真インフィニット・ストラトス~学園最後の……日?~   作:バルバトスルプスレクス

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スーパーミニプラのゲッターロボシリーズ買い集めたんですがね、小さい割に出来がいいんですよねあれ

ただその分組むのも……


福音と皇帝 後編

 

 身動きが取れないと錯覚してしまう程の重たい空気がひしひしと生じる臨時指令室を出る龍馬の背中を見送った後、早乙女賢造は一夏たちに向き直る。

 

「そもそも君たちはISのコアと、そのエネルギー源を理解しているか?なぜ、二次移行したISの中に形状変化を遂げるのか。なぜ、そういった中で単一使用能力(ワンオフアビリティー)なる能力が開花されるのか。そしてなぜ、ISに意思があるといえるのかを」

 

 凄みのある賢造の剣幕に答えるしかないのだが、肝心の答えが分からないのだ。

 そもそもISのコアというものはそれ自体がブラックボックスであり、開発者である篠ノ之束でなければ中身を知ることができない。もっとも、開発者自身が明かす気が更々無いようで、今日を迎えている。ではその当人はというと、箒ですら見た事が無い程に顔を歪ませている。

 

「ISのコアの動力。それは宇宙の彼方から降り注ぐ宇宙線。儂達はそれをゲッター線と呼称している」

 

 今明かされたコアの秘密。コアのエネルギー源の正体がわかりはしたが、それ以上の疑問がわいてきた一夏が即座に挙手をする。

 

「あ、あの!流音の専用機もゲッターって名前ですけど、それと同じことにどう関係があるんですか?」

 

 その問いはその場にいるIS学園組の誰もが先ほどの賢造の説明を聞いた瞬間に抱いた共通の疑問である。

 

「それを語るには、ゲッター線が何たるかを説明せねばならん」

 

 賢造がモニターに目を向けると、福音と接触したゲッター2がドリルストームを生み出して補足している場面が映っていた。腕部のドリルから放たれるあの竜巻を身を以て受けた者はその威力のほどを知っている。

 

「ゲッター線とは太古の時代、白亜紀の終わりごろに恐竜の大量絶滅と哺乳類の急速進化を同時にやっていたのだ。地上に降り注いだゲッター線は片方には退廃を、もう片方には進化を与えた。その片方とは恐竜、そしてもう片方が我ら人類、更に言えば哺乳類の祖先。だから手に入れるという意味のGETを引用し、ゲッター線と名付けた。そして、それを源にして動くゲッター線の器、我々から奪われた総てを奪い返す奪還者(GETTER)!それが龍馬の、それこそがワシらの最高傑作のゲッターなのだ!!」

 

 低くそれでいて身体や心に重くのしかかる様に通る早乙女の言葉に未だに動けない一夏たちの体。重くのしかかるプレッシャーに誰もが息をするのを忘れてしまう。ならば、次に浮かぶ疑問。早乙女が束の開発したISコアを失敗作と呼んだ理由。

 そもそもISのコアは早乙女が幾多の試作品の過程で生まれた設計図を基に作られた失敗作。早乙女は後のISコアとなるその設計図を見直した時点で失敗作であることを見抜き処分するはずだったのだが、当時早乙女の教え子だった束が処分する前にその設計図を盗み出し、己が持つ技術力を合わせようやくISという形で生み出したのだった。

 

「そして最後に、二次移行に際して何故ISの形状が変化するのか。それは先ほども言ったように哺乳類の急速進化に関係する。我々が長い間調べ上げた結果、ゲッター線は哺乳類だけではなく、機械にも進化を促す効果を秘めているのだ!」

 

 早乙女の独白。彼が語った内容にラウラでさえも付いていけてかったようだ。

 もう何が何だかわからない。

 今自分たちが使っているISのコアが早乙女賢造の失敗作の設計図を基に作られていた事もそうだが、そのエネルギー源が一夏たちにとっては未知の宇宙線である事も驚きだ。早乙女を除けば千冬と束も真相を握っているだろう。答えを求めるように視線を二人に向ける一夏だったが、千冬も束もf視線を合わせることはなかった。

 その時だ。モニターから龍馬の怒気の混じった報告が上がった。画面には龍馬のゲッターを示す赤い点と、それから離れていく福音を示す白い点。そしてもう一つ、正体不明機らしき黒い点が赤い点と何度かぶつかっては離れてを繰り返している。

 

「下手人の見当はついておるが、そんなもの今はよかろう。織斑と篠ノ之の両名は直ちに出撃だ」

 

「待って下さい早乙女博士。流音はどうするんです?このままでは……」

 

 教師として、生徒の安否を気遣う千冬。龍馬のような人間でも、今の自分にとって守るべき生徒だ。本来ならこのような事態には国連や自衛隊が対処すべき事案なのに。それ以前にこの事件、束が仕組んだ紅椿のマッチポンプであることは間違いのだが、今の千冬に確証が何一つなく憶測に過ぎない。今自分の隣に首謀者であろう束がいるのに…。

 しかし、早乙女から返されたのは、予想もしなかった言葉だった。

 

「このままでは……何だ?それがどうしたというのだ。ここで死ぬくらいならば死なせたほうが奴には幸せだ」

 

「そ、その言葉…」

 

 真耶が反応する。それはラウラのISがアドラーによってVTシステムを強制発動させられたあの日、今は学園にいる嵯峨野教諭が吐いた言葉と同じだった。

 偶然か?真相を問いただしたいところだったが、時間がないことは明らかだ。やむを得ず、千冬は一夏と箒に出撃を促した。目的は龍馬の援護ではなく、福音の撃退そして搭乗者の保護で。

 

 

***

 

 

 謎の黒いゲッターは分離変形機能はなかったが、高速形態のゲッター2、防御形態のゲッター3のそれぞれの形態に分離合体を繰り返した龍馬に追随する性能を持っていた。分離変形機構を敢えてオミットすることで得られる恩恵だと思われるが、それ以上に龍馬の頭の中を占めているのはいつもよりゲッターの調子が悪いということ。

 VTシステムを強制起動させられ暴走したラウラとの戦闘の時も、いやそれ以上にゲッターの動きが鈍くなっている。

 トマホークの鍔迫り合いの回数が二桁に入りかけたその時、ついに押し負けて黒いゲッターのゲッタービームの直撃を受けた。

 

「があぁっ……!!」

 

 海面に没する瞬間、龍馬もゲッタービームを撃ち放とうとしたその瞬間、悟ってしまった。

 ――嗚呼そうか。とんだ狸ジジィだアレは。総てお前の計算通り、総てお前の掌の上だというわけか。ならば乗ってやろう。

 そのまま抵抗はせず、海中に没したゲッターと龍馬の姿が海の深い青の中に溶けるように消えていった。

 黒いゲッターは龍馬の姿が見えなくなると、福音を追うわけでも、龍馬に追撃を仕掛けるでもなくその場から離脱して、何ものにも捉われる事はなかった。

 

 

***

 

 

「な、流音が負けたって…!?」

 

「相手をしていた所属不明機は既に離脱したようだが、反応はすぐに消えている。私たちは私たちの役目を果たすだけだ!」

 

 白式を展開した一夏を背負いながら高速航行するのは第四世代IS紅椿を纏う箒。第四世代の特徴たる展開装甲による高速航行で一気に福音との距離を縮めていく。接近したら今度は白式の零落白夜で一撃必殺するという至ってシンプルかつ高難度の作戦だ。勿論初手を躱された、あるいは外れた場合の作戦もあるのだが、今は当てることに集中しなければならない。

 目標が視認できるようになる前に、ハイパーセンサーで目標の福音をとらえて雪片を構えていつでも零落白夜を繰り出せるようにする一夏。しかし、彼の中で一抹の不安がよぎる。今まで彼は龍馬の敗北を一度しか見ていないが今回は違う。ゲッターを倒した謎のISが今度は自分たちに襲い掛かるのではなかろうかと。

 だが今は目の前の事に集中するしかない。ようやく福音を肉眼でとらえることができた。

 

「零落白夜、起動!」

 

 構えていた雪片の刀身が変形し光の刃を生み出した。紅椿の背中から瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に距離を縮める。しかし、光の刃は福音を掠めることなく空を切った。タイミングがずれて福音に回避行動を取らせてしまったのだ。

 

「くっ、行くぞ一夏!」

 

「お、おう!」

 

 いつもより強い幼馴染の口調に一夏は違和感を覚えつつも、今度は外さないように雪片を握る力を強める。

 何度も接近を試みようにも寸でのところで雪片の軌道から離れ、零落白夜の放つタイミングを思うように取れずにやきもきしてしまう。

 そんな時に来た反撃のチャンス。ここで零落白夜を決めれば万事解決する。

 

「っ!」

 

「何をしている一夏っ!」

 

 はずだった。

 確かに雪片の、零落白夜のその軌道はブレることなく福音をとらえていた。が、一夏は見てしまった。福音の背後にそれは見えた。

 

「箒、下に船がある!多分密漁船だと思う!」

 

 一夏は海面で揺れる一隻の船、恐らくは密漁船であろうそれを捉えていた。紅椿のハイパーセンサー越しに箒も確認して憤りをあらわにしていた。こんな時に、こんな事態だというのにどうして。密漁船もそうだが、彼女がいら立ったのは一夏の取った行動だ。

 

「一夏お前、何をしているのか分かっているのか!」

 

「ほう……き…?で、でも。密漁船だろうと、犯罪者だろうとあのままじゃ…!」

 

「そんな連中など放っておけ!今は福音をどうにかしなければならないんだぞ!」

 

 福音の広域攻撃を雨月の刺突による拡散エネルギー弾で相殺しつつも、どうにか単機で立ち回って見せる彼女に、一夏は一瞬違和感を覚えた。チラリと見えた箒の黒目が心なしか小さくなっているように見えた。それは人の目ではない、例えるならば夜叉の目だ。敵を倒す為ならば何一つ容赦はしない目を彼女はしている。

 今の箒は一夏の知っている箒とは全く違う。

 とにかく今は福音を止める。そのことに集中するしかないのだが、どうしてもあの船の事が気になってしまう。

 これでは、龍馬から聞いたあの出来事と同じ状況になってしまう。いや、もう既に同じ状況だ。

 

「俺は……俺はぁっ!!!」

 

 そして、白い刃は天使に届く事無く一夏は箒を庇い落ちて行った。

 しかし、天使もその身に傷を受け飛び去って行った。

 作戦は、どちらとも失敗に終わったのだ。

 

 

***

 

 

 自分はあの時から一向に成長していない。

 帰投後、一夏に応急処置が施されたものの、意識不明のまま眠っている。作戦パートナーだった箒はというと、眠り続ける一夏のそばで項垂れ意気消沈していた。そして龍馬の救出も出来ず残った専用機持ちたちに下されたのは待機命令。その間千冬たちは早乙女賢造ら早乙女研究所のメンバーと共に消息を絶った福音を鋭意捜索中であり、発見次第作戦が再開されることになる。

 しかし、龍馬と一夏、セシリアたちとは違い箒には戦う気力がなかった。

 嗚呼、またやってしまった。中学時代の、あの剣道の大会の時もそうだ。あの時は一夏に会えない憤りや苛立ちを竹刀に込めて振るうという憂さ晴らしに近かった。それに気が付いたのは決勝戦でのこと。負けた相手が流した涙を見て、我に返った。対戦相手の彼女は自分の夢を竹刀に込めて戦ってきたというのに自分ときたら。

 気が付けば箒は、一夏の部屋を出て海岸にいた。曙に照らされ金色に煌めく海原。今この瞬間もこの海の何処かで福音が先の戦闘の傷を癒しているのだろうと思うと、悔しい思いでいっぱいだ。

 紅椿という唯一無二の最先端の力を手にしておきながら、なんて自分は情けないのだろうか。

 

「こんなもの………こんなものーっ!!」

 

 待機状態の紅椿を握りしめて海に投げ捨てようとするが、寸でのところで強い衝撃とともに体が砂浜に打ち付けられた。一体何が起きたのだろうかと顔を上げた瞬間、今度は頬に衝撃を受けた。

 

「……鈴…?」

 

「……ざっけんじゃないわよ!!」

 

 箒を押し飛ばした上に平手打ちを食らわせたのは、一夏のもう一人の幼馴染の鈴音だった。彼女は箒の胸倉を掴んで引き寄せる。鈴音も泣いていた。一夏が目を覚まさず、何もできないままではいられない。だからと言って、千冬からの指示を「はい、わかりました」と納得することができる女ではない。

 そして、それは彼女だけではない。セシリアも、シャルロットも、ラウラも三人とも同じ気持ちだ。

 彼女たちは専用機だけを持っているわけではない。代表候補生としてのプライド、専用機を持つことに対しての覚悟と責任感がある。箒にはそのどちらも持ち合わせていなかった。持ち合わせていなかったからこそ、鈴音からの平手打ちを受けた。

 

「正直言うけどね。アンタってばズルいのよ!実の姉から最新のIS貰ってウキウキしちゃってさ、そのクセ失敗しちゃったら『やっぱいーらない』って……それホントふざけんじゃないわよ!!それにね一夏が目ぇ覚まさないってのに諦めんの?!その程度なの?その程度かっつってんのよ篠ノ之箒ぃっ!」

 

 鈴の拳が箒の頬を捉えて殴り飛ばす。殴られた衝撃で砂浜に伏せられた箒は涙ながらに自分に吠える鈴音の顔が見えた。

 

「こんな腑抜けがライバルだなんて思い込んでた私がばかだったわ。アンタはそうやって一生イジイジしながら生きてけばいいのよ!もういい、私ら四人で行くからアンタはそこでじっとしてなさいよ!!」

 

「鈴……すまない。お前も同じ気持ちだったのだな」

 

「だから何よ。ラウラがね、福音の居場所を突き止めたっていうのよ。どうするの?」

 

「私も行く。リベンジマッチだ。今度こそ……!」

 

 立ち上がり、くすんでいた闘志を再び燃やして打倒銀の福音を掲げた箒は鈴音に殴られた後をさすりながらも、先を行く鈴音の後に付いて行った。

 同時に彼女は待機状態の紅椿に手を当てて気持ちを高ぶらせた。

 

「ところで殴られたところがまだ痛むのだが?」

 

「目ぇ覚ます為なんだから我慢しなさいよ」

 

 

***

 

 

 胎児のように体を丸め、頭部に生やした機械の翼でその身を包んで滞空していた。

 何も知らない者がその様子を見れば、神々しく見えるだろう休眠状態の福音に突如として砲弾が直撃。一体何事かと福音がハイパーセンサーでその発射元を捉えた。

 

「初弾、命中!」

 

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンの追加武装パンツァーカノーニアから撃ち出された砲撃だった。それから間もなくしてセシリア、鈴音、シャルロットそして箒がISをその身の纏い、機械仕掛けの天使に立ち向かう。

 追加武装を施しているのはラウラだけでなく、セシリアのブルーティアーズは四基あるティアーズビットをスカートアーマーとして再配置し追加パッケージのストライクガンナーを装備し、鈴音の甲龍も追加パッケージ崩山を、シャルロットも実体シールドとエネルギーシールドを2枚ずつ持つ専用防御パッケージガーデンカーテンを装備して彼女たちは団結して機械の天使に立ち向かう。

 数で勝る箒たち。が、その戦力差は縮められていない。福音は元々アメリカとイスラエルが共同開発した軍用のISで、相対する箒たちのISは将来的にモンド・グロッソに出場するための、言わばスポーツ用にチューンされている。だがしかし、それでも彼女たちは負けるわけにはいかないのだ。

 圧倒的火力差ではあるが、その差を連携でカバーして愛機を駆るも決定打に欠けており、今のところやっと食いついているところだ。

 

「てやあぁぁ!!!」

 

 二振りの青龍刀を繋ぎ合わせて龍馬のダブルトマホークブーメランの真似事をしてみせた鈴音だったが、軽々と避けられて福音の翼から放たれる複数の光の矢が降り注ぐ。しかもその矢の軌道は鈴音を囲むように前後左右から襲い掛かる。

 

「鈴さんっ!」

 

 ストライクガンナーの自慢の高機動を用い、何とかレーザーの餌食になる前に鈴音を救い出したセシリア。彼女が福音を引き付けているその瞬間、最初に福音を襲った砲撃が翼を掠めた。

 箒たちの狙いは福音の注意を自分に向けさせた上で、他の誰かが隙をついて攻撃するというもの。しかし、この付け焼刃な作戦で成功率はほぼ0に近い。それでも彼女たちはやるしかないのだ。

 

 

***

 

 

 ウユニ塩湖に似たその場所に一夏はいた。

 雲が様々な形を成して流れる青空を足元の水面が鏡の役割を果たして映し出していた。周辺には朽ちて倒れたいくつもの木があり、そのうちの一つには真っ白なワンピースを着た少女がつばの広い帽子を被って歌っていた。良い所のお嬢様というような風貌のその少女は何かを歌っているようにも見える。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

 突然歌うのをやめた少女は一夏の存在に気が付いていたらしく、振り向いて視線を交わすことなく呟いた。

 

「もうすぐ……もうすぐにね、お兄ちゃんの前に皇帝が――――」

 

「え、皇帝って…!」

 

 聞き取れなかった部分をもう一度聞こうと一歩踏み出すと突然少女は姿を消した。まさに一瞬の事だった。先ほどまでしっかりと見えていたはずなのに、初めからそこにいなかったかのように少女は姿を消していた。

 

「――目覚めよ、少年」

 

 突然背後から声をかけられた一夏は視線をそちらに向けると、今度は第一世代のISに似た甲冑と顔の上半分を隠すほどのバイザーを装着した女性がそこにいた。身の丈ほどの大剣を携えた彼女は一夏に語り掛ける。

 

「今こそ進化の時。皇帝が――――」

 

「皇帝?何だ、何なんだよ皇帝って!!」

 

 戸惑い気味の声音で問うてみても、少女も女騎士も答えない。こちら側の声が届いていないのか、もしくはただ何かを伝えに来たのだろうか。しかしその時、一夏は右腕に違和感を覚えた。待機状態の白式が熱を帯びているだけでなく、淡い光に包まれているのだ。

 この熱と光の正体が何を意味しているのかよくわかる。二人の言う「皇帝」が何なのか十分に理解できていないが、これだけは理解できる。もう一度あの機械天使に挑めるということが。そのために必要な新たな力が今ここにあるということが。

 

「その力を善行に使うか、悪行に使うかはあなたの自由です」

 

 再び女騎士が喋りだした。その言葉は一夏にプレッシャーとして大きくのしかかる。

 力自体に善も悪もないとかつて足を運んでいた箒の実家の剣道場で箒の父・柳音が言っていたのを思い出した。善悪に分かれるのはそれを振るう者によるとも。自分のために振るう力と他人のために振るう力は似て非なるとも言っていた。一夏の選択は既に決まっている。

 その時、一夏の視界が光に包まれた。

 

 

***

 

 

 時間が経てば経つ程に疲労が溜まる箒たちは、己の得物を構えつつ暴走する機械天使を睨み付ける。

 既に片方の翼は根元からもがれ、片翼ではあるもののそれでも尚怯む気配すら見せない福音にストレスすら溜まってきている。しかし、シールドエネルギーの残量の合計値から見れば箒たちの残量は福音のそれの4倍近く残っている。

 

「あと少し、ここが正念場だ!」

 

 ラウラが吠えた。既に大口径のリボルバーカノンを失っているもののAICで弾幕を防いだり、眼帯を外して自身のリミッターを解除するなどして奮戦していた。

 

「まだまだ弾丸のストックは残ってるよ!」

 

 シャルロットが新たにショットガンを呼び出した。拡張領域内のほとんどを様々な種類のライフルやショットガンにマシンガン、果てにはガトリングなども豊富に収納しその都度高速切替(ラピッド・スイッチ)で玉切れ前に切り替えて応戦していた。

 

「そんじゃ、もう一度突撃するわよ!!」

 

 鈴音が双天牙月の柄を合わせて突撃する。甲龍の燃費の良さと味方機からの援護が幸いして回避と牽制を交えた斬撃により、福音の翼を切り落とすことができた。

 

「もう一度援護に回ります。箒さんと鈴さん、前へ!」

 

 セシリアが照準を合わせる。彼女の後方支援により鈴音に手柄を与えるだけでなく、ストライクガンナーによる高速機動も相まって損傷レベルは幸いにも低かった。

 

「覚悟しろ、福音!」

 

 箒が紅い軌跡を描いて二振りの刀を振りぬいた。ラウラたちが間髪入れずに福音の注意を代わる代わる請け負い、この隙を、重い一撃を与える隙を作ってくれた。彼女たちに内心感謝しつつも追撃をやめることはしない。

 突き、袈裟切り、剣道で培ってきた技という技をこれでもかという程に繰り出していく。やがてもう片方の翼にヒビが走り、空裂の斬撃によりついに残った翼を切り落とした。とどめに雨月の刺突攻撃で海面に叩き付ける。回避運動もままならぬ福音は為す術もないまま海中に没し、海水の柱を作り出した。

 作戦完了の喜びに浸る彼女たちの中でラウラだけが福音が沈んだ地点を睨み付けていた。

 おかしい。あまりにもおかし過ぎる。

 元々銀の福音(シルバリオゴスペル)は軍用ISで、スペックは一般の競技用のそれよりも凌駕している。なのになぜ、代表候補生四人と最新鋭機の素人一人に敗れたのだろうか。疑問は晴れず、顔をしかめ続けるラウラに気が付いた鈴音が声をかけようとしたその時だった。突如海面が爆ぜると、今しがた撃墜したはずの福音が宙に浮かんでいたのだ。

 

「そ、そうか……そういう事だったのか…!くっ、なぜ今まで気が付かなかったんだ!」

 

「ど、どうしたのラウラ!」

 

「皆おかしいと思わなかったか?手数の差に加え最新鋭機があるとはいえ、競技用のISが軍用のISを撃墜したことに!」

 

 そこでシャルロットは、彼女たちは勘づいていた。それはあまりにも恐ろしい事実であると同時に、絶望の始まりであった。

 蠟で固めた翼で空を飛んだイカロスは、太陽に近づき過ぎてその熱で翼が解け地に落ちたという神話がある。そんな話もあってか、復活した福音はさながらイカロスの亡霊ともいえよう。二枚の翼は六枚に増え、それだけで火力とスピードが上昇したであろうことが見て分かる。

 二次移行(セカンドシフト)。この土壇場で、銀の福音は第二形態への進化を果たしたのだ。

 そして彼女たちは直感する。自分たちが勝てたのは、福音が進化する前の準備段階で一時的にスペックが落ちていたからなのだと。その上で自分たちは福音の進化の手助けをしてしまったのだと。

 最悪の第二ラウンドの開始は、先ほどと比べ物にならないほどの福音の光弾。その数は単純計算で進化前の三倍である。

 

「こんのー!!」

 

 弾幕を避けながら崩山の四つの砲門、炎を纏った衝撃砲で牽制しながら双天牙月で突貫するも、福音は避けることはなく片手で受け止めた。避けるまでもない。そう福音が言っていた気がした。彼女たちは改めて福音というISが自分たちの知りうる中で規格外の強さをと競技用と軍事用のどうやっても埋められない性能差を知った。

 そこから先は蹂躙に近かった。為す術もなく、強化パッケージの恩恵も十分に使う隙も無いまま、箒たちは福音の光弾の中にさらされた。もはやここまでか。五人の少女たちが福音の最大威力の光弾を作り出す光景を目の当たりにして絶望する。それぞれの走馬灯が己の脳裏を駆け巡る。

 しかし、彼女たちに死は訪れなかった。

 一瞬にして白い影が福音の前に現れたかと思えば、光の刃で福音に一太刀を浴びせたのだ。

 

「待たせたな!」

 

 柔和な笑みを浮かべた少年は、進化を遂げて蘇ったのだ。

 織斑一夏。白式第二形態雪羅の登場である。

 

「一夏、お前…!」

 

 最初に反応したのは箒だ。自分を庇って意識不明の重体に陥ったというのに、今目の前で二次移行して自分たちを圧倒していた天使に斬撃を浴びせたことに驚きを隠せなかったのだ。よく見ると白式の装備も変化しており、一目で彼のISも二次移行を遂げたのだと容易に想像できた。

 更に怒涛の展開は続く。突如して上空から緑色の巨大な光の柱が降り注いできたのだ。

 その正体が掴めなかった一夏たちと福音は光の柱から即座に距離を取って、海面を突き破るのを見ていた。そこは奇しくも龍馬が撃墜した場所である。

 

 

***

 

 

 旅館の作戦室では敷島が両手に日の丸扇子を広げて小躍りしており、早乙女は不敵に笑みを浮かべた。

 

「やはり降りたか。皇帝より放たれしゲッター線」

 

「あ、あの光の柱がそうだっていうんですか?!」

 

 箒達や一夏の命令違反に頭を悩ませていた真耶が窓を開けば見える光景を指さしながら叫んだ。

 ISの動力源だと言うゲッター線のあの量は素人目から見ても異常だ。普通のISならばあの光の中でまともに稼働できるとは到底思えない。しかもその場所が龍馬とゲッターが沈んだ海域。ゲッターはともかく龍馬の身体に影響が出るのではないかと教師たちは不安になる。

 しかし、早乙女は「予定通り」と呟いて千冬たちのほうに視線を向けてさらに続ける。

 

「今こそ、龍馬とゲッターは次のステージに移る。ゲッターは己の殻を破り、本来の姿へと進化する!」

 

「本来の……姿?」

 

「そう!今までのゲッターは言うなれば卵、即ち雛ですらない!だが、今あの量のゲッター線を浴びることによりゲッターは殻を破って姿を晒す。だがあれは二次移行ではない。()()()()にすぎんのだ!」

 

 早乙女の言葉が正しければ、今まで龍馬とゲッターは本当の実力すら出し切っていなかったということになる。しかも初期形態の状態で、二年三年の代表候補生たちと渡り合えていたのだから流石のブリュンヒルデこと千冬ですら慄いてしまった。

 

「あれこそゲッターの(まこと)の姿!その名も――!!」

 

 

***

 

 

 光の柱が降り注いだその海域は巨大な円形の穴が出来上がっていた。

 その中から現れたのは深紅の悪魔だった。黒い翼、赤い二つの角、盛り上がった肩部など変わっていたところはあれどそれは間違いなく龍馬のゲッターだ。

 

「待たせたなてめぇら……真ゲッターのお出ましだぜ!」

 

「流音おまっ…!」

 

 龍馬の無事を確認した一夏たちだったが、今度は黒いゲッターが両手に手斧を携えて現れた。標的は間違いなく龍馬だ。一夏たちが援護に向かおうとするも、黒いゲッターは一夏たちよりも速く龍馬に接近し二振りの手斧が振り下ろされた。が、刃は龍馬はおろか真ゲッターのボディーに届かず、片手で受け止められていた。

 

「第二ラウンドと行こうぜニセモノ野郎!ゲッターレザー!!」

 

 真ゲッターの手首から肘にかけて生えている三枚の刃が生きているかのように伸びると、龍馬はそれで黒いゲッターの両腕を切り落とした。

 復活した龍馬の大反撃は止まらない。わざわざ分離して純白の真ゲッター2に合体。右腕のドリルを高速回転させ、更にゲッター線エネルギーを纏わせる。

 

「プラズマドリルっ、ハリケぇぇーン!!」

 

 名の通りのプラズマの竜巻の中でその身を焼かれる黒いゲッターは為す術もなかった。

 琥珀色の真ゲッター3に合体して、新たに現れた後部キャタピラの大型ユニットの装甲をずらし、剣山のようにミサイルを装填していた。

 

針山地獄(ミサイルストーム)!!」

 

 プラズマの竜巻に焼かれ、無数のミサイルの直撃を受けた黒いゲッターはこれ以上の戦闘は危険と判断し、離脱を試みるが龍馬と真ゲッターからは逃げられない。

 生まれ変わった真ゲッター1は真ゲッター2程ではないにしろ格段に速度は上がっていた。だからこそ、どのような手段を使おうとも黒いゲッターは逃げられない。

 

「喰らいやがれ!ゲッタァァァァァ……ビィィィィィィぃッム!!」

 

 真ゲッター1の腹部から放たれた超高威力の破壊光線は、黒いゲッターを物の数秒で融解させた。

 あっけない。実にあっけない最期だった。本調子ではなかったとはいえ、龍馬とゲッターを倒したというのに。

 未だ満足していない龍馬は次の獲物に銀の福音を捉えていた。黒いゲッターとの戦闘中に一夏たちと戦闘を始めていたようで、今は箒のISがどういうわけか単一使用能力であろう現象を起こしているようだった。その効力はシールドエネルギーの増幅と譲渡らしい。

 早乙女と敷島の二人が見たら何と言うだろうか。そんなことを思いながら龍馬も一夏たちに合流しようとしたその時、オープンチャネルで早乙女から通信が入った。

 

『全員そのままで聞け。真ゲッターが目覚めた今、第二形態の福音など赤子も同然だ』

 

「違ぇねぇな」

 

『無論龍馬と真ゲッターが本気を出せば搭乗者もろとも福音をスクラップだ』

 

「そんなの駄目だ、福音の搭乗者も助けないと!!」

 

『ならば織斑と篠ノ之の両名はこちら側の指示に従ってもらう。良いか、これは三人の心が一つにならなければ成功しない。福音を止める。ただそれだけを考えろ』

 

 ここは従うしかないと判断した一夏と箒。オープンチャネル越しの早乙女の指示に従い、龍馬を交えてフォーメーションを組んだ。龍馬をセンターにしてその背後で一夏と箒が横に並び、真ゲッターの背中に二人とも両手を合わせた。

 そんな三人に狙いをつけた福音だったが、鈴音ら残った四人が懸命に注意をそらされている。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 両腕の間に出現したのはゲッター線エネルギーが凝縮されている小型の太陽。時間が経つにつれ、その熱量と威力は徐々に増加していく。

 この小型太陽は真ゲッターが単体で作っているわけではない。

 紅椿の絢爛舞踏でシールドエネルギーを生み、白式の零落白夜の応用でそれを攻撃エネルギーに変え、そして真ゲッターがそれを形にする。福音が次に龍馬に注意を向けた瞬間、それは放たれる。

 早乙女の言うとおり、この技は三人の心を一つに合わせなければ成功しない大技だ。普段は正反対の一夏と龍馬だったが、この特別な状況下だからこそ成立する。

 

「「「ストナー!サァァァンシャインッ!!」」」

 

 三人の掛け声に合わせて龍馬が放った小型の太陽・ストナーサンシャインは福音に向かうが、ひらりと躱されてしまった。誰もが作戦の失敗だと顔を歪ませるが龍馬は違った。その目にはまだ、その表情にはまだあきらめているようには見えなかった。躱されても尚勢いは弱まらないストナーサンシャインだったが、それが海面に激突した瞬間、眩いドーム状の閃光を生んだ。

 その広がる速度は紅椿の展開装甲による高速航行すら上回り、瞬く間に銀の福音だけでなく、一夏たちも為す術もなく光の中に包まれていった。

 

 

***

 

 

 一言で言うなれば淡く星々が輝く漆黒の闇の中。宇宙空間のような場所で一夏たちは目を覚ました。仮にここが本当に宇宙空間だとして、一体自分たちはどうしてどうやってここにいるのか、そもそもなぜ自分たちは呼吸できているのだろうか。

 

「出たな…」

 

 自分たちの現状を懸命に理解しようとしている一夏らと対して、ある一方を見たまま動かない龍馬。一体何が彼を釘づけにしているのだろうか。彼に倣い同じ方向に顔を向けると、軍人であるラウラでさえ驚愕の表情を浮かべてしまう。

 

「出たな…!」

 

 宇宙空間を突き進む巨大な宇宙戦艦が何十何百と連なって自分たちの真上を突き進んでいたのだ。

 しかし、一夏たちが驚いていたのはそれらではない。

 前方の遥か彼方。地球上のどの建造物よりも、惑星よりも、それ以上に周囲の複数の宇宙戦艦よりも巨大な深紅の戦艦が龍馬を、一夏たちを釘付けにする。その巨大さは全体が霞んで見えるとはいえ、筆舌に尽くし難いほどに巨大であった。

 

「出たな!ゲッターエンペラー!!」

 

 その深紅の巨大戦艦こそ、虚無の皇帝ゲッターエンペラーなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回

 

 虚 無 の 皇 帝

~ゲッターエンペラー~




次回、ゲッターエンペラーつったらあの人出ます

前回出たあの方ではありません

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