射撃が得意でない自分が適当に撃って命中させられる気は全くしなかった。ならば、確実に中る距離になるまで待つしかない。
ネオが近付いて来る。十分に引き付け、あと一歩踏み込まれたら撃つ──そう思った時、彼女は急に踏み止まり、暗い眼窩に薄赤い瞳を光らせながら左手の銃口を突きつけてきた。
その射線を、上方から鋭く差し込んだ青白い光の筋が遮る。アンザン君に依るレーザーライフルでの援護射撃だ。目の前で隙を曝け出して棒立ちになったネオの顔面に、すかさず私はマグナム弾を二発叩き込んだ。
これが人の頭部であれば、通常は跡形も残らない。だが、その「手応え」は異様だった。鈍い金属音と共に顔面で銃弾を受け止めた彼女は、しかしかなりの損傷を負いはしたのかよろめきながら後退り、未だに悶えている怪物の居る方へとふらふらと近付いて行った。
ネオの接近に反応したニンゲンナッパーは無慈悲にもそれに頭から齧り付き、割れた歯の隙間から彼女の下半身が飛び出してばたばたと暴れる。怪物はそれを厭うたのか、口を開いてネオを吐き出すと、彼女に向かって酸の体液を大量に浴びせ掛けた。
声にならない断末魔を上げて凄まじい臭気を発しながら身を捩るネオは、少しの間酸溜まりの中でカサカサと手足を動かしていたが、やがて身体を縮こませたまま動かなくなった。
ニンゲンナッパーは周囲に新たな獲物を探して身を捩ると、再び私とマジマに狙いを付けた様だ。
マジマは三点射撃を数度繰り返して自分に注意を惹き付けつつ、銃を構えたまま距離を取る。
注意がそちらに向いている隙にと、私は図嚢を弄って手榴弾を一つ取り出した。円筒形をした苔色のそれの側面には、やや読み難い黄色で「FREEZE」の印字。詰まりこれは冷凍手榴弾だ。私は迷わずそれのピンを引き抜き、マジマに肉迫する怪物に向かって真っ直ぐ投げ付けた。
盛大な破裂音と共に薄ら白い靄が周辺に広がり、怪物の表皮が俄かに凍て付き始める。身体に纏わり付く氷の戒めを振り解かんと、歪な階段状の身体をくねらせる様にしながら持ち上げた怪物だったが、その胴体は再び崖上から撃ち下ろされたレーザー射撃に依り道路に縫い留められた。地面を舐めた怪物は「顔」を持ち上げて咆哮する。その口の中に、今度こそマジマの発射した擲弾が撃ち込まれた。
閃光、衝撃、爆音。ニンゲンナッパーの頭部──と思しき階段の上段部分は内側から大きく縦に裂けて、噴出した強酸性の体液が辺りに散布される。その飛沫の幾つかは私の服の数ヶ所に穴を空けた。
ニンゲンナッパーは低い音で一声唸ったかと思うと、半ば千切れかけた舌を口からはみ出させながら項垂れ、それきり動きを止めた。身体の下からは大量の体液が染み出し、舗装道路を濡らす。鉱物の如き表皮は繊維ばってばらばらと解け、飼育場の幼体にも似た不定形な姿に変じている。胴体の側面には、眼球の様に見える白い物体が眼窩らしき窪みの内側から飛び出して、それが紐状の神経の束に依って辛うじてぶら下がっていた。モンスターは明らかに死んでいた。
「ご苦労だったな」
マジマは路面に広がった体液にブーツを濡らしながらニンゲンナッパーの死骸に近付き、その背に当たる部分を弄った。そこに現れたのは、白っぽい札の様な物──恐らくは識別標か。やはりこのモンスターは飼育場のあれの成体だったのだ。
続いてマジマはネオの遺体の近くに寄って、それを見下ろす。
「成る程、三人組か」
確認する様に呟くと、最早人間としての原型を留めていない遺体の異常な姿そのものにはさして興味が無い様子で、直ぐに私の方に向き直る。
「こいつがハバキ殺しの下手人、という事で良いのかな」
「ええ……恐らくは」
確証は無いが、事件現場の遺留品、そして牧場に侵入した形跡から見て、彼女らは概ね私の推測した筋書き通りの顛末を辿ったのだろう。
「ふむ……」
マジマはこちらを向いた不動の姿勢のまま思案する様子を見せ、やがて口を開く。
「お前らがここで何をして、何を見たのかは敢えて問うまい。だが、全て忘れることだ。忘れて、村から去れ」
「……ええ。ええ、そうします。この案件は流石に私の手に余る」
それなりの制裁を覚悟していた私はやや拍子抜けしたが、それでも村からの退去を求める彼のその態度には、いい知れぬ凄みが有った。
「確かアママチの所に身を寄せているのだったな。仕事の報酬は明日の朝にでも宿に届けさせよう」
「義理がたいもんだな」
何時の間にやらアンザン君が崖上から降りて、私の後方から現れた。その手には私の窮地を救ってくれたレーザーライフルが握られている。
「相変わらず良い目をしている……お前たちは仕事をこなした。対価は得るべきだ」
「化け物退治のほうの報酬は、この見逃しか?」
「そう思ってくれていい。無駄に死ぬことはない。誰であろうともな……さあ、行け」
アンザン君はやや憮然として立ち尽くしていたが、私が肩を叩いて促すと、マジマに背を向けて歩き出した。私もそれに続いて村への帰路を取る。
決して振り返る事はしなかったが、曲がり道の岩壁が私たちの姿を隠すまでの間、厳しい視線が注がれ続けているのを、私は確かにその背に感じていた。
*
「どうする、もうこれ以上はあきらめるかい?」
「いやあ……」
月は再び雲にその姿を隠し、暗さを増した夜道は濃い闇に向かって伸びていた。道は確かに先へと続いてはいるのだ。だが、その道筋は不明瞭で、そこかしこに危険が横たわっている。
往くべきか、往かざるべきか──
私はネオの姿を目の当たりにし、確信を得た。この村に蔓延る呪い、或いは祝福は、私を蝕むものと同種であると。
──往くべきだ。その為に来たのだから。だが、マジマが言う通り、無駄死にをする訳にはいかない。闇の中に、活路を見出すのだ。
「俺は正直言って潮時だとは思うんだがな」
アンザン君はそう言いつつ、腰鞄の蓋を開けて、そこに手を突っ込んだ。
「おかげ様でこっちの仕事は仕上げを残してほぼ完了だ。だが先生がまだやるって言うなら、もう少しつきあってもいい」
彼が取り出したのは白く滑った筒状の物体。それはニンゲンナッパーから抜け落ちた牙だった。